次の日曜日。
生徒会メンバーと一輝、ステラは奥多摩の合宿場へと来ていた。
巨人が出るという噂があるため、その正体を突き止めるためだ。
ステラや恋々はとても乗り気だったが、それ以外のメンバーは面倒…そこまで乗り気ではなかった。
しかし理事長直属の頼みとあらば断わるわけにもいかないということで、全員そろってこの場にきたのだ。
奥多摩に着いた翔人たちは取りあえず腹ごしらえをしようということで、刀華を中心に昼食づくりをすることになった。
それぞれ手分けして、刀華の持ってきた具材や合宿場から借り受けた調理器具をキャンプ場まで運ぶ。
「ねぇねぇステラちゃん!一緒にバドミントンやろうよ!」
そんな中一足先に調理器具を運び終わっていた恋々が、ラケットを片手にステラに呼びかける。
「いいわね!でもアタシは強いわよ?」
「なにおー!アタシだってフットワークじゃ負けないってのっ!かかってこーい!」
「ふふん♪このアタシに勝負を挑んだこと後悔させてあげるわ!」
恋々の誘いにノリノリでついていくステラに一輝は、
「あ、ステラ……」
と呼び止めるも、ステラはすでに走り去ってしまっていた。
「やれやれ、今からご飯を作るって話してたのに」
溜息をつく一輝に、スーパーの袋一杯の具材を運んできた刀華は優しい笑みを浮かべる。
「別にいいですよ。カレーなのでそんなに人数はいらないですし。ステラちゃんや兎丸さん以外にもほら」
刀華はそう告げ、近くのベンチで寝ている翔人を指さす。
「ひろくんを含めた3人には後片付けをやってもらいましょう」
「そうですね」
一輝がそう告げると、刀華、泡沫、一輝はそれぞれの作業へと取り掛かっていった。
一輝が自分の仕事を終え、一足先に炊事場を抜けようとしたとき、
「ふっふっふ。どうしたんだい後輩クン。刀華の大きいお尻に見とれてたのかな?」
刀華を見つめて立ち尽くしていたことを、ご飯を炊いている泡沫に追及された。
「い、いえ。ちがいますよ!」
一輝はすぐに否定をかぶせる。
「そうじゃなくて、…自分でもよく分からないんですが、こう、目を奪われたんですよ。東堂さんが炊事場に立つ姿に。なんていうか、目を逸らしちゃいけない何かがあるように思えて」
「へぇ………」
一輝の返答に泡沫は興味深そうにうなる。
「一目でそれに気づくなんて、後輩クンはやっぱりただモノじゃないね」
「どういうことですか?」
「あの立ち姿に見逃しちゃいけない何かを感じたんだろう?その感覚は正しいってことだよ。あの姿こそが刀華の核、彼女の強さの源泉みたいなものだからね」
「強さの源泉…?」
「あぁ、昔から刀華を見てきたボクたちは、それをよく知っている」
昔からという言葉や、これまでの会話といい泡沫と刀華の間に何やら古い縁を感じた一輝は、その気づきを率直に口にした。
「禊さんは東堂さんを昔からご存じなんですか?」
「ん?うん。知ってるよ。何しろボクと刀華は同じ養護施設の出だからね」
「え………」
「貴徳原財団が展開している社会福祉事業の一つ『若葉の家』っていうのがあってね。身寄りのない子どもを引き取って養育してるんだ。ボクと刀華は二人ともその施設にいたんだよ。翔人とカナタも昔からよくその施設に出入りしてたから、その頃からのなじみだね。懐かしいよ」
「そう、だったんですか」
泡沫はなんでもないようにこのことを話すが、一輝は少しばかり反応に困った。
幼馴染までは予想していたが、同じ施設の出というのは完全に予想外だった。
ことがことだけに、これ以上この話題に触れるべきなのか否か、一輝は計りかねていた。しかし……
(・・・・東堂さんの強さの源泉)
昔から二人を見ていたという泡沫の言葉に、一輝はとても興味が引かれた。
だから一輝は思い切って尋ねることにした。
「あの、よかったら教えてくれませんか。御禊さんの言う彼女の強さの源泉がなんなのかを」
その問いに泡沫はしばし黙り込んでから、言葉を紡ぐ。
「………後輩クンは養護施設って聞くとどういう場所だと思う?」
