中立同盟とテタルトス月面連邦国が開戦状態に陥って早、二か月以上。
アメノミハシラ及びストックホルム基地周辺で起こった大規模戦闘以降、両軍は散発的な戦闘を繰り返していた。
そんな緊張感が漂う宇宙で戦闘の残骸を避けるように二つの艦が合流しようとしていた。
一隻は『ヤキン・ドゥーエ戦役』よりザフトで現在まで使用され続けている艦ナスカ級。
もう一隻は黒い装甲を持ちアークエンジェルとほぼ同一の形状を持った戦艦『ドミニオン』である。
ドミニオンはユニウス戦役では同盟の特殊部隊に所属し様々な極秘任務に就いてきた特務艦とも言える戦艦である。
現在は独立部隊『グラオ・イーリス』二番艦として運用されていた
「オーデン大佐、予定通りナスカ級と合流しました」
「分かった」
ドミニオンの指揮を任されているナタル・オーデン大佐はオペレーターからの報告を受け、手元のキーを操作する。
モニターに映し出されたナスカ級の姿を確認するとキビキビと指示を飛ばした。
「よし、格納庫にランチ受け入れの準備をさせろ! モビルスーツ隊にも警戒を怠るな!」
「了解」
ナスカ級がドミニオンの横に着くと、ハッチが解放されモビルスーツと共にランチがこちらに向かってくる。
「何事もなかったようですね」
「ああ。だが油断するなよ。例の赤いモビルスーツの事もあるんだ」
「了解」
昨今輸送艦を襲撃し、軍部を騒がせていた赤いモビルスーツはその姿を見せなくなっていた。
誰か他の者に討たれたのか。
もしくはすでに目的を達成したからなのか。
理由は判然としないがナタルとしては簡単に警戒を緩めるつもりはなかった。
「しばらく此処を頼むぞ」
「ハッ」
副官にブリッジを任せ、格納庫に向かった。
ナタルが格納庫に足を踏み入れ、収容されたランチの側へ近づく。
ランチのハッチが開き、そこから身なりを整えた人物が姿を見せた。
プラント最高評議会議長レヴァン・カーライル議長である。
「道中お疲れさまでした、カーライル議長」
「いや、大佐こそ任務があるにも関わらず無理を言って済まなかった。しかし今回急に会談が決まってね、私が出ない訳にはいかないんだ」
今回ドミニオンに課せられた任務は二つ。
一つはレヴァンを地球に送り届ける事。
もう一つが滞在中からプラントへ帰還するまでの間、護衛する事である。
「予定通り今回、地球滞在中の間は我々が護衛に就かせていただきます」
「頼む」
この時期にプラント最高評議会議長であるレヴァン自らが地球に降りるのには無論、訳がある。
数日前、突如テタルトス側から同盟に対して会談の申し入れがあったのである。
名目は今回勃発した大規模紛争を早期終結させる為の協議会というものであるがーーー
「……信用できるのですか? 以前の会談は碌に話し合いにもならなかったと聞いています。にも関わらず今になって会談とは」
前回同盟が主催する形で行われたテタルトスとの会談は話し合いどころか、互いの溝を浮き彫りにしただけ。
話し合いにすらならず、結果的に開戦という最悪の形で終了してしまった。
あれからそれほど長い時間が経過した訳でもなく、戦況に大きな変化があった訳でもない。
それなのにテタルトス側から会談の申し入れとは、ナタルが不可解に思うのも当然であった。
「大佐が気にするのは当然だ。かくいう私も初めて話を聞いた時は罠かと疑ってしまったからね。しかし相手にどんな思惑があろうと対話を望むならば、無視する事はできない」
「それは分かりますが……地球軍保守派のクレメンス・イスラフィールも動くと聞いていますし―――」
「罠ならそれなりの対応をするだけですよ、大佐殿」
ナタル達の上方から割り込むように声が聞こえてくる。
見るとモビルスーツハンガーに設置されたオレンジの装甲を持つザフト新型機のコックピットからオレンジ色の髪をした男が降りてきた。
「割り込むようで申し訳ない。ザフト特務隊隊長を任されていますハイネ・ヴェステンフルスです。今回カーライル議長の護衛役としてお供させていただきますので、よろしくお願いします」
「こちらこそ。ナタル・オーデン大佐だ。よろしく頼む」
ハイネとナタルがしっかり握手を交わした所でレヴァンは笑みを浮かべながら、話の続きを切り出した。
