機動戦士ガンダムSEED eventual   作:kia

27 / 82
第22話 蠢く思惑

 

 

 

 ミュンヘンで起きた武力衝突、通称『ミュンヘン事変』は世界に大きな衝撃を与えた。

 だが、それ以上に衝撃を与えたのはテタルトス地球駐留軍から発表された内容の方だった。

 それは今回の事件には中立同盟及びプラントが何らかの形で深く関わっていたのではないかというもの。

 ある程度オブラートに包まれた言い方ではあったが、要するに『お前達がやったんだろう?』という疑いの声である。

 無論、同盟側はそれに反論した。

 戦闘中に得た情報を公開し、濡れ衣である事を主張。

 双方の言い分は完全に食い違い、会談前よりも険悪な関係へと陥ってしまっていた。

 これには同盟、プラント側、テタルトス側のリーダー的な存在が行方不明である事も理由として挙げられる。

 このため、世間ではどちらの言い分が正しいのか論争が起き、根も葉もない噂が独り歩きしている状態にまで悪化していた。

 

 

 もはや連日、見慣れたニュースとして流れているミュンヘン事変の放送。

 コメンテーターの論点のズレた的外れな指摘をシグルドのコックピットでカースは笑みを浮かべて眺めていた。

 

 「カース様、申し訳ありません。新型機を破損してしまっただけでなく、目標を私の手で討ち果たす事もできず……さらにデストロイも結局は破壊され、回収できずじまいでした」

 

 モニターの向こうで№Ⅰが鎮痛な面持ちで頭を下げた。

 デストロイはインパルスとジャスティスによって大破に追い込まれてしまった。

 序盤こそ弱点であった近接戦に対応が加えられ、持ち前の圧倒的な火力によって二機を寄せ付けなかった。

 しかしインパルスとジャスティスの高度な連携と同時に繰り出されたトリッキーな戦法によって撃墜寸前。

 結局、鹵獲されぬように自爆装置が働き、インパルスとジャスティスを含め周囲にいたモビルスーツを薙ぎ払う事に成功した。

 しかしそれでも№Ⅰが任務、即ちフリーダム撃破を成す事ができなかった事は事実だった。

 

 「どんな処分でも受け入れる所存です」

 

 「気にする必要はない、№Ⅰ。キラ・ヤマト相手に互角に戦っただけでも十分すぎるというものだ」

 

 「……カース様」 

   

 送られてきた戦闘映像。

 そこにはガーネットの一撃がフリーダムに突き刺さり、そのまま海中へと沈んでいく様が映し出されている。

 カースはその姿にニヤリと口元を歪めると、気落ちしている№Ⅰを宥めるように優しい声色で囁いた。

 

 「想定した以上の成果だった。むしろよくやってくれた」

 

 そう、これはカースにとって予想外の朗報と言っても良かった。

 最初に言っておくが、キラ・ヤマトは死んでいない。

 これはカースの勘。

 それでも、生きているという確かな確信がある。

 ならば何が朗報なのか?

 それはキラ・ヤマトを落とした相手が彼、アスラン・ザラであった事だった。

 

 「……これは君が思っている以上に重大な事だよ、アスラン。君はもう逃げられないのだから」

 

 背筋が凍るような冷たい笑みを浮かべるカース。

 そんな彼の様子を見つめながら№Ⅰは次の報告を行う為にデータを転送する。

 

 「カース様、他にもお耳に入れたい情報がございます。今回の件でブレーズ大佐周辺が慌ただしく、動いていると報告が上がってきています。それから未確認情報ですが、ミュンヘンから離脱した一団がアムステルダム方面へ向かったという報告が上がってきました」

 

 「……ふむ。もう少しブレーズ大佐には大人しくしていてもらいたい所だが、それよりも問題はミュンヘンから離脱した一団についてだな」

 

 この一団にもしも各陣営のトップたちが混じっているとしたら、早急に手を打つ必要がある。

 

 「……№Ⅰ、至急調査させろ」

 

 「了解いたしました」

 

 一礼した№Ⅰの映像が消え、カースはニュースから聞こえてくる無責任なコメンテーターの意見を聞き流しながら、送られてきたデータに目を通していく。

 

 「こちらは№Ⅰに任せておけばいい。後は――」

 

 カースは待機していた森からシグルドを飛び立たせると目的の場所へ向かった。

 できるだけ目立たず木々の僅か上を滑空しながら進んでいく。

 そこには傷ついたモビルスーツが何機か鎮座しているのが見えた。

 

