機動戦士ガンダムSEED eventual   作:kia

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第35話 最後の晩餐

 

 

 

 

 

 アスランはヴァルナの格納庫にてこれから訪れる客人の出迎えに出ていた。

 彼の前にはファウストとイスラフィール、秘書官であるベアトリーゼが立ち、その後ろには数多の兵士達が並んでいる。

 そんな彼らの前に着艦する一隻の小型船。

 そこから二人の人物が降りてきた。

  

 一人は『宇宙の守護者』と呼ばれたエドガー・ブランデル。

 

 謹慎処分を受けていた筈だが、現在の状況を鑑みて職務に復帰していた。

 

 そしてもう一人はテタルトス軍の指揮を執っているユリウス・ヴァリス大佐。

 

 鋭い眼光は相変わらずで、アスランの傍に控えているミレイアを含めた新人達はその迫力を前に竦み上がっている。

 気持ちは良く分かる。

 かつてザフトに所属していた頃、アスランも何度となく同じ思いをしたからだ。

 特に訓練は鬼のように厳しかった。

 懐かしい過去の情景に浸りそうになりながらも、同時に浮かんできた女性の件でアスランの胸中は一気に冷え込んだ。

 

 「ッ!」

 

 気を落ち着かせる為に密かに息を吐き出しながら呼吸を整える。

 

 「ようこそ。今回、極秘とはいえ会談に応じてくださった事を感謝しますよ、エドガー・ブランデル司令、そしてユリウス・ヴァリス大佐」

 

 「いや。できればもっと早くにこうした場を設けたかったのだが、こちらも少々立て込んでいてね」

 

 ブランデルがファウストの差し出した手を握る。

 一見して穏やかな構図に見えるが、明らかに両者の間には温度差があった。

 友好的とは程遠い。

 ファウストはテタルトスを取り込もうと躍起になり、反対にエドガーは統合軍を激しく警戒している。

 今回の会談も荒れそうだと考えながらアスランはファウストに連れられた二人の後に付いて歩き出した。

 エドガー達を案内した場所はあまり使われない会議室。

 室内は普段使われていない所為か、質素に机と椅子、それから壁に設置されたモニター以外、何も置かれていない。

 それでも二人は気にした様子もなく椅子に座ると口を開いた。

 

 「時間も惜しい。早速、話を聞かせてもらおうかな」

 

 「そうですね。腹の探り合いをしていても仕方ないですから。――テタルトス月面連邦国に地球圏統合軍への参加を要請します」  

 

 予想通りの提案だったのかエドガーもユリウスも表情を変える事は無い。

 統合軍はテタルトス地球駐留軍と東アジア共和国、地球軍保守派が合流し誕生した一大勢力である。

 地球の半分近くを自勢力に抱える彼らが何故、地球圏統一に乗り出さないのか?

 その理由がテタルトスの存在があるからだった。

 もう一つの勢力である同盟と戦っている間に背後から攻撃されれば統合軍は多大な損害を受ける事になる。

 それだけは避けたい。

 だからこうして統合軍へ参加を要請しているのである。

 

 「テタルトスが統合軍に加われば、世界は統一を果たしたも同然です。仮に調和同盟が抵抗してきたとしてもどうとでもなる。いや、彼らもそこまで抵抗しようとは思わない。それで世界は平和になる」

 

 「従わなければ我々も同盟諸共消し去ると?」

 

 「まさか」

 

 「その割に宇宙でも派手に動いているようだ。未完成とはいえ精強な軍事力を持つアポロン要塞に、占拠したアルテミス要塞に搭載されたレクイエム。どう楽観して考えても、友好的な関係が築けるとは思えないのだが?」

 

 「それは誤解だ。我々の考えは演説で語った通りですよ。あくまでも望むのは平和です。しかしその為には武力の行使もまた必要というだけの事」

 

 エドガーの鋭い問いにもファウストは涼しい顔を崩さない。

 そこで二人のやり取りを聞いていたユリウスが初めて口を開いた。 

 

