インフィニット・ストラトス ~宇宙からの来訪者~   作:国産茶葉

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第二話 見舞い

 世の学生達が春休みを謳歌していようとも、教師達は生徒の成績を纏め進級先の担任に引き継いだりと、新学期の準備で意外と忙しいものだ。ましてや世界中から生徒が入学し、企業だけでなく国家も熱い視線を送っているIS学園となれば言うまでもない。

 

 そんな忙しいはずの教師達の中で、先ほどから作業を止めて腕を組み考え込む女性――織斑千冬(おりむら ちふゆ)が居た。

 

 腰まで届く長い黒髪を首の辺りでしばり、優雅に組むタイトスカートから伸びたすらりとした足。髪と同色のビジネススーツに身を包み、気の弱い者が見つめられれば怯えそうなほど鋭い目つきを一冊の報告書に送っている。

 

「さて、どうなるか」

 

 思わず出た独り言だったが、それを切っ掛けに反応する者がいた。

 

「織斑先生。ずっと考えこんでますけど、どうされたんですか?」

 

 声を掛けたのは隣の席に座り、新年度から千冬の持つクラスの副担任を務める山田真耶(やまだ まや)だ。

 

 小学校の女教師が着るようなカジュアルなワンピースは少し大きめで、柔らかい瞳にレンズの大きい眼鏡を掛けるものだから余計に子供に好かれそうな、ほんわかとした空気を醸し出している。それなのに胸元から覗く大きな女性の象徴がどこかアンバランスだった。

 

 千冬の視線の先を追って机の上に表紙の閉じられた報告書があるのに気づく。

 

水瀬遥香(みなせ はるか) 事件調査報告書? あっ!? …………確か、今日でしたっけ?」

 

 誰のことか分からなかったが、数日前に強姦事件に巻き込まれた新学期に入学予定の生徒だと思い至り、色々な感情が混じった何とも微妙な表情になる。

 

 新年度から受け持つ予定の子が、女性として絶対に許すことの出来ない犯罪に巻き込まれたのだ。

 

 聞いた時は義憤に駆られものだが、自首した加害者の男子生徒の事情を知って怒りの矛先が分からなくなった。

 

 女尊男卑を肯定する女性至上主義者達は、将来ISで目覚ましい活躍を見せるかもしれない少女を害した少年を厳しく罰せよという。一方、良識者達は強姦を許されざる罪と断じるが、加害者にしてしまった少女にも非があるとして情状酌量の余地があると。

 

 裁かれるべきは加害者となった少年なのか。集団いじめを起こし逆上させた水瀬遥香なのか――それとも女尊男卑の風潮が蔓延(はびこ)るこの社会なのか。

 

 女尊男卑の主因であるISの教育関係者として複雑だった。

 

「ああ。入学を許可する方針で動いているが、今日の石田先生が行うカウンセリングの結果で入学の可否を判断し、最終的な決定は学園長が行う。――まぁ、お二人に無理を言って私も同行させてもうらうんだが」

「えっ、そうなんですか!?」

 

 驚き慌てふためく真耶に対して、千冬は動じることなく頷く。

 

 世界の軍事バランスを担うISは、その他の兵器とは隔絶した性能を誇るが重大な欠陥がある。

 

 一人の人間にしかISの心臓部であるコアを製造出来ないのもそうだが、操縦者が女性でなければ動かすことが出来ないのだ。

 

 現在に至るまで数々の研究者がISコアの製造に着手し男性でも動かせるよう研究しているが、今だ成功の報を耳にしたことはない。

 

 故にISに乗れる女性に対して優遇政策がとられ、女尊男卑という考えが驚くほどの早さで浸透してしまうのだが、凡そ二ヶ月前に女性しか乗れないという事実を覆す事件が起きる。

 

 IS学園の入学試験会場に間違えて入ってきた男性がISを起動させたのだ。その男性の名を織斑一夏(おりむら いちか)と言う――そう、織斑千冬の実弟である。

 

 男性操縦者発見の報に世界中が狂喜し、我先にと彼を手に入れようと動くのを見て、日本は慌てて彼をIS学園に入学させデータを公開する事で世界は落ち着きを見せる。

 

 IS学園の教師である事を隠し、一夏からISを遠ざけようと彼の前ではISの話題をしないようにしていた千冬としては頭の痛い出来事なのだが、水瀬遥香の存在がさらに頭を抱えさせることとなる。

