不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!
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原作なんて関係ねぇ番外編、はぁじまぁるよー。


番外編・その後の日常章
EX.1 趣味


 ある日あるとき、八神家のリビング。オレは最早やる必要のない、だけど習慣となっておりやめることの出来ない内職をしながら、ため息をついた。

 

「どしたん、ミコちゃん。そんな大きなため息なんかついて」

「……大したことではないんだが」

 

 言いながらもオレの手は止まらない。長年(四年間)の経験で染み付いた内職の動作は、意識するまでもなく手が動いてくれる。「確定事象」をトレースする必要すらない。

 器用さにはそれなりの自信がある。「プリセット」を用いたシミュレーションを正確にトレース出来るオレが作った造花は、取引先からも評価が高いそうだ。それもまた、オレがいまだに内職を続ける理由の一つだろう。

 造花作りを続けながら、オレは最近抱えている贅沢な悩みを、大切な相方に打ち明けた。

 

「なんというか、張り合いがないんだ。満たされてはいるけど、リソースに遊びがあり過ぎて落ち着かないというか……」

「あー……」

 

 はやては苦笑し、オレの言いたいことを理解した。要約してしまえば、「目指すべき大きな目標がない」のだ。

 

 三年前の冬、オレが決意した「はやての足の完治」。それは年末に行った「夜天の魔導書復元」で完遂することが出来た。

 細々したことは残っている。夜天の魔導書の完全復元を目指すこととか、管理世界への情報開示に向けた準備とか、あるいは生活のための糧を得る活動だとか、そう言ったことは継続して行っている。

 だけど、一番大きかった目標は達成してしまった。いまやはやては自分の足一つで何処へだって行くことが出来る。体育の時間も、男子に負けないぐらい元気いっぱい走り回っている。

 それがオレの目指したことであり、達成出来たことに文句などあるはずがない。はやてが元気な姿を見れば、それだけで嬉しい。日々喜びをかみしめている。

 ……大きすぎる目標を達成出来た刺激が強かったのかもしれない。またあの達成感を味わいたいと、自分でも気づかないうちに考えてしまっているのかもしれない。

 以前のオレならそんなことはありえなかっただろうけど、今のオレはそうもいかない。家族や友人との触れ合いで、色々な感情を学んだ。「成功体験の反復」は十分あり得る。

 ともあれ、オレが今の生活に満足しながら満足できないという、相反する感覚を持っていることは事実だ。

 

「かといって、厄介事に自分から首を突っ込む気はないし。どうしたものか……」

 

 クロノやギルおじさんに意志を伝えれば、彼らは本格的な案件を持ち込んでくれるだろう。そして我がチーム「マスカレード」ならば、それも遂行可能だという信頼がある。

 だがそれをしては、今まで何のために管理世界を切り離して活動してきたか分かったものではない。自分から管理世界の厄介事に巻き込まれようというのでは、本末転倒だ。

 はやては本を開いたまま、「んー」と考えるように宙に視線を向けた。

 

「なんか、趣味でも持ってみたらどうや? ミコちゃんって今まで趣味らしいものなかったやん」

「……造花作りは、趣味みたいなものなんだがな」

 

 先述の通り、今は内職に収入を頼る必要がない。ギルおじさんからは毎月多額の仕送りが来るし、オレ達の翠屋バイト(お手伝い)、シグナムの剣道場講師によって、貯金する余裕すらある。

 それでもオレがミツ子さんに内職の斡旋をお願いしているのは……先方のリクエスト以上に、オレ自身の手慰みなのだろう。

 オレの意見を聞いて、はやては「あかん」と返した。

 

「そんなんじゃ趣味って言えへんよ。もっとこう、打ち込めるものやないと」

「ふむ。なのはで言えば、魔法みたいなものか」

 

 オレの最初の友達の名前を出す。「ジュエルシード事件」で魔法と出会った彼女は、今なお魔法の腕を磨いている。それは何かの目的があってのことではなく、色々な魔法を覚えるのが楽しいからだそうだ。

 事実として、彼女が魔法を研鑽する必要性は皆無だ。今の彼女の力でも十分依頼はこなせるし、この世界で生活するなら魔法は使い道がない。必要だからではなく、研鑽そのものが目的なのだ。

 オレにとってそういう「趣味」と言われたら、確かに返せる答えはなかった。

 

「せやね。ふぅちゃんにとっての戦闘訓練、シグナムにとっての剣の鍛錬や。……言うてて思ったけど、わたしらの周りって殺伐とし過ぎちゃう?」

「言うな、オレも思ったけど言わなかったんだから」

 

 いやまあ、彼女らのアレは「運動」に無理矢理括ることも出来なくもないはずだ。そういうことにしておこう。

 ともかく、今はオレの趣味の話だ。オレが「それをすること自体に楽しみを見出せるもの」と言ったら、一体何なのか……。

 

「ミコちゃんは指揮官やし、将棋とかチェスとかはどうや?」

「やれば出来るとは思うが、別に指揮官をやりたくてやってるわけじゃない。いつの間にか任されただけだ」

 

 会う人皆がそう言うので、オレに指揮の才能があるらしいということは、客観的認識として認めることにはした。が、やりたいことではない。指揮を続けるなら勉強することもあるだろうが、趣味としては無理だろう。

 オレが好きなことは何なのか、まずはそこから入らなければならない。

 

「好きなこと、か。人なら簡単に思い浮かぶんだが」

「さらっと恥ずかしいこと言うとるで?」

「実際そうだからな。それに、好きな相手に好意を伝えることを躊躇う性格じゃない」

 

 さすがに男女関係になったらどうかは分からないけど、今は関係ない。……関係ないから頭に浮かんでくるんじゃない、ミッドチルディアンズ。

 逆にはやての方が照れたようで、少し顔を赤くして笑った。本を置き、オレの後ろに回って抱きしめてくる。

 

「手芸なんかも似合いそうやね。造花と似とるし」

「なるほど、それはそうだな。だが、それだと結局手慰みということにならないか?」

「そうなんよねー。ミコちゃんの場合、頭使う系やないとどうしても余るんよね」

 

 「確定事象のトレース」があったからこそ出来るものもあっただろうが、それが原因で手持無沙汰になるというのは、何とも因果なものだ。

 ……ここは発想を転換してみよう。オレは体を動かすことがそれほど得意というわけではない。平均よりも動けるだけで、フェイトやあきら、いちこのように突出しているわけではない。

 

「あえてスポーツに手を出してみるというのはどうだろうか。オレの能力的に、適度な難易度になると思うんだが」

「スポーツなー。それでも、気軽に出来るものやと意味ないやろ? 体育の授業程度なら、ミコちゃん軽くこなしてまうし」

 

 その通りだ。平均よりも動けるということは、平均がこなせる前提で課される授業は大して難しくない。それなりの運動強度は必要だ。

 だからといって、某筋肉フェレットもどきのように安易に武術に手を出す気はないが。今日も彼はシグナムにしごかれていることだろう。

 オレは「武力で相手を打ち負かすこと」には興味がない。武術は、自己研鑽の面もあるだろうが、どうしても「相手を倒す」という目標が発生する。そこが相容れない。

 だから武術をやる気はないが……「技を競う」程度のスポーツならやってもいいかなという気にはなる。

 

「とりあえず、何かスポーツをやってみる方向性で考えてみよう。相談に乗ってくれてありがとう、はやて」

「どういたしましてやで。せや、ヴィータがゲートボールやっとるし、まずはヴィータの話を聞いてみるのはどうや?」

「そうだな。風呂に入るときにでも聞いてみることにするよ」

 

 ちょうどよく今日はヴィータが一緒に入る番だしな。話がまとまったところで、オレは内職を、はやては読書を続けた。皆が帰ってくるまでは、まだ時間があった。

 