 「フフ、休むのはまだ早い。君達には最後の役目が残っているのだから」 

 

 

 

 

 ミュンヘンから帰還してきたモビルスーツが整列、戦艦の補修が行われているバルカナバート基地では奇妙な雰囲気に包まれていた。 

 何故なら修復を受けているディオネ級の隣に地球軍地上戦艦ハンニバル級が待機しているからだ。

 今まで敵だった戦艦が基地内で堂々と補給を受けていれば誰だって違和感くらいもつだろう。

 

 「何か変な感じですね。地球軍の戦艦が基地内にいるだなんて」

 

 「ヘブンズベースを落とす時のザフトもそう思っただろうな」

 

 若い整備兵の困惑したような声にリベルトは苦笑しながら肩を竦めた。

  

 「しかし、大尉のアクティヴをここまで破壊するなんて、一体どんな相手だったんです?」

 

 見上げた先には損傷したリベルトのジンⅡ・アクティヴが立っていた。

 片腕は半ばから断ち切られ、背中のスラスターウイングも破損、装甲もボロボロになっている。 

 

 「強敵だよ」

 

 リベルトは思い出すように自身の愛機をここまで破壊した相手の姿を思い起こす。

 

 

 

  

 紅い翼を広げたデスティニーが弾丸のようにミュンヘンの空を駆ける。 それに相対していたジンⅡ・アクティヴは盾を斜めに構えて迎え撃った。

 

 「ハアアアア!!」

 

 リベルトはデスティニーの放つ斬撃の軌跡を見極めながら、シールドを使って受け流す。

 

 「ッ!?」

 

 衝撃が操縦桿越しにリベルトの手にしっかりと伝わり、しびれが走った。

 凄まじい威力の一撃。

 驚異としか言いようがなかった。

 幾度となく振るわれる対艦刀の斬撃はシールドの上から強烈な衝撃が伝わってくる。

 シグルドとの戦いを振り返ってもデスティニーの斬撃は凄まじい。   速度の乗った強力な斬撃は、シールドごと叩き切ってしまうだろう。  

 「予想以上に重い。この一撃ならどんな重装甲なモビルスーツだろうと関係なく撃破されてしまうだろうな」

 

 そこにシンの高い技量が加われば、攻撃を防ぐ事すら難しいだろう。

 

 「アンタは何者なんだ! 何でこの機体に拘る!?」

 

 剣檄を繰り出しながら以前の戦いで洩らした言葉の意味を問い詰めるシンにリベルトは皮肉めいた笑みだけを浮かべる。

 

 「簡単な話、私はお前の同類だというだけの事だ。そして私自身がそれを疎ましく思っているだけさ」

 

 「何だよ、それは!」

 

 「自分で考えろ。それにそんな事よりもお前には私を討つ理由があるだろう」

 

 「何だと!?」 

 

 「セリス・ブラッスール、彼女を攫いプラントへ連れていったのは私だ」

 

 「ッ!?」

 

 リベルトの口から語られた意外な真実にシンは思わず絶句する。

 

 「昔、月で大きな戦いがあってな。その騒ぎを利用して彼女を攫ったんだよ。銃で背後から彼女を撃ってな」

 

 「なっ!? お前がセリスを!?」

 

 「感謝してもらいたいな。私が『モルモット』になった彼女と君が出会うきっかけを作ったんだから」

 

 その言葉にシンの怒りが爆発した。

 

 「……ふざけるなァァァァァァ!!!」

 

 瞬時にジンⅡ・アクティヴの間合いに踏む込むと対艦刀を一閃する。

 

 「ッ!?」

 

 ギリギリのタイミングで対艦刀の刃から避ける事に成功したが、スラスターウイングが斬り飛ばされてしまう。

 

 「こうもあっさり挑発に乗ってくれるとはな。……確かに凄まじい斬撃。反応速度もずば抜けている。デュランダルが選んだだけはあるな。だがこちらもすでに対策は用意してある。お前の戦闘データは以前の分からも合わせて十分すぎる程揃っていたんでな。まずは――」

 

 上下から振るわれたアロンダイトを巧みに捌き、距離を取ったリベルトは実弾複合型高出力ビームライフルを構えるとビームから実弾へ切り替える。

 

 「足を止めさせてもらおう」  

 

