不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!
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EX.2 お得意さん

 本日は「依頼」の日だ。

 場所はミッドチルダ北部・ベルカ自治区の中心地、即ち聖王教会の騎士団訓練場。今回で既に三回を数える彼らとの合同訓練だ。お得意さんと言ってもいいだろう。

 ――夜天の魔導書、否、「闇の書」の悪評を払拭するためという名目で始められた「依頼」の斡旋は、当然ながら今なお続けられている。復元出来たからと言って、そのまま人々の意識に結び付けられるわけではない。

 こちらはまだまだ初期段階であり、夜天の魔導書の情報を開示出来ているのは初期メンバー、つまりアースラ組とギルおじさん達。あとは「闇の書」の構成要因であったマテリアルズ+ユーリのみだ。

 ぶっちゃけ何も進展していない。さすがにそれは言い過ぎかもしれないが、それでも「オレ達の味方」として十分に信頼できる人間が増えていない状況に変化はなかった。

 だからこそ、まずは夜天の魔導書の発祥元であるベルカの文化圏に働きかけているのだ。あと数回もすれば、グラシア女史にはほのめかすぐらいのことは出来るんじゃないかと思っている。

 

 だから、今回のコレは少々性急に過ぎると思うんだが……。

 

「ここまで来て今更「帰れ」はなしやで。聖王教会さんの依頼料がうちの家計の足しになっとるんやから、家主としてご挨拶するのは筋やん?」

「まあ、それはそうかもしれないが……」

 

 現在ベルカ自治区に入ったところだ。会話の通り、今日ははやても一緒に来ている。元の姿を隠すために変身魔法を適用しており、今のオレと同じ程度の身長・髪の長さになっている。

 髪色は少し白くなっており、これはつまり彼女がトゥーナとユニゾンしていることを示している。夜天の魔導書組全員出動ということだ。

 確かに、はやての言うことも一理ある。彼女はオレと同じく、八神家の家長と言っていい存在であり、得意先に顔を出す理由には十分なり得る。

 だが先述の通り、もっと後で十分だ。今はまだ、はやてやトゥーナの存在を管理世界に知られたくはなかった。多少の危険も抑えたいのだ。

 それでもはやては聞かなかった。「皆がどういうお仕事しとるのか見てみたいやん?」と言って、リッターを味方に付けて押し通した。多数決を取られてしまえば、オレに反対する術はなかった。

 はあ、とため息をつく。そんなオレを、もう一人の新しい顔が、苦笑しながら諌める。

 

「あまり気にし過ぎてもよくないぞ。はやてとトゥーナはあくまで見学なんだから、危険はないだろ?」

「身体的な危険はありませんけど、情報漏えいの方を気にしているんです。恭也さんも、あまり派手に御神の技を使わない方がいいですよ」

 

 そう、恭也さん。シグナムがどうしても参加させたいと連れ出してきたのだ。彼自身も乗り気だった。

 分からないでもない。彼の剣は、魔法なしで魔法を圧倒するという管理世界から見ればバカげた技だ。魔法に頼り切った騎士の根性を叩きなおすならば、恭也さんはまさに理想の教師だろう。

 だが彼にしても、その技は第97管理外世界のものであり、あまり見せすぎれば源流を辿られる可能性はある。……彼ならばその程度のことは分かっているだろうが、時々抜けてるから心配だ。

 ちなみに恭也さんの姿は、元のものと同じ黒髪黒目ではあるが、容姿がかなり変化している。同じ美丈夫でありながら、洋の東西を変えるだけでこうまで印象が変わるかという感じだ。

 

「そのつもりだが、向こうが本気を出したら、こっちも本気で応えるさ。そこは許してくれ」

「剣士としての矜持というやつですか。オレには分からないな……」

「ご心配なく、主ミコト。恭也の腕ならば、大半の騎士は本気を出す必要もないでしょう。私でさえ此奴に本気を出させるのは一苦労なのですから」

「おいおい、あんまりハードルを上げるなよ? これでも魔法を使う奴の相手は結構気を遣うんだからな」

「フェイトに掠らせもせず勝利した者が何を言うか」

 

 不敵に笑いあう剣術バカども。っていうかいつの間に恭也さん模擬戦に参加してたんだ。しかもフェイト相手に掠らせもせずって……普通に想像出来るからタチが悪い。

 脳筋を無理にコントロールしようとするのが間違っているか。無理矢理納得することにし、やはり頭痛を感じた。

 

「今回も現場はシャマルに任せることになるだろうが……苦労をかけてすまないな」

「わたしにとってもやりたいことですから。ミコトちゃんは、はやてちゃん達の方をしっかりとお願いしますね」

「おめーら、ミコトに心配かけてんじゃねーよ。これは仕事だってこと忘れんじゃねーぞ」

 

 ヴィータから水を差され、むくれるシグナムと苦笑して頭をかく恭也さん。ザフィーラにも監督をお願いしたいところだが、彼は前回から主に徒手タイプの騎士の訓練を見ているから、難しいだろう。

 "盾の守護獣"ということであまり注目されないが、ザフィーラも徒手格闘においては結構なやり手だったりする。時折アルフに付き合わされて「運動」をすることで、その技も鋭さを増しているのだとか。

 前回スリーマンセルの模擬戦を行ったときは当然ザフィーラも参加したのだが、まあ酷いいじめだった。連携するまでもなくこちらの戦力が上回っているのに、それに加えてシャマルが指揮を執ったのだ。

 結果、開始直後のファストトリックで相手の前衛が崩れ、連携技で各個撃破という大人気ない圧勝を飾った。年末の一件は、間違いなく彼らは連携力を高めているのだ。

 この際ザフィーラの徒手が教会騎士達の目に止まり、是非教えてほしいと請われ、彼もまた戦技教導を行うことになったのだ。

 

「難しいでしょうが、私も出来る限り目を光らせておきます故。主達は、成すべきことに集中していただきたい」

「ありがとう、ザフィーラ。だが無理はしなくていい。誰一人怪我なくという方針に変わりはない。お前は「盾」かもしれないが、それでも怪我をされたら悲しいということを忘れないでくれ」

「……もったいなきお言葉です」

 

 ザフィーラの表情が少し緩んだ。訓練とはいえ怪我をする可能性はあるのだから、気を付けてもらいたいものだ。ザフィーラだけでなく、皆にも。

 

 

 

 クロノが紹介役を務めたのは初回だけであり、二回目から彼は参加していない。時空管理局執務官という責任ある立場なのだから、そうそう暇が取れるものでもないだろう。

 向こう側の責任者であるグラシア女史との間でビジネス上での信頼関係は出来上がっているのだから、彼には仲介をしてもらうだけで十分だ。……責任者が彼女だけであるならば。

 

「本当に彼らは信用できるのかね、騎士カリム。素性は明らかでなく、今も全員仮面で顔を隠している。やましいところがあるのではないかと思わずにはいられませんな」

 

