不可解な夢を見た田沼。
夢は時に不可解なものを見せてくる事がある。

しかし、この夢は気味悪いほど現実じみたものだったのだ。


――自分が死ぬ瞬間という夢を。


何故、僕は死ななければいけないのか。死神の思うままになんてさせない。
足掻いて足掻いて絶対に生き残ってみせる!

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死亡予告地図

布団の中は無限の世界だ。

夢という形で様々な体験をさせてくれる。空を飛んだり、魔法を使ったり、はたまた第三者の目線で物語を体験出来る。

しかし、夢は自由に見ることは出来ない。苦しみや悲しみを味わう夢だってある。現実の抑制された感情が夢に現れると言われている。それでもたまに自分でも不可解な夢を見る事がある。

 

僕の場合は特別な力が使えた訳でも、誰かに襲われた訳でもなかった。

 

 

気が付くと僕は学校の屋上に居た。いつの間に寝てしまっていたのかもう夕暮れだった。白をベースにした校舎はオレンジに染まっている。冷たい風が吹き抜ける。制服姿の僕はあまりの寒さに防寒できるものを探す。座ったまま振り返ると後ろに茶色の鞄が置いてあった。学校へ持ってきている自分の鞄だ。と言っても指定の鞄なのでぱっと見は同じなのだが、僕のには兎のキーホルダーが付いている。特別好きな訳ではないが、無いと他人のと見分けがつかず、自室の机を漁ったら出てきたので仕方無く付けている。小学生くらいの時に従兄弟から貰った物だと記憶している。学校へはマフラーと手袋を持ってきているので、かじかんだ指を酷使しながら鞄を開ける。

 

「……は?何だよこれ……?」

 

中を覗くと真っ先に飛び込んできたのは、ビリビリに破かれた本だった。教科書としてではなく、趣味で休み時間等で読み進めていた小説だ。誰かからの嫌がらせだろうか。人から恨まれるようなことなんて身に覚えが無い。ショックではあったが、今はそれより暖をとりたかった。鞄からマフラーと手袋を取り出すと、マフラーを首に巻く。そして手袋を手にはめ――。

 

 

クシャリ

 

手袋の中で指が何かに触れる。ビクッと身体全体が硬直する。恐る恐るそれを摘まんで引っ張り出す。触れたものはどうやら紙らしかった。てっきりビリビリにされた小説の破片かと思ったが、小さく折り畳まれた紙だった。嫌な予感しかしない。何が書いてあるかは分からないが、紙が透けて赤い×印が見える。開いてはいけない、そう直感していたが身体がそうさせない。自分の意思に反して紙を開こうとする手は止まらない。心拍が上昇する。さっきまで寒くて防寒具を探していたのに、顔に汗が滲む。そうであるのに何重にも折り畳まれた紙を開いていくのには一切の無駄が無い。

 

後は半分に折られたのを開くのみ。ここで身体の自由が戻る。無意識に進んでいた手が止まる。好き勝手にやっていたくせに、あくまで最後は自分の意思で開かせるつもりなのだろう。開いてはいけない、さっきからずっと頭の中で警笛を鳴らしているが、ここまでされると好奇心が勝ってしまっていた。

 

そして僕は紙を開く――。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

――そこで目が覚めた。起き上がっても心拍数は高いままだった。ドクドクと心臓が喧しく動いている。夢だったという安心感と同時に、一体何が書かれていたのか分からずじまいで、もやっとした気持ちもあった。

 

「早くご飯食べちゃってー。お母さん今日早番なのよ」

 

1階から母の声が飛んでくる。改めてここが現実なのだと強く実感させてくれる。一体何だったのかという疑問は残ったが、所詮は夢の出来事だ。とりわけ変な事が起きても、夢だった、という一言で全て解決してしまう。だから僕は気に留める事もなく、気分を落ち着かせてから下に降りていった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

――頭が痛い。

 

授業中、急に頭が痛くなった僕は先生に申し出て、保健室に向かう。友人が付き添ってくれると提案してくれたが、それを断って一人で教室を出る。真面目な生徒として振る舞っていたから先生も一人で行かせてくれたのだろう。サボる可能性は限り無く低いと思われたのだろうか。信頼されているというのは嬉しいが、今は頭痛の為そんな事を考えている余裕は無い。