 発射された実弾がデスティニーに当たる直前で弾け飛び、細かい粒子上になって空中に広がった。

 

 「散弾!?」

 

 加速していたデスティニーは避ける暇すらなく、直撃を受けてしまった。

 

 「ぐっぅぅ」

 

 デスティニーの全身に細かい爆発が行き渡り、目に見えて動きが鈍る。

 そこを狙ったジンⅡ・アクティヴのビームサーベルがデスティニーの胸部に傷を刻んだ。 

 

 「チッ、あの一瞬で機体を逸らすとはな。流石の反応速度だと言っておく。だがその反応が命取りだ!」

 

 SEEDを発動させたシンの反応速度は並みではない。

 たとえ奇襲であろうとも、軽々と捌いてみせるだろう。

 リベルトはその反応を逆に利用した。

 再びライフルを撃つと見せかけて、ビームキャノンを発射、同時にデスティニーとは反対方向に切り離した。

 

 「ッ!?」

 

 反応が良すぎるが故にシンの意識が切り離されたビームキャノンの方へと向かう。

 

 その間は一瞬。

 

 だが、リベルトにはそれだけで十分だった。

 

 「そこ!」

 

 実弾からビームに変更され、発射したビームライフルがデスティニーの左肩を撃ち抜いた。

 

 「ぐああああ!」

 

 肩を抜かれた左腕は損傷の所為か全く動かなくなり、対艦刀から手が離れた。 

 

 「コックピットを狙ったんだがな。簡単には仕留められないか。だが、その腕ではもう今までのように対艦刀は振れまい!」

 

 「舐めるなァァァァァ!!」

 

 続けて発射されたビームライフル。

 機体を絶妙なバランスを保ったまま水平に寝かせて避けたシンはビームランチャーを撃ち出した。

 ビームの閃光がジンⅡ・アクティヴを掠め、装甲を削り取っていく。

 

 「くっ、やるな。システムの一部に異常が出ているか」

 

 「うおおおおお!!」

 

 水平の姿勢から機体を回転させ体勢を無理やり立て直す。

 デスティニーはそのまま正面へ加速。

 右手だけでアロンダイトを叩きつける。

 

 「そんなものでやれると思うのか!」

 

 ジンⅡ・アクティヴのビームサーベルの上段からの一撃がアロンダイトを半ばから叩き折り、そのままコックピットを狙って突きを放った。

   

 「これを待ってた!」

 

 シンはビーム刃がコックピットを貫く直前で機体を僅かに逸らし脇腹を掠めながらも腕を抱え込む。

 

 「捕まえた。これでその面倒なライフルは使えないだろう! このまま!」

 

 「調子に乗るな、この程度で!」

 

 腰のあるビームサーベルをマウントしたまま前方に振り上げジンⅡ・アクティヴの右腕を切断。

 

 全く同じタイミングでリベルトが逆手で抜いたサーベルがデスティニーの左腕を背中の翼ごと切り捨てる。

 

 相討ち。

 

 傍から見ている分にはそう思ってもおかしくない結末。

 

 少なくとも仕切り直しは必須であり、距離を取るものだと誰しもが思った。

 

 しかし――

 

 「私の勝ちだ!」

 

 リベルトはすぐさま動いていた。

 

 損傷した事すら計算の内だと言わんばかりに。

 

 「ッ!?」

 

 「遅い!」

 

 翼を失いバランスを崩したデスティニーに蹴りを入れ、シールドの中に内蔵されたガンランチャーを至近距離から発射した。

 数発ほど発射されたガンランチャーの直撃を受けたデスティニーは装甲の色を失い、そのまま地上へと落下していく。 

 

 入手していたデータと重ねたシミュレーション、頭で練り続けていた戦略。

 

 それがリベルトを淀み無く動かし、シンの反応を上回る一瞬の間を手に入れさせたのだ。

 

 「止めだ」

 

 「シン!」

 

 リベルトの攻撃を阻むように地面に落下しかけたデスティニーを受けとめたのはセリスのランドグリーズだった。

 大破したイレイズとデスティニーを守るように庇いつつ、ジンⅡ・アクティヴに銃口を向ける。 

 

 「リベルト大尉」

 

 「久しぶりだな、セリス・ブラッスール中尉」

 

 「貴方には言いたい事が山ほどありますけど、今は――」

 

 ランドグリーズはビームライフルでけん制しながら、後退していく。

 

