月の北極点近くに存在する『シルベスタークレーター』
主要都市や軍事拠点からも離れたこの場所には他勢力からその存在を隠すようにテタルトス軍の重要研究施設や兵器工廠が建設されていた。
俗に言う『シルベスター工廠』と呼ばれる場所である。
通常のモビルスーツや戦艦などは月を周回しているコロニー型の工廠でも開発されている。
だが、『シルベスター工廠』ではエース級の機体や『タキオンアーマー』といった特殊な装備の開発が行われていた。
無機質な機械音と人の声が響く中、兵器工廠に足を踏み入れたアスランは自身が依頼した開発中の機体の所へ向かっていた。
「お疲れ様です、少佐、いや、もう中佐でしたね。昇進おめでとうございます、ザラ中佐」
声を掛けてきた馴染みの技師に苦笑しながら肩を竦めた。
「ありがとうございます、技師長。そう言われてようやく実感が湧いてきましたよ。それで頼んでいた機体はどうですか?」
「現在急ピッチで作業中です。こちらへどうぞ」
案内されたモビルスーツハンガーにはメタリックグレーのモビルスーツの姿があった。
その造詣はアスランが今まで搭乗して来た機体の特徴を色濃く併せ持っている。
「機体自体の完成度は約70%程度。後は試験運用を行い、データを収集しつつ調整を行う必要があります」
「背中の大型スラスターの方は?」
「そちらは今しばらく時間が掛かるかと」
この機体の性能をフルに発揮するには背中に搭載される予定の大型スラスターユニットが必須。
一応アレなしでも機体自体は非常に高い水準を誇ってはいるが―――
アスランは今なお開発が行われている機体を見上げる。
頭の中で技師の説明と現状を秤にかけると、すぐに判断を下した。
「技師長、次の作戦でこの機体を使います。大型スラスター開発を後回しにしてでも、この機体を使えるように仕上げてください」
「いや、それは」
「お願いします」
アスランの無茶な要求に技師長はため息をつくと、仕方ないとばかりに頭を掻いた。
「完璧な調整は時間が無さ過ぎて無理です。それでも?」
「ええ」
自分がいかに無謀な事を頼んでいるかは百も承知。技師である彼らにとっても満足に仕上げられていない機体をパイロットに引き渡すことは屈辱であろう。
しかしそれでも次の戦いでは、必ずエース級との戦いとなる。
だからこそ、この機体が必要なのだ。
「わかりましたよ。できる限りやってみます」
「すいません。無理を言ってしまって」
「無茶だけはしないでくださいよ」
再び深いため息をついた技師長は「全員、集まってくれ!」と機体に取り付いていた技術者を集め、今後の方針を話し始める。
その場は任せ、アスランはもう一つの目的地に足を運ぶ事にした。
「……正直、あまり行きたくはないが」
工廠を出て、入り口に止めていた車に乗ると奥に存在する地下へと向かうエレベーターへ乗り込んだ。
設置してある端末に身分証を翳し、データを読み取るとエレベーターが音を立て、ゆっくり地下へと下がっていく。
そのまま一番下の区画まで降りる。
そこはさらに厳重な警備で守られている、白い建物が見えた。
此処こそが『シルベスタークレーター』最深部に存在する最重要研究施設『シルベスターラボ』と呼ばれる場所である。
アスランは渋い表情を隠さず入り口で車を降りると、見張りをしている兵士達に身分証を見せた。
「アスラン・ザラ中佐だ。今日は作戦の概要説明に来た」
「ご苦労様です。どうぞ中へ」
ラボの中は病院のように白い壁が広がり、消毒液の臭いで満ちている。
「……相変わらず馴染めない場所だな」
この臭いはヤキン・ドゥーエ戦役で入院していた当時を思い出すのかどうも好きになれない。
極力意識しないように歩いていると、アスランを白衣を着た人物が待っていた。
「お待ちしておりました、ザラ中佐。こちらにどうぞ」
そのまま白衣を着た研究者風の男の後をついていく。
さらに奥へと向かうと病院のような白い壁から格納庫のような無骨な造りへと雰囲気が変わる。
内心、安堵しながら歩を進めているとモビルスーツが格納できる程の大きな空間にたどり着く。