 

授業中の為、廊下には誰も居ない。10月の24日。これまで暑い日が続いていて、いつまで夏が居座っているんだと嫌気が差していたが、20日を過ぎた頃から急激に涼しくなった。一瞬にして秋がやって来たのかと思う程に辺りも秋まっしぐらである。青々と茂っていた校庭の木々たちも、もう徐々に洋服を脱ぎ始めている。

 

ふらふらと足元がおぼつかないまま保健室に辿り着く。扉を開くとあの独特の消毒の香り。部屋の構造は他の教室と同じだが、ここだけ何故かとても清潔で違う空間に思える。ありがたいことに、保険医の先生は居ないようだ。個人的には居ない方が静かに眠れるのでありがたい。ベッドへ転がり込むように横になると、一瞬で眠りに落ちた。

 

 

学校からの帰り道、バイパスから一本横の裏道を通って帰る。近道なのは確かだが、結構車がスピードを出してくるので気をつけなければならない。常に端を歩かなければ危険なのである。その為、今日もきちんと車道外側線の内側を歩いていた。

 

まだ6時前だというのに辺りは真っ暗だった。街灯も点々としか無く、治安の悪さも納得の光景だった。暫く歩くと後ろから車のライトが僕を照らしてきた。いつも通りかなりのスピードの様なので、気持ち更に端へ寄る。電柱もわざわざ狭い左側を通る。そうして車をやり過ごすつもりだった。ふと真横のブロック塀を見ると車のライトが当たっていた。明るくなっているとかそういうレベルではなく、まるで壁にライトを向けているような――。

 

さっと後ろを振り向こうとした瞬間、僕の身体が浮いていた。何が起こったのか頭では理解出来ない。世界がスローモーションのように感じる。そして直ぐ様走る下半身への鈍い痛み。痛い、なんてものではない。右足は左前へ曲がり、腰は骨が砕ける様な激痛。倒れながら振り向くと、目の前に迫るフロントガラス。今度は上半身への痛み。漸く自分が車にはねられたことに気づく。宙に浮かび、そのまま地面に叩きつけられる。右腕がコンクリートに抉られる。地面にぶつかっただけでは勢いが収まらず、ゴロゴロと三回転程世界が廻ってから止まる。息をしようにもヒューヒューと何処かで空気が漏れている。胸が痛いし、口から血も溢れてくる。ぶつかった衝撃であばら骨が折れて肺に刺さったのだろう。全身の感覚も曖昧で、ただ痛みだけを感じ、身体を動かすことは出来なかった。身体が冷たく感じ始めたのは秋の寒さの影響だけではないだろう。次第に目の前が真っ暗になってくる。世界が白と黒の2色で点滅している。どんどん意識が薄くなってくる。あまりにも一瞬のことで何が何だか理解出来ていない。一つ理解出来るのは自分が死に猛スピードで迫っている事だった。やがて僕の目では何も見えなくなった――。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ガバッと起き上がる。秋だというのに身体中から汗が吹き出ている。いつの間に寝てしまっていたのかもう夕暮れだった。白をベースにした校舎はオレンジに染まっている。冷たい風が吹き抜ける。制服姿の僕はあまりの寒さに防寒できるものを探す。座ったまま振り返ると後ろに茶色の鞄が置いてあった。学校へ持ってきている自分の鞄だ。と言っても指定の鞄なのでぱっと見は同じなのだが、僕のには兎のキーホルダーが付いている。特別好きな訳ではないが、無いと他人のと見分けがつかず、自室の机を漁ったら出てきたので仕方無く付けている。小学生くらいの時に従兄弟から貰った物だと記憶している。学校へはマフラーと手袋を持ってきているので、かじかんだ指を酷使しながら鞄を開ける。

 

 

「……?ど、どうして!?」

 

ふと我に返る。まだ夢の中なのだろうか。さっきまで保健室で眠っていた筈だ。それなのに何故僕は"屋上に居る"のだろう――。それにこれはあまりにも酷似している。今朝見た夢にそっくりだ。もしも、その通りであればこの先の展開を僕は知っている。

吹き付けた風に思わず身体を震わせる。取り敢えずまずは防寒具が第一だ。そうして鞄を覗く。

 

