SAO ~無双の矛~ 作:鴉鷺
少女は先ほどの若い男の言葉をトールバーナの宿屋で考えていた。結局その後、あの言葉の衝撃が大きすぎ、もう戦闘に集中できないと悟った少女は、一度街に戻るという選択をしたのだ。
少女はまる一日以上この街に帰ってきていなかった。一日目の夜は三人組と会話した場所に近い休憩所で、数時間寝て過ごしたのだ。石畳のゴツゴツとした感触はかなり辛いものがあったのだが、彼女はそのようなことに気を取れるほど心にゆとりがなかった。
しかし現在寝転がっているゴワゴワとした、けして肌触りの良くない布団が心地よく感じる。そして彼女は今までの自身の行動を振り返った。これは過去に希望を求めるのではない。過去から学ぶために振り返ろうとしているのだ。
彼女は茅場の言葉を聞いた瞬間、周りの景色の色を失った。今まで積み上げたものが瓦解して崩れ去る音を聞いた。
保育園から始まった英才教育の末にたどり着き、さらに飛躍しようとしたいたこの時期。そこに突如として現れた大穴から伸びる魔の手に、彼女の翼は絡め取られたのだ。
あの日なぜ自分の兄の部屋に入り、今まで興味の一切を持っていなかったモノに手を触れたのかは未だわからない。しかし嘆いても過去には戻れないのだ。ダンジョンであった男の言う通り、前に進むしかない。
この一ヶ月常に悩んできた問いは、こんなにも簡単な答えで解決したのだ。いや、本当は分かっていたのだろう。どうしても自分の築き上げてきたものを見切って、前に踏み出すことなどできなかったのだ。しかしこのことを言った男の人であっても、それは彼女自身と同じく大小違えども、築き上げたものを崩壊させてしまっているのだ。結局少女と男の差は過去をどう見るかによるところが大きい。
彼女は過去を心の寄りべとした。男は過去を心の糧としたのだ。
過去は否定したって現在の自分を形成する情報だ。書き換えることなどできはしないのだ。
「簡単なことだったのね」
少女はそう小さく呟くと、久しぶりに深い眠りへとついた。その寝顔はこの世界が始まってからは初めての安らいだ顔だった。
翌々日。少女はただ漠然とダンジョンに潜るのではなく、未来を掴み取るため、すなわちゲームをクリアすることを目的と定めることにした。
少女は二日前のあの日衝撃を受けた場所で、少しの間立ち止まったが、モンスターの湧出したのを見て細剣を鞘から抜き放った。
少女は前までの戦いとは少し違う戦いをするようになった。前までは相手の攻撃をギリギリの間合いで見切り、カウンターの閃光を煌かせていたのが、自身の攻撃力と、相手のHPを見て、最善の攻撃をしっかりとした回避の後に行った。そもそもモンスターにも技後硬直のようなものは存在する。そこまで大きな隙ではない。しかし、今までの極限の戦いも彼女の助けとなり、ほぼ全て繋がり流麗な殺陣となり怪物の隙を突く。といっても、慣れてしまったものを矯正するにはかなり時間のかかることだ。何度も戦ううちに、数度となく前のような回避の行動をしてしまう時もあった。
少女は休憩するため、目の前の《ルインコボルド・トル-パー》へ若干オーバーキル気味の《リニアー》を景気づけと言う意味合いで放って、短いため息をついた。
「今のはちょっとオーバーキルなんじゃないかな」
少し高いしかし、少年だと分かる声でそのプレイヤーは少女の前に現れた。
少年としては凄まじい戦闘力に反し、どこか危うい立ち回りを時折感じていたのだ。技のキレや足運び、どれをとっても及第点を大きく上回るほどの腕前であることは、少年にも理解できた。だからこそ初見ではベータテスターとしての戦闘経験、戦闘時間からなるものだと思っていたのだ。しかし慣れとは一朝一夕で直るものでもない。時折見える細剣使いの挙動が、少年には気になったのだ。ゆえに取っ掛りとしてのこのセリフだった。
このことを言われた少女にしてみれば、完全に余計なおせっかい以外の何者でもない。そんなことは一昨日に言われ、気づかされたことなのだから。
そのためか少女は沈黙した。沈黙をどう受け取ったのか、少年はさらに言葉を続けた。
