東京喰種 一緒の時間   作:煉音

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2015/12/04 2:10 誤字脱字、一部表現修正


稽古と9割9分9厘の本気

「やぁ」

 

 久しぶりに地下に行くと見知った顔がそこにはあった。20区のあんていくっていう店に通い詰めてるらしい喰種だ。一人の情報屋としていろんな区を転々としている彼は、短い黒髪と優しそうな細目が特徴の男性だ。体格はガチガチとも言えず、逆にほっそりとも言えない体系をしている。

 

「夕さん、何か面白い動きの情報でもくれるの?」

 

 細目がかすかに開いて黒い目と赤い瞳がのぞく、実はいつもより彼がここを訪れる速さがここ最近異常に早くなっている。情報屋がスススッと動くほどの何かがあったのなら、すぐにどこかしこに影響がでないこともないだろう。

 

「いや、すでに起こった情報しかないけどね」

 

 大体予測はついた。11区と23区のことだろう。

 

「掃討作戦と陽動作戦の成功。それに伴う高レート喰種の脱走、でしょ?」

 

 夕はうんと頷く。

 

「いろいろと出てきたみたいでね。君とはこれからも仲良くしたいから伝えとくね。Aレートが37人程、Sレートが5人程、SSレートが確か2,3人だった。まだ誰なのかは特定できてないけど、わかったらまたここにこよう。ところで、人間の彼女はいないのかい?」

 

 私と涼子の関係には気づいているが、夕はきちんとその辺は隠してくれている。なぜかは知らないが、彼も20区の喰種なら思い当たるものがあるのかもしれない。20区には非常に強い喰種がいて、その喰種が20区を統べているらしい。大食いと呼ばれる喰種も美食家と呼ばれる喰種もここ最近テレビにすら出てこないくらいになりを潜めている。すでに駆逐されたか、ボスに押さえつけられたか。いろいろな予想はあるけど、駆逐はおそらくできていないだろう。

 

「ありがと、こっちからは聞きたい情報ばっかりであげられる情報はないわ。ごめんね」

 

 夕にそう言って謝ると、夕は「あとね」と付け加えてきた。

 

「11区の掃討作戦の時、一部の喰種の間で噂になってたんだけど、白髪のやたらと強いやつがいたって、見たことがない喰種だったらしい。ほとんどの戦闘を赫子をつかわず、人間みたいな格闘術や柔術だけで対処するような戦いだったみたいだよ。面白い喰種もいるんだね。しかも戦っていた対象が喰種で、ラビットって言ったかな。羽赫の喰種だったらしいよ」

 

 ラビットと名前が時点でどんなやつかわかる。涼子と暮らしていれば名の立つ喰種はすぐにでもわかってしまうものだ。

 

「へぇ・・・ラビットを生身でね・・・相当やばいやつかもね」

 

「まぁ、今ある新しい情報はこれくらいだな。じゃ、面白いことあったら教えてくれよ。歩夢ちゃん」

 

 夕は踵を返し、地下の水路をたどって歩いて行ってしまった。ほとんど無償で情報をもらってしまったがよかったのだろうか。

 

 そう考えていると気配を感じる。上からだ。

 

 コツコツと少し早歩きで足音を立てながら歩いてくる。まっすぐ。この気配と足音でもうわかる。涼子だ。しかも感じる気配からして片手にアタッシュケースを持っている。それに尾赫の匂いだ。

 

「遅いよ」

 

 螺旋階段ぽくなった地下の壁伝いの階段を降りてきた私と変わらない身長の少女、地下は少し冷えるというのに相変わらず身軽な服装の少女、しかしその服はCCGの制服と言える白のきっちりしたものだ。

 

「ごめんごめん、遅れちゃった。じゃ始めようか」

 

「私のセリフだ。まずはウォーミングアップからだね」

 

 稽古というよりはほぼ体育の手順に近いが、彼女にはこれが一番体に合いやすいらしく、最初は体をあっためるという名目で運動し、次に基礎として戦い方の基本を実技で教える。これは鉄製のナイフや木切れを利用して行う。当てるための練習だ。最後にレベル段階で区切って本番戦闘練習をする。そのときには、本物の武器を使ってもらう。レベルによっては私も赫子を使うが、大けがを負わせるようなことは絶対にしない。

