不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!
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エピローグ 新しい季節 後編

 この時期の桜台登山道は、その名の通り桜の花が満開となりピンク色の山道を作り出す。海鳴市でも人気の花見スポットの一つだという。

 もう一つの人気スポットは海鳴臨海公園。山と比べれば花の数は劣るが、アクセスのしやすさと、同時に海を臨めるという立地条件が人気の要因となっているそうだ。

 が、今回オレ達が花見をする場所は、そのどちらでもない。何故かと言えば、二つの人気スポットは人気というだけあって人でごった返しているのだ。それではゆっくり花を愛でる余裕もないだろう。

 では何処か? 答えは、「別に街中の公園でも花見は出来る」。オレ達の町には、そんな都合のいい公園が一つあるのだ。聖祥組からも海鳴二小組からも、アクセスが容易な公園だ。

 

「中央の大楠のイメージが強いが、ここも意外と桜の木が植えられているんだな」

「満開の時期に来るのは、実は初めてやねー」

 

 正式名称不明の、地元民からは「クスノキ公園」の愛称で呼ばれる公園。魔法訓練を行うことさえ出来るこの公園は、当然花見も可能だ。オレ達以外の花見客もちらほら見かけられる。

 知る人ぞ知る花見スポットなのか、一団体が一本の桜を独占できる程度の客数だ。あるいは、街中であるためそこまで派手には騒げないのが原因か。

 オレ達はそこまで騒ぐ気がないので、ここで十分だ。わざわざ遠出をするメリットが薄い。

 

「こらー、アリシアー! 意地汚い真似しないのー!」

「キャハハー! アルフ、もっとはやくー!」

「(ごめんよフェイト。あたしもちょっと食べたいんだよ)」

 

 それに、ここならアリシア達が遊ぶことだって出来る。山道や臨海公園ではこうはいかないだろう。……アリシアが取ったのは、オレが作った玉子焼きか。そんなことしなくても、まだたくさんあるだろうに。

 アルフの背に乗り逃げるアリシアを追うことを諦め、フェイトは「まったくもー……」とつぶやきながらオレの隣に座る。

 

「そう厳しくしてやるな。あの子は今まさに遊びたい盛りなんだ。少しぐらいの悪戯なら大目に見てやれ」

「分かってるけど……おねえちゃんの玉子焼き、楽しみに取っておいたのに」

「まーまー、まだあるやん。ほれ、ふぅちゃん。あーん」

「えっ!? い、いいよそんなこと。恥ずかしいよ……」

 

 「ほなしゃーないなー」と言って、はやては箸の軌道をオレへと向ける。オレは抵抗なく玉子焼きを口の中に入れた。……うん、上出来だ。

 

「玉子焼きが上手な女の子は、いいお嫁さんになるんやで」

「それは知らないが、さすがにはやてには敵わないな。このから揚げ、味も揚げ加減も絶妙だ。オレにはここまでのものは作れない」

「あはは、一つぐらいは女の子らしい部分でミコちゃんに勝ちたいやん?」

 

 女の子らしさというなら、それこそオレでははやてに敵わないと思うが。オレがそういう言葉からかけ離れているということは、自分自身がよく理解している。

 むしろ、オレに女の子らしい部分などあるのだろうか? ……自分ではちょっと思い当たらないな。

 

「そういうことなら、逆にオレが料理ではやてを追い抜かなきゃな。一つぐらいは女の子らしい部分がなければ、また男と間違えられかねない」

「あはは……そんなことするの、なのはぐらいだと思うけど」

「ふぅちゃん、なのはのこと呼んだー?」

 

 フェイトの発言の一部を耳ざとく聞きつけ、なのはがやってくる。やや遅れて、シャマルもやってきた。

 自分から弄られにくるとは。奇特な趣味を持っている少女だ。

 

「人の性別間違えるんはなのちゃんのお家芸やって話やで?」

「う゛ぇ!? そ、そんなに頻繁に間違えたりしてないもん! 一回だけだもん!」

「……あれ? でも確か、ユーノが変身魔法解いた時に勘違いしかけてたよね」

「にゃあ!? な、なんでそんなこと覚えてるのぉー!?」

「あらら、なのちゃんってばおっちょこちょいね。可愛いんだから」

「そういうシャマルは、いつになったら料理のドジがなくなるんやろうな。この間やっと上手くいったと思ったら、塩と砂糖間違えるなんてベタなことしとったし」

「う゛!? ま、まあそんなこともあるわよね……」

 

 ないと思うが。感触が全然違うんだから、すくった時点で分かるものだろう。何故シャマルは料理になると途端にドジになるのだろうか。この分野に関しては、ブランの方が余程落ち着いている。

 まあ、ちょっとずつではあるが彼女も成長している。魔法プログラム体だからと言って変化がないわけではないのだ。いずれはちゃんとした料理が作れるようになるだろう。いつになるかは分からないが。

 

「と、ところでトゥーナは何処かしら!? あの子にも楽しんでもらえてるといいんだけど!」

「露骨に話逸らしたな。まあええけど。わたしらにべったりやったから、他の人とも交流取らなあかんよって、5人衆に任せたわ。その後どうしたかは知らんけど」

 

 トゥーナはどうにもシグナムと同じ傾向がある。即ち、オレやはやての世話を焼きたがるのだ。そんなことをされずとも、オレ達は自分のことは自分で出来るのだが。

 シグナムの方は恭也さんに任せた。彼女も好敵手の言葉なら素直に聞くようだ。二人の時間を邪魔されて、忍氏が不満そうではあったが。

 花見の規模が大きいため、さすがに誰が何処にいるかを逐一把握はしていない。……オレもそろそろ席を移動して、皆に顔を見せに行くか。

 

「そうだな。少しトゥーナやシグナムの様子を見てやるか。放り出してそのままはさすがに忍びない」

「あ、せやったらわたしも行くわ。入れ違いでごめんなー、なのちゃん」

「ううん、平気! なのは、ふぅちゃんとおしゃべりしてるの!」

「二人とも、行ってらっしゃい」

「この子達のことはわたしが見ておくから、安心してね」

 

 フェイトとなのはをシャマルに任せ、オレとはやては他の小集団をめぐることにした。

 

 

 

 まず最初に、アリサと月村、それからヴィータとソワレがいるところを訪れる。月村の傍らにはファリンが控えていた。……彼女と顔を合わせるのも、何気に久しぶりだな。

 

「あ、ミコトちゃんにはやてちゃん。楽しんでますかー?」

「まあな。ファリンがこういうイベントに顔を出すのは珍しいな。ノエルも来ているのか?」

「はい! お姉ちゃんは色んなお席を回って、食べ物や飲み物の補充をしてるんですよー」

 

 また律儀な。まあ、パーフェクトメイドの形容が似合いそうな彼女らしいとは思う。このぽややんとした妹の方とは違って。

 彼女は月村のお世話係りというよりは、普通に会話を楽しんでいるのだろう。そもそもこの場で世話をするようなことがあるのかという話だ。

 

「なーミコトー。ファリンのやつ、大丈夫なのか?」

 

 何やらヴィータが尋ねてくる。大丈夫か、と聞かれても、オレもあまり彼女のことを知っているわけではないのだが。どういうことだろうか。

 

「メイドって要するに、従者だろ? ミコトとはやてにとってのあたしらじゃん。こんなボケボケで勤まるのか?」

「ヴィ、ヴィータちゃん酷いですぅ!? これでも食材の買い物とかお部屋のお掃除とか、色々任されてるんですよぉ!?」

 

 同じような立場にあるため見かねて、ということのようだ。オレ達としては、ヴォルケンリッターもトゥーナも普通に家族として見ているから、ファリンに当てはめること自体違和感を感じるのだが。

 だからと言って「メイドとして大丈夫か」と聞かれたら、疑問ではある。お茶会のときやお泊り会のときに、ドジを見ているからな。

 

「雇い主が彼女で文句ないなら、それでいいんだろう。月村はどう考えている?」

「わたしも、ミコトちゃん達みたいな感じだよ。ファリンもノエルも、従者っていうより家族だって思ってるから」

「うぅ、すずかちゃん優しいです~」

「すずからしいわね。あたしは、従者は従者って割り切ってるけど。そうしないと判断出来ないことだってあるわよ」

 

 同じお嬢様でも、環境によって考え方に差異が出る。アリサの場合は「大企業の跡取り」として帝王学的なことを学んでいるのだろう。理屈として間違っているわけじゃない。

 対照的な二人であり、だからこそ波長が合うのだろう。なのはの話では、アリサは最初ジャイアンだったらしいが。

 

「ファリン、ぽかぽかしてるから、すき」

「ソワレちゃん……ありがとうですー」

「ファリンさんにはファリンさんの味ってもんがあるやん。こうやって空気をゆるーくするのがファリンさんの仕事なんや」

「メイドってのも色々あんだなー」

 