「身寄りをなくした子どもたちが暮らす施設………ですよね?」
「まぁそりゃそうなんだけどさ、でもその『身寄りのなくし方』にもまあ色々あるんだよね。事故や災害で親を亡くした子どもや親に捨てられた子ども………そんなのはまだいいほうで、親や親戚に殺されかけて行政に引き離されたり家出を出た子どもとかも、まあいろいろね」
「親族に………ですか」
「うん。で、ウチの施設は当時、そんな結構複雑な事情を持った子どもがいたこともあって、まあなんというか、雰囲気が悪くてね。似たような境遇の連中同士で、些細なことで傷つけあったり罵りあったり………みんな苦しんでいたよ。だけどそんな中で刀華はそのみんなのことを笑顔にしようといつも頑張っていた。自分と同じ境遇なのに。小さな子どもに絵本を読んで聞かせてあげたり、院長先生にかわって美味しいご飯を作ってくれたりね。………院長先生はすごく良い人なんだけど、料理だけはもう本当にまずくてたまらなかったからね。あれはもうみんな大喜びだったよ。あはは」
「面倒見のいい人だったんですね」
「昔からね。それに翔人も同じさ。彼も身よりをなくして辛かったはずなのに…それに施設に入っていたわけでもないのに、施設のみんなを楽しませていたよ。2人とも人の世話を焼かずにはいられないタチなんだ。…その親に殺されかけた奴にしてもそう。そいつはもうともかく手に負えないくらい乱暴で、どうしようもないくらい壊れてて、何度も何度も二人を傷つけたけど、だけど二人は一度だってそいつのことを見捨てなかった。そのおかげで………そいつはもう一度人間に戻れた。人間らしい感情を取り戻すことが出来た。だからそいつは今でも二人に感謝してて、刀華と翔人のことが大好きなんだ」
目を伏して訥々と昔の情景を口にする泡沫。
その話口調は所々一人称になっている。
おそらく、……その親に殺されかけた子供というのは泡沫自身のことだろう。
「そんなそいつがさ、いつか刀華と翔人に尋ねたことがある。どうして2人はそんなに強いのかって。どうしても気になったんだ。刀華も翔人も両親を亡くした自分たちと同じ境遇の、同じ子供のはずなのに、どうして他人にそこまでできるのかが。そしたら刀華は、『自分はたくさん両親に愛してもらった。それは普通の家族に比べたらとても短い時間だったかもしれないけど、たくさんの笑顔と愛情をもらった。その思い出は両親が無くなった今でも自分を支えてくれている。だから自分も、他の子供たちを笑顔にしたい。みんなが支えになるような思い出を作ってあげたい。自分の両親がそうしてくれたように。人を愛することは、両親が自分に教えてくれた大切で大好きなことだから』ってね」
そこでいったん息をつき、泡沫は再び話始める。
「対して翔人は『俺は強くなんかないさ。確かに俺は両親を殺されたよ。でも今の俺には大切に思っている人がいる。もしその人がいなかったら俺はお前と同じようになっていたかもしれない。だからお前も大切に思う人を探すんだ。そんな人がいればどんなやつだって俺のようになれるさ。もちろんお前もな』って言ったんだ」
そこまで言われて、一輝も理解した。
2人の強さの源泉が何なのかを。
「後輩クン。君は強い。正直予想以上だった。ボク程度じゃ歯が立たないし、カナタでも危ういと思う。だけど、そんな君でも刀華や翔人には勝てない。2人の強さは別格だ。刀華なんかは自分が負けるということがどういうことか、どれほど多くの人間に悲しみを与えることかを知っているから。翔人のことは詳しくは分からないけどきっと同じようなことを思っていると思う。だから負けない。2人と君では、背負っているモノの重みが違うんだ」
「…………」
告げられた言葉に、一輝は応答を返さなかった。
ただ、視線を泡沫から、楽しそうに料理を作る刀華に向けて、思いをはせる。
そんな一輝の様子を見て、途中から耳だけ泡沫の話に耳を傾けていた翔人が呆れたように心の中で息をもらす。
(刀華なんかと比べなくても、お前にはお前なりにしっかり背負っているモノがあるだろうに…)