 

 涼子は黄色い装飾がついた箱を置き、上着を脱ぎ、たたんで箱の上に置いた。

 

 最初はランニングだ!みたいなことは本当に普通の体育になっちゃうから、私を捕まえてもらう。結局変わらないだろって話だが、ただ走るだけじゃしんどいからね。私を捕まえるまでがアップだったら楽しくできるし、なにより続け甲斐がある。

 

 私も薄着になって動く体制に入る。

 

「いつでもいいよ」

 

「わかった」

 

 涼子がバッと私にとびかかってくる。それをスッと横によけて涼子を見ながら後ろに下がり彼女の出方をうかがう。どちらにしろ涼子は人だから体力も限られてるだろうし、少し走り倒せば私の勝ちだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー20分後

 

「よっ!と」

 

 また涼子はとびかかってくる。

 

 だが・・・ドシャッといい音が響いた。完全に地面に落ちた音だ。どんくさいのも彼女の性格。

 

「いてて・・・」

 

 それでもまた立ち上がり、また追いかけてくる。頑張り屋さんなところも彼女の性格だ。

 

「こっちだよこっち」

 

 涼子をよけて後ろに回り込み、煽る。

 

「はぁ・・・はぁ・・・どっち」

 

 完全に疲れているようで、後ろにいるのに膝に手をついて呼吸を整える涼子。そろそろ限界だろう。だが、1年前の涼子に比べれば格段と体力はついている。前は5分走ればだれかけていたのに、今は本気で数十分走り続けられるくらいには成長している。

 

 ふとそんな考えがよぎり、ぼーっとした瞬間だった。急に振り向いた涼子が飛びついてきた。そのまま彼女の体重が前からかかり、一瞬思考が遅れたせいで、対処できず、押し倒されてしまった。

 

「捕まえたー、ふぅー」

 

 私の上で涼子はそうはしゃぎながら、笑顔を見せてくる。いつもこんな感じだ。目標が達成できたら何かと無邪気な笑顔を見せて笑いかけてくる。

 

「じゃ、次は基礎的な戦闘練習だね。今日もらった箱のなか、あれ尾赫でしょ?だったら短い剣技が特徴の武器が出てくるんじゃないかな。確かにムチみたいなものもあるけど、涼子みたいな新人には向かないからね。たぶん形は固定、長いか短いかは知らないけど、だから今日からは軽い武器の練習をしようか」

 

 涼子が私の上から退き、隣に立つ。私も立ち上がり、脱いだ上着のポケットから短めの果物ナイフを出す。歯を保護するケースから出し、涼子に手渡す。喰種相手に普通の鉄とかでは傷すらいれられない。だからこれを持ってきたのだ。

 

「今日の基礎戦闘は私の服に10箇所の切れ目を入れるのがノルマね。制限時間はね・・・30分。これを今日は6セットね。じゃあ、スタート」

 

 涼子はうんと頷き、ナイフを左手に握る。連携術が嫌いな彼女だが、細かい動きはなぜかいつも得意としている。接近術は意外とやれるのに、実技のテストではその結果がでない。本番で実力が出る性格らしい。

 

 基礎戦闘練習では私はよけるだけが練習となる。どうせ切れもしない武器が当たったどころでかゆくもない。服に切れ目が入るだけだ。だから服の切れ目の数分をノルマとしていつも提示する。1年も続ければ彼女にも変化は訪れるものだ。

 

 涼子は手始めとばかりに突きを繰り出してくる。普通に横によけ、追撃とばかりに横にふられるが後ろに下がってよける。わざと大回りな動きをするのは彼女の攻撃があまりにも今は甘いからだ。体力の消耗とともに集中力が発揮されるというなんとも反比例な謎な体質を持っている彼女は最初こそ余裕そうにしているが、後半は目の形が変わるほど鋭くなって反応早くなっている。それが最初からできればきっと彼女はもっと成長するのだが、今の彼女にはそれはできなそうだ。

 

「そんな攻撃じゃいつまでも当たらないぞー」

 

 涼子の攻撃を軽くよけ、あおりをいれる。

 

「はぁ・・・歩夢、今日こそ見せてよ。稽古終わってからでいいからさ」

 

