東京喰種 一緒の時間 作:煉音
「暇だ」
暑くも寒くもないマンションの屋上……数えれば約20階相当の場所で少女はつぶやいた。小さいアホ毛が立った短めの黒髪に丸い目が特徴だ。傍から見れば守ってやりたいなと思いたくなる彼女は残念ながら守る側の存在だ。なぜかと言われたら彼女は人間じゃないからだ。
「はぁ……」
まぁ、守る側の存在とは言っても彼女が守っているのは一人の人間だ。しかしそんな守るべき人間は残念ながら彼女がよりつけないところで特殊な訓練を受けているのだ。その人の近くこそが彼女の居場所なため、彼女は学校も行かずに毎日こうやって最近はごろごろしているわけだ。
「よっと」
彼女の名前は如月歩夢という。もちろん如月というのは彼女の守る人間の名前だ。彼女自身の本名は別にある。そして彼女は喰種という存在だ。人間を食らう人間とは違う種族で、姿形は全く人間と同じだ。人間のような食物は食べることはできないが、思想をもち社会性も団結力もそろう。食事が違うだけの人間と同じような存在だ。だけどその食事の違いから人間からは忌み嫌われ駆逐されるのだ。
ただそんな彼女たちの内面に気づくことができる人間がいないことはない。彼女が守る人間もその一人だ。なぜ彼女が一人の人間に対してこんな愛情ともいえるような感情を持つかというと、彼女とその人は幼馴染で信頼関係の濃い仲にあったからだ。そんなときにその人は両親を失うという転機もあり、のちに命の危機にさらされたところを助けられるということがあり、知らず知らずに彼女自身がその人への好意を強くしていっただけだ。
「はて……なにしようかな」
誰もいないなか軽く問いかけるようにつぶやくのは彼女の癖だ。ずっと日向ぼっこをしていたせいで固まった体を歩夢は伸びしてほぐす。5区はいつも平和な場所だ。1年前まで危険な喰種がちらほらと見えていたところだが力のある鳩によって駆逐された。
スンスンと小さな鼻を動かして周囲の状態を確認する。彼女は生まれつきその体質には一般的な喰種よりも強い嗅覚と察知能力を持つ。それでいて半赫者的な能力さえもある。皮膚から赫子を噴出させる力で、それは攻撃力の高い同じ鱗赫の赫子ですら貫けない盾で、彼女が本気さえ出せば自らの鱗赫の赫子でほとんどのものを壊せる槍にだってなる。決して矛盾はさせない無敵な状態で完全な状態だ。
「やっぱり暇だー」
せっかく立ったのにまた屋上の地べたにぺたんと座り込む。いつまでこんなことをしているのだろうか。
「む……20区の方からか。血なまぐさい匂い」
風に乗ってただよってきたかすかな匂いを嗅いで彼女はつぶやく。ここ最近CCGは20区の捜索などに力を入れているらしい。梟を見つけるとかなんとかと言っていた。夕さんの言うことじゃアオギリの木の頂点に君臨する喰種らしい。別名隻眼の王という。
夕さんから得た今までの情報整理解析すれば、あそこにいる喰種は統括されているという話だ。実際に夕さんが見たとは言っていないが、確かに捕食件数は激減し名高い危険レート喰種も姿を見せなくなったというのだ。
ま、どちらにしろ私が今ここにいる理由は大体涼子の安全保障のためだけなのだから関係ないけど、また掃討作戦の予定が出てくるとすれば20区しかないだろう。それに梟が見つかったとなればおそらくCCGの死神も動くだろう。下手に支援的に行動をするのはかなり迂闊だ。気を付けておこう。
「それにしても……暇だなぁ……」
また同じことを呟いて彼女はそのまま寝転がったのだった。
ー夕方
結局あのまままた眠ってしまった。目が覚めると17時で涼子が帰ってくる時間だ。やっと涼子に会える。とはいっても帰ったら食事して入浴して寝るんだろうな。私にも少しは構ってほしい。そうだ、今日はちょっとわざとベタベタしてやろうっと。
さっそく部屋の中を整理してきれいにしておく。涼子に教えてもらった通りにご飯も予約設定で炊飯中、お風呂も現在自動沸かし中、これで料理ができたら一流の主婦だろうけど、残念ながら私は味がわからないからできない。
仕方ない、玄関であれでもやってみようか。
ー涼子
歩きなれたマンションの下の道まで来た。今日のトレーニングは持久強化が主だったけど何とか乗り越えた。帰って早くご飯食べて温かいお風呂に浸かりたいものだ。
そんな願望を頭に宿しながら小走りにマンションに入った。エレベータで最上階に上がり自分の部屋を目指す。端っこだから遠いのだけど見晴らしは最高な場所だ。
