インフィニット・ストラトス ~宇宙からの来訪者~   作:国産茶葉

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第一話 成り代わり

 日本のK県のとある場所。そこは都会とも田舎とも言えない場所だった。

 

 雑居ビルが立ち並び、商店街の通り行き交う夕飯の食材を買いに来た主婦や帰宅途中の学生達。辺り一帯は地平線を目指す太陽に照らされて赤く燃えるように彩られ、後一時間もすれば陽は完全に沈んでしまう。

 

 そんな賑わいを見せる通りから一本外れると、そこは驚く程に人通りもなく閑散としている。雑居ビルの間の路地裏を覗けば、陽の光をビルが遮る為に薄暗く、見るような景色もないから入居者が窓を物で塞いでしまって人目が届かない。

 

 そんなどこにでもあるような路地裏で今、一つの犯罪が起きていた。

 

「くそっ、くそっ、いつも女だからって偉そうにしやがって!!」

 

 男――いや、(よわい)十五なのだから少年と表現するのが正しいのだろう。

 

 ぽっちゃり体型でお世辞にも二枚目とは決して言えない、かと言って見るも無残な不細工というほどでもない極一般的な男の子がそこには居た。

 

 目立たない地味な私服を纏った少年が怒りに身を染め、口調を荒らげて悪態を口にしている。

 

 これで物に当たり散らす程度なら若気の至り住むのだが、体を預ける台と少年との間に、後ろから押さえ込まれたブレザーの学生服を着た少女がいるのだから若気の至りで済むはずがない。

 

 少女のスカートは捲り上げられ、膝には年相応の可愛いショーツが無残に引き千切らた状態で引っかかっている。

 

 クラスメイトに笑顔を振り撒き、他校の少年からも告白されたこともある本人も自慢の顔立ちは、少年が溢れた憎しみを込めるかのように首を握り閉めている為に、鬱血(うっけつ)して赤黒く染まっていた。

 

 他にも言葉で言い表し辛い状態なのだが、溜まった鬱憤を晴らすが如く、打ち付ける腰の動きに少年は夢中であった。

 

 少女への怒りや性行為への快楽などで混沌とした心理状態では、自らの犯した過ちに気付く余裕などない。

 

「IS《アイエス》に乗れない男は女に奉仕するのが当然っ!? 馬鹿は目障りっ!? 不細工なんて居なくなれば良いっ!? 一体何様の積りだ!!」

 

 事件の始まりは友人と帰宅する少女に少年が勇気を出して謝罪を求めた事だった。

 

 成績優秀でクラスのリーダー的存在でもある少女の行ったちょっとしたからかいを切っ掛けに、周りの女子も同調して発展した少年への集団いじめ。

 

 結果的に彼は不登校で原級留置(留年)となり、本人の希望もあって他校へと転校することを両親と決めた。

 

 ただ、気持ちのけじめを付け次の場所で頑張る為にも、いじめの原因となった少女からの謝罪の欲しかった。

 

 だから帰り道で少女が来るのを少年は辛抱強く待ち、運良く捕まえる事が出来た。そして二人っきりになった所で勇気を振り絞って口に出したのだ――「いじめた事を僕に謝って欲しい」と。

 

 だが彼女の口から求めた言葉を聞く事は出来なかった。それどころ罵詈雑言を浴びせかけられ少年の心はナイフを抉りこむ様に深く傷付けられる。

 

 少女としては運動が苦手でテストの成績も下から数えた方が早い、気弱な性格の少年をちょっと弄っただけの事。女の為に男は存在し、女の役に立つのは当然で、転校するのも弱い少年がただ悪いだけ。謝罪を求められる様な事ではなく、逆に構ってあげたのだから感謝して欲しいと口に出したのもそういう思いからだ。

 

 その根底には現在の『女尊男卑』の流れがある。彼女にとって少年は居ても居なくても日常に影響を与えない、つまりどうでもよい存在なのだ。

 

 ただ超難関校の高校入学試験を合格したばかりの彼女。今の時期に問題を起こせば品正方向に問題があるとして、合格を取り消される事を恐れ、また男が女に勝てないという先入観と、女友達を無駄な時間に付き合わせるの悪いと考えて別れてしまった。

 

