インフィニット・ストラトス ~宇宙からの来訪者~   作:国産茶葉

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第六話 オリエンテーション

 IS学園一年一組のオリエンテーションは自己紹介から始まった。

 

 担任の千冬から始まって副担任の真耶に移り、生徒の出席番号順に行われていく。

 一部、千冬の熱烈なファンの生徒が(かしま)しかったり、一夏や遥香の時に固唾を飲んで見詰めるので空気が固かったりとしていたが、特に滞りなく終わる。

 

「さて、自己紹介も終わった所でまず決めなければならない事がある」

 

 教壇に手を突いた千冬が睥睨(へいげい)するように生徒を見回し、その視線の鋭さに何人もの生徒が生唾を飲み込む音が聞こえる。

 声を荒らげている訳でもないのに、自然と滲み出るその気迫に気圧されているのだ。

 

「クラス長とクラス代表を選出する事だ」

 

 教壇のパネルを操作して黒板の表示を変更する千冬。

 千冬の右後ろには『生徒会』と『委員会』の文字が表示され、その下には活動風景らしき写真が映っており、逆側は『クラス対抗戦』の文字とアリーナで模擬戦をしているISの映像が流される。

 

「クラス長は文字通りクラスの取り纏め役だ。生徒会の会議や委員会に出席して内容をクラスメイトに伝えたり、私や山田先生の補助をしてもらう。もう一方のクラス代表は再来週に行われるクラス対抗戦に出場する代表者の事だ。例年はクラス代表一名を自薦他薦で決めていたんだが――」

 

 そこで千冬の言葉を遮り、挙手して意見を述べる生徒達が現れる。

 

「はい! クラス代表は織斑君が良いと思います!」

「賛成! 男性操縦者で第四世代機だから注目度No1だよ!」

「それなら條ノ之さんでも良いじゃない! 條ノ之博士の妹さんで第四世代機なんだから!」

 

 担任を無視して騒ぎ始める生徒に千冬は眉間の皺を深くする。

 他薦で代表を挙げるのは問題ないのだが、伝達事項を伝え終えていない。今年は何かと外部からの圧力が強いのだ。

 先ほどの職員会議で決まった事を伝えようと千冬は口を開くのだが――

 

「男がクラス代表なんて認められませんわ! 女性の為のISを操縦出来るだけでも腹立たしいのに、條ノ之博士の身内だからって第四世代機を与えられ、主席合格のわたくしを差し置いてなど納得出来るはずがありません!!」

 

 遥香達が話している時に割り込んできた女生徒――セシリア・オルコットが両手を机に叩き突けて立ち上がり吠えた事で邪魔される。

 

 セシリアの意見に全面的に肯定する者はいないが、選出方法に異議を申し立てる者は多い――顕著なのが海外からの留学組だ。

 祖国を出てまでIS技術を学びに来たのに、アピールする機会を客寄せパンダで決められては我慢が出来ず、せめて納得できる実力か理由が欲しいのだろう。

 

 意見が空中を飛び交い、いよいよ収拾の付かない状況になった一年一組。

 真耶がおろおろとしながら懸命に制止を呼びかけるが、喧騒に紛れて声が届かず鎮まる気配はない。

 

 だが真耶の代わりに終止符を打つ者が現れる――ぱんっ、ぱんっ、ぱんっとゆっくり大きく手を叩く遥香だ。

 大きな破裂音が紛れ込んだ事で女生徒達の意識が遥香に集められ、騒ぎは鎮静化。

 視線が十分に集まり静かになった所で遥香は手を打つのを止め、前を向いたまま指摘する。

 

「黒板の人物がキレる前に耳を傾けないと、どうなるか知らんぞ」

 

 言葉に促され、遥香から視線を黒板に向けた所で騒いでいた生徒達は一斉に顔を青くする。黒板に背を預け腕を組んだ千冬がこちらを静かに見つめていたのだ。

 

 普段出ている覇気は鳴りを潜め、月夜の中で静かに打ち寄せる波の様な凪いだ雰囲気で一見には問題ない。

 だが実際はまるで居合の達人が鯉口を切り終わって、後は刀身を抜いて刃の錆にする機を窺っているぐらいの威圧感を感じ取れただろう。

 そして刀の錆になるのは騒いでいた生徒だけではない、連帯責任でクラス全員となる。

 

 蚊帳の外に居た遥香は千冬の変化にいち早く気づき、放置するのは不味いと行動を起こした次第。

 遥香が横目で見れば、千冬の状態に途中で気づいた一夏が視界に入らないように身をかがめており、その向こうにいる一夏の幼馴染の箒も視線が合わないように窓側へ視線を逸らしている。