 

――鞄の中にビリビリに破かれた本は無かった。あんな夢を見た日にはわざわざ小説を持ってきて読む気にはならなかったからだ。朝、家に置いてきていたのだ。だから勿論鞄の中に小説が入っている筈は無い。若干冷静さを取り戻し、マフラーを首に巻く。そして手袋をはめ――。

 

 

クシャリ

 

手袋の中で指が何かに触れる。ビクッと身体全体が硬直する。恐る恐るそれを摘まんで引っ張り出す。触れたものはどうやら紙らしかった。

 

――知っている。

夢の中では最後まで見ることは出来なかったが、今は現実だ。この紙の正体が分かる。同時に見てはいけないという第六感が僕の意識に警告をする。 何が書いてあるかは分からないが、紙が透けて赤い×印が見える。紙を開こうとする手は止まらない。心拍が上昇する。さっきまで寒くて防寒具を探していたのに、顔に汗が滲む。そうであるのに何重にも折り畳まれた紙を開いていくのには一切の無駄が無い。夢と違うのは、少しばかり開く事に興味を持っている事だ。

 

そして二つ折りのところまで開く。漸く朝から絡まっていたものがほどける。そう考えると自ずから最後の折り目を開くのに抵抗は無かった。――この時頭の何処かで鳴り続けていたサイレンに気付く事も無く。いや、開いても開かなくても未来は変わらなかったかもしれない。

 

開いた紙はA3サイズ程の大きさになった。よくこんなのが手袋の中に入っていたと感心するくらいだ。そして紙に描かれていたのは、この町の地図だった。よく駅前なんかに建っている看板の地図の紙バージョン。コンビニに置いてある雑誌の地図、つまりただの一般的な地図だった。そう、赤い×印さえ無ければ。折られていた時に透けて見えたのはこれだったのだ。地図に印が付いていたところで何ら問題は無い。目的地や目印に印を書くくらい普通だ。問題はそれが印してあった場所だ。

バイパスから一本横の裏道。 僕が学校からの帰り道に利用している道だ。何故ここに印してあるか疑問に思うよりも先に脳裏を過ったのは夢の事だった。さっきまで見ていた車にひかれる夢。

 

「まさか……そんなことあるわけない。……けど、"実際"屋上の夢もこうして現実になった。違う……違う……」

 

頭では否定しているが、身体はさっきの夢を思い出して痛む。あり得ない。夢は夢だ。現実なんかじゃない。しかし、その夢が現実として"再現"された。ただの偶然だと思いたかったが、どうも関連付けてしまう。吐き気さえもよおしてきたくらいだ。

 

だから、その日僕はいつものバイパスから一本横の裏道は使わず遠回りをして家に帰った。信じたくはなかったが、あんな夢を見た後にわざわざあの道を通る気分にはならなかったからだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あら、遅かったわね」

 

家に帰ると、台所から母の声が飛んできた。その声を聞いて漸く緊張の糸が解ける。制服も脱がずに食卓の椅子に腰掛ける。

 

「別にただ、ちょっと寄り道しただけだよ」

 

「寄り道って、彼女でも出来たのー?」

 

「うっさい。それより飯まだ?」

 

「アンタ帰ってきて自動でご飯が出てきてくれるだけありがたいと思いなさいよ」

 

「はいはい、ありがとございます」

 

日常の会話。それがこんなにも落ち着くものだとは思わなかった。学校での緊張は嘘みたいにリラックスしていた。

 

そんな家庭にインターホンが鳴り響く。

 

「ちょっと出て。今料理してるから」

 

「居留守じゃ駄目?」

 

「出なさい」

 

「……はーい」

 

インターホン用の受話器を上げて耳に当てる。家の外の音が耳に入ってくる。

 

「はい」

 

「田沼のお坊ちゃん?こんばんはー、岩崎です。お母さんいらっしゃる?」

 

「あー、今料理中で……ちょっと待ってください。母さーん!隣の岩崎さん」

 

「あら、岩崎さん?出るから、ちょっとアンタ魚見てて」

 

「あ、今出ます」

 

「はーい、ありがとうね」

 

