インフィニット・ストラトス ~宇宙からの来訪者~   作:国産茶葉

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第三話 初登校

 ヴァルチャー遭遇から二週間余り。

 

 シェルの出した推測値よりエネルギーバリアーの強度が低かった為に、それなりの怪我を負ったクロエは周囲の勧めもあって地球に降りて自宅療養中であった。

 

 全身の至る所が筋肉痛と打撲で熱を持ち、軽いむち打ちが襲撃時に医者が診断した結果だ。脳や骨、内臓へのダメージはなかったのが不幸中の幸いである。

 

 それなりに多忙な日々から解放され、最低限の仕事を行いながらも自身を襲った機体を探す毎日。

 

 その為にあらゆる観測機器の記録(ログ)を漁ったが、目の前で光学迷彩を発動した時点で一切の痕跡を断っており、地球に居るかさえ分からない状態だった。

 

 与えられた直通回線(ホットライン)から居場所を探す事は出来るかも知れないが、その時は連絡する伝手を完全に失うと思うと手を付けれず。

 

 自機の修理中にハッキングされた形跡を発見しており、相手に気づかれないと自惚(うぬぼ)れる事など出来ようはずもない。

 

 あの戦闘力を無視するには大きすぎる。

 

 今日も頑張って探すかと微睡みながら考えていたクロエは、そこで漸く頭を包み込む感触に気付く。

 

 柔らかくどこか安心感が湧いて何時(いつ)まででも包まれていたいと思わせる(ぬく)もり。

 

 親の愛情を受ける事無く育ったクロエはこれが母親の温もりなのかと考えた所で、自分しか居ないはずの寝室で他人に頭を抱きしめられているのだと覚醒途中の回らない頭で思い至り慌てた。

 

 だから焦って抜け出そうともがいたのだが、頭の上から相手の嬌声が響いてその声から相手の正体を悟り、動くのを止め声を掛ける。

 

「……束さま?」

「えへへ。ばれちゃったか。おはよう。くーちゃん」

 

 そう言って抱擁を解き上半身を起こす束と呼ばれた女性を、輝くような銀髪をシーツの上に広げたまま、普段は忌避して閉じている黒い強膜に金の虹彩で見つめるクロエ。

 

 扇情的なベビードールから零れる豊かな胸に、生地の厚いネグリジェに隠された自分の薄い胸を比較してクロエは思わず手を伸ばして包み込むように握る。

 

 マシュマロの様に柔らかいが掌に隠された突起は固く存在を主張する乳房。

 

 自身とは全く違う女性の象徴を興味深そうに軽く握ったり押したりしながら、これが顔に触れていたのかと感慨深く思いを馳せるが束の声で我に返る。

 

「束さんのおっぱいは面白い?」

「えっ……あっ! その……」

 

 羞恥に顔を赤く染めるクロエはそれを隠すように俯く。

 

 心から慕う女性にした己の行為に穴が有ったら入って隠れたい気分だった。けれども――

 

「いいんだよ。甘えても」

 

 怒るどころか甘やかす様な抱擁に再び包まれたクロエは、おずおずと両手を伸ばして束に抱き付き安心感に包まれる。

 

 二週間が経ったとは言え、手酷くやられた記憶は薄れる所か今でも夢で魘され夜中に目を覚ます。

 

 その内容は衛星に叩きつけられ会話をした現実とは違い、何時(いつ)も銃口を向けられ身体を蜂の巣にされた場面で終わる。

 

 一矢報いる事無く良い様に叩きのめされ、死を間近に感じていたクロエの精神は多少の回復をしたとは言え未だ酷く衰弱していた。

 

 襲撃以前だったら束に甘える事など出来なかっただろうが、今は弱っている分だけ素直に甘えられる。

 

「それでどうして束さまはここにいらっしゃるのですか?」

 

 存分に甘えて精神の安定を得たクロエはそのままの姿勢で問いかける。

 

 束から離れなかったのは一度甘えてしまってその安心感を知ると、離れ難かったからだ。

 

 ベッドから降りれば再び一線を引いた関係に戻ろうとするだろうが、甘えた事で心理的ハードルが下がったのは否めない。

 

 クロエから甘える事は難しくとも、束から甘やかされたそのまま甘受する可能性は高かった。

 

「ん~~。くーちゃんが隠し事するのはいいけど、くーちゃんを傷つけた奴には報いを与えようと思ったから――かな」

 

 クロエの持っているISは束が専用機として与えた物。

 

