翌日、翔人は第一訓練場へと足を運んでいた。
まぁ理由は言うまでもない。
一輝と刀華の試合を見るためである。
しかしそこで一つ生じる疑問があろう。
翔人自信の試合はどうしたのだ、と。
これもまぁ言うまでもないと言っておこう。
案の定相手が棄権したのだ。それも試合前に。
翔人は流石に試合前に棄権されることはなかったので、内心苦笑いだった。
そのため2人の試合の行方を見ておこうということになったのだ。
「うわっ、人多いな」
あまりの人の多さに翔人はそう口をこぼす。
「仕方がないだろう。スキャンダルまがいのことがあったのだから」
「まぁそりゃあそうですけど…」
翔人の言葉に答えたのは黒乃だった。
「よっ、ひろ坊」
「寧音か…」
黒乃の横から出てきた寧音に翔人はあからさまに嫌そうな顔をしてそう告げる。
「ちょっ、何で私とくーちゃんでそんなに扱いが違うのさ!?」
「………自分の心に聞いてみろよ」
「何だ?寧音と斎藤の間に何かあったのか?」
翔人と寧音の会話が気になった黒乃が笑いながら翔人に尋ねる。
そんな黒乃に翔人は笑い返しながら、
「それがですね~聞いてくださいよ」
「ちょ、ちょっとタンマ!分かった。私が悪かったから!」
なにかを言おうとするが、寧音が必至の形相で割り込んだ。
どうやら人に言われてはダメなことのようだ。
「んっふっふ。朝から元気ですねぇ」
3人の朗らかな空気を塗りつぶすように、ねばっこい声が3人の後ろから聞こえた。
3人揃って声のしたほうに振り向くと、そこには額から吹き出す汗をハンカチで拭う、暑苦しい樽のような男が立っていた。
「こんにちわぁ。いやー今日も暑いですねぇ」
「赤座委員長……」
赤座の登場に黒乃と寧音、翔人は揃ってその端正な作りの顔をしかめる。
当然だ。歓迎できるような相手ではない。
「赤狸がうちらになんの用さね」
露骨に棘のある口調で寧音が問うと、赤座は笑い、
「いえいえ。私は用などないのですが、そこで偶然会った先生に、お二方のところへ連れていってほしいと言われましてねぇ。あぁこっちです先生」
3人の元へ小柄な老人を連れてきた。
「あぁ、やっと見つかったわい。これだけ敷地が広いとどこになにがあるのかよう分からんでな」
「げっ、じじい!」
その姿に真っ先に反応したのは寧音だ。
それも当然。
老人の名は《闘神》南郷寅次郎。
御年92歳の日本人最高齢の魔導騎士であり、寧音の師匠でもある男なのだから。
「ひょっひょっひょ。我が愛すべき愛弟子は相変わらず口が悪いのぉ。まぁそこが可愛いところなんじゃがの?」
「か、かわっ、…き、気持ち悪いこと言ってんじゃねーよ!」
「顔が赤いぞ寧音。素直に喜んだらどうだ?」
「う、うれしくなんかねーし!」
そういう寧音の顔には、言葉では繕いきれない照れがあった。
(出たっ、ツンデレ)
翔人は今の寧音を見てそんなことを思う。
「翔人も久しぶりじゃの。エーデルワイスは元気かの?」
「久しぶりだな寅さん。まぁそれなりに元気なんじゃないの?最近会ってないから知らん」
南郷の問いかけに翔人はそう返す。
翔人はエーデルワイスとの修行や刀華との練習の中で幾度と顔を合わせているため、結構仲が良い。
それゆえに寅さんと呼んでいる。
まぁ闘神を寅さんなどと呼べるのは片手で数えるくらいしかいないだろう。
翔人はその片手で数えられる人間の中に入っていた。それだけの話だった。
「ひょっひょっひょ。そうかそうか。なら良かったわい」
「それで今日はどうしたんだ?刀華の試合でも見に来たのか?」
翔人は思っていたことをそのまま口にする。
というかそれ以外で来る理由が思い浮かばなかった。
「まぁの。それに相手が黒鉄の者とあっては足を運ばんわけにもいかんじゃろう?」
「まぁ寅さんにとってはそうだよな」