そこには新型機と思われるモビルスーツと共に研究者と何かしらの訓練を行っている若い兵士の姿が待っていた。
「……調子はどうなのです?」
「『強化兵』は順調ですよ。数値も予定値を上回っていますし、いつでも実戦に投入できます」
「……分かりました。次の作戦の辞令が出ています。彼と話がしたいのですが?」
「おお、ついに実戦に! 少々お待ちください」
連れられてきた若い兵士はアスランが初めて実戦に立った頃と同じくらいの年齢だった。
兵士から向けられる挑戦的な視線を受け止めながら、アスランは感情を見せずあくまでも事務的な口調で告げる。
「……ラディス・グエラ少尉。ヴァルンシュタイン臨時司令からの命令だ。次の作戦ではお前にも出てもらうことになった」
「待ちくたびれましたよ。で、相手は誰ですか?」
プライドか、それとも自分の技量に絶対の自信があるのか。
どこか懐かしさすら感じる物言いにかつての同僚を思い起こした。
「中立同盟と……おそらくザフトもだ。お前の力を見せてもらう」
「ハッ!」
懐から端末を取り出し、研究者が持っていた端末へとデータを送信する。
「詳しい概要は今送ったデータに記載されている」
「……降下作戦の支援ですか」
「同盟やザフトは確実にこちらの降下作戦を妨害しようとしてくる筈だ。他の部隊もそれぞれ作戦に合わせて動いているが、我々は降下する部隊の防衛につく、準備を急げ」
「了解しました」
敬礼を返し、ラディスは気合を漲らせ自分の機体へ歩いて行った。
「ではザラ中佐、我々も準備を進めておきますので」
「……お願いします」
白衣の研究者達が背を向けて去って行くのを見送るとアスランは此処に来て初めて感情を見せた。
「……『強化兵』か」
その声には明らかな嫌悪感が含まれている。
『強化兵』に関しては正直な話、納得はできていないが、それはそれ。
自分は与えられた任務をこなす為に最善を尽くすだけ。
アスランはすべての用件を済まし足早にラボを後にすると、こちらも作戦準備を進める為、港に車を走らせた。
すでにイクシオンでは地球降下を開始する為の部隊が集められている筈。
今回は地球駐留軍との連係が肝になる。
港へ入るとそこで目立つ金髪が目に入った。
腰まで伸ばされ背中で纏められた金色の髪を見た瞬間、アスランは思わず顔を顰める。
「お久しぶりですね、ディノ、いえ、ザラ中佐」
「……地球からお戻りでしたか、ランゲルト少佐」
ヴァルター・ランゲルト少佐。
アスランと互角に戦える技量と的確な指揮力、そして優れた洞察力を持った軍人である。
男の名前と女性としか思えないその容姿によって良くも悪くも目立った存在であり、アスランにとってはその容姿を含め苦手な部類に入る人物だった。
「ええ。今回の作戦の打ち合わせがあったので。まあすぐに地球に降下する事になるのですが」
「ではこれから?」
「作戦に先駆け降下して、地上部隊の支援をする事になっています。まあ地上にはクアドラード大佐もいらっしゃいますから、必要ないと思いますけどね」
確かにファウスト・クアドラード大佐がいるのであれば、想定外の事態でもない限りは問題は起こらないだろう。
それに地上には義妹であるセレネもいる。
心配であることに変わりはないが、彼女ほどの技量があればエース級でも大丈夫な筈だ。
「義妹さんが心配ですか?」
「当たり前です」
即答したアスランが意外だったのかヴァルターは少しだけ驚いた表情を浮かべていたが、すぐに楽しそうな笑顔へと変わった。
「そうですか。それにしても、本名を名乗る事にしたのですね、ザラ中佐」
「……ええ」
アスランはヤキン・ドゥーエ戦役後からユニウス戦役終結まで事情があってアレックス・ディノという偽名を使っていた。
そのまま偽名を使い続けても良いかとも思っていたが、事情があり再び本名を名乗ることにしたのだ。
「どういう心境の変化です?」
「……大した理由ではありませんよ」
「アスト・サガミですか」
図星を突かれたアスランは思わず鋭い視線を目の前の人物に向ける。 しかしヴァルターは涼しい顔で見つめ返してくるだけだ。
