インフィニット・ストラトス ~宇宙からの来訪者~   作:国産茶葉

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第七話 初搭乗

 IS学園には三つのアリーナが存在する。

 

 一つ目が単なる屋内グランドである第一アリーナ。

 地下二階と地上二階の建築物で、使用用途は主に体育の授業や部活動で使われる。

 四百メートルトラックや各種目用のコートのラインが色違いで描かれた人工芝に、五十メートルプールやテニスコートだけでなく剣道場や弓道場など、一般的な競技に必要な物が揃った総合競技施設。

 

 二つ目が外部を招いたISの公式行事で使われる事の多い第二アリーナ。

 1on1や2on2と言ったIS対戦用のアリーナで競技場は露天だが、観覧席の上には屋根がある。

 クラス対抗戦で使われるアリーナでもあり、ISと同じシールドバリアーで観覧席は保護され、IS関連の設備や施設が備えられている。

 

 そして最後の第三アリーナ。

 その広さは第二アリーナの(ゆう)に三倍は超えるが、観覧席があるだけでIS関連の設備や施設と言った物は何もない。

 それは観覧席を保護するシールドバリアーもない事を意味しており、銃器を用いての模擬戦を禁止している。

 故に専ら格闘戦や機体習熟に限定される為、一年のISの授業でも初期は第二よりも第三で行われる事が多いのは、そんな理由もあった。

 

 今第三アリーナには幾人ものISに乗った二年や三年の生徒が真剣に自主練習に取り組み、観覧席にもデータ取り用の機材を用意した生徒や研究員が分析を行う姿が見られる。

 入学式当日と言えども卒業までの時間は有限だから、銃器が使用出来なくても出来る事はあるとばかりに切磋琢磨と己を磨いていた。

 そして第二アリーナの方も同じような状況なのだろう。

 

 そんな第三アリーナの隅には四つ、そしてその近くの観覧席には多数の人影がある。

 競技場内にいるのは遥香、一夏、箒の三人に加えクラス長という建前で参加してきたセシリア。観覧席にいるのは用事のない一組のクラスメイト達だった。

 

 遥香も含めた四人は制服からISスーツに着替えている。

 少女達は二の腕から手首をまで覆うアームカバーに、足先から太腿まで覆うオーバーニーソックスと競泳水着の様な身体にフィットさせたスーツに身を包む出で立ち。

 少年は身体にフィットさせたスーツを着ているのは同様だが、膝下まであるスパッツに七分袖のシャツといった様相だ。

 その機能は肌表面の電位差を読み取りISの各部位にダイレクトに伝えて操作性を向上させる為の物。

 またISと肌が直接触れたまま激しい動きをする事で怪我しないよう、小口径の弾丸も通さない耐久性のある生地が使われている。

 その機能を考えれば少年が着るようなISスーツが合理的なのだが、本来ISスーツは女性が身に着ける物だから、機能とデザインの鬩ぎ合いで今の形となっていた。

 

 真耶が来るまで身体を温めておこうと軽くストレッチをしていた遥香は、観覧席に居る本音の姿に気が付く。

 

「本音。用事はいいのか?」

 

 オリエンテーションの前に放課後に再び行かなければならないと口にしていたのを覚えていた遥香。

 教室を出てから一夏達のIS関係の書類に付き合い、貸出手続きや着替えを終えてここに来るまで一時間弱。

 用事を終わらせて観覧席の一番前に陣取るには、どう考えても時間が足りない。

 

「いやー。良くはないんだけど、ハルハルがどんな感じか気になるからねー。ぎりぎりまで見てよーと思って」

「私の心配をするより、自分の心配をした方が良いと思うが……まぁ好きにしろ」

 

 そう言って遥香は準備運動に戻るが、そんな彼女にセシリアが話しかける。

 

「随分余裕がありそうですけど、水瀬さんのIS適正は如何程ですの?」

「……簡易適正ならAだったが、入試時の検査ではA+だったはずだ。それがどうした?」

 