 「……分からないな。私にはそこまでお前が平和を渇望しているようには見えない」

 

 「私が平和を望む事がそんなにおかしいですか、ユリウス・ヴァリス大佐?」

 

 「ああ」

 

 断言するユリウスにファウストは初めて表情を僅かに曇らせた。

 ユリウスはこれまでそれなりに人間というものを見て来た。

 人に希望を与える事が出来る尊い者から、それこそ自分の事しか考えない心底腐った人間まで。

 だから確信がある。

 言い方は悪いがファウスト・ヴェルンシュタインは決して平和を望む聖者などではない。

 争いを望む悪鬼の類であると。

 

 「逆に聞いてやる。何故、お前はそこまで平和を望む? 何がお前を駆りたてる?」

 

 「それは今、語らねばならない事ですかね」

 

 「今だからこそだ。それとも何かやましい事でもあるのか?」

 

 いつの間にかファウストの和やかとも言える表情は徐々に冷たい無表情に変わっていた。

 ピリピリした雰囲気が部屋全体に満ちる中、ファウストの隣に座っていたイスラフィールが初めて口を開いた。

 

 「そこまでにしてもらいたい。個人の心情など論じる為の場ではない筈だ。論じるべきは我々の提案を受けるか否か。その返事をいただきたい」

 

 「確かに。ではまず月から流失した技術とモビルスーツを使用している対価の支払い、そして我々の兵士達を返してもらおう。話はそれからだ」

 

 「ファウスト・ヴェルンシュタイン司令。君は確かに事前に根回しを行いテタルトス地球駐留軍の大半をその傘下においた。その手腕は見事だ。色々と『疑問』は残るがね」

 

 確かにファウストは優れた手腕を持っている。

 それは今までの戦果や実績からも明らかだ。

 しかしそれでも彼だけの力で統合軍誕生のすべてを取り仕切ったとは考えづらかった。

 テタルトス誕生にかかわったエドガーだからこそ、その疑問が強く残っている。

 

 ――つまりは『他の誰かが裏で動いていたのではないか?』と思っているのだ。

 

 「まあそれはともかくだ。地球駐留軍の大半をその傘下に置きはしたが、全員が君に賛同した訳ではないだろう? そこに居るアスランを含めて」

 

 エドガーの視線がファウスト達の背後に立つアスランへ向けられる。

 

 「私達が無理やり言う事を聞かせていると?」

 

 「違うとでも? 証拠を提示でもした方がいいか?」

 

 エドガーの指摘は間違っていなかった。

 確かにファウストは地球駐留軍をまとめて統合軍に参加させる事に成功した。

 無論、交渉や対価の支払いなどで最終的にこちら側についたものもいたが、反発する者も少なくなかった。

 そこで反対する者達を各地に分割して隔離、一種の人質として使う事で最後まで拒んだアスラン達、有能な士官を引き込んだのだ。

 密かに歯噛みするファウストに引き換え、イスラフィールは全く表情を崩さない。

 鋭い視線でファウストを見据えている。

 

 「……なるほど、承知した。そちらの要望に応える用意をしよう」

 

 「ッ、イスラフィール!?」

 

 「黙っていろ。この件に関して報告も上げず、付け入る隙を与えたお前が悪い。……普段から慎重で綿密に動くが、時折遊びを入れるのはお前の悪い癖だ」

 

 イスラフィールの指摘にファウストも黙って口を噤む。

 

 「ただし、今すぐにとはいかない。そちらの協力が得られるならば、考慮する」

 

 「結局、人質という訳か?」

 

 「卑怯と罵るか? 好きにするがいい。だが手にしたカードは有効に使わせてもらう」

 

 「……お前にも聞いておきたい、クレメンス・イスラフィール代表。お前の目的は何だ?」

 

 この問いを目の前に座る男にぶつける事がユリウスにとっての本題だった。

 