 夜、ヴィータと一緒に風呂に入りながらゲートボールについて聞いた。彼女は結構楽しんでいるようで、かなり熱のこもった弁を振るってくれた。

 ……残念ながら、オレがやることはなさそうだが。競技の性質上「プリセット」との相性が良すぎた。それでは内職や手芸と大差ないだろう。

 はてさて、何をやったものやら。

 

 

 

 

 

 翌日の翠屋バイト……もといお手伝いで、休憩時間に話を聞いてみる。

 

「趣味、ねぇ。あたしの場合はワンちゃん達の世話や躾けが趣味になるけど、あんたの家じゃそれは無理よね」

「躾けるまでもないからな。彼らを通常の犬猫と同列に扱うのは間違いだろう」

「あはは、そうだね。読書はどうかな? ミコトちゃんも、はやてちゃんと一緒で結構本は読むよね」

 

 今日も今日とて翠屋に顔を出している聖祥三人娘改め四人娘。すずかの言う通り、オレも読書はそれなりに好きな部類に入るが、趣味と言えるほどのものではない。

 

「オレの場合は知識の収集という面が強い。「プリセット」も言語化できなければ使い道が少ないからな」

「ミコトちゃんも特殊能力持ちなんだよね。でも管理世界は関係ないんだっけ。……中々慣れないなぁ」

 

 苦笑する鮎川。先の花見で起きた大惨事によって、彼女を含む聖祥の一般人たちは管理世界のことを知った。なのはやガイが魔法という技術を扱う魔導師であることも理解した。

 そのことに彼らは大層驚きながらも納得した。一般人ではあるだろうが、私立に通えるだけの理解力に富んだ優秀な子供達でもあるのだ。

 とはいえ、それまでの常識と異なるものを持ちこまれてすぐに馴染めるわけでもない。第97管理外世界にある「裏側の技術」にすら触れていなかった彼らにとって、異世界の技術は感覚に結び付けにくいようだ。

 

「いっそ、なのはちゃんみたいに特殊能力を鍛えるのってどうなの? よく分からないけど」

「生憎と「プリセット」も「コマンド」も鍛えられるような代物ではない。「魔法」のような定量的な技術ではなく、定性的な技能だ。それ以前の問題として、鍛えて何になるという話だがな」

 

 鮎川は理解がおっつかなかったようで、疑問を顔に貼り付けた。彼女はまだまだ「コマンド」と魔法の違いを理解出来ていないようだ。

 魔法は「リンカーコアを用いて魔力をコントロールする技術」であるのに対し、「コマンド」は「事象と繋がり命令する技術」だ。鍛えたからと言って、繋がった事象以上に大きな現象を起こせるものではない。

 何よりも、「コマンド」はもう意義を果たした。新しい目的が発生した場合に活用することはあるかもしれないが、なのはのように活用方法を模索して楽しむ性格でもない。

 ……鮎川が理解できるように説明するのも面倒だな。時間がかかりそうだし、今は捨て置こう。

 

「鮎川は、何か趣味を持っていないのか?」

「ユウ君を隣で支えることかな。趣味って言えるかどうかは分からないけど」

 

 ノロケ乙。趣味らしい趣味は持っていないということだろう。一応塾に通ったりピアノを習ったりはしているらしい。

 アリサがニヤニヤ笑いながらオレを見ている。……言いたいことは大体理解した。

 

「オレはユーノと付き合う気はないから、鮎川の意見は参考にならんぞ」

「いやー、その場にいられなかったのが残念だわ。めちゃくちゃ女の子らしかったみたいじゃない?」

「あのときのミコトちゃん、すっごく可愛かったんだよ。すぐにユーノ君達が鼻血で大変なことになっちゃったけど」

「凄惨な現場だったよね……もったいない」

「す、すずかちゃん目が赤くなってるの……」

 

 あのときを思い出して、「夜の一族」とやらの血がうずいたようだ。月村家は、吸血遺伝子を持った人種の末裔なのだそうだ。ファンタジックに言ってしまえば「吸血鬼」というものだ。

 とはいえ、彼女達の吸血行為は科学的に説明可能なものであるし、栄養摂取は輸血パックで十分なため人を襲う必要はない。彼女達が友好の意思を持っているのだから、敵視する必要は何処にもないのだ。

 この話を聞いたとき、「月村すずかを生涯の友とする」という盟約を結んだが、所詮は形式上のものだ。そんな盟約がなくとも、彼女達もオレも、友であることに変わりはないのだ。

 まあそれはそれとして。……あのとき、オレがユーノの告白を断り、代わりに挑発の言葉を返したときのことを思い出す。自然と不満の気持ちが胸の内に湧いた。

 

「これでも、結構自信あったんだぞ。なのに何なんだあの反応は。何で鼻血なんだ。まるで意味が分からん」

 

 あいつらが反応したのはオレの「女言葉」であることに間違いない。経験上、そしてタイミング的にそれ以外にないと確信している。

 だが、こっちはかなり自然に出来た手応えがあったんだ。「ナハトヴァール」が見せた夢の経験を活用し、こっそり練習もしておいて、最高に自然な「女言葉」が出来たんだ。

 その結果がいつも以上の過剰反応と来たら、もう自信を失くすしかない。「括弧付け」以上に危険であるために禁止とまで言われてしまった。おかげでいまだにこんな言葉遣いだ。

 鮎川となのはがオレを宥める。アリサは相変わらずニヤニヤ笑い、すずかだけが何やら思案していた。

 

「反応したのは二人だけだったんだよね? 他にも男の子はいたのに」

「……そうだな。ユーノ以外の聖祥男子は無傷だった。二人の共通点と言えば、ミッド人であることぐらいだ」

「もう一つあるわよ。あんたへの想いが深い。結局、クロノもあんたのことが好きだったんでしょ?」

 

 アリサはそう言うが、実際のところどうなのかは分からない。彼がオレに何らかの想いを向けていることは確かだが、それが好意なのか、それとも別の何かなのかは、彼自身が把握出来ていなかった。

 あのときの言葉は、ユーノに対抗する意識もあっただろう。忘れてはいけないが、クロノはオレ達よりも6歳上。こっちで言えば高校一年生に相当する。

 そんな彼が、小学生に先を越される焦りもあったんじゃないかと分析している。ともあれ、アリサのお説には一つ穴がある。

 

「それならはやてやあきらも鼻血を噴いてないとおかしいだろう。自分で言うのもなんだが、彼女達もオレのことは深く想ってくれている」

「女同士と異性では勝手が違うでしょうが。あんた自身いつも言ってるじゃない、自分は同性愛ではないって」

「……それはまあ、そうだが」

 

 となると、オレに何らかの想いを持つ男子限定であんな反応になるのか? ……それはそれで、日常生活で使うには危険が大きすぎる気がするが。

 オレのような面倒な女に好意を持つ男がそんなにたくさんいるとは思えないが、それでもゼロでないことは証明された。一人でも大出血を起こせば、それだけで大惨事だ。本当にそれが条件である確証もない。

 だというのにアリサは、構わず続ける。

 

「ものは試しで、今日一日女言葉で過ごしてみなさいよ。それで結果が出るでしょ?」

「バカを言え。また大量出血者が出たら、今度こそ命に関わるぞ。今日はアースラが近くに来ているわけじゃないんだから」

「まあまあ、それならせめて今だけでも!」

 

 すずか的にはアリサに賛成なようだ。否、なのはと鮎川も。……士郎さんは奥に引っ込んでるし、近くに男性はなし。

 そこまで言うなら、仕方ない。後悔しても知らないからね。

 

「いい加減脱線しまくってるから、話を戻すよ。アタシは何を趣味にすればいいの?」

「……おー、ほんとに女の子言葉だ。全然気持ち悪くないわね」

 

 アリサだけでなく、すずかとなのはも感心してる。なのはに至っては、目がキラキラしているように感じた。感動してるってことなんだろうか。

 だから、話戻すって言ってるでしょうが。いきなり脱線させないでよ。

 

