東京喰種 一緒の時間   作:煉音

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空腹と我慢と発想と好奇心

 

 最近部屋の中がとてもコーヒーの匂いでいっぱいになっている気がする。換気しているのに普通に鼻を叩いてくるほどだ。大体の理由はわかるけど、ここまで濃くしたコーヒーなんか飲んでいて苦くないのだろうか・・・。

 

 そう思い立ったので、一応当の原因である同居人に聞いてみることにした。

 

「ね、歩夢。最近コーヒーすっごく濃くない?」

 

 私とは逆の位置に座ってCCGから支給された教科書を読んでいる小柄な少女に尋ねる。少女は本から目を離し、丸い目で私をじっと見つめ返してきた。

 

「・・・お腹・・・空いたから・・・」

 

 ああ、だからか。彼女は人を食べる喰種という存在だ。人を食べる理由としては、人の肉からしか養分が取れないことが原因らしい。かわいそうだなとは同情したいけど、同情したところで私たちにはどうしようもない。

 

「そうだったの・・・ごめん」

 

 歩夢は軽く首を横に振ってから「大丈夫、あと3日以内に見つけたらいいから」と言った。見つけるというのはもちろん人の肉のことだ。歩夢にはできるだけ捕食はせず、自ら命を絶った人を優先的に狙ってほしいと頼んだら、きっちりそれを守ってくれていた。いつもなら少量残して防臭用の布に包んで専用の保冷庫で保存をしているのだが、ここ最近5区は非常に経済的にも豊かで、しかも危険な喰種や犯罪者が激減したおかげで、精神的につらくなるような人も少なった。だから彼女が狙える人がいないのだ。

 

 半年ほど前にもお肉を切らしたことがあって、歩夢がそのとき教えてくれたのだが、喰種にとって空腹は非常に地獄らしい。食べる条件の無い喰種にとっては、そんなことにはならないが、歩夢みたいに条件のある喰種だと、喰種の本性と向き合って苦しまないといけないらしい。

 

「じゃあ夕方出かける?」

 

 歩夢は本で顔を隠したまま「行く」と言った。少しお肉を取りにいくには危険だが、警察が認定する自殺スポットを私は知っている。少しでも歩夢の食料を確保しないと、歩夢が区の真ん中で人を襲ってる姿なんて見たくない。それにそうなったら私は歩夢を倒さないといけない。その時期にはまだ早い。

 

「いつもの場所は最近警備が強くなったみたい。路地1は立ち入り禁止だし。仕方ないし高台の崖に行こうか。あそこなら自殺数も増えたって報告だし」

 

 候補を挙げ、消去法で消していき、一番よさそうなところを選んだ。高台の崖は16区の端っこにあるから、バスで数本乗り継いでいくことになるけど、確実にお肉が見つけられるはずだ。

 

「・・・涼子・・・」

 

 歩夢に呼ばれて振り向けば、本で鼻から下を隠しながら歩夢が申し訳なさそうにしていた。

 

「どうしたの?」

 

「3日って言ったけど、ごめん・・・明日まで耐える自信ない」

 

 歩夢がまた本で顔を隠す。結構我慢しているようだった。どうにか今日中に見つけられることを祈っていよう。

 

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 グーっとお腹が鳴る。もうこの音を聞いたのも5回目だ。半年前と同じ苦しい思いをしたくはない。だけどもう予兆が起き始めているからそろそろやばいだろう。理性が押さえつけた本性が隣でウトウトしている準家族的存在の人間をやれと言ったか。

 

 電車の中は私と首を完全に私に預けた状態の涼子と黒いスーツに耳を包んだサラリーマンの男性と数人の女性だけ。無意識に女性の体に目が行きかける。最近は空腹をしのぐためだけに食事をしているせいで、喰種にとっての食事の楽しみ方を忘れかけているのだ。我慢のせいか昔の自分が食べていたものが頭にポンポンと浮かんでくる。どうにか表情に出ないようにその妄想を頭を振って振り切り、涼子の左手を私の膝の上に移動させ、右手で握る。このまま眠りにつけたらどれほど楽だろうか。

 

 そんなことを思いながらボーっとする。とりあえず、今度の涼子のための稽古方法でも考えておこう。きっと思考の世界に入ってしまえばすぐ食事場につくはずだ。と考えすぐ稽古の使う道具を想像するが、なぜか食べ物が・・・ダメだダメだ。頭の中を放棄で掃くようにして出てきたアイテムをゴミ箱にいれた。こんなパソコンのデスクトップ的な妄想をしている時点で私はアウトかもしれないが、どうにか時間稼ぎでも・・・と思うがやっぱり食べ物が出てくる・・・。

 

”我慢する必要ないよ。前の私たちを思い出して?”