 その中枢にはISにとって必要不可欠なコアがあり、意識に似たような物を持つ。そして特殊なネットワークをコア同士で構築して情報のやり取りをしており、束はそのネットワークにアクセスする方法を知っている今のところ唯一の人物だ。

 

 稼働初期のコアは従順故にアクセスすれば欲しい情報を知ることが出来る。

 

 だが、専用の操縦者を得たコアは経験を積むことで操縦者を含めて一個のシステムと捉えるようになり、必要な情報はコア同士のネットワークで交換するが、外部からのアクセス――束へのガードが固くなるのだ。

 

 クロエのISは殊更(ことさら)にその意識が強く、今回は特にクロエが秘匿しようとしたから情報が全く手に入らない。

 

 コアの意識を排除すれば勿論情報を得る事は出来るが、その場合コアは致命的な障害が発生して機能の大半が正常に稼働しなくなる。

 

 敵対しているのならば構わずに情報を抜いたのだろうが、娘として扱っているクロエの生死にも関わるだけにそこまで強硬な手段を取れるはずもなかった。

 

 今回はたまたまクロエの送ってくる仕事の不自然さに気づき、ISコアの情報封鎖や周辺情報及び医療記録からクロエが襲われた事を突き止めただけだ。

 

「も、申し訳ありません。ただ私は――」

 

 襲撃を隠蔽していた事を知られ、顔面蒼白になったクロエは謝罪を口にし、恐怖に潰れそうになる。

 

 束の為に存在すると己を定義するクロエは、必要であればその命さえ捧げる覚悟がある。だから束がクロエを大事に思ってくれていると知っているだけに自身の事で手を煩わせたくないと思い、周囲にも協力してもらって襲撃事件を揉み消し、束より任された仕事を問題なく処理しているつもりであった。

 

 しかし、束へ事の隠蔽を図った事を知って裏切りと受け取られ、捨てられるかも知れないと思うと恐怖で身体が震えてしまう。失敗作と罵られ、無価値とレッテルを貼られた過去を未だに引きずっているから。

 

 弁解を口にしようとするが――

 

「言ったでしょ。隠し事をするのはいいって。くーちゃんは束さんの娘なんだから、その程度でびくびくしない。束さんの愛は狭くて深いんだから」

 

 震えを押さえつけるように強く抱きしめられ、耳元で囁くように告げられる声がクロエの強張りを解きほぐす。

 

 クロエの知っている束と言う女性は、羨ましいくらいに自分に正直な人だ。

 

 考えを悟られない様にする事はあっても、本心を隠すという事をしないので今回の隠蔽に対して、本当に怒っていないと信じられた。

 

 その言葉を信じて今後も隠し事をすれば愛想を尽かされる可能性はあったが、今回はその言葉に甘える事にする。

 

「……はい。ありがとうございます」

「よしよし。それじゃくーちゃんを襲った相手を教えてくれる?」

「わかりました」

 

 抱擁されたまま頭を撫でられるクロエは束がこのまま解放する気がないと悟ると、そのままの状態でクロエのIS黒鍵(くろかぎ)単一仕様能力(ワンオフアビリティ)を使用。二人はベッドの上に居ながら宇宙空間へと放り出される。

 

 今、二人が見ているのはクロエの視点で記録された物だ。

 

 映像だけでなく音声も保存されており、宇宙遊泳から始まった映像はレーダーの警告音後にヴァルチャーが現れ、激しい戦闘が繰り広げられるのを克明に映し出す。

 

 蘇る戦闘時に感じた恐怖にクロエが束に抱き付く力を強めていると、束がぽつりと漏らす言葉が耳に入る。

 

「……ヴァルチャー……」

 

 その言葉をクロエが耳にした事はない。束の顔を窺えば、そこには珍しく驚きに目を見開いている表情があった。

 

「ヴァルチャー……ですか? 束さまはこの機体の事を知っているのですか? 地球外の傭兵でハルト・ヴァッサと名乗っていましたが」

「うん? くーちゃんはヴァルチャーを知らなかったっけ? それに搭乗者と話をしたの?」

 

 驚きにクロエの存在を忘れていた束は、思い出すと何時もの笑みを浮かべた表情に戻す。

 

 地球に来る事は()から聞いていたが、何時(いつ)来るかまでは数年の誤差を含んだ状態で伝えられていた。

 

 その想定を考えれば今地球に来ていても不思議ではないが、聞いた性格から後数年は来ないと考えていたのだ。

 