 「懸命な判断だな。しかしどこへ逃げる? 二つも荷物を抱えて、君達の母艦はすでに撃沈寸前だぞ」

 

 振り返ればアイザックはテタルトスのモビルスーツに囲まれ、風前の灯だった。

 甲板は抉られ、所々で爆発が起きている。

  

 「アイザックが!」

 

 「クアドラード大佐自ら指揮を執っている以上、万に一つはない。あの艦と護衛についていたモビルスーツは終わりだ」

 

 「アイザック、フォルケンマイヤー少尉!?」

 

 ファウストの操るH・アガスティアと相対していたベアトリーゼのイリアスはアイザック同様ボロボロの状態になっている。

 たった一機で並み居る敵から母艦を守り、まして敵のエースとも戦っているのだから、それも無理のない事だった。

 

 「離脱して!」

 

 「それは無理だ、大佐はそれを許しはしない」

 

 降り注ぐミサイルがアイザックを包み込み、守るように立ちふさがったベアトリーゼのイリアスも巻き込まれるようにして爆発に晒される。

 その隙に踏み込んだファウストが横薙ぎにビームサーベルを一閃。

 イリアスを真っ二つに切り裂いた。

 

 「フォルケンマイヤー少尉!! くっ」

 

 もはやセリスにアイザックを助ける術はない。

 悔しさを堪え唇を噛みながら、爆風から逃れるように距離を取る。  

 しかし逃すまいとテタルトスのモビルスーツが攻撃を仕掛けてきた。

 

 「くっ、このままじゃ逃げきれない」

 

 どうにかシンだけでも助けようとセリスが思考を巡らせ始めたその時、ランドグリーズを助ける一条の閃光が飛び込んできた。

 

 「ドミニオン!?」

 

 振り返った先にはドミニオンとザフト特務隊の機体であるイフリートとギアの姿があった。

 イフリートが両手にベリサルダを構え、ギアがガトリング砲で突入を援護する。

 

 「聞こえているか、ブラッスール中尉」

 

 「オーデン大佐!」

 

 「援護する、離脱しろ! すでにアイザックにはすでに退艦命令を出した!」      

 

 「了解!」

 

 二つのモビルスーツを抱え、ドミニオンへと駆けるランドグリーズ。

 その様子を空中で見つめながらリベルトは状況を確認する。 

 

 「戦況は確定的だな。流石、ファウスト・クアドラード大佐と言うべきか、見事な手腕だ」

 

 ジンⅡ・アクティヴの損傷は戦闘継続不能なほどの損傷ではない。

 しかし、目標であるデスティニーの破壊は完了した。

 ならばこれ以上すべき仕事はない。

 次の戦いを見据えながらリベルトは踵を返した。

 

 

 

 

 「大尉?」

 

 以前の戦いを思い起こしていたリベルトは整備兵の声で我に返る。

 

 「いや、済まない。前の戦いの事を思い出していた」

 

 「この機体をこんな風にした敵の事ですか?」

 

 「ああ」

 

 デスティニーは確かに強敵だった。

 この程度の損傷で済んだのも、事前の準備のお陰である。

 

 「機体の修復を頼む。私はシミュレータールームにいるから、何かあれば呼んでくれ」

 

 シンが生きているなら、再び戦場へ現れる。 

 次も同じように倒せるとは限らない。

 だからこそリベルトは研鑽を怠るつもりは全くなかった。

 

 「少しは休んでくださいよ、大尉」

 

 整備兵の苦言に手を振って答えると基地に備え付けてあるシミュレータールームへ足を向けた。

 

 

◇  

 

 

 バルカナバート基地内が困惑した雰囲気に包まれている中、当然注目の的であるハンニバル級にも微妙な空気が流れていた。

 

 「姉御、なんで俺らこんな場所に居るんですかね」

 

 格納庫で機体のチェックをしていたジルベールは針が刺すような視線に耐えかね、ため息をついた。

 

 「馬鹿、命令だからに決まってるだろ」

 

 「そういう事じゃなくて何するつもりなんですかねって事ですよ」

 

 「そんな事はイスラフィールに直接聞くんだね」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らすアルネーゼに思わずジルベールは身を竦ませる。

 彼らがここバルカナバート基地に足を踏み入れたのは、会場から救出されたクレメンス・イスラフィールの要請によるものだった。 

 その理由までは聞かされていなかったが、どうせ碌な事ではあるまい。

 

