東京喰種 一緒の時間 作:煉音
2015/12/04 1:30 一部文修正
プロローグ 九本とよしみ
「はぁ・・・はぁ・・・」
初めての実戦、いきなりSSレートなんていう大物に当たるとは予期もしなかった。しかもこのSSレートも伊達ではない。まだSSから上がる可能性があるようなやつだ。
足元に倒れる血塗れの上司が逃げろと告げる。弱弱しい声が相手の強さを強調させる。相手は一本しか赫子を出していない。その赫子は先ほど上司を突き刺したもの、滴る血がその証拠だ。
私はなぜかそのとき、緊張が全くなかった。むしろ相手が普通の人間であるかのような幻覚に悩まされていた。緊張できない。力を入れたくても入らない。逃げろと伝える上司の言葉ですら、耳にはうまく入ってこないし。むしろ何を恐れるものかという思考にあった。
目の前の喰種が足を前に進め始める。思考の傍ら、ここで私も死ぬのかなと無意識に感じる。怖くない。勇気とか覚悟がそれを消してるんじゃない。ただ、ボーっとしているのだ。
「どうした?お前はかかってこないのか?こないならこっちから行くぞ?」
若い男性を思わせるその声はドスが聞くほど低く聞こえる。矛盾している例えだが、それしか例えができない。
「暗くてよくわからなかったが、お前、まだ子供か。久しぶりに柔らかい肉が喰えそうだ。しかも女と来たか。男より甘みがあっていいなこれは、どうする?死んでから喰われたいか、生きたまま喰われたいか。俺的には生きたままのほうが、お前の悲鳴も聞けて楽しい食事ができるんだが、今日はおれからのサービスだ。選ばせてやろう」
そう言って喰種の男は歩みを止める。相変わらず立派な鱗赫の赫子をユラユラさせて。
「お前が死ね・・・」
上司がクインケをささえに立ち上がった。お腹に向こうが見えそうなくらい大きな穴が開いているのにすごいものだ。
「心配するな。お前もすぐ喰ってやるから、まぁ・・・そっちの女の子のおかず程度にだがな!」
喰種の男は赫子を槍のような形相にして、上司に突き出してきた。私の上司はクインケに力を全部込めるようにして、赫子を横によけ、そして・・・赫子を垂直に叩き切った。上司の使うクインケは少し剣っぽいもので、切れ味は喰種の赫子を切れる程度にはあるらしい。
ブツン・・・という響きよい音と共に赫子の先端がはねとんだ。元々霧散しやすい物質だから血のような生々しいものはなかったが、ドタッと赫子の先端は音を立てて落下した。
「フン・・・まだ動けるのか。成りたての上等捜査官にしては上出来だ。だが、まだイージーだぞ。次の一撃で終わってしまうな。もう少し強くなってから出直しな・・・と言いたいが、さっきも言った通り、ここでゲームオーバーだ」
喰種はそう言うと、さっきと同じ形状の赫子をもう一つ出した。しかも切られた赫子も切られた先端がきれいに元通りになってしまった。
「ここからはハードモードだ。10秒待ってやろう」
その瞬間、場を眺めるだけだった私の肩を上司は思いっきり叩いた。一瞬にして我に返り、現状の緊張感が指先から寒気とともに伝わってきた。
「涼子・・・ここは俺が食い止めるから、逃げろ。今日のお前の初任務にしては重過ぎる展開だったな。まだお前は16歳、人生これからだ。それに、学ぶことも知ることもたくさんある。行け」
そう言って上司は私の肩をつかんで、回れ右させた。そしてぐっと押し出してくれた。それをトリガーに私は何も考えられず、目の前がうるんでくることだけを実感しながら走り出した。先ほどまで持っていたアタッシュケースもどこかに置いてきたらしい。握りこぶしを作る手には、それがないことがよくわかった。
「さて、時間だ。あの娘16歳か。まだ若いが、食べるにはいい頃だな」
「フン、お前らなんぞに涼子の人生は奪わせはしない。お前は俺がここで引き留める。絶対にだ」
上司の男はクインケを握り直し、腹の痛みを歯で食いしばり、喰種に立ち向かうのだった。
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「はぁ・・・・はぁ・・・・」
どのくらい走っただろうか。もう路地ばっかり走ってる。なかなか公の場所に出ない。早く支部でもCCGのいる場所に行かないと、上司が殺されてしまう。早く、早く!