「おっと、そうね。昨日のはやてとの相談では、スポーツをやってみるってことになったのよね?」

「アイデアの一つとして、ね。別にスポーツに拘る必要はないよ。何だろうとアイデアは多い方がいいんだから」

「けど、スポーツはいいアイデアだよね。ミコトちゃん、結構運動神経いいし」

 

 見た目よりはね。アタシは今ここにいる中で一番小さいけど、多分すずかの次ぐらいに動けると思う。すずかとの差はありすぎるんだけど。

 スポーツ以外のアイデアとしては、楽器。ちょうどさっき鮎川が少しだけ触れた話題だ。

 

「あたしもすずかも、バイオリンを習ってるわ。あゆむはさっき言った通りピアノね。そういう「習い事」っていうのも、悪くないと思うんだけど」

「悪くないけど、楽器は手先を使うでしょ? 知ってると思うけど、アタシは頭でシミュレーションした通りに体を動かせるから、あんまりやる気は起きないよ」

 

 もちろん、動きを理解するまでは上手くできないだろうけど、出来るようになってしまえばあとは容易い。

 とはいえ、音楽の場合は「動きだけ」で何とかなる世界じゃないと思う。大事なのは手の動きではなく「音としての表現」なんだから、「音楽の表現を理解する能力」が必要になってくる。それはアタシにないものだ。

 だから、本気でやるなら決して悪い選択肢じゃない。習い事レベルなら微妙だけど、将来の選択肢として考えるなら……それだと今度は重すぎる。いい塩梅になってくれない。

 それに何より、アタシが楽器は難しいと考える切実な理由がもう一つあった。

 

「リコーダーとかならともかく、楽器って高いじゃない。確かにうちの家計は楽になったけど、アタシが消費するっていうのはちょっと……」

「……相変わらず貧乏性ね。そんなの、おじさんに買ってもらえばいいじゃない。あの人なら喜んで買うと思うわよ?」

「アタシがそんな「借り」を好む性格だと思ってる?」

「あ、あはは。しゃべり方が変わっても、やっぱりミコトちゃんはミコトちゃんなんだね」

 

 当たり前でしょ。あくまで表現を変えてるだけなんだから。本質的な部分に変化はないし、判断基準も同じのまま。未熟な感情もそのままだ。

 だから余計に分からない。以前の(今も狙えば出来るけど)形式だけの女言葉と違って、この言葉遣いはアタシの思考を的確に表現している。多分、元の言葉遣いよりも今の思考に近い。

 それなのにあの二人があんな反応になってしまった理由というのが、どうしても想像出来なかった。

 

「けど、とっても可愛いの! 前のしゃべり方もミコトちゃんらしくて素敵だったけど、今はとっても女の子らしくて可愛いの!」

「……男と勘違いさせるほど女の子らしくなくて悪かったね」

「にゃああ!?」

 

 なのは弄りの鉄板ネタ。彼女もいい加減慣れてよさそうなものなのに、相変わらずいい反応をしてくれる。これだからなのは弄りはやめられない。

 

「まあけど、楽器は候補の一つとして参考にさせてもらうよ。最有力は、やっぱりスポーツか……」

「それなら、ミコトちゃんも翠屋FCでサッカーをやってみるかい?」

 

 何の気配もなく、いきなり士郎さんが現れて皆がびっくりした。いつから聞いてたんだ、この人。

 っと、言葉遣いを戻そう。大丈夫だとは思うが、士郎さんも男性だ。万一のことは考える必要がある。

 

「オレは女子ですが、大丈夫なんですか?」

「あれ、しゃべり方戻しちゃったか。そのままでよかったんだけど」

「念のためです」

 

 なのはを含む全員から士郎さんへブーイングが飛んだ。娘達からの予想外の反応で、士郎さんはちょっと狼狽えた。

 

「はは、邪魔するつもりじゃなかったんだけどね」

「構いません。それで?」

「少年草サッカーだから、男女の区別なく参加可能だよ。プレイヤーが少ないのは事実だけどね」

 

 スポーツ人口の男女比を考えると、どうしてもそうなってしまうのだろう。翠屋FCでは今のところ女子選手はいないようだが、他のチームにはいたりするそうだ。

 ……もしオレが翠屋FCに参加するとして、女子が一人というのはちょっとキツいかもしれない。鮎川はマネージャーだし。

 

「なのは……は論外として、アリサとすずかはどうする?」

「ひどいの!? た、確かにサッカーなんて無理だと思うけどー……」

「あたしも、男子に交じってサッカーを進んでやる気にはならないわね。授業とかならまだしも」

「わたしの場合、なのちゃんとは逆の意味で迷惑かけちゃいそうだから、集団競技は無理かな」

「すずかちゃん、今年のレクリエーションでも大活躍だったんだよね……」

 

 聖祥女子陣は全滅か。だが海鳴二小でも確認して、もしやってみたいと思う奴がいるなら、一度ぐらい経験してみてもいいかもしれない。

 せっかく士郎さんが誘ってくれているのだから、何も経験せずにノーというのも無粋だ。合わなければ遠慮するが。

 

「すぐには決めかねます。うちの学校の連中にも声をかけてみて、それから決めさせてください」

「そうかい? 女の子一人だからって、別に気兼ねする必要はないんだよ」

「……士郎さんは女性用下着売り場に一人で入れますか?」

「うん、仲の良い女の子を連れてきなさい!」

 

 分かってもらえて何よりだ。

 その後、お客さんが来店し、オレとなのはは接客に戻った。

 ……はたしてどうなることやら。

 

 

 

 

 

「今日一日、翠屋FCの練習を体験することになった子達だ。皆、仲良くするようにね」

「海鳴二小四年二組、矢島晶! 手加減とかはいらないから、よろしくね!」

「同じく、田井中いちこでーす。以下同文!」

「え、えっと、フェイト・T・八幡です。……よ、よろしくお願いしますっ」

 

 海鳴二小四年二組の8人組から、運動が得意な面子が参加を表明した。フェイトがこういうことに参加するとは思わなかった。目立つのは苦手な子だからな。

 参加を希望した理由は「オレがいるから」なんだろうが。三人とも運動は好きだが、オレの知る限りサッカーに特別な興味を持っているわけではないはずだ。

 

「八幡ミコト。フェイトの姉だ。今日はよろしく頼む」

 

 礼儀として頭を下げる。反応はない……というか、大半は出来ないのだろう。翠屋FCの選手が全員男子であるということは、例のアレが発生するということだ。もう慣れた。

 分かる限りで平静を保っているのは、顔見知りであるキャプテンの藤林。彼は終始人のよさそうな笑顔を浮かべている。

 練習に使われる市民コートのベンチでは、マネージャーの鮎川を初めとした聖祥四人娘に加え、5人衆からむつきと亜久里、八神家からははやて、ソワレ、ヴィータ、そしてトゥーナが見学していた。

 翠屋FCの普段の練習では考えられない女性人口だ。それもまた、彼らを浮足立たせる要因となっていることだろう。……実は藤林以外の「聖祥の四バカ」も見学に来ているのだが、彼らの目には入っていないようだ。

 

「こ、この子達って、あれだよな。去年の夏に観戦に来た……」

「覚えてる、めっちゃ可愛かったし。何だよこれ、夢か?」

「やべえよ……やべえよ……」

「ほら、皆! ちゃんとあいさつするよ! 今日一日はチームメイトなんだから!」

 

 そんな彼らに喝を入れるキャプテン藤林。普段のアホの子っぷりが嘘のようにシャキッとした姿だ。これがあるから鮎川は愛想を尽かさないのかと、何となく理解した。

 慌てて姿勢を正し、こちらにあいさつを返す翠屋FC選手一同。練習が始まる前から忙しいことだ。内心嘆息する。

 

「それじゃ、早速練習を始めよう。まずはいつも通りランニングから。声出していこう!」

『オーっ!』

 

 整列し、士郎さんを先頭にして走り始める翠屋FC。オレ達飛び入り参加組は最後尾について、彼らの作法を観察しながら走った。

 