こちらを見透かしてくるヴァルターは苦手だ。
そう、何という事はない。
決着をつけるならアレックス・ディノではなく、アスラン・ザラとして。
すべては倒すべき宿敵と決着をつける為に自分を偽る事はしたくなかっただけの話。
「なるほど。貴方がそこまで拘る相手……興味が湧いてきましたよ、アスト・サガミに」
歩み去る前に見せたその笑みに一瞬だけ、彼女の顔がダブって見えた。
これがヴァルターを苦手とするもう一つの理由だ。
髪を伸ばしたその容姿はアスランの知る人物とよく似ているのである。
いや、ヴァルターの方が幼さはあるものの顔だちは瓜二つと言って良いかもしれない。
関係のないヴァルターには悪いと思ってはいるが、昔の嫌な記憶を無理やり引きずりだされているようでどうしても気分が良くないのだ。
「……全く。昔の事とはいえ、いい加減にしないとな」
アスランは自分を戒めるように息を吐き出すと、頭を切り替え自分の乗るシャトルの方へ歩き出した。
それから数日後、中立同盟からの申し入れでテタルトスとの会談が行われた。
中立同盟はヨーロッパ戦線に関することを含めた多岐に渡る事象の話し合いと共にテタルトスの軍事作戦の自制を求めたのだが、結果は伴わず。
会談は物別れに終わり、ここから中立同盟とテタルトス月面連邦国は実質的に開戦状態へと陥る事になる。
◇
中立同盟が擁する宇宙の拠点の一つである『アメノミハシラ』眼前では只ならぬ緊張感と共に防衛部隊の展開が始められていた。
会談が物別れに終わった事でテタルトスと同盟の緊張感は一気に高まった。
そこにテタルトスの部隊がこちらに向けて進軍しているという報告が入ってきたのである。
その為、アメノミハシラでは同盟軍の旗艦である『イザナギ』を中心に迎撃態勢を整えているという訳だ。
「艦に異常は?」
イザナギのブリッジに座る艦長セーファス・オーデン准将は宙域図を見つめながらオペレーターに艦の状態確認を促すと、「異常なし」と返事が返ってくる。
イザナギはヤキン・ドゥーエ戦役後に建造されたイズモ級の戦艦であるが、最近改修を受けたばかりだ。
他のイズモ級とは一回り大きくなり、外見もよりアークエンジェル級に近いものとなっているのが特徴だった。
セーファスが艦の状況に気を配っているのも、これが新生イザナギの初陣となるからである。
「にしてもテタルトスの動きが早いな」
「それは事前に侵攻の準備を整えていたということでしょうか?」
「それはまだ分からないさ。前から大規模な作戦行動を取ることは予測されていたが、本当の目的がある可能性もある」
事前に得られた情報だけでは敵の思惑を看破することはできない。
しかし結構な数の敵部隊がこちらに向かっている以上、何かしら理由があるはず。
敵の行動が頭の隅で引っかかりながらも、これから行われる戦闘に関する戦略を練っていたセーファスの元にオペレーターからの緊迫した声が飛び込んできた。
「哨戒機より、緊急連絡!! テタルトス軍と思われる部隊を発見、こちらに向かっているとの事です!!」
「各部隊の展開状況は?」
「約8割がた展開を完了しています。残りはザフトと合流する予定の部隊だけです!」
今回テタルトスの軍事行動に合わせ、ザフトから増援の部隊が派遣されてくると連絡を受けていた。一部の部隊はザフトと合流し、側面から挟撃する事になっていたのだが、予想以上にテタルトスの動きが早かったようだ。
「……各機発進、予定通りに防衛行動を取れ。ザフトと合流する部隊は待機、作戦通りに行動せよ! フラガ一佐、頼むぞ」
「了解! ま、あれくらいであれば問題ないでしょう」
「油断は禁物だ。君なら大丈夫だろうがな」
モニターに映るムウ・ラ・フラガ一佐の軽い言葉に苦笑しながらも、セーファスは彼に絶大な信頼を置いていた。
彼は『エンデュミオンの鷹』と呼ばれるほどのエースパイロットだ。 その実力はこれまでの戦歴が物語っている。
戦場の指揮も彼に任せておけば、上手くやってくれる筈だ。