 

 海外の生徒は入学拒否が出来ない為に行われていないが、日本人ならば入学試験に思想調査――将来日本でISに携わる人物が反社会的である危険性を考慮して――が行われている。

 

 水瀬遥香の調査結果には女尊男卑の兆候はあるも、現在の女生徒の殆どに程度の差こそあれ認められる事なので問題にはされなかった。

 

 しかし、遥香が強姦事件に巻き込まれた事で一変する。

 

 遥香が男性恐怖症を発症し一夏から離れるだけならまだ問題ないのだが、唯一の男性操縦者を排斥しようと周りを煽動しようものなら一大事だ。ましてや中学でリーダーシップをとっていた遥香である。

 

 IS学園に入学するような女生徒は地元の中学において成績優秀でリーダーシップをとっていた人間も多いだろうが、女尊男卑の考えが浸透した現在、同情を集め男性にISなど不相応だと排斥を呼びかけられたら賛同する生徒がかねない――と言うか少数ながら排斥を訴える生徒が既にいるので大火になる恐れがある。

 

 現実的には唯一の男性操縦者である一夏と多数の女性操縦者の一人である遥香では、一夏が重視される為に強制的に騒動は揉み消されるだろうが、騒ぎが起きれば学園()いては日本に任せられないと彼の処遇を各国に勝手に決められる可能性がある。

 

 責任と管理と経済的負担を日本に押し付け、成果だけは各国に掠め取られるIS学園という存在がその証拠だ。

 

 公的にIS学園は国家から独立した教育機関であるが、日本の資本によって運営され大多数が日本人の学園側としては、日本国民である一夏や日本の国益を守る為に慎重ならざる負えなかった。

 

 千冬とて過保護と指摘されようとも、既に進むべき道を強制されている一夏に心を砕いており、これ以上雁字搦めになる事を恐れて遥香に問題がないのか自ら確認したかった。

 

 二人の話が一区切り着いたところで、タイミング良くIS学園の養護教諭であり、医師資格を持ちながらカウンセラーを務める石田幸枝が話しかけてくる。 

 

「織斑先生、そろそろ行こうかと思うんですけど、問題ないですか?」

「問題ありません。行きましょう」

 

 椅子から立ち上がった千冬は歩き出すが、すぐに立ち止まって真耶に振り返る。

 

「山田君、悪いが一人で進めらる所までやっておいて貰えるか。今度何か埋め合わせするから」

「わかりました。それとお話出来る範囲で良いので、遥香さんの様子を後で教えて下さい」

「勿論だ。それじゃ行ってくる」

 

 そう言って凛とした立ち姿で歩き去っていく千冬を、千冬の事情を知っている真耶は少し心配そうに見送るのだった。

 

          ◆          ◆          ◆

 

 宇宙の何もかもを闇に包みこむような暗さとは違い、満月が浮かぶ夜空の様に(ほの)かに明るい空間。

 

 広さは無限と表して良いほど広大で、上下左右の至る所にスフィア()が浮かんでおり、その間を光の粒子が行き来してスフィアを取り巻いている。

 

 そんなスフィアの傍に寄り、中を見通すように手を突くヴァルチャー。暫く微動だにしなかったが、目的の物がないと分かると別のスフィアに移動し、同じ動作を繰り返している。

 

『やはりISコアの製造方法はネットワーク経由では存在しません』

 

 作業を続けながら結果報告するシェル。

 

 今ハルト達が居るのは現実世界ではなく、地球のネットワークを知覚しやすいようにした電脳空間だ。光の粒子は映像や文書などのデータで、スフィアはネットワーク上のサーバーを示している。

 

『一人の人物にしか生み出せないという話は本当なのかも知れんな』

 

 ハルト達が探しているのはISコアの製造方法についてだ。

 

 と言うのも対流刑体として地球の兵器を調べた時に一番上に上がったのが、クロエの言った最強の兵器であるISであった。

 

 クロエの乗るISと対峙した時のハルトの評価やネットワーク上で見つけた戦闘データを見てもその位置づけは正しい。

 

 だがISをIS足らしめるにはコアが必要で、その生産を一人の人物に依存しているようでは、いずれ廃れるのが目に見えている。

 

 だから他でも成功していないか探していたのだが、研究機関がコア製造に試行錯誤する情報は見つける事が出来ても、完成品への足掛かりが全く発見出来ていない状態だ。

 