「はい。最後の足掻きにハッキングを仕掛けましたが、何もさせて貰えない所かこちらへハッキングを仕返しされる有様でした。ただその時に少しだけ会話を。それに突然の襲撃に対して苦情を述べたら無料で一回だけ依頼を受けて下さると量子通信の直通回線(ホットライン)を頂きました」

「へ~そうなんだ。何を依頼するかはもう決めてる?」

 

 束の問いにクロエは首を横に振る。

 

「いいえ、決めていません。それに束さまの意向を聞いて依頼する予定でしたから」

「そっか。なら依頼についてはくーちゃんの好きにしていいからね」

 

 束の発言にクロエは驚く。

 

 機体について知っていたのだからその強さについてもある程度把握しているのだろう。だから何か使い道を考え付くと思っていただけに、裁量を預けられるとは想定していなかった。

 

「よろしいのですか?」

「良いよ。良いよ。くーちゃんが貰った物を束さんは取り上げたりしないんだから。――ただ、くーちゃんはどうしたい?」

「どうとは?」

 

 真剣な表情の束にクロエは首を傾げる。

 

「ヴァルチャーはね。束さん自慢のISが比較にならない程固くて、馬鹿げた火力を誇ってる。――でも勝てない訳じゃない。それこそ相手の攻撃で世界地図を書き換えるぐらいの被害を受ける覚悟があれば」

「そこまで……ですか」

 

 束の冗談抜きの言葉に絶句するクロエ。

 

 世界地図を書き換えると言う事は、戦略級兵器の核爆弾に最低でも匹敵する兵器を所持しているという事だ。クロエと戦った時に使ったISの使用する物とそれほど差はなかった事から対人用なのだろう。

 

「悔しい事にね。それで最初はくーちゃんを傷つけた相手を許すつもりは無かったんだけど、流石に相手がヴァルチャーとなると束さんも普段通りとはいかなくって。それに戦闘記録を見る限りどうも小手調べっぽいんだよ」

 

 空間ディスプレイとキーボードを起動させた束はどこから入手したのか、ヴァルチャーの持っていたライフルのスペックを表示し、威力が最低レベルまで落とされていた事を示す。

 

 クロエの知識に照らし合わせても、通常状態で撃たれていればシールドバリアを貫通し、機体に直接のダメージが及んだだろう事が読み取れる。

 

「依頼一回分の取引と考えれば悪くはないかなって思うよ。だけど束さんはくーちゃんの気持ちを優先したいからね。だから、どうしたい?」

 

 身勝手な理由から突如襲い掛かってきたヴァルチャー。

 

 良い様に弄ばれ、弾丸にシールドバリアーが反応する度にエネルギーが目減りしていく恐怖。いずれは弾丸が身体に食い込む未来に怯えていた。

 

 だが、それが訪れる事はなくヴァルチャーの搭乗者と話す機会を得た。搭乗者ハルトの自身の行いに全く悪怯(わるび)れる様子の無い態度に内心腹を立てたが、泰然とした雰囲気は見知った人物によく似ている。

 

 ハルトは自らの名を名乗り、そして名を聞いたのはなぜだろう。

 

 戦闘で何も手出し出来ず、成す術もなく墜とされたと言うのに。失敗作の私に何を求めたのだろうか。

 

 聞いてみたい。その思いにクロエは囚われる。そして――

 

「わたしは、―――――――」

 

 その解答に束は目を見開くが、すぐに面白がるような、けれども柔らかい笑顔に変化する。

 

「あはは。そう言うなんて思いもしなかったよ。これはもう束さんが全力で応援するしかないね」

 

 嬉しそうに抱き付いてくる束にされるがままのクロエであったが、能力を停止して元の状態に戻していた自室の壁に掛かっているカレンダーを見てある事に気づく。

 

「あの、束さま」

「なになにー。悪いけどハッピー状態の私はくーちゃんから離れるつもりはないよ」

「いえ、そうではなくて。今日は大事な用事があるって仰ってませんでしたか?」

 

 束は首を傾げるが、すぐに考える事を放棄する。

 

「今はくーちゃんを可愛がる以外に大事な用なんてないから。今日はこのままごろごろしよー」

 

 聞く耳を持たない束にクロエは内心で溜息を吐く。

 

(これはあの方に連絡して一度確認を取った方が良いかもしれません)

 

 そう判断したクロエはISから電話回線へ介入して目的の人物の携帯に電話を掛けるのであった。

 

         ◆         ◆         ◆

 

 結局退院する事無く入学式の日を迎えた遥香。病室からそのまま入学式に参加し、帰宅せずにそのまま学園の寮で生活する事が話し合いで決まっていた。

 