 一息入れて涼子がそんなことを言ってきた。ちょっと前から稽古のあとに私の本気を見せるって約束をしていたのだが、いつも稽古が終わったら涼子が先にくたびれてしまうからなかなか見せる機会が得られないままだったのだ。

 

「ええ、涼子が元気だったならね」

 

 会話途中でも涼子の攻撃は続く、難しくない攻撃は確かにこの間よりは鋭くなってる気がしなくもない。やっぱり成長しているんだなと思う。

 

「約束だよ!」

 

 涼子が今度はとびかかってくるように、上から攻撃を放ってくる。それを横によけると、涼子はさっきよりも早いスピードで追撃してきた。

 

「おっと・・・やるねー」

 

 さっそく一発当たってしまった。胸の中心らへんに斜めの線が入った。間から白っぽい肌が見え隠れする。

 

「たまにはね・・・ふぅ」

 

 涼子は笑顔でそう言い、変わらない動きで歩夢に挑むのだった。

 

ーーーーーーーーーーーー6セット目終盤

 

「とぉ!」

 

 総合3時間にわたる基礎戦闘の末、最後の切れ込みを入れることに成功した。当の切られた歩夢自身はのほほんと「速くなったねー」とか言ってるし。かなり喰種と人間には差があるように感じる。しかも使っていたナイフを見れば、ボロボロになっているし。どんな体持っているんだと言いたくなる。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

 疲弊した体を休めるように壁際の階段に腰を下ろす。

 

「おつかれ。だけど、ここからが本番だよ。次はクインケを使ってね。それと私の本気見たいんでしょ?」

 

 歩夢はそう言いながら私に水の入ったペットボトルを渡してくれる。中の水を口に含むととても冷たい。運動を長時間続けたおかげで火照った体にはちょうどいい冷たさだった。体の奥から冷やされるような感じがする。今日ばかりは歩夢の本気もみたいし、頑張らないといけない。

 

「よし・・・じゃあ、さっそく新しいクインケでやろうっと」

 

 これには歩夢も興味があるようで、クインケの入った箱に見入ってくれる。黄色い装飾は若干有馬特等のそれに似ていて、なにが入っているのかとても気になる。クインケの使い方は心得ている。もう何回も使ったし。何回も壊した。さっそく開けてみた。出てきたのはさっきの果物ナイフよりも少し長めの小刀だった。小刀と言えるかもわからないくらいの短さだが、包丁よりは長いだろう。

 

「ふーん・・・見た感じ、切れそうだけど、威力の面でちょっと心配だなー」

 

 歩夢が素直に感想を述べてくる。箱の中には小さい紙切れが入っていた。クインケとともに外に出てきてしまったから、先に読んでおこうか。そう思い紙に手を伸ばすが、歩夢が拾ってしまう。

 

「えーと、なになに、如月学生捜査官、学生一等捜査官へ昇進おめでとう。1年前の事件は災難だったかもしれないが、君の実力は試験の日からとても目を向けるところが多かったのでこれを送ります。プレゼントとでも受け取ったと思ってくれたら嬉しく思うぞ。木崎学生教官より、だって、よかったねいいクインケみたいだよ。クインケの元となった赫子はSレートの蜻蛉っていう喰種のものらしいよ。しかも1/9って、結構多いのかな」

 

 木崎学生教官は私の学生試験の時に実技を担当していた教官だ。ごつい体からは考えられもしないくらい優しい人で、本部での成績もとても高いお人だ。そんな人から贈り物とはとてもうれしい。心の中で木崎学生教官に感謝の言葉を述べ、さっそくクインケを軽くふるってみる。赤い刀身はどこでもありきたりだが、たしかな鋭さがそこにはあるように感じられた。

 

「もうやる?新しいクインケに少しうずうずしてるみたいだし」

 

「うん、とりあえず、今日はこれの様子見も兼ねて稽古したいし。赫子出してほしいな」

 

 歩夢は「わかったよ」と言って、紙を箱の中にいれ立ち上がり、言った。

 

「じゃあ、今日はレベル2で赫子一本ね」

 

 レベルは歩夢の喰種としての身体レベルを表し、そのあとに赫子の数を付け加えて、総合的な力量を表す。まだ本気の歩夢を見たことはないけど、レベルは20まであるらしいから相当私は弱いのだろう。