 翠屋FCは草サッカーチームであるが、サッカーの練習はボールを蹴るばかりではない。足腰を鍛えるための走り込みとか、動きを覚えるためのステップ練習とか、オレが知らないものも色々とあった。

 中には細かな動作を要求されるものもあり、そういったものは大味なあきらやいちこよりもオレの方が上手く出来た。それでも、普段から練習をしている選手各位には及ばなかったが。

 男女差以上に練度の差だろう。そも、オレ達の年齢では男女に力の差はない。経験したかそうでないか、練習しているかそうでないか、主にそこで差が出る。

 

「なるほど、甘く見ていたかもしれない。サッカーは意外と複雑な動きを要求されるんだな」

「うん。学校の体育でやるときよりも難しいね。奥が深いよ」

 

 ラダートレーニングの順番待ちをしているとき、フェイトと少し会話をした。運動が得意な彼女でも、初回で彼らに勝つことは出来なかったようだ。足運びを知ったばかりなのだから、当たり前の話だ。

 慣れればどうか分からないが、少なくとも今は体を動かすときに余計なことを考える暇がない。それがサッカーの楽しみ方だとは思わないが、フェイトの言う通り奥が深いことに違いはない。

 この上、彼らは試合に勝つために連携プレーなどの戦術を考えているのだ。……少し、面白みを感じたかもしれない。

 

「おっ? ミコっち、笑ってるね。楽しいの?」

「まだ分からんよ。こんなものは触りだろう。本格的な練習が始まらないことには、実際のところは分からん」

「けど、ちょっとは楽しいってことよね。ミコトが翠屋FC入るなら、わたしも入るわよ。負けっぱなしは癪だし」

「あきらは負けず嫌いだね。でも、わたしも同じかな。おねえちゃんと一緒に頑張れたら、絶対楽しいもん」

 

 初っ端は全員好感触。だが、先のことはまだ分からない。ラダーが終わればボールを使ったドリブル練習が始まる。実際に球に触れ、全てはそこからだろう。

 ……それはそれとして、練習そのものには全く関係のないことが一つ気になっていた。

 

「ハーフパンツなど久々にはいたが……どうにも落ち着かないな。隙間から下着見えたりしないか、これ」

「覗こうとでもしなけりゃ見えないわよ。気にし過ぎじゃない?」

「あたしやあきらちゃんは普段からズボンだからねぇ。スカート派のミコっちやふぅちゃんよりは違和感ないと思うよ」

「あはは、そうかもね。……それにしても、何でわたし達にサイズぴったりの練習着があったんだろう」

 

 練習着を用意したのは士郎さんだが……彼は彼で何でもありな気がするので、考えるだけ無駄だろうな。

 

 

 

 ボールを使った基礎トレーニングなどを終え、一旦休憩が挟まれる。オレ達は給水のためにベンチに向かった。

 

「綺麗でしたよ、ミコトさん。皆もしっかり動けてて、さすがだね」

 

 そう言って汗を拭くためのタオルを渡してくる筋肉少年。普通は逆じゃないか、これ。

 

「基礎の動きだけで言われてもな。まあ、褒め言葉はありがたく受け取っておく。運動の評価としてはどうかと思うが」

「実際そう感じましたから。ミコトさんは一つ一つの動きがとても綺麗なんですよ。そこがまた、魅力的です」

 

 花見での告白によって吹っ切れたか、ユーノは照れなくオレを褒めるようになった。もっとも、オレがその程度で心動かされることはないんだが。

 ……嬉しくないのかと聞かれたら、もちろん嬉しい。オレだって女の子だ。自分の女としての部分を褒められれば嬉しいに決まっている。それでも、今の彼では足りないのだ。

 

「そういうお前は、早くオレに魅力を見せてみろ。でないと、他の男になびくかもしれんぞ」

「ミコトさんが認めるような男性がそう簡単に現れるとは思えないんですけど……努力はしてます」

「頑張れ、ユーノ君。僕は応援してるよ!」

 

 キャプテン藤林がスポーツドリンクの入った紙コップを手渡してきながら、ユーノを激励した。彼女持ちの余裕が表れているように感じる。だからか、ユーノは彼に苦笑を返した。

 考えてみると、聖祥の四バカの中で彼女持ちでないのはユーノだけだ。一応ガイも彼女持ちではないが、彼の場合は内定しているも同然だ。今もなのはと仲睦まじく会話をしている。いい加減覚悟を決めろというのだ。

 そして、先の花見でめでたくカップルが成立した剛田とむつきはというと……。

 

「たける君もサッカーやってみない? わたし、たける君のかっこいいところ見てみたいよ」

「球技はあんまり得意じゃないから、かっこ悪いとこしか見せられねえよ。むつきちゃんには、格好いいところだけを見せておきたいな」

「大丈夫だよ。どんなときだって、たける君はかっこいいもん。わたしのヒーローは、たける君だけだよ」

「なら、俺のお姫様はむつきちゃんだけだ。君がピンチのときには、何処にいたって駆けつけるから」

 

 これだ。二人揃うとガイとなのはに匹敵するバカップルぶりを発揮して砂糖をまき散らしている。二人とも単体ならそこまででもないのだが。

 おかげで二組のカップル周辺に距離が取られている。誰だって糖死(?)はしたくなかろう。

 

「お疲れやで、ミコちゃん。結構楽しんどるみたいやな」

「ミコト、かっこよかった」

 

 ソワレを抱きしめトゥーナを伴ったはやてがオレに声をかける。ヴィータは亜久里にまとわりつかれて鬱陶しそうにしていた。

 オレはソワレの頭を撫で(本当はオレも抱きしめたかったが、汗臭いのは嫌だろう)、小さく笑って答えた。

 

「ああ、思った以上にな。意外と性に合っていたのかもしれない」

「サッカーは戦術面もあるし、ミコちゃんとの相性はええんとちゃう? それ言うたら他の集団球技もそうやけど」

「まだそこまでは触れていないし、ど素人丸出しの新入りに任せられることでもないだろう。今はまだ、表面的な部分だけだよ」

「あ、それだったら後でミニゲームのときにチームリーダーやってみませんか? チーフさんなら、きっと上手くやれると思いますよ」

 

 ……藤林、オレはこれまでに何回「翠屋の外でチーフと呼ぶな」と言った。もう一度昏倒させないと覚えないのか、こいつは。

 

「それで周りが納得するなら別に構わないが。とりあえず、チーフ言うな。次言ったら容赦しない」

「あ、あれ。何か寒気がする……」

「サッカー以外はおバカさんやな、ユウ君。あゆむちゃんの苦労をお察しするわ」

「あはは……」

 

 はあ、と鮎川はため息をついた。まあ、なんだ。生きろ。

 

「トゥーナは、楽しめているのか。見学しているだけなのに、こう聞くのも変な話だが」

 

 バカップル三組目(一組目?)は放置するとして、意識をトゥーナに向ける。彼女は穏やかな微笑みを浮かべているのみで、ここまで一切発言がなかった。

 元々それほど饒舌な方ではないし、オレやはやての後方に控えて世話を焼こうとする性分である彼女は、オレと同じく趣味を持っていない。ここがシグナムと違うところだ。

 

「はい、我がもう一人の主。主達の元気なお姿を見ているだけで、私は心が満たされます。私のことはお気になさらず、どうか心行くまでサッカーを楽しんでください」

「オレ達としては、君にも主体的に楽しめる何かを見つけてほしいものだが。ザフィーラでさえ、なんだかんだでミステールの手伝いを楽しんでいるようだからな」

「最近のあの二人、ツーカーやもんね。だらしない研究者の娘と世話焼きおとんって感じやな」

 

 ちなみにこの二人、今日はアリシア(付き添いでアルフも)やはるかとともに月村邸で「外付け魔法プロジェクト」に精を出している。彼女達の挑戦は、非魔導師が魔法を使えるようになるまで終わらないのだ。