イザナギからムラサメ、ナガミツといったオーブの機体が出撃していく中で一際目を引く機体がカタパルトに運ばれる。
MVFーM15A 『スオウ』
今まで実用化された可変機構モビルスーツの集大成として開発されたオーブ軍最新型主力量産機である。
火力こそナガミツに劣るが非常に機動性を持ち、洗練された可変機構とOSによってパイロットの負担も軽減されている。
さらに今までの可変機と違いタクティカルシステムにも対応している汎用性も高い機体である。
「よし、ムウ・ラ・フラガ、『スオウ』出るぞ!」
スラスターを噴射しイザナギから出撃したムウは小気味よく機体を操りながら、口元を吊り上げた。
こうして戦闘機のような機体に乗っていると自分はモビルアーマー乗りだった頃の血が騒ぎ出す。
「調子がいいな」
ムウは子供のような笑顔でコンソールを軽く叩くと機体をくるりと旋回させ、思うがままに機体を振り回していく。
さらに調子を上げてフットペダルを踏み込もうとした時、他の機体からの通信が入ってくる。
「フラガ一佐、敵部隊、視認しました!」
「来たか。よぉし! 全機、迎撃開始! 遅れんなよ!!」
「「「了解!!」」」
飛行形態のスオウが先陣を切る形で、速度を上げると接敵したジンⅡを翻弄しながら、背後に回る。
「何!?」
「新型機か?」
「遅いっての!」
後ろを取ったスオウは即座にモビルスーツ形態に変形する。
対艦バルカン砲で、隙を見せたジンⅡを穴だらけのスクラップへと変え、さらに別の機体をビームライフルで撃ち落とした。
「よし、次だ! 全機、キチンと着いて来いよ!」
「「了解!!」」
スオウはまだ少数のみの配備となっているが、その機動性は現在存在する新型機の中でもトップクラスである。
そこに『エンデュミオンの鷹』と呼ばれたムウの力が加われば、旧型機ではスオウの動きを捉える事ができない。
両軍が激突し、火花を散らす。
そんな中、イザナギから新たな機体が出撃しようとしていた。
イザナギの両面のハッチが開くとアドヴァンスアーマーを纏ったブリュンヒルデと共に翼を持つ機体が姿を見せる。
「マユ、準備はいいですか?」
ブリュンヒルデのコックピットで金の長髪を纏めながら、レティシア・ルティエンスが隣の機体に乗り込んだパイロットに声を掛けた。
ZGMF-X22A 『トワイライト・フリーダムガンダム』
ユニウス戦役時に開発された同盟軍のフラッグシップ機である。
メサイア攻防戦の際に大破に追い込まれた機体を修復、武装や機体の一部に細かい改修を加える事で、以前に比べて安定した性能を発揮できるようになっている。
トワイライトフリーダムの調整を行いながらマユ・アスカはモニターに映るレティシアに笑顔を返した。
「私は大丈夫。トワイライトフリーダムの調子も良好です」
二人は姉妹のように仲が良く、ユニウス戦役でも背中を預けて戦っていただけあって互いの腕前も良く知っている。
機体が問題ないのなら、余計な気遣いは必要ないだろう。
「では行きましょう」
「はい!」
カタパルトに運ばれたブリュンヒルデが射出されると、見惚れるほどの動きで戦場へと飛び出してゆく。
流石教官も務めているだけあってレティシアの動きはお手本のように美しい。
ブリュンヒルデの動きに目を見張りながらトワイライトフリーダムがカタパルトに設置されると、マユは慣れた手つきで操縦桿を握りしめた。
《アスカ二尉、もうすぐ増援部隊や『グラオ・イーリス』も来る》
「……グラオ・イーリス」
その名を聞いた途端、不謹慎ではあるがどこかうれしい気持ちが湧き上がってくる。
こちらに向かっている独立部隊にはマユにとっても大切な人が参加しているからだ。
《それまで頼むぞ!》
「了解! マユ・アスカ、トワイライトフリーダム、行きます!!」
装甲が色付くと共にカタパルトに押し出され、蒼い翼を広げた機体が宇宙を駆ける。
「まずは!」
加速したフリーダムは一番戦闘の激しい場所へ駆けつけるとまずは正面にいる敵の排除に動く。
こちらに対して動きを見せる前に腰からビームサーベルを抜き、素早くフローレスダガーを切り捨てる。