「先ほどハイネが言った通りです。罠だった場合に備えてこうして特務隊も連れてきています。それにその辺はアイラ王女やアスハ代表も承知の上の筈です。無論ドミニオンも当てにさせてもらいますが」
「分かりました。力の限り全力で任務を遂行します」
ナタルはこの先確実に起こるだろう騒動を想像しながら、深くため息をつきたくなった。
しかし弱音を吐いている暇はない。
レヴァンにもしもの事があれば、世界のバランスが大きく崩れることになるだろう。
そうなれば今以上の泥沼が待っている。
任された任務の重要さを再認識したナタルは身を引き締めるように二人に対し敬礼をもって応えた。
◇
無事何事もなくバルカナバート基地に降り立ったアスランは、地球駐留軍を指揮しているファウスト・クアドラード大佐の出迎えを受けていた。
格納庫に足を踏み入れると数人の仕官や兵士達と共にファウストが笑顔を浮かべてこちらを出迎えてくれた。
「ようこそ、地球に。アスラン・ザラ中佐」
「出迎え申し訳ありません。クアドラード大佐」
差し出された手を握り返しながら、悟られぬようにファウストを観察する。
ファウスト・クアドラードといえばその技量、指揮力など一流の能力を兼ね備えた人物である。
バルカナバート基地建設の際に発生した地球軍侵攻を防ぐための防衛戦。
東アジア共和国とのマスドライバー使用権に関する交渉。
次々に功績を上げ、現在月では最も注目されている人物の一人だった。 だが、アスランはファウストに信を置くことができないでいる。
特に根拠がある訳ではないが、彼からはどこか野心のようなものを感じる時があるのだ。
「本当はディノ中尉も出迎えられればよかったのだが、彼女は今任務中でね。例の会談の準備に追われているんだよ」
「……お気になさらず。それよりも会談の方はどうなのです? 確か場所はミュンヘンでしたか?」
「ああ。今のところは問題ない。ユーラシア連邦の方で動きがあるとの情報も入ってきているが不確定情報でね。今は調査中だよ。ヴェルンシュタイン指令が地球にこられるまでには、調査も終わっているだろう。もしもの場合は君も力を貸してくれ」
「了解しました。しかし私は指令からの特務を受けておりますので、今はそちらを優先させていただきます」
「もちろん、それは理解している。さて、君がラディス・グエラ少尉かな?」
ファウストはアスランの後ろに付き従っているラディスに声を掛ける。
「ハッ!」
「そうか。君にも期待している。ザラ中佐と共に特務をがんばりたまえ」
「ありがとうございます! 期待に応えてみせます!!」
ラディスの力の篭った返答に笑顔を浮かべて頷くとファウストは部下と共に格納庫を後にしていく。
それを見届けたアスランは内心ため息をつきながら振り返った。
「すぐに任務に入る。準備しろ、ラディス」
「……了解」
先ほどとは一転し、不機嫌極まりないラディスの反応にアスランは肩を竦めた。
「それで、いい加減目的地くらい教えてもらってもかまいませんか?」
「いいだろう。俺達の目的地は―――アムステルダムだ」
◇
一難去ってまた一難とは良く言ったものであるとアレンは頭を抱えたくなった。
この中で最も階級が上であるアレンが皆の前でそんな事ができない事は重々理解している。
だが、今の状況を考えればため息の一つも付きたくなるのも無理はなかった。
「アレン、二時方向からウィンダムが来ます!」
「次から次に!」
ウィーン前線基地から離脱する事に成功したアイザック。
人質も解放し、補給物資も手に入った以上、後はこのまま目的地であるストックホルムに向かうだけだった。
しかしそれを読んでいた保守派はストックホルムに向かう進路上で待ち伏せを行い、幾度となく攻撃を仕掛けてきた。
所謂波状攻撃である。
その所為でアイザックは本来向かうべき進路から強制的に外され、足止めを食らっていた。
「ミサイル、三!」
「やらせるか!」
甲板に立つエクリプスの機関砲がミサイルに風穴を開けると空中で爆発する。
「ルナマリア!」
「了解!」
爆発の衝撃から艦を守る為、前に出たインパルスのビームシールドが爆風を防いだ。