 ともあれ、ヴォルケンリッターは全員、何かしら「自分のやりたいこと」を見つけている。シグナムならば剣技の研鑽、ヴィータならばゲートボール、シャマルは家事に情熱を燃やしている。

 その中でトゥーナだけが「自分のやりたいこと」を持っていないというのは……何とかしたいと思ってしまうのは家族として間違ってはいないだろう。

 

「何はなくとも、トゥーナには色々と経験してもらわないとな。その中で、是非とも熱中できる何かを見つけてもらいたい」

「その前にミコちゃんが見つけへんと、説得力ないで?」

「クスッ。是非見つけてください、我がもう一人の主。サッカーをするあなたは、とても楽しそうでしたよ」

 

 そうか。それもそうだなと、オレもまた笑った。

 士郎さんがホイッスルを吹いた。休憩終了みたいだ。

 オレ達は見学組の皆に「また後で」と言って、コート中央に向かった。

 

 

 

 休憩後はパス練習やシュート練習など、より本格的な動きの練習が行われた。本格的な動きということは、オレ達と翠屋FCメンバーの差がより顕著に表れるということでもある。

 当たり前かもしれないが、パスの精度やスピード、シュートの威力がまるで違った。それは力の差ではなく技術の差であり、未経験のオレ達が敵うべくもなかった。

 それは何となく、依頼遂行時のオレと前線メンバーの差と同じように感じられた。あれは彼らの才能あってのものではあるが、経験による裏打ちもまた大きい。

 同様に、彼らは才能の有無はあるだろうが、等しくサッカーの練習をしてきた。その経験が、彼らを屈強な少年へと育てているのだ。

 ……そのことに「何か」の引っかかりを感じた。言葉にならないというのはもどかしいものだ。

 

「集合!」

 

 士郎さんの号令で、またコート中央に全員が集まる。これから5人チームに分かれてのミニゲームが行われる。

 オレ達飛び入り組は別々のチームとなった。固まっていても大したことは出来ないのだから、妥当なところだろう。

 フェイトやあきらはごねたが。彼女達は、当たり前にオレと一緒だと思っていたようだ。それでは体験練習の意味がなかろう。

 さて、オレが組んだチームだが……5年生が一人、4年生がオレを含めて三人、あとの一人は3年生だ。

 

「よ、よろしく……」

「ああ、よろしく頼む」

 

 まあ、普通の男子だな。海鳴二小でも見かけるような、オレと上手く話せない小学生男子だ。仲間内で話しているときは、気さくな感じのする少年たちだったのだが。

 オレとしては、こういう扱いは好きではない。もっと適当でいい。あきらほど、とは言わぬまでも、いちこ程度の気軽さで話してくれれば十分だ。

 ちなみにあきらといちこはすぐにメンバーと打ち解けて、まるで男子同士みたいに話をしていた。フェイトは、彼女自身が少し引っ込み思案なところがあるが、それでも暖かく迎えられている。

 オレのいるチームのみが妙な緊張感を生み出してしまっていた。彼らの問題ではなく、オレの問題なのだろう。そうさせる雰囲気を、オレが出してしまっているということだ。

 

「そう固くなるな。最初に藤林が言っていたが、今日一日はオレはお前達のチームメイトだ。他の連中と同じように接してくれ」

「い、いやでも……」

「なんか、恐れ多いっていうか……」

 

 はあ、とため息が漏れる。男子目線での意見は何気に初めて聞いた気がするが、そういう風に見られているのか、オレは。

 客観的事実として、オレの見た目が魅力を持っているということはいい加減認めている。が、それがどの程度のものなのかは分からない。オレ自身のことなのだから、分かるわけがない。

 彼らの反応を見る限りでは「触れたら壊れてしまいそう」と思われているのだろう。オレはそこまで華奢ではないし、脆い心でもない。身分としてもただのThe・庶民だ。

 

「侮るなよ。オレはこれでも、それなりに修羅場をくぐってきた。多少の怪我を厭うほど惰弱な精神はしていない」

「しゅ、修羅場って……大げさな」

「大げさなものかよ。実際に命がかかっている状況がいくつもあった。……少なくとも、女子相手に尻込みをしてしまうお前達よりは肝が据わっている自信がある」

 

 どうにも埒があかなさそうなので、方針を変えることにした。彼らのプライドを刺激し、反発の心を起こさせる。

 真っ先に反応したのは、5年生の男。年上だけあってあきらよりも大柄だ。オレからすれば、二回りも三回りも大きい。

 

「あんた、ちょっと偉そうだぞ。女だからと思って優しくしてやってりゃつけあがりやがって。そこまで言われる筋合いはねえよ」

「オレは事実のみを語っている。つけあがっているつもりはないし、優しくされる気もない。オレは他と同じように接しろと要求した。その程度も理解出来ないから、言い訳ばかりのチキン野郎だというのだ」

「っ、てめえ!」

 

 5年生がオレの胸倉をつかみ、4年生二人が慌てて止めに入った。だが、これで思惑通りだ。

 

「どうだ? これでもまだ、オレが脆いと思うか?」

「……ちっ、分かったよ。そんだけの大口を叩いたんだから、後で泣いたりするんじゃねえぞ」

「男の前で涙など流すものか。女の子の涙は、そんなに安くないぞ」

 

 手を離され、練習着の皺を伸ばす。頭に血が上りかけた5年生は、冷静になると今度は顔に血を上らせ、恥ずかしそうに視線を逸らした。……やれやれ、こちらはどうしようもないか。

 騒ぎにならず、4年生二人は安堵の息を漏らす。今まで反応のなかった3年生はというと、ぼーっとした表情でオレ達のやり取りを眺めていた。

 退屈しないミニゲームになりそうだと、内心で苦笑をした。

 

「ッ!? ……なあ、なんか今、一瞬だけ冷えなかったか?」

「別に普通だったけど。タッちゃん風邪か?」

「また腹出して寝てたんじゃないの?」

 

 全くの余談だが、5年生の男子に殺意の視線を向けている筋肉バカがベンチにいたとかいなかったとか。さもありなん。

 

 オレ達の相手は、いちこがいるチームだった。彼女は翠屋FCのキャプテンである藤林のチームだ。他は全員3年生。

 一見すれば5年生のいるオレ達のチームの方が有利に思えるが、藤林は3年時点でキャプテンを任されている実力者だ。普段はともかく、サッカーに関しては他と一線を画すと見ていいだろう。

 また、いちこは運動能力だけを見れば同年代の男子平均を上回る。この時点でオレという穴を抱えるこちらは、総合力で劣ることになる。

 それが分からないほどの楽天家がチームにいなかったのは幸いだったと言うべきか。腐っても士郎さんの教え子だろう。

 

「まずはお手並み拝見と行こう。指示出しは任せたぞ、上級生」

「上島竜也(かみしまたつや)だ。あんたはフォワードを頼む。あんたの体格じゃ、さすがにディフェンスは任せられねえ」

「もう一度自己紹介しておこう。八幡ミコト。妹もいるから名前で呼べ。指示、了解した」

「あ、俺は彦根太一(ひこねたいち)。こっちは谷口一平(たにぐちいっぺい)。藤見一小っす」

「よろしくね、ミコトちゃん。一緒に頑張ろう」

 

 4年生二人は、さっきのやり取りで少し意識のバリヤーが取れたようだ。まだ固いが。

 まとめよう、5年生が上島で、4年生の大きい方が谷口、小さい方が彦根。……3年生はどうした。

 

「おい、シュウヤ! お前もちゃんと自己紹介しろよ!」

「……藤見一小3年3組、黛秋夜(まゆずみしゅうや)。よろしくー」

 

 彦根に促されて自己紹介をした黛少年は、無表情でピースサインを作る。マイペースな奴だ。これは、亜久里タイプだな。

 藤見一小は、確か高町家の近くにある公立小学校だ。地元民組と言ったところか。ちなみに上島は聖祥だそうだ。翠屋FCは聖祥率が地味に高い。

 ともあれ、全員の姿と名前を頭の中で紐付ける。ゼッケンでも付けていれば番号で呼べたんだが、ないものねだりをしても仕方ない。

 

「……、……で。作戦は?」

 

 オレが上島の言葉を待ち、彼は何も言わないのでこちらから尋ねる。しかし彼は「何を言ってるんだ?」と言わんばかりの表情でオレを見る。

 

「ミニゲームでそこまで考えるわけないだろ。全員全力でぶつかって、点をもぎ取るだけだよ」

「……お前、それは本気で言ってるのか?」

 

 頭痛がした。なるほど、上級生でありながらキャプテンを任せられないわけだ。思考が単純すぎる。本当にこいつは聖祥の生徒なのか?