 対流刑体としてISは性能的には十分だが、兵器としては懸念であった。

 

『スタンドアロン型のサーバーやネットワークも探してみますか?』

『IS以外でも対処は可能だからそこまでする必要ない。悪いがもうすぐ面会時間だから後の調べものは頼む』

『わかりました』

 

 シェルの返事を聞いて電脳世界から意識を戻すハルト。閉じていた瞳を開くともはや見飽きた風景が飛び込んできて溜息を吐く。

 

 白を基調にした部屋は広く、壁には絵が飾られ、花瓶には花が活けて有ったりと入院患者に配慮された部屋だ。

 

 上階に位置しているからカーテンを開ければそれなりの景色が望めるだろうが、看護士からカーテンは開けないようにと言われ閉じられている。

 

 時間まで暇を潰そうとサイドテーブルに置いていた本を手に取り、ハルトが(めく)る本の音だけが響く。

 

 強姦事件より一週間。

 

 病院に担ぎ込まれ各種検査や治療を受けたハルトは、治療が終わっても帰宅する事が許されず、強制的に入院させられていた。

 

 テレビや新聞といった情報媒体は要求しても断られ、扉の前には人が立っており、不用意に部屋の外を歩くことも出来ない。

 

 社会から隔離され軟禁状態であった。

 

 入院中に分かったことは、この肉体の少女の名前が水瀬遥香である事。IS学園に合格した才媛であったがいじめていた男性により強姦され、マスコミの報道によって時の人に――カーテンを覗けば報道陣の姿が見える――なってしまった事などだ。

 

 遥香が本を読み始めて四半時。予定の時刻より若干過ぎた頃に病室の扉をノックする音が響き渡った。

 

 「どうぞ」

 「――失礼します」

 

 扉が開いて入って来たのは二人の面識のない女性。先に扉を潜った女性は身体つきや雰囲気からも一般人といった感じで特に興味も湧かない。もう一人は――。

 

(強いな)

 

 それが遥香の正直な感想だった。

 

 体幹が安定しており遥香の一挙一動(いっきょいちどう)を見逃さないとばかりに鋭い視線を送ってくる。間合いに入った瞬間、遥香が攻撃を加えようとも有効打にならずに、回避、防御、迎撃の何れかをしてくるだろう雰囲気があった。

 

「ごめんなさいね、予定より少し遅れてしまって。病院に入るのに少し手間取ってしまったの」

 

 遥香が問題ないと判断した女性――石田幸枝の謝罪に、本をサイドテーブルに戻した遥香は遅れた理由に想像が付き口にする。

 

「ああ、マスコミに囲まれでもしたか。病院の前に張り付いた所で大して得る物などないのに良く粘るものだ。ご褒美にカーテンを開けて元気に手でも振ってやれば良かったか?」

 

 マスコミの人間を遥香は嗤う。

 

 遥香という餌をマスコミの人間は猟犬の様に待ち構えているつもりなのだろうが、遥香から言わせれば猟犬ではなく視聴者に媚びる畜生だった。遥香が姿を見せれば餌を前にした犬の様に尻尾を振る様が想像出来るだけに、下らない生き物だと(さげし)む。

 

 独自の信念が有ってやっている事ならここまで見下す事はないのだが、報道される殆どの内容がゴシップ記事の範疇を超えない事に対しての評価だからだ。

 

 中には今の社会の在り様について言及している物もあるがそれはごく一部に過ぎず、大手筋はどれも騒ぎ立てて視聴者の興味を煽る目的が透けて見えるだけに、どうしても冷めた目になってしまうのだった。

 

「それは本当に止めてちょうだい。同行してきた織斑先生の知名度を甘くみて、マスコミに余計な話題を提供してしまったところなんだから」

 

 遥香の言葉に幸枝は困ったように笑って言葉を返してくる。

 

 千冬の同行する理由とは別に、ISに志す人間なら彼女に会えたら喜ぶかと思って深く考えずに同行を許可したが、己の浅慮に若干反省している幸枝だ。

 

 千冬をマスコミから隠すか、正体が分からないように変装してもらうべきだったと今更になって思い至っていた。

 

「あっ、私はIS学園の養護教諭兼カウンセラーの石田幸枝です。こちらは――」

「IS学園教諭の織斑千冬だ」

 

 名前を名乗っていなかった事に気づいた幸枝に促され千冬が軽く会釈する。

 