しかしその隙を狙ってウィンダムが肉薄してくる。
「アレンの邪魔はさせないわよ!」
ルナマリアの素早い迎撃。
ビームライフルが肉薄してきたウィンダムの腕に直撃し吹き飛ばした。
「止め!」
同時に背中のジェットストライカーにビームライフルが直撃する。
背中の爆発に押されたウィンダムは地面に叩きつけられ爆散した。
「全く昼食くらいゆっくり取らせてほしいわよ」
今日はすでに二度目の襲撃。
狙ったように昼食中に攻撃を仕掛けてきたのが気に入らないらしいルナマリアは不機嫌そうに吐き捨てた。
「ぼやくな。こうして動ける分だけマシだろう」
「それはまあそうですけどね」
前線基地から運び出した物資のおかげでエクリプスとインパルスは応急修理を終えていた。
しかし万全とは言いがたい状態である事に変わりは無い。
動けないよりはマシという状態だった。
「埒が明かない。俺が前に出ます。大尉達はアイザックの守りを!」
スカッドストライカーを装着したイレイズMk-Ⅱが前面に飛び出す。 ビームマシンガンを連射して攻撃を仕掛けてきたウィンダムの隊列を乱した。
「ミナト少尉! 全くいつもいつも、無茶ばかりを」
ベアトリーゼが苛立たし気に吐き捨てる声を通信機越しに聞きながらアレンは苦笑する。
なんだかんだ文句を言いつつ息の合った連携ができている所を見ていると二人は結構いいコンビだと思う。
アレンは少しでもアオイの負担を減らすべくスコープを引き出した。
「フォルケンマイヤー少尉、心配なのは分かるが今はミナト少尉に任せろ」
「……別に心配などしていませんが、了解しました」
ベアトリーゼの言いたい事も分からなくはないが、この場に置いてはアオイの判断が間違っていないだろう。
現在、アイザック内で五体満足に戦える機体はアオイのイレズMk-Ⅱとベアトリーゼのイリアスのみ。
他の機体はすべて損傷しているか、不十分な修復しか行われていない。
ならばここは自由に動けるイレイズに任せた方が上手くいく筈である。 そんなアレンの予測通り、先陣を切ったアオイは次々とウィンダムを撃破していく。
「はあああ!!」
一気に攻撃を仕掛けてきたウィンダムをハチの巣にしたイレイズはブルートガングでもう一機の腹部を串刺しにする。
「あれは?」
アオイは接近してきた敵機の姿に目を見開いた。
「アレは……ウィーンに居たイレイズか!?」
イレイズMk-Ⅲはスカッドストライカーを背負い、凄まじい速度で近付いてきた。
「速い!」
アオイは横薙ぎに繰り出された対艦刀の一撃をブルートガングで受け流す。
そして至近距離からビームマシンガンを突きつけ、Mk-Ⅲの頭部を狙ってトリガーを引いた。
しかしMk-Ⅲは機体を僅かに逸らしてビームを回避すると、再び対艦刀で斬りつけてくる。
「まだまだ!!」
対艦刀をシールドで逸らし、アオイもビームサーベルを抜いて斬りかかった。
上空で二機のガンダムが激突する。
その下方では逃れようと駆けるアイザックの周辺を囲むように展開された保守派のモビルスーツが飛び回っている。
「次じゃら次へと!」
空中を舞う数機のウィンダムから発射されたミサイルが着弾。
地面を抉る度に地面を最大戦速で駆け抜けるアイザックが大きく揺れる。
「三時方向からミサイル!」
「チッ」
アレンは隣に立つインパルスを庇うように前に出ると飛んできたミサイルを機関砲で叩き落とす。
「ジリ貧だな。ならまずアイツを!」
状況打開の為に一番厄介な敵を落とす。
アレンはMKーⅢに銃口を向け、激しい空中戦を繰り広げているアオイを援護するようにビームライフルを発射した。
しかしイレイズMk-Ⅲはこちらの射線を見切っていたかのように相対していたアオイのイレイズに蹴りを入れて突き放し、その反動を利用してビームを避けて見せた。
そして体勢を崩したままアイザックの機関部を狙ってビームランチャーを撃ち込んできた。
「ッ、アイザックをやらせる訳には!」
アレンはビームランチャーの射線上に割り込み、アイザックを守るようにビームシールドで受け止めた。
その隙に体勢を立て直したイレイズMk-Ⅲはアオイの方にビームライフルを発射していく。
上手い。