受話器を置くと母と入れ替わるように台所へ向かう。そのまま母は玄関の扉を開けて立ち話をしている。僕は窓から魚の焼き加減を見る。秋刀魚だ。この時期だとやはり秋刀魚だろう。旬なだけあって身が引き締まって、とても美味しい。かぼすも用意してある。思わず涎が垂れそうになるが監視の役目を全うする。

 

十分に火が通り、秋刀魚を取り出して皿の上に一尾ずつ乗せる。母はまだ話しているようだ。これでは折角の秋刀魚が冷えてしまう。食材に悪いので食べてしまおうかと箸を用意して食卓のテーブルに戻ったところで母も帰ってきた。

 

「あ、おかえり。先食っちゃおうかと思った」

 

「冷蔵庫にポテトサラダもあるわよ。……アンタ今日帰り大丈夫だった?」

 

「おー、ポテトサラダ好きなんだよね。大丈夫って?」

 

「谷高くん家の道あるじゃない?」

 

「……あのバイパスの隣の通り?」

 

「そう。さっきあそこで"事故"あったんだって」

 

 

手に持っていた箸を落とすところだった。落ち着いていた心臓が急に激しくなる。自分の耳を疑う。母の言葉の意味が分からない。

 

「……え、今なんて?」

 

「だから事故よ。車が壁に突っ込んだんだって。状況は分かんないらしいんだけど、結構パトカー来てたみたいよ」

 

蛍光灯は点いている筈なのに、突然目の前が真っ暗になった気がした。これじゃあまるで夢の通りじゃないか。いや、心の何処かでは分かっていた。夕暮れの屋上が現実になった時から。地図に示された×印が夢と合致していることが。もし、全く気にせずにあの道を通っていたら、現実でも車にひかれてしまっていただろう。夢の中でも現実でも死んでいただろう。

僕は黙って箸を戻す。

 

「どうしたの?ご飯食べないの?」

 

「……ごめん、食欲無い」

 

「……顔真っ青だよ?」

 

「ちょっと寝てくる。多分飯食えないから冷蔵庫入れといて」

 

心配する母を横目に僕は鞄を持って自室へ戻る。電気も点けないままベッドに倒れ込む。今日あった事を整理しよう。今朝変な夢を見たことが全てのきっかけだ。屋上で一人寝ていて、鞄の中にはビリビリに破かれた本。そして手袋の中にはこの町の地図。まぁ、今朝の夢では地図が入っていたことまでは分からなかったけど。現実で学校に登校し、突然頭痛がして保健室へ。そこでまた変な夢を見る。いつもの道で帰宅途中、猛スピードの車にひかれて僕は死んだ。気味が悪かったから違う道で帰ると、現実でも事故が起きた。偶然なんかじゃない。未来予知と言っては聞こえはいいが、あまり良くない未来が見える。そして、一番重要な事。それは未来を"変えられる"ということだ。屋上でも現実では学校に小説は持っていかなかった。すると夢の小説がビリビリに破かれるという未来は回避されたのだ。次に事故。これは違う道で帰ったことにより、夢で見たものとは丸っきり別の未来になった。つまり夢で見たものが現実になると仮定して、危険を避ければ何も問題は無い。ある意味、事前に危険な出来事が分かっているのでそれさえ気を付ければ大丈夫だということだ。そう考えれば何も不安に思う事はない。

しかし、あの地図は一体何だったのだろうか。夢で見た場所と同じ位置に印がしてあったが。僕は鞄を開いて地図を取り出す。不気味ではあったが、何故か捨てられずに家に持ち帰って来ていたのだ。そして地図を広げる。

 

「……え?無い、何処にも無い!!」

 

そう、さっきまではバイパスの一本横の裏道に赤い×印がしてあった。"さっきまで"は。今は地図から×印が消えていた。あり得ない。確かにあった。見た感じマジックで書かれていたから消える筈はない。そもそも鉛筆で書かれていたとしても消しゴムなどを使っても跡形も無く消すことは不可能に近い。ましてや赤い×印を確認してから直ぐに鞄にしまったから、誰にも消すことなど出来る筈がない。分からない、今日は今朝から分からない事ばかりだ。ふと目を閉じると急に疲労感が僕を襲う。精神的にかなり疲弊したのだろう。

そしてそのまま僕は意識を失った。

 