 オレの態度で再びカチンときた様子の上島。とはいえ、オレも最初は彼に指示出しを任せると決めている。

 

「まあ、いい。オレに代替案があるわけでもなし、人にはそれぞれのやり方があるものだろう。前言を撤回する気はない。まずは任せる」

「……何か引っかかる言い方だけど、手ぇ抜いたりすんなよ。もしやる気ないプレーしたら、口だけ女って呼ぶからな」

「別に構わん。チキン野郎に何を言われたところで痛くもかゆくもない」

 

 「こんにゃろ……」と頭に血を上らせる上島は、またしても彦根と谷口に宥められる。単純な上に短気で、結果は見るまでもなく明らかだった。こいつに任せたら失敗する。

 だからオレは、相手チームの動きを観察する。藤林達に勝利出来る作戦を練るために。そのためにしばしの時間を使わせてもらおう。

 

 最初はこちらボールからのスタートだった。こちらの布陣は、オレと彦根がフォワード、黛がハーフ、谷口と上島がディフェンダー。

 コートの4分の1を使って行うミニゲームは、相応にゴールが小さい。ゴールキーパーなど許可してしまったら、お互いに点が入らなくなってしまう。

 まずオレが彦根にパスを出し、走って前線に上がる。向こうチームの藤林を除く男勢が、彦根に向けて殺到した。狙いはパスコース潰しだろう。

 

「バック!」

 

 上島が彦根に指示を出す。既に黛が走り込んでおり、彼に向けてパスが出される。後ろに向けてのパスはさすがにカット出来ない。

 そして、こちらのチームで一番の曲者は、やはり黛であると確認した。

 

「っ、ダイレクト!?」

 

 彼はボールを受けると同時、前線にいるオレに向けて浮き球でパスを出したのだ。狙いは粗いが、それでも十分に捕球可能な範囲だ。難なくトラップ。

 素人の女子相手にそんなガチなプレーを要求するとは思っていなかったのだろう、彦根にプレスをかけた連中は完全に虚を突かれたことになる。そうでなかったのは……オレを良く知るいちこ。

 

「へへん、ミコっちなら来ると思ってたよ!」

「オレも、君なら待ち構えていると確信していた!」

 

 彼女はオレの器用さを知っている。シュートやパスの練度こそ正規のプレイヤーと比べるべくもないが、「球を止める」程度なら可能だと踏んだのだろう。

 あるいは、ただオレと一騎打ちをしたかっただけか。彼女の場合こちらも十分ありそうだからタチが悪い。

 ともあれ、オレといちこによる一対一の構図。強引な方法では突破出来ないだろう。彼女の方が、運動能力も体格も優れている。

 ならどうするかと言えば、答えは実に簡単だ。

 

「っ!」

「おっとぉ!」

「学習能力が足りないな!」

「おろぁー!?」

 

 フェイント。左に行くと見せかけて右に切り返しただけだ。それだけで彼女はあっさりと引っかかってくれる。彼女の長所でもある愚直さは、一年生の頃から変わりなかった。

 これで残すは、ディフェンスを務める藤林のみ。彼と対峙し……無理だと悟った。足が止まる。

 

「……普段とサッカーで、こうまで変わるか」

「通しませんよ、チーフさん!」

 

 正面から見て肌で感じた。彼は、オレの一挙手一投足を決して見逃さない。フェイントだったとしても、その動きの不自然さを決して見落とさない。今のオレに、彼を超える手立ては存在しなかった。

 だからと言っていつまでも止まっていられない。すぐにいちこが追い付いて来るし、残りの連中も戻ってきている。まさに前門の虎、後門の狼だ。

 どうするのが一番被害が少なくて済むか、一瞬で思考する。藤林にボールを渡すのは論外だ。本来はゴールキーパーである彼は、だからといって他のポジションが出来ないわけではない。全ての能力が高いのだ。

 特攻は悪手。ここは引くのが正解だ。

 

「よし、いちこ!」

「おうよ! ってちょっと待て!?」

 

 あえていちこにパスを出す。彼女は反射的に受け止め、しかしいきなりのことに意味が分からず困惑した。

 その隙にプレスをかけ、彼女からボールを奪い返す。これで袋小路からは離脱……!?

 

「っ!?」

「もらった!」

 

 オレがいちこからボールを奪った瞬間、今度は藤林がスライディングでボールだけを的確にかっさらっていった。奇策すら通用しないか。

 バランスを崩し、転倒する。ファールはない。藤林は巧みにパスを繋ぎ、こちらのゴールに迫った。

 

「ちっ! イッペー、後ろ任せた!」

「わ、分かった!」

 

 上島が藤林に一対一を仕掛けるが、彼はこれをパスワークで回避。迷いのない判断であり、苦し紛れの上島にどうにか出来るわけがなかった。

 そして谷口も抜かれ、ボールがゴールラインを割った。向こうの得点だ。

 

「ミ、ミコトちゃん大丈夫か!? 派手に転んでたけど……」

「衝撃を殺すために自分から飛んだだけだ。受け身は取ってある」

 

 青い顔をして駆け寄ってくる彦根に答えながら、起き上がって芝を払う。擦り傷すらない。芝生のコートで助かった。

 あれが、翠屋FCのキャプテンか。オレが知らなかった一面だ。サッカーにおいてはあそこまでの傑物だとは、思いもよらなかった。

 相手チームが彼らの陣地に戻ってくる。藤林もまた。

 

「怪我はしてませんか、チーフさん」

「問題ない。ボールだけを見事にかっさらわれたからな。素人相手にも容赦のない奴だ」

「僕はチーフさんのことを凄い人だと思ってますから。そんな失礼なことはしませんよ」

 

 分かっているやつだと、つい笑ってしまう。ああ、認めよう。藤林裕。お前は確かに、「聖祥の四バカ」の一人だ。

 だから、ここからはオレも全力を出す。オレの持てる全力で、お前達に対抗しよう。

 彦根を伴って自陣へ戻る。上島が渋い顔をして待っていた。

 

「引いた上にあっさり取られてんじゃねえよ。何がやりたかったんだよ、あんた」

「観察だ。どこかの上級生は根性論しかないようだから、オレが考えるしかなかろう。素人に頭を使わせるんじゃないよ、チキン野郎」

「……言ってくれるじゃねえか、口だけ女。ならあんたは、藤林に勝てるだけの作戦とやらを考えられたんだよなぁ?」

「無論だとも」

 

 きっぱりと断言する。上島は言葉を失い、何も言い返せなかった。のみならず彦根と谷口も驚き、黛でさえ少し目を見開いている。

 四人の男の視線が集中する中、オレは一人不敵に笑った。

 

「お前達にも見せてやろう。皆からリーダーと呼ばれたオレの「指揮」というものを」

 

 さあ、反撃開始と行こうじゃないか。

 

 今の攻防の観察結果として、相手チームで注意すべきなのは藤林裕であり、逆に言えば彼だけ注意すればそれで全てが事足りる。

 いちこは初めから個人プレーをしているし(そもそも飛び入り参加の彼女が連携できるわけがない)、他のメンバーについてはキャプテンの指示を全力でこなしているだけだ。普通を逸しない。