「既に知ってると思うが水瀬遥香だ。――織斑教諭は第一回モンド・グロッソの二部門で優勝した人物で合っていたか?」

「ああ。それで合っている」

 

 ISについて調べていた遥香はネットワーク上に上がっていた事は粗方調べ終わっており、ISで有名な操縦者や機体についても頭に入れている。

 

 その中には国家を代表するIS乗り達が腕を競うモンド・グロッソ(IS世界大会)についても当然あり、格闘・射撃・近接・飛行など各部門の優勝者に関しては念入りにデータを揃えていた。

 

 だから目の前の人物が第一回モンド・グロッソ総合優勝者である事に気づいたのだが――

 

「そうか」

 

 その一言で済ましてしまう遥香。

 

 《水瀬遥香》なら千冬という有名人に会えたら大喜びしたかもしれないが、生憎と中身は傭兵である《ハルト・ヴァッサ》だ。戦ってみたいという思いはあっても、それが現状では叶わないと分かってるだけに素気なくもなる。

 

 また表情には出さないが軽く身構えていた千冬は肩透かしを喰らった気分になる。

 

 ISに対して関わりのある人間は千冬に会うと人気アイドルに会ったファンのように、千冬を置いてきぼりにして盛り上がるのが一般的な反応だった。騒ぎ立てられるのが好きではない千冬だが、IS学園に入学志望の遥香も何らかの反応をすると思っていただけに、一言で済ませられては余りにも反応が違い戸惑いもしようものだ。

 

「それでIS学園の関係者が二人も来て何の用だ? ようやく入学取り消しでも伝えにきたか?」

 

 狭き門を潜り抜けて漸く手にしたIS学園への切符を失うかもしれない事態を、特に表情を変えず口にする遥香に思わず二人は顔を見合わせる。冗談で口にしたという雰囲気もなく、自暴自棄になっているという感じでもない――IS学園自体に興味がないと二人は受け取った。

 

 表情や口調に気を付けながら幸枝は話しかける。

 

「どうしてそう思ったのか、聞いてもいいかしら」

 

 質問を投げかけた幸枝は遥香に会うまでに、彼女について人となりを調べている。

 

 面接時の映像や志望動機を綴った物など、どれもIS学園に入学する事を強く願い、将来どうなりたいのか輝かしい笑顔で語っていた。そんな人物が事件に巻き込まれたからといってIS学園への興味を失うのは考えずらく、今更になって面接時の映像と今では受け取る印象がまったく違うことに気づく。

 

「風評から男を弱者と決めつけ、いざ逆襲されれば反撃することもなく男にレイプされるような愚者だ。国家戦力の主力であるISに乗る資格などないと判断されて合格を取り消されてもおかしくないと考えただけだが」

 

 遥香の中にいるハルトは長い年月を傭兵として生きてきた。

 

 戦場で弱者を蹂躙(じゅうりん)することはヴァルチャーを駆る彼にとっていつもの事で、命のやり取りを行い奪うことが楽しい彼だ。戦場で他者に配慮せず自己の感情や欲望を優先している自分が、《水瀬遥香》の弱者を(なぶ)る行動に対して言えることなどない。

 

 だが、()の戦力を見誤(みあやま)って逆襲されても足掻こうともしなかった《水瀬遥香》を、兵器であり国家戦力であるISの操縦者にするには戦を生業にする者として不適当だと判断した。

 

 その結論から操縦者を育成するIS学園に入学する資格がないと思うのも当然の帰結だった。

 

「もし本当に合格取り消しだとしたらどうする? それに水瀬に性的暴行を加えた少年を恨み、復讐したいと思っているんじゃないか?」

 

 他人事のように語る遥香に幸枝は絶句し、代わりに表情を厳しくした千冬が話しかける。

 

「っ!? 織斑先生!!」

 

 ふてぶてしい態度が虚勢かもしれないのだ。事件からそれほど日も経っていない相手に、傷口に塩を塗り込むような発言をする千冬の随行を許可するのではなかったと後悔する幸枝。

 

 だが幸枝の心配を余所(よそ)に動じる様子もない遥香は、肩を竦めカーテンに遮られた外を見るように視線を移す。

 

「ISに興味はあるが、入学を取り消されたならその時はその時だ。暫くは周囲(報道陣や女性至上主義者)が煩そうだからどこかにでも姿を(くら)ませるさ。それにレイプされたことについては恨んでいない。私から危害を加えて遣り返されただけの話だからな。――そもそも事件前の私と今の私を違う人間だと認識している」