 

 言い終わると同時に歩夢は軽く目を閉じる。その瞬間に黒い細かいヒビがびきびきと音を立てるかのように目元に現れ、開かれたときには漆黒の中から赤い瞳がこちらをのぞいていた。赫眼・・・喰種の一番の特徴と言っていいほどのものだ。人は白い目と黒い瞳だが、喰種は黒い目に赤い瞳という異様な色をしている。捜査官が相手を喰種として特定するときの観点もこの一つで、赫眼もしくは赫子を目視で確認した場合、対象を喰種として駆逐する権限が手に入る。

 

「どこからでもいいよ。思う存分振りぬくといい」

 

「ん・・・」

 

 さっきのナイフよりも少し軽いクインケを構える。それから一気に走って歩夢に接近する。そのまま力に任せてクインケを横にふるったが、歩夢はさっきよりも解放された身体能力で後ろに飛び下がる。飛び下がった後、歩夢は口元に人差し指を当て、「そうだねぇ・・・」と漏らす。

 

「よし、今日はこうしよう。私に一撃いれたらノルマ達成。わかった?」

 

 急な条件変更を提示されたが、また何時間も動き続けるよりはそっちのほうがよかった。さっきも数回ナイフを当てたんだ。できるはず・・・とは思ったが、喰種の力をちょっと解放している歩夢に攻撃があたるかはわからない。考えてもしかたない。やろう。

 

「わかった!」

 

 歩夢はうんと一度頷き、後ろ腰から一本だけ赫子を出した。見事な赫子だ。きつねのしっぽに似ているようにユラユラと揺れながらも、形状が滑らかな赫子。そういえば喰種によって系統が同じ赫子はあっても、形までもが一緒の赫子はあまり見たことがない。

 

 もうこんな稽古も1年くらいたつけど、歩夢の赫子は今でこそユラユラと滑らかな狐のしっぽみたいだけど、薙ぎ払うことも突くこともできるようなものだ。相当厄介・・・しかも歩夢自身が強い。

 

 考えと歩夢の特徴を整理し、クインケを再度構える。またこちらから、攻める。歩夢との距離は間近に迫り、クインケをふるう。が、歩夢は赫子でそれを受け止め、太刀筋を反らし、回避する。連続攻撃さえふるえばどうにか攻め倒せるかも・・・。

 

「おろ?さっきまでの稽古は手抜きかな?さっきよりも鋭くなってるよ」

 

 私の特徴を知っているくせにそんな言葉ばかり投げかけてくる。無視して何度も切り込んだ。ことごとくよけられる。ぎりぎりのときもあれば、わざとらしく大きな動きをしたりととてもちょこまかうざい動きをする。

 

「はぁ・・・かすりそうなのになぁ・・・・」

 

「正当な攻め方ばっかりじゃいつまでも終わらないぞー。たまには悪知恵を働かせてみたらどうだい?」

 

 へらへらと笑いながら歩夢はアドバイスをくれる。悪知恵か。砂かけとかかな。まぁ勝てばいいっていうならいろいろできる気がするが。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー50分後

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・ふぅ・・・」

 

 あとちょっとだった。歩夢にフェイントをかけて逆から切り込んだらうまいこと赫子の弱いところに当たったらしく、ちょっとだけだが赫子に切り込みが入ったが、またうまいこと私の攻撃範囲から逃げられてしまう。それに、クインケの動力稼働時間もそろそろ限界に近い。あと10分ほどだと思うが、そろそろノルマ達成しないとクインケが使えなくなるうえに私の体力も限界が・・・。

 

「さっきのはあぶなかったなぁ・・・危うく赫子ふっとばれされるところだった」

 

 歩夢は自分の赫子を大事そうに撫でながらそんなことを言ってくる。何度でも再生可能な赫子をとばされたところでほとんど関係ないだろうけど。

 

「はぁ・・・まだ元気そうでなにより・・・」

 

 息を切らしながらどうにか会話に入るが、もうそうこうしてる時間もない。またすぐに走り出した。一気に歩夢に詰め寄り、横に切り込む、スッとしゃがみ込んでよけた歩夢を見逃さず、歩夢の足を踏んだ。