 それ故に人目のない場所で口論となり、少年を逆上させて現状へと導いてしまう。

 

 もし人目が付かない場所でなければ。もし友人と別れず一人で相手にしなければ。もし少年が会うのを諦めて帰っていれば――そんな幾つ物の『もし』。そもそも形だけでも素直に謝罪していれば事件は起きなかったに違いない。

 

「ISがなかった時代は男の方が強かったんだ!! ISなんてなければ!!」

 

 逆上した少年が単純な暴力ではなく強姦へと走ったのも、潜在的な少年の本質の他に、女尊男卑の風潮をある意味で反映しているのかも知れない。抑圧されている男子達が女子をより屈服させる方法として強姦が陰で公然と話に(のぼ)っているのだから。

 

 体の一部が柔らかいもので(しご)かれ、そこから生まれる快感が腹部の熱へと変わり、少年の思考は単純化してゆく。

 

「ISなんて……なければ。……IS…………なんて…………うっ」

 

 溜まった熱が決壊し、どくどくと熱い奔流となって少女の中へと放たれる。

 

 やがて熱が抜け荒らげた呼吸が落ち着いた少年は、我に返り少女の顔を見て表情が凍りつく。

 

「あっ……う……僕は……」

 

 壊れたレコードのように言葉になら音を口にして、後ずさりして壁に背を付けると尻餅をつく少年。

 

 その時初めて己の犯した過ち気づく。

 

 死んだ。死んだ。死んだ――少女は死んだ。目や鼻や口から体液を垂れ流し、目を真っ赤に充血させ、喉に詰まらせたかのように口から舌をはみ出させて。

 

 誰が彼女を殺した?

 

――決まっている。自分だ。

 

 押した拍子にうつ伏せに倒れた彼女を押さえ込んだ時、彼女は(あなが)った。

 

 だが暴れても男の力に敵わないと気づいた彼女の怯えた表情に、自分の中が満たされたような気がしたのだ。

 

 ネットで見た映像のようにスカートの中に腿に這わせながら手を入れると、さらに怯えた表情になり、抵抗もせずに震える様がますます自分を昂らせる。

 

 それは少年の内にあった獣性を目覚めさせ、後はもう止める事が出来なかった。

 

 首を絞めると澄ました顔が苦痛に歪み、緩めると高慢だった口から許して許してと謝罪の言葉が流れ出すのだ。自分を支配していた『女尊男卑』という考えは間違えで、『男尊女卑』が正解なのだと悟った。

 

 自分の一部が彼女に侵入し、絶望に染まるのを見たら後はもう無我夢中だった。

 

 彼女の首を力一杯絞める事で今までの鬱憤を晴らし、彼女が与えてくれる快感に酔う。後は全て吐き出せば幸せが得られるとその時は思っていたのに――

 

「逃っ……逃げなきゃ!! 僕が悪いんじゃない!! みんなお前が悪いんだ!!」

 

 自己を正当化して正気を取り戻した少年は、少女の遺体を置き去りに夕暮れの路地裏を足をもつれさせながら自分は関係ないとばかりに逃げ出ていく。

 

 だから知る由もなかった。

 

 これから少女が周りから死を悲しまれるという流れ以外の道を歩むことを。そう、彼含めた誰も彼もが。 

 

         ◆         ◆         ◆

 

『おはようございます。まもなく依頼の惑星に到着します』

 

 水底に沈んでいた意識がシェルの声に促され水面に浮きあがる。曖昧だった感覚は鋭敏さを取り戻し、機体が高速で移動していること知覚。やがて意識が完全に覚醒して周囲を認識出来るようになると、視界に飛び込んできたのは青い惑星だった。

 

『美しい……惑星だな』

 

 宇宙からでもはっきりと見える茶色の大陸と、鮮やかな蒼海に飾るように存在する白雲のコントラスト。ハルトが記憶する美しい惑星の中でも、上位に匹敵する美しさだった。

 

『戦闘以外で感情的な言葉が出るなんて珍しいですね。十数年ぶりですか?』

『茶化すな。それで惑星に関して情報は?』

『純粋な感想だったんが、まあ良いです。惑星に関してですが――』

 

 シェルから聞かされるディジットからの情報を記憶に入れていく。

 