如月の立て札がかかったドアの鍵を開けた。ドアをパッと開けると、床にかしこまって正座で頭を下げている歩夢が目に入った。玄関に入りドアが閉まると同時に歩夢はゆっくりと顔を上げながら歩夢は言う。
「おかえりなさいませ、あなた。ご飯にします?お風呂にします?それとも……とゆか……わたしにしてーー!!!!!」
最後に顔を崩して歩夢はピョンとどうやってはねたんだって聞きたくなる体制で私に飛びついてきた。それを抱き留めることはできずに、筋肉痛にさいなまされながら押し倒される。
「いててー」
「ご、ごめん!倒すつもりじゃなかったの」
私に飛びつき倒れさせておきながら歩夢は弁解する。それも私の上から退こうとはせずに。まぁそんなことはどうだっていい。とりあえず最近は歩夢に全然構ってなかったから彼女なりに甘えてきたのだろう。
「いいから早く部屋戻ろ?」
そういうと歩夢はスッと立ち上がり、私の手を取って立たせてくれた。筋肉痛のせいでひどく体中が痛いけどまぁとりあえず帰宅だ。
「最近涼子が構ってくれないから寂しい」
歩夢は泣いた後の子供のように小さくそう言って私の腕を掴んでくる。
「ごめんごめん、今日は構ってあげるから許して」
歩夢にそういうと小さく「やった」と言って、そそくさと先にリビングへ行ってしまった。物理的に強いのに内心はあんなに子供っぽいんだなとギャップに顔がにやけるのがわかる。きっと歩夢に対してそういう感情があるんだろうな。
ー食事中
涼子の目の前に座って涼子の食事風景を眺める。私には人間の食べ物が食べられないから仕方ないのだが、やっぱり食事くらい一緒にとりたいものだ。確か今の保存物は約6ヶ月分だったかな。つまみ喰いするのもいいのだが、またなくなって取りに行かないといけないのもめんどくさいし、いいや。
「あ、歩夢。私が受ける手術の内容がわかったよ」
涼子が唐突にそう言ってきた。涼子がトレーニングや特殊学習に励む理由は一つだ。その手術を受けれる程度のレベルにまで身体能力と頭脳を強化するため。特殊学習は電子やアルゴリズム、計算などたくさんあるそうだ。だけど一貫して関連性のジャンルを上げるならプログラム、演算、原子など科学という面で特化しているそうだ。
私だって自習勉強で人間の歴史や科学発展の傾向など伊達に勉強してきたわけじゃない。だから涼子がどんな手術を受けるかなんとなくわかる。コンピュータを用いたなんらかの手術だということくらい予想できる。どちらにしろ手術のあと涼子が私のもとに帰ってきてくれるのが一番だ。
「どんな手術なの?」
涼子は思い出すように軽く視線を上にそらして言う。
「手術っていうほどだいそれたものじゃないみたいなんだよね。人の体内に直接目に見えない程度に小さいコンピュータを入れるというものらしいよ。正直怖いけど動物実験をしたあとに行われるから成功率は100%って聞いた。そのコンピュータは人の血液中を流れて体温で充電されるんだって、そして極めつけはここなんだけど……直接人の脳とリンクすることでインターネットからのデータの受信などを行ったり、人の身体能力……例えば呼吸とかにかかわる酸素濃度の調節とかできるそうだよ。フィクションで言うところのナノマシンっていうらしいけど、そこまで豪華な仕様じゃないんだって。だけどこれによって喰種との戦闘を効率化するみたい」
直接人の体の中にコンピュータね……予想はしてたけどそんな技術が今の世の中にあるとはなかなか思えないな。だけど安全も管理されているならいいかな。
「そうなのか……無理しないでね?」
涼子にそういうと涼子はニコッと笑いかけてくれた。
「ありがと、大丈夫だから心配しないで」
涼子はそういうと最後の唐揚げをぱくっと食べてしまう。時刻はまだ19時だ。たまには涼子とゆっくりお話をしたい。そうだな……お風呂に侵入しちゃお。
「お風呂湧いてるけどもう入る?」
私の問いかけに涼子は時計を一瞬チラッと見て「少し休憩してから」と言った。まぁ急がなくてもいい。涼子は逃げないし何よりペースは大事だ。
ーお風呂にて
「ふぅー……」
体に心地良い程度に熱い湯船にゆったりと浸かる。体が芯から温められる感じはリラックスできるものだ。筋肉痛の部分を湯船の中でもみほぐしておけばだいぶ筋肉痛もましになるだろう。それにこのリラックス感は一日の中では第一位と言っても過言ではない。
ただ……一つを除けばだが……
「久しぶりに一緒に入るね」
短い髪と小柄な少女的体系の喰種はそういう。そんなに黒くもない肌はきれいで、からだを見てもきれいな線がある。胸は……あれ?あんなにあったっけ……?