「どうしました?そんなに焦って」
角を曲がった瞬間、黒い服装の若い男の姿が見えた。しかも、曲がった瞬間にそんな言葉を投げかけてきた。その言葉が背筋に冷たいものを駆け巡らせた。だって・・・だって・・・。
「まるで喰種に襲われたような顔をしてらっしゃる」
上司と戦っていた喰種なのだから・・・「よ?」
男はわざとらしく黒と赤に染まった目を見せる。しかも歓喜に浸ったような笑顔もつけてだ。
「うそ・・・」
小さく漏れた言葉とともに、私は尻もちをついてしまった。もう逃げられない。ここで死ぬんだ。
「だれか・・・」
「残念、ここは路地でもかなり奥深いとこ、しかも俺のテリトリーで、周りには誰もいやしない。大体はおれが喰ったからな」
男は大声で笑うと、秒も置かないで一瞬にして私の目の前まで移動してきた。
「ひっ・・・」
間近に迫った男の顔を見てさらに恐怖する。もう鳥肌は破れそうなくらいたっている。
「だれか・・・助けてよ・・・」
言い表せない恐怖がつのりにつのった結果、私はそんな言葉を漏らした。もう駄目だとわかっても最後まで、人というものはこれには抗いたいようだ。
「まぁ落ち着きなさいな」
緊張感も丸つぶしな陽気な声が響き渡った。しかもその声には聞き覚えさえあった。
「ちっまたお前かよ。今日は何の用だ。今お取込み中だっつの」
男は舌打ちをして声の方向を見やった。防音などを防ぐための高い塀の上に発声主はいた。
少し長めに伸ばした黒髪と色白な肌、丸く優しいほんわかとした目が特徴な少女がいた。おまけに服装が制服ときたものだ。しかも私の通う・・・。
少女は髪を揺らして、軽く笑いながら答えた。
「私の知り合いよ。よしみでその子は逃がしてくれないかしら?」
「歩夢・・・?」
私の弱弱しい声が少女の名前を呼ぶ。そう、彼女の名前は由利谷歩夢(ゆりたにあゆ)私の同級生で、幼いころからの馴染みだ。家庭事情もあって、今は一人暮らししている。私の親友でもある。
「こんばんは、涼子、そんなに泣いちゃって、美人が台無しよ?」
歩夢の陽気さは昔からだ。だけど、この状況でそんな性格出されても、うまく返しようがない。
「駄目だ。お前には最近まで結構許したことがいっぱいあるからな。今日ばかりは許さねぇ。それに、今日は絶品だぜ?若い娘の肉が久しぶりに喰えるわけさ。しかも、こいつ捜査官だろ?死んだって悲しむのはCCGだけ、まさに俺たちの食料にてきめんだ。それともなんだ?お前はこいつに情でも湧いたのか?」
歩夢は立ち上がり、塀からスッと飛び降りて、また普通に答える。
「そうだ。と言ったら?」
男は私を一瞬ちらっと見て、「虫唾が走るぜ。喰種が人間のマネごとなんてな」と吐き捨てた。
「じゃあ、力づくでも止めるわ。後悔しないでね?」
「こっちのセリフだ。再生できないくらいグチャグチャにしてやるよ」
歩夢は男と対等するように立つと、ブレザーを脱ぎ捨て、インしていたシャツを完全に出し、戦闘態勢に入った。その瞬間、いつもならきれいだねという彼女の瞳は一気に赤く染め上がり、目元もびきびきと音を立てそうなくらい黒い筋が入った。そして・・・ぶわっというかそんな擬音がしそうなくらいに、たくさんの赫子が後ろ腰あたりから出る。九本の赫子、それも全部鱗赫・・・色は赤いけど、本当に真紅というべき赤、とてもきれいだった。