 

(黙れ)

 

 心の戦闘、二重人格めいたこのやりとり、あほらしいけど本当に無意識に出てくるのだ。自分の過去を覚えてる。比較的若い人をターゲットに喰種も人間も関係なく襲っていた時、だれにも縛られず、思いのままに生きる生活。今よりも戦闘を好き好み、人の肉を食べる快楽めいた快感に浸る日々。

 

”ふふ、我慢する必要はないってば、やりたいようにやるべきよ?私たちは人を食べることで生きるしかないじゃない。それを人間の都合で我慢させられる意味がわからないわ。ほら、ちょうど隣に食べ頃な娘がいるじゃない。どこもおいしそうに見えるけど?私たちの食料よそれも絶品じゃない”

 

(お前と一緒にするな!消えろ消えろ消えろ消えろ!)

 

 もう一人の私が涼子のことを言う。それに対抗してどうにかグッと力をいれてこらえる。

 

”もう、素直じゃなくなっちゃったのね。情の湧いた喰種なんて情けないだけよ?早くそんな思い捨てなさいよ。ほらこっちを見なさい。まだ筋肉もついてない喰種捜査官でしょ?しかも学生。最適な食べ頃の娘、心配しなくても食べてしまえば、すぐに情も空腹も消えるし、あの快感を味わえるよ?ほーら、ちゃんとこっちを見てよ。ごちそうが目の前にあるよ?”

 

 快感と言われた瞬間、過去のあの感覚が一瞬だけフラッシュバックする。ギュッと目をつぶってそれを我慢すると、次は見たくもないのに、涼子の方を見てしまう。静かな寝息を立てている涼子の顔を見てまたあの快感が背筋を伝う。食べちゃダメ。涼子は家族だ。そんなことをすれば快感より先に後悔とかが出てくる。ダメだダメだ。

 

「うぅ・・・・」

 

 あまりのしんどさに涙が少し出てきてえずく。それと同時にまた無意識に涼子の手を強く握ってしまう。すぐ放したが・・・。

 

「いててて・・・」

 

 涼子が目覚めてしまったようだ。私の肩から顔を起こして、手を開いたり閉じたりしている。それを横目に私は顔を両手で覆って、涼子とか他の人間が視界に入らないようにする。いくら周囲の喰種たちよりも強い力を身につても体の限界はやっぱりどこかにあるようだ。今涼子を見たら襲ってしまいそうで怖い。

 

「歩夢?どうした・・・・の?」

 

「ふぅ・・・・ふぅ・・・」

 

 涼子が私の異変に気付いたようだが、私はそれには返事ができない。とりあえず、周りも不振に思い始まるだろう。どうにか人間風の体調不良を装わないと大変なことになる。

 

”そろそろ限界?ほら、早く私に主導権よこしなさい”

 

 私の中の私が強引に出ようとする。ダメだまだダメだ。涼子の目の前で人を殺すわけにはいかない。彼女とは敵じゃなくて家族としていたい。

 

”へぇ、そう。クソみたいな思いね。反吐が出るよ。ふふ、じゃあ娘がいなくなればいいのね?真っ先にそいつから消してあげるから、ほらよこせ”

 

 抗う、ただ心の中で抗う。渡すわけにはいかない。彼女の命もこの人生も。

 

 私が心中で攻防戦をしているなか、ふと右耳のほうで声が聞こえる。小さなひそひそとした声、涼子・・・。

 

「・・・~~・・・舐めて・・・」

 

 ほとんど聞き取れなかったが、それだけ聞き取れた。何をだ。

 

 言葉が聞こえてから数秒も置かないうちに、グイッと腕をつかまれて右に向かされる。もちろん目の前には涼子がいて・・・そのとき涼子の顔が目の前に迫ったかと思うと、唇にやわらかいものを感じる。ダメだ。涼子の味を少しでも知ってしまったらもう私、私じゃいられない。ぐっと押し返そうと力をいれるが、さすが学生でも喰種捜査官だ。座った状態でも手に力が入らない抑え方、左手は無理やりだったのか、私と涼子のひらっべたい胸でぐっと固定され、右手は完全に涼子の左手に抑えられてしまっている。涼子は余った右手で私が顔をそらしてしまわないように、私の後頭部に手を添え、涼子側に押してくる。もう駄目かなと思ったとき、涼子の口を通じて私の口に何かが侵入してくるのを感じる。舌だ。人にとっては食べ物の味を判別するための器官で、なんともまぁ、人の口の大部分を占めているものだ。喰種も大体同じ構造なのだろうか。

 

 この間読んだ本で、人同士が口をつけあう行為のことを口づけとか接吻、キスとか書いてあったな。互いに惹かれあう者や愛の証の表現方法だとも聞いた。なんで私は涼子にされているんだ。舐めてってもしかして?とりあえず・・・もうどっちにしろどうしようもない。最後くらい涼子のこと味わっても・・・。

 

「んぅ!?」

 

 覚悟を決めて涼子の舌を受け入れるように、少し口元の力を緩めると涼子は容赦なく侵入させてきた。私の舌を探し当て、レロッと滑り込むように私の舌の下に潜り込ませてきた。そのときふと甘い味が口の中に広がるのを感じる。もう何度も口に含み味わった懐かしい味だ。それも昔の何倍も濃く、口に残り続けるようなもの。

 