 とりあえず、ヴィータの疑問には答えられたようだ。なお、根本的な問題の解決にはなっていないのだが、誰も突っ込まなかった。

 

「で、あんた達は何してんの?」

「なに、せっかくだからあいさつ回りだ。はやての元気な姿も見せてやりたいしな」

「おかげさまですっかりよくなりましたーってな。自分の足でちゃんと歩けるって最高やで」

 

 もう知らない人はいないだろうが、それでも自分の足で不自由なく歩いている姿を見せてやりたいのだ。ある種の自慢かもしれないが、「ちゃんと成し遂げてみせたぞ」と見せつけてやりたい。

 ぺしんと自分の足を叩くはやて。それを見てアリサと月村、ファリンの三人は表情を緩めた。

 

「ミコトちゃん、本当に頑張ってたもんね。わたしも、シアちゃんやミステールちゃんがうちに来るのを見てたから、ちょっとだけ分かるよ」

「君の、というか月村家の助力がなければ成し遂げられなかった。そういう意味では、オレは君にも感謝をしている」

「……感謝なんて。わたしなんて、ただ見てただけだよ?」

 

 苦笑し、少々自虐気味な月村。この子は中々変わってくれないな。一応努力はしてるみたいなんだが。

 多分、決定的なやり方が見つからないんだろうな。あるいは前に出ようとしても、抑制の方が強く働いてしまい上手くいかないのか。

 はやてとしても気にかけているし、何より彼女は「オレの友達」の大事な友達だ。置いて行かれないように相応の結果を出してもらわないと困る。

 

「それを言ったら、オレなどただ偉そうに指示を出していただけだ。結局ほとんどのことを人任せにしてしまった。結果的には、それがよかった」

「……どういうこと?」

「オレが何でもかんでも自分でやろうとしても、出来ないことだってある。資料探しだって、オレが手作業でやっていたら、多分いまだに一つも見つかっていなかっただろうな」

 

 だから、出来る奴に任せた。オレなどよりよっぽど上手くやってくれる奴に仕事を振った。オレが下手に手出しするより、そっちの方が効率がいいのだ。

 

「君は「見ていただけだ」と言うが、それは「手を出さない」という選択をしたということだ。実際問題、ろくな知識を持たない君が参加したところで、足手まといになっただけだろうな」

「ちょっとミコト、そんな言い方しなくても……」

「アリサちゃん、しっ。最後まで聞いてや」

「つまり君は、結果的にではあるが、正解を選択したということになる。だからオレは、君に感謝を述べているんだ。彼女達を研究に集中させてくれてありがとう、と」

 

 そして願わくば、次の機会には意識して正解を選んでほしいものだ。それは今回と同じではなく、助力という形でも構わないのだ。

 月村は驚いた表情のまま何も言わない。すぐに言葉が出てこないようだ。急かさず、それを待つ。

 

「……わたし、何も、出来なかったんだよ?」

「「何も出来ない」と正確に自己分析出来ていたということだ。何か出来るなら、君はそれとなく手を貸す。そういう性格だ」

「それ、は……そうかも、だけど」

「君がアリサのようになる必要はない。なのはのようになる必要もない。まして、オレのような人でなしになる必要などあるはずもない」

 

 最近はだいぶ人らしくなってきたと自負しているが。それはそれとして。

 

「君のやり方でいい。堅実に「出来ることをする」君のやり方で。それは、何も恥ずべきことではない」

 

 ポロッと、月村の目から涙の粒がこぼれた。……しまった、これでも厳しかったか?

 

「ご、ごめんね! そんな風に、肯定されるなんて、思ってなくて……」

「肯定も何も、オレは見たままの君を口にしただけなんだが……君の自己嫌悪癖は随分根が深いと見えるな」

「う、ご、ごめん……」

「責めているわけでもない。ただ、それを改善したいと思うなら、ちゃんと改善する意志を持つことだ。そうすれば、君には「出来る」んだから」

 

 言葉にならず、月村はこくこくと頷く。これだけ言えば、さすがに彼女も変わってくれるだろう。前に向かって、歩き始められるだろう。

 緊張の面持ちで見ていたアリサとファリンが、ふはぁと息を吐いて弛緩した。

 

「もー、あんた心臓に悪すぎ! 何でそう容赦のない言葉しか使えないのよ」

「そういう性分だからだ。「やると言ったらやる」、それがオレのやり方だ」

「けど、ミコトちゃん凄いです! かっこよかったですよ! さすが「指揮官」です!」

 

 すっかり定着してしまった役柄に、オレもため息をついてしまう。本当に、どうしてこうなった。

 少しだけ待つと、月村は深呼吸をして気持ちを落ち着けた。そして、告げる。

 

「ミコトちゃん、はやてちゃん。アリサちゃん。ヴィータちゃんとソワレちゃんも。今度、月村邸に来てください。ちゃんと、全部話します。なのちゃんとふぅちゃん、ガイ君とユーノ君にも」

 

 彼女の――すずかの顔には、確固とした覚悟が現れていた。もう逃げない、立ち向かう、と。

 ――そうしてオレ達は、「夜の一族」に纏わる秘密を知ることになるわけだが……皆ちゃんと受け止められたのは、語るまでも無いことだろう。

 すずかがこれからもなのは達の……いや、オレ達の「友達」であることは、きっとそう難しいことではない。彼女にはその意志があるのだから。

 

 

 

 思ったよりも込み入った話になってしまったが、気を取り直してオレ達は次を回ることにした。回る場所は多いのだ。

 次の場所は……大人組。各家庭の親が集まり、談笑している場所だ。相応にアルコールも入っている。

 

「あら、ミコトちゃんとはやてちゃん。どうしたの?」

 

 アルコールの入っていない桃子さんが、オレ達に気付く。他は会話に熱が入っているようで気付いていないようだ。

 

「はやての健康アピールとあいさつ回りです。例のプロジェクトの関係者も多い事ですし」

「高町家の皆様にも、ほんとお世話になりましたー」

「あらそんな。協力出来たのは、恭也となのはだけよ? わたしや士郎さんなんて翠屋の切り盛りでいっぱいいっぱいだったんだから」

 

 おかげで八神家の家計が助かっているので、彼女達はそれでよかったのだ。確かに士郎さんが戦力として加われば強力だっただろうが、それで翠屋の経営に影響を与えては本末転倒だ。

 桃子さんはオレの顔を見て微笑む。

 

「ミコトちゃんが翠屋のお手伝いに入ってくれたおかげで、お客さんが増えたのよ」

「別にオレは関係ないと思いますが。もともと翠屋は人気があったのだから、口コミで広まっただけでは?」

「そうだけど、ミコトちゃんが入ってからお客さんから「サービスの質が上がった」って言われるようになったの。関係なくはないと思うわよ」

 

 まあ……そういうことなら、確かにオレが弄った部分ではあるのだが。小学生の浅知恵程度で来店数が増えるものなのだろうか。ちょっとよく分からない。

 

「本当に……ミコトちゃんが翠屋のお手伝いの話を受けてくれて、嬉しかったわ」

 

 ふっと、桃子さんは母親の顔を見せる。……もしかしたら、オレを高町家に引き取れなかったことを、ずっと引きずっていたのかもしれないな。

 彼女が愛情に満ちた母親であることは、今のなのはを見ればよく分かることだ。そんな彼女であれば、孤児院でも居場所がなく自力で保証人を探そうとする児童を放っておけなかったのは、想像に難くない。

 そしてオレは、彼女が差し伸べた手を振り払った。オレの都合で、彼女の心遣いを切り捨てた。そのおかげでなのはに目を向けられたと桃子さんは語ったが、それでもショックは大きかっただろう。

 だから少し、気になった。

 

「……桃子さんは、今でもオレのことを高町家の子供にしたいと思っていますか?」

「ミコちゃん?」

「……そうね。思ってないって言ったら、嘘になるわ。ミコトちゃんのことをうちで引き取りたかったのは、紛れもないわたしの本心よ」

 

 多少の打算はあっただろう。当時は翠屋が軌道に乗る前であり、大黒柱も怪我で倒れ、桃子さんが働くしかなかった。そんなときにオレがいれば、なのはの面倒を見てくれるに違いない、と。

 だがそれ以上に、彼女が子供に対する愛を持っていたのだ。これから自分の子になるかもしれない子供に対しても、惜しみなく与えられるほどに。だからこそ、オレは切り捨てたのだ。

 当時のオレは、愛を受け入れられなかった。返せる愛がないから。貸借バランスは、今も昔も変わらず、オレの中で大切な判断基準なのだ。

 桃子さんは、くすりと笑った。

 

「わたしね、あの一件で思い知らされたのよ。わたしは子供が好きなだけで、子育て上手ってわけじゃないんだなって」

 

 それは人が陥りやすい思考の罠だ。「好きこそものの上手なれ」。だけど「下手の横好き」という言葉もある通り、好きと得意は等号では結ばれないのだ。そこを勘違いしやすい。