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気が付くと病院のベッドの上だった。真っ白い天井は本当に透き通ってしまいそうなくらい白い。どす黒い赤がフラッシュバックして、白が赤に一瞬反転する。前のことだ。上司の血液の赤さをよく覚えている。
「おはよー」
陽気な声が響き渡った。隣を見やるとパイプ椅子に座った歩夢と目が合った。相変わらずきれいな瞳をりんりんとしている。
「ここにいて大丈夫なの?」
もう日差しも指している。きっと昨日彼女の姿を見たあとから意識が飛んでいるのだと思う。だけど、彼女の赫眼と赫子を私はしっかりこの目で見届けてしまった。それだけは事実だ。
「この病院は普通の病院だよ。ばれなかったら大丈夫。それとも捜査官として私のこと公表して排除する?」
歩夢がそう言って一瞬だけきれいな瞳を赫眼にして見せる。こんな会話を普通にしてくれるということは、病室には私たちだけなのだろう。
「いや・・・歩夢はその・・・私のこと助けてくれたんだよね?」
歩夢は「そうなるのかな」と言って、ベッドに身を乗り出して私の頬に手を伸ばしてくる。
「ふふ、泣きすぎだよ。目元が真っ赤だし、腫れてる。上司の人は私が来たときはもう遅かったよ。食べられてはなかったけど、失血死だった。最後まで勇敢に戦ったんだね彼、お腹に二つ穴と腕から足にかけて体中切り傷だらけだった」
歩夢は私の頬を優しく撫でながらそう言う。上司は私のために死んでしまった。私が未熟だったから死んでしまったのだ。最初CCGの学生候補として選ばれたときから、ずっと専属の上司としていてくれた彼が自分の未熟さゆえに死んだ。
涙がたくさんたくさん、また込み上げてきた。
「仕方ないよ。あなたにとっては初めての捜査なうえに、あいつが相手じゃね。捜査官風に言えば、SSレート「又猫」だっけかな」
歩夢はそう言いながら、もう片方の手でハンカチをとって私の涙を拭いてくれた。
「歩夢・・・あなたはあいつと戦ったんでしょ?私がここにいるってことはあいつに勝ったんでしょ?」
歩夢は「そういうことだね」と言って続ける。
「勝ったのは勝ったけど、あいつ途中で逃げちゃったのよ。最後の一手踏んだら殺せたんだけど、こんなやつもういい!って言って逃げちゃった」
歩夢はそう言ったあと、「ごめんね」と言ってきた。
「なんで謝るの?確かに仇になるけど、復讐しようなんて思ったらそれこそ哀れな気がする」
私がそういうと、歩夢は「わかった」と言った。そこであることを思いついた。
「歩夢・・・私に戦い方を教えてほしい」
歩夢は私の頬を撫でるのを止めてパイプ椅子に座りなおした。
「気持ちはわかるけど、それこそCCGにばれたらまずいんじゃないの?あなたが自己的に喰種から学んでいるっていう状況は」
「わかってる。だけど、私は今よりもっと強くなりたい。私みたいな人達を守るためにも、私自身を守るためにも」
歩夢の言葉を遮ってそう言うと、歩夢はふぅ・・・と息を吐き出した。
「どうせ、断っても何かと理由つけて戦闘してくるんでしょ?わかった。稽古をつけてあげる。だけど途中で折れたりしたら・・・わかってるよね?」
歩夢の目が赫眼へと変わり、本気かどうか確かめてくる。もちろん望むところだ。私が折れたらおとなしくその小さなお腹の中におさまってやるつもりだ。
「ええ、よろしくね。歩夢」
「こちらこそ、如月学生捜査官殿」
赫眼の歩夢と握手をした。小さい手だが、力強さはいくらでも伝わってきたのだった。
ーーーーーーーーーもう泣かないことにしよう・・・。