SAO ~無双の矛~   作:鴉鷺

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e.p004 途絶・諦観・光明

 デス・ゲームが開始してからひと月弱の経った現在でも、未だに第一層が攻略されていない。それにもかかわらず、プレイヤーの死者は千を軽く超えてしまっている。

 麻で作られたようなフード付きケープで覆われた少女が、階層ダンジョンで無駄のない動きでもって対峙したコボルトの手斧を避け、すかさず《リニアー》という《ソードスキル》で反撃をする。その動きは実に洗練されていて、一部の隙もないように見える。流麗な動作で紡ぎだされる殺陣で、結局無傷の末にコボルトを屠った少女は息を大きく吐いた。彼女がこの第二層へとつながるダンジョンに潜ってから一日目、まだまだ疲れるには早すぎる、と彼女は自身を鼓舞して、新たに湧出したコボルトを目に捉えた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「おれの美少女センサーに反応あり!!」

 

 そろそろ休憩場所があるという時に、突如そう声を上げたのは、いつもダンジョンを先頭で進むタンク型にステータスを振っているリュウだ。デス・ゲームが開始してから良すぎると、言っていいほどの順調なレベリングだ。現在シキ、リュウ、サイカがいるのは第一層から第二層へと通じるダンジョンである、未踏破エリアと踏破エリアの狭間の位置だ。あと二三日すればボスの部屋が見つかる頃だとシキたちは予想していた。

 リュウの突然の声を呆れた表情で見たサイカは、彼を半眼で見た。もうひとりのパーティメンバーであるシキは、リュウの言わんとすることが分かっているので、すかさずリアクションをしてみせた。

 

「うおっ!! ま、またぐらが……」

 

 シキはリュウの股間を後ろから蹴り上げたのだ。彼の言うセンサーとは股ぐらに常備されている高感度の起き上がり小法師だった。リュウは痛みはないが、つい男の反射というもので内股になりつつ前へ倒れ、膝をついた。そうするのも数秒。リュウは何事もなかったように立ち上がって言葉を発した。

 

「おれの《索敵》スキルにプレイヤーが引っかかった」

 

 《索敵》スキルでわかるのはプレイヤーかモンスターかの違いであって、性別の違いまでは認識できない。しかしリュウはダンジョン内でプレイヤーを見つける度に、股ぐらセンサーを反応させている。それが美少女であった確率は、今のところゼロパーセントとなかなかの的中率を誇っている。

 

「そんなことはわかってる」

 

 何度も言われれば誰だってそのことくらい把握できる。

 

「そろそろそれやめたら?」

 

 少々冷たい目線をサイカから向けられたリュウは、そんなことはお構いなしだ。むしろ恍惚とした表情をする。しかし幸いかここは明かりの弱いダンジョンで、些細な表情は読み取れなかった。

 

「落ち着けって、今回はマジもんだって」

 

 そう言ってリュウは二手に分かれた道の右側へと足を踏み入れた。その先はさらに右へと曲がる角となっていた。その角の向こうからおそらく《ソードスキル》のエフェクトが断続的に発せられるのがわかる。

 シキは角から顔を覗かせた。そこで細剣を持ったかなり華奢なアバターが、素顔が見えないようにかローブをかぶっているのを見た。そしてその剣さばきは、かなり無駄が排除されたように研ぎ澄まされている。シキはかなりの腕だなと思った。その横ではリュウやサイカも感嘆の声を上げている。

 しかし、シキはそのプレイヤーがモンスター――コボルトに止めを刺すときに、考えを改めた。具体的にはβ経験者の手練から、かなり上手いニュービーと変えたのだ。そしてそのプレイヤーが、見るからにソロだったことからシキは声をかけた。

 β経験者は極力無駄を排除しようとする。止めの時も今のアバターのようにオーバーキル気味に《ソードスキル》を使うと、技後硬直という無駄が発生する。よって彼らは相手のHPと自身の攻撃力を見て、最終段を臨機応変に変えていくことがほとんどだ。中には派手好きなものもおり、その例に入らない者もいる。しかし、この華奢な人物は派手好きには見えない。

 

「あんた、無駄があるぞ」

 