 

「やっと静かにしたか、馬鹿者が。あと少し遅ければ全員でグランドを走らせるつもりだったんだがな。――教員の話を聞かない程に元気が有り余っているんだろ、オルコット?」

「っ!? 織斑先生! その……わたくしは…………。いえ、お話を邪魔して申し訳ありませんでした」

 

 騒ぎに油を注いだセシリアが頭を下げた事で千冬は騒ぎの区切りを付ける。

 黒板から背を離して千冬が息を吐くと、クラスの張り詰めた空気が霧散した。

 

「オルコット、座れ」

「はい」

 

 大人しく座ったセシリアを見届け、千冬はもう一度言い聞かせるように睥睨する。

 

「諸君、私は言ったはずだ。『逆らってもいいが、私の言う事は聞け』とな。今回は許すがまた同じ事を繰り返すようなら覚悟しろ。いいな」

 

 生徒からの返事を確認した千冬はパネルを操作して右側の表示を縮小して隅にやり、対抗戦の映像を拡大して説明を始める。

 

「暴走するやつがいるからクラス代表について詳しく説明する。クラス代表が出場するクラス対抗戦は一年の五クラス総当たり戦で行われ、各クラスの実力推移――要は格付けが目的だ。だいたい一月(ひとつき)に一度の割合で実施し、優勝したクラスは次の対抗戦まで優遇措置――訓練機の予約の抽選確率が上がったり、学食のデザートのフリーパスなどが与えれる。専用機持ちや国家代表候補生を代表に選出しても問題ないが、使える機体は訓練用の《打鉄》と《ラファール・リヴァイヴ》のみだ。――鷹月、機体制限を設ける理由を考えて言ってみろ」

 

 名指しされた生徒は驚くが、すぐに立ち直り考えを纏め口に出す。

 

「機体性能差による勝敗を失くす為ですか?」

 

 発言を肯定する様に千冬は頷く。

 

「正解だ。(とも)に第二世代機ながら打鉄はその安定した性能と優れた防御性で初心者でも落とされ辛く、ラファールは操縦者を選ばない操縦性と第三世代機初期の性能を誇る。そして双方とも追加装備によって生徒の長所を生かしやすい。モンド・グロッソの様な試合ならともかく、操縦者だけを評価するなら機体を制限した方が腕を見極め易いからな。優遇措置を与え月一で行うのも、代表を随時変更できるのも競争を奨励する為だ」

 

 国防を一手に担うIS乗りの学校に仲好し小好しなど必要ない。生徒に求められているのは高い腕を持つ操縦者であることだ。

 互いを潰し合うのは論外だが、ライバルにする事で技術を高め合い、例え敵であっても必要なら手を組む事が出来る協調性を備えた操縦者を各国は求めている。

 

「ですが織斑先生。専用機持ちや代表候補生を選出しても問題ないのなら、結局代表は固定化されて彼等の腕比べになってしまうと思います」

 

 どんな物でもそうだが、物事の習得には必ず時間がかかる。

 普通の人間が10の時間を必要とするなら、才能がある者は9や8とその時間を短くする事が出来る。

 

 専用機持ちは言葉の通りで、国家代表候補生も多くは国から専用機を与えられている。

 一般生が入学してからISを乗り始めるのに対して、専用機を持つ者は既にISに触れて乗りこなそうとしているのでスタートラインが違っていた。

 さらに優れた才能や成績を示したからこそ、国家や企業から専用機を与えられているのだ。

 才能があり時間があれば自分のISに乗れる者と、必ず訓練用ISに乗れるとは限らない一般入学生とではその差は(ちぢ)むどころか開くばかり。

 

 そんな心配から別の生徒が懸念を口にするのだが、千冬は問題ないと首を横に振る。

 

「例年クラス代表は自薦他薦で選ぶから大抵専用機持ちがなるが、三回目まで代表に出てきた事例は一度もない。この理由を――四十院、答えてみろ」

「はい!? えっと、一般生が強くなったから……はあり得ないか。なら専用機持ちが一般生に代表を譲るような暗黙の了解があるからですか?」

「暗黙の了解というのはないが、譲ったと言うのは間違いではない。正確には辞退になるが、これは一般生には想像し辛いかも知れんな。オルコット、代わりに答えてみろ。ヒントは機体制限だ」

 

 指名を受けたセシリアは先の醜態(しゅうたい)の名誉挽回と真剣に考える。

 