 記憶を漁った遥香は返事に一瞬躊躇したが、すぐに問題ないと素直に口にする。

 

 どの国家でも行われているIS簡易適正検査。

 ISが操縦者の動きを読み取って動いているから、その伝搬性を調べるだけの物だ。

 技能やセンスを度外視しただけにそれだけで優劣を付ける物ではないのだが、頂上を争うような人間にはその差が響いてくるだけに馬鹿に出来る物でもなかった。

 遥香の中にも小学生の時にそれを受けた記憶があり、結果がAだった事を切っ掛けにIS学園を目指したと読み取れる。

 IS適正がA+の女性はモンド・グロッソに出る女性では珍しくないが、全体で見れば数は少なく、国家が国外への流出を恐れ積極的に囲い込みに走る。

 遥香が政府から積極的に保護されたのもその影響であった。

 

「出回っている貴方の情報を鵜呑みにするつもりはありませんでしたが、強ち間違いでもなさそうですのね」

「それを私に言われてもな。病院に軟禁状態で外部の情報を得るのを制限されていたから、どんな情報が出回っているかなど知らん。せいぜいマスコミの動きや他の入院患者から推察したのと、新聞を盗み見た程度だからな」

 

 対外的には情報を得られる状態になかった遥香はそう述べるが、実際には出回っている情報どころか流出経路を特定し、流出させた人間やその関係者もリストアップし終えている。

 今後も何らかの形で干渉してくる事を警戒して、シェルに不審な動きがないかマークさせていた。

 

「その出回った情報とやらを見たオルコットの評価は?」

 

 遥香にとっては襤褸(ぼろ)が出ないようにする為の情報でしかないが、他者からの評価がどんな物か興味が湧いた。

 

「正直、信じたくないくらいに優秀ですわ。(わたくし)に及ばなかったとは言え、入試上位者には殆ど差がないはずですから」

 

 セシリアがそう口に出来るのも自身を含めた自国の合格者の結果や遥香の成績の比較からで、一部の試験結果では遥香がセシリアを上回る成績を残していたりもする。

 秘匿情報だから他国の成績内情を知る事は出来ないが、推測するに上位陣の成績に大きな差はないとセシリアは判断していた。

 

「――だから信じらないのです。それだけ優秀ならば、たかが男に襲われた位で返り討ちに出来ないなどと。情報を疑うのも当然の事でしょう」

 

 真剣な瞳で遥香を見つめるセシリア。その脳裏にあるのは入り婿であった父の姿だ。

 爵位を持つ母の傍に何時も控えていた父。

 ISが世に登場する前から辣腕(らつわん)を揮い、経営を切り盛りする母の姿に子供ながら憧れたものだが、それに比して父は温和な笑みを浮かべ母の影を踏むばかり。

 物語のように男性なら女性の前に立ってリードするものと思っていただけに、なぜ母があんな父と結婚したのか理解出来なかった。

 母に尋ねても大人に成れば解ると困った顔をしながら優しく諭すだけで、その答えは今も見つかっていない。

 そしてあの日――(とも)に出かけた二人は列車事故に遭遇し、生きて屋敷に戻る事はなかった。

 答えは見つからず、答え合わせが出来る人間もいない。セシリアの中には男への失望が燻っていた。

 

「それは女を過大評価、男を過小評価で見ているからだろ。女が男より強いというのは女性至上主義者が夢見る幻想に過ぎん」

 

 遥香の意見に鼻白むセシリアは、男に襲われ卑屈になっているのかと蔑み、冷めた目で見つめる。

 

「ならISに乗れない男の方が強いと仰るつもり?」

「いいや。男も女もちょっとした事で(くつがえ)る差しか存在しない。一人の天才によって男性優位の世界が変革したのなら、別の何かによって再びそれが起きる可能性もなくはあるまい」

 