「オーバーキルっていうのは相手の残りHPにた――」
少年が何を言おうとしているかを悟った少女は、彼の懇切丁寧な説明を遮った。
「知ってるわ」
少女がそう言葉を発すると、一瞬だけだが狼狽した顔へとなる。だが少年はめげなかった。
「オーバーキルしてもデメリットはないが、使用後の硬直があるし、使うにしても精神力を使う。帰り道もあるんだし、そこまでスキルに拘る必要はないんじゃないか? 見たところソロなんだし……」
少年は噛みそうになりながらも、この世界となって以来の長文を話した。純然たる心配の気持ちが見えるのだが、少年の頑張りは虚しく少女の一言で一蹴された。
「それも知ってるわ」
少年はまたまた狼狽の表情を先より長く顔に貼り付けた。
「もういいかしら?」
少年からしてみればあまりに不釣合いな、行動と知識に戸惑っている。《ソードスキル》が精神的負担になることを知っているものは、はっきり言ってベータテスター位だ。そして、彼女の腕はベータテスターのそれだが、立ち回りに穴が多くベータテスターとは言えない。その穴はこのデス・ゲームにおいて、かなりのウィークポイントになりうると少年は感じていた。ゆえに背を向けた少女に最後の言葉をかけた。その言葉は少年がはじまりの日にて、見捨てていったニュービーへの罪滅しの一面もあったかもしれない。
「そんな戦い方してたら、いつか死ぬぞ!」
少女はその言葉を聞いて一瞬肩を震わせた。前までの自分ならばどう返していただろうか。そう思いつつも少年に切り返した。
「私は死なないわ。この世界を出るまでは、絶対に」
その目には強い意志が宿っていた。少年はその少女の瞳に数瞬引き込まててしまう。それほどまでに強い意志だったのだ。実際はローブに覆われて顔の全貌などシステム上見えもしない。しかし、少年は確かにその光を感じ取った。
その硬直が終わると、無意識のうちに少年は提案と一つしていた。
「ゲームクリアのために戦っているのなら、攻略会議に参加してみないか?」
さしもの少女は初めて聞く単語に首をかしげた。
「攻略会議?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
先ほど第二層へと続く階層で少年――キリトは少女に一瞬だけ見惚れてしまった。容貌も定かでない人物に見惚れることなど、リアルでは確実にありえない現象だ。その際に彼自身今でもわからないが、攻略会議への参加の打診をしたのだ。攻略会議は現レベルキャップたちが集まって来る会議だ。つまり現段階での最強クラスのプレイヤーたちが一丸となって、第一層のボスモンスターであるだろう《イルファング・ザ・コボルドロード》を倒す計画を立てるために催される会議である。彼女の腕を見るに、十分その域に達していた。キリト自身もレベルは十分に高いとの自負から、発言はしない気でいるが参加しようと思っていたところなのだ。
そして彼と彼女は第一層最寄りの街《トールバーナ》の噴水広場へと着ていた。そこには既に何人ものプレイヤーが集結している。キリトは広場の段差の上あたりに腰を下ろした。少女は同じ段差の比較的近い位置に腰を落ち着けた。
キリトはベータ時の経験則から、六人パーティが八つのレイドが二つできたならば、楽勝だろうと考えていた。明らかに、ベータ時よりも自分のレベルも高いことがこの自信につながっている。しかし辺りを見渡した結果、キリト自身も合わせて四十七人という期待した人数よりも少なかった。レイドをギリギリひとつ作れるレベルなのだから、キリトは驚愕せずにはいられなかった。近くの少女はその人数に全く逆の感想を持って驚いていた。
「こんなに……たくさん」
キリトは少女の声を聞いて反射的に答えた。
「これが多い?」
「だってこの場にいる人たち全員が、デス・ゲームクリアのために尽力しているんでしょ?」
キリトは少女の言葉を聞いて、確かにデス・ゲームという状況にあっても、クリアという皆の開放へ動いていると思えば多いと感じた。しかしキリトは納得しつつも持論を展開した。