 セシリアと同じ国家代表候補生達が代表を辞退する理由は何か。キーワードは『辞退』と『機体制限』の二つ。

 代表にはメリットが多いと自身も考えたが、デメリットが多いと気づいて辞退したのだろう。

 その理由はヒントと言った機体制限にある。

 愛機である《ブルー・ティアーズ》と乗った経験のあるラファール・リヴァイヴの乗り心地を比較した所ですぐに閃く。

 

「機体換装による操縦誤差を嫌ったから、ですか?」

「そうだ。入試で打鉄かラファールのどちらかにしか乗っていない一般生には解らんだろうが、ISは機種によって機体特性が異なる。例え同じ機種でもカスタマイズによっては全く別物になる場合もあるからな」

 

 解り易い例えを出すならば自転車だろう。

 普段乗っているシティサイクルからロードバイクに乗り換えた時にその違和感に驚く人間が多いはずだ。

 視点の高さに前傾姿勢の角度。ハンドルはぐらぐらと安定せず、加速や減速、果ては惰性時の伸び具合まで異なるのだから。

 同じ自転車でもノーマルとカスタマイズでは同様の事が言える。

 

「オルコット、まだ代表になりたいか?」

「いえ、辞退させて頂きます。ブルー・ティアーズを一刻も早く乗りこなさなければならないのに、そんな暇はありませんわ」

 

 第三世代型(・・・・・)ISであるブルーティアーズを与えられ、それなりの成果を出しているセシリア。

 しかしコアの稼働率から評価した場合、他の操縦候補者より高い稼働率を叩き出しているが、想定していた稼働率には達していない。

 稼働率向上を心掛けているセシリアにとって、わざわざ性能の劣る第二世代型(・・・・・)ISの打鉄に乗って習熟を遅らせる選択肢などなかった。

 

 勿論、試合の時だけ乗るという選択肢もある。

 だが習熟していない機体では敗北の危惧があり、操縦者としての評価を地に墜とすかもしれない。

 それならば最初から出ない道を選んだ方が最善でなくとも次善ではあった。

 

「賢明だな。それでクラス代表を選ぶ話に戻るんだが……、今年はこのクラスから二名出すことが決まった」

「それって織斑君と條ノ之さんってことですか?」

 

 第四世代を与えられる二人の現段階の能力を把握する為に選ばれると思った生徒がそう質問するが、千冬は答えずに遥香に視線を向ける。

 

「第一回目のクラス対抗戦の二名の内一名は水瀬、おまえが出ろ」

 

 意表を突いた選出に誰も彼もが騒ぐが、当の本人である遥香は我関せずとばかりに別の事に向けていた意識を肉体に戻し、慌てることなく千冬に視線を合わせる。

 自分とは関係ないと思って内職に勤しんでいたのだが、まさか巻き込まれるとは思っていなかった。

 

「指名されるのなら受けるが、理由を聞いてもいいか?」

「単純で下世話な話だ。政府高官の一人に姪がIS学園を受験していた人間がいてな、姪が落ちたのにお前が入学出来るのが納得いかんらしい」

「本当に下世話な話だな。そんな公私も付けられん人間がよくIS学園に干渉できものだ。一応建前として国家は生徒に対して不干渉のはずだが?」

 

 遥香の不干渉云々はIS学園の特記事項に記されていることだ。

 様々な国家から生徒が集まる故に、その生徒が国家の傀儡(くぐつ)となって余計なトラブルを発生させるのを防止する為に設けられている。

 ただ遥香の言った通り、在学中は生徒は国家に帰属しないと言っても国家から恩恵を受けている事に変わりはない。

 その様な状況から指示を無視することなど出来ないので建前と言ったのだ。

 

 それとは別に遥香は思う。

 

(トラブル続きで本当に退屈しないな)

 

 入院生活は平穏であったが、入学初日だというのに自身が起こした物も含めて既に三つめだ。

 IS学園に入学しなければ多分何事もなく期日まで迎えれただろうが、波乱に満ちていたほうが刺激があって良い。

 

「IS学園への干渉だからお前の思っているだろう特記事項には触れん。公私を付けれん馬鹿者であるが、仕事は優秀で声が大きいからIS学園としても無視できんのだ。直接本人から聞いた訳ではないが、入学式に遅刻して来たお前を見て余計我慢出来んかったらしいな」

「自業自得か。――それで?」

 