「どう言う意味だ?」

 

 成り代わりの保険として、自身に関するある程度の情報を遥香は暴露してミスリードを招く。

 

「事件後の私は記憶から過去の感情が消え失せ、記憶も断片化して上手く思い出せない状態だ。両親の事は(おろ)か自分の名前や生活習慣も分からなかったから、記憶喪失状態とみるべきだろう」

「そんな報告は受けていないわ」

 

 不信気な幸枝の言葉に遥香は頷く。

 

「不便だとは思っても不安を感じていないからな。腫れ物を触るように対応されるから言う機会を逃した」

「……記憶喪失の割に周りや自分の状況をなぜ把握している。私の事も知っていたな」

 

 千冬の中で遥香が記憶喪失だというのは半信半疑だ。幸枝同様に遥香についてある程度事前確認しているので人格が変化しているのは認めるが、ふてぶてしい態度は開き直っているだけで、記憶を失っていると思えない。

 

 記憶を失うという事は自らの立脚点を失うという事だ。拠り所のない人間が不安を感じないというのは腑に落ちなかった。

 

「記憶が断片化していると言っただろう。自分の名前が分からなくともISや事件に関しては思い出せた」

 

 そこで遥香はククッと可笑しそうに笑う。

 

「感情を伴なわない記憶というのは、出来の悪い映像作品として見ているようで滑稽だな――『ISなんてなければ』と何度も叫びながら無我夢中で腰を振る男の姿なんて特にな。男も女も女尊男卑に踊らされる馬鹿が多いらしい」

 

 自分の身に起きた事を第三者的な視点で語る遥香に、事件を切っ掛けにして本人の言う記憶喪失ではなく解離性障害――きちんとした検査で確認する必要はあるが――般的に言う二重人格状態になっている可能性を幸枝は認める。

 

 人格は話す限り安定しているようだが、毒舌なのは地なのか他者に対して攻撃的なのか判断がし辛い。

 

 問題が深まって頭の痛い幸枝は最終判断を学園長に丸投げしようと決めた。

 

 とりあえず会話を続けて学園長の判断材料を揃えようとカウンセリングを始める幸枝に、上手い事誤った方向に誘導出来たと判断した遥香。

 

 これで多少のぼろを出しても言い訳は付くかと、自身の行動結果を評価するのだった。

 

          ◆          ◆          ◆

 

「あぁぁぁ~~。疲れたぁぁぁ~~」

 

 IS学園に向かうモノレールの中で相当に疲労困憊なのか、背もたれに頭を預けて脱力する幸枝の姿があった。

 

 同僚にもあまり見せないだらしない姿なのだが、隣に千冬が座っていても気にする様子はない。

 

 逆に千冬は背もたれに体重を預けてはいるが、いつものように腕や足を組んで凛とした佇まいを維持している。

 

 この二人の疲労度の違いはカウンセラーとして相手の心理状態を把握しながら会話をする人間と、思ったこと感じたことを質問として投げかける人間の差だろう。

 

 普段なら相手の状態だけを把握すれば良いのに、隣から際どい質問を投げかける同僚がいるものだから余計に疲労というか心労が増していた。

 

 普段を薄氷の上を歩いてゴールを目指す――これでも十分に緊張感があるのだが――と例えるなら、今日は目隠しをして綱渡りをしていたようなものだ。

 

 遥香の人格が安定しているので綱は力強いのだが、千冬が風で仰ぐので落ちそうになり、目指す先――カウンセリングをしてどこに落ち着けるのかや入学の可否や元の人格の復活など――が見えないので大変だった。

 

 始末に負えないのが千冬の発言で入学の判断材料となる物が幾つも揃えられたことだろう。

 

 普段通りにやっていたら得られなかっただけに、早急に結果が欲しい現状、病室から退室を指示することも出来なかった。

 

「ホント、心臓に悪い仕事でしたよ。二度と千冬先生をカウンセリグの現場に同席させませんからね」

 

 しみじみと恨みが籠った言葉に千冬は眼を見張ったあと、姿勢を整えて真摯に頭を下げる。

 

「石田先生、ご迷惑をお掛けしました。今日は本当にありがとうございます」

「弟さんが心配だった姉に免じて許しましょう」

 