「確かにそれはすごいことだろう。けど自己犠牲の精神だけでなく、取り残されそうだとも思って集まった人もいるだろう」
デス・ゲームと言う異常な状況の中他の人のために、クリアを目指そうというものは多くはない。かくいうキリト自身は、取り残されるのが嫌で集まっているフシが大きい。
「それって、試験で自分だけ悪い点をとって、取り残されたくないっていう気持ち?」
キリトは勉学にそこまで熱心に取り組んでいなかったこともあり、彼女の例えがすぐ腑に落ちなかった。
「あ、ああ、たぶんそんなようなもの」
しかし少々しどろもどろになりながらも、肯定で返答した。すると少女のフードから唯一見える、唇が弧を描いたのをキリトは見た。どうやらキリトの回答は納得のいく回答だったようだ。
「はーい! ちょっと予定より遅れちゃったけど、早速会議を始めさせてもらいまーす! はいそこ、もうちょっとこっちよって!」
快活でよく通る声を発しながら、青年が噴水の縁へと上がった。
キリトは驚きつつも、噴水の縁に飛び乗った、ミディアムで青色の髪の男の背を見た。どうやら彼がこの会議を開いた主催者といった立ち位置の人物だと理解した。
青年が顔を上げるとキリトはもう一度驚いた。なぜならネットゲームなどやらないだろうと思われるほど、均整がとれた顔立ちだったからだ。
「今日はオレの呼びかけに応じてくれてありがとう! オレの名前は《ディアベル》、職業は気持ち的に騎士やってます!」
すると最前列に座っているプレイヤーは野次を飛ばす。野次といっても好意的なものだ。中には指笛を鳴らす者もいた。キリトもディアベルと名乗った男のジョークに少しだけ口元を緩めた。ジョブシステムが存在しないこのアインクラッドでは自分の好きな職に就くことができる。勿論システム的な影響は皆無だ。まさにRPGをできるわけである。
ディアベルの装備は背におお振りの直剣とカイトシールド、さらに鉄系でできた防具類であり、確かにみようによっては下級の騎士に見えなくもない。
「さて、こうして最前線で戦うトッププレイヤーに集まってもらったのは言うまでもないが……」
先までの空気とは一新、ディアベルは真剣な表情をする。すると場の空気がガラリと変わった。そしてディアベルは第二層へと通じる巨塔を指差し、口を開いた。
「今日、オレたちのパーティが、最上階へと通じる階段を発見した。つまり、明日にでもボスの部屋が見つかるということだ」
キリトはディアベルの発言に内心驚きを隠せなかった。今日キリトがフードをかぶった少女と邂逅したのは、第十九階のはじめ辺りの位置だ。なので、すでに第十九階がそこまでマッピングされているとは思ってもみなかったのだ。
「一月。ここまで来るのに一ヶ月もかかってしまったけど、オレたちは示さなきゃならない。いつかこのデス・ゲームそのものの終わりが来る可能性を……いつかきっとクリアできるんだってことを。そうだろ、みんな!!」
ディアベルは力強く声を発した。拳は握り締められ顔の前にある。
その熱意に押され、会場に集まった全員が手を叩いた。これまでバラバラに行動してきたトッププレイヤーたちが纏まろうとしていた。
「ちょお待ってんか、ナイトはん」
そう言ってこの場の纏まりかけた空気を、粉砕した人物はディアベルの横まで身軽そうに移動した。その男性の背丈は日本の成人男性よりも低い程度だ。そして毬栗にでもなりたかったのか、その髪型は刺が生えているように見える。相当な趣味だとキリトは心の中で思った。その悪趣味頭の男性はディアベルほか、集まった人々にこう切り出した。
「そん前に、こいつだけは言わせてもらわんと、仲間ごっこはでけへん」
ディアベルは特に気分を害されたという表情も見せずに、どうやら男性の話を聞くようだ。
「コイツっていうのは何かな? まぁなんにせよ、発言は大歓迎だ。一応名乗ってから発言してくれるといいんだけど」
ディアベルの対応は素直にコミュニケーション能力を欠くと思うキリトには、真似できなことだとキリト自身思った。
