夏休み、少年は父を訪ねて第3新東京市にやって来た。
待ち合わせ場所は喫茶店。冷房の効いた店内で、グラスの氷が音を立てた。
その音をきっかけにしたのか、再会した父に少年は尋ねた。
「父さん」
「何だ」
カフェオレを飲み干した息子を見て、追加を注文しようとした手を止める。
「父さんの会社は倒産しないの?」
空気が固まった。他の客の会話、外の交通、蝉の鳴き声が急に音量を上げたように聞こえてくる。息子の言った言葉は解る。父さんの会社が倒産、父さんと倒産をかけた息子の冗談かと考えた。内気な息子なりに気を使ったとも考えられる。
だから父の威厳を持って答えた。
「下らん質問だ」
動き出す時間だが、少年は食い下がらない。
「答えてよ父さん、大切な質問なんだ」
息子の眼差しを真正面から受け止めて父は困惑する。それは何かを決意した目だった。そして亡き妻の面影があった。
ふっ、と肩の力を抜くと父は答えた。
「国連の運営だ。倒産などありえん」
それに対して息子はポツリ、ポツリと話し出す。
「今日、学校で進路を聞かれたんだ」
学校で何があったのか。父と子の会話に相応しい。
将来の進路は大切だ。先を考えないと後で後悔をする。その事を相談されるのは父として嬉しく思う。
「それで僕は答えたんだ」
息子の答えを待つ。
急かしはしない。今日は有給休暇を取っており時間はある。
「倒産しない会社が良いと」
それは大切な事だ。だから父として真剣にアドバイスを行おうと言葉を選ぶ。
閃いた言葉がある。息子の自発性を重視する言葉だ。
「シンジ、私に人の親としての父親を求めるな」
うつむいていた息子は冷めた眼差しをしていた。急に雰囲気の変わった息子に疑問を抱く。
「……父さんは父親としては倒産してるものね」
父さんは倒産。ナイスジョークと父親は思ったが、ここは他人の目がある。
沈黙をどう受け取ったのか、息子は続ける。
「父さんは母さんと僕を愛してなかったの」
何を言っているのだろう。世界の何よりも家族を愛している。今でも亡き妻の事を考えると涙がこぼれそうになる。その事を答えようとして、はっとした。
これは何かの振りなのか? そして気付いた。何か突っ込み待ちの冗談かと考える。とりあえず場繋ぎの台詞が浮かんだ。
「愚問だ」
息子は父親である男に水をかけると出ていった。
「ふ」
凍った店内の空気に対して、男はおしぼりで顔を拭うと、なにかやりとげた様なすっきりした笑顔を見せた。これが正解だったと確信する。
この後で息子の携帯電話に連絡を取ろうとするが繋がらない。
「なぜ、着信拒否なんだ?」
戸惑いながら男は恩師で部下である男に相談の電話を入れた。
『碇、お前は馬鹿か』
凄く失礼な言葉に傷付いた。
亡き妻は言った。「貴方は思った事を何でも口にしない方が良いわ」と。しかし、恩師は言う「碇、貴様は馬鹿か? 自分の息子と言っても、思っている事を口にしないと何も伝わらないぞ。特に貴様は人相が悪い───」
くどくどと小言を言われながら男は考える。妻の言う通りにしたら絡まれる事も無くなった。以前は馬鹿にされ喧嘩に巻き込まれる事もあったからだ。
だから手紙を書く事にした。
------------------------
拝啓、碇シンジ様。貴方のパパです。
この前は誤解があったようです。ごめんね。
パパはいつも君の事を心配しています。
落ち着いて話がしたいので、第三新東京市に来てもらえないでしょうか?
最近は何かと物騒なので、パパの部下に駅まで迎えに行かせます。
指定席の切符を同封したので、それで来て下さい。
それではまた。
シンジのパパより。
------------------------
ここまで書いたが、何かもう一押し欲しいところだ。
手紙が届く頃に電話もかけようと思う。