 モンド・グロッソの総合優勝者に与えられるIS最強の称号『ブリュンヒルデ』の名を冠し、教育者として第一線を引きながらも今だ最強と名高い織斑千冬。

 

 そんな人物も一皮剥けば弟が心配な姉になるだなぁと内心で苦笑していた幸枝は、佇まいを直し千冬に真剣な表情を向ける。

 

「それで話は変わりますが水瀬さんの入学についてどうお考えか、意見を聞かせてもらっても良いですか?」

 

 頷いた千冬は少しの時間で自分の考えを纏め上げ口を開く。

 

「結論から言わせてもらえば、入学の許可を出すべきかと」

「そこは私と同じですね。理由は何ですか?」

「織斑一夏への害意もなく、水瀬遥香が日本の優秀なIS操縦者になる可能性があるからです」

 

 遥香の入学試験の総合成績は入学予定者の中で十三位と一見それほど高い様には見えない。

 

 だが各国からIS学園に入学するような者たちはその国での成績上位者であり、日本人だけでも記念受験を含め数万人が受ける入学試験での成績だ。

 

 事実、日本の受験者に限れば総合成績では一位。IS関連の適正や試験では日本の代表候補性の次席にいる。

 

 現時点での成績だから卒業時はどうなるか不明だが、国家代表に抜擢される可能性がない訳ではない。ある程度の不祥事には目を(つぶ)ろうというのが日本政府の本音でもあり、千冬の目から見ても操縦者の適正が高いように見えた。

 

「なるほど。織斑先生はそう考えている訳ですか」

 

 幸枝は同意するように頷くが、彼女の考えは違う。千冬の観点がIS教育者ならば、幸枝の観点は医師としてだろう。

 

「石田先生はなぜ入学許可を?」

「水瀬さんを保護する為です」

 

 千冬は意味を掴みきれずに困惑するが、すぐに幸枝の意図を悟り表情を厳しくする。

 

「彼女の実名や写真どころか入学試験の成績まで、雑誌やネットで公開されてしまいましたよね」

「ええ、そうですね」

 

 未成年保護の観点で秘匿されるべき情報だけでなく、重要な情報として厳重に取り扱っているはずの試験の成績が漏れて公に晒されてしまったのだ。

 

 日本政府がすぐに雑誌を差し止めネット上の該当するサイトは削除させたが、一度ネットに上がった情報はもう完全に削除する事が出来ない。

 

 僅か数日だというのに遥香の実家の住所は割り出され、何者かの嫌がらせが家に対して行われており、身の危険を感じた両親は警察に保護されている。

 

 報道なども遥香を中傷するような意見が多いため、隔離処置は実は遥香の為だった。

 

 急激に進んだ女尊男卑の歪みが世間に差し出された水瀬遥香へ一気に殺到した形だ。

 

「水瀬さんは現実が見えてなくて軽く考えていたようですが、入学しようがしなかろうが悪意は間違いなく彼女に向かいます」

 

 織斑一夏がISに乗れない男性達の希望なら、水瀬遥香は日本人総合成績一位から地に引きずり降ろされた生贄だ。

 

 女性至上主義者達は加害者の少年へ非難もしているが、危害を加えられた遥香も非難する人間がいるのはIS操縦者の評価に泥を塗ったからだろう。

 

 遥香の周囲には同情する人間よりも悪意を向ける人間の方が多い。

 

「入学しなくとも保護を求めれば対応はしてくれるでしょうが、ただの一般人では国益の観点からそれほど力を入れないでしょうし、成績が漏れた現状、保護された先が安全とは限りません」

「ならばIS学園に入学させて隔離し、周囲から熱が冷めるのを待ちながら記憶喪失の治療を行う。さらにIS学園で結果を出せれば周囲の評価も改善する――と言ったところですか?」

「織斑先生の見立てに間違いないのであればそれも不可能ではないかな――と。後、私の見立てですが記憶喪失ではなく解離性同一性障害――一般的に言う二重人格を患っているはずです。病院の方には検査と治療プランの作成をお願いしておきました」

「二重人格……ですか?」

「ええ、私の見解ですが――」

 

 知名度は高いが周囲に存在する事は殆どない病名を聞かされ首を傾げる千冬に、幸枝は丁寧に説明していく。

 

 遥香を心配し入学を前提に今後の動きや注意を話し合って決めていく二人であった。




次話投稿 2015/12/26 21:00 予定
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