 中途半端に頭がはげた中年男性。華美な衣装を着ていることから、聖王教会の重役であることが伺える。その顔つきはイタチかキツネを思わせ、相互理解とは程遠い。

 いつぞやかグラシア女史が話していた「教会内の派閥」。彼女が革新だとすれば、彼は保守。現行の体制を崩すことを好まない部類なのだろう。穿った見方をすれば「権力にしがみついている」と取ることも出来る。

 少なくとも騎士からの人望があるようには思えない。グラシア女史の護衛でもあるヌエラと新人主席であるアルトマン、さらにはベテラン組の代表からも好ましくない目で見られている。

 

「彼らは時空管理局提督及び執務官から推薦された団体で、十分信頼できる方たちです。前二回の訓練においても、騎士達からの評価は非常に高い。あまり疑っては失礼ですよ、マイヤー司祭」

 

 なるべく穏やかな感じで説得するように、その実抗議をするグラシア女史。彼女がどう思っているかまでは、ポーカーフェイスの上からは分からなかった。

 この司祭の参加は事前に知らされておらず、彼の独断による飛び入りであることは明白だ。恐らくは最近動きの激しい革新派への牽制と言ったところか。

 グラシア女史の穏やかな抗議に対し、司祭は不遜で高圧的な態度を崩さない。

 

「それは絶対の信頼になり得るのかね? もし万一のことがあった場合、被害を受けるのは我が教会騎士団なのだ。君にその責任を取れるというのかね」

「責任を取ることが私の仕事ですよ。そこまで考えた上で私は彼らに指導をお願いしているのです」

「……そもそも、騎士団の運営は騎士カリムに一任されている。あなたが口出しするのは越権行為ではありませんか、マイヤー司祭」

 

 今まで黙っていたヌエラだったが、我慢できなくなったか彼女も抗議する。グラシア女史よりも明確に、嫌悪の感情をはっきりと乗せたものだった。

 初回の訓練で分かっていたことだが、彼女はどうにも頭に血が上りやすいようだ。脳筋故致し方なしと言えばそれまでだが、もう少し落ち着きを持ってもらいたいものだ。

 

「私は教会の未来を考えているのだよ、シスター・シャッハ。もし仮に騎士カリムが騎士団を私物化して暴走しようとしていたら、司祭である私達にはそれを止める義務がある」

「い、いくらなんでも言い過ぎです、マイヤー司祭! 騎士カリムがそのようなことをするはずがありません! それは暴言ですよ!」

「良いのです、騎士アルベルト。マイヤー司祭の懸念は至極当然のもの。もし逆の立場なら、私も同じことを言うでしょう」

「し、しかし……」

 

 もう一度「良いのです」と優しくたしなめられ、アルトマンは口を噤んだ。もう一人のベテラン代表は目を瞑って終始無言。彼のスタンスはまだ分からない。

 司祭は相変わらず不遜な態度を崩さない。もしそれが崩れるとしたら、それは彼が「敗北」したときの話だ。彼とグラシア女史は、水面下で派閥争いをしているのだ。……こちらからしたらどうでもいいことこの上ない。

 無論のこと、グラシア女史のような理解者は重要だ。そういった理解者を増やすために依頼を受けているのだから、彼女が除かれることは極力避けたい。

 だが彼女が除かれることさえ避けられるならば、教会をどちらの派閥が牛耳ろうが知ったことではないのだ。オレにとっては茶番以外の何物でもなく、時間の無駄でしかない。

 

「その辺りの議論は後で内々でやってくれると助かる。我々は依頼を引き受ければいいのか、それともそちらが依頼を取り下げるのか。結論をはっきりさせていただきたい」

「それを決めるためにこうして議論しているのだよ、君。そもそもの原因が君達が怪しすぎることにあると理解していないのかね?」

「建前の話はどうだっていい。あなただって、我々を知るためにわざわざ首を突っ込んできたんだろう。そうである以上、我々が怪しいかどうかなど些末なことだ」

 

 要するにこの男は「信用できないから自分も監視する」という名目で訓練に居合わせ、オレ達を品定めするつもりなのだ。あわよくば自分達の派閥に利用するために。

 そういう意味で言えば、グラシア女史と差はない。違いがあるとすれば、こちらへの譲歩の有無だ。グラシア女史はオレ達の都合を考えてくれるが、彼らはそんなものは切り捨てるだろう。それが普通だ。

 この手合いへの対処法もちゃんと考えてある。だから、やはりこの議論は時間稼ぎの茶番でしかないのだ。

 

「騎士カリム。我々をそこまで"守って"いただく必要はない。"自衛手段"はちゃんと用意してある」

「……そうですか。分かりました。マイヤー司祭、彼らが信用ならないというのであれば、どうぞご自分の目で確かめてください」

「ふむ……いいだろう。本日の訓練は私も監査させていただく。問題が起こらないよう、十分留意していただきたいものですな」

 

 そう言って彼は「マスカレード」の面々を睥睨した。当たり前かもしれないが、オレの騎士達も彼に嫌悪の視線を返した。

 

 

 

「すみませんでした、プリムラさん。不愉快な思いをされましたよね」

 

 訓練場に出てから、アルトマンから謝罪を受けた。一騎士に過ぎない彼から謝られる必要はないが、真面目な彼は教会の一員として同胞の無礼を謝らずにいられないのだろう。

 ヌエラは早々にシグナムのところへ行ってしまい、ベテランの代表(結局名前すら聞けていない)は会話もないままだ。グラシア女史は司祭への牽制のために動けない。

 だから彼が動いたのだろうが、新人が頭を下げるべきことでもない。

 

「あなたが気にするべきことではない。それに、我が騎士達はどうか分からないが、個人として不愉快を感じたわけではない。頭を下げられても困る」

「そ、そうですか……出過ぎた真似をしてしまいました」

「まーまー、そう言わんと。わたしらに気を遣ってくれてありがとなー、アルベルトさん。ミ……やなかった、"プリムラ"ちゃんも口ではこんなん言うとるけど、内心では感謝しとるはずやで」

 

 はやてが百合をかたどった仮面の上からでも分かるぐらいの笑顔で、アルトマンを宥める。今何気に危なかったな。

 変身魔法を使ったはやての見た目は、アルトマンより少し年上に見える。真面目な弟を褒めるおおらかな姉のような構図だ。実際には、オレもはやてもアルトマンよりかなり年下なのだが。

 アルトマンははにかみ笑いを浮かべながら、「ありがとうございます、リリーさん」と言った。"リリー"がはやてに与えられた(というか自分で考えた)コードネームだ。オレと同じく花がモチーフになっている。

 

「リリーさんは、訓練には参加されないのですか?」

「あはは、無理無理。わたし戦闘とかできんもん。ミ……"プリムラ"ちゃんと同じく見学や」

「彼女は魔力こそ膨大だが、戦闘訓練を一切していない。彼女自身にその意志がなく、また誰もそれを望んでいない。魔力イコール戦力と誤解しないでいただきたい」

「そ、そうですね。騎士メッツェからも、そう教わりましたし……」

 

 シグナムではなくヴィータを引き合いに出すあたり、彼はかなりヴィータに惹かれているようだ。ヴィータも彼を悪くは思っていないし、可能ならばプライベートの付き合いを持たせてやりたいものだが……難しいな。