アオイの動きを阻害しつつ、こちらの攻撃を捌き、同時に母艦を狙う事でこちらの追撃まで封じてきた判断力は驚嘆に値する。
だがそれよりも気になった事があった。
「今の動きは……」
相手を利用した回避運動、対艦刀の扱い、そして体勢を崩しているにも関わらずブレる事のない正確な射撃。
「アレン?」
「……いや、何でもない」
アレンは続けてビームライフルを発射してMk-Ⅱの傍に行かせないようにするが、それを最小限の動きでイレイズMk-Ⅲは回避する。
「流石に新型だけあって手強いか。ミナト少尉!」
「分かってる! そっちはウィンダムをアイザックに近づけるな!」
ベアトリーゼの声に答えつつスラスターを使って体勢を立て直したイレイズMk-Ⅱは再び対艦刀を振りかぶるMk-Ⅲと激突する。
「俺がミナト少尉の支援に行く! ルナマリア、お前はアイザックを守れ! インパルスは応急修理しただけで、背中の装備もないんだ。無理はするな!」
「応急修理なのはエクリプスだって同じですよ」
「そっちに比べればマシだ。フォルケンマイヤー少尉、援護を頼む!」
「了解」
アイザックの進路を阻むよう発射されるミサイルの迎撃をベアトリーゼに任せ、アオイの援護に向かう。
しかしその前にビームサーベルを抜きウィンダムが立ちはだかってきた。
「度胸は買うが、迂闊だ!」
突きを放ってきたウィンダムのタイミングは僅かに遅い。
そこに生じた隙を見逃さず横腹に思い切り蹴りを入れアイザックのビーム砲の射程範囲に突き落とした。
発射された閃光が敵のミサイル諸共ウィンダムを巻き込んでいく。
そのまま斬り合っているイレイズの下に行こうとするが、邪魔するように今度はブリアレオスが立ちふさがった。
「そこをどけ!!」
連射されるビームライフルを抜け、ブリアレオスにビームサーベルを袈裟懸けに振るう。
だが敵機は見事な反応をみせサーベルを防いでみせる。
すかさずブリアレオスから発射されたスキュラがエクリプスを掠めていった。
「くっ、機体の反応が鈍すぎる!」
スキュラを紙一重で捌いたアレンは思わず毒づいた。
完璧な修復がされていない為か、機体の反応がいつも以上に鈍い。
「チッ、不甲斐ない! これでは新型相手に接近戦は不利か!」
アレンはキーボードを取り出し、微調整を行いながら攻勢に出た。
だがブリアレオスはその悉くをギリギリのタイミングで避け、エクリプスに対して攻撃を仕掛けてくる。
どれもが相手が凄腕であると察する事ができる攻撃。
だがそこでアレンは妙な印象を受けた。
「何だ、この敵は……戸惑っている?」
最新型だけあってイリアスやブリアレオス機体性能は決して侮れるものではない。
旧式の機体では相手にすらならないだろう。
ましてやこちらは万全とは程遠い状態である。
それにも関わらず目の前の敵機は明らかにこちらに対する攻勢が緩い。
機体の所為か。
パイロットの事情か。
どちらにせよ、好機だった。
アレンはブリアレオスの動きが鈍ったところに飛び込むとビームサーベルを一閃する。
「そこ!」
刃がブリアレオスの肩部を捉え腕ごと切り落とし、さらに返す刀で頭部を切り飛ばした。
「やるな!? 仕留めたつもりだったが、そう簡単にやらせてはくれないか」
ブリアレオスのパイロットは咄嗟に機体を傾け、刃の軌道から僅かに仰け反る事でコックピットへの致命傷を回避したのだ。
現状を不利だと判断したのか損傷したブリアレオスはスキュラでけん制しながら後退していく。
その時、通信機から機械で加工したような声が聞こえてきた。
《……お前は……誰……》
「何?」
《お前は……》
うわ言のように繰り返し聞こえてくる声に思わず背筋が凍るような不気味さを感じてしまう。
「……嫌な予感する。お前は無理してでも此処で落としておくべきだ―――ッ!?」
ブリアレオスへの追撃を行おうとしたエクリプスの背後からイレイズMkーⅢの放ったブーメランが飛んでくる。
「追わせない気か!」
ブーメランを上昇して回避するエクリプスを狙ってイレイズMk-Ⅲが対艦刀片手に突っ込んできた。
袈裟懸けのー撃をビームシールドで防御したアレンはこちらもサーベルを叩きつける。
シールドで阻まれた光刃の稲光が二機のガンダムを明るく照らし出した。