と。
それに…と翔人は続ける。
(お前は刀華を超えることのできる実力を持ってるんだから。そんな分かりきったことで悩んでる時間なんてないぞ)
と翔人は心の中で小さくエールを送った。
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昼食を食べ終わると、刀華が散策のために班分けを行った。
伐刀者を言えど山の中を一人で歩くのは危険だからだ。
班は刀華・泡沫班、雷・恋々班、そして一輝・ステラ班の3つだ。
緊急時に備え、カナタと翔人は合宿場の建物に残ることになった。
始めは翔人は刀華と組んで散策するつもりだったのだが、『腹いっぱいだからめんどい』の一言で全員が諦めたのだった。
「………」
一輝たちが散策に向かってから数十分。
翔人は暇を持て余していた。
こんなことなら行けばよかった、と少し後悔してる節もある。
そんなことを思いながら寝ころんでいると、
「翔人君、お茶にしませんか?」
と、カナタがお茶をもって来た。
「あぁ、ありがとな」
断る理由もないため翔人はカナタの誘いを快く受けた。
「それにしてもカナタとこうして2人きりになるなんて久しぶりだな」
お茶を飲みながら翔人はそう告げる。
ルームメイトである刀華や、同性の泡沫なんかは2人でいることは多いが、カナタと2人きりと言うのは翔人にとって珍しいことだった。
「そうですね。……私ちょっと寂しかったんですよ?」
「……は?」
カナタの突然のセリフに翔人は思わず変な声が出てしまった。
「刀華ちゃんや泡沫君とは2人きりでいることが多いのに、私と2人きりになることは昔に比べて格段に少なくなっていることに気がついてませんか?」
刀華や泡沫が養護施設に来るよりも前から2人は知り合っている。
刀華と泡沫が来るまでは同じ年である翔人とカナタはよく2人でやんちゃしていたものだ。
故にカナタがそのことを言っているであろうことは翔人にとって安易に想像できることだった。
「まぁそうかもな…。でも別に話す機会が少なくなったというわけじゃないし、むしろ生徒会で一緒にいる時間は増えたろ?」
「それは…まぁ……そうかもしれませんが…」
「煮え切らないな。一体どうしたんだ?」
「い、いえ。なんでもないですよ。……それよりもみんな大丈夫でしょうか?」
露骨に話をそらすカナタに疑問を覚えつつも、翔人はカナタの質問に答える。
「刀華や恋々の班は大丈夫だろ。ただ一輝たちの班はちょっと思うところがあるけどな」
「えっ!?どうしてです?」
「ヴァーミリオンだ。さっきの昼食のときヴァーミリオンは全然食べてなかったろ?一輝の話じゃいつもはもっと食べてるらしい。なのに一杯しか食べてないのはおかしいと思ってな。あいつ体調でも悪いんじゃないか?」
「そうですか…。なら黒鉄君から電話がかかってくるかもしれませんね」
「あぁ。まぁでもそうしたら俺があいつらを迎えに行くよ」
「分かりました。その時はお願いします」
と、カナタが言い終わった瞬間電話が鳴った。
相手は……
「黒鉄君です」
「そうか…」
カナタはそう言うと、電話へと耳を傾けた。
「はい。……はい。…分かりました。すぐに翔人君が迎えに行くそうなので何か目印になりそうなものはありますか?。……わかりました。では」
カナタは電話を切ると翔人に向きかえる。
「黒鉄君たちは小屋にいるそうです。場所はわかりますか?」
「まぁなんとなくな。それじゃあ行ってくるよ」
「気を付けてくださいね」
「はいよ~」
翔人はそう告げると一直線に走り始めた。
……言葉通り一直線だ。
森に入ってもそれは変わらない。
目の前に木があれば切り倒して進む……
ものすごいスピードで移動していったため、木が倒れるスピードももちろん速かった。
故に倒れる音も相乗効果で大きくなり、それはまるで地震のようだった。
というか、音だけでなく木が倒れる衝撃で実際揺れていたので地震そのものと言っても間違いはないだろうが……