 こちらが内心で歯がゆい思いをしていると、彼は気を取り直して視線を移す。恭也さんだ。彼は現在、シグナムからヌエラに紹介されているところだった。

 

「彼からは魔力を感じられませんが、それでも我々騎士に匹敵するということなのでしょうか」

 

 シグナムやヴィータから「魔法以外の戦力」を教えられても、魔法を全く使わずに戦うということは想像出来ないのだろう。

 彼が未熟だから、ということではない。彼のような人間は管理外世界でも稀だろう。ある意味、古代ベルカ式の騎士よりも珍しいかもしれない。

 

「匹敵するどころか、彼は「マスカレード」における最大戦力だ。魔法の訓練には向かないため、今まで声をかけなかっただけだ」

「最大って、騎士カピタナよりも強いのですか!? 魔力をほとんど持たないのに!」

「ほとんどやなくて皆無なんやけどな。きょ……もとい、"あるるかん"さんはわたしらから見ても何か間違っとるで」

 

 ざわっと騎士達が騒ぐ。アルトマンの大きな声が届いてしまったのだろう。シグナムの強さが彼らの間でも理解されていることの証明でもある。

 "あるるかん"は恭也さんのコードネーム。「アルレッキーノ」のフランス語読みで、「ハーレクイン」と言った方が通りがいいかもしれない。

 道化師の起源とも言われ、軽業師という意味もある。高速で凶悪な攻撃を連続で繰り出す彼にはぴったりのコードネームだろう。

 

「ほ、本当なのですか、騎士カピタナ!?」

「ああ。以前話した「挑戦している相手」というのが、他でもないこいつのことだ。私はまだ一度も一本を取れていない」

「魔法なしでは、だけどな。見ての通り俺は魔導師でも騎士でもないから、非殺傷の攻撃方法を持ってない。加減のきくところでやらないとお互いに危ないんだ」

「抜かせ。魔法ありになったところで焼け石に水だ。そもそもお前は当たってくれないだろうが」

 

 ヌエラが本人に確認を取り、唖然とした。シグナムの言葉を疑っていたわけではなかろうが、何気なく紹介された魔力を持たない男性が、実はシグナムよりも強かったという事実を受け止めきれていないようだ。

 ここで、一人の人物が動いた。先ほどの会議にも参加していた、ベテラン組の代表。それはつまり、教会騎士団の中でもトップクラスの実力者であるということを意味する。

 

「……面白いじゃねえか。どうだい、お兄さん。一つ俺と手合せをしちゃくれねえか?」

 

 言いながら彼はアームドデバイスを起動する。巨大な斧剣だ。筋骨隆々な見た目通り、パワーファイターのようだ。騎士団のトップ勢ということはそれだけではないだろうが。

 彼は口元に薄く好戦的な笑みを浮かべてはいるが、目は非常に鋭く恭也さんを射抜いていた。なるほど、先ほどずっと黙っていたのは、彼を品定めすることに注意を向けていたからか。

 対する恭也さんは、全く動じることなく肩を竦める。

 

「そう焦らなくても、訓練が始まれば手合せをすることもあるだろう。それまで待てないか?」

「ああ、待てないね。最初からあんたはただ者じゃないと思っていたが、今の話を聞いちゃもう我慢できねえ。あの騎士カピタナが挑む相手ってのが、どれほどの高みにいるのか知りたくてたまらねえ」

 

 騎士という荒事を前提にした職であることを考えれば、彼のような性格も珍しくはないだろう。経験に裏打ちされた実力を伴うとなればなおさらだ。

 このベテラン騎士は、シグナムと恭也さんの言葉を全く疑っていない。疑わず、その上で戦ってみたいと言っているのだ。とことんバトルジャンキーのようだ。

 恭也さんが目線でオレに確認を取る。オレは、グラシア女史に向けて視線を送り、彼女は首を縦に振った。司祭のことは特に気にする必要はないらしい。

 

「許可しよう。但し、双方ともにこの後訓練が控えていることを忘れないように。ここで大怪我をしようが、訓練にはしっかりと参加してもらう。それがお互いの仕事だ」

「サンキュー、嬢ちゃん。なぁに、俺なら腕がもげようが足が取れようが、ちゃんと訓練に参加してやるさ」

「やれやれ。そういうことなら仕方ないな。ちゃんと訓練が出来る程度で済ませてやるとするさ」

 

 恭也さんの挑発とも言える言葉に、ベテラン騎士はさらに笑みを深くする。……いい加減名前を教えてもらいたいものだ。

 

「戦いの前に名乗ろう。聖王教会騎士団、第十一部隊隊長、騎士ゲオルグ。ゲオルグ・ハーマンだ」

「……チーム「マスカレード」所属、前衛担当の"あるるかん"だ。こちらには細かな役職はないんで、簡素な自己紹介ですまないな」

 

 バトルジャンキーとは言え騎士は騎士。礼儀に則って戦いの前に名乗りを上げてくれた。……うちも外部紹介用の役職でも作るか? 「ごっこ」にしかならないとは思うが。

 二人が名乗りを上げる間に、シグナムとヌエラが彼らから距離を取る。他の騎士達も、シグナム達の勝負を観戦するときのように人波が引き、円形のバトルフィールドを作り上げていた。

 ハーマンが斧剣を構えたのに対し、恭也さんはまだ構えを取らない。何か考えているようだ。

 

「戦う前に一つ聞きたい、騎士ゲオルグ。あなたは空戦は出来るのか?」

「残念ながら陸戦限定だ。あんたは騎士でも魔導師でもないって話だが、まさか空戦可能だったりするのか?」

「インスタントデバイス頼りの外部的な手段だがな。そういうことなら……」

 

 そう言って彼は、彼が空で戦うために必要なインスタントデバイス「ベクターリング」を腕から引き抜いた。そして、オレの方に投げ渡してきた。預かっていてくれということか。

 わざわざ条件を揃える必要はないと思うが、これもまた「剣士としての矜持」なのだろう。オレには理解出来ない世界に、嘆息が漏れる。

 

「これでお互い陸戦限定だな。先に言っておくが、あなたを舐めているわけじゃない。俺には近距離攻撃しかないから、陸戦同士なら空戦手段は意味がないってだけだ」

「……なるほどな。あのデバイスに記録されてるのは、本当に移動手段だけってわけだ。ますますもって面白い!」

 

 恭也さんが本当に「魔法なしで騎士と戦える剣士」であることを確信し、口の端を釣り上げるハーマン。どころか、いつの間にか恭也さんも楽しそうな笑みを口元に浮かべていた。

 どうしようもないバトルジャンキーどもに頭痛を覚え、もう一度ため息をついた。

 

 

 

 

 

 最初に動いたのはハーマンの方。動いたと言っても移動はせず、その場で斧剣を振り下ろしただけだ。

 その軌跡に沿って青緑色の魔力が刃を描き、恭也さんに向けて真っ直ぐ飛ぶ。デバイスに付与した魔力を飛ばす魔法のようだ。

 恭也さんはまだ刃を抜かず、紙一重で、しかし危なげなく回避する。そうすると魔力の刃は観戦する騎士達のところに届くわけだが、彼らは彼らでシールド魔法を展開して防御した。