 

「なのはだけでも優先順位付けに失敗しちゃってたのに、ミコトちゃんまで引き取ってたら……多分、取り返しのつかないことになっちゃってたでしょうね」

「……否定はしません。当時のオレは、高町家の家庭環境を破壊する可能性もあった。それこそ、実力行使に訴えてでも」

「だからわたし達は、やり方を変えることにしたの。わたし達がミコトちゃんを引き取るんじゃなくて、ミコトちゃんとちょうどいい距離感で接してくれそうな人を探すって方向に」

 

 その結果、ミツ子さんに行きついたというわけだ。長年ボディーガードで人を見てきた士郎さんの目利きは正確だった。

 

「ミコトちゃんがうちの子だったら嬉しいのは確かだけど……わたしは、自分の選択に後悔してないわ。だってミコトちゃんは、こんなにいい子に育ってくれたんだもの」

「……突っ込みたいことではありますが、褒め言葉として素直に受け取っておきます」

「ふふ、そうしてちょうだい。それに、ミコトちゃんはフェイトちゃんとアリシアちゃんの大事なおねえちゃんだもの。取ったりなんかできないわ」

 

 確かに。オレも薄く笑い、桃子さんの意見に同意した。

 会話が一段落したところで、士郎さんも話に混じってくる。

 

「やあ、ミコトちゃん。今グレアムさんと話してたんだが、最近はミツ子さんに会いに行く機会も増えたそうだね。いいことだと思うよ」

「……人のいないところで何を話してるんですか、ギルおじさん」

「子供のことで盛り上がるのは親の習性というものだよ。君もいずれ分かるさ」

 

 分かるのだろうか。……いやまあ確かに、オレもソワレ達がいないところで彼女達の話で盛り上がったりすることはあるが。

 問い詰めるほどのことは話していないみたいだ。むしろそんなことを話していたら、オレはしばらくギルおじさんと口を聞かないだろう。

 

「はやてのことが落ち着いたから、空いた分のリソースを今まで出来なかったことに使っているだけです」

「それをミツ子さんのために使えることが何よりさ。君の成長を間近で感じられて、俺は嬉しいよ」

「はやて君、疲れはないかね? 足が治ったと言っても、まだ日は浅い。あまり無理をしてはいけないよ」

「おじさん、心配し過ぎやて。リハビリ自体は夏からやっとったんよ? へーきへーき」

 

 ギルおじさんは、オレやはやてにとって、今や親同然の人だ。だが高町夫妻も、親のような感覚を持って接している部分がある。はて、オレにとって本当に親だと言えるのは、一体誰なのだろうか。

 

「……「親子」とは、何なんでしょうね」

 

 思った言葉がそのまま口を突く。事故で実の両親を失ったはやてはともかく、オレは本当の両親の顔さえ知らない。自分が何故孤児院に預けられることになったのか、その理由も分からない。

 その程度の事実でしかない。だけど「親子」ということを考えると、この謎が気になってしまう。「親子」とは一体何なのか、考えるほどに分からなくなる。

 桃子さんはオレの体を抱きしめ、優しく包み込んだ。

 

「「こういうこと」よ。わたしと士郎さんはあなたのことを育てられなかったけど、それでも自分の子供と同じように思ってる。それはきっと、グレアムさんやミツ子さんも同じ」

 

 オレは……ほとんど一人で育ってきたようなものだ。差し伸べられた手を撥ね退け、貸し借りを作らないことに腐心し、自力で生きることに注力した。

 だけど、決して一人で生きていたわけではない。ミツ子さんは常に近くで見守ってくれていたし、桃子さんと士郎さんも思ってくれていた。ギルおじさんも、監視という形ではあったけど、ずっと見てくれていた。

 そうして気持ちが繋がっていれば、「親子」でいい。それが桃子さんの答えだ。……なるほど、そういう考え方もありか。

 

「これからは、もう少し高町家にもお邪魔することにします。「お手伝い」や家事もあるから、そう頻繁には無理ですが」

「ええ、歓迎するわ。ね、士郎さん?」

「もちろんだ。何なら、ミコトちゃんもうちの剣術を習いに来るかい?」

「やめてくださいしんでしまいます」

「そのネタもう恭也さんがやった後なんよなぁ……」

 

 知らずに二度ネタをやってしまった士郎さんが驚きで表情を崩し、皆が笑う。

 ここで乱入者が一人。大人組であり、この場に集まったもう一人の親バカ。デビット・R・W・K・バニングス氏。

 

「シロウ、ギル! 今度は私の娘自慢を聞いてもらうぞ! 私達のアリサが一番可愛いということを、君達にも理解させてやる!」

「おっと、そりゃ聞き捨てなりませんね、デビットさん。それなら俺も、なのはの父親としてあの子の可愛さを語らなきゃならない」

「まあ待ちたまえ、士郎。私はまだミコト君の話しかしていないよ。はやて君とフェイト君とアリシア君とソワレ君の話がまだあるのだよ」

 

 親バカ三人は、それぞれの娘自慢に戻ってしまった。……男親というのは皆こうなのだろうか。ちょっと、よく分からない。

 彼らと入れ違いに、オレと面識のない一組の男女が挨拶に来る。恐らくは、藤原夫妻か?

 

「娘がいるところは盛り上がるねえ。君達がミコトちゃんとはやてちゃんでいいのかな? ガイの親父の藤原隆(リュウ)だ。うちのバカ息子がいつも世話になってる」

「母の藤原さくらです。ガイと仲良くしてくれて、ありがとうね」

「どうも。八幡ミコトです。こちらは、一緒に住んでいる八神はやて」

「こちらこそ、ガイ君にはお世話になってますー。去年は色々借りさせてもろて、本当にありがとうございました」

 

 ガイの話では、両親には管理世界絡みのことをちゃんと打ち明けているんだったか。はやての言葉を正しく理解した様子だ。柔らかく微笑む。

 

「俺は話程度でしか聞いてないけど、はやてちゃんの足を治すのに一役買ったんだってな。男はそうじゃなきゃいけねえよ。困ったことがあったら、これからもジャンジャン使ってやってくれ」

「……あなた方が思っている以上に、オレは彼を危険にさらしています。責められても仕方ないと思っていましたが」

「ふふ、本当に面白いしゃべり方ね。あの子が決めたことだもの。それにわたし達が文句を言うのは筋違いだわ。もちろん、あんまり危ないことはしないでほしいと思ってるけど」

「男は多少危ないことに手を出すぐらいでちょうどいいんだ。俺もさくらも、昔は結構やんちゃしたもんだよ」

 

 奥さんも? ……言われてみると、二人ともただものでない空気を醸し出している気がする。なんと言えばいいか……「拳闘士」が一番しっくりくるか?

 さくら氏は黙っておきたかったのか、リュウ氏の脇腹に高速で肘を入れた。ドスッという音がここまで聞こえる。……どうなってるんだ、この町は。

 

「ごめんなさい、この人の言うことは気にしないでね」

「いてて……別に隠すようなことじゃないだろ。昔ちょっとストリートファイ……」

「あなた頭に蜂が!」

 

 リュウ氏の顔面に右のいいのが決まった。なるほど、ガイがむやみやたらと頑丈なのも頷ける話だ。両親がともに「ケンカ屋」だったとは。

 彼らがガイの「前世」を知っているかどうかはわからないが、たとえ知ったとしても笑って受け入れるだろう。それぐらい逞しい両親だ。

 一般人ならノックアウト必至の一発を受けても、リュウ氏は平然と立ち上がる。そのやりとりを、桃子さんは笑顔で見ていた。彼女も強い。

 

「……あはは。わたしが思っとったよりも、ガイ君って"すごい"子だったんやね」

「同感だ。これを「普通の家庭」と称するんだからな。彼も大概感覚が狂っている」

 

 また一つ新たな事実を知り、オレもはやても苦笑するしかなかった。

 

 

 

 奇妙な組み合わせがあった。クロノ、エイミィ、それから美由希という三人組だ。三人組、というかエイミィと美由希の二人にクロノが絡まれている感じか。

 

「随分と楽しそうだな、クロノ。両手に花か?」

「……ハエトリソウとウツボカズラだけどな。こちらとしては遠慮願いたいところだ」

「えー、その扱いはひどくない? こんな可愛い女の子二人を侍らせて」

「そうだよークロノ君。そんなんじゃモテないぞー?」

「モテなくていいからそっとしておいてくれ。君達二人を同時に相手するのは疲れる」

 

 はあ、とため息をつくクロノ。この二人が初めて顔を合わせたのは去年のクリスマスパーティ(兼オレの誕生日会)が初めてだが、そのときから意気投合していた。性格が似ている二人なのだ。

 ただ、エイミィには美由希ほどの隙はない。美由希はただの天然だが、エイミィは計算してやっている節がある。ソワレが言った「ちょっとオレに似ている」というのは、そういうところかもしれない。