 舌の下に潜り込んだ涼子の舌はゆっくり動き始め、私の口の中をさまよい始めた。ギュッとつぶっていた目を開ければ涼子がうっすらと目を開けて私を見つめ返してくる。それを見つめる自信がなく、また軽く目を閉じると涼子はそれを合図かのように、粘着性のある唾液を口の中に移してきた。涼子の舌から血の味を感じた時点で意図がわかったが、なぜさらに口づけを続行するのかがわからない。とりあえず、ほんのびびたる量だけど、涼子の血液から栄養を摂取できたし。さっきまでの幻聴っぽいものも消えた。

 

 涼子に少し抵抗して抑えられた右手に力を込めると、涼子はゆっくりとだが右手は解放してくれる。だけど涼子は私自身を解放するつもりはないらしく、左手はそのまま解放したての私の右手に絡めて握ってきた。電車の中なのに何を考えているんだこの学生捜査官は・・・。左目だけを開けて回りを見れば奇異な目線がたくさん集まってるようだ。別に恥ずかしくはないが、こんなことをしていていいのか。

 

 私が周辺の視線を気にしている間にも涼子は容赦なく舌を絡ませてくる。ふと涼子の舌の表面の感触から涼子が自分で舌を噛んで傷つけたことがわかった。人は私のような喰種と違い、一度切り傷がつけば、それは何日もかけて修復される。それが肌より下の皮膚組織や内臓になるにつれてその修復速度は変わるらしい。もちろん体調にもよるけど、喰種はほとんど人間の肉さえ食べれば赫子で傷の修復さえできてしまう。それに、人の舌の痛みはどんなものか知らないが、涼子の口の中の痛みはしばらく続くだろう。しかもそれを噛んで傷つけたのなら相当な覚悟でやったに違いない。だったら私も少し彼女のためにお遊戯に付き合ってあげるのも悪くないかもしれない。

 

{えー××駅ー××駅ー、お忘れのものないよう。お降りくださいー}

 

 そろそろ到着するようだ。独特のしゃべり方をする人間のアナウンスが流れ、電車が減速を始める。そろそろ目標の駅だ。このままゆるゆるとお遊戯してたら乗り過ごしてしまうかもしれない。

 

 固定されていた左手に無理に力をいれて、涼子をパッと軽く飛ばし、顔も離し、右手の指も解いた。だけどそれだけ、次に涼子に両手を伸ばし、右手を首元に、左手を頬に添えぐっと引っ張り次は逆にこっちから口づけを試みてやる。

 

「ふふぁ!?」

 

 涼子は変な声を上げたが、お構いなしにその小さな口に自分の口を近づけてそのままスッとつけてしまう。そのまま涼子と同じように舌を相手に押し付け侵入させた。そしてギュッと抱きしめるように涼子を抱きしめ、そのまま強引に涼子の口内をかき乱し、私からも唾液をたくさん送ってやった。そしてプハッと音がしそうな感じに口を解放してやった。

 

 涼子はいきなりのことに呼吸することを忘れていたのか。私に軽く体を預けて肩で呼吸していた。やりすぎたか・・・そんな涼子の頬は少しだけだが赤くなっている気もしなくもない。

 

 そんなか電車がガタッと一際大きく揺れたかと思うと停車し、ドアが開いた。涼子を引っ張ってそそくさと電車から這い出て、ちょっと走り気味にホームの影まで急いだ。私は構わないが、涼子のような捜査官と言えど、年頃はまだまだ育つ頃合いの女の子だ。あのような奇異な目線はきっと彼女にとって羞恥の一つだろう。あれを浴び続けるのはあまりよろしくないはずだ。

 

「はぁ・・・はぁ・・・大丈夫だった?歩夢?」

 

 涼子は完全に息を切らしている。相当さっきのが来たのかな。

 

「涼子のおかげだよ。あのまま普通に目を開けてたらまずかったよ・・・。それでだけど・・・唾液吐く必要あったの・・・?」

 

 そういうと涼子は少し顔を赤くして目をそらした。どうしたのだろうか。

 

「いや・・・その・・・ちょっと・・・好奇心でね・・・」

 

「ふむ・・・変な涼子、血を飲ましてくれたと思ったら変わった口づけしたり、逆に口づけされて息切らすなんて、それで何かなと思って尋ねたら顔真っ赤にするし。どうしたものなのか」

 

 涼子は苦笑いしながら「ごめん」と言ってきた。まぁ私も人の変わった思考をまた一つ知れたからそれについては咎めたりするつもりはないけど、この理由はまたどこかで問い詰めて教えてもらおう。

 

「それでさ涼子」

 

 涼子は苦笑いだった顔を消して「なに?」と言ってきた。

 

 それと同時に、私のお腹がグーっとなる。へこんでしまったお腹を撫でながら、ちょっと上目遣いに涼子を見て、「お腹空いた」と言ってやった。

 

「あー・・・ごめんごめん、そうだったね。ここからなそんなに遠くないし、急ごうか」

 

 そう言って涼子と一緒にホームを後にしたのだった。隣を歩く涼子の横顔を横目で見れば、何か少し嬉しそうに笑っていた。

 

「何か面白いことあった?」

 

「別にー」

 

 本当、変な涼子だ。それより、お腹が・・・グー・・・やっぱり鳴ってばかりだ。

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