 ラウ――いや、カースは言った。

 

 「この男は自分と同じである」と。

 

 そして相容れないとも。

 

 だからこそ確かめねばならない。  

 

 「愚問。私の目的はただ一つ。世界の統一、平和だ。どんな犠牲を払おうともそれを実現した先に人類の未来がある」

 

 「……何がお前をそこまで駆り立てる?」

 

 ユリウスの真剣な問いにイスラフィールは自分の中にある覚悟の根源に目を向けた。

 

 

 

 

 クレメンス・イスラフィール。

 彼は権力者であるイスラフィール家に生まれながら、彼自身が生まれ育ったのは一般の家庭だった。

 それは彼が当時のイスラフィール家の当主が使用人に生ませた子供だったからだ。  

 だから言って不幸だった訳ではない。

 普通の家に、普通の家族、普通の友人。

 決して裕福ではなかったものの、暖かい人々に囲まれたその生活にクレメンスは心から満足し、感謝し、周囲の人達を愛するまともな感性をもった人物として成長した。

 転機が訪れたのは彼が物心をついたの頃。

 それはよくある話だった。

 当主を継ぐはずの嫡男が事故死、次期当主候補の一人としてイスラフィール家へ招かれる事になったのである。

 最初こそ戸惑ったが自分が当主になれば母や友人たちの生活を楽にしてやることも出来るかもしれないと話を受ける事に決めた。

 そこで待っていたのは今までとは真逆の生活。

 ある種の地獄だった。

 当主候補者同士による、殺し合い。

 他者を蹴り落とし、貶め、排除する。

 勝者は生を、敗者には死を。

 ある種分かりやすい構図。

 しかし、そこにはクレメンスが尊んできた愛情も友情もない。

 肉親であろうが、友人であろうが、邪魔するならば始末する。

 

 歪んでいる。

 

 狂っている。

 

 だがそんな異常な生活の中でも不幸中の幸いかクレメンスは変わらず成長し、自らの優秀さを証明していった。

 隙を見せず、努力を重ね、成果を上げる。 

 その度にこの場の歪みを―――そして世界の歪みをまざまざと見せつけられる。

 ナチュラル。

 コーディネイター。

 その歪みは広がり世界全体がその炎に焼かれ、人が死ぬ。

 そんなものを見せつけられるといつも考えるのだ。

 

 何故、当たり前のように人を貶める?

 

 何故、簡単に人を殺せる?

 

 平穏こそが、平和こそが人の求めるものの筈だと、そんな事ばかり考えるようになっていく。

 無論、その頃には子供ではなくなっている。

 世界は決して甘いものではないと、理想論を振りかざすだけではどうにもならないとすでに十分すぎるほど理解していた。

 だが、それでも思ってしまうのだ。

 

 このままでは駄目だと。

 

 変わらねばならない。

 

 変えねばならないと。

 

 そんな考えを抱き、何時しか心の奥で自分が実現すべき理想だと定めるようになった。

 

 そうして時は過ぎ、徐々に頭角を現してくるクレメンスを他の候補者も邪魔だと判断したのだろう。

 

 直接的な排除行動に出て、そして―――母を失った。

 

 手に掛けた相手は当主の愛人の一人。

 当主の座を奪う為、クレメンスと争う為に生んだ娘を使い母を毒殺、昔の友人たちやクレメンスの命すら狙われた。

 それは阻止されたものの、クレメンスはすべてを無くしてしまった。

 

 普通であれば此処で憎しみなり、恨みなりを抱き復讐に走るか。

 

 それとも失った痛みに耐えきれず、折れてしまうか。

 

 しかしクレメンスは違った。

 

 彼はそれでも尚、諦めなかった。

 

 折れなかったのだ。

 

 ある種、此処から彼の真価が発揮され始めたと言っていい。

 

 

 『此処で諦めたら、今までの犠牲がすべて無駄になる。たとえ何があろうとも諦める訳にはいかない』  

 

 