 

「お二人とも、私の後ろに下がってください。流れ弾は私が防ぎます」

 

 アルトマンがオレ達の前に出て構えを取る。オレ達も防御手段がないわけではないが、本職に任せるのが無難だろう。はやてとオレは、彼が防御しやすいように一ヶ所に固まった。

 さて、今の攻撃から分かったことが一つ。ハーマンは移動を得手としていない。攻撃を飛ばして撃ち落とすか、相手が攻めてきたところを迎え撃つ「受け」タイプの騎士と考えられる。

 恭也さんにとって相性の悪い相手と言えるだろう。彼は遠距離攻撃手段を持たず(飛針は魔導師相手には攻撃力不足だ)、一撃を通すためにはどうしても近付かなければならない。

 それでも彼なら、相手の練度が低ければ相性の悪さなどものともせず圧倒するだろう。だが今相手にしているのはベテランの騎士。未熟さは期待できない。近付くことには多大なリスクが伴ってしまう。

 だから彼は、迂闊に攻め込むことはせず、まずは見に徹している。得物はいまだ構えていなかった。

 

「ほぉう! 確かに避けるのは上手いみたいだな! だがそれだけで俺は倒れんぞ!」

 

 再びハーマンから魔力の斬撃が飛ぶ。今度は複数、恭也さんの回避経路を潰す形で放たれた。巨大な斧剣だというのに軽々振り抜くため隙がない。

 魔導師や騎士ならば回避ではなく防御に切り替えるところだろうが、恭也さんにそれは出来ない。彼は魔力を持たず、シールド魔法など使えないのだから。

 そしてだからこそ、彼にとっては「回避可能な攻撃」でしかない。余裕のステップで斬撃の間のわずかな隙間を潜り抜け、幾本もの刃をやり過ごす。うち一発がこちらに飛んできて、アルトマンが展開した障壁を叩く。

 

「くっ……!」

「だ、大丈夫かアルベルトさん!?」

 

 黒紫色の壁が大きく揺れて、アルトマンは一瞬だけ苦悶の表情を浮かべた。無造作な魔力飛ばしのように見えて、その実かなりの威力があるようだ。一発でもまともに喰らえば、それでおしまいだろう。

 彼は「も、問題ありません!」と強がって見せた。新人でありながら実直な騎士は、守る対象の前で弱音を吐くことをよしとしないのだろう。

 それは賞賛すべきことであるが、訓練の依頼を受けた身としては今消耗されても嬉しくない。恭也さんにはなるべく早く決着をつけてもらいたいものだ。

 

「派手にやるな。お仲間に流れ弾が飛んでるようだが、いいのか?」

「この程度で音を上げるような軟弱者は、うちの騎士団にいねえよ。だが、この方法じゃ埒が明かねえのも事実だな」

「降参するか?」

「抜かせ!」

 

 ハーマンは獰猛な笑みを浮かべ、斧剣を高く振り上げた。デバイスに纏う青緑の魔力は先ほどよりも濃さを増しており、あの状態で斬撃を飛ばせば強烈な一撃となるだろう。

 だがそれでは恭也さんには当たらない。威力を上げようが、やっていることが同じならば攻略法も変わらない。その程度のことは、ベテラン騎士たる彼にも分かっているだろう。

 だから彼は、魔力を飛ばさず斧剣を地面に叩きつけた。

 

「レディ!」

『Erdbeben.』

 

 斧剣のコアが光り、刀身に纏った魔力が地面を伝う。雷のように広がった魔力の亀裂は、地面から吹き上がるように石畳を砕いた。下方向からの範囲攻撃だ。

 もちろん、恭也さんはその瞬間には効果域から逃れている。威力と範囲は申し分ないが、発動までに時間がかかっており、これでも恭也さんを仕留めるには至らない。

 

「恐ろしい技だな。だが当たらないなら、さっきまでと何も変わらないんじゃないか?」

「勘違いするなよ。今のは軽く撃ってみせただけだ。本気の「大震撃」は周囲数十mを吹き飛ばす。逃げ場なんてものは存在しねえ」

 

 さすがにそこまでの威力では撃たないだろうが。そんなことをしたら、観戦している騎士や司祭、オレ達もろとも吹き飛ぶことになる。その程度の分別はついているだろう。

 だがそれでも、騎士達が囲む円形の「闘技場」に逃げ場はない。そして、恭也さんの余裕も一切崩れない。

 

「確かに、それだと防御手段のない俺はひとたまりもないな」

「どうだ、降参するか?」

「冗談だろう。今までと同じ、当たらなければいいだけの話だ」

 

 ハーマンの言葉を疑うわけでもなく、恭也さんは「当たらない」と言っているのだ。それでプライドを刺激されることもなく、ベテラン騎士は豪快に笑う。

 

「よくぞ言った! ならば……その言葉、虚言でないことを証明してみせろ!」

 

 これまでで一番の魔力を纏わせながら、ハーマンは斧剣を振り上げる。そして恭也さんは、ここに来て初めて構えを取る。剣ではなく、徒手での構え。

 どうやら彼はこの勝負で剣を抜く気はないらしい。余裕の表れ、というわけではないだろう。彼は、こんなときにまで己に鍛錬を課しているのだ。

 全てはさらなる剣の高みを目指すため。彼らしい求道の姿勢に、感心とも呆れともつかぬため息が漏れた。

 ハーマンは斧剣を振り下ろす。青緑の雷が、彼を中心にして「闘技場」のギリギリまで広がった。

 

「行くぞ、レディホーク!」

『Erdbeben-Sauberung.』

 

 彼が持つ斧剣型アームドデバイス「レディホーク」のコアが輝く。次の瞬間、石畳がめくれあがり、強烈な衝撃が彼を中心に噴き上がった。

 恭也さんは……動かなかった。動いたところで、衝撃波は円形に広がっているのだから逃げ場などない。地上にいる限り回避は不可能だ。

 ならば彼はどうやってこれを避けるのか。答えは……簡単にして単純であり、それ故に人外染みたものだった。

 

「そ、そんな方法で!?」

 

 アルトマンが驚愕の声を上げる。それは、観戦をしていた多くの騎士の内心を代弁していたことだろう。

 恭也さんが取った回避手段。それはもちろん、上に逃げることだ。だがベクターリングの助けがない状態で、彼が衝撃波を乗り越えるだけの跳躍力を得ることは不可能だ。

 だから彼は、衝撃波に「乗った」。衝撃によりめくれ上がる石畳を蹴り、「足場」を何度も跳躍することで、魔力の壁を乗り越えたのだ。

 しかもそれで終わらない。ハーマンに続く石畳の足場を蹴り、三次元的な軌道をとって高速で彼に迫る。これが恭也さんの「空戦」だ。

 歴戦の騎士の顔に、初めて驚愕の色が浮かぶ。恭也さんが何らかの方法で攻撃を回避することは考えていたかもしれないが、これは予想外だったようだ。

 それでも彼は戦意を喪失せず、すぐさまレディホークを引いて迎撃の姿勢を取る。さすがはベテラン騎士だ。

 