 遥香が思うにクラス代表になってお終いになるはずがない。

 IS学園も将来性を見込んで入学を許可した訳だが、大きく騒がれれば庇うのにそれなりの裏付けがいるのは明白だ。

 一度決定した事を蒸し返すのだから向こう側も引き下がれないだけに、それなりの条件を付けてくるに違いない。

 

 苦虫を噛んだような顔をした千冬は告げる。

 

「五戦中三勝すれば良い。出来なければ……水瀬は退学してもらう」

「そんなの無理ですわ!」

 

 遥香に対して含むところがあるセシリアだが、理不尽な条件と要求に思わず叫んでしまう。

 

 IS学園に入学したばかりの一般生に出す条件ではない。

 主席合格のセシリアと言えども機体制限を受けた状態では純粋な操縦技能を問われるだけに、同じ代表候補生同士の試合に三勝するのは容易ではなかった。

 そもそも入試でセシリアが主席になれたのは、試験官の乗っている機体が打鉄で、さらに標準装備しか使用出来なかった事が挙げられる。

 操縦技能は才能と累計搭乗時間が物を言うのだ。

 

(さて、どうしたものか)

 

 クラス中が騒ぐのを聞きながら遥香は眉間に皺を寄せる。

 

 常識的に考えて一勝する程度と思っていただけに、過半数は想定外だった。

 正直、まとも(・・・)にISが動かせるなら三勝どころか全勝でも問題ないと結論付けるのは、戦場を渡り歩いてきた莫大な戦闘経験からだ。

 ただISを動かした事があるのは『水瀬遥香』であって『ハルト』ではない。

 動かした事がない物を二週間足らずでどこまで習熟出来るか予想など立てれるはずもなかった。

 

 一週間後の模擬試合にしても勝つつもりではいるが、勝敗は二の次で意趣返しが目的だからそこまで必死にやるつもりはなかった。

 向こうが勝ったとしても専用機持ちが新入生の訓練機に完封出来なければ、とやかく言えまいと判断しての事だ。

 

「千冬ね、じゃなくて織斑先生。質問良いですか?」

 

 そんな中、騒ぎをぶった切るように一夏が手を挙げ千冬に質問を投げかける。

 

「何だ、言ってみろ」

 

 千冬の声を切っ掛けに、打ち寄せた波が引くように喧騒が収まり二人の会話にクラスが集中する。

 

「全勝じゃなくて、三勝なんですよね。それなら頑張れば何とかなるんじゃないかって俺は思ったんですけど、そんなに難しいことなんですか? それに、水瀬さんがIS学園に入学できるのが納得出来ないって訳が解らないんですけど?」

「そこからか……」

 

 呆れたように千冬は溜息を()くが、ISに関しては自身が関わらせないようにしていた所為だなと思いなおす。

 ただし、あれだけ話題になった遥香の事を知らないのは、一夏の怠慢だから私は悪くないと自己弁護するのを忘れない。

 

「答えるのが面倒だな。條ノ之、三勝が難しい理由を馬鹿者に教えてやれ」

「分かりました」

 

 一夏の幼馴染である條ノ之箒が返事をして一夏へと向き直る。

 

 凛とした顔立ちに覇気の籠る瞳。背筋は真っ直ぐに伸び、大きなリボンで総髪(そうがみ)にした癖のない黒く艶やかな髪が頭の動きに追随して揺れる。

 

「一夏。私の父に剣で勝てるか?」

「いや、あの人に勝つなんて無理だろ」

 

 考える間もなく一夏は即答する。

 

 箒の父親の名を條ノ之柳韻(りゅういん)と言い、條ノ之神社の神主を務める傍ら、神社に伝わる剣術を神社に併設された道場にて教えている。

 その道場に一夏が子供の頃は毎日のように通って剣の練習に励んでいた。

 今でこそ余り顔を出さなくなったが、未だに素振りや型稽古を時間を見つけては続けている。

 そんな一夏でも勝てる気が少しも見えて来ない人物なのだ。

 

「そうだな。なら父程ではないが、椿さんならどうだ?」

 

 束と千冬の親友である定光は、一夏と箒にとって良い兄貴分と言った感じで可愛いがられていた。

 道場にも良く顔を出しており剣術を習ってはいなかったが、本人曰く我流で覚えたという棒術で模擬戦を何度かした事がある。

 棒を変幻自在に操り、我流が本当なら武芸の開祖と言われる人物は、定光のように自分が自然と繰り出した技を洗練させて体系だてたのだろうなと感じさせられた。

 そして一夏はそんな定光に勝てた事は一度としてありはしない物の、有効打と言えない攻撃だったが何度か当てた事はある。

 