 年長者とトリックプレイヤーを有するこちらのチームをたった一人で圧倒する藤林裕が、サッカーにおいてはどれだけの傑物であるかを物語っている。だからこそ、そこに付け入る隙がある。

 

「……本当にそんなので何とかなるのかよ。失敗したら……」

「何もせずとも敗北する。同じ敗北ならば、勝ちの目にかけた方が価値はある」

 

 こちらのメンバーに端的に作戦を伝えると、上島は予想通り難色を示した。格上に勝利するためには、どうしてもリスキーな戦法を取らざるを得ない。

 他も、黛以外は苦笑というかそんな感じの表情。彼のみは相変わらずの何処を見ているか分からないマイペースな無表情だった。

 

「けどさぁ……」

「たかがミニゲームなんだから、何もそこまでしなくても……」

「その意志がお前達と藤林裕を隔てる壁だ。彼が「たかがミニゲーム」などと考えてプレイしているか?」

「そ、それは……」

 

 言葉に詰まる彦根と谷口。ここで黛が口を開いた。

 

「僕は、お姉さんのアイデア、ありだと思う。面白そうだし」

「シュウヤ、お前まで……」

「……確かに、一度ぐらい藤林のヤローにギャフンと言わせてやりてえよな」

 

 上島は腹をくくったようだ。いくらキャプテンとはいえ、下級生にいいようにされて面白いわけがないだろう。

 彼らの兄貴分が意志を決めたことで、同学年の二人も顔を見合わせて苦笑し、頷いた。

 

「分かった。ミコトちゃんの指示に従うよ」

「シュウヤの言う通り、面白そうではあるしな」

「その代わり、失敗したら責任は取ってくれるんだよな?」

「ジュースを奢ってやろう。変なことは期待するんじゃないぞ、ケダモノ」

 

 オレが軽く笑って返してやると、上島は顔を真っ赤にして言い訳を始めた。4年生二人からは「タッちゃんのドスケベー」とからかわれた。

 とにかく、これで準備は完了だ。あとは実行するのみだ。

 再びこちらボールからのスタート。彦根がトスをしオレが受け取る。すぐには攻め込まず、そのまま待機する。

 

「これは……!?」

 

 その間に、こちらの全員が向こうの藤林裕以外に一対一でマークにつく。必然、オレと彼の一対一の形が作られる。

 彼からすれば意味が分からないだろう。オレでは彼に敵わないのは、先の激突で理解出来ている。にもかかわらず、一見すれば彼との真っ向勝負の布陣なのだから。

 当然、彼は警戒する。普段はアホの子を地で行く藤林裕であるが、ことサッカーにおいては回転が違う。これが何らかの策であることを理解しただろう。

 だから彼も切り込んでは来ず、それがオレにフィールドをじっくり観察する時間を与えた。

 これで第一段階はクリア。あとは、こちらの全員がオレの作った経路をたどることができるかどうか。賽を投げよう。

 

「谷口!」

 

 やや後ろめの位置で向こうの男子一人をマークしていた谷口にパスを出す。上島を除く三人の中で、最も体が大きい彼が起点となる。

 彼はパスを受け、当然ながらマークをしていた一人からプレスを受けることになる。だが彼の体格ならば比較的余裕を持って制することが出来るだろう。

 ボールを手放したオレは、先ほど同様前線に上がる。藤林裕と、黛にマークされるいちこがそれを阻もうと動き出す。

 彼らはオレの動きに警戒したが、それはオレが意図したミスディレクションだ。

 

「彦根へ!」

「タイチっ!」

「何っ!?」

 

 藤林裕の意識が手薄になった彦根に対し、浮き球のパスが出される。若干トラップにもたついたが、3年生との一対一の状況下ならば4年生のアドバンテージでボールの支配を手放さずに済む。

 藤林はオレから見て右側、彦根は左側。フリーではないが、十分シュートを撃てる状況だ。当然、藤林裕は彦根のシュートコースを塞ぐように動く。再びオレがフリーとなる。

 

「こちらへ!」

「ミコトちゃん! 任せたぜ!」

「くっ、早い……!」

 

 如何に藤林裕が天性のサッカープレイヤーだったとしても、彼自身は一人でしかない。そして他メンバーが能力的に上回っているのなら、彼一人を封殺することで全てが上手く回転する。

 オレはダイレクトパスで黛にボールを渡す。いちこがオレの方に動いて来てくれたので、彼がフリーになった。トリッキーな彼をいちこにぶつけた理由がこれだ。

 彼だけが、藤林裕との一対一で活路を見出せる可能性があった。だから彼にフリーでボールを持たせる必要があり、マークを外しやすいのはどう考えても素人のいちこだ。

 藤林裕は早々に彦根のマークを外し、ゴール前に戻って来ていた。黛がドリブルで勝負を仕掛ける。

 そしてここで、最後の秘策が発動する。

 

「上島、ゴー!」

「うおああああああっ!!」

 

 この場にいる最上級生が、3年生のマークを振り切って全速力で前線に上がる。藤林裕と対峙する黛に追いつき、あっという間に二対一の構図に変化する。

 彼が脳筋だというのなら、脳筋の強みを最大限活かせばいい。彼にとっては、それが他の何にも勝る強さとなるのだから。

 さすがの藤林裕も、これには鼻白んだ。その一瞬の隙を逃さず、黛は上島に向けて浮き球のパスを出した。

 走り込む勢いのまま、上島はヘディングシュートを決める。ゴールネットに突き刺さり、こちらの得点だ。

 

「っっっしゃあああ! 見たかオラアアア!!」

「すげー! マジか、タッちゃん!」

「本当にキャプテンから点取っちゃったよ!」

 

 喜びの雄叫びを上げる三人の男達。黛のみがこちらを向いて、ブイサインを作った。無表情ながら、何処か嬉しそうだった。

 オレも小さく笑って、サムズアップを返してやった。……喜ぶのはいいんだが、実は大きな問題が残っているんだよな。彼らはそれを分かっているのか分かっていないのか。

 

「お前ら、とっとと戻って来い。次は向こうの先制だぞ」

「お、そうだな! 次はどうすりゃいい?」

「死ぬ気でボールを奪え。以上だ」

 

 喜びに沸いていた男達の目が点になった。攻撃に関しては彼らを封殺する手段があったが、藤林裕からボールを奪うことが至難の業なのだ。

 「藤林裕に勝つ作戦」は立てた。しかし「ゲームに勝つ作戦」はいまだ立たず。というか使えるリソースが足らなさ過ぎる。

 

「恨むなら己の未熟さを恨め。……来るぞ!」

「え、ちょ、待っ……、……ア゛ッーーー!?」

 

 ――藤林裕を止めることは出来ず、彼らが得点したところで試合終了。結果は1-2で向こうの勝利ということになった。

 

 

 

 

 

 ミニゲームのあとは、翠屋FCの面々もある程度オレ達に慣れたか、それなりの交流を取ることが出来た。練習に対する遠慮もなくなっていたと思う。

 練習を終えた後、オレはミニゲームで同じチームだった連中に話しかけられた。

 

「その……ごめん。あんたはあんた自身が言う通りのすげえ奴だった。見た目で判断して悪かった」

 

 上級生、上島竜也はバツが悪そうな顔で謝った。謝られても、オレの方は気にしてすらいないんだがな。

 

「構わん。それに、お前もそう間違ってはいない。オレはそこまで運動が得意というわけではない。苦手でもないがな」

「だけどその、なんつーか……サッカーのプレイじゃないところで、格の違いを思い知らされたっつーか」

 

 作戦構築等の頭を使う分野に関しては、聖祥に通う上級生だろうと負ける気はない。彼の言う通りではある。

 が、それは彼の戦うべき場所ではない。土俵違いなのだ。

 

「お前はお前のフィールド……サッカーの、とりわけ体力勝負のところで戦えばいい。それを徹底すれば、藤林裕にも勝てていた」

「……やっぱすげえ人だよ、あんた」

 