 病室に備えられたクローゼットを開ければ用意された制服が掛けられており、病院服を脱いで制服に着替えていく。

 

 パターンオーダーの制服とはいえ専門家に採寸された制服は、初めて袖を通すというのに身体に馴染み、身体を動かしても不自然に引き攣る様子はない。

 

 世界に一校だけしか存在しない学園なだけに、周囲からの視線を気にして身だしなみにも力を入れているからであろう。

 

 その証拠にスタンダードの制服は学園から入学時と進級時に必ず支給され、成長や何らかの理由によって新たに制服が必要な場合にも申請理由に問題がなければ無料で融通してくれる。

 

 ちなみにスタンダードの制服と言ったのは学園の校則にIS学園の制服だと一目で判断でき、学園に相応(ふさわ)しい装いであるなら制服の改造を認めているからだ。

 

 その場合支給された制服を改造するか規定に準じた制服を自ら用意するかは個人の自由だが、外国籍の生徒はそれを利用して国ごとの特色を出しつつ独自色――エリートという自負があるからだろう――を入れて制服を着こなしている。

 

 そう考えると日本人の生徒の多くがスタンダードの制服を着るので没個性と言えるが、『右に倣え』がある意味日本人らしい。

 

 その例に漏れず日本人と言うには怪しい遥香もスタンダードの制服を着ている。まぁこれは本人が改造する必要性を感じなかったからだが。

 

 ただ一点違うのは首にスカーフを巻いていることだろう。本人は無くても良かったが、何度か面会に来ている幸枝が是非と贈ってきたので遥香は律儀にも身に付けていた。

 

 姿見で服装に問題がない事を確認し終えた遥香は、扉を開けた状態でベッドの上に腰かけて本を読みながら待つ。やがて廊下に気配を感じて視線を上げれば扉に待ち人の姿が現れた。

 

「水瀬、準備は出来ているか?」

 

 姿を現したのは遥香の担任になる千冬だった。

 

 新入生への準備で忙しいはずなのに、IS学園の警備員ではなくわざわざ彼女が送迎に出てきたのには訳がある。

 

 一度はなくなった報道陣の姿も入学式という事で数人が病院の敷地前で待機しており、未だにネット上では同級生や同校だったと名乗る人物がある事ない事を吹聴(ふいちょう)している。

 

 入学を許可した生徒に何かあれば学園側の配慮に欠けていたと責任を問われ兼ねない。事態を重く見て送迎の人員を探したところ名乗りを上げたのが千冬だった。

 

 初回に顔を合わせた以降、幸枝に自分の生徒を任せっきりだった事に責任を感じたこともあるが、一般人への抑止力として一番効果的と判断したからだ。

 

 ISを少しでも知る者で織斑千冬(ブリュンヒルデ)の顔を知らない者などいるはずもなく。ましてや国民的英雄であり女性が男性よりも強い事の象徴である千冬に逆らって彼女が守る遥香に危害を与えられる一般人などいない。

 

 少しでも頭が回る者なら千冬に手を出したら最後、周りから責められるのは自分だと分かるはずだ。

 

 頷いた遥香は本を鞄にしまうと、荷物は後で寮に送り届けられると知っているので身一つで千冬の元に向かう。やがて千冬に連れていかれたのは緊急搬送口だった。

 

「なるほど。どうやって移動するかと思ったら緊急車両か」

「わざわざ水瀬の為に借りてやったんだ。感謝しろ」

 

 冗談にしても質の悪い言葉を残して千冬は運転手らしき人物に話しかけ、指で先に乗っていろと指示されたので従う遥香。

 

 ベッド横の椅子に座った所で千冬と運転手もすぐに乗り込んできて、サイレンを鳴らしながら救急車は病院の敷地内で出ていく。

 

 病院から十分な距離を取った所でサイレンは鳴り止み、盛り上がりはしないがどこか馬が合う千冬と遥香はぽつぽつと話していると千冬の携帯が着信音を響かせた。

 

「誰だまったく……あいつからか――何の様だ」

 

 気が置けない人物と話しているようだが時間が経つにつれ眉間に皺がより、最終的には苛立たし気に回線を切る。

 

「くそっ。――――もしもし、織斑ですが」

 

 違う所に掛けなおした千冬は口調を元に戻し事務的にやり取りをした後、携帯を懐にしまう。運転席に向かい何事かを交渉して戻ってきた千冬は口を開いた。

 

