激突する天使と悪魔。
トライライトフリーダムとベルゼビュートメガイラは高速で動きながら、激突を繰り返していた。
「死ねェェ!!」
エリニスの怒声と共に繰り出された一撃がシールドの上からフリーダムを脅かし、振るったサーベルがベルゼビュートの装甲に傷を刻み込む。
刃を振るう二機はほぼ互角の勝負を演じていた。
マユがフリーダムの機動性で翻弄すれば、エリニスはI.S.システムで強化された反射能力で応戦する。
数合を打ち合いベルゼビュートの異常ともいえる反応にマユは即座にカラクリを理解した。
「これは……あのシステムですか」
かつて同じシステムを使い、マユの猛攻を捌いた男がいた。
そのシオンという男は防戦に回りつつも、C.S.システムを発動させたトワイライトと互角に戦ってみせたのだ。
「あの時は敵が守勢に徹した事で押し切れなかった。でもこの人は―――」
エリニスはシオンとは対極。
防御を完全に無視。
攻撃だけに集中し、結果としてそれが防御の役割を果たしていた。
だが、それは正気の沙汰ではない。
命を捨てる蛮行であり、I.S.システムの恩恵があるからこそ可能な獣の所業に他ならない。
「どうした、熾天使!! そんなものかァァァァ!!」
搭載された火力をフルに使い、動き回るフリーダムを狙い撃つ。
「ッ、見かけによらず、ビームキャノンは厄介ですね!」
翼を翻し、ビームの火線を回避したマユは負けじとビーム砲を発射する。
ベルゼビュートは砲戦仕様の機体ではないとはいえ、その火力は非常に強力。
直撃でも受けようものなら、それだけで致命傷だ。
距離を取り、相手の攻撃をかわしながらの砲撃戦。
この火線の撃ちあいに痺れを切らしたのはエリニスだった。
「チョロチョロと逃げ回ってェェ!!」
二つのビームクロウを分離させ、左右から挟むようにフリーダムを追い詰める。
「この、カニモドキ!」
マユは思わず毒づきながら光爪をブルートガングで弾き飛ばし追撃のビーム砲をを大きく距離を取って回避した。
その隙に距離を詰めたベルゼビュートの大鎌が襲いかかる。
「無様に逃げ回るだけか! いつ天使からネズミに鞍替えした?」
「距離を詰められては不利!」
ベルゼビュートを蹴りつけ、フルバーストを叩き込む。
「そんなもの!!」
多重の砲撃を潜り抜け、再び距離を詰めたエリニスは大鎌の一撃を上段から振り下ろした。
「無様だな、ネズミ!」
「いちいち煩い!!」
嘲りと挑発の混じったエリニスの声にマユは怒鳴り返しながら大鎌を受け止めた。
ビーム刃を弾き飛ばしたフリーダムは今まで以上にスピードを上げ、ビームサーベルを上段から振り下ろした。
「ハッ! 安い挑発に乗って、馬鹿な奴!!」
速度の乗った斬撃をエリニスは鼻で笑いながら肩のシールドで受け止めると、腰からビームクロウを発射する。
至近距離からの一撃がシールドをフリーダムの腕から吹き飛ばし、体勢を大きく崩す事に成功した。
「これで止めだァァァァ!!!」
エリニスはニヤリと笑みを浮かべながら体勢を崩したフリーダムに大鎌を振り上げた。
しかし――
「何だと!?」
大鎌はフリーダムを捉える事ができず、さらには柄の部分が切り飛ばされてしまった。
「ば、馬鹿な」
捉えたと思ったフリーダムの機影は幻惑だった。
「挑発に乗ったのは貴方の方です!」
あえて懐に飛び込ませ、隙を作る。
そんなフリーダムの策に嵌められた事に気がついたエリニスはあまりの屈辱に激昂する。
「貴様ァァァ!!」
「先程の言葉をお返しします。安い挑発に乗って!!」