 生身の肉体の基礎能力だけで見れば男は女より勝っている。なら男と女が戦ったら男が勝つかと言われれば必ずしもそうではない。

 身体の動かし方や武器の扱いに武芸の習得など様々な要因で結果は簡単に変化する。

 現に女性優位をもたらしたISも男性が限定的ながら動かせる事を証明している。

 ならば女性の強さをISは絶対的に裏付けるものではない。

 

「……貴方、再び男性が優位に立つ社会が良いとお思いですの?」

 

 今の世を否定も肯定もしない遥香にセシリアは眉を寄せ皺を作るが、凪いだ眼差しを返される。

 

「どちらが優位に立とうと構わん。私は敗者(死者)に成らない様に立ち回り、勝者(生者)であり続けられれば不満はないからな」

 

 そう口にした遥香はセシリアから視線を外し、こちらに向かって飛んでくるIS――ラファール・リヴァイヴに乗った真耶の姿を視界に収める。

 

「すみません。お待たせしました――って何か雰囲気悪いですが、どうかしましたか?」

 

 遥香達の近くにゆっくりとISを着地させた真耶が首を傾げる。

 ISの授業をまだ受けていない遥香に代わってアリーナまで運んできたのだが、その間に何かあったのかと勘繰る。

 

「意見の食い違いがあっただけだ。喧嘩をしていた訳ではない」

「ええ、お互いの主張に少しばかり隔たりがあっただけですから、お気になさらないで下さいませ」

 

 示し合わせたかのように取り繕う二人に疑いの眼差しを真耶は送るが、溜息を一つ吐くとISを着座姿勢にして降りる。

 

「その言葉を取り敢えず信用しますけど、同じクラスメイトなんですから仲良くして下さいね」

「勿論ですわ。クラス長が率先して和を乱す様な事はあり得ませんから」

 

 貴族らしい本心を読み取らせない笑顔を浮かべるセシリアを困った様に真耶は見つめていたが、気持ちを切り替えると居心地悪そうにしている一夏と箒に顔を向ける。

 

「織斑くんと條ノ之さんは渡したISは持って来てますか?」

「「はい」」

 

 返事をした二人は示すように右腕を軽く掲げる。

 そこには前腕を覆うガントレットと手首を飾る鈴の付いた飾り紐があった。

 

「それでは待機状態のISを起動してもらいます。オルコットさん、見本として実演してもらえますか?」

「ええ、かまいませんわ」

 

 セシリアの耳あるイヤーカフスから光が漏れると、不可視の膜が彼女を覆い全身から現れる光の粒子。

 その光が集まって凝縮し弾けるとISの装甲が具現化していく。

 一秒も経たない内に全てを具現化し終えたセシリアはISを纏った状態で地面から浮いていた。

 

「スムーズな展開ですね。流石は英国代表候補生です。次は織斑くんと條ノ之さんもやってみて下さい。イメージは今の様に待機状態のISから身体を覆う膜が広がる姿を想像して下さい。最初の内は心の中で自分のISに呼びかけるとやりやすいと思いますよ」

「「分かりました」」

 

 一夏達は集中の為に目を(つぶ)ると似た様な姿勢――一夏は突き出した腕のガントレットを握り、箒は飾り紐を付けた手首を胸の前で握る――に落ち着く。

 間もなくセシリアと同様に光が現れ、それ程時を置くことなく二人はISを展開させた。

 

 初めて目にする第四世代ISに観覧席にいるクラスメイトから歓声が上がり、笑顔を浮かべた真耶は一夏達に拍手を送る。

 

「良くできました。初めてでこれだけ素早く出来るのは凄いです。慣れて来るとオルコットさんの様にもっと素早く展開できますから。それとこれは余談ですが、織斑先生は瞬きくらいの時間で展開するんですよ。それを目標に頑張ってみるのもいいかもしれませんね」

 

 ブリュンヒルデと呼ばれた人間との差を知らされてセシリア達は思わず目を見開くが、出来ないと否定せずに三人は素直に頷く。

 