《エリニスをやらせる訳にはいかないな、『魔神』!》
「……誰だ?」
《地球軍ジェラール・フェレオル大尉。貴様と『戦神』、そして『熾天使』は必ずこの手で討ち果たす》
「キラとマユまで……お前は……いや二人に手を出させる訳にはいかない!」
何か恨みがあるのかとは聞かなかった。
今まで数多の戦場を駆け抜けてきた自分達だ。
恨みを抱いているものは一人や二人ではあるまい。
ジェラール・フェレオルが自分達を恨んでいたとしても、アレンは何一つ言い訳するつもりはない。
だからといって命を差し出すつもりはなかった。
《ここで貴様を仕留めたいところだが、決着は次だ》
イレイズMk-Ⅲはエクリプスを突き放すと反転して戦闘宙域から離脱を図る。
見れば他のウィンダムも撤退行動に移っていた。
「退いて行く? どうして……」
「理由はどうあれ退いてくれるなら追う必要はない。ミナト少尉、帰還するぞ」
「了解」
アレンはアイザックへと帰還するアオイの後を追いながら、後退するイレイズMk-Ⅲやブリアレオスにもう一度だけ視線を向ける。
湧き上がってきた感情のまま思わず操縦桿を殴りつけていた。
「くそ!……何だ今の戦いぶりは。情けない」
湧き上がってきたもの、それは不甲斐ない自分への怒りだった。
機体の不調など単なる言い訳でしかない。
少なくとも自分は『欠陥機』での戦いには慣れていた筈ではないか。
にも関わらずあの体たらく。
相手がもしもユリウスやアスランであったなら、きっと自分は生きてはいなかっただろう。
「……くそ」
アレンは湧き上がる怒りをどうにか噛み殺し、アイザックへの帰路に着いた。
◇
戦闘を終えたアイザック。
無事に切り抜けられた事を喜びたいところだが、事態は何も解決していない。
ブリッジに集まった主要メンバーはこれからの事について話し合いを行っていた。
確かにウィーン前線基地から物資を確保し弾薬やモビルスーツの修復に必要なパーツは手に入った。
しかし肝心のストックホルムに向かって歩みを進める事が難しくなってしまった。
理由はもはや言うまでもない。
保守派の妨害である。
現在は何とか撃退できているが、このまま断続的に襲撃が続けばいくら補給を行ったとはいえ、いずれは底をついてしまう。
戦力もエクリプスやインパルスを含めても四機とも限界に近く、他は動かすことすら難しい状態。
そして一番肝心なのがアイザックのクルーと保護した民間人達の疲弊である。
こう何度も襲撃を受ければ体力的だけでなく精神的にも疲弊する。
このままでは撃沈される前に先に内部から崩れていくだろう。
「さて、どうします、アレン?」
「どうするも何も、選択肢などないだろう。ストックホルムへ向かうのは保守派がを許さない。かといってジブラルタルの方へ向かおうにも距離があるし、下手をすれば今度はマケドニア要塞の本隊と戦う事になりかねない。ならば―――」
「……アムステルダムですか」
「ああ」
進む先には確実に保守派が待ち構えており、進路を変更してジブラルタルに向かっても同じこと。
このまま策も無く進めば確実にアイザックは沈められてしまう。
となれば残された選択肢は一つ。
戦闘禁止区域に指定されているアムステルダムへ向かう以外にない。
「アムステルダムへ向かいジブラルタルかストックホルムと連絡を取るしかないな」
「そうですね。大尉のおっしゃる通り、物資も有限。特に食料と水は保護した民間人の分で今までの余裕がなくなりましたから」
「民間人か……アイザック艦内の空気も悪いし、早いうちに何とかしたいよな」
「ホントにね」
アオイがため息を漏らすとそれにつられてかルナマリアも憂鬱そうに表情を曇らせる。
「彼らの気持ちは分からなくもないけど……でも、このままじゃ不味くないですか?」
「ああ。アムステルダムへ向かうもう一つの理由がそれだ。あまり長く連れまわすと、それこそ暴動でも起きかねない」
保護された民間人は戦闘から逃れ、助けを求めてきた人々だ。
そこから保守派には人質にされ、助かったと思ったら気が休まる事のない連日の戦闘。
疲労やストレスもピークに達している筈だ。
「よし。では、アイザックはアムステルダムへ向かおう」