「わいは《キバオウ》ってもんや」
その男性は盛大に鼻を鳴らすと自己紹介をした。その直後近くの男女三人組のプレイヤーのひとりが小さく吹き出した。幸いそれはキバオウには聞こえていなかったらしく、話を続行していた。
「こん中に五人、十人ワビぃ入れなあかん奴らがおるはずや」
「詫び? 誰にだい?」
その場の大多数が思ったことをディアベルが代弁した。
「決まっとるやろ、今までに死んでいった二千人のプレイヤーたちにや。奴らがなんもかんも独り占めしたせいで、二千人も一ヶ月で死んでもうたんや。せやろが!」
キバオウは後半になるにつれ語気が強くなっていく。キリトはそこではたと気づく。奴らとは誰のことなのかを。しかしキリトが胸に痛みを発生させたにもかかわらず、またも近くの三人組の中のディアベルに見劣りしないほどの相貌の一人が、「一々回りくどいやつだな」と愚痴をこぼしている。
「奴らって具体的に元ベータテスターことかな?」
しかしディアベルはキバオウの剣幕に物怖じせず、再び抽象的な部分の具体化を図った。
「決まっとるやろ。ベータ上がりどもはこんクソゲームが始まった日には街をダッシュで抜けていきよった。九千人もおるビギナーを見捨ててな。そいつらはウマい狩場やら、クエストを独り占めして自分ひとりでポンポン強なって、その後もずーっと知らんぷりや。こんなかにもおるはずやで、ベータ上がりを隠してボス攻略の仲間に入れてもらお、おもてる奴が。そいつらに土下座させて、溜め込んだ金やアイテムをこん作戦のために吐き出してもらわなあかん。そうしてもらわな、わいはパーティメンバーとして背中は預けれん言うとるんや」
キバオウは一気にまくし立てるように発言した。キリト自身思うところが多々あるが、キバオウの言うとおり、ビギナーを見捨ててはじまりの街を抜け出して、これまでを過ごしてきたことは事実だ。
キリトはキバオウの睨めつける視線を、他のプレイヤー同様目を合わせないようにした。するとまたまた近くにいた三人の顔が、唯一わからなかったひとりの男を、先ほどぼやいていた男がつついているのが見えた。そしてその横顔を見た瞬間キリトは小さく声を漏らしてしまった。
「なっ」
そのつぶやきは隣の少女にだけ聞き取れた。
「どうしたの?」
少女も少年の動揺をみて、気になり声をかけた。
「いや、そんなはずはない。……まさか、あれがリアルの顔だったのか?」
キリトは突如として訪れた驚くべき事態に、半ば混乱していた。少女は聞いたはいいが、キリトのいっている意味が理解できずに、無言の疑問符を掲げていた。
キリトの動揺も冷めやらぬ中、キリトの顔色を変えさせた男が立ち上がった。キバオウとディアベルの視線がその男に注目する。
「おいおい、俺はここに弾劾ごっこしに来たんじゃあないんだぞ」
その男はキバオウに向かい、階段から降りながらそう言ったのだ。完全に火に油を注いだ。
「なんやと!?」
これにキバオウが血管を浮きだたさんばかりに怒声を上げた。
「キバオウさん落ち着いて、それと発言するなら名乗ってもらいたいんだけど」
今にも掴みかからんとするキバオウをディアベルが押しとどめる。その男のエモノが薙刀という珍しいものであることが、さらにキリトの予想を加速させていく。
ディアベルの表情が一瞬こわばったのは、気のせいではないかもしれない。
「俺のアバター名はシキだ」
キリトの予想した名前ではなかったが、β時とは変えることは多分にしてあることなので、そこまで重要な問題ではない。
「それで弾劾ごっこってなんのことかな?」
ディアベルは意味を分かってながらも、聞き返した。
「そりゃベータが悪いとかのなんだとかの、このおままごとことだ。今日この日この時間集まったのは何のためだ? こんなおままごとに付き合うためじゃない。このおっさん以外はそんなことを気にしていなかった。そもそもベータの何が悪いって言うんだ? あんたこの本は貰ってないのか?」