 「馬鹿な理由で部下を失うのは御免だけど」 

 

 部下の身を案じるようにアルネーゼがポツリとつぶやく。

 そもそもヤキン・ドゥーエ戦役からユニウス戦役まで上層部があまりに身勝手かつ無能すぎた。

 特にユニウス戦役は酷いもので、できれば思い出したくもない苦い思い出である。

 

 「イスラフィールはそこまで無能じゃないから、大丈夫だとは思うけどね」

 

 「そういえば、カーラの奴はどうしたんです?」 

 

 「あの子なら気分転換に基地内を見学してくるって行っちまったよ」

 

 「アイツはどんだけ強心臓なんだよ」

 

 よくもまあ今まで敵対していた軍の基地を気分転換で見学しようなどと思い至れるのか、ジルベールには理解できなかった。

 いきなり拘束、下手をすれば射殺される恐れすらあるというのに。 

 

 「まあ一応許可は取ったみたいだし、いきなり殺される事は無いだろうさ。興味があるならアンタも行って来たらどうだい?」

 

 「遠慮しておきます」

 

 「このヘタレが」

 

 「俺は慎重なだけですよ、姉御」

 

 これ以上、下手な事を言わないように口を閉じるとジルベールは作業の方に集中する事にした。

 

 

 

 

 ヴィルフリートが目を覚ますとそこは覚えのない医務室のような場所だった。

 鼻につく消毒液の臭いに僅かに眉を顰めながら、ゆっくりと上体を起こすと、傍に控えていた医師が声をかけてきた。

 

 「目が覚めましたか、クアドラード少佐」

 

 「ここは……」

 

 「此処はバルカナバート基地の医務室ですよ。戦闘で負傷されたのですが……覚えていらっしゃいますか?」

 

 ヴィルフリートはベットの上で拳を固く握りしめながら、できるだけ感情を出さずに頷いた。

 

 「……あれからどの程度の時間が経った?」

 

 「約十日ですね。少佐が治療に当たられていた間に、実は結構な事件が起きまして――」

 

 医師の口から語られたミュンヘン事変の話にヴィルフリートは特に驚いた様子もなく、「そうか」と呟く。

 彼の胸中にはまるで大きな穴でも開いたかのような、虚無感が漂っていた。

 

 負けた。

 

 完膚なきまでの敗北。

 

 それだけならまだしも自分の機体を破壊され任された新造戦艦を中破させた。

 挙句、改革派の追撃とアスラン達の任務の支援も碌にこなせず仕舞い。

 しかもリスクのあるアムステルダム周辺で半ば強行した作戦も失敗したときている。

 今頃、ファウストの側近どもはヴィルフリートをいい笑い者にしているだろう。

 医師の話によればファウストがミュンヘン事変を収めた英雄として見られているらしい。

 ヴィルフリートへの風当たりはより強くなっているに違いない。

 むしろ死んでくれていれば厄介ごとも減っていたのにと吐き捨てているだろう。

 

 「くっ」

 

 さらに拳を強く握り、歯を食いしばる。

 どれだけ悔しがろうとここまでの失態。

 もはや汚名返上の機会は与えてもらえない。

 怪我が治れば本国に強制送還か、戦場とは程遠いオルクス辺りに飛ばされるのはオチだ。

 

 「……フフ、滑稽だな」

 

 「少佐?」

 

 「いや、何でもない。少し歩いてくる」

 

 「ちょっと、無茶しないでくださいよ。怪我はまだ治ってないんですよ!」

 

 医師の制止を無視し、制服を引っ掴むと医務室を出てバルナカバート基地内を静かに歩きだした。

 目的地などありはしない。

 ただ徘徊するように彷徨うだけ。

 

 「おい、見ろよ。クアドラード大佐の弟だ。怪我してたって聞いたけど」

 

 「ん、ああ。劣化品の弟の方ね。預けられた新造戦艦も損傷させた挙句に派手に返り討ちにあったんだろ、情けないよぁ」

 

 「ホント。大佐の顔に泥を塗ったようなもんだぜ。よくおめおめと基地に帰還できたもんだよ」

 

 「何で兄弟でああも出来が違うかねぇ」

 

 「全くな。大佐のような優秀さの欠片でも引き継いでたら、あんな風にはならなかったのになぁ。大佐と比べて話にならないよな」

 