 まさに鋼鉄の精神。 

 

 胸に焼き付けた想いは未だ変わらず。

 

 信頼してくれた仲間が死体に変わり、敵の屍が積み上げられる度にその思いが強くなる。

 

 変えねばならぬ。

 

 終わらせなければならないと。

 

 その為ならば喜んで手を血で染めよう。

 

 悪鬼の所業だろうとやりぬいてみせよう。

 

 結果、犠牲が無駄にならぬのならば―――

 

 平和という名の報酬が皆の手に渡るのならば―――

 

 喜んで悪魔になる。

 

 自分もまた歪んでいると自覚している。

 

 それでもやり抜く。

 

 それがクレメンス・イスラフィールという男だった。

 

 

◇ 

 

 

 己が内面を見つめ直すように閉じていた目を開いたイスラフィールは何の迷いもなく、自分の考えを口にする。 

 

 「今までの犠牲を無駄にしない為にだ。たとえどれだけの親しい人間が倒れようと、屍が積み上がろうとも、俺は成し遂げる」

 

 「犠牲を無駄にしない為に、新たな犠牲者を生むというのか?」

 

 「そうだ。俺が選んだ道を最後まで貫く事。唯一俺が死者に対して出来る餞はソレだけだ。他のやり方を俺は知らんのでな」

 

 ユリウスはそれだけで理解した。

 カースの『ユリウスとイスラフィールは同じでありながらも、相容れない』という言葉の意味を。

 

 二人の違い、それはたった一つだ。

 

 人を信じているか、否か。

 

 それだけだ。

 

 イスラフィールの信念は正しい。

 ユリウスでさえも共感できる部分のある実に綺麗で聞こえの良い、覚悟の言葉だ。

 だが、そこには致命的な欠陥が隠れている。

 

 それは『彼は他人を全く信用していない』という事だった。

 

 この男は誰も信じていない。

 

 味方になると言えば受け入れるし、敵になるならそれまでと切り捨てる。

 

 誰が死に、裏切ろうとも頓着せず、同時に誰が隣に立っても気に留める事すらないだろう。

 

 求めるものは自分の理想とする結果のみ。

 

 それを自分の力だけで全てを成そうとする。

 

 それがこの男の本質であるとユリウスは見抜いたのだ。

 

 「なるほど。お前の言い分も分からない訳じゃない。だが、認める事はできんな」 

 

 「ではどうする?」

 

 「いずれ雌雄を決しざる得ないという事だ」

 

 「返事は否という事か?」

 

 会議室が一触即発の空気を纏った。

 アスランと隣に立つベアトリーゼが緊張気味に身構えるが、エドガーは涼しい顔で受け流す。

 

 「それは私達の一存で決める事ではない。だが話は議会の方へ持っていく事は約束しよう。君達が先ほどの条件を守ってくれるならね」

 

 「なるほど。ではこちらからも要望が一つ。結論が議会で出るまでの間、我々の行動に関知しないでいただきたい。それを約束してもらえるならば、希望者をテタルトスへ帰還させましょう。無論、すべてという訳ではありませんが」

 

 「落とし所としてはそんな所か……いいだろう。結論が出るまでテタルトスは統合側に関知しない。我々の領域に侵入しない限りはだが」

 

 「了解した」

 

 ユリウスの言葉にファウストは内心ほくそ笑む。

 今回の件に結論が出るまでは月は動かない。

 つまりその間、統合軍は背後を気にせず残った敵である同盟の相手に集中できるのだ。

 これだけでもこの会談が行った価値がある。

 

 「では話を詰めるとしよう」

 

 お互いの腹を探りながら、両陣営の代表達は話を続けていく。

 

 

 ヨーロッパ戦線から続くこの戦争も最終局面に移行しようとしていた。

 

 

 

 

 ヴァルナで行われている会談は誰にも知られないように厳重な警備が敷かれている。

 だがその警備の穴を突き、カースは別の場所で様子を見ていた。

 