「水瀬さん、お待たせしました。リヴァイヴに搭乗してもらいますが、補助は必要ですか?」

 

 着座姿勢をとるリヴァイヴではあるが、元々の全高が三メートル近いだけにしゃがませた状態でもコックピット部分までそれなりの高さがある。

 慣れていればどうと言う事もない高さなのだが、初心者が稀に装着する際に足を滑らせて怪我を負う事故を起こしている。

 その心配から真耶は一声掛けたのだが――

 

「必要ない」

 

 リヴァイヴに歩み寄りながら遥香はそう口にし、それを示す様にとんとんとんと軽快に脚部を足場にしてコックピットに手を掛ける。

 そのまま身体を反転させて背中を預けるとISを装着していき、流れるような動作で起動シークエンスを実行。

 IS装甲に包まれた手と足が起動する過程で密着するように固定され、起動は完了する。

 

「起動完了まで終わりましたね。どこかおかしな所はないですか?」

 

 真耶が話しかけてくるが、それに答えず機体の感触を確かめるように動かす遥香。

 手を開閉させて動きの反応速度を確かめ、空を見上げてISに備わるハイパーセンサーの感度を確認する。

 視界に映る光景はヴァルチャーで見慣れた物――つまりヴァルチャーと映像解像度が遜色ない事を示している。

 

(條ノ之束。ISを独力で開発したとなっていたが……本当なのか?)

 

 あまりに地球の技術水準から逸脱した性能にそう疑問が(もた)げ、思考に埋没しそうになるが耳に入る雑音に遥香は現実に回帰する。

 

「水瀬さーん。聞いてますかー? 先生を無視しないで下さーい。泣いちゃいますよー」

 

 遥香の前で手を振ったりして存在をアピールをする真耶の姿があった。

 

「すまない。ISのハイパーセンサーの感度の良さに驚いていた」

「それなら良いんですけど、それでおかしな所はないですか?」

「ああ、問題ない」

 

 遥香が反応を示してくれた事で胸を撫でおろした真耶は一夏達に向き直り、慣熟運転の一歩として基本動作を提案する。

 

「まず歩行から始めましょう」 

 

 第二世代だろうと第四世代だろうと性能に差はあってやっている事は変わらない。

 機体制御の先に格闘や射撃があるのであって、機体を思うよう動かせなければ話にならない。

 

 そんな一般的な考えから口にしたが、当事者から横槍が入る。

 

「山田教諭。悪いがちまちまとやるのは性に合わん。それに悠長にやる時間などない」

「焦るのも分かりますが、ここは一歩一歩堅実にやるべきところです。それとも何か代案があるんですか?」

 

 可愛らしく首を傾げる真耶。

 真耶としては基本動作から始めた方が良いと思うが、代案があるようなら内容を聞いてから判断すれば良い。

 それに千冬が遥香から何か提案をしてきたら、あまりに過激な物でない限りやらせてみろとお達しを受けている。

 

「ああ。鬼ごっこがやりたい」

「「「……鬼ごっこ!?」」」

 

 遥香からの予想外の答えにセシリアを除いた三人から驚きの声が上がる。

 セシリア一人が意味が分からずきょとんとしているのは、ヨーロッパ生まれで鬼ごっこを知らないからだ。

 

「その……鬼ごっこというのは何ですの? 鬼というのがDemon(デーモン)というのは分かりますが」

「オルコットには……《キツネとガチョウ》の一種と言えば分かり易いか」

 

 数瞬でネットワークから答えを探してきた遥香の言葉にセシリアに納得の光が宿る。

 東西の違いはあっても世界中には似たような遊びは存在する――盤上遊戯(ボードゲーム)の将棋とチェスがあるように。

 

「制限時間は三分。ペアを作り片方が逃げて、片方が捕まえる。勝敗は逃げ切れるかどうかで、捕まえる人間は相手の機体の一部に手を触れたら勝ち。負けた人間同士を交代させるというのが基本ルールだな。最初は地上限定で慣れてきたら空中まで範囲を広げる。ああ、本人の自由だが基本速い方が捕まえる側にするか」