「IS学園まで一緒に行く予定だったが用事が出来た。駅までは送っていけるがそこから先は一人で向かってもらうことになる。行けそうか?」

 

 仕事を途中で投げ出すのが不本意だと示す様に苦々しい表情をする千冬。

 

「問題ない。――だが行けないと言った場合はどうなるんだ?」

「私の野暮用に同行することになる。その場合は最低でも入学式に遅刻。最悪だと式後のクラスのオリエンテーションを欠席することになる」

「わかった。一人で向かおう」

 

 遥香の言葉に頷いた千冬は表情を戻し心配事を口にする。

 

「すまんな。駅の改札から先はIS学園の関係者や許可された者しか通過出来ないから問題ないと思うが、もし危害を加えてくる様な人物がいたら――」

「病院送りにしていいのか?」

「違う! 助けを呼べ、馬鹿者!!」

 

 そう口にしながら千冬は手加減した手刀を遥香に向かって振り下ろしたが、片手で挟み込むように受け止められてしまう。

 

「はぁ……、後で私のフォローで済む範囲内で済ませておけ」

 

 手加減しようとも素人に止められるような手刀ではないが、漠然と(ふせ)がれると思っていただけに千冬に動揺はない。

 

 今の対応を見てもそうだが、殺伐とした事を平然と口にし、事件以前の人格に比べて不自然な程荒事に慣れているのは不可解としか言い様がない。

 

 こちらが不信気に見ている事に気づいている節があるものの、(やま)しい事はないとばかりに平然とした態度を見せられては、疑って頭を悩ませるだけ無駄なのだろうかと思ってしまう。

 

 ただ、二度の会話の機会だけで相手の全てを分かりようもないが、陰湿な質ではないと感じていた。やると決めたら周囲の意見など聞きそうにもないが、それ以前ならこちらの言葉も考慮すると願いたい。 

 

「善処しよう。――話が通じる相手ならな」

 

 問題児が増えたなと千冬が頭を悩ませたところで車が停車し、運転手が到着した事を知らせてくる。

 

「改札まで送ろう」

 

 後部扉を開け降車した千冬を遥香は追う。

 

 周囲にはIS学園関係者らしき者が多数おり、救急車の進入に注目を浴びていた所で千冬が現れたからちょっとした騒ぎになっていた。

 

 特に遥香と同じ制服の首元に青いリボンは付けた生徒は新入生なので、街中で不意に遭遇した有名人とばかりに大はしゃぎだ。

 

 他にも千冬の注目で遥香の存在は陰に隠れていたが、幾人かは目ざとく気づき、嫌悪感や好奇心を示すのを視界の隅で捉える。

 

 しかしそれを気にするような二人ではない。

 

 進行方向に居る人間が道を譲る様に退()く事で出来た花道(はなみち)を悠然と進み、改札に辿り着くと千冬が振り返り尋ねる。

 

「石田先生が必要な物は全て渡したと聞いているが、IDカードは持っているな」

「……これか?」

 

 取り出したのは遥香の顔写真が載っているカードキーだ。写真の他にも学籍番号や氏名なども記載されている。

 

「それで合っている。案内にもあった通り教室の端末使用や教室以外の施設の入室だけでなく、食堂でのメニューの購入にもそのカードが必要になる。毎年必ず紛失するやつがいるんだが、再発行するまで手続きがかなり面倒臭いから失くさないように気を付けろ。――それじゃ気を付けて行け」

 

 そう言い残し去って行く千冬を軽く見送った後、IDカードを改札に通してゲートを抜けた遥香は階段を上りホームへと辿り着く。

 

 ホームに一人で立ちながら周囲を観察していると、日系が三にその他が七と人種の坩堝(るつぼ)だが人の纏まりに傾向が見えてくる。

 

 時間帯の関係もあるだろうがホームにいる人間は数人が成人で他は未成年――つまり大多数がIS学園の生徒だ。

 

 黄色や赤色のリボンを付けた二年生や三年生がグループを作っている場合、人種関係なく雑多という感で、一人で立っている場合でも堂々としている。

 

 それが青色のリボンを付けた一年生だと人種というよりは国籍ごとにグループを作るか、一人で所在なさ気に立っているのが殆どだ。

 

 入学して時が経てば変化するだろうが、顔見知りも少ない状態では国が同じという共通点でグループを作るしかないのだろう。

 

 周囲への興味を失くし空をぼうっと眺めていた遥香の耳に構内アナウンスが届き、モノレールの到着を知らせてくる。進入してきた懸架式モノレールの運転席に人の姿がないのは全自動で運転されているからで、運転席は非常用といったところか。