 シキが言うことに一瞬リュウたちは疑問符をつけたが、それも一瞬で納得の表情になる。そしてシキの言葉に華奢なアバターをしたプレイヤーは振り返った。

 

「……無駄?」

 

 少しの間のあとにその人物、声から察するに少女は疑問符付きの返答を返した。その声は少々疲れているように聞こえるのは気のせいではないだろう。

 疑問符も当然といえば当然のことで、無駄と言われても彼女は攻撃判定を受けるギリギリの立ち回りをしているのだ。ここのどこに無駄があろうか。

 

「ああ、コボルトに止めを刺すとき、《ソードスキル》を使う必要なんてない。それくらいコボルトのHPは減少してた。あとは適当にその細剣で突けばポリゴンになってたろうさ」

 

 シキの言うとおり、コボルトはあと数ドットのHPしか残っておらず、《ソードスキル》など使わなくとも倒すことができた。さらに言えばこれほどの腕があれば、ゴブリンの攻撃を避けた後に、通常攻撃を一撃入れ、さらに引いた時に《ソードスキル》を検出させることにより、ダメージ効率は飛躍的に上がる。

 

「それに《ソードスキル》を使いすぎると疲れちまうぜ?」

 

 シキに追随して発言したのはリュウだ。サイカも同じ考えのようで横で頷いている。事実《ソードスキル》はシステムが検知するために一定の予備動作をしなければならない。もっともその動作を通常攻撃の中に織り込めるのならば、それは単発で発動するよりもよほど効率の良い立ち回りになるだろう。これらは初日にシキに言われたことだ。

 

「……」

 

 少女は無言のままだ、あまり理解できていないらしい。そして以前顔を伏せている。実際のところはまたお節介焼きが来たのかと思っているところだ。ソロは危険であり、声で女とわかると大体のプレイヤーは勧誘をしてくるので、彼女としてみれば辟易した気持ちにさせられる。

 

「あんた、見たところソロだろ? 命が大切ならそう言う無駄な行為は自重すべきだ」

 

 シキは親切心でそう発言した。ここから最寄りの街に帰るには小一時間ほどもかかるのだから。

 

「命なんて……惜しくないわ……」

 

 シキの珍しい親切心は少女のこの一言によって、無残にも砕けた。

 

「何?」

 

「どうせみんな死ぬのよ」

 

 デス・ゲームが始まってほぼ一ヶ月が経とうとしている今、確かに千何人かがHPをロストして、この電脳世界からログアウトしていることは知っている。だが、シキはプレイヤー全てが死ぬという自体になるとは思っていない。伯父がそのようなバランスでゲームをつくるはずがないと、シキは知っているからだ。

 ゆえにシキはこの発言の意図を測りかねていた。なぜそこまで諦観しておきながら彼女はここに居るのだろうか、と。死にゆくのを待つのが嫌ならば、最初の自殺者同様に広大無辺な空へと身を投げればいいだけだ。彼女の持つ矛盾にシキたちは眉を潜めた。

 

「なら、あんたはここに死にに来たのか」

 

「さぁ、分からないわ……ただ、自分であるために戦っているの」

 

 思春期特有である疾風怒濤の精神の変動の一環であることは間違いない。突然訪れた抑鬱したこの世界に飲まれたのだろうか。或いは現実の自身の確固たる理想のために戦っているのだろうか。

 

「そうか、自分のために戦うってんなら仕方ない。他人のおれらがぶつくさ言う問題じゃあない」

 

 まだなにか言いたげだったシキを尻目に、リュウはそう締めくくったようにダンジョンの奥の安全地帯へと歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと」

 

 サイカはまだ何か言いたげなシキの顔だけを見て察してようで、リュウと共に先に歩んでいった。

 

「あんた夢はないのか?」

 

 シキはリュウにあっけにとられていた少女に突然そう聞いた。勿論シキだってリュウの言ったように去ればいい。しかし、流石にここまで危うい人物を放っておくことが、こうなるようにした人物の親類であるシキにはできなかったのだ。

 

「夢?」

 

 少女は初めて顔を上げた。

 

「そうだ、夢だ。現実世界での夢だ」

 

「……もうないわ」

 