 廊下ですれ違った口さがない兵士達の噂話がヴィルフリートの耳に入ってくる。

 

 でも気にしない。

 

 いつもの事だからだ。

 

 拳をさらにきつく握り、外へと歩いていくと兵士達の訓練風景と立ち並ぶモビルスーツと戦艦の姿が見えた。

 

 「あれは地球軍の……いや、俺には関係ないか」

 

 ヴィルフリートに気が付いた兵士達の嘲笑にも憐みにも似た視線から逃れるように基地の端にあるベンチに座った。

 

 空を見上げるとはいい天気で、空も綺麗に晴れ渡っている。

 

 そんな綺麗な空を眺めていてもヴィルフリートの気は晴れなかった。

 

 「……俺は……」

 

 考えも纏まらずただ呆然と空を見上げている。

 そこに意外にも声を掛けてきた人物がいた。

 

 「ちょっと大丈夫?」

 

 ゆっくり声が掛かった方へ首を動かすと、そこには地球軍の制服を纏った女が立っていた。

 茶髪の髪を後ろで括ったポニーテールで年はヴィルフリートと同じか年下くらいだろうか。

 何故、地球軍の制服を着た女が此処にいるのか気になったが、すぐにどうでも良くなった。

 

 「……俺に何か用か?」  

 

 「何か用かって、そんな死にそうな顔して何言ってんの? 気分悪いなら誰か呼んでくるけど」

 

 心配そうな顔で女がこちら覗き込んできた。

 どうやら死にそうなほど酷い顔になっているらしい。

 

 「……気にしなくていい。大したことじゃない。それに死んだようなじゃなく、俺は死人のようなものだ」

 

 「え」

 

 こうしてすべてを無くしてようやくわかる。

 自分には何もなかったと。

 いや、そもそも自分は何も持ってなどいなかった。

 何もない空っぽ。

 それがヴィルフリート・クアドラードであると今更ながらに気が付いた。

 本当に滑稽な話だった。 

 

 「ん~何があったのか分からないけど、良かったら話してみない? ここで一人悩んでいてもしょうがないでしょ」

 

 「は? 何で赤の他人どころか初対面のお前に……」

 

 「赤の他人だから話しやすい事もあるでしょ」

 

 悪意もなくにこやかに笑う女にヴィルフリートも思わず苦笑してしまった。

 その雰囲気に充てられたのか、気が付くとヴィルフリートは口を開いていた。

 

 その生い立ち。

 

 優秀すぎる兄。

 

 比べられる日々。

 

 無かった事にされた自分の存在。

 

 だからこそ生きる為に努力し、勝利を求めてきた。

 

 それこそ自分を守る術だと信じて。

 

 しかし、それも――

 

 「すべてが無駄だった。敗北した俺にはな……まあ、こんな所だ。ここに居たのも少し、考えを纏めたかったというか、どうしようかと思っただけだ」

 

 話したお陰か少しすっきりとした気分になった。

 無理をして出てきた手前、そろそろ医務室に戻った方がいいだろう。

 礼を言って立ち去ろうと思ったその時、話を聞いていた女が憤慨したように立ち上がった。 

 

 「無駄じゃないから、それ! ていうかアンタの周りって碌な奴が居ないね! まあアンタ自身にも問題はあったんだろうけどさ、それにしてもだよ!」

 

 ヴィルフリートは突如怒り出した女に思わず呆然としてしまった。

 

 「何故、お前が怒る?」

 

 「腹が立つんだからしょうがないでしょ! とにかく無駄なんかじゃないから!」

 

 「いや、だから、何でお前が怒るんだ? 別に俺の事など何も知らないだろう」

 

 「確かに何も知らないけど、アンタが死ぬ気で努力してきたことだけは分かる!」

 

 話を聞いていただけの自分がヴィルフリートの苦しみが分かるなどと、思い上がった事を言うつもりはない。

 しかし、彼が努力を続けてきた事だけは痛々しいほど伝わってきた。

 自分もまた人に自慢できるほど才能を有している訳ではなく、常に皆の足を引っ張るまいと努力を重ねてきた。

 だからこそ、それが無駄だったなどというのは認められない。

 

 「私だって勝ちたいと思った相手はいる。アオイだってそうだし、フリーダムモドキだってそう。その為に努力もしてきたけど……結局は上手くいかなくて他の奴に掻っ攫われるし」

 