アオイの決断にブリッジメンバーが「了解!」と返答する。
アイザックは慎重に進路を変え、アムステルダムへと歩を進ませ始めた。
◇
ブリッジでの話し合いを終えたアレンは先の反省を生かす為、訓練を行おうと格納庫に向かって歩いていく。
「ミナト少尉、休んでいた方がいいんじゃないか?」
アレンの横では訓練に付き合うと志願してきたアオイが歩いていた。
「それは大尉だって同じじゃないですか。訓練は一人でするより、誰か相手になった方が効率がいいですし。それに俺は一度手合わせしたいと思ってましたから」
「確かに」
コンピューターのデータよりは、誰かを相手に訓練した方が効率がいいのは間違いない。
それは『ヤキン・ドゥーエ戦役』の時に実感している。
しかもアオイのようなエース級の腕前を持つパイロットとの訓練は一から鍛えなおすには丁度いい。
「それにしても……ピリピリしてるな」
「ええ。彼らからすればこんな目にあわされた訳ですからね」
先ほどから歩いているアオイとアレンに対し、幾つもの視線が突き刺さっている。
保護した民間人から発せられているその視線はお世辞にも好意的とは言えなかった。
「結構堪えますね、これ」
「仕方ないさ。巻き込まれた側からすれば、俺達も敵側も変わらないだろうからな」
そんな針の筵の中、足早に歩いていると小さな影がアオイの足元にぶつかった。
「ご、ごめんな。大丈夫か?」
「う、うん」
見れば五歳くらいの小さな少年が尻もちをついて座り込んでいた。
「ケイ、どうしたの?」
「あ、お姉ちゃん。えっと走ってたらぶつかっちゃった」
「すいません。弟がご迷惑をかけてしまって」
淡い青みがかった髪の毛を左右で纏めた姉らしい少女が頭を下げてくる。
年齢的には十五、六歳くらいだろうか。
「いや、俺の方こそ悪かった。今はこんなものしかないけど、許してほしい」
アオイはポケットから二粒飴玉を取り出すと、ケイと呼ばれた少年に差し出した。
「いいの?」
「皆には内緒だぞ」
「ありがと、お兄ちゃん」
花が咲いたような笑顔とはこんな表情なのだろう。
ご機嫌になったケイはすぐに飴玉を口に含み、嬉しそうに笑っている。
「慣れてるんだな」
「俺にも弟と……妹がたくさんいますから」
そういえばアオイもまた戦争で家族を亡くし、同じような境遇の子供たちと共に暮らしていると聞いた事があった。
軍に入った理由も家族を養う為らしいし、こういった事に関しては日常茶飯事だったのかもしれない。
「すいません、弟が」
「いや、こちらが悪かったからな。えっと」
「あ、私の名前はミレイア・ロスハイムと言います」
「俺はアオイ・ミナト。こちらが」
「アレン・セイファートだ」
「よろしくお願いします」と頭を下げるミレイアを見て何となく昔のマユを思い出した。
昔のマユもこんな大人しそうな感じだった。
今ではレティシア達に感化されたのか、やたらとキツイ事も言われるようになってしまった。
遠慮がないのは良い事なんだが。
「どうしたんです、顔色が悪いですけど?」
「い、いや、大したことじゃない。気にしないでくれ。それより君達は普通に接してくれるんだな」
「ええ。皆さんを責めた所でどうしようもありませんし。勿論思う所はありますけど、助けてもらいましたから」
そう言ってもらえるとこちらとしても少しは気も楽になる。
しかしミレイアはすぐに表情を曇らせる。
「でも、また戦闘になるんですよね?」
「……大丈夫だ。今、アムステルダムに向かっている。そこまで辿りつければ安心していい」
そうは言っても根拠はない。
いや、むしろ戦闘になる可能性が高いとも言える。
だができるだけ、不安にはさせたくなかった。
「そうですか……良かった」
「ああ、もしも戦闘になったとしても俺達が守ってみせる」
「はい」
アオイの励ましに笑顔を浮かべるミレイア。
その笑顔を見ていたアレンの脳裏にかつて守れなかった少女達の姿が思い浮かんだ。
「少尉、そろそろ行くぞ」
「了解です」
弟の手を握り手を振るミレイアへ手を振り返す。
「必ず守り抜くぞ」
「もちろんです」
あの子達のようにはさせないと決意を新たにしたアレンは格納庫へと足早に歩き出した。