 原住民によって太陽と呼ばれる恒星を回る惑星系の第三惑星で、惑星名は《地球》。自然環境は安定しており、その恩恵で多種多様な生物が惑星内に生育している。その中でも知性体なのは人類と呼称するヒューマノイド(人間型)のみ。他に百九十以上の国家が存在する多国家惑星etc。

 

『これから流刑体が衝突予測まで数か月は先ですけど、どうしますか?』

『依頼は原住民が何らかの防衛体制を構築するまで。つまり地球人のフォローに回れば言い訳だが、正直どの程度フォローに入ればいいか想像もつかんな。取り敢えず地上を久しぶり楽しみたい。どこかの国の中に潜り込もうと考えているんだが、意見はあるか?』

 

 地球人と流刑体となった異星人を比較すると、平均で見れば圧倒的に流刑体が個体能力を上回る。

 

 ただし流刑体はほぼ生身の状態で非武装であるから、地球人の文明レベルを聞く限りその差をひっくり返せないほど大きくはない。

 

 多少のテコ入れをすれば十分に防衛体制を構築できると考えおり、フォローに回らなくても独自に防衛体制を整える可能性もなくはないのだ。

 

 問題は地球人の社会について理解が浅いこと。

 

 統一国家惑星なら問題は少ないが、多国家惑星なので変にテコ入れをするとパワーバランスが崩れて最悪戦争が起きてしまい、防衛体制の話どころではなくなる。

 

 故に地上を楽しみながら、当分は情報収拾に徹しようと考えていた。

 

『ずっと戦い漬けだったから余暇を取るのは賛成です。フォローについては最悪、ハルトが一つ一つ潰して回ればある程度の時間稼ぎは出来ますから。それで潜り込む国については何か考えていますか?』

『特にないが、情報インフラと豊かな文化がある国が良い。それに合致する物はあるか?』

『それならお勧めなのがこの国です』

 

 ハルトの視界に惑星の地図が表示され、特定の一部分を拡大して大陸の傍に存在する島国が写し出される。

 

『国家名は日本。インフラストラクチャーが整備された治安の良い国です。ほぼ単一民族で国家を形成しており国民性も比較的穏やか。海外の文化を受け入れる事に寛容なので食文化を含めてかなり豊かですね。非戦争国を主張しており、国土は狭くとも国家間の中で上位の国力を保持しているとデータではなっています』

『ならそこにするか――自動航行モード終了。ステルスモードへ移行し、地表への落下物に紛れて降下する』

『了解です』

 

 惰性航行をしていた機体の主導権をシェルから戻し、光学や電波などの捕捉機器から逃れる為に光学迷彩などのステルス機能を発動。

 

 地球への速度を上げ、センサーで捉えていた宇宙ゴミ――打ち上げロケットの残骸に取り付く。後は(あたか)も宇宙ゴミ同士が衝突して軌道が変わったかのように偽装して地球へ降下するだけだった。

 

 だがシェルの報告を受けて、ハルトは作業を中断する。

 

『こちらへ接近する機体を確認しました』

 

 望遠機能が働き近づく機体が拡大表示される。

 

 大きさはヴァルチャーの二倍程度。人型だが腕部と比較すると脚部が大型・延長化しており、手足のバランスが若干(いびつ)だ。観測されるエネルギー値もただの作業用宇宙服にしては不必要に多いから戦闘用だろう。

 

 他に特徴を上げるなら――

 

『雌性体か? それに非全身装甲のスーツとは珍しいな』

 

 顔は頭部を覆うバイザーで口と顎のラインしか見えないが、胴体部分は申し分け程度にの装甲が付いているだけで、搭乗者が丸見えだった。丸みを帯び始めた身体つきと胸の膨らみから資料にあった人類の雌の子供――少女だと判別出来る。

 

 非全身装甲が珍しいと言ったのは、宇宙文明において全身装甲の方が主流だからだ。接近する機体も搭乗者を何らかのフィールドで保護しているのであろうが、エネルギー切れや故障したら一巻の終わりでは心許ない。

 

『ステルスモードでも捕捉出来る技術力があるのは嬉しい誤算だが、予定が狂ったな』

 

 地球の文明レベルを甘く見ていたとハルトは口にするが、シェルはそれを否定する。

 