そう、先ほども告げたが、南郷は寧音の師であると同時に刀華の師でもある。
シニア時代の刀華に才覚を見出して、それ以降彼女に自分の剣を教えてきた。
今刀華の代名詞となっている《雷切》も、もとはこの老人の技である《音切》を刀華用にアレンジしたものだ。
「んっふっふ。南郷先生はかの大英雄・黒鉄龍馬氏と同じ時代を生きた、生涯のライバルでしたからねぇ。興味を持たれるのも当然ですぅ」
南郷は92歳。
大英雄・黒鉄龍馬と第二次世界大戦を共に駆けた戦友であり、同時に彼のライバルでもあった男なのだ。
「しかしですね、南郷先生。今日はもしかすると、試合は中止になるかもしれませんよぅ」
ふと、赤座がありがたい顔にいやらしい笑みを張り付けて、そんなことを言った。
「なに?」
その言葉に黒乃は眉をぴくりと動かす。
彼の声音に言い表しようのないほどの悪意を感じ取ったからだ。
そして、それと穂の同時に、
『ご来場の皆様にお知らせいたします。東堂刀華選手対黒鉄一輝選手の試合時間となりましたが、まだ黒鉄一輝選手が控室に到着しておりません。選抜戦規定により、今から10分以内に黒鉄選手が到着しない場合、不戦敗とさせていただきますので、ご了承くださいませ』
そんなアナウンスが会場に響き渡った。
「……確か、黒鉄は赤座委員長が車で一緒につれて行くから迎えはいらないと、そういう話ではありませんでしたか?」
確かに昨日赤座はそう黒乃に言って、出迎えを断ってきた。
だというのに―――
「んっふっふ。いやぁ申し訳ない。すーーーっかり忘れておりましたぁ。ほんとーに申し訳ありません。しかし連盟支部からここまではそう離れておりません。…体調が悪くて途中で倒れたりしないかぎりは心配する必要ありませんよぉ。んっふっふ」
(この野郎………)
胸中に湧き上がる不快感に黒乃は鬱血するほど拳を握る。
そんな黒乃に翔人は諭すように告げる。
「理事長、一輝なら大丈夫です。例えどんなことがあろうとこの場に絶対来ます。まぁ来なくても、そこのタヌキを殺すんで大丈夫です」
笑いながらそう告げられ、黒乃は全身に鳥肌が立ち、感じたことのない寒気がしたために我に返った。
翔人の笑いながら出すオーラ、すなわち殺気はこの場にいる人間を恐怖の底へと誘った。
赤座なんかは恐怖で顔が青ざめ、大量の冷や汗を垂れ流している。あと少しで漏らすまである。
が、そうではない人物が1人―――――
「ひょっひょっひょ。中々成長したようじゃの。ワシではもう敵わんかもしれぬ」
「まぁ修行はしてましたからね。
南郷だけは翔人のオーラにやられてはいなかった。
年老いても実力は変わらぬようだ。
「して翔人よ。黒鉄の男はそんなに強いのか?お前がそこまで言うなんて珍しいと思うのじゃが」
「まぁ試合を見ればわかりますよ。まぁ刀華に負けず劣らずの力は持ってます」
「ほぉ……」
南郷は翔人の話を聞き、思わず頬が緩んでしまう。
それこそ一度手合わせ願いたいと思うほどに、彼の中で一輝に対する印象は上がっていた。
「斎藤、そういえば東堂のところへは行かなくていいのか?」
翔人たちの話が終わったとみた黒乃がそう翔人に尋ねる。
そんな黒乃に翔人は笑いながら答える。
「今の刀華に会ってもすることないですし大丈夫ですよ。もう完璧にスイッチ入っちゃってるでしょうし」
そんなことを話していると翔人に一通のメールが届いた。
差出人は――――――
恋々だ。
『副かいちょーへ。クロガネ君来たよー。もう少しで会場へ着くと思うよ』
「フッ…」
メールを見て思わず翔人は笑ってしまう。
周りにいるメンバー、中でも黒乃が今の笑いが気になったようで、
「どうしたんだ?」
と声をかける。
「役者が揃ったみたいです」
黒乃の問いかけに翔人は笑ってそう答えた。
次回選抜戦最終回!