 つまり、ハエトリソウ(エイミィ、積極的に弄る)とウツボカズラ(美由希、本人に悪気なし)ということだ。それは確かに嬉しくない両手に花だな。

 

「まったく……これじゃ何のために有給を取ったのか分からないよ。全然ゆっくり出来てない」

「休養のためだけに休みを取るようになったら、人間おしまいだと思うが。たまにはレクリエーションでもして、心と体の両方をリフレッシュしたらどうだ?」

「……そういう風に遊んだことがないから、やり方が分からないんだよ。悪かったな」

「ね、つまんないでしょ? だからお姉さん達が一緒に遊んであげるって言ってるのに」

「そーそー。手始めにクロノ君の気になる子の話を聞こうとしてるのに、「そんなものいない」の一点張りなんだよー」

「実際にいないんだから、それ以外に答えようがないだろう。大体、それで楽しいのは君達だけだ」

 

 仕事が恋人の残念男なら仕方がない。この先彼が恋人を作れる日は来るのだろうか。今のままだと永遠に無理そうな感じだが。

 三人の話を聞き、はやてが不思議そうに尋ねた。

 

「クロノ君が気になってる子って、ミコちゃんとちゃうの?」

「はぁっ!? どうしてそうなった!?」

「おお! 新情報キタコレ!」

「はやてちゃん、その話詳しく!」

「いや詳しくって言うても、クロノ君ってよくミコちゃんに対抗しとるやん? それって典型的な「好きな子の前で素直になれない男の子」の反応やないですか」

 

 「そういえばそうだ!」と何かを得た様子のお調子者二人。それは何か違くないかと思わないでもないんだが……というか話がオレに飛び火している。

 はやてに指摘されたクロノは、顔を真っ赤にして否定する。その反応はアウトだぞ、クロノ。

 

「そういうことじゃない! 僕は単純に彼女のリーダー能力を評価して、一つの目標として定めているだけだ! 言わば好敵手として見てるだけだよ!」

「またまた。そんな風に取り繕わんと、素直になった方がええよ。最近はユーノ君もちょっとずつ頼りになってきとるし、後悔することになるかもしれんよ?」

「え、なになに!? ミコトちゃんユーノ君と進展あったの!?」

「いや、別にないが。彼は基本的に相変わらずのヘタレだからな。そこのヘタレ執務官と同じように」

「誰がヘタレだ! あのヘタレスケベ筋肉フェレットもどきと一緒にしないでくれ!」

 

 「筋肉」というワードを聞いて美由希が落ち込む。可愛い小動物の姿をしていたユーノが、筋肉質な少年の姿になって帰ってきたことにショックを受けていたな。そのときのことを思い出したようだ。

 はやてが言いたいのは、可能性の話だ。今後ユーノが男として成長し、オレが魅力を感じられるようになる可能性はゼロではない。事実、こっちに来てからの彼は少しずつ成長しているからな。

 翠屋の仕事でもそうだし、精神面でも同い年の子供とのふれあいの中で何かを得ている。以前よりも安定感を感じられるようになった。それはクロノから受ける依頼のときにも現れていた。

 それでも、彼がヘタレであり続ける限りはありえない可能性だが。いつになったら、彼は一歩を踏み出せるのか。

 

「クロノがオレをどう見ているかというのはこの際置いておくが……正直なところ、今のクロノにユーノをどうこう言う資格はないな」

「……それは聞き捨てならないな。どういう意味だ?」

 

 切り込んだオレの言葉で、クロノは冷静さを取り戻す。少し剣呑な空気だ。

 構わず、オレは先を続ける。

 

「オレに伝えられているかどうかは別として、彼は自分の感情を知り、そのために行動を起こした。そんな彼を、感情を理屈で覆い隠すことしか出来ないお前が、どうして揶揄できる?」

「僕が自己分析を出来ていないと、そう言いたいのか?」

「分析は出来ているだろう。だが、それを感情を表す言葉にしていない。お前はオレを「好敵手」と呼んだが、それはどの感情に当たるんだ?」

 

 彼は黙り、考え込む。エイミィも真面目な顔でクロノを見ていた。美由希は……さっさと生き返れ。

 

「……分からない。尊敬している。負けるものかと対抗している。話をしていると楽しい。からかうのは勘弁してほしい。だけど、僕が君をどう「思って」いるかは……分からない」

「そういうことだ。それはどんなに言葉を尽くしても届かない。「感情」とはそういうものだ。ユーノはそこに手が届いた。クロノはまだ届いていない。同じヘタレでも、ヘタレの度合いはお前の方が上だ」

「真面目な話だったのにいきなり腰を折らないでくれ。だが、まあ……考えさせられたよ」

 

 「考えている」段階じゃダメなんだが……まだ彼には早いか。結局彼も、程度の差こそあれど、オレと一緒だ。思考が先走り感情を置き去りにしてしまっている。まずはそこに気付かなければな。

 こんな場であまり真面目に考察しても疲れるだけだ。この話はここまでにしよう。……さっきのすずかの件といい、どうしてこうなるんだか。

 

「あー、なんや。クロノ君って小学生レベルやなくて、幼稚園児レベルだったんかいな。期待して損したわ」

「ちょっと待てどういうことだ!?」

「はやてちゃん、的確だねー。ぶっちゃけクロノ君って、頭でっかちなんだよね。ミッドにはそういう子多いんだけど」

「うぅ……ユーノ君なんで筋肉になっちゃったのよぉ」

 

 美由希、いい加減帰って来い。

 

 ガラッと話の内容を変える。

 

「そういえば、ディアーチェ達は来れなかったのか? リンディ提督も来ていないようだが」

「ああ……あいつら、早速好き勝手やってるからな。始末書の嵐と、提督は謝罪行脚。訓練場にクレーターが出来るのが日常茶飯事だよ」

「そうか。元気にやっているならそれでいい」

 

 「それでいいのか」と頭を抱えるクロノ。管理局の事情まではオレの知ったところではないのだ。

 今回クロノを誘うにあたり、エイミィがいることからも分かる通り、他の管理世界の面々も誘った。結局来れたのはエイミィだけだったようだが。

 正直に言えば、ディアーチェとはあまり顔を合わせたくない。はやての顔で大バカ色ボケ愚鈍王をやられると、それだけでストレスを感じてしまう。愉快なものではないだろう。

 だけど……だからと言って、彼女達との間に出来た繋がりを否定する気はない。彼女がオレを気に入り、嫁にしようとするのを止めることはしない。相手にはしないが。

 彼女達が元気にバカをやれているなら、今はそれを知れただけで十分だ。加減はそのうちに覚えるだろう。

 彼女達――「紫天の書システム」と「システムU-D」の存在は、夜天の魔導書を「闇の書」でなくせた証だ。それがふっと頭によぎる。

 

「もし夜天の魔導書が「闇の書」のままだったら、今頃どうなっていたんだろうな」

 

 「作品の世界線」のことは、既にガイから聞いている。「闇の書事件」の最後の悲劇を。

 彼の世界では、防衛プログラムを分離し「アルカンシェル」で消滅させたまではよかった。だがその後、夜天の魔導書は防衛プログラムを自動修復してしまう未来から逃れることが出来なかった。

 その結果取ることになった回避策というのが……夜天の魔導書の、完全消滅。「リインフォース」の犠牲によって、物語は締めくくられるのだ。

 とても残酷な物語だった。「登場人物」は終始戦いに縛られ、得られる結果は苦すぎるビターエンド。まるで釣り合いが取れていない。

 もしオレがそんな結果を突き付けられたら……ひょっとしたら、壊れてしまうかもしれないな。あるいは、壊してしまうかもしれない。

 

「分からないが……こんな風に呑気に花見をするなんてことは、出来なかっただろうな。僕は多分、罪悪感でこの世界に寄り付けなくなってたと思う」

「そういえば、もしもの場合の凍結封印を請け負ってたのはお前だったな。その後、デュランダルはどうしたんだ?」

「……グレアム提督に返そうと思ったんだが、「それはもう君の物だ」って受け取ってもらえなかった。それどころか、いつの間にか書類上でも僕の登録デバイスがS2Uとデュランダルの二つになってたよ」

「それはまた、何と言うか……」

 

 体のいい厄介払い、というのはさすがに酷か。実際デュランダルは、ピーキーながら性能はいい。今後も彼の力になることは間違いない。……クロノにかかる負担は計り知れないが(開発費のプレッシャー的な意味で)。

 もっとも、単純な値段の話をするなら、こっちはプライスレスのオンパレードだ。ワンオフのインテリジェント、ロストロギア、及び古代ベルカの魔法プログラム体複数……考えると怖いのでやめよう。

 

「だけど、急にどうしたんだ? 君達は夜天の魔導書の復元に、不完全とは言え成功した。今更そんな話をするなんて、君らしくもない」

「選ばれなかった可能性に思いをはせることぐらいはするさ。「違う世界線」でオレははやての「相方」になれたのか、とかな。とはいえ、お前の言う通り考えるだけ無駄な夢想ではある」