『いえ、ステルスは見破られていません』

 

 シェルが機体の予測軌道を表示して、ヴァルチャーの居る場所とは重ならない事を示す。最接近したとしても数Km以上離れている。

 

『――確かにな。このままやり過ごすことも出来るが……』

 

 残骸の影に隠れてほとぼりが冷めた頃に降下すれば、地球に何事もなく到着できるのだが――

 

『Shall We ダンス?』

 

 ハルトの内心を見透かしたようなシェルの言葉に苦笑する。

 

 見た事もない戦闘用の機体があったら戦ってみたいと思うから戦闘狂なのだろう。地球に未確認機としてヴァルチャーの存在は露見するだろうが、それがどうしたというのだ。

 

 捕まえようとしたら振り払えば良いし、道を塞ぐようなら吹き飛ばせば良い。それだけの力がハルトの駆るヴァルチャーにはあるのだから。

 

『ふん、行くぞ!!』

 

 ステルスモードをオフにして残骸から飛び出すバルチャー。捉えた機影まで数十Km以上離れているが大気のない宇宙空間ではその程度、瞬く間に詰めれてしまう。

 

(こちらの存在に気付いたか)

 

 飛翔推進器であるヴァルチャーの羽根を稼働させると天使の羽根のような形に光を帯びる。稼働率を落とさない限り遠目にも目立つので発見されるのは予期していた事だ。

 

 機体を停止させた少女は(てのひら)から光を放出。それは像を結び、やがて光が消失するとそこには――実弾か光学兵器かは知らないが――銃器が出現する。

 

 少女は構えるとヴァルチャーに狙いを定めた。

 

『量子スピンの変化を観測しました。量子化して収納しているようです』

『データ取りは続行。報告は後にしろ』

『了解』

 

 少女が口を動かして喋っている事を視界で捉えるが、向けられた先が通信先の仲間なのかこちらなのかは判断が付かない。声を伝える物質がない宇宙では音は伝搬せず、電波とは異なる通信方法らしく傍受が上手くいっていないからだ。

 

 ハルトは重力素子で圧縮していた武器を解凍。重電磁力自動小銃(ハイブリッドアサルトライフル)を手に持つ。

 

『言うまでもない事ですが、殺人はご法度ですよ』

『言われ無くても分かっている。ライフルの出力を最低レベルにしておけ』

 

 ハルトの指示通りシェルは銃の出力を最低値に再設定。これによって電磁力を用いない、薬莢の火薬のみで弾丸を射出するただの火器に成り下がった。

 

 距離が一Kmを切った所で相手が発砲して来たので直線軌道から回り込むような軌道に変更。火器からはマズルフラッシュが見えたので実弾系の武器と断定する。

 

 距離を詰めながらハルトも数発撃ち返すが、少女が機体を移動させたので見事に外れる。

 

 何の捻りもない狙って撃っただけの弾が当たるとは思ってないので落胆はない。

 

 激しく位置を変えながら撃ち合う両者。

 

 相手の性能が把握出来ていない為に偏差射撃の精度は良くないが、ライフルのマガジンを二つ空にする頃には相手の機体性能を把握し始めるハルト。

 

 (くう)を貫いていた弾丸は、狙いからは外れが掠る様になり、マガジンが六つ目に突入する頃には命中率は五割を超え、その内の四割は狙い通りの場所にヒットするようになる。

 

 ハルトがそれだけ銃弾を消費しているのだから、少女もそれ以上の弾丸を消費している。だがヴァルチャーに当たった弾は一つとして存在しない。

 

 少女は余裕を失くし始め、小刻みの発砲から斉射へと切り替えている。しかし焦る余り照準精度は悪化する一方だ。

 

 ただ双方に共通する事だが機体自体にダメージは存在しない。少女の機体を包むように存在するエネルギーバリアーが弾丸を遮るからだ。

 

 無論、出力を上げればシールドを貫けるかも知れないが、殺す事が目的ではないのでそのままの状態をハルトは維持していた。

 

 この状況にハルトは内心呟く。

 

(腕はそこそこだが、宇宙での戦闘経験自体に慣れていない――いや、もしかしたら初めてなのかもしれんな)

 