「あの機体は!?」
「フリーダム!?」
「動きを止めるなんて迂闊です!」
斜めに裂かれたフローレスダガーを止まったリゲルにぶつけ、同時に撃破すると動き回りながらビームライフルで次々と標的を狙撃していく。
「ま、まさか『オーブの熾天使』か!?」
ユニウス戦役で猛威を振るった蒼き翼。
戦場を駆ける天使。
その姿は何時しかパイロットであるマユ・アスカの名と共に『オーブの熾天使』という異名となって各陣営に轟き渡っていた。
「迂闊に接近するな! 即座にやられるぞ!」
「くそ!」
ジンⅡのパイロットは狙いをつけてトリガーを引く。
しかしフリーダムを捉えるどころか、その姿は掻き消えビームは空を切る。
「消えた!?」
完全にフリーダムを見失った次の瞬間、ジンⅡのパイロットはコックピットごとライフルによって撃ち抜かれ、一瞬にして蒸発した。
「何ィィ!!」
「ひ、怯むな! 連繋を―――」
「させない!」
即座に敵部隊に肉薄したマユは両手に斬艦刀を握ると左右に振り抜く。
刃がテタルトス機の盾ごと切り裂き、さらに周囲の敵を背中の『ラジュール・ビームキャノンⅡ』で薙ぎ払った。
エース達の奮戦により、アメノミハシラに侵攻したテタルトス軍は一向に前に進む事が出来ず、押し留められる。
しかし、これに慌てる者は誰もいない。
何故ならすべてが予定通りなのだから。
◇
テタルトス軍によるアメノミハシラ侵攻の知らせはヴァルハラにも届いていた。
この事態を重く見た同盟上層部は防衛のための戦力を残しつつも、増援部隊をアメノミハシラへの派遣する事を決定した。
準備を終えた部隊から出撃していく中、補給を終えたミネルバもアメノミハシラに向けて進路を取っていた。
「未だあの赤いモビルスーツの調査も終わっていないというのに、次の任務とは」
「今回の場合は仕方がないわ。一応引き継ぎはしたし、こっちに集中しなさい、アーサー」
「分かってますよ」
前の任務を引きずるアーサーに気持ちの切り替えを促すとタリアは宙域図に映る先行部隊に目を移した。
部隊を率い先行しているのは同盟軍の象徴的な戦艦である『オーディン』だ。
オーディンは白亜の船体を持つ、ヤキンドゥーエ戦役から戦い続けてきた歴戦の戦艦である。
その姿をどこか懐かしい思いで見つめていたタリアにアーサーが声をかけた。
「艦長、全員揃いました」
「分かったわ」
ブリッジではアレンやルナマリア達が集まり戦場に到着するまでの間、現状の検証を行う事になっていた。
この前の遭遇戦も含め、全員がテタルトスの動きが気になっていたからだ。
「ここでテタルトスの軍事進攻ですか。会談が上手くいかなかった事は聞いていますけど」
宙域図を見ながら呟くアーサーにアレンが続くように口を挟んだ。
「侵攻自体は予想の範囲内ですけど、その割に思った程積極的に攻め込んでいないようにも見えますね」
「他に狙いがあると?」
「その可能性もあります」
宙域図を見ながら黙っていたルナマリアが疑問を口にする。
「何でアメノミハシラに侵攻したんでしょうか? 今は地球の情勢の方が混乱してますよね?」
「確かに……」
現在、混迷しているのは地球であり、ヨーロッパである。
そこに戦力を降ろすと言うなら分からなくはないが―――
そう考えたタリアはごく自然の回答へ辿りついた。
それはアレンも同じだったようで、その表情は明らかに険しくなっている。
「目的は地球ですか」
「間違いないわね。アメノミハシラ襲撃は陽動だわ。メイリン、オーディンに通信をつないで」
「はい」
通信がつながりモニターに映し出されたオーディン艦長であるテレサ・アルミラ大佐にこちらで出した結論を伝えると同じことを考えていたのかすぐに頷いた。
《なるほど。それならテタルトスの不可解な動きも説明できる。しかし、アメノミハシラも放置できない上、連中の本命を特定しなければ―――》
テタルトスの目的が地上に部隊を降下させる事であるならば、探索に時間を掛けている余裕はない。
さらにアメノミハシラの方の援護も必要となれば選択肢は一つだけ。