 

駅のホーム。天気が悪いからか、電車が少し遅延していて、人もいつになく多く感じる。朝のラッシュの時間から少し遅らせた筈なのに、人で溢れている。

 

「つっかさー、折角出掛けんのに雨降んなよなー」

 

「先週から予報変わってないぞ。雨って予報」

 

「うげー、マジかよ。何でそんな日選ぶの」

 

「お前が今日しか空いてないって言ったんだろ?」

 

「いや、そうなんだけどさ」

 

僕たちは列の先頭で電車を待っている。あと少し早く着いていれば、ひとつ前の電車が出発するのを見届けなくて済んだ筈だ。

 

『まもなく、電車が参ります。本日は電車が遅れてしまい、誠に申し訳ございませんでした――』

 

「お、やっとか。何分遅れ?」

 

「2分。こんくらいで謝罪する国なんて日本しか無いよな」

 

「まーねー、時刻表通りに来るのに慣れてると、たかだか2分でもかなり遅く感じるけどね」

 

そんな他愛無い会話。視界の隅には速度を落として入ってくる電車。

 

 

ドン

 

あまりにも唐突過ぎて何が起きたのか理解が出来ない。

 

上にある筈の空は後ろにあって、下にある筈の地面は前にある。気持ちの悪い浮遊感。落ちているのだ。――落ちている?何故。背中に何かぶつかった感触はあるが、落とされた感じではない。ホームが混んでいて人の波に押されたのだろうか。そして先頭に立っていた僕が運悪く押し出され、運悪くホームに入ってきた電車にひかれる。

 

――運悪く?運が悪いだけの問題なのだろうか。運が悪いだけで昨日今日で何度も死にかけるのだろうか。

ブレーキを掛けて車輪が悲鳴をあげる。無駄だろう。確実にぶつかる。身体が地面に落ちる前に横から電車が当たって――――。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あ……は、ぁ……が……はー……」

 

息が上手く出来なかった。何度か空気を吐き出そうと試みて、漸く呼吸の仕方を思い出した。心臓が爆発しそうだ。服は汗でベタベタになっている。時計の針は午前5時。昨日地図を広げたまま寝てしまったのだ。それにしても2日続けて嫌な夢を見た。二度寝しようと布団を掛けた所でガバッと起き上がる。

 

夢?地図?

布団をはね除け、開きっぱなしになっていた地図を覗く。×印。昨日の夜には影も形も無くなっていた赤い×印。それが地図にまた描かれている。それも昨日見た場所とは違う所で。そう、夢で見た"春ノ宮駅" だ。

 

これでやっと確信した。

僕の夢は夢ではなくて、未来を見る予知夢なのだ。それも自分が死ぬ運命の。そして、その死ぬ場所を親切にもこの地図が示している。夢と地図さえあれば死なずに済む。……しかし、言い換えると夢を見て、地図に印がある限り、僕は死と隣合わせという事だ。

 

「こんなの……冷静で居られる訳ないだろうが!どうして俺が死ななきゃならないんだよ!」

 

頭を抱えて唸る。意味が分からない。夢と地図はどういう事かは理解出来た。それで何故、僕が"殺されなければならない"のか。いっそのこと、何の前触れもなく命を奪ってくれた方がましだ。勿論、死にたくはない。誰かが仕組んだイタズラではないことは分かっていた。死神が僕の足掻く様を見て楽しもうとしているのだろうか。だったら、とことん足掻いて生き延びてやる――。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「田沼ー、なんだって30分も集合早くしたんだよー。俺、朝弱いんだって」

 

今日は祝日。友人の月宮と朝川のショッピングモールの映画館に行く約束をしていた。その為には電車で4駅分乗らなければいけない。だから、最寄りの"春ノ宮駅"に赴く必要があった。死を避けるには家から一歩も出ない事が確実だが、月宮とは小学校以来会えていなかったから、約2年ぶりの再会なのだ。死神なんかに邪魔などされたくなかった。

そして、僕は夢の中で腕時計を見ていた。時刻午前9時29分。27分に来る筈だった電車が遅延して2分程遅れていたのだ。ならば、その時間を避ければいい。車に轢かれそうになった時、僕は道を変えた。それでも事故は起きた。つまり、僕が居ても居なくても夢の出来事は発生するのだ。一本早めればいいのだろうが、ここは安全を期して30分早く集合をした。