 「予想通りの展開だな。No.Ⅰ、そちらはどうだ?」

 

 「申し訳ありません。未だヴァルター、いえヴィクトリア・ランゲルトの所在は確認できません。哨戒任務に就いているという事で定時連絡は入っているようですが。探索させていたモビルスーツもすべて撃退されています」

 

 「フム、相変わらず隙を見せないか、食えない女だ。ただのゲオルクの狗かと思いきや、やってくれる。戦女神を確保が出来なかった以上、彼女しかいないのだが。エリニスはどうか?」

 

 「変わらず。レティシア・ルティエンスに対する憎しみの言のみ口にしています。やはりエリニスに彼女の相手をさせたのは、不味かったのでは?」

 

 No.Ⅰは常にエリニスの暴走を懸念していた。

 普段はあのヘルメット状のデバイスで精神安定を図っているらしいのだが、彼女はあまりに不安定すぎる。

 だがカースはさほど気にした様子もなく、エリニスを登用し続けている。

 №Ⅰとしてはカースの身に降りかかるかもしれない火の粉は早めに振り払いたいのだが。

 

 「そうでもないさ。万が一に備えてのI.S.システムだったからな。……機体の方はどうなっている?」

 

 「はい。すでにパーツの大半は完成しています。現在は調整作業中です」

 

 カースの持つ端末にデータが表示された。

 そこには開発中と思われる円形状バックパックパーツが映し出され、無数の砲塔が突き出ている。

 

 「どうやら間に合いそうだな。№Ⅰ、引き続きヴィクトリア・ランゲルトの動きを調査しろ。それからこのデータを彼らへ」

 

 「了解したしました」

 

 指示に従い№Ⅰは恭しく頭を下げると部屋から退出する。

 

 「さて、いよいよこの戦争の最終局面だ。君達の奮戦に期待しているよ、キラ君、そしてアスト君。精々足掻いてくれ、後に残る戦禍を刻むために」

 

 カースは楽しそうに笑みを浮かべると、再び端末に目を落とした。

 

 

 

 

 デブリの間を素早く動くユングヴィ。

 何かから逃れるように姿を隠しながら目的地に向けて移動していた。

 

 「……ハァ、しつこいですね」

 

 ため息をつきながら、しつこく追ってくる連中に辟易したように視線を向ける。

 ヴァルターは即座にビームライフルのトリガーを引くとデブリの陰に隠れていたウィンダムを撃ち抜いた。

 それを合図に数機のモビルスーツがデブリから飛び出してきた。

 

 「海賊にしては装備が良い。……しびれを切らしたか」

 

 ビームサーベルを抜き、斬りかかってきたイリアスをあっさり斬り捨てた。

 

 「さて機体に統一感がない。尻尾を掴ませたくないと言った所ですか」

 

 動きを見ればある程度の訓練を積んでいる事は分かる。

 射撃精度も接近戦に切り替えるタイミングも悪くは無い。

 そう悪くは無いが――

 

 「経験不足ですね」

 

 向かってくる敵機を一蹴するヴァルターは言葉の通りに敵を次々と返り討ちにする。

 

 「これで全部ですか。舐められたものですね」

 

 周囲の敵を一掃し、他に監視している者も居ない事を確認すると目的地に向かう。

 しばらく進んだ先にあったのはデブリに囲まれ隠されたテタルトスの小型輸送船だった。

 着艦し、コックピットから降りると奥にある部屋へと向かう。

 此処は所謂ヴァルターが自分の為に用意した隠れ家のようなもので前に破棄されたテタルトスの輸送船をそのまま使用しているのだ。

 艦内に人間はおらず、普段はミラージュ・コロイドを使って隠匿されている為に誰も気がつかない。

 ヴァルターが入った部屋は端末と医療ポッドが置いてあるだけで他には何もない質素な場所だった。

 

 「時間もありませんから、さっさと済ませますか」

 