「昔の椿さんなら何回かに一回くらいなら勝てそうな気がするな。それでこれがどう繋がるんだ?」

「父をモンド・グロッソで優勝するような人とするならば、椿さんがそのモンド・グロッソに出場資格を有する国家代表で、今の一夏が専用機持ちや国家代表候補生となる。そして水瀬さんが入門したばかりの一夏だと言えば分かり易いだろう。――五回中三回勝つ事が如何に難しいか」

 

 分かり易い例えに一夏は納得する。

 過去の自分が今の自分に三回勝てと言われれば、自分でも余りの無茶な条件に叫んでいただろう。

 

 だがそうすると余計に分からなくなる。

 

「三勝が難しいのは分かった。そもそも何でその高官の人は納得できないんだ?」

 

 一夏の疑問に箒は口を詰まらせ、教室は気まずい雰囲気に包まれる。

 

 一夏を除き教室にいる者で遥香の事件の事を知らない人間はいない。

 IS学園どころか日本中を見てもある年齢以上の人間なら知らない方が少ないだろう。

 だがどうして言えようか――水瀬遥香は男に強姦されました、などと。

 仲の良い友達同士だけなら話題として口に出来ただろうが、教室に居るのはまともな倫理を持ち合わせた人間が殆どだ。

 デリケートな問題だと分かるだけに本人のいる前で言葉に出来る者などいない。

 

 遥香が第四世代を持つという例え話に強姦の事を匂わせながら口を入れたセシリアと言えども、身の程を弁えろという考えで発言しただけであって、この状況で口にするのはただ彼女を(おとし)めるだけだと口を噤んでいた。

 

――だから当事者が動く。

 

「織斑、見えるか?」

 

 幸枝から贈られたスカーフを外した遥香を見て、千冬を除いた全員が絶句する。

 

 遥香の女性らしいほっそりとした首に残るどす黒い痣。

 肌が白いだけに黒が強調され、遠目からだと首輪を付けている様にも見えて背徳感が漂う。

 そして良く見ればそれが手形だと気付いただろう――そう、強姦の際に首を絞められて出来た内出血の跡だ。

 

 千冬とて一度見ていたから動じなかっただけで、思う所があるのか眉間に皺が寄っている。

 

「……それは?」

「入学を控えていた時に首を絞められながら強姦されたという分かり易い証拠だ。興味があればネットで私の名前を打ち込んでみろ。強姦事件の詳しい経緯(いきさつ)や入学の是非について議論されてるから、高官が納得いかない理由もわかるはずだ」

 

 そう言ってスカーフを巻き直す遥香に一夏は頭を下げる。

 

「すまん。俺が余計な事を聞いたばっかりに……」

「本人が気にしていない事に謝罪などいらん。このスカーフも周りが気を遣うからと言うから仕方なく巻いているだけだ。言われなければ痣を晒したまま普通に登校してきただろうからな」

 

 もうその話は終わりだと一夏から千冬に顔を向け直した遥香は、質問を投げかける。

 

「織斑教諭。訓練機を今日の放課後から借りたいが、どうやったら借りられる?」

「本来だったら私もそれ程忙しくないはずだから手を貸してやれたんだが、どっかの馬鹿が相談もなく入学式でやらかしてくれてな。放課後はその後始末で手が離せない状態だ。一刻も早くISに慣れておきたい気持ちは理解している。だが明日ガイダンスの時間を設けているから、それまで待て」

 

 千冬はそう答えるが、遥香は首を横に振ってその指示を拒否する。

 

「悪いが承服出来ん。クラス対抗戦だけなら待っても良かったんだが、一週間後に専用機持ちと模擬戦があるから少しでもISに慣れておきたい」

「……専用機と模擬戦するだと? そんな話いつ決まった?」

 

 千冬の眼光が鋭くなる。それに応えるように遥香は端末を操作して先程届いたメールを見えるように開示する。

 

「時間が決まったのはつい先程だ。相手は二年の長尾理津子。駅から出た所で絡まれて、本音が巻き込まれて怪我をした。お互い納得する為にこちらから模擬戦を持ち掛けたというのが経緯(いきさつ)だな」

 

 眉を寄せた千冬が遥香から視線を外して本音に移す。

 

「布仏。怪我はどの程度だ?」

「えっとー。腕の打撲が一か所だけで、全治一~二週間って言われましたー」

「そうか」

 

 その一言を漏らし千冬は考えを纏める為に腕を組む。

 