 

 停車したモノレールの扉が開くと次々に乗り込んでいく生徒の最後に続き扉を潜った遥香は、車内は空いており座席に座る事も出来たが扉の脇に陣取る。

 

 発車を知らせるベルが鳴り響いたところで、ちょうどホームからは少女の叫ぶ声がホームに響いた。

 

「待って待って~、行かないで~~」

 

 声や表情は緩んでいても本人は焦っているのだろう。指先から十センチ以上も袖が余っている制服の腕を振り回し、必死に階段を駆け上って車両に乗ろうとする少女の姿。

 

 有人ならば融通を効かせて待っていてくれるだろうが、全自動化した車両にそんなモノはない。残り三メートルの距離で無慈悲にもモノレールの扉は閉まる――その手が存在しなければ。

 

 センサーが異物を挟んだと判断して再び開くドア。その異物の正体はドアに指を掛けた遥香の手だ。

 

 間に合わないと諦めかけた少女は覆った現実に驚き思考を停止するが、遥香は声を掛け発破を掛ける。

 

「何をぼおっとしている。早くしろ。また扉が閉まるぞ」

「あっ、うん」

 

 少女が乗り込み今度こそ扉は閉まってモノレールはゆっくりと発車してホームを出る。やがてモノレールが加速し始めた所で、遥香の行為によって乗り込む事が出来たと気づいていた少女は感謝を口にする。

 

「てひひ、扉を開けてくれてありがとう~……あっ」

 

 その表情から報道で取り沙汰されている人物だと少女が気づいた事を察して、少女の反応を注視するハルト。

 

 嫌悪感を抱くようなら面倒臭いが、悪意もなく野次馬的な好奇心でもあれば今後の行動がし易い。そもそも自分の行動に影響がないのなら手を出す気はなかったが、少女の顔を一目見て思ったのだ。

 

 ――あの少女が欲しい、と。

 

 こう言った事は取り憑いた生物の脳を活用していると時折ある。

 

 喰水(くいな)として単独で存在していれば他生物など刈り取る命しか興味がないはずなのに、この時だけは本能が混ざり合うのか、食欲と情欲が混じって相手の全てが欲しくなるのだ。

 

 回数を経る事に本能を抑える要領を掴んできたので悲惨な事にはならないが、初期の頃はカニバリズム(共食い)の様相であった。

 

「どうかしたか?」

「ううん~、何でもないー。私は同じ一年生で布仏本音(のほとけ ほんね)だよ~」

「水瀬遥香だ。よろしくな」

 

 にへらと笑った本音に遥香も珍しく攻撃的でない笑い返す。

 

「ハルハルは何科志望~?」

「ハルハル? 一応操縦科志望だが、ハルハルと言うのはなんだ?」

「ハルハルはハルハルだよー。可愛い渾名(あだな)でしょ~」

 

 顔を若干引き攣らせた遥香は害意は無いとみて取り敢えず同意しておく。

 

「……そうか。そういう布仏は操縦科――ではなく整備科志望か?」

「うん。そうだよ~。よく分かったねー」

「今のところ選択肢は二つしかないからな。確率は二分の一だろ」

 

 当たっても誇る事ではないと遥香は肩を竦める。

 

 ISは社会に登場したのは十年前とその歴史は浅い。何もかもが手探り状態の現在、IS自体の研究開発だけでなく操縦や整備においても試行錯誤の連続である。

 

 それはISの教育機関であるIS学園においても例外ではない。

 

 二年生から専攻学科が『操縦科(パイロット)』と『整備科(メカニック)』の二つしかないのも、細分化するほどIS産業が成長していない証拠でもある。目覚ましい注目を浴びようともISコアの製作を一人に依存していてはメジャーな産業とは言い難いのだ。

 

「てひひひ。言われてみればそうだねー。あっ、布仏じゃなくて本音って呼んでくれると嬉しいな~」

「了解した。本音」

「うんうん」

 

 嬉しそうに笑う本音と一緒にたわい無い会話を楽しむ。やがてモノレールはIS学園の最寄駅に到着し、二人が改札を通過した所で声を掛けられる。

 

「ちょっとそこのあなた。水瀬遥香で間違いないかしら?」

「そうだが、そういうお前は?」

 

 遥香が声を掛けらた先に身体を向けると、そこに立っていたのは黄色のリボンを付けた三人の生徒。代表格の人間一人にそれの取り巻き二人なのが一目瞭然で、友好的に話しかけてきた雰囲気ではない。