 端末を操作し、差し込んだメモリーにデータを落とす。

 

 「これで良い。後は、万が一の場合に備えてディノ中尉にメールを送っておきましょうか」 

 

 素早くキーボードをタイプし、セレネの個人端末にメールを送信する。

 彼女ならば上手くやってくれるだろう。

 ヴァルターは傍に置いてあるポッドを一瞥するとそれ以上は何も語らず部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 統合軍とテタルトスが動き始めようとしていた頃、同盟もまた足並みを揃えつつ、行動に移ろうとしていた。

 機体のコックピットでキーボードを叩いていたアストはようやく終わった装備の調整に一息つくとマユが顔を出した。

 

 「アストさん、少し休みませんか?」

 

 「マユ、ありがとう」

 

 差し出された飲み物を口にするとマユの心配そうな顔が目に入った。

 最近のマユは四六時中アストの傍に侍っている。

 心配してくれているのは分かるのだが、何というか周囲の視線が痛い。

 正直、アストの部屋で寝泊まりしようとするのだけは勘弁してもらいたい。

 

 「フリージア、ようやく使えるんですね」

 

 「ああ。e.s.デバイスとの連動に手間取ってしまった。フリーダムの戦闘データがなかったらもっと手間取ってしまったかもしれないな」

 

 アンセム・イノセントガンダムの背中には機体よりもやや大型な板のような武装が装着されていた。

 これはユニウス戦役でも投入された『フリージアⅡ』と呼ばれるドラグーン式ビームフィールド発生器である。

 フリージアの完成をもってようやくアンセム・イノセントは万全の状態で戦闘に臨む事が出来る。

 

 「……アスランやクルーゼも今度こそ決着をつける為に動く筈だ。何とか間に合ったな」

 

 「アストさん、無茶しないでください」

 

 「大丈夫だ」

 

 アストの覚悟を聞いて心配そうなマユの頭を撫でると丁度ルナマリアがコックピットを覗き込んだ。

 

 「アレン、ジュール艦長が呼んでますよ」

 

 そんな所にもう一つの悩みの種であるルナマリアが近寄ってきた。

 帰還したルナマリアもアストを心配してすぐに駆けつけてくれた。

 それは非常にありがたい話なのだが、少々行動が過剰すぎるような気もする。

 マユと張り合っているようにも見えて、困惑しているというのが正直な所である。

 

 「分かった」

 

 後ろを出来るだけ振り返らない様にブリッジへ向かうと仏頂面のイザークが待っていた。

 

 「来たか。今日は暇だな?」

 

 「は?」

 

 「前の約束通り家に来い」

 

 「こんな時にか?」

 

 「こんな時だからだ。近々出撃する事になるのは間違いない。その前にお前を絶対につれて来いって言われていてな。此処で連れていかないと俺が文句を言われる」

 

 アネットもアストの事を心配している。

 面倒見の良い彼女らしい。

 イザークも散々言われたというのもあるんだろうが、彼もアストを気にかけてくれているのだろう。

 

 「分かったよ。じゃあ、お邪魔しよう」

 

 イザークの家はヴァルハラの居住地の一画にある。

 静かで良い場所なのだが、都市部から離れている為に買い物などが不便らしい。

 港から車でイザークの家に到着すると、一人の女性が出迎えるように待っていた。

 

 「おかえりなさい」

 

 長い髪を肩の所で纏め、穏やかな笑みを浮かべた女性はアネット・ブルーフィールド。

 アスト達と共にアークエンジェルで戦った戦友だった。

 もうすぐ出産という事でお腹が大きくなっているが、顔色などは悪くないようで笑顔を浮かべていた。

 その影響なのかいつも以上に優しげな表情を浮かべ、理想の母親のような雰囲気が伝わってくる。

 

 「ただいま」

 

 二人は仲睦まじく、キスをかわす。

 そういう事は誰も居ない時にやって貰いたい。

 見ているだけのアストは気まずいだけだ。

 