 

「…にしてもさー、今日運悪くね?信号引っ掛かってばっかだよ」

 

「え?」

 

これで駅での事故は回避出来ただろうかという不安でいっぱいだったが、ふと顔を上げると赤信号で足止めを食らっていた。そう思えば1つ前の交差点でもタイミング悪く赤だった。まぁ、こんな日もあるもんだ。

……いや、これが"偶然"でなかったとしたら?死神が僕を殺そうと9時29分の電車に乗らせるつもりなのか。でも、いくらなんでも赤信号だけで30分も足止め出来るだろうか。だとしたらもっと大幅に動けなくさせる事態が起きてもおかしくはない。焦って辺りを見渡す。

 

「月宮!歩道橋渡るぞ!」

 

「は?いいじゃん待ってれば」

 

「いいから!」

 

「どんだけ映画見たいんだよ。言っとくけど早く行っても直ぐは見られないぞ?」

 

「いいから!!」

 

僕は構わず歩き始める。月宮も渋々と後についてくる。急いではいるものの、歩道橋は文字通り石橋を叩いて渡るが如く慎重に渡る。ここで何かが起きるかもしれないからだ。

 

 

その後は特に問題はなく、無事に駅に着くことが出来た。僕は安堵して胸を撫で下ろす。

 

「あ、田沼ー、すまんちょっとトイレ行ってくるわ」

 

「え?」

 

月宮の思わぬ発言に変な声が漏れる。月宮が駅でトイレに行くなんて夢ではなかったからだ。

 

「ちょ、ちょっと我慢しろって!」

 

「なんでさ?今空いてるし」

 

「隣駅で行っていいから!」

 

「……いや、ここでさせてくれよ」

 

「えーと、とにかくここじゃ駄目なんだ!」

 

「分かったよ!膀胱炎になったらお前のせいだからな?」

 

なんとかして月宮を引き止めることに成功した。そしてホームで待っているのは不安事項が多すぎるので改札のすぐそばで待っていた。何度も月宮にホームへ向かわないかと言われたが、頑なに拒否し続けた。月宮も諦めた様子で隣で携帯を弄っている。

 

 

『まもなく、電車が参ります。本日は電車が遅れてしまい、誠に申し訳ございませんでした――』

 

どうやらホームに電車が入ってきたらしい。車輪がレールを転がる音がここまで聞こえてくる。

 

「行こうぜ」

 

「いや、もうちょっと待ってて」

 

「……どうしたんだよ。今日なんかおかしくね?」

 

「うん、かなりおかしい。訳は電車の中で話す」

 

電車が完全に止まるのを確認すると、ホームへ向かう。時間はずれているものの、電車に乗り込むまでは安心出来ないからだ。降車してきた人と階段ですれ違う。そして発車のミュージックが流れ始めている電車に――乗り込んだ。

 

 

「ふぅー……」

 

人で溢れている車内で壁に寄り掛かりながら息を吐く。一瞬にして全身の緊張がほどけるのを感じる。

 

「……で、どうしたんだよ?」

 

「あ、あぁ。実は――」

 

 

僕は昨日と今日の夢について話した。駅から話し始め、映画館へ着く頃にちょうど終えた。月宮は馬鹿にするでもなく、信じている訳でもなさそうに聞いていた。正直あまり興味は無さそうだった。

 

「……ふーん。で、夢と地図に殺されそうになっていた、と」

 

「そういうこと。……まぁ、端から信じられないとは思ってたけどさ」

 

「いやいや、信じてるって――って、言いたいけど、ちょっとなぁ。ノイローゼになってるだけじゃね?」

 

「……地図も持ってきた」

 

「あんのかよ!……へー、普通の地図にしか見えないけどな」

 

「あ……」

 

リュックから地図を取り出して広げる。広げながらまた異変に気付く。またしても赤い×印が消えていたのだ。

 

「……フラグを回避したってことなんかな?」

 

「え?」

 

月宮が呟いた言葉に思わず顔を上げる。顎に手を当てて何か考えているみたいだ。

 