 

「先輩への口の利き方も知らない新入生だこと。そんな人間は男に強姦されるのも当然じゃないかしら? ねぇ」

 

 遥香を嘲笑する代表格の人間に傍の二人が賛同する声を上げ、本音の顔が強張るが本人はどこ吹く風だ。遥香の頭の中では思い悩む事は一つ。それは――

 

(早速絡まれたが、織斑教諭のフォロー出来る範囲を聞いていなかったな。こちらから手を出すのは論外だが、向こうから喧嘩を吹っかけてきたら腕一本折るくらいなら範囲内なのか?) 

 

 病院送りの算段であった。

 

 だが千冬と話が通じる相手なら善処すると約束した事を思い出して、早々に立ち去ろうと決め話し掛ける。

 

「用件が誹謗だけなら、もう行っても良いか?」

 

 顔色を全く変えずにこの場を打ち切ろうとする遥香に、全然堪えてない事を察して二年生は舌打ちして苛立たしく用件を告げる。

 

「ちっ。弱い人間なんてIS学園に必要ないのよ。今すぐ学園から消えなさい」

 

 道理を理解していない子供の様な物言いに遥香は呆れる。

 

 弱い人間がISの操縦者として不適格と言うならその意見には同意出来るが、学園から立ち去るとは全く別の話だ。

 

 遥香が入学するのが気に入らないなら、それなりの段取りと手順を踏んで学園側に要求するべきで、直接本人に退学する様に仕向けるなど稚拙としか言い様がない。

 

 一見好きな様に行動していると受け取れる遥香も、(おおやけ)の場では(ルール)を守って生きている。

 

 それは法が社会を表向きは(・・・・)支配しているからだ。もし社会が法ではなく、暴力で支配されているのなら話は違ってくるのだが。

 

「お前の指図を受ける必要がどこにある。寝言は寝て言え。――行くぞ、本音」

 

 その言葉に逆上した生徒――長尾理津子(ながおりつこ)は典型的な女性至上主義者だった。

 

 古来、肉体的な強さだけで女性達の上に立ち、世界を動かしてきた男性達。それを超える力(IS)を女性が手にいれた今、世界はより力が強い女性が支配するべきなのだ。

 

 だが、強姦された(男に負けた)遥香の存在が表に立つことで女性の支配がただの夢に終わってしまう――ISを手に入れようとも女は弱いままで男の方が強いのだと思わせてしまうことで。

 

 付き合う価値なしと判断して本音を促し入学式の会場に足を向けようとするが、顔を血を上らせた二年生の腕が伸びるほうが早い。

 

(そうさせない為にIS学園から去れとわざわざ親切で言ったのに理解しない愚図(遥香)が!!)

 

 振りかぶった拳は横顔を晒す遥香の頬に狙いを定め、入学しようと考えた事を後悔させてやると昏い笑みを浮かべたところで邪魔が入る。

 

「あうっ」

 

 腕で拳を逸らそうとした本音が受けた痛みに呻きながら、遥香に向かって倒れ込む。遥香とは違い理津子をまだ見ていた本音が間に入ったのだが、咄嗟(とっさ)だった為に上手く防ぎきれなかったのだ。

 

(愚図と一緒にいるような馬鹿(本音)が!!)

 

 本音がもたれ掛っては上手く動けまいと即座に判断し、引き戻す腕の反動で上半身を捻り上段蹴りを放つ理津子。だが――

 

「調子に乗るな」

 

 本音を優しく抱き留めたままの遥香の片腕一本で易々と掴み取られてしまう。

 

 足を引き抜こうと力を入れればそれ読んでいたのか、タイミング良く足を離されバランスを崩してふらつく身体。そんな理津子の地面に残った足を、遥香は足を滑らして容赦もなく払う。

 

「痛っぅ!」

 

 身体を地面に(したた)かに打って呻く理津子。

 

 条件反射で手を出していたので大きな怪我はないが、それでも身体に走る痛みはすぐに引く様な物ではない。

 

 本音を立たせてやりながら、冷やかな目つきで遥香は見下ろす。

 

「弱い私に無様を晒す姿。――さて、周りはどう見るかな?」

 

 冷笑する遥香にはっとして周囲を見渡す理津子が捉えたのは、遠巻きに立ち止まってこちらを見る野次馬の姿。

 