 

「おわ!?」

 

 そのまま大きく小刀を振りかぶって歩夢の肩に振り下ろした。ザシュッと切り込みが入った音がし、一瞬つぶった目をあけると歩夢の赫子に完全に切り込めていた。でも刀が赫子の中間らへんでとまり、びくともしない。どうやら歩夢は赫子が切られる瞬間に赫子のRc細胞を意図的に固め、クインケが固定されるようにしたらしい。

 

「今日は私の負けだよ。人の悪知恵って相変わらず面白いな。勝つためなら手段を選ばないことだよ。でも人が大事にする道徳は大事にしなよ。手段を忘れていいのは相手が対等の敵だったときだけ、わかった?」

 

 歩夢は赫子を霧散させ、クインケを解放すると立ちあがりそう言ってきた。

 

「今日の稽古はこれで終わりだね。お腹も空いたしそろそろ帰ろっか?」

 

 私も息を整え、それに賛成しようとしたが、重大な課題を思い出す。

 

「ねぇ歩夢、今日の約束の本気を見せてほしい」

 

 そう、歩夢の本気を見せてもらう約束だ。私がまだ元気なら見せてくれると言ったから約束は守ってもらう。

 

「あ、そうだったね。ふふ、久しぶりだからねぇ・・・一瞬だけだよ?ほら、ちゃんと構えてね。3秒だけね。」

 

 そう言って歩夢は私のそばからひとっとびで距離を置く、そして彼女の一番の特徴である九本もある鱗赫の赫子を一気に全部展開し、その赫子の先端、細くなっている部分を私に向けた。そして右手の親指の腹を右手の人差し指の基節と言われる第二関節と手の付け根に添える。そのほかの右手の指は全部開き、手の甲を私に見せるように胸の位置に持ち上げ、口を開いた。

 

 親指の腹で人差し指の基節を押し、音を出す。

 

「これが私の9割9分9厘の本気、絶対に・・・よそ見はだめ”パキッ”よ?」

 

 よ?という言葉を言い終えた瞬間だった。彼女の姿が一瞬で消える。ブォンというかなんとも擬音しにくい音を放ち、後ろに気配を感じた。持前の瞬発力でバッと後ろを向けば、もう攻撃体制の歩夢が目と鼻の先にいて・・・回避はできないと脳裏によぎる。

 

 スローモーションに見える歩夢の動きが戸惑うことなく私に対して矛先を向ける。クインケを構える暇も後ろに遠ざかることもできないほどの高速移動の中、ただただ歩夢の動きに見とれてしまっていた。

 

 歩夢の赫子は九本で、そのうちの二本は私の頭の左右を突き抜け、四本が両脇と腹の横を突き抜け、さらに二本が股の下を貫く、よくドラマとかで目にするやつだ。貼り付けにされた女性に対してマジシャンがナイフを投げるというもの、ぎりぎりで当たらないあれみたいなやつだ。だけど私の場合最後の一本は直撃のようで、目の前に最後の一本の赫子がスローモーションな動きで目の前にせまる。

 

 ピタッと肌に触れるか触れないかの位置で歩夢は赫子による攻撃をやめた。赫子は出したまま私を包み込むように、私の後ろに赫子を伸ばし、変わらない身長の歩夢は急に肩を抱いてきた。ギュッと歩夢に抱かれて考えられずにいる私。歩夢は「えへへ、これが私の本気だよぉ~」とか陽気に返事をしている。

 

 歩夢に抱きしめられた状態で、歩夢の赫子に包まれている。なぜか歩夢の赫子はあったかく、四方を包まれているだけなのに周囲の温度が一瞬で上昇して、地下通路にいることを忘れさせてくれた。それに加えて歩夢自身の体温も稽古のせいかあったかい。

 

「どこがAレートよ・・・どう見たってSS~じゃない・・・」

 

「ほめてもなにもでないぞぉ~赫子はでるけどね」

 

 それからしばらく私の放心状態は続いたのだった。

 

 知ってはいたが、私の同居人はそんじょそこらの喰種とは違うなにからしい。怖いもんはないと思えばいいじゃんって思うかもしれないが、正直今は彼女自身が怖い。

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