「時間がありません。我々が行きます」
《いいのか?》
「そのための独立部隊ですから」
《分かった。幾つかの部隊をミネルバに追随させよう。我々もザフトと合流した後、援護を向かわせるから無理はするな》
「了解しました」
先行していたオーディン率いる部隊から離れ、ミネルバは別方向へ進路を取った。
彼らの目的は戦力をヨーロッパに存在している基地に降下させる事。
ならば最も効率的な降下ポイントはだいたい予測出来る。
万が一、こちらの予測が外れアメノミハシラが本命だったとしても、追随してくれた部隊と共に踵を返し襲撃している連中を背後から挟撃すれば良い。
「アレン、ルナマリア、出撃準備を。ブリッジ遮蔽、対艦、対モビルスーツ戦闘用意!」
「「「了解!!」」
エンジンを最大出力にしたミネルバはテタルトスの部隊が居るであろうポイントに向けて、進み始めた。
◇
大気圏近くに集まる無数の戦艦。
それは地球降下の準備を整えたテタルトスの艦隊である。
彼らは当初の予定通り、地球降下作戦を開始しようとしていた。
この作戦の指揮を任されたアスランは母艦であるプレイアデス級戦艦『クレオストラトス』のブリッジで指示を飛ばしていた。
だが予期せぬトラブルに見舞われ、未だに作戦開始の合図が出せないでいた。
「地上部隊からの連絡は?」
「現在、予定外の遭遇戦が発生しており、作戦開始に支障が出ていると言ってきています」
「遭遇戦?」
「はい。どうやら地球軍改革派らしいのですが」
作戦が予定通り進まない事自体は珍しくもないが、歓迎する事でもない。
あまり時間が経ちすぎれば、同盟もこちらの動きを嗅ぎつけるだろう。
「地上部隊に配置を急がせろ。状況によっては、作戦を前倒しにすべきだとクアドラード大佐に―――」
「待ってください! 急速接近してくる熱源あり!! これは戦艦クラス……ミネルバです!!」
オペレーターの報告に緊張が走るブリッジでアスランだけが冷静に状況を把握していた。
「来たか」
彼らがこの場に来ることも作戦誤差の範囲内である。
「防衛部隊、迎撃行動! ミネルバを降下部隊に近づけるな!! クアドラード大佐に連絡、準備が整った機体から降下するように指示を出せ!!」
「り、了解」
その怒声にも似た指示によって戸惑っていたクルーたちも機敏に動き出す。
部下達に指示を出しつつアスランは格納庫に通信を繋いだ。
「状況は把握しているな? 予定とは少し違うが出てもらう。『強化兵』の実力を見せてもらうぞ、ラディス・グエラ」
《了解です!》
データを信用するのであれば、彼が出れば並みのパイロットでは歯が立たないだろう。
しかし戦場に絶対は存在しないし、何が起こるかわからない実戦で実験データなど何の役にも立たない。
淀みない指の動きでさらに別の場所へ通信を繋ぐと端的に要件だけを伝える。
「エクィテスの用意を」
胸中に湧き上がるものは闘志。
迫る敵を駆逐すべく、アスランはシートから腰を浮かせた。
◇
エクリプスのビームライフルが火を噴き、ジンⅡの胴体を貫通する。
出撃したアレンは何機目かの敵機を撃ち落とし眼下へと視線を向けた。 テタルトスの艦隊が集結し、今にも地球に降下しようとしている姿が見える。
「アレン、すでに敵が降下準備を整えているようです」
装甲が黒と緑色に染まったインパルスがブラストシルエットの主武装高エネルギー長射程ビーム砲『ケルベロス』でミサイルを薙ぎ払いながら、隣に並んだ。
「でも未だに降下していないみたいですね」
「ああ、どんな理由かは知らないが、今のうちだ。降下しようとしている連中を搭載している戦艦の足を止めるぞ!」
「了解!」
ブラストシルエットのミサイルランチャーから発射されたミサイルの雨に紛れ、エクリプスが前に出た。
「邪魔するな!」
上方から振り下ろされたリゲルのロングビームサーベルを機体を横に逸らして回避、カウンター気味にビームサーベルを叩きつける。
サーベルの刃がリゲルの両腕ごと胴体を横薙ぎに切り裂く。