「正直、急にそんな話されても信用は出来ない。けど、もしそれが本当で×が消えてるってなら、死ぬ運命を回避したってことになるんじゃないか?」

 

「そっか……。でもまた何時×印が出てくるか分からないし」

 

「無い分には心配する事はないっしょ。ほれ、ぼちぼち時間だぞ」

 

備え付けのデジタル時計を指差しながら月宮が言う。入場開始の時間だった。完全には吹っ切れないものの、久し振りに再会した友人と話しているうち、徐々に警戒が和らいできた。シアターに移動して、指定された席に座りながら近況報告をし合う。会話に花を咲かせているといつの間にか上演時間になっていた。ブザーが鳴り、場内が暗くなる。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あー、もやもやする!あの終わり方は気に入らん!」

 

「そう?個人的には結構好きだけどな」

 

「田沼、ああいうドロッとした話好きだもんなー」

 

「ドロッとって……。で、どうする?このまま帰るわけないだろ?」

 

「もち!ゲーセン寄ってこうぜ」

 

「2階の?3階の?」

 

「3階!2階は音ゲーのバリエーション少ないからな」

 

「また太鼓?」

 

「へへん、今はもうちっと手を広げてるのさ」

 

映画を観終えて、モールをうろうろしていた。遅い昼飯をフードコートで済ませ、少し離れたゲーセンに向かって歩いていた。祝日のモールは人が多く集まっている。天気が悪いのなんてお構い無しに足を運ぶ。ここは4階建てで、真ん中が吹き抜けになっている。安全の為にガラスの柵が立ててあり、両側に店がずらっと並んでいる。店先には真っ白な身体に無駄にきらびやかな洋服を着せられているマネキンや、無駄に強い香りを漂わせているアロマグッズが置かれている。そんな中を潜り抜けて、一番端にあるゲーセンに辿り着く。

 

「よっしゃ!ちょっとやってくるぜー!!」

 

自動ドアを跨ぐや否や、月宮は風の様にピューっと筐体に向かっていった。僕はというと正直ゲーセンは好きではない。この筐体から流れる大音量とメダルが零れる時の金属音が喧しすぎて、落ち着けないのだ。そのまま回れ右をして外に出る。柵に寄り掛かりながらぼんやりと人の流れを眺める。家族連れ、カップル、歳の老いたお爺さん――。本当に何も予定の無い日は人間観察に費やしても面白いかもしれない。絶対にしないとは思うが。それぞれが何かしらの意思を持ってここに居る。買い物に来た人、映画を観に来た人、遊びに来た人、予定無くぶらぶらしている人だって暇潰しという意思を持っている。

そんな中で一際、僕の目に留まった人が居た。決して目立つ格好をしていたわけでもない、決して可笑しな行動をしていたわけでもない。歳のそこまで離れていないだろうその"女"は、葬式帰りなのだろうか全身真っ黒な衣服に身を包み、ちょうど吹き抜けを挟んで反対側に立っていた。そいつは他の人とは違ったのだ。他の人に見られる"意思"が無いように見えたからだ。ただじっとこちらを見つめ、微かに何か話しているのか口が動いているように思えた。しかし同じ階とはいえ、ここから女までは距離がある。何か喋っていたとしても聞こえるわけがない。

 

――こちらを見ている?何故、どうして?

記憶の限りではあんな女の知り合いは居ない。だったら一体、何故僕を見ているのか。黒い服の女を見つめ返していると変な錯覚が起きた。

 

 

女の背中に"鎌"が見えたのだ。

 

 

驚いて目を瞑ってから開くと、勿論そんなもの持っている筈がない。しかし、その姿に思い当たる節があった。

 

――死神――。

 

当たり前だが、死神を見たことは無い。しかし、死神と聞いてイメージするものと問えば、大多数が黒いローブに鎌を持っていると答えるだろう。女の姿は死神のそれを想起させるものだった。

そんな事を考えている時だった、女が不意に歩き始めたのだ。普段ならば、見ず知らずの人を呼び止めるなんて絶対にしない。けれども、この時ばかりは違った。

 

「待って!!」

 

非常に失礼ではあるが、死神に見えた女、最近の奇妙な出来事、そして僕をずっと見ていた事。それが無関係には到底思えなくて思わず声を掛けたのだった。だが、女に声が届かなかったのかそのままエスカレーターへ向かっていた。僕は急いでその後を追いかけようとした――。