「ぬぅぇい!」

 

 斧剣を軽々と振るった一撃は、たとえ非殺傷だったとしても直撃すれば骨を砕くだろう。威力だけで言えば、先ほどの「大震撃」とやらを上回るだろう。

 だけど恭也さんには当たらず……その後は一瞬過ぎて、オレの目には何が起こったのか見えなかった。

 ただ結果として、レディホークはハーマンの手を離れて空中を舞い、恭也さんの拳がピタリとハーマンの胸元に置かれていた。

 

「「無刀取り」という剣技がある。剣を持たず、相手の剣を制することで打ち克つ活人の技だ。もっとも、俺は修行中の身だから無理矢理弾く程度のことしか出来んが」

「……騎士カピタナの言う通りだな。卓越した技は魔法を打ち負かすことすらある。あんたは大した剣士だよ、あるるかん」

 

 レディホークが地面に突き刺さり、ハーマンは「参った」と敗北を宣言した。

 

 騎士達は静まり返った。高レベルな戦いに湧き立つでもなく、同胞の敗北に奮起するでもなく。彼ららしくない反応ではあるが、それだけ衝撃的だったということだろう。

 恭也さんは、本当に魔法の力に一切頼らなかった。頼れなかったとも言うが。完全に純粋な技術のみで、本気を出すことなく魔法の力を制したのだ。

 かつてシグナムがヌエラを下したときとは明らかに違う。文字通り管理世界の常識を根底から覆す戦いをしてみせたのだ。

 常識を破壊され、彼らは何を思うだろうか。反応を見る限り、恐らく多数派は「恐怖」するグループだろう。もしかしたら恭也さんを危険視しているかもしれない。

 ……彼を連れてくるのは時期尚早だったか。荒事専門の騎士達ならこうはならないだろうと思っていたんだが。

 だが、オレの懸念を払拭するが如く、敗北したハーマンは豪快に笑った。

 

「ガッハッハ! 俺はあんたを気に入ったぜ、あるるかん! 強い奴は嫌いじゃねえ!」

「そいつはどうも。皆からは歓迎されていないようだが、いいのか?」

「構うこたねえよ。騎士カピタナや騎士メッツェの教えをちゃんと理解できてねえバカどもに合わせる必要はねえだろ」

 

 あまりと言えばあまりな発言だ。一部の騎士達はプライドを傷つけられたようで、ハーマンに向けて批難の視線を向ける。

 だが彼はそれに一切取り合わなかった。見た目通り、懐の深い人間のようだ。

 

「あんたが見せたのは人間の可能性だ。魔力が弱かろうが、リンカーコアがなかろうが、やり方一つでそんなものは簡単に覆せるって証明してみせたんだ。腐れた常識に風穴を開けたんだよ」

 

 どうやら彼は、管理世界の「魔法資質による能力の階層化」を快く思っていないらしい。これはある種の「生来の才能による選別」であり、他にも不満を持つ人間はいるだろう。

 そのやり方が全くの見当はずれというわけではない。魔法の才能というのは、分かりやすい能力指標の一つだ。戦闘技術を一切身に付けていないはやてでも、運用次第で戦力となり得ることからも明白だ。

 だがこれは、ややもすれば全てを魔法という要素のみで一元化することに繋がり、そのほか人が持ち得る有用な技術全てを無視することにつながりかねない。実際、これまでに見た管理世界の人間はそういう傾向にある。

 オレから見て、「魔法に対する過剰な依存」は管理世界が抱えている問題の一つであろう。それがハーマンのような人間の不満の温床となっていることに疑いはない。

 彼は言った。「残念ながら陸戦限定だ」と。飛行不可というだけで「魔導師・騎士として不利」という認識が一般的であることを示している。

 そうではないのだ。その分彼は、地上における迎撃に非常に優れている。恭也さんには敵わなかったものの、その土俵でやればヌエラより強いだろう。

 これは適材適所の問題であり、飛行可能だから有利などという理屈はない。出来ることが若干広がるだけであり、それ以外のことも出来なければ結局は何の役にも立たない。

 同じように、魔法の強弱などというものはその他の要素で簡単……とは言い難いが、埋めること自体は可能なのだ。魔法は絶対の基準とはなり得ない。

 ゲオルグ・ハーマンという騎士は、その事実をちゃんと認識したということだ。彼だけではない、ヌエラもそうだ。アルトマンも、特に新人はまだ思考が固まっていないから、柔軟に受け止めることが出来ただろう。

 ハーマンの言葉で、先ほど恭也さんに向けて恐怖を向けた何人かが、ハッとした顔をして彼を見た。……まだまだ恭也さんを恐れる騎士は多いようだが、味方が皆無という状況は避けられたようだ。

 

「言うほど簡単ではないけど、あなたの言う通りだ。魔力が弱いなら技を鍛えればいい。体が弱いなら知恵で補えばいい。"カピタナ"と"メッツェ"は、ちゃんとそうやって教えてるんだな」

「あの人らは魔法も普通につえぇけどな。……あんたの影響なんだろうな」

「多分な」

「大したものです。騎士カピタナの言葉を疑っていたわけではありませんが、この目で見るまで信じられませんでした。本当に、このような人がいるのですね」

「そう言ったろう。結局此奴は本気を出さなかったがな。何故剣を抜かなかった、"あるるかん"」

「騎士ゲオルグの力を見たかったってのが一つ。もう一つは、この後の訓練のことを考えて。俺が真剣を抜いたらどうなるか、分からないわけじゃないだろ?」

 

 もし彼が小太刀を抜いていたら……最初の一撃の隙に神速でハーマンの懐に潜り込み致命打を与え、それで終了していただろう。なるほど、そういう意図もあったのか。

 二人と入れ違いでハーマンはレディホークを拾いに行った。オレも、はやてとアルトマンの二人とともに恭也さんのところへ向かった。

 

「気は済んだか、騎士ゲオルグ」

 

 恭也さんにベクターリングを返しながら、発端のベテラン騎士に向けて問う。

 

「おう。我儘聞いてくれてありがとよ、嬢ちゃん」

「俺も何だかんだで楽しめたよ。機会があったら、またやろう」

「ああ。次こそは剣を抜かせてやるから、覚悟しておけよ!」

「バトルジャンキーどもめ。なら、いい加減訓練を始めよう。シスター・シャッハ、騎士ゲオルグ、騎士アルベルト。騎士達の整列を頼む」

「了解しました、プリムラさん」

「はいよ。……改めて思うけど、嬢ちゃんも大物だよなぁ」

 

 当初の予定よりは遅れたが、ようやく合同訓練の準備を始められそうだ。

 ちらりとグラシア女史達の方を見る。司祭の表情を見て……ここからはオレの戦いであることを理解した。

 

 

 

 

 

「やはり、危険ですな」

 