 苦笑し、後ろ頭をかく上島。「分かった」と言って、彼は謝罪を引っ込めた。

 

「タッちゃんの言う通りだぜ。ミコトちゃん、マジ凄かったわ。俺らでキャプテンから点が取れるなんて、考えもしなかった」

「うん。やり方次第で、俺達でも十分通用するんだね。自信が持てたよ」

「それは重畳だ。だが同じやり方が何度も通用するとは考えるなよ。あんなもの、素人の生兵法だ。二度目はなかっただろうな」

 

 そのときは別のやり方を考えるだけだが。オレは彼らと違って、そういう戦い方しか出来ないのだ。

 練習着の袖を引っ張られる。黛が、変わらぬ無表情ながら物欲しそうな顔というおかしな表情で、オレを見ていた。

 

「お姉さん、これからも一緒にサッカーやろ。今日、いつもより楽しかった」

「そうだよ。ミコトちゃんなら、絶対レギュラーになれるよ。もしかしたら翠屋FC初の女キャプテンが誕生するかも」

「俺、ミコトちゃんの指示なら喜んで受けるわ。なんてったって可愛いしな」

「タイチ、お前って奴は……。まあ、入るなら俺も歓迎する。あんたがいるといい刺激になりそうだからな」

 

 いつの間にかオレは、翠屋FCのメンバーから歓迎されていたようだ。……どう答えたものかな。

 オレが予想外の歓迎に少しばかり戸惑っていると、士郎さんもやってきた。

 

「俺から見て、ミコトちゃんも楽しんでたと思うよ。皆も賛成みたいだし、俺の意見で言えばミコトちゃんのチーム入りは大歓迎だよ」

「僕も同じ意見です。谷口君の言う通り、キャプテンを譲ることもやぶさかじゃありません。チーフさんなら、きっと僕よりもいい方向にチームを導いてくれますから」

 

 藤林裕も。彼の後ろには鮎川が控えており、彼女も頷いて笑みを浮かべる。

 ……これだけ歓迎されると、オレの出した答えを口に出すのは憚られる。が、ちゃんと言わなければならない。

 彼らは誠意を示してくれたのだから、オレも誠意で応えなければ嘘だろう。偽らぬ本心で答えた。

 

「申し訳ない。やっぱり、オレは翠屋FCには所属できません」

「そんな……」

 

 谷口が悲しそうな呟きを漏らす。士郎さんは無言でオレの先を促した。

 

「今日一日練習に参加して思ったことです。オレは「プレイヤー」ではない。気質として、それは向いていないことなんだとはっきり分かりました」

 

 忌まわしいことに周囲がオレを「リーダー」だの「指揮官」だのともてはやすのは、至極道理だったのだ。オレはそういうことに向いている気質をしているのだから。

 無論、今日のように必要とあらば自分を駒として動かすこともする。だけどそれは必要だからそうしているだけであり、オレ自身はやっぱり「指揮官」なのだ。

 

「サッカーにおいて、それは監督の役割です。そして翠屋FCの監督は士郎さんであって、オレがとって変わることは出来ない。いくら士郎さんでも、オレに監督を譲る気はないでしょう」

「それはそうだね。これは俺が好きでやってることなんだから。だけどそういうことなら、ユウ君みたいにフィールド上で司令塔をやるという選択肢もあるんじゃないかな」

「彼はプレイヤーとしても一級品です。オレの「指揮官」としての判断は、オレという穴を作ることを望まない。だからオレは、プレイヤーには絶対になれない」

 

 士郎さんは目を瞑り、オレの言葉を受け止めた。……オレなんかを歓迎してくれたのだ、無念な思いだろう。

 オレの周りに集まった男子も、沈痛な面持ちで俯いた。彼らの気持ちが表面的なものではなかった証明だった。正直、悪いことをしたと思っている。だけどそれがオレの本心なのだから、どうしようもないことだ。

 そう。今日の練習を「楽しい」と感じたのもまた、オレの本心である。

 

「ですから……時々でいいので、練習に参加させていただけないでしょうか」

 

 ハッと皆が顔を上げる。彼らとともにサッカーをするのに、何もオレがチームに所属する必要はない。それが可能であるならば……今日のように練習に参加するだけで十分なのだ。

 そして士郎さんならば、認めるだろうということも分かっていた。だからこんなものは確認でしかない。

 

「もちろんだとも。いつでも、好きなときに遊びに来てくれ」

「ありがとうございます。……そういうわけだ。今日の借りをいずれ返せるよう、お前達も努力を怠るんじゃないぞ」

「あんた……、おう! 絶対だからな、ミコト!」

 

 わっと喜ぶ翠屋FCの面々。この程度で喜んでくれるとは、安いものだ。……だからこそ、オレも嬉しいんだがな。

 ――結局サッカーはオレの趣味にはなり得なかったが、彼らを勝利に導くのは楽しみにはなり得るのだ。今はまだ、それで十分だった。

 

 

 

 話を終え、いい加減更衣室で着替えをしようと思ったとき、彦根が何気なくオレに質問を投げてきた。

 

「ずっと気になってたけど、ミコトちゃんって何で男みたいなしゃべり方なんだ? いや不思議と似合ってはいるんだけどさ」

「そうだよな。あんた、見た目はちゃんと女の子らしいのに、しゃべり方とのギャップがすげえんだよ。最初はそれで面食らったってのもあるぜ?」

 

 上島が続く。しゃべり方を改善すれば、オレももう少し取っつきやすくなると言いたいのだろう。

 だが事情を知る士郎さんと鮎川は、引きつった笑顔で固まった。……そうだな。

 

「藤林裕以外、全員耳を塞ぐように。特に男子は、死にたくないなら絶対そうしろ」

「え? え??」

「み、皆! ミコトちゃんの指示に従って! 早く!」

「……やっぱり怒ってたんだなぁ、ミコトちゃん」

 

 困惑する男子達。彼らは言われた通り、藤林裕以外の全員が耳を塞ぐ。彼のみ、わけがわからずおろおろしていた。

 オレは何度も言ったはずだよな、「チーフとは呼ぶな」と。だからこれは、お前自身が招いた悪因悪果だ。

 

 

 

「『ユウ君。私言ったよね、チーフって呼ばないでって。お願い聞いてくれないと、ミコト怒っちゃうぞ☆』」

「ガフッ!?」

『キャ、キャプテぇーーーン!?』

 

 かくしてオレは藤林裕へのささやかな復讐を果たし、市民コートを後にしたのだった。




ドーモ、皆=サン。作者です。お久しぶりの方はお久しぶり、オリジナルの方を読んでいただいた方はこの間ぶりです(姑息な宣伝)
「不思議なヤハタさん」は本編が終わったため、まるで自重しない番外編が始まります。
え? 元々自重なんてしてなかっただろって? ははは、こやつめ、ははは(ごめんなさい)

早速ぶっとばしてます。オリキャラ乱発です。でもしょうがない、原作の方ではA's以降は舞台がミッドに移るせいで地球に焦点当たらないから。
「だったらアリサとすずかを出せばいいだろ!」と思ったあなた。一応この話の中盤以降はずっと出てます。サッカーのシーンではベンチ温めてるせいで出番ないがな!
「だったらミッドを描写すればいいだろ!」と思ったあなた。この章は「その後の日常章」です。あとは……分かるな?(無慈悲)

うそです。多分次回はミッドの方(というか依頼の方)に焦点が当てられます。多分ね。

新登場のモブについては、今後登場するかは分かりません。今回限りかもしれませんし、意外に出番があるかもしれません。全てはノリ任せです。
ミコト達はミッドではなく地球で日常を過ごすので、チャンスは多いはずです。何のチャンスかはお察し。
なおいちこは普通に翠屋FCに入った模様(描写なし)。目指せなでしこ。

オリジナルもやっているので不定期になるとは思いますが、今後もお付き合いいただければ幸いです。


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