シキと名乗った男の言うとおり、キバオウが議題として上げるまでそんな空気は微塵もなかった。それぞれのプレイヤーは大なり小なり思うところもあったかもしれない。しかし自分の気持ちより周りの一体となった空気に従ったのだ。さらにこのシキという男はキリトはじめ、ベータテスターならば誰でも知っているかもしれないプレイヤーだ。正確にはシキと言う名前は、キリトは知らないが、顔が酷似しているのだ。
「それがなんや」
シキはキバオウの返答を肯定として受け取った。
「これはベータテスターたちが情報を出し合って作られてる本だ。これによって他のVRゲームと同じと勘違いしなかった奴らは生き残ってる。あんたもその口だろ?」
シキが取り出した本は、ほぼ全員が持っているといっていいほど有名な本、通称攻略本だ。最新の街や村の雑貨屋などには必ず新刊が置かれている。そして、その本の知識を得て助けられたキバオウはぐうの音も出ない。見捨てたと思っていたベータテスターは、最前線でベータ版と製品版の情報と剃りあわせて、この本によって間接的にだが助けていたのだから。
さらにはこう言ったシキ自身も情報屋の《鼠》に会えば、自身の得た最新の情報をできるだけ提供していたりもする。
「新興宗教みたいな高尚極まるものは、自分たちの閉ざされたコミュニティだけでやってくれ。今は俺たちで争ってる時じゃないんだ。今何すべきかを考えろよ。それでも大人なのか?」
皮肉のあとに、シキはそう嘲笑するかのように言って、再び自分の元座っていた位置へと戻っていった。実際は別に嘲笑などしていない。しかし言い負かされたキバオウからしてみれば、些細なかとも気に障る。
シキが戻るとの横に座っていた、アインクラッドでは珍しい美人な女性プレイヤーが、シキの頭を叩いたのをキリトは横目で見た。その横では愚痴をこぼした男性プレイヤーが、シキを見ておちょくるとうな笑いをしていた。
そしてキバオウは言い負かされたシキを睨みつけてから、最前列の段差へと腰をおろした。どうやら一応は理解したようだが、未だに納得までは至っていないようだ。
「じゃあ、みんな思うところがあるかもしれないが、目下の目的は第一層突破にある。ベータテスターやビギナー今は関係なく協力し合おう」
ディアベルは先の険悪な雰囲気がなかったかのように、明るくこの話し合いを終わらせた。しかし、当のキバオウは未だに納得のいった表情をしていない。
結局この日は集まりというだけで具体的なことは行われなかった。しかし翌日ディアベル率いるパーティがボス部屋の扉を発見した。このことによりその日も緊急の会議がもう一度されることとなった。
「今日、オレたちはボスの部屋を見つけた」
集まったプレイヤーを前に昨日と同様に、ディアベルが司会となって切り出した。このディアベルの言葉で、会場となったトールバーナの噴水広場に歓声が響いた。その歓声が収まると、ディアベルは続きを口にした。
「オレたちはボスの扉を開けて見た」
これにはディアベルたち以外のプレイヤーは、なかなか大胆なことをする人物であると感じた。ディアベルはさらに続けて今日得たボスの情報を開示した。
「ボスの名前は《イルファング・ザ・コボルドロード》で、武器は曲刀カテゴリー。取り巻きに四匹の甲冑を着込み、斧槍を持った《ルインコボルド・センチネル》がいた」
キリトはここまではβの情報と齟齬がない、と思いつつ話を聞いていた。すると誰かがトールバーナの店で、攻略本の新刊が出ていることを発見した。
その攻略本には、より詳細なボスの情報が書き記されていた。本来は偵察して引き出すべき情報がそこに統べて載っていることによって、数度に分けて行う予定だった偵察戦は実質しなくてよくなったのだ。これによってプレイヤーの負担は減り、より確実なボス攻略が可能となったのだ。
勿論攻略本発行人は《鼠》である。しかし注意書きにβ時のものであり、製品版では変更があるかもしれない、と但し書きが書かれている。
「……今はこの情報に感謝しよう!」
ディアベルは明朗に声を発した。その後ディアベルが自身の抱負を語り、皆がその息と同調した。キリトも見事なリーダーシップを見せるディアベルを見て、自然と顔をほころばせた。が、そのあとの一言で顔を硬直させた。