 ある程度訓練を見てから訓練場を引き上げ、最初の会議室にて司祭はのたまう。今この場にいるのは、「マスカレード」の非戦闘要員とグラシア女史、そして彼のみ。

 彼が何がしか難癖をつけてくることは予想の範囲内だ。それは先の彼の表情が物語っていた。

 

「訓練の監査をするのではなかったのか、マイヤー司祭」

「それについては代わりの者を寄越しました。今重要なのは、そちらの真意を知ることだ。話を逸らさないでもらいたいね」

 

 意訳、「恭也さんの戦いを見ただけでも利用価値は十分あると判断した」。代わりに寄越されたという修道士を少し見たが、何も分かっていなさそうなボンクラだった。あれでは監査の意味がないだろう。

 彼らの試合の後、司祭は口元を笑みの形に歪めていた。オレに見られていると気付いたからかすぐに引っ込んだが、あれがこちらにとって好ましい笑みでないことぐらい分かっている。

 こうして会議室までオレ達を連れ出し、こちらの情報を引き出そうとしていることが、オレの推測がかなりの精度で当たっていることを裏付けている。

 

「あの若者、"あるるかん"と言いましたか。彼は騎士ではなく、魔導師でもない。そういうことでしたが、私にはとても信じられませんな」

「だが事実だ。あなたにもリンカーコアはあるのだから、少なくとも彼が全く魔力を使用していなかったことぐらいは分かるだろう」

「ステルスプログラムを使用している可能性もある。そうやって騎士達の目を欺き、彼らに取り入ろうとしているという推測も可能でしょう」

「もしあなたの推測通りだったとしたら、あなたは自ら騎士団を「ペテンも見抜けない未熟者の集まりだ」と言っていることになる。口は災いの門だな」

「……これは失敬」

 

 今のは確認だろう。「自分の常識の外側の存在があの場にいた」という確認を取ろうとしたのだ。忌々しいことに、その方が彼にとっては都合がいいだろう。

 

「だが依然として君達が危険であることに変わりはない。あれだけの戦力を持っていながら、管理局にも教会にも属していない。何か企んでいるのではないかと疑わざるを得ませんな」

「探せば他にもそういった集団はいると思うがな。皆が皆、管理局や教会の理念に諸手を上げて賛成するわけでもあるまい。単に我々がそういった集団であり、たまたま戦力が大きかっただけの話だ」

「ではなぜ騎士カリムの依頼を受けているのだね。君の話が真実ならば、教会の理念に賛成しているわけではないのだろう?」

「正確に言うならば、我々が受けているのは時空管理局のクロノ・ハラオウン執務官の依頼だ。騎士カリムが彼に仲介を依頼し、彼が承諾し、我々が引き受けている形だ」

 

 司祭がクロノの仲介を知らなかったのは、グラシア女史が黙っていたからか。もしそうだったとしても、クロノの名前を出すところまではセーフだ。彼はオレ達の「防波堤」を買って出ているのだから。

 

「我々とクロノ・ハラオウン執務官の間には利害の一致があり、だから依頼を引き受けている。我々の目的と言われたら、「飯のタネ」としか答えようがないな」

「……何たることだ。そのような低俗な理由で、あの騎士達は利用されているのか」

「マイヤー司祭、彼らは彼女を主と認めて従っているのです。その発言は彼らに対する侮辱となりますよ」

 

 グラシア女史がオレの援護射撃に回る。最初のときは「ふり」だけだったが、今は本当に彼女達の主となってしまっており、彼女の言葉は裏のない真実となった。

 司祭は怯まなかった。「大義は我にあり」と言わんばかりにふんぞり返っている。

 

「彼ら……"あるるかん"という青年を除いた4人は全員ベルカの騎士。彼らが行使するのは聖王の魔法。その力は次元世界の平和のために使われるべきなのです。私利私欲を満たすための利用など、あってはならない」

 

 実に教会らしい謳い文句だ。美辞麗句過ぎて吐き気がする。こんな現実の見えていない妄言を平気で吐けるのは、余程の阿呆か余程の悪人か、どちらかだろう。

 これ以上はもう対話になり得ないが、あえて乗ってやろう。訓練が終わるまでの退屈しのぎにはちょうどいい。

 

「なるほどな。確かに我々は「日々の糧を得る」という私利私欲を満たすために力を使っている。それはあなたのおっしゃる通りだ」

「君達ではない、君がそうなのだ! 彼らは騎士、即ち弱き民草を守る聖王の使徒! 彼らの力を私欲に使わせているのは、主である君なのだ!」

「……なんやのこのおっさん。ほんま腹立つわ」

 

 ボソッとはやてが文句を言う。ヒートアップした司祭の耳には届かなかったようだ。矛先をはやてに向けられたら困ったので、それは素直に助かった。

 グラシア女史は困惑した様子でオレを見ている。これはオレの暇つぶしなので、彼女がオレを助ける必要はない。手でそっと制した。

 

「これまでの行いを省みるのです! さすれば、君にも何をすべきかが自ずと分かるでしょう! どうするのが最良なのかを!」

「……そうだな。確かに、この身は自分を第一に考えてきた。自分本位であったと、自覚しているよ」

「分かりましたか! そう、今こそ聖王教に帰依するときなのです! さあ!」

「だが断る」

 

 ズバッとぶった切ってやると、司祭は力が抜けたかその場でずり落ちた。彼のずっこけには構わず、オレは言葉を畳みかける。

 

「あいにくと自分本位は性分なのでな。変えられるものではないし、人に言われて変えるものでもない。ついでに、自分本位を悪と思ったことすらない」

「な、なんだと……」

「その代わりに貸しと借りの釣り合いを取るようにしているのだ。騎士達にしても"あるるかん"にしても、彼らの納得を得た上でやっていることだ。強制したことなど一度もない」

 

 オレの性質から言えば、「弱き民草を守る」などという無償奉仕は論外だ。それは貸借バランスが崩壊している。一方的に与え、与えられるだけの関係性は、いつか天秤を破壊する。

 実際のところ、教会はお布施とか寄付とかで民衆との間に釣り合いを取っているのだろうが、それがどの程度騎士達に還元されているのかは分からない。権力者というのはピンハネが好きだからな。

 まあそれはオレには関係のないことなので捨て置こう。今は如何にこの司祭が自爆発言過多な愚か者であるかということだ。

 

「その点で言えば、あなたは強制が多かったな。「騎士は平和のために力を使わねばならない」「聖王の教えに従わねばならない」。我々が聖王教に属しているわけではないと、あなたが言ったことだ」

「そ、それは一般的な倫理として……」

「あなた方の倫理と我々の倫理は同じなのか? 属している社会が違う相手に倫理を解くなど、おかしな話だ。そんなものは文化次第で変化するというのに」

「ぷ、"プリムラ"さん……ノってますね」

「こうなったら相手を屈服させるまでは止まらんで。カリムさん、隅っこに避難しとこ」

 

 グラシア女史ははやてに連れられて、部屋の端の方で談笑を始めた。そのぐらいでいい。この司祭との会話など、取るに足らないことなのだ。

 