 大気圏内と圏外では、その相対速度は桁違いに差がある。瞬き一つするだけで激しく位置が変わる為に、センサーは追尾していても操縦者が追いきれなくて相手の機影を見失うのだ。

 

 その証拠に少女はヴァルチャーを見失って真下や真上、背後から何度も攻撃を受けている。そんな相手にまともな攻撃を当てれないのだから焦りもしよう。

 

『十分楽しめた。そろそろ終わりにする。データは十分に取れたな?』

『はい。バリアーを突破するのに必要なエネルギー値も推定ですが算出しました』

 

 少女の攻撃を躱しながら表示されたデータを見て、最も単純な無力化する方法をハルトは選択する。

 

 今までとは打って変って遊びは終わりだと誇示するように銃弾を最小限の動きで躱しながら少女へと突き進む。

 

 衝突寸前にライフルを収納した手で少女の顔を鷲掴みにし、そのまま状態で飛翔。もがく少女を上手く()なしながら後方に存在していた人工衛星へと叩き突けた。

 

 バリアーを突き抜けるのに必要な加速を付けていたので衛星は大破。逆に少女の機体は大したダメージはないが、衝撃は操縦者にある程度届いているはずだ。

 

(これで気絶しただろ)

 

 そう思いゆっくり手を退()けると、壊れたバイザーからこちらを見る弱弱しい視線とぶつかる。黒い強膜に金の虹彩という人類としては特異な瞳がそこにはあった。

 

『まだ意識があったか。なかなか頑丈だな』 

『……絶対防御が……あります……から』

 

 シェルとは違う声が響き、ハルトはハッキングされている事に気づく。

 

『シェル。カウンタープログラムを――』

『既に実行対処済みです。通話のみ許可してあります』

 

 対ハッキング用のプログラムをシェルが独自判断で実行したのを聞いてハルトは安堵する。

 

 戦闘用だけに電子戦に対して対策を持つヴァルチャーだから問題なかっただろうが、ハッキング出来るという時点で技術力の高さに驚かされる。 

 

『……そうか、最後の最後に大したものだ。――私の名はハルト・ヴァッサ。お前は?』

 

 ただの戦闘欲を満たすだけの存在にしか考えていなかったが、一矢報いられた事で地球の少女に興味が湧いた。ハルトは地球人との最初の接触(ファーストコンタクト)を試みる。

 

『……クロエ。……クロエ・クロニクル……です。……あなはた……何者です……か? なぜ……襲ってきた……の……ですか?』

 

 襲われた地球の少女クロエにとって当然の疑問にハルトは隠す事なく答える。

 

『傭兵だ――地球外のな。襲った理由は単純に地球産の兵器に興味があったからだが、その機体は兵器の一種だろ?』

『ええ。……IS(アイエス)は……地球で……最強の兵器と……言われて……ます。……それにしても、酷い話、ですね。気晴らしに、宇宙遊泳をしていただけなのに、訳も分からず襲われて、その正体が地球外の傭兵なんですから』

 

 痛みが薄れて呼吸が整い始めたクロエは目の前の存在を警戒しながらも、地球外という言葉は信じていた。

 

 自身の乗るISはクロエが心から尽くす女性が手ずから製作してくれたものだ。その性能は地球圏で見てもトップクラスであり、クロエの腕が伴っていないので宝の持ち腐れだが、それでも同じISならそう簡単に負ける物ではない。

 

 だが目の前の機体はISではない――ISが必ず有するコアを介した通信に応答出来なかったのがその証拠――のに、機体性能は明らかに手加減をした状態でも自身のISを凌駕していた。

 

 中の人物まで地球外かは断定出来ないが、機体が地球産ではないのは確かだ。

 

『なら一つ良い物をやる』

『……これは?』

 

 通信を介して送られてきたデータを開いて見ればアルファベットと数字の羅列の文書データと、設定ファイルらしき物だけだ。

 

 クロエに価値のある物とは思えない。

 

『量子通信プロトコルと私へのホットラインだ。そのISとやらは量子通信を介してハッキングを行っていたから、プロトコルを変更すれば問題なく通信が出来る。傭兵が必要な場合があったら一度だけ依頼を無料で受けよう。但し譲渡不可とこちらが手隙(てすき)の時と条件を付けさせてもらうがな』