「パーティを作ってくれ、レイドを組まないとボスには対抗できない」
キリトは直後の硬直のあとに、どこか空いているメンツはないのかと周りを見渡したが、一分も経たずに皆がパーティを形成していく。すると、キリトは横に座っていた続々と決まるパーティの動きに、微塵も反応を見せない少女へと声をかけた。
「あんたもあぶれたのか?」
「みんなお仲間同士だったから遠慮しただけ」
要するにあぶれたようで、キリトは彼女にパーティ申請を送ろうとしたが、ひとつの声にその手を止めた。
「あんたら二人か?」
そう声をかけてきたのは先日キバオウを諭した青年だった。キリトはその面貌があまりにも心当たりがありすぎて、しっかりした返事を返せなかった。しかし幸か不幸か珍しく少女が、キリトの代わりに答えを返した。
「そうです」
「なら俺らとパーティ組もう。俺らは三人だからな。場の人数から言って最後の五人パーティってことになるがいいか?」
キリトは再度先日場に集まった人数を思い出し、パーティ数とあまりを算出し、首を縦に振った。
「なら決まりだ」
その後キリトは、シキの流れるようなメニュー操作のあとに目の前に表示された了承のボタンをタップした。すると名前は本当のようで、【Shiki】という名前がキリト自身の下に他の三人と共に表示された。
「よろしくなキリトにアスナ」
リュウはそう親しみやすそうな笑顔で発言した。
「よ、よろしく……」
「なんで私の名前を……」
キリトがそのまぶしさに気圧されつつも、なんとか返答をすると、アスナは不可解といった調子でリュウに質問した。
「左上に表示されてるよ」
質問に答えたのはリュウではなくサイカだった。因みにシキ始めとしたリュウ、サイカは四日前に出会った少女だと分かっている。サイカの答えに少女――アスナは納得した調子で頷いた。そのことにキリトは少し呆気にとられ同時に、本当に今までソロだったのかと、もう一度思った。
「てか、装備とか見てから、しっかりした部隊として運用したほうが効率いいのに、小学生のお遊戯じゃあるまいし、好きな奴で組めってのはおかしなことだな」
シキは現状ディアベルが全指示を出しているので、それに従って入るが自然とそうボヤいてしまった。それも最もなことで、シキは自身のパーティを見ても思ったが、他のパーティのことを見ても思ったことだ。見るからにタンカーだろう装備の者が、軽装に身を包んだアタッカーと組んでいる。これでパーティ単位の行動のはどうかと思うというのが、シキの本音だ。
シキの懸念はどうやらディアベルも思っていたことのようで、最小限の人員交代で各パーティの役割を割り振っていった。そのためリュウは重装備部隊へと配属され、代わりに、軽装のソードマンがシキたちのパーティへときたのだった。そして、シキたちのパーティに与えられた主な使命は、取り巻きである《ルインコボルド・センチネル》の掃討だった。他にも随時ボスへの攻撃に参加するので、遊撃的ポジションと言えよう。
その後キリトは孤高のソロフェンサーを貫いてきたアスナに、基本的なパーティプレイの仕方と用語を教えるハメとなった。
「よかったねシキ」
サイカがアスナの様子を見て、シキにそう言った。
「なにがだ?」
質問の意図がわかっていながらも、シキは反射的にサイカにそう答えた。
「それはアスナちゃんが元気そうになったことよ」
どうやらサイカも危惧がひとつ減ったことに安堵していた。二人を微笑ましく思ったのか、笑顔で見ている。シキはそんなサイカを横目で見てもう一度キリトとアスナを見た。
「……そうだな。リュウは放っておいて戻るか」
短い同意。
シキはキリトとアスナの様子をサイカと見て、どうやら前までのような極度に思いつめられた状態でないことが分かり、サイカと共にその場をあとにした。因みにリュウは新しく知り合った、以前は顔だけ知っている程度のプレイヤーと仲良くなって、夜中まで盛り上がったのはまた別の話。