 

 

ガシャン…

 

鈍い音がモールに反響する。なのだが、どこで鳴ったのかは瞬時に理解出来た。取れたのだ。僕が掴んでいた筈の"柵"が。だって思わないだろう、大きな柵が外れるなんて。重心を掛けていたのでバランスを崩しながら落下する。落ちる際、どこかにリュックが引っかかってビリっと破れる音も聞こえた。リュックが引っかかった程度では、僕の体重を支えられるわけがないので柵と共に1階の床へ叩きつけられる。どこからともなく、悲鳴が聞こえる。辺りが大騒ぎになっているが、それを確認する余裕はない。頭を強く打ちつけられたのだろう、ドクドクと血が流れ出てくる。うつ伏せで倒れているからか目の前がどんどん赤く染まっていく。そこにひらりと1枚の紙が降ってきた。僕は薄れゆく意識の中でそれを見た瞬間、目を見開いた。まず紙というのは地図だった。リュックが破けた際に放り出されたのだろう。そしてその地図には、いつの間にか赤い×印が付いていた。まさに僕が倒れているこのモールに。これもまた予知されていたことだったのか。……しかし、今回は夢を見ていない。……そうか、寝ていないからだ。当たり前だ。寝なければ夢を見るはずがない。仕方ないと心の中で笑いつつ、迫りくる死を覚悟していた。徐々に身体が冷たくなっていくのを感じる。

 

そんな僕の傍に誰かが立っている。横目でちらりとそれを見る。黒装束の女だった。落ちたのに気づいてからここに来たとしては早すぎる。やはり僕が落ちて死ぬ事が分かってたに違いない。女が何か喋っている。こんなに近くに居るのに聞こえない。声が小さいとか、口パクをしているわけだはない。僕の耳が正常に機能していないのだ。女の声も、周りの雑音も、もはや何も聞こえない。聴覚だけではない。視界もモザイク掛かってでしか見えない。3階から落ちて頭を打った筈なのに痛みも無い。そしてついには意識さえも消え去ってしまった――。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「――ま――た…ま――――田沼」

 

パッと目を覚ます。瞼を開いた瞬間、銃声が大音量で響く。目の前で沢山の人間が死んでいる。……そう、スクリーンに映し出されている映画の中で。

 

「お前クライマックスで寝るなよ。後で語り合えないじゃないか」

 

隣に座っている月宮が小声で話しかけてくる。どうやら映画の途中で眠ってしまっていたらしい。それなのに映画の内容は全部分かる。ついでにこの後何が起こるのかも。脳裏に3階から落ちる自分がフラッシュバックした。

 

 

今日死なない為にどうするのかは分かった。今日以降、生き残るにはどうしたらいいのか。それを知るのはあの女以外居ない。まずは女を探し出すことが重要だ。

 

スタッフロールが終わると同時に僕は立ち上がった。




初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりです。
碓氷 修夜です。

この度は『死亡予告地図』をお読みいただきありがとうございます。自分としては久々の短編小説であったりもします。ちょくちょく連載の合間なんかに短編が書けたらいいですね。

今作についてですが、最初の屋上の夢だけ本当であったりもします。本当というのは、作品の中の話ではなく、私自身が本当に見た夢ということです。確か高校生くらいの時に見た夢だったかと思われます。当時、学校の屋上へ上ったことはありませんでしたので、どうして瞬間的に屋上だと分かったのかは理解出来ないです。まぁ、夢独特の意味が分からない感じのやつですかね。
更に言うと、この話でフリーホラーゲームを作ろうかと思っていた時期もありました。しかし、そんな技術もなく気力もなかったので、結局妄想の産物として頭の中に保存していました。それでは勿体ないとここでリサイクル(?)したわけでございます。続きも考えてはいますが、あくまで短編としての投稿なので続編はおそらく書かないかと。

そして私事にはなりますが、最近PCを買いました。今までは携帯のメモ帳にちまちまと書いていたのですが、執筆の速度が段違いです。……執筆に向かうかどうかは別の問題ではありますが。


それではここらで締めさせていただきます。
改めて、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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