 

 それだけをハルトは告げるとクロエの返事を聞かずにステルスモードをオンにして、その場を去る。

 

 ヴァルチャーのレーダーには急速に接近する三機の機影を捉えていた。真っ直ぐこちらに向かって来ており、会話中もクロエが量子通信をしているのを感知していたので、その相手だろう。

 

 ハッキングは何も相手だけの御箱(おはこ)ではない。ハルトには無理だが、サポートAIであるシェルは電子戦の専門家(プロフェッショナル)でもあるのだから。

 

         ◆         ◆         ◆

 

 シェルが突入ポイントまでの秒読みを開始する。

 

『日本上空降下軌道の突入ポイントまで後――5、4、3、2、1』

 

 『0』の合図で残骸に力を瞬間的に加えて軌道を変更。視界に映し出される従来の周回軌道から見事に外れ、計算通り日本上空への突入軌道を描く。

 

 あの場から撤退したハルトは地球を半周して追跡を適当に撒くと、先程のとは別の残骸に隠れ、今まさに地球へ降下している所だった。

 

 重力に引かれ速度を増すごとにヴァルチャーの周囲は熱の壁によって赤熱化。高熱により溶け始め、脆くなった部分から分解して残骸は見る見るうちに体積を減らしていく。

 

 やがて残骸は空中分解。数分後には真っ赤に染まっていた視界がクリアになり、空気抵抗で速度を落としながら降下し続けているとシェルから報告が入る。

 

『日本上空一万メートルです』

 

 シェルの確認する限り残骸は燃え尽きて地表にぶつかることもなく、ヴァルチャーの存在も上手い事隠蔽出来たはずだ。

 

 ハルトが地表に目を向けると暗い視界の中に光の群生を確認でき、拡大すれば明かりの灯った建築物が確認できる。

 

 日本は夜を迎えていた。

 

 地球の自転速度と同調させ、降下軌道から垂直自由落下へとヴァルチャーを動かす。

 

 雲を突き抜け地表がぐんぐんと近づいてくるが、宇宙戦闘に比べれば亀の様な遅さに恐怖は湧かない。地表間近で落下軌道を微調整して雑居ビルの路地裏へと直接降下し、地表数センチの所で無減速停止してから、静かに着地する。

 

(さてこれからどうするか)

 

 今後の行動に対して考えを巡らせようと周囲を確認した所で、人がうつ伏せに地面に倒れていることに気づく。

 

 警戒もせずに近づき仰向けにするが、生命反応がない事を確認しているので姿を見られる心配はない。

 

雌性体(しせいたい)の死体だな』

『体温がそれ程低下していないので、死後一、二時間程度と推測できます』

 

 外気温などによっても変化するが、生命活動が停止した生物は熱量を生み出さず、外気からの影響を受けるので死後二日程度は体温の変化によって死亡時刻を把握することが出来る。

 

 うつ伏せに倒れていた為に顔には死斑が出始めているが、まだそれほど目立っておらず、細胞レベルで見ても壊死は酷くないはずだ。

 

 じっと黙って少女の死体を見ていたハルトは呟く。

 

『この死体に成り代わって潜伏するか』

 

 ハルトの考えていた潜伏方法は二つ。人類に擬態(ぎたい)するか、人類の身体を乗っ取るかのどちらかだ。

 

 擬態は現実に存在する人(戸籍のある人間)に成り代わる事も、容姿を自由に変化させて適当な人を作り上げる事もできる。だが肉体は人類の物ではないので完全に擬態できず、ふとした拍子に擬態が解けるのが大きな問題だ。

 

 もう一方の乗っ取りは戸籍だけでなく、取り憑いた人物の記憶もそのまま利用でき、人の形が崩れる事もない。

 

 ただその為には一人の人類を犠牲にしなければならず、不必要な殺人とディジットから判断されてしまう。だからそんな選択肢は取れないと思っていた。

 

 それが今目の前に転がっているのだ。元からあった死体に成り代わるならば、以後の行動で依頼に反しない限り特に咎められはしないと考えが(よぎ)る。

 

『性行為の痕跡が確認できますので、推測ですが強姦殺人の被害者かと。死後数時間でこの場所に放置されたままなので、死亡した事を知っているのは恐らく少女の死に関わった人間だけのはずです。成り代わる事は出来ますが、この少女の背景が不明な事はどうお考えで?』