「なぁーにぃ?そんな目で見ているといつまでもおっきくならないよ?」
意地悪い視線が私の視線をとらえその先を読み、次は私の目にその視線を合わせてくる。相変わらず気配察知の能力はレベルが高い歩夢だ。
「うるさい」
そう言ってそっぽを向いた。すると歩夢は私の目の前まで移動してきて湯船につかる。バスは意外と広いから向き合って座っても十分なスペースがある。
「ねぇ涼子」
歩夢は急に上目遣いになって尋ねてくる。それに目でなに?と返事をする。
「キスして」
唐突なその言葉に私の動きは止まる。
「急にどうしたの?」
「最近ほったらかしにされたから涼子が不足してるの」
テンションが高い時は変なことばかり言うけど落ち着いているときでもこんな感じだとかなりアレだ。まぁどっちにしろやってほしいって言ったことは大体やるまでうるさい歩夢だ。仕方ないけどやってあげるしかないようだ。
「わかった」
そう言ってあげると歩夢は軽く目をつぶり唇も少しだけ開けて待ってくれる。
歩夢の肩に軽く手を置いてゆっくりと顔を近づける。なかなかのスローモーションだ。ゆっくりと顔を近づけるこの瞬間吐息さえも感じられる。軽く唇が触れゆっくりとまた離した。
だけど歩夢は私が離れてしまう前に私の背中に手を回し、後頭部にも手をまわしてきた。一瞬のことにビックリして目が見開くのがわかる。
「ちょ、なにを……」
「掴まえたー」
歩夢は心底意地悪い顔をしたかと思うと、グッと力を入れて私の口をふさいできた。さっきよりも圧力のある唇のふれあいはまさに情熱的だ。
ふと感じた異物感は数か月前に一回だけ感じた事がある。舌だ。
「んぅ……んあ……」
軽く声が出てしまう私に対して歩夢はそんなことも気にせず舌を絡ませねっとりとした唾液を吐き出してくる。ペチャペチャとお互いの唾液が音を出し、頭の中をいっぱいにする。小さい舌は機敏に動いて私を積極的に求め続けてくれる。
胸に感触を感じる。手で触れれば歩夢の指だということがわかる。その指はいじらしく私の小さな桃色の突起をいじっているようだ。だけどまだそこまではダメだ。
「はぁ……歩夢……ダメ」
歩夢の手をとり握り、もう片方の手で歩夢の口をふせいで引きはがした。歩夢は喰種だから普通私なんかが引きはがせるほどたやすくはないのだが、歩夢はわざと力を使っていないようだ。
「ごめんごめん、つい好奇心で……」
歩夢は軽く謝りながら私から手を放してくれた。
「満足できた?」
さっきの行いについては咎めないでそう尋ねる。歩夢は笑顔で「うん」と言ってくれた。
「さ、早く上がって寝ようか」
歩夢にそういうとまた何か意地悪そうな顔をしていた。目を離すといつもこんな顔をしているのか。
変な歩夢の一面が見れた。