 

 そう、考えるだけ無駄なのだ。オレは平穏な日常を守るために、戦いを避けるための戦いをする。「作品の世界線」がどうであろうと、この世界でそれは「起こり得ない」のだ。

 オレは「向こうのはやて達」ほど強くないのだから、彼女達のような状況に陥らないようにする。それだけのことだ。

 オレの言いたいところが理解出来なかったようで、クロノは頭にはてなを浮かべる。ガイの話を聞いていないなら、分かるはずもないか。

 ふぅと一息つき、彼から視線を外す。……いつの間にか、はやては近くにいなかった。エイミィと美由希も姿を消している。

 

「クロノ。はやてが何処に行ったか見ていたか?」

「ん? あれ、エイミィと美由希も消えてる。何処か行くなら一言ぐらいかけろっての……」

 

 どうやら彼も見ていなかったようだ。少し物思いにふけり過ぎたか。

 辺りを見回し最初に目に入ったのは、恭也さんとシグナム。おまけで不機嫌そうな忍氏。

 

「お、ミコト。クロノと一緒だったのか」

「主ミコトに不埒な真似をしていないだろうな、クロノ・ハラオウン」

「してないから出会い頭に竹刀を突き付けるのはやめてくれないか?」

 

 二人はどうやら互いの型を見合っていたようで、恭也さんも木刀小太刀を持っている。忍氏の不機嫌の原因はこれのようだ。まあ、花見の席ですることではないな。

 

「お前には、主ミコトを辱めた前科がある。そう簡単に信用を取り戻せると思うな」

「あんなことが二度も三度もあるわけないだろ……」

「それはともかく、恭也さん達ははやてを見ませんでしたか? さっきまで一緒だったんですが」

「いや、俺達は型稽古に集中してたから分からないな。忍、何か知らないか?」

「さあねー。恭也が知らないなら、わたしも知らなーい」

 

 適当な遊具に腰掛け、恭也さんに視線を合わせない忍氏。恋人の不機嫌な態度に、さすがの恭也さんも困り顔だ。こういうことに武術の強さは関係ないのだ。

 

「な、なあ、そう怒るなよ。シグナムにも花見を楽しんでもらいたいって、忍も納得してくれただろ?」

「いや、これは花見の楽しみ方ではないような気が……」

「いーんじゃない、二人は剣を楽しんでれば。わたしは一人寂しく花を愛でてればいーのよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らす忍氏。取り付く島もない。どう考えても恭也さんが悪いわけだが。

 

「……大人しく謝っておいた方がいいと思いますよ、恭也さん。一女子の意見として言わせてもらいますが、彼女を放っておいて他の女性と剣に夢中になるなんて、彼氏失格ですよ」

「うっ。そ、そうか?」

「私にはよく分かりませんが……主が言うなら、そうなのですね」

 

 オレの忠告で、恭也さんはシュンとなった。シグナムの方は恭也さんに「ダメじゃないか」と言っている。お前にも責任はあるんだよ、バカ者。

 「ほら」と恭也さんの背中を押す。彼はちょっとだけ逡巡したが、すぐに覚悟を決めた。

 

「忍、すまなかった。お前のことを蔑ろにするつもりはなかったんだけど、結果的にはしてしまったってことだよな。……今後精進していくから、この不甲斐ない彼氏をどうか許してほしい」

 

 真摯に訴える恭也さん。忍氏は彼を見て、顔を赤らめてから視線を外した。口元がにやけてるのでどう思ってるかは丸分かりだ。

 

「じゃあ、デート一回。わたしが喜ぶデートをしてくれたら、許してあげる」

「分かった、任せてくれ。最高のデートをプレゼントしてやる」

 

 「やったー!」と破顔し、恭也さんに飛びつく忍氏。……熱い熱い。砂糖を吐き出してしまいそうだ。

 シグナムはよく分かっていないようで、首を傾げてはてなを浮かべる。……こいつは女ではなく騎士という生き物なんだろうな。

 クロノを見る。彼はちょっと顔を赤くし、イチャつき始めたカップルから視線を逸らしていた。相変わらずのムッツリスケベである。

 付き合いきれないので、いい加減本題に入らせてもらおう。

 

「それで、忍氏。はやて、あるいはエイミィと美由希を見なかったか?」

「見てないわよ? 言ったじゃない、わたしも知らないって」

 

 ……頭痛がする。結局この茶番はなんだったんだ。スルーして別のところに行けばよかった。

 

「姉の方は相変わらずポンコツ、と。行くぞ、クロノ。邪魔して悪かったな、月村姉」

「ちょっと待って! 今明らかにわたしの扱い下降したわよね!? なんで!? どうしてなの、ミコトちゃん!?」

「お供します、主。この男と二人きりにさせるわけにはいきません」

「だから何もしないって言ってるだろ。少しは信用してくれよ……」

「ミコトちゃーん!?」

 

 知らんな。

 

 

 

 狭くはない公園を歩いていると、日除けの下でオレ達の家族が談笑していた。アリアとロッテ、ミステールとザフィーラ。

 

「あ、ミコト! 今ちょうどあなたの話をしてたところなのよ」

 

 アリアが気付き、オレに声をかけてくる。オレもはやてが何処に行ったかを知っているか聞きたいので、話を聞くことにする。

 

「クロ助、おっす! ミコトちゃんをエスコートしてるとは、感心感心!」

「そういうわけじゃないんだけどな。人探し中なんだ」

「ロッテ、こいつが主ミコトと一緒にいることを推奨するんじゃない。私はこの男を主ミコトに相応しいと認めていないぞ」

「相変わらず信用されとらんのう、執務官殿。ま、これも一つの「因果」応報じゃの、呵呵っ」

 

 弄られため息をつくクロノ。で、何の話をしていたんだ?

 

「……主の持つ"魔法"を、有効活用できないかという話です。せっかくあるのにもったいない、と」

「そう大したことはできないんだがな。「召喚体の作成」については、単に技術との相性がよかっただけだ」

「でも、探せば他にも使い方ってあるんじゃない? そういうの、あなた全然調べてないでしょ」

 

 まあな。元々「コマンド」ははやての足を治すために作ったのであり、使い方もそのためだけに追及してきた。他の使い方を調べる必要などなかったのだ。

 そして今やその役目も終え、依頼のためにエールやもやしを顕現するとき以外には使用していない。……というか、だいぶ前からその二つだけが使い道になっていた。

 

「だが、普通に生活している限り必要になるものでもない。依頼に関しては、皆が力を貸してくれるだけで十分遂行出来る」

「そうかもしれないけど、出来ることが広がれば依頼の幅も広がるじゃない。わたしは、ミコトには色々経験してほしいと思ってる」

「……姉みたいなことを言うな」

「姉だもの、当然よ」

 

 フッと軽く笑う。実にその通りだ。

 

「それでクロノの報告書を読んで、わたしなりに何が出来るか考えてみたのよ。思い付いたのは、やっぱり召喚体絡みなんだけどね」

「根本的な技術がこの世界の"魔法"……"オカルト"だからな。そちらの理解もなければ、応用は難しいだろう」

「そっちは完全に手付かずだったのが痛いわね。まあ、とりあえず考えた内容だけど、「召喚体に新しい能力を付与する」って、出来ないかしら?」

 

 それは……どうだろうな。召喚体は受肉した概念ではあるが、その在り様は生物と似ている。学習することは出来ても、機械的に付与するというのは難しいのではないだろうか。

 

「元になった式神術を学べば、ひょっとしたらそういう手法も見つかるかもしれないが。現段階でオレが言えることは、「安易に手を出すべきではない」だな」

「あー……そっか。存在そのものを弄っちゃうことになるのね。それはちょっと危ないわね」

「ん? それじゃあ、「召喚体の追加操作」なんてことは無理なのか?」

 

 何でもない思い付きのように、クロノが言う。……いや、それなら可能だ。

 

「そもそも基礎状態と顕現状態の行き来に使っているのは、コマンドを用いた「召喚体の状態操作」だ。ソワレみたいに拒まなければ、理論上はいける」

「理論上は……って、何か問題でもあるの?」

「大したことじゃない。「コマンド」そのものはそれほど大きな力を持っていない。だから、オレが召喚体を操作したところで彼らが起こせる事象には到底届かないということだ。意味がないんだ」

 

 たとえば、オレが「コマンド」を用いてミステールの因果操作を行使したとする。それで起こせるのは、せいぜい粒子運動が関の山だ。何も起こせないも同然なのだ。

 そう、普通に使えばそうなのだ。だが、少し思い付いた。ポケットからエールの羽根を取り出し、「コマンド」を行使する。

 