 

 最後の条件は機体性能差を加味している。

 足の速いISが有利なのは当たり前で、障害物や妨害を許可しなければその差を埋めるのは容易ではない。

 けれども飛び道具を使うのなら第二アリーナで行う必要があり、そもそも機体の慣熟が目的なのだから勝敗の重要度は高くなかった。

 

「う~ん。ルール的には悪くないんですが、ちょっと早い様な気がします。三人の意見としてどうですか?」

 

 初期のISの授業に取り入れても問題ないような内容だが、今日の最後にやるならまだしも、最初からやるには些か難易度が高いように真耶は思える。

 ISの機体動作に慣れ、慣性制御であるPICの振る舞いについて理解をしてこそ訓練になる。

 単純なルールだから問題なく行えるとは思えても、そこから得られる物が少ないように感じるのだ。

 

(わたくし)はどちらでも構いませんわ」

「俺は鬼ごっこの方が面白そうなんで、そっちの方が良いです」

「私も多少ISには触れて慣れているので、鬼ごっこでお願いします」

 

 反対意見が出ないようではやっても良いかと真耶は判断する。

 内容が酷い様なら適した物にすれば良く、それなりに形になれば歩行よりも経験値が高いのだから。

 

「わかりました。なら最初のペアは織斑くんと條ノ之さん、水瀬さんとオルコットさんで行きましょう。織斑くんと水瀬さんが最初は逃げて下さい」

 

 この四人の中でISの搭乗時間が一番多いのは代表候補生であるセシリアで、次点が大きく引き離されるが箒になる。

 一夏と遥香の搭乗時間は入試の時に乗っただけでそう大して変わらない。

 

 真耶の言葉に従うようにリヴァイヴを氷の上を滑らすように滑走させた遥香はオルコットから二十メートル程距離を置くと振り返る。

 

「いいぞ。捕まえにこい」

「ええ。分かりましたわ。ちなみに手加減は必要ですの?」

「そうだな。ISに慣れるのが目的だ。最初は手加減してそちらの裁量で徐々に緩めてくれるか」

「承りましたわ」

 

 こうしてISを使った鬼ごっこという慣熟訓練は始まったのであった。

 

          ◆          ◆          ◆

 

「え~~と。初めてであれ程の機動が出来る人は今までお目掛かった事はないです。はい」

 

 一夏の後ろに隠れながら頭だけを出して目を泳がせながら喋る真耶。

 

「そうそう。二世代も違うのに俺なんて捕まえられなかったし」

 

 視線は合わせるもどこか腰が引けた態度で喋る一夏。

 

「そうだな。あれ程の才能ならすぐに専用機を用意してくれる企業も出て来るはずだ」

 

 視線も腰も引けていないが一歩以上離れて喋る箒。

 

「代表候補生たる(わたくし)もそう思いますわ」

 

 箒以上に距離を置いて若干引きながら喋るセシリア。

 

「ハルハルー。何がそんなに不満なのー?」

 

 観覧席から上半身を垂らした本音が口に出した言葉が全てを物語る。

 

 四人に遠巻きに囲まれて立つ遥香。

 無表情ながら素人にも分かる険難(けんのん)とした雰囲気に一目で不機嫌と分かる。

 地上限定で逃げ回っている時からその兆候はあったが、真耶が問題ないと判断して空を含めるようになってからはっきりと口数や表情が乏しくなり、不機嫌なオーラを放つようになった。

 成績は十三戦四勝と性能の劣る第二世代機と考えれば悪くない。

 それどころか真耶やセシリアが目を見張るような機動を見せる場面もあり、クラスメイトが優勝を狙えるかもと期待を膨らませる程であった。

 

「……山田教諭」

 

 雰囲気をそのままに地の底から響く様な声で遥香は喋りかける。

 