 恥を掻かされたと再沸騰するが、突いた手は焼ける様な痛みに包まれ、アスファルトにぶつけた膝や腰は疼く痛に立ち上がることは出来ても歩くこともままならない。

 

 何も言わず()め付ける理津子に遥香は一つ提案をする。

 

「一週間後、ISで模擬戦でもするか?」

「……なんですって?」

「ISで模擬戦をするかと言ったんだ。降りた状態では私がそれなりに出来る事が分かっただろう。後はISも問題ない事が証明出来ればお前には何も言えまい」

「代表候補生でもない新入生が二年生である私に勝てるとでも? ましてや専用機を駆る私に?」

 

 遥香を憎々し気に思うが、良い様にやり込められた事を認められない程愚かではない。

 

 女尊男卑に凝り固まった価値観を持っていてもIS学園に入学した才媛なのだ。強さを根底にしているからこそ、自らの怠惰を許さず常に上を目指す向上心がある。

 

 その裏付けが一年終了時の操縦者成績上位であり、企業よりテストパイロットとして貸与された専用機であった。

 

「勝ち負けは知らんが、百の言葉を尽くすよりは分かり易い。違うか?」

 

 言葉で幾ら弁護しようとも行動で語ることが出来なければIS操縦者の価値はない。力を示してこそ説得力が生まれる。

 

 その考えに賛同する理津子は鷹揚(おうよう)に頷く。

 

「ええそうね。その提案を受け入れましょう。ルールはモンド・グロッソ公式ルールで良いかしら?」

「問題ない。試合する為の諸手続きはそちらが受け持ってくれ。それまでの機体の用意等は自力でなんとかする」

「良いでしょう。そちらに任せて逃げられたら面倒ですから。アリーナの予約が取れたらメールで送ります」

「了解した。――そう言えば戦う相手の名前を聞いてなかったな」

 

 態度を改めようとしない遥香をふんっと鼻を鳴らした理津子が苛立たし気に教える。

 

「長尾理津子よ」

「そうか。では一週間後」

 

 もう用はないとあっさり足先を変えた遥香は、本音の手を引きながらIS学園の校門へと足を進める。無言で歩いていたが、遥香の心配をした本音が躊躇しながら口を開く。

 

「ハルハル―。大丈夫?」

 

 ちらっと横目で本音を捉えた遥香が確認の意図が分からず質問を返す。

 

「どういう意味だ?」

「どういう意味って、そんなの……ん~~~言えないよー」

「それでは話にならんな」

 

 呆れる遥香に本音は眉を寄せるが、先輩からの発言に傷ついてないか心配しているのに、蒸し返すような言葉を出せる訳がない。取り敢えず問題ないと判断して溜息と一緒に外に流す。

 

「そういう本音こそ大丈夫なのか?」

「何がー?」

「腕」

「腕ー?」

 

 端的な言葉に首を傾げるが、腕と意識した事で緊迫感で忘れていたじんじんとした痛みが神経を苛み始め、少しだけ本音は涙目になる。

 

 実家の関係で武芸を嗜んでいても元来運動が苦手なのだ。

 

 迫って来る拳の横に腕を添えて捌くはずが、タイミングと位置を誤って腕に直撃した上で逸らす様な動きになってしまった事が原因だった。

 

「ううー。痛いよ~」

「仕方ない。先に医務室に寄るか」

 

 IS学園の施設詳細図を記憶している遥香は、近道しようと人の流れから外れ校舎内を通らずに直接医務室に向かう。

 

 本音の世話をしながらも遥香の思考の片隅には長尾理津子との戦いについて考えていた。

 

 ああ言ったからにはそれなりの試合結果を示さないと周りも調子付かせる。此方が素人と考えれば泡を吹かせる様な試合運びをして負けるのが無難なのだが――正直それでは気が済まない。

 

 勝ちを譲るのもそうだが、気に入り始めている本音を傷つけた有象無象をあの程度痛め付けただけで満足する遥香ではない。

 

 難癖付けた事を後悔させる為に態々試合を提案したのだ――高い鼻柱を折る所か陥没させんが故に。

 

 嵐のような銃弾か。暴風のような拳蹴か。どのような手段を取ろうとも訓練機用のISを一週間という僅かな時間でどれだけ乗りこなせるかが鍵になる。ただ言える事は一つ――

 

(下らない主義を抱いたまま戦える様な(ぬる)い戦いにはしない。ただ相手を倒す事だけを考える――刹那の戦いを)

 

 遥香の瞳は黄昏よりも昏い輝きが蠢くのだった。




次話投稿 2016/01/02 21:00 予定
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