「『"風の召喚体"エール、その姿を顕現しろ』」

「な、ちょ!? こんな場所で、そんな大っぴらに!?」

「構わん構わん。この辺の住民なら、今更この程度で驚きやせんよ。主殿が実験で派手にやっとるからの」

「そもそもこれは「この世界の魔法」なわけだから、知られたところで気にする必要はないってことね。……だからってあんまり大っぴらにやらないでよ。取材とか来られたら、わたし達も困るんだから」

 

 「コマンド」自体は関係ないが、そこから芋づる式にアリア達、ひいては管理世界につながる可能性もあるか。……今後は少し自重するか。

 

『面白そうだね。何をする気なのさ、ミコトちゃん』

「ちょっと、な。もしかしたら、先の事件のラストみたいな事故を防げるかもしれない」

 

 そう言ってから、再び「コマンド」を発動する。

 

「『"風の召喚体"エール、その体を弓としろ』」

 

 「コマンド」を通じた命令に従い、エールの体が変化していく。いつもの鳥剣の姿から、羽をグリップの形とした小型のアーチェリーへと。

 成功。今は試しに弓としてみたが、アクセサリーなどの形にすれば身に付けることも出来るだろう。そうすれば、空を飛ぶ時にエールを手で持つ必要がなくなる。

 

『おー。ボク、こんなこと出来たんだ。いつもと違う姿って、何か変な感じだー』

「もっと早くに試しておくんだったな。完全に盲点だった」

「そっか。これなら形状を弄ってるだけだから、召喚体に負荷がかからない。手に持つ必要がなければ、取り落すこともなくなるってわけだ」

「クロ助、お手柄だねー」

「そ、そうなのか? 僕は完全にただの思い付きで言っただけなんだが……」

 

 ロッテから褒められて目を白黒させるクロノ。シグナムが盛大に舌を打った。嫌いすぎだろ。

 今後はエールを剣以外の形態にしよう。使い勝手のために剣の姿にしていたわけだが、剣の心得がないオレにとっては正直使いにくい。この姿にしておく意味がなかった。

 

「エール、どんなアクセサリーがいいと思う?」

『ブレスレットはミステールちゃんがやっちゃってるしねー。あ、そうだ! ボウガンとかどう? 腕にはめるタイプのやつってあったよね』

「アクセサリーではないが、それもまたありか。よし。『"風の召喚体"エール、その体をクロスボウとしろ』」

 

 再び形を変え、エールはオレの右腕に収まった。二、三振ってみて、外れないことを確認する。とりあえずはこれでよし。

 

「今度、ソワレと一緒に飛行テストをしてみよう。大丈夫そうなら、この形態で行く。それでいいか?」

『問題なし! こっちの方が、ミコトちゃんとの密着感が楽しめるもんね!』

「呵呵っ、抱き着いとるようなもんじゃからな。主殿から投げ飛ばされん程度にせいよ、長兄殿」

 

 エールの軽口は聞き流し、アリアに成果を見せる。彼女は満足そうに頷いた。お気に召したようだ。

 と、次にロッテが動く。

 

「じゃあさじゃあさ、ミコトちゃん。次はこっち!」

「これは……もやし? もやしアーミーで何をしろと?」

「決まってるじゃない。合体よ、合体!」

 

 エッヘンと胸を張るロッテ。……言わんとしてることは分かったが、何故ドヤってるのかが分からない。ロクなこと考えてないな、こりゃ。

 彼女以外の全員で呆れながら、リクエストに応えてやってみる。数秒後、彼女は地面に両手両膝を着いて項垂れた。

 

「ちがう、そうじゃない。あたしが見たかったのは、こんなキモカワイイ系のマスコットキャラじゃなくてー!」

『失敬であるぞ、妹猫殿。我はマスコットではなく、誇り高き兵士なのである!』

「だから「コマンド」はそこまで強力じゃないと言っただろう。そんな劇的に体積が変わるわけがない」

 

 どうやら彼女は怪獣と戦えるようなサイズの巨大もやしを見たかったようだ。実際に出来たのは、一抱え程度の手足が生えて顔のついたもやしであった。使い道は……特になし。

 こんなはずじゃなかった現実に打ちのめされる彼女を丁寧に無視し、ここに来た目的を果たす。結局、彼女達もはやての姿は見ていなかった。

 仕方なし、オレはボウガンとなったエールを右手に、もやしボールをシグナムに抱えさせ、はやて探しを続けることになった。

 まったく、何処に消えたのやら。

 

 

 

 

 

 そうして、ようやく手がかりをつかんだ。

 

「はやてちゃんですか? 買い出しの帰りに、公園の入り口で皆と何かしてるのを見ましたけど」

 

 教えてくれたのは、ブランだった。姿を見ないと思ったらノエルと一緒になって買い出しに行っていたそうだ。

 彼女らしくはあるのだが、もっと花見を楽しんでほしいとも思う。去年彼女が生まれたときは、もう桜はだいぶ散ってしまっていたのだから。

 

「そうか、ありがとう。色々と任せてしまってすまないな」

「いえいえ、わたしのやりたいことですから。皆さんの笑顔を見ることが、わたしの幸せなんですよ」

 

 何だこのいい子は。眩しくて直視できないぞ。さすがは"光の召喚体"と言ったところか。

 

「それにしても……エール君ももやしさんも、随分と姿が変わりましたね」

『へへっ、でしょ? これでもうミコトちゃんを危険な目にあわせたりしないよ!』

『この姿は動きづらい。運んでもらわねば動けぬとは……もやし、一生の不覚であります』

 

 一緒に花見を楽しんでもらうために顕現したままにしている召喚体達。もやしの方は元の姿にしてもよかったんだが……これで中々愛嬌がある。もうしばらくこのままでいてもらおう。

 ともかく、これではやての場所は分かった。ブランに礼を告げ、公園入口まで行く。クロノとシグナム(もやし付き)も着いてきた。

 入口近くの茂みの中に、その一団はいた。

 

「……君達はこんなところで何をやっているんだ」

「(あ、ミコちゃん、しっ! 後ろの二人も、こっち隠れて!)」

 

 そこにいたのは、はやてを初めとした海鳴二小組とトゥーナ。それと、聖祥男子組に鮎川が加わったものだった。

 ……いや、これは正確じゃない。正確には、むつきと剛田の姿がない。

 とりあえず、はやてに言われた通り茂みに身を隠す。茂みの隙間から、入口がよく見えた。

 そこには一組の男女がいた。体の大きな少年と、小柄な少女。剛田とむつきだった。

 

「(どういうことだ?)」

「(剛田の野郎がやっと覚悟決めたんだよ。ここまで来んのマジ大変だったぜ)」

 

 オレの疑問にガイが答える。……そうか。ようやく、むつきの想いが成就するのか。だが……。

 

「(むーちゃん、ちゃんと受け止められるかね。一回告白失敗してる相手なのに……)」

「(彼女を信じるしかないだろう。……オレに立ち向かえた彼女なら、大丈夫だ)」

「(そだね。……って、シグナムさん何ソレ?)」

「(もやしアーミーが合体したものだ。主ミコトが新しく試みた「召喚体の追加操作」の産物だ)」

「(わー。なんかキモいけど可愛いー)」

 

 亜久里がもやしボールを受け取り、可愛がり始めた。何のかんの言いながら、もやしはご満悦そうだった。結局は彼も男の子のようだ。

 不可思議物体を見て、事情を知らない聖祥カップルの目が点になった。……あとで「コマンド」についてだけは教えてやるか。

 

「(だが、何故トゥーナまでいるんだ? 君にはあまり関係のないことだろう)」

「(はい、私もそう思ったのですが……)」

「(トゥーナも色んな経験せなあかんよ。告白なんてそうそう見る機会ないんやから、逃す手はないやろ)」

「(それもそうだな)」

「(我がもう一人の主まで……)」

 

 彼女は何処に目をやればいいか分からないようで、あちこちに視線が泳いでいる。顔も若干赤くなっており、恥ずかしがっているのが分かった。

 なるほど、はやての言う通りだ。ちゃんとこういうことにも耐性を付けさせないと、うちの可愛いトゥーナが悪い男にだまされてしまうかもしれない。経験は必要だな。

 

『(そーそー、こういうことはもっと楽しまないと! 色恋は蜜の味なんだよ、トゥーナちゃん!)』

「(え、エール? その姿はどうしたのですか?)」

「(先ほどシグナムが説明したものの成功例だ。というかこっちが本命で、あっちはロッテの無茶振りが原因だ)」

「(あはは、けどもやしさん人気みたいやで。キモカワイイ感じがええな。もちろん、エールもかっこよくなってるよ)」

『(ありがと、はやてちゃん!)』

「(はあ……君達は本当に遠慮がないな。事情を知らない一般人の前だってのに)」

 

 そんなことを気にしたところでどうなるものか。どんなに隠そうが、バレるときはバレる。それが親密な間柄ならなおさらだ。だったら、気にせずいつも通りにしていればいい。

 開き直りとも言えるオレの意見に、クロノはやはりため息をついた。

 

「(……なんでクロノがミコトさんと一緒にいるんだよ)」

「(いちゃ悪いか、筋肉フェレット。成り行きだよ。文句があるなら、僕達を放置してどこかに行ったはやてに言ってくれ)」

「(なはは、クロノ君がミコちゃんを意識出来ればええなー思って、美由希さん達と共謀したんよ。そうやないと、フェアちゃうやろ?)」

「(はやて、何してるのさ!?)」

 

 何がフェアなんだか。おかげでこっちは探し回る羽目になったんだからな。……得るものはあったが。

 しかし、こんな風に隠れる意味はあるんだろうか? どう見ても剛田は初めからいることを知ってるし、むつきも確実に気付いている。雰囲気出しだろうか?