「そも、あなたは私利私欲という言葉を使ったが、我々よりもあなたの方が適した言葉に思えるのだが」

「な、それは私に対する侮辱だぞ! 撤回しなさい!」

「ならば何故我々の危機感をあおるような発言を繰り返した? もしあなたが先ほどの言葉通り「管理世界の平和」を考えているならば、正々堂々理念の通りに交渉すればよかった。あれでは下手くそな扇動家だ」

「こ、この……! 人が甘い顔をしていれば、調子に乗りおって!」

「全然甘い顔しとらんかったやん。何言うとんの、あのおっさん」

「この段階でしゃしゃり出て来るような人ですから……お察しください」

 

 グラシア女史の反応からして、この男は想定していた以上の小物だったようだ。……考えてみれば当然か。

 彼が少ない情報で表に出てきたということは、「無所属のベルカ騎士という手駒が手に入りそうだ」という安直な打算で行動を起こしたことになる。裏を取るなど一切していなかっただろう。

 そもそもの話、教会騎士達から(新人のアルトマンからすらも)あそこまで露骨に嫌がられていたのだ。あの時点で察するべきだったか。

 

「キサマ、訴えてやるぞ! 名誉棄損、教会転覆の疑惑! 二度とその偉そうな口を叩けなくしてやる!」

「出来るものならどうぞ。もっとも、管理世界に戸籍のないオレを訴えるなど、出来ないとは思うがな」

 

 決着をつけるべく、オレは話を収束させる。司祭と、グラシア女史が驚愕の表情を浮かべた。

 オレは一度はやて達に視線を向け、耳を指でトントンと叩いた。はやては頷いたので、彼女には意図は通じたようだ。

 再び司祭を向く。仮面を取り、瞳と髪色が変わっただけの素顔を晒す。トラウマは多い方がいいだろう。

 

「ま、まさかキサマ、管理外世界の……」

「『女の子のヒミツを詮索するとモテないゾ! 私のことは秘密にしてね。プリムラとの約束だよ、おじさまっ☆』」

「ゴッハァ!?」

 

 彼は盛大に吐血し、会議室のテーブルに突っ伏した。ビクンビクンと痙攣をしており、ダメージが非常に深かったことを示していた。……少しやり過ぎたかもしれない。

 

「うわっ、派手にやらかしたなぁ。大丈夫なん、これ」

「さあな。人を呼んで、病院にでも運んでもらおう。彼にはゆっくりとした休養が必要だ」

「と、とりあえずわたしが応急処置をしておきます。……相手が悪かったですね、マイヤー司祭」

 

 VS聖王教会保守派の一戦目は、無事勝利を飾ることが出来たのだった。

 ――余談だが、後に病院を退院したマイヤー司祭は、それまでの陰湿さが嘘のように消えて、寛大で穏やかな司祭に相応しい人物に変貌したそうだ。浄化されたんだろうか?

 

 

 

 

 

 場所を移し、グラシア女史の執務室。三人で紅茶を飲み、ホッと一息をついた。

 

「本日は本当に失礼しました。わたしの抑えが足りなかったばかりに……」

「気にするな、グラシア女史。あれはあれでいい退屈凌ぎになった」

「相変わらず舌戦ではイキイキするんよな、ミ……"プリムラ"ちゃんって」

 

 「相手を言葉で負かす」ことが好きなんだろうか。自覚はないんだがな。

 今はオレもはやても、仮面を取って素顔を晒している。はやても顔の作り自体は弄っていないから、素顔と言っていいだろう。

 ……個人的には、グラシア女史相手と言えどはやてが素顔を晒すのは好ましくないのだが。まだ「闇の書の主」のことを知られるべきではないのだ。

 はやての「気にし過ぎ」という意見はその通りだ。だが可能性が少しでもある以上、気にし過ぎぐらいでちょうどいいはずだ。

 

「それにしても、驚きました。"プリムラ"さんは管理外世界の方だったのね」

 

 だというのにオレの方が勢い余ってバラしているのだから、世話のない話だ。いや、近いうちにグラシア女史に話すつもりではあったが。

 

「内密に頼む。これだけでオレ達の居住場所を突き止められるとは思わないが、念のためにな」

「もちろんです。あなたの仮面の下やそのしゃべり方も、シャッハですら知りません。……ロッサには教えてあげたいんだけど」

「カリムさんが引き取った弟さんやっけ。そのぐらいなら教えてあげてもええんちゃう、ミ……"プリムラ"ちゃん」

 

 その本名の頭文字が出て来るのをどうにかしてくれ。心臓に悪くて仕方がない。

 

「グラシア女史の弟ということは、まだ小さな子供だ。情報を守るということを考えた場合、そういった子供にこそ注意すべきだ」

「えー。けどこっちの子って成長早いんやろ? もうそのぐらいの分別はつくんとちゃう? ちなみにカリムさん、その「ロッサ」君って何歳や?」

「呼び捨てで構いませんよ、"リリー"さん。今年で13歳になります。弟と言っても、歳は一つしか離れていないの」

「わたしのことも呼び捨てでかまへんよ。ってことは、カリムは今年で14歳なんか。発育早いなぁ……」

 

 はやての言う通り、グラシア女史は年齢よりも発育が良い。こっちで言えば高校一年生ぐらいの体格だろう。体質は西洋人に近いのか。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。グラマーな体付きだった。

 とはいえ、予想を外れているわけではなかった。日本人との発育の差も考慮しての予想だったので、当然だな。

 そしてヴェロッサ・アコースは全然小さくなかった。オレ達より年上だった。それなら別にいいかと思わなくもないが、彼は不真面目という話だからな。実際に彼を見ないことには、許可を出していいか判断に悩む。

 

 年齢の話は、迂闊だったかもしれない。

 

「そういえば、お二人は何歳ですか? もちろん、見た目通りではないと分かってますけど」

 

 グラシア女史が、少し身を乗り出して尋ねてきた。表情は微笑みであり、純粋な好奇心からの質問のようだ。

 オレはまだ年齢も明かしていない。わざわざ大人の姿をしているのは身元を隠すためなのだから、当然のことだ。彼女も答えを得られるとは思っていなかっただろう。

 オレも、答える気はなかった。なかったのだが……。

 

「二人とも9歳やで。わたしがもうすぐ10歳」

「………………は?」

 

 オレが止める間もなくはやては答えてしまい、グラシア女史の目が点になった。ティーカップがガタガタ震えており、彼女の動揺のほどが見て取れる。

 

「そ、そうなんですか。9歳……年齢、一桁ですか……」

「せやでー。ほんまはわたしら、ちんちくりんのお子様なんや。今は魔法でこんなんなっとるけど」

「……もうちょっと警戒心を持ってくれ、"リリー"」

 

 ため息が漏れた。いくらなんでもあけっぴろげ過ぎる。確かにいずれは話すことだが、まだ話す気はなかったんだって。

 グラシア女史の動揺は、初対面の印象や先ほど司祭をやり込めた事実に対し、オレの年齢がまだ一桁だという非情な現実に折り合いを付けられないからだろう。

 

「ミ……"プリムラ"ちゃんが最初に依頼受けたのって、まだ誕生日前やったから8歳やったよね」

「だからもうちょっと警戒心を持ってくれと言っている。何故そうやっていらん情報開示をする」

「は、8歳……あれだけの取引が出来て、8歳……」

 