さらに近づいてくるフローレスダガーに奪ったロングビームサーベルを投げつけ、串刺しにした。
「チッ、時間を掛けている暇はないのに!」
エクリプスシルエットを吹かし敵を排除しつつ敵陣深くまで入り込むと、一番近くのプレイアデス級に向けてライフルの銃口を向けた。
「まずはエンジンを―――ッ!?」
トリガーに指を置いた瞬間、嫌な感覚がアレンに駆けめぐった。
四方から刺すように発せられる殺気。
見る前に反応し、バランスなど考えずに機体を小刻みに動かすと、周囲全方位から発せられたビームを回避する。
目の端で捉えたのは小型の砲台。
自由自在に動き回る砲台から発せられたビームの雨が容赦なくエクリプスに襲い掛かる。
「ドラグーンか!?」
ドラグーンシステムとは量子通信によってコントロールされた小型砲台によってオールレンジ攻撃が可能な特殊兵装の事である。
第一世代型と呼ばれるものは特殊な空間認識力を必要とする武装であったが、ユニウス戦役以降の第二世代型は誰でも使用可能なように改良され、エネルギーの問題さえ解決すれば量産機でも搭載可能な武装である。
アレンはこちらを狙う小型砲台の動きを見極め、シールドで防御しながら距離を取ると、ドラグーンを回収するモノアイの頭部を持つ敵機と睨みあった。
「新型か」
LFSA-01E 『アルタイル・ガイスト』
テタルトスの開発した強化兵用試作モビルスーツである。
関節部、スラスターなど従来の機体に比べて格段に強化されており、強化兵の力を存分に発揮できるように設計されている。
アルタイルを操る『強化兵』ラディス・グエラは仕留めがいのある獲物に舌舐めずりして笑みを浮かべた。
「上手く避けるじゃないか! だがいつまでそんな偶然が続くと思うなよ!」
これまでは訓練ばかりで碌な相手が居なかったが、こいつなら相手にとって不足は無い。
アルタイルの肩から射出されたドラグーンユニット『エレメンタルⅡ』が再びエクリプスの周囲を駆け回る。
アレンは咄嗟に回避運動を取るが幾つかのビームが僅かに装甲を掠め、浅い傷を刻んだ。
「この程度で!」
アレンはエレメンタルを振り切るように前方に加速すると空間を切り裂く何条もの光線を置き去りにする。
「逃がしはしない!」
エレメンタルの攻撃範囲から離脱を図るエクリプスをアルタイルがビームライフルで狙撃してくる。
その射撃は一寸の狂いもなく、エクリプスのコックピットを狙ってきた。
「新型だけはあるのか。だが、舐めるな!」
ビームライフルの狙撃を宙返りして回避したエクリプスは速度を上げつつ、背後に向けてバロールの散弾を発射する。
細かい砲弾がエレメンタルの動きを阻害し、動きが鈍ったその間にビームライフルで叩き落とす。
「こいつ、調子に乗るなよ!」
ムキになって追撃してくるアルタイルをかわし、破壊された戦艦の残骸の陰に潜り込んだ。
「構っている暇など!」
アレンはコンソールを操作しモニターにプレイアデス級の様子を映し出す。
すると戦艦下部に設置されている降下ポッドが切り離されてゆく。
「チッ、結局降下を阻止する事ができなかったか!」
近くに浮遊する戦艦の破片を蹴り出し、その反対方向から飛び出すとアルタイルに向けてライフルを突きつける。
「何!?」
破片に一瞬気を取られ、意表を突かれたアルタイルは反応が遅れた。
「この!」
発射されたビームを通常のパイロットではあり得ない反応で後ろに下がる事で回避する、アルタイル。
しかしそれはアレンにとっては予測済みであり、敵機の体勢は十分に崩れていた。
「しまっ―――」
「落ちろ!」
止めを刺そうと背中のサーベラスをせり出した瞬間、エクリプスに向けて強力なビームが撃ち込まれた。
「なッ!?」
咄嗟にシールドを構えながらビームを避けて後退するとアルタイルを守るように紅い装甲を持ったモビルスーツが降り立った。
それは形状は違うものの、アレンにも見覚えのある機体。
「……お前が来るとはな―――アスラン・ザラ」
「その機体……アスト・サガミか」
青く輝く地球を背にここに宿敵は再会した。
機体紹介、更新しました。