 

「(お! 皆、剛田がいよいよ告白するみたいだぜ!)」

 

 ガイが注意喚起する。それまでさわさわと話をしていた皆が、一斉に食い入るようにむつき達の方を見た。トゥーナも、クロノもだ。シグナムは何だか分かっていないようだ。種族:騎士め。

 

「……むつきちゃん。俺は今日、君に言いたいことがあるんだ」

「うん。なに、たける君」

「去年の夏、俺はむつきちゃんから告白されて……断った。他に好きな子がいるからって、勇気を出したむつきちゃんを無下にした」

「……仕方ないよ。好きな子が、いたんだから」

「だけど、その子は俺の親友のことが好きで……俺も失恋した。むつきちゃんは多分、俺の何倍も辛かったんだよな。だから……中途半端な気持ちで、伝えたくなかった」

 

 この期に及んでうだうだと言う剛田。そういう細かいことはいいんだ。とにかく言え。お前の気持ちを言葉にして、ちゃんと伝えろ。

 だが女の子の心と男の子の心は違う。女の子は単純でありながら複雑であり、男の子は複雑に考えるくせにその実単純だ。

 やきもきしてしまうのはどうしようもない。むつきは、ちゃんとその差を受け止めて、剛田の言葉を待った。

 彼は、しばし沈黙する。目を閉じ、自分の心をもう一度確認するかのように。

 そして彼は、目をかっ開いてこう言った。

 

 

 

「好きだ、むつきちゃん! 俺のお嫁さんになってくれ!」

 

 それは実に男らしい告白で――見ているオレまで、思わず赤面してしまうほど。あのシグナムまでもが「むっ?」と唸って赤面したのだ。見事な告白であった。

 むつきは、しばらくじっと剛田を見た。剛田も決して視線をそらさず、むつきを見続けた。

 やがてむつきは……彼女のトレードマークと言ってもいい眼鏡を外した。そして次の瞬間、剛田の告白のインパクトすら消し飛ばす大胆な行動に出た。

 

「んっ!」

「!?」

『………………ぇええ!?』

 

 身長差のある彼の顔を引っ張り寄せ、キスをした。見ていた全員が、隠れていることも忘れて思わず声を出してしまう。

 オレもはやてと頻繁にキスをしているが、女の子同士、親愛を表現するためのものだ。こんな……男と女の、恋愛を意味するキスは見るのも初めてだった。

 だから、衝撃だった。見ているオレ達でこうなのだから、剛田の受けた衝撃はその比ではなかっただろう。

 だけど彼は、決して狼狽えなかった。驚きは一瞬。その後むつきの体を優しく抱き返し、彼の方からキスを返した。

 たっぷり、1分ほどキスをしてから、二人は離れた。むつきは恥ずかしそうに笑いながら、それでも幸せそうで。

 

「ずっと、待ってたんだからね」

「……ごめん、意気地なしで。でも、後悔させたくなかったから」

「うん、分かってる。わたしが大好きなたける君は、そういう人だから。そんなたける君だから、わたしは好きになったんだよ」

「ごめん……じゃねえな、ありがとう。俺を、好きになってくれて」

「うん、大好きだよ。だから、わたしの答えは前とおんなじ。わたしを、たける君のお嫁さんにしてください」

「……ありがとう、むつきちゃん。本当に、本当にありがとうっ!」

 

 剛田はもう一度、むつきの体を抱きしめた。むつきも彼の体を、本当に愛おしそうに抱き返した。

 ――そして、宴会の合図が上がった。

 

「野郎ども、突撃ィ!」

「おうとも!」

「いよーし!」

「……え、これ僕も行った方がいいのか?」

 

 ガイが上げた号令で、聖祥男子の三人と、少し遅れてクロノが剛田に駆け寄った。さすがに彼は驚き――筋書きにはなかったガイのアドリブか――むつきの体を離した。

 男三人が、剛田の背中をバシバシ叩く。空手で打撃に慣れているとは言え、掌で張るように叩かれれば痛むらしく、「いて、いて!」と言いながら逃げる少年。しかしクロノが回りこんでいる。

 

「めでてえなこの野郎! 祝ってやる、祝ってやる!」

「いてえよバカ! 藤原てめえ、ほんとに祝ってんのか!?」

「感動したよ剛田君! 僕からも祝福だ! えーい!」

「いってぇ!? 藤林、力こめりゃいいってもんじゃねえからな!?」

「この一発に、僕の祝福の全てを込める……!」

「やめろォ!? ユーノそれマジ死ねるやつ! 俺でもさすがに死ぬ!」

「……よく分からないけど、僕からもお祝いだ。そらっ!」

「あっだぁ!? 細腕なのにいてえ!? ってか誰だあんた!?」

 

 四人の男が、笑顔で少年の背中をひっぱたく。あれが彼らなりの祝福の方法らしい。……剛田も、痛いと言ってる割に顔は笑っていた。

 男は男に任せよう。オレ達はむつきの方に駆け寄る。いちこが勢いよくむつきに抱き着いた。

 

「むーちゃん、おめでとおぉ! うあーん、よかったあぁ!」

「えへへ。ありがとう、いちこちゃん。わたし、頑張れたよ」

「ぐすっ。むーちゃんよかったね。ちゃんと、報われて」

「もう、あきらちゃんまで。泣かないでよ」

「何言ってるのよ、むーちゃんだって泣いてるじゃない」

「え? ……あ、ほんとだ。緊張の糸、緩んじゃったみたい」

「泣いちゃダメだよーむーちゃん。ほら、もやしさん見て笑ってー」

『むぅ、何故だか我も目から水分が出ますぞ……』

「え……え? もやしさん? なんか随分イメージチェンジしたような……」

「新形態やて。おもろくて涙引っ込んだやろ?」

「どうやらもやしはお前よりも役に立ったみたいだぞ、エール」

『そんな!? むつきちゃんを喜ばせるために色々考えてたのに!』

「や、やっぱりむつきちゃんももやしさんとエール君知ってるんだ……」

 

 意外ともやしが役に立ち、皆すぐに笑顔になれた。こういう場は、やはり涙よりも笑顔の方が似合っている。

 

「……あなたはいかないのか、烈火の将」

「私のような分かっていない女が立ち入っては無粋だろう。お前こそあの輪に加わりたいのではないか、トゥーナ」

「私も、分かっているとは言い切れない。主達と同じ喜びを分かち合えないのは少し悔しいが……これから少しずつ理解していきたいと思っている」

「そうか。なら我々は見守ろう。優しき主と強き主、そのご友人達の喜びのひと時を」

「そうですね」

 

 こうして、去年の夏からオレ達が見守り続けた一組の男女は、ようやくカップルとして成立したのだった。……これで一息、だな。

 

 

 

 

 

 イベントは、それで終わりではなかった。

 オレ達が揃って花見の場所に戻ろうとした時、一人だけ戻ろうとしなかった男がいた。

 

「ミコトさん」

 

 それは……ユーノ・スクライア。オレ達のチームの、最高の守護者。ただオレのそばにいるだけのために、全てを捨ててこの世界にやってきた少年。

 振り返り彼を見て、オレは悟った。――ああ、ようやくか。嬉しいような寂しいような、不思議な感覚だった。

 

「なんだ?」

「僕も、ミコトさんにお話があります」

 

 「そうか」と短く返す。他の皆も空気を察し、言葉を挟まない。彼の顔に表れているのは、先ほどの剛田と同じもの。即ち「覚悟」。

 

「僕は、以前ミコトさんに言いました。「また、僕の指揮官になってほしい」って。それは、叶いました」

「こちらは不本意だったがな。お前達は尽くオレを買いかぶる。オレに出来る判断など、そう多くはない」

「それでも僕は、あなたの命令だったら聞くことが出来る。……何故だか、分かりますか」

「分からん。言ってみろ」

 

 後ろには事情を知らない剛田達もいるわけだが……もう今更だな。クロノも文句を言って来ないから、諦めたのか何なのか。

 剛田のときと同じように、じっくりと溜めを作ってから、ユーノは告げた。

 

 

 

「あなたのことが、好きだからです」

「いや、そんなことは知っているが」

 