 さらなるショックを受けるグラシア女史。……初対面のときは、かなりいいようにしてしまったからな。それが今頃きいているようだ。

 彼女は一度頭を振って気を取り直す。落ち着いてから笑顔を浮かべたが、それはまだ引きつっていた。

 

「ふ、二人とも、とっても発育がいいのね」

「この姿は魔法だと知っているだろう。全然落ち着いてないじゃないか」

「だ、だって……あの対応で8歳なんて誰も思いませんよ!?」

「せやけどカリム、ミ……"プリムラ"ちゃんはリンディさんやクロノ君が対等って認めてるんやで? 歳なんか関係あらへんよ」

「……それは、そうなんでしょうけど」

 

 彼女は震える手で紅茶を口に運ぶ。残りの紅茶を全て飲み干し、ふぅと息を吐き出した。

 

「「マスカレード」で一番の常識外れは"あるるかん"さんかと思ったけど、そんなことはありませんでしたね。やっぱり"プリムラ"さんが一番おかしいわ」

「オレは彼ほど常識にケンカを売っていない。常識外れは否定しないが」

「そのきょ……"あるるかん"さんに言うこと聞かせられるのは、ミコ……"プリムラ"ちゃんやで」

「さっきからわざとやってないか?」

 

 もうほとんどオレの名前を言ってるようなもんじゃないか。彼女はオレをあだ名で呼ぶから、名前の部分は全部言ってるぞ。

 オレの叱責に、何故かはやてはふくれっ面を返してくる。

 

「コードネームって呼びにくいんやもん。それにミコちゃんの可愛い名前呼べないんは辛いっ!」

「君が考えたんだろうが。とうとう普通に呼んでしまってるし……」

 

 まあ、グラシア女史には既に色々バレてしまってるし、オレの名前程度は誤差の範囲だろうが。だからこそ、オレも半ば諦めていたのだ。

 グラシア女史は苦笑を浮かべていた。はやてが自分からコードネームの意義を否定しているのがおかしかったのだろう。

 

「それがあなたの本当の名前なんですね、「ミコ」さん」

「……「ミコト」、だ。ついでに、呼び捨てで構わない。さっき言った通り、オレの方が君よりも年下だ」

「分かったわ、ミコト。これからわたし達だけのときは、そう呼ばせてもらいますね」

 

 オレの名を知れたのがそれほど嬉しかったのか、彼女はにこにこと笑う。……もう好きにしてくれ。

 

「ほしたらわたしは「はやて」やで、カリム。わたしの本当の名前は「はやて」や」

「……ちょっと待て。それはさすがに待て。君の名が知られるのは大問題だろう」

「もう教えてもうたもん。大丈夫やて。カリムはわたし達を悪いようにはせえへん」

「彼女はそうかもしれないが、彼女が知るということは「管理世界に漏れる可能性が高まる」ということだ。分かっているのか?」

「そのときはそのときや。それでもミコちゃんは、何とかしてくれるやろ?」

 

 ……ああもう、この「相方」は!

 

「あなた達が何をそんなに気にしているのかは分からないけど……わたしはあなた達が望まないようなことはしたくない。それでは、ダメですか?」

「ほら、カリムもこう言うてくれとるし」

「……その約束、違えるなよ。もし違えたときは、相応の報いを覚悟してもらう」

「構いません。……けど、一つだけ条件があります」

 

 彼女はコホンと一つ咳払いをし、ひどく真面目な顔でオレに要求を突き付けた。

 

「ミコト。わたしのことを、「カリム」と呼んでください。グラシア女史ではなく、騎士カリムでもなく、ただ「カリム」と」

「……オレにとっては随分と重い要求だ。名前で呼ぶことがオレにとってどれだけ困難か、君は分かっているのだろうな」

「ええ、分かっています。わたしは、あなたの特別な一人に……「友達」になりたいのだから」

 

 一見すればバカバカしい要求だろうが、彼女にとってはとても重要な要求なのだ。そう、感じることが出来た。

 やれやれとため息をつく。彼女のことは、もっと時間をかけて見定めていくつもりだった。取引の一線を超えるつもりもなかった。その二つは、最早適うことはないだろう。

 はやては本当に困った……素敵な「相方」だ。

 

「いいだろう。カリム。オレは友に要求するハードルが高いから、覚悟しておけよ」

「っ! はい、もちろん!」

 

 彼女は本当に、心の底から嬉しそうな笑顔を見せた。そこには裏などなく、「騎士カリム」ではなく14歳の少女「カリム」としての笑顔だったのだろう。

 こうしてオレ達は、オレとはやてとカリムの三人は、密かな友情をむすぶことができたのだ。

 

 

 

≪やれやれ、素直じゃない主殿じゃな。本当は最初から騎士女史と仲良くしたかっただろうに≫

≪それが我らの主の愛しいところですよ、ミステール。今は静かに、我が主達の憩いのときを見守りましょう≫

≪ミコトもはやてもカリムもうれしそう。よかった≫

 

 声を出すわけにはいかないトゥーナ達の間で、そんな会話があったとかなかったとか。




というわけで管理世界サイドの話でした。現状教会絡みしか書けません。管理局に属してるわけじゃないからショウガナイネ。

ミコトはちょっと気にし過ぎではありますが、話す相手を選ばなければならないというのは事実です。そうしないと、彼らの力に群がる人間は必ず出ます。
その端的な例として司祭を出しました。彼については二度と出番ないでしょう。浄化してしまったようだな(イーノック)
再度になりますが、管理局だろうと教会だろうと、アンチ的な描写をするつもりはありません。それぞれ組織の維持に必死なだけです。

前の教会話から引き続きのオリキャラと新オリキャラ登場。原作の方で教会勢力ってカリムとシャッハしか出てないからオリジナル増えるのはショウガナイネ。
二人とも「ロマンシングサガ」の主人公が元ネタです。アルベルトの方は同名のキャラ、ハーマンの方はキャプテンホークです。容姿はミンサガ版を考えていただければ。
アルベルトは細剣を使う器用さタイプの騎士です。出来ることは多いけど、まだまだ器用貧乏な感じ。だからマルチロール能力の高いヴィータに惹かれるわけですね。
一方のハーマンはバリッバリのパワーファイター。斧剣型アームドデバイス「レディホーク」から放たれる一撃はまともにもらえばアウトです。恭也には当たらなかったけど。

恭也の変装姿は西洋風の美丈夫で、他は特に弄ってません。仮面は獅子を模したもの。コードネームは"あるるかぁん!!"(からくりサーカス)
はやては髪型をミコトっぽくしてあとはユニゾン任せ。仮面は百合を模したもの。コードネーム"リリー"は百合を意味します(ガチ百合じゃないですか!)
二人ともスポット参戦的なつもりだったのに、恭也はハーマンに気に入られるし、はやてはカリムとお友達になっちゃうし。今後も参加しなきゃ(使命感)

次は多分地球に戻ります。ではまたいつか。


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