『肉体を得る事が第一だ。その(ほか)については些事に過ぎん。このままでは地上を楽しむ所か、気軽に動く事もできんからな』

『確かにそうですね』

 

 シェルも特に反対ではないようなのでハルトは行動に移す。

 

 少女の頭を掴んでヴァルチャーの顔に近づけると、顎部(がくぶ)ジョイントを解放。

 

 そこからタールのような黒い流動物が現れ少女に向かって動き出すと、口や鼻だけに留まらず涙腺や耳孔といった頭部に存在するあらゆる穴に殺到していく。

 

 やがて液体が途切れ、全てが少女の中に納まると不可解な事が起きる。

 

「……かはっ………………はっ……はっ……」 

 

 止まっていた心臓が拍動を再開し、横隔膜を動かして自発呼吸を始めたのだ。たどたどしかった呼吸は時を経る事に安定するようになり、焦点が合っていない状態で見開いていた瞼も力が宿って瞳は明確に周囲を捉えるようになる。

 

 ぎこちなく腕を動かし座った状態になろうとする少女を手助けするようにヴァルチャーを動かしながら、シェルは問いかける。

 

「大丈夫ですか? ハルト」

「……もんだ……な……い」

 

 先のタールのような流動物――実はハルトの正体であり、エキゾチック(異型)に分類されるアメーバ状の生物である。

 

 他生物を液体のような肉体で捕食する様から種族として『喰水(くいな)』と呼ばれ、特質なのが身体を構成する万能細胞であった。

 

 細胞の機能を用途に応じて分化するのではなく、一つの細胞で多くの事が出来るように細胞を多能化――つまり、一つの細胞が脳であり、筋肉であり、胃を兼ねるという事だ。

 

 その特性で一般的な高等生物のよう形状がない不定形生物となった側面もあるのだが、応用する事で外見を他生物に擬態出来たりもする。

 

 特に今回の場合は特殊で、少女の壊死した細胞をハルトの細胞が代替(だいたい)する事で肉体を蘇生させていた。

 

 暫くしてヴァルチャーのセンサーが新たに捉えた情報をシェルが伝え、満足に会話出来ないハルトが答え易いように対応策を提示する。

 

「何者かがこちらへ急速に近づいています。迎撃、逃亡、待機のどれを?」

 

 迎撃なら相手を気絶させ、逃亡なら少女となったハルトを抱いて場所を替え、待機なら機体を量子化して格納する。

 

 ヴァルチャーがその場に存在しなくとも搭乗者への保護機能は働くのでどの選択肢でも安全面に問題はない。

 

「たい……き」

「了解です」

 

 ヴァルチャーを囲むように四方に大きな姿見のような薄い壁が出現し、ヴァルチャーが消えると同時に壁にヴァルチャーの全身像が転写され、それ自体もすぐに消滅する。

 

 まもなく二人の警察官が路地裏の角から姿を見せるが、日本の知識がないハルトには同じ服を着ていることを理由に、何らかの組織に所属する人類なのだろうという事しか推測が出来ない。

 

 時間があれば少女の脳の構造を把握し記憶を再生して知識を得る事も可能なのだが、身体の掌握を優先した為に脳組織の現状維持が限界だった。それに元死体だった事から脳は損傷しており記憶も欠落して上手くは読み取れなかっただろうが。

 

 ハルトは相手の出方をじっと見つめて伺う。

 

 だが肉体を掌握出来ていない状態かつ服装が乱れたまま地べたに座っている姿では、乱暴されて茫然自失のまま警察官を見ているようにしか見えない事に気づいていない。

 

 そもそも少女が特殊な学園に入学する予定のエリートであったが為に、準警護対象者に指定されていたなど。

 

 故に――

 

「本部。捜索願を出されていたIS学園入学予定の少女を発見。危害を加えられた形跡がある為、病院の手配を願います。場所は――」

 

 『IS』という聞き覚えのある単語と手厚く保護してくる周囲を見て、どうやら成り代わった少女は中々面倒な背景があった事をハルトは知るのだった。




次話投稿 2015/12/19 21:00 予定
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