 「アンタもおかえりなさい、アスト」

 

 「え、あ、ああ、た、ただいま」

 

 いきなり「おかえり」と言われて面食らってしまった。

 そんな事を言われたのはいつ以来だろう。

 

 「何、ボーと突っ立てんの? さっさと中に入りなさい。皆、待ってるわよ」

 

 「皆?」

 

 リビングに通されるとそこには先程別れたマユやルナマリア、キラ、ラクス、宇宙に上がってきたシンやアオイと言った顔見知りの面々が待っていた。

 

 「遅いですよ、アレン!」

 

 「もう、シンってば」

 

 「相変わらず尻に敷かれてるなぁ、シンは」

 

 「アスト、早く座りなよ」

 

 「アレン、私の隣に」

 

 「いえ、アストさんは私の隣ですよ」

 

 予想外の事に呆然としていると背後から近づいてきた誰かがアストの首に腕を回してきた。 

 

 「何を呆然としてんだよ、アスト!!」

 

 「トール!? それにサイにカズイも!」

 

 久しぶりに会う友人達の姿にさらに驚いてしまう。

 トールやサイは確か地球に居る筈だし、カズイに居たってはオーブで仕事に就いている筈だ。

 

 「トールとサイは赤道連合に行ってた筈だろ? それにカズイ、仕事はどうしたんだ?」

 

 「アスト達を驚かそうと思ってトール達と一緒に休みをもらったんだ」

 

 カズイは昔のような弱気の面影はなく、大人の落ちつきが出ていた。

 もしかすると同期の中で一番大人なのはカズイなのかもしれない。

 

 「それより聞いてくれよ、アスト。トールってばまたミリィと喧嘩してさ」 

 

 「サイ、それを言うなって!」

 

 「アンタ達、何してんの? 早く座りなさい! 皆、待ってるでしょうが!!」

 

 「「「は、はい」」」

 

 やっぱりアネットはアネットだった。

 凄く怖い。

 

 「イザーク、アイツと良く結婚する気になったよな」

 

 「……聞こえるぞ」

 

 トールが余計な事を言う前に口を塞ぐとこれ以上、アネットの怒りを買わない様にさっさとマユとルナマリアの間に腰掛ける。

 

 「で、これは何なんだ?」

 

 「別に。ただ皆で揃う機会なんて殆どないからね。トールやサイ達まで居るんだし、たまには皆で集まっても良いでしょ。じゃあ食べましょうか?」

 

 「「「いただきます」」」

 

 皆の声が揃うと一斉に料理に手を伸ばす。

 

 「美味しいですわね。アネットさん、これどうやって作ってるんです?」

 

 「あ、それはね――」

 

 「で、トールは何をしたのさ」

 

 「それは流せよ、キラ! 突っ込むなって!!」

 

 女性陣が料理に関する話で盛り上がり、男性陣もこれまでの苦労話を肴に談笑を始める。

 

 騒がしくも穏やかな雰囲気。

 

 優しさすら漂うその空気がアストの胸に染みわたるように広がっていく。

 

 「アストさん、どうしたんです?」

 

 「これ凄く美味しいですよ?」

 

 「ああ……いや」

 

 彼女が居なくなって空虚になった胸中に広がる暖かさにアストは笑みを浮かべた。

 

 「少し勘違いをしていたと思ってな。前もそうだったが」

 

 「?」

 

 再びの喪失がアストに消えない傷を刻み込んだ。

 それは事実だ。 

 でもすべてを失くした訳じゃない。

 

 

 いや、そもそも――俺は何も失くしてなんていない。

 

 

 守るもの、そして戦う理由も此処にあるのだ。

 

 テーブルを囲む仲間達。

 

 今は離れているが大切な妹もいる。

 

 

 だから――

 

 

 「……アスラン、クルーゼ。俺はお前達には負けない」

 

 

 大切な者達の顔を脳裏に焼き付けると、アストは料理に手を伸ばした。

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