 よほど悔しいのか女は何度も地面を踏みしめ、不服そうにそっぽを向く。

 女はよほど感情が豊かなのか、コロコロ表情が変わる。

 ヴィルフリートにとって見ているだけで退屈しない。

 

 「でもさ、だからってその努力全部が無駄なんて思いたくないし、思えない。だから私はこれからも諦めない。アンタだってこのまま諦める気なんてないんでしょ?」

 

 「俺は……」

 

 「じゃあ聞くけど、何でアンタそんなになるまで拳握りしめてるの?」

 

 言われて初めて気が付いた。

 いつの間にかヴィルフリートは血が滲むほど、強く拳を握っていた。

 

 「悔しいんでしょ? なら後は立ち上がるだけ、悩んでるだけ時間の無駄」

 

 「いや、だが……」

 

 「それにアンタはさっき自分で何もないとか言ってたけど、なら新しく一から始めればいいだけじゃない。昔のこだわりは捨ててね。それに気が付けただけでも『今までの事は無駄じゃなかった』、そうじゃない?」

 

 「それは……」

 

 そうなのだろうか。

 言われてみればそうかもしれないが、体よく言いくるめられただけのような気もする。

 

 「何というか、前向きだな」

 

 「後ろ向きに考えたってしょうがないでしょ。後は覚悟を決めて前に進むのみ!」

 

 「覚悟か……元から何もないんだ。失うものも無いならお前の言う通り、後はただ進むだけか」

 

 なんだか悩んでいるのも馬鹿らしくなってきた。

 確かに悩んでいても仕方がない。

 

 「礼を言う。お前のお陰で少しは冷静になれた……その、ありがとう」

 

 「少しでも悩みの解消になったなら、良かった」

 

 そこでお互いに名前すら知らない事に初めて気が付いた。

 

 「そう言えばまだ名前を名乗っていなかったな。俺はテタルトス地球駐留軍ヴィルフリート・クアドラード少佐だ」

 

 「私は地球連合軍カーラ・アルマディオ少尉……ってしょ、少佐、殿でありましたか……申し訳ありません!」

 

 顔を青くしながら敬礼するカーラにヴィルフリートは何も言わずに手で制した。

 

 「気にしなくていい。むしろどっちが階級が上か分からないくらいだ。少尉、改めて君に感謝する、ありがとう」

 

 「い、いえ」

 

 「では」  

 

 ヴィルフリートはそのまま踵を返すとしっかりした足取りで基地に向かって歩き出す。

 

 すべてはここから。

 

 もう昔の自分を捨て、新たに前へと進む。

 

 覚悟と決意をヴィルフリートは胸に刻みつけた。

 

 それは戦場で相対する者達にとっての脅威が誕生した事を意味する。

 

 後に『銀獅子』の異名で呼ばれる事になるエースパイロットはこの日に初めて自分の意思で歩き出した。 

 

 

 

 

 バルカナバート基地の指令室は一種の緊張感に包まれていた。

 机を挟みソファーに座って対面しているのはテタルトス地球駐留軍指揮官ファウスト・クアドラードと地球軍保守派の首魁クレメンス・イスラフィールだった。

 二人は重苦しい緊張感を伴いながらも、忌憚なく言葉を交わし合っている。   

 周囲から見たらハラハラするような場面ではあるが、二人の間に険悪な空気はなかった。

 

 「というのが詳しい概要となる。どうかな、イスラフィール代表? 貴方の目的とも合致していると思うが」

 

 「異論はない。このまま進めよう」

 

 話に区切りがついたのを見計らい傍に控えていた側近がファウストに耳打ちをする。

 

 「分かった。イスラフィール代表、準備が整ったようだ。これから世界に宣言を行い、同時に動く事になる」

 

 「了解した。……だが一つだけ、クアドラード、お前に言っておくことがある」

 

 「何か?」

 

 「お前がただの道化にならないように願っている」 

 

 意味を図りかねたのか、ファウストは僅かに眉を顰めただけで何も答えない。

 

 「どういう意味だ?」

 

 「ただの忠告だ。それよりまずはどう動くのかだけでも教えておいてもらいたい。どこを狙うつもりだ?」

 

 こちらへ向けてくるイスラフィールの力強い視線を逸らす事無く受け止めたファウストは口元を僅かに歪める。

 

 「すでに知っているだろう。まず我々が狙うのは――ユーラシアだ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。