(こんな事になるなら別れずにそのまま学園に向かった方が良かったか)

 

 そう内心で漏らすのは職員室に戻れば惨状が待っているからだ。

 今も第四世代型ISについての問い合わせる電話が、対応するそばから土竜叩きのように際限なく鳴り響いているに違いない。

 内容も似たり寄ったりで返せる答えを十分に持ち合わせていないのに、なかなか電話を切ろうとしない者ばかり。

 旨みもなくこちらの疲労だけが溜まる苦行が待ち受けている。

 

 それもこれも千冬が遥香と別れて束を迎えに行ったからだ。

 束が段取りを無視して突如発表するから場当たりにしか対応出来ない。

 事前に知らせておいてくれれば記者会見でも開いて穏便に出来たものを。

 あのまま一緒に向かっていれば、遥香が絡まれる事もなく、束は精々教室に飛び込んでくるくらいで済んだだろうにと後悔する。

 

(今更の話だな……)

 

 諦めるように千冬が溜息を吐くと、黙って静観していた真耶が声を掛けてくる。

 

「あの、織斑先生。私が変わりにやりましょうか?」

「山田君?」

「えっと、私は電話対応から外されてますし、定時までなら多少の余裕はありますから。それに預かったISを織斑君と條ノ之さんに渡せば手間が省けますよね?」

「それはそうだが……」

 

 葛藤する千冬。

 

 絡まれる隙を作った自分が面倒を見なければならないという思いと、一刻も早く関係各所に連絡して新型ISの騒ぎを収束させなければならないという思いが(せめぎ)ぎ合う。

 重要度を思えば迷う必要性もないのだが、既に遥香が色々とやらかしている。

 それだけに事態を把握していないと、また何かやらかすのではないかと懸念にに駆られるのだ。

 しかし――

 

「ふぅ。――悪いが任せてもいいか?」

 

 結局千冬は真耶に頼る事にする。

 全てを自分で行うには手が足りない事は自覚しており、中途半端に対応するならすっぱり諦めて片方に全力を注いで綺麗に終わらせた方が良い。

 それに真耶も副担任なのだ。生徒を任せるのに遠慮する必要などないと考え直した。

 

「はい! 任せて下さい!」

 

 千冬から頼られ真耶は満面の笑みを浮かべる。

 普段は千冬に頼りっぱなしなだけに、少しでも頼って貰えて胸の内はやる気に満ちていた。

 

「そう言うことだから、水瀬、織斑、條ノ之。オリエンテーション後は山田先生の指示に従え」

「「「わかりました」」」

 

 三人の声が重なり千冬は頷くとクラスを見回すように視線を向ける。

 

「それでクラス長とクラス代表は誰を選出するんだ? このままだとクラス代表には織斑一夏で決まるが良いのか?」

「うぇぇぇー。いや、俺よりももっと相応しい人がいるだろ?」

 

 同意する人間を探すように一夏は後ろを振り向くが、賛同の声は上がらない。

 

 専用機持ちはセシリア以外にも複数いるが先の話で出たがる生徒はおらず、他の生徒の操縦技能も一般生なので似たり寄ったりで大きな差はない。

 そんな中で他クラスが専用機持ちの人間を選出する対抗戦に出れば、歯牙にも掛けて貰えず悪評だけが後々にまで付いて回りかねない。

 ならば噂の男性操縦者を出して様子を見ようと誰もが考えていた。

 特典を狙えないのは惜しいが、その為に専用機乗りに出てと言える程に親しくはないのも理由に挙げられる。

 

「いない様だな。ならクラス代表は織斑一夏で決まりだ。後はクラス長だが――」

「はい! クラス長には主席たるセシリア・オルコットが立候補致しますわ」

 

 手を高らかに挙げたセシリアがそう名乗りを上げ、千冬は一瞥をくれると周囲を見渡す。

 

「自薦一名が出たが他にはいないか? ――いないな。セシリア、立候補したからには上手くクラスを纏め上げろ」

「勿論ですわ。貴族である(わたくし)が下々を纏めるのは当然の事。立派にクラスを率いてみせますわ」

 

 (れっき)とした英国(イギリス)貴族という上流階級の自負が自然とそう口にする。

 ここが極東の学園であろうと貴族は周囲が仰ぎ見る存在でなければならないのだ。

 

「その言葉が真実なら、私たちは楽できるから期待しておこう」

 

 そう口にしながらも、このクラスの問題児である一夏と遥香に一瞬視線を走らせる千冬であった。

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