 ずるっと、何人かがこけた。ユーノもだ。本当に気付かれていないと思っていたのだから恐れ入る。

 

「聞くが、お前が指揮官と認めた女は、あんなあからさまな態度を見せられて気付けないほど鈍いのか?」

「……あはは、そりゃそうですよね。もしかしたらって思ってたけど、ミコトさんなら、気付きますよね」

 

 彼がオレに気付かれてないと思った理由は、多分オレの感情の未熟さだろう。実際、オレがその感情を知ったのは、彼から告白紛いを受けてのことだ。

 だが同時に、彼もオレの変化を見ていたはずだ。だから、気付かれているかもしれないと、可能性は考えていたのだ。少々小さかったようだが。

 

「本当は、あのとき言いたかったのは、「指揮官」じゃなくて「恋人」です。あのときから、僕はずっとあなたのことが好きなんです」

「それも知っている。お前がちゃんと言えるようになるまで、気付いてないふりをするのは大変だったぞ。ポーカーフェイスも楽じゃない」

 

 もちろん、ジョークだ。オレは普通にしていたらそれだけでポーカーフェイスになってしまう。本当に表情が作りにくい顔だ。

 彼もそれを分かっているから、軽く笑って流した。

 

「それで?」

「えっ?」

「それで、どうするんだ。お前は、どうしたいんだ。オレはまだ、お前の口からそれを聞いていない」

 

 話の腰を折ったのはオレだが、それでも彼がオレに伝えたい言葉はあるはずだ。

 意表を突かれた彼は、一瞬だけ驚いた。だけど、既に言葉を持っているのだ。あとは伝えるだけであり……今の彼ならそれが出来るという、奇妙な信頼があった。

 予想通り、彼はすぐに表情を固めた。最初と同じ、覚悟の表情。

 

 そして彼は、オレに告げた。

 

「ミコトさん! 僕と……、僕と一緒のお墓に入ってください!」

「……は?」

 

 割と、いや予想のかなり斜め上を行く告白だった。それって……要するにアレだよな。剛田が言ったのを、婉曲的にした……。

 

「あ、あれ? も、もしかして意味通じてないですか? おかしいな、この国ではこう言うって書いてあったのに……」

 

 こちらが停止した意味を理解出来ず、ユーノは唸りだした。

 オレは……たまらず笑い出した。

 

「くく、はははは。お前は相変わらず、オレの予想を変な形で超えてくれるな。小学生なら、もうちょっと直球で来い。……ふふふふ」

「え、ええ? あの、僕何か間違えてしまったでしょうか?」

「いいや、間違ってはいないさ。間違っているとしたら、対象年齢だ。今のお前には十年は早い」

 

 それは「死後も一緒にいましょう」という、永遠を誓うプロポーズだ。たかだか9歳の子供が使うには早すぎる。

 

「……早くなんか、ないです。僕は、本気なんです」

 

 彼の震える言葉で、笑いがピタリと止まった。それぐらい、その言葉には力がこもっていた。

 

「あなたと一緒に、泣いたり笑ったり、怒ったり悲しんだり、色んな時間を共有して……いつか家庭を築いて、一緒に子供を育てて、巣立ちを見守って、一緒に歳をとって……土に還ったその後も、一緒にいたいんです」

「……そうか。そのぐらい、本気なんだな」

 

 重い。はっきり言って、小学生の男子が持つ愛にしては重すぎる。だけどそんなことは分かってたはずだ。そのぐらいの気持ちでなけりゃ、ミッドチルダを捨ててこの世界にやってこない。

 先ほどの「プロポーズ」は、ユーノの偽らざる本心なのだ。……笑ったりして、ちょっと悪かったかな。

 

「……あなたの答えを聞かせてください、ミコトさん」

 

 彼は、オレを真っ直ぐに見ていた。かつての弱々しかった少年の眼差しではない。それは間違いなく、「男」の目だった。

 心臓が狭くなる感覚。自分が、どうしようもなく「女」だと感じる。ここにいるのは、一人の「男」と一人の「女」なのだ。

 ――ああ、だからオレは、夏の海でユーノに迫られたとき、夏祭りでクロノに口説かれたとき、ちょっとだけ嬉しかったんだ。彼らはオレを「女」として見てくれているから。

 理解した。そしてオレの答えも、決まった。

 オレは口を開こうとして――

 

 

 

「――待てよ」

 

 もう一人の少年の声で止められる。振り返ればそこには、オレと関わりの深い男がいた。

 クロノ・ハラオウン。オレを「好敵手」と呼んだ、いまだ自分の感情を知らない少年。彼は、自分の気持ちを見つけることが出来たのだろうか。

 

「割り込む真似をして悪いな、ユーノ。だけど……君の話を聞いていて、僕も黙っていられなくなった」

「クロノ……やっぱり君は」

「ミコトが好きだ。……って、断言出来ればよかったんだけどな。やっぱり、僕には分からなかった。僕にとって八幡ミコトって女の子がどういう存在なのか……分からなかった」

 

 声には若干の落胆が込められていた。それは、自分自身の幼さへの苛立ちだったのかもしれない。

 「だけど」と言葉を繋げる。

 

「ミコトが君のものになるって考えたとき、僕はどうしようもなく嫌だった。それだけは事実だ。だから、僕は君の邪魔をする。……最低だろ?」

「自分で最低だって分かってるやつを止めることなんかできないよ。卑怯な奴め」

「後悔しないためだったら、卑怯にだってなってやるさ。僕は自分の気持ちを知る時間を稼ぐために君の邪魔をするんだ。知って、ミコトが好きじゃなかったら、君に譲る。そうじゃなかったら……絶対譲らない」

 

 オレを挟んで目線で火花を散らす二人の「男」。オレは……盛大な、本当に盛大なため息をついた。

 

「いい加減にしろよバカヤロウども。当人の気持ちを無視して勝手に色々言ってるんじゃないよ」

 

 「うっ」と呻くバカ二人。彼らの言い分は、オレがここでユーノになびくことを前提にしている。オレはそんな流されやすい女なのか。そんな流されやすい女が、お前らは好みなのか。

 

「ばっさり行くぞ。お前ら両方とも、男としての魅力なし、だ。全然ときめかない。恭也さんを見習って出直してこい、半人前どもが」

「うぅ!?」

「本当にばっさり行ったな……」

 

 そもそも二元論なのか? 世の中お前らよりいい男が存在するんじゃないのか。恭也さんという事例はあるんだ。可能性は否定できないのだ。

 ばっさり行かれた二人は、片方は地に手を着くほど落ち込んだ。もう片方はそうでもなかったが。……それでもこの二人は、少なくともオレが「男」と感じられたのだ。

 つまり、この二人は両方とも可能性があるのだ。この二人にも、十分可能性はあるのだ。

 オレは二人から離れるように歩き出す。二人の顔をちゃんと見れるように。

 

「だが、それでも。お前達が、こんな面倒くさい事極まりない女に、これだけ言われてなお諦められないどうしようもないドMどもだったとしたら……」

 

 ――二人の少年は、一歩を踏み出したのだ。だったらオレも、一歩を踏み出さなきゃ嘘だろう。そうじゃなきゃ……釣り合いが取れてない。

 振り返る。ユーノとクロノの顔がよく見える。ギャラリーはいつの間にか、最初の茂みに戻っていた。まあ、いいか。

 オレは、オレに出来る最大級の勝気な笑みをたたえ、二人の男に向けて、言ってやった。

 

 

 

 

 

「アタシをその気にさせてみなっ!」

 

 オレは――アタシはこれからも歩き続ける。こうやって一歩ずつ、未来に向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーノォ!? しっかりしろ、傷は浅いぞ! くそ、どうしてこんなことに……!」

「やべぇ、どんどん脈が弱くなってる! ユーノの血液型ってなんだ!?」

「うふふ……どうしたの皆、何をそんなに慌ててるの? ほら、ここはこんなに暖かいんだから、ゆっくりして逝こうよ……」

「逝くなバカ、戻って来い!」

「クロノ君の反応消失! もう魔法バレにかまってる場合じゃないよ! シャマルさん呼んできて! 早く!」

「トゥーナさんお願い! 無敵の夜天の魔導書の力で何とかしてよぉ!」

「そ、そんなことを言われても……治癒魔法は構築していないんだ、時間がかかる」

「にゃあああ!? 何これ、殺人現場なの!?」

「これは……急いでアースラに運ばなきゃ! アルフ、ふぅちゃん、手伝って! 応急処置はわたしがするから!」

「わ、分かった! ……うぅ、一面血の海だよぉ」

「なるべく見ないようにするんだよ、フェイト! これ全部鼻血って、何したらこんなことになるんだよ……」

「……「アタシ」もやめような、ミコちゃん」

「うぅ、自信あったのに……」

 

 結局、オレは「オレ」しか使っちゃダメらしい。……ちくしょう。



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