「は、はい! 何でしょう?」

「リヴァイヴに付けられている歩行器のような機能をオフに出来るか?」

「へ!? 歩行器!?」

 

 それが遥香の不満の大本であった。

 乗り慣れていない機体だから負けるのは悔しいが後々で勝つ為と諦めもつく。

 しかし、機体を思う様に動かそうとしてもソフト側で制御しているのか考えた通りに動かせない。

 どうにか出来ないか試行錯誤しても訓練機の関係で管理者しか変更を受け付けないから手の出しようがなかった。

 ハンドルを操作しなくてもアクセルを踏んでればぶつかりながらゴールに辿り着く遊園地のゴーカートに乗っているようで気分は最悪だ。

 

 誰もが意味を捉えきれなかった遥香の言葉を解する人物が現れる。

 

「それってPICのオート制御の事かい?」

「……貴様か」

 

 表情にはっきりとした苛立ちが現れる遥香。

 白衣を着た人物――定光が何時の間にかクラスメイト達の席の横で足を組んで座っていた。

 彼の横には壊れかけたヘルメット――ポンコツの姿もある。

 

「「椿さん!!」」

「久しぶりだな。一夏、箒ちゃん」

 

 驚く一夏達に定光は親しげに挨拶を返す。

 

「山田教諭。それで奴の言うオート制御は外せるのか?」

 

 遥香は定光の相手をしていられないと存在の無視を決め込む。

 

「えっと、外せる事は外せますがここでは機材がないので無理です。それにマニュアル制御は上を目指すなら出来るようにならなければいけないことですが、水瀬さんには時期尚早で許可出来ません」

 

 真っ直ぐ見つめ返す真耶に内心で遥香は驚く。

 先程よりも定光の登場で不機嫌さは増し雰囲気は悪化していると言うのにだ。

 このまま不快感しか湧かない機体に乗り続けなければならないのかと舌打ちしそうになった所で思わぬ人物から助け舟が入る。

 

「マニュアル制御に切り替えてやろうか?」

 

 そう口にしたのは観覧席に座る定光だ。そんな彼に怒りを露わにする人物が一人。

 

「椿博士! 生徒に無謀な事を進めないで下さい!」

「山田先生。そうは言うがそいつは納得しないんだからやらせてみれば良いだろ。シールドバリアーも絶対防御もあるんだから早々怪我なんてするはずがないしな。で、どうする」

「マニュアル制御に切り替えろ」

 

 遥香は即答する。

 気に入らない男に手を差し伸べられ掴むのは不愉快だが、戦闘用の機体を乗りこなせないというのはそれ以上に不愉快だった。

 いずれマニュアルに切り替えるのなら幾ら失敗しようとも今からマニュアルに慣れておきたい。

 

「はいはい。ポンコツ、やってやれ」

「了解した。――――水瀬遥香、マニュアル制御に切り替えた。扱いは慎重にな」

 

 PIC制御を意識しながらISを軽く動かすと、今まで暖簾に腕押しな状態が確かな手応え感じ、ISを動かし始めてから初めて遥香は笑顔を浮かべる。

 

「オルコット、相手をしてくれ」

 

 セシリアとの対戦成績は六戦全敗。

 第二世代機とは言え最後発だけに第三世代機初期の性能を誇り、《疾風(ラファール)》の名を冠するだけあって速力にそれ程の差はなかったが、後一歩、二歩の所で及ばない。

 それもこれもセシリアがISのPICをマニュアル制御でそれなりに使いこなしているからだ。

 画一的な慣性制御では急制動になればなるほど挙動が遅れてくる――格闘戦(ドッグファイト)の肝心要だというのに。

 その結果旋回半径が大きくなったり、慣性を中和し過ぎて無駄な減速で捕まったり逃げられてしまう。

 

「それは構いませんが、本当にマニュアル制御でやるつもりですの?」

「ああ。ある程度慣れるまでは地面や壁に激突しないように距離を置くさ」

 