 少女はごく小さな声で答えた。

 

「無いのか? ないなら見つければいいこの世界で、なんだっていい。現実に戻った時のことを考えてみろ。俺たちは時代に取り残されたかもしれない奴らだ。だが、こんな経験は他の奴らにゃできないことだ。そうだろ?」

 

 シキには彼女の言葉と態度から少々だが読み取れるものがあった。すべてを諦めたような態度、ただ嘆くだけでなく、ただこの元凶に罵声を叫ぶだけでもない。それは多分現実世界で相当大変な思いを積み重ねて来たということだ。それがこのSAOに壊された。幼さの残る声音からわかる、ミドルティーンだろう少女には耐え難いだろう。自身が今まで築き上げてきたものが一瞬のうちに崩れ去ったのだ。

 

「あなたに私の何がわかるって言うのよ」

 

 少女の声は震えている。少女は止まり続ける自身と、進み続ける現実世界の軋轢に耐えられないのだ。

 

「そりゃ会って数分のやつのことを把握できるなんてことは無理だろ。だけど過去には戻れないし、過去を振り返っていたら何も解決しない。心まで止まり続けるな。前に進むために戦え、自分自身と」

 

 少女には衝撃的だった。このデス・ゲームが始まって以来、毎日毎日来る日も来る日も、彼女は過去のあの日のことを考えていたのだ。あの日に戻って過去の自分に、その一生を狂わす悪魔の装置に触れるなと言いたかった。だが、目の前の男は時の進みは止められない。なら自分たちも進むしかないじゃないか、と。

 その衝撃が覚め、しっかりと顔を上げたが、その男は既に目の前から消えていた。シキ自身、一応別れの一言を付属していたのだが、少女には聞こえてはいなかった。結局彼女は彼らの顔を見ることができなかったのだ。

 

 場所は数分後の安全地帯に移る。

 

「夢はあるか?」

 

 そう口にしたのはシキ、ではなくリュウだ。完全にからかっている口調でだ。サイカも笑いをこらえるのに必死といった様子だ。

 

「おいおいおいおい」

 

 シキは自分の先の少女を諭す場面を、全て聞かれていた事を知り、かなり恥ずかしい思いをしていた。

 

「戦え、自分自身と」

 

 リュウはところどころを抜粋してかなり表情を作って発言している。

 

「リュウいい加減にしろよ!!」

 

 シキはそういうや、リュウに向かって蹴りを放った。リュウは決め顔のままその蹴りを受け止めた。悲しいかなVITとSTRに同じくらいに振っている、タンクであるリュウの方がSTRが高いのだ。

 

「ふっふーん」

 

 しかしそんなことは気にせず、大学生だというのに小学生のような格闘戦を繰り広げる。AGI重視のシキの連撃を体にもらいつつも、ガードをするリュウ。反撃の糸口すら見いだせずに、一方的にやられているリュウの様は居た堪れない。やはり速さこそ至高なのだろうか。

 

「はいはい、そのへんにして」

 

 結局サイカが少ししたあとに仲裁に入り、二人は素直に戯れをやめた。

 

「それで、あの娘大丈夫そうなの?」

 

 サイカは珍しい女性プレイヤー故か少々気にしているようだ。サイカ自身も一人でこのデス・ゲームに取り残されたならば、ああなっていなかったなどとは言い切れない。彼女にも支えとなる人ができて欲しいと、願わずにはいられないのだ。

 

「ああ、大丈夫そうだ。もう今までのような無茶苦茶な戦闘はしないだろう」

 

 最後にかけた自身の言葉の反応を思い出して、シキは確信に近い声音で言った。

 

「しかもだ。おれの美少女センサーが当たったんだぜ!?」

 

 少女ということは確定したが、美少女ということが決まったわけではない。そのことをシキが指摘するとリュウはこう付け加えた。

 

「だって、声が可愛かったじゃん」

 

 シキは、それは人の好みだろうと口内まで来た言葉を、無理やり腹の中へと戻した。

 その後も効率的なレベリングを行ったシキたちは、いつもと同じ時刻に最寄りの街――トールバーナへと帰っていった。

 




祝!! 次回モヤッとボール登場!!
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