 PICを操作して地上から距離を置いた遥香は準備完了とセシリアに声を掛ける。

 

「いいぞ」

「行きますわよ」

 

 セシリアの発進に合わせ距離を保つようにISを蛇行させながら動かす。

 緩やかに旋回するのではなく、PIC操作を意識するように出来るだけ鋭角的にリズムを付けながら緩急を入れて。

 時折アリーナから離れ過ぎないように大きく旋回をするが、その度にセシリアとの距離は狭まる。

 速力は八割を維持しており、旋回するとセシリアの最短経路で飛行する分の距離が埋められるから。

 

「いただきですわ!」

 

 十分に距離を詰めたセシリアが速力を全開にして捕まえようと行動に移す。

 遥香もそれに合わせて全開にするが高度を下げている状態で仕掛けられたから、いずれは地上に迫り衝突を回避する為に旋回する必要が出てくる。

 上昇に変化させようとも速度が付いた時点で旋回半径はPIC制御の差でセシリアの方が小さい。

 だから毎回このパターンで遥香が負けていたのだ――今までは。

 

「何ですのその旋回方法は!? お猿さんですの!!」

「面白い例えだ。モンキーターンとでも名付けるか?」

 

 追従出来ずに大回りしたセシリアの文句に遥香は唇を歪めながら青白い(・・・)顔で答える。

 セシリアがあと少しで触れそうな所で遥香がISの腕を伸ばし、見えない棒を掴んだかのようにあり得ない程の急旋回を実行したのだ――(あたか)もジャングルを飛び交うサルが枝を掴んで進路を変えたように。

 ISのマニューバに無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)という物があるが、それは旋回中の慣性をPICで最大限制御して物理法則に従っては実現出来ない程小さい旋回半径を実現する物。

 遥香がしたのはもっと強引でISや操縦者に負担を強いる物理法則に従った方法――伸ばした腕だけにPICで最大制動を掛けて慣性に従うという物だ。

 単純ながら旋回半径が一メートルを割り込む驚異的な機動を実現している。

 ただ――

 

(想定よりダメ―ジがある。PIC操作が向上すれば十分使えるな)

 

 肉体と機体へのダメージを遥香は冷静にそう評価する。

 現状の遥香の肉体はGによって頭の血液が下半身に持っていかれ、貧血状態に陥っている。

 IS側からの生体機能の補助と遥香自身の本体からの介入が無ければ普通に失神していた。

 ISの腕部も制動のみ絞った為に過度の荷重が肘の部分に集中して軽度損傷を報告している。

 

 けれども遥香はダメージを把握しながら慣性を利用した急旋回を時折使用しながら逃げ回る。

 機体へのPIC操作を後回しにして肉体への保護に回すのは従来の慣性保護では間に合っていないから。

 それでも極限的な状況で使用する事によってマニュアル制御のコツを着実に蓄積。

 やがて肉体だけでなく機体へのPIC操作に手を伸ばし始めた所で終わりを迎える。

 

「水瀬さん!!」

 

 真耶の叫ぶ声が聞こえるが気絶している遥香の耳には届かない。

 操縦者の制御を失ったISは重力に引かれ地上に落下していく。

 

(……やはり肉体の限界を超えたか……)

 

 沈黙した遥香の肉体に潜むハルトは内心で呟く。

 肉体構造的にGに強いハルトであるが、使用している肉体は地球人類の為に瞬間的なGは9Gあたりが限界だ。

 ISに保護されているからそれ程のGに晒される事はないが、それでも遥香の行った無茶な機動は脳を揺さぶり脳生理作用は乱していた。

 限界を超えてしまえば機能不全を起こし、脳を仲介して肉体を動かしているだけに、その脳が動かなければ肉体を操作する術を失うのだ。

 

(……これは改善の必要があるな)

 

 最後に見えていた光景から変な場所には墜落しないだろとハルトは静観の構えを見せ、数秒後に訪れるだろう揺れに備えるのだった。

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