マユは持ち替えた斬艦刀を振るいベルゼビュートの装甲を切り裂くと、そのまま肩へと突き立てた。
「ぐぅぅ、おのれ! おのれェェェ!!」
肩に突き刺さった斬艦刀を忌々しげに睨みながら、エリニスは衝撃を噛み殺す。
一旦距離を取ったマユは油断なく再びビームサーベルを抜いた。
仕切り直しと睨み合う二機。
そこで予期せぬ警報が鳴り響いた。
「ッ!?」
それはレクイエム発射の警報だった。
しかも二機が居たのは丁度、レクイエムの射線上。
「不味い、間に合って!」
「逃げるか、熾天使!!」
「構ってなど!」
マユは目の前にいる敵に蹴りを入れ、全力で離脱を試みる。
全開にしたスラスター。
C.S.システムの出力も加えて今までとは比較にならない速度で上昇した。
次の瞬間、眩い死の閃光がマユの視界を埋め尽くす。
「ぐぅぅぅっっぅ」
激しい光がフリーダムの装甲を焼いていく。
まるで皮膚が剥がされるように。
両手をクロスさせビームシールドを展開し、レクイエムの余波から逃れるべく距離を稼ぐ。
閃光が消え、残されたものは無惨な破壊跡。
そこにはレクイエムの余波を受けたベルゼビュートの姿もあった。
装甲は剥がれ落ち、幾つかの武装を失っている。
遠目に見れば大破したようにも見えるだろう。
だが、ベルゼビュートは未だ健在。
戦闘も可能だった。
しかしその影響は確実に機体を蝕み、コックピット内にも達していた。
「ぐあああ!! あ、頭がァァ!!」
エリニスの脳裏に見たくも無い光景が浮かびあがってくる。
それはリース・シベリウスのもの。
忌々しいレティシア・ルティエンスに破れ、地を這う事になった惨めな負け犬。
「くそ、くそ、くそ!! わ、私はお前とはァァァ!!」
《エリニス、聞こえているか?》
痛みから逃れようとコックピット内で暴れるエリニス。
彼女の耳には近くまで来ていた味方の声すら聞こえていない。
その時、反応したモニターに映し出された機影に目を奪われる。
白いガンダムと相対する機体。
「あ、ああ、アイツは……」
間違いない。
アイツこそが自分をこんな目に合わせた元凶。
奴がリース・シベリウスを倒さなければ―――
そもそもこの世に誕生しなければ―――
私がこんな目に遭わされる事はなかったのだ!!
「そうだ。お前の所為だ! レティシアァァ!!!」
エリニスの咆哮にシステムが再起動したベルゼビュートは動く腕でビームソードを抜き放つ。
《エリニス!? どこに行くつもりだ、一旦帰還しろ!》
雑音は聞き流す。
その眼には映るのは見つけた獲物のみ。
故に気がつかない。
ベルゼビュートに仕掛けられた暴走を抑えるプログラムが破損している事に。
そして攻撃しようとしている相手が、味方の識別信号を出している事も。
何よりも、彼女が憎むべき相手ですらない事にも。
エリニスは終ぞ気がつかないまま、二機の戦場へと乱入を果たした。
◇
宇宙を裂く眩い閃光。
プレイアデス級に反射された光はまるでナイフのように鋭利な切っ先を同盟軍艦隊の方へ向けていく。
「スラスター全開、回避!!」
イザークの叫びにフォルセティは精一杯の動きで閃光を躱す軌道を取った。
「ぐっ」
無茶な機動を取ったせいでフォルセティのブリッジに大きな振動とGが襲いかかる。
そのお陰か、死の閃光は戦艦に被害を与える事無く、通り過ぎて行く。
「状況知らせ!」
「システム障害発生! 右舷主砲、ミサイル発射管、発射不能!」
「復旧作業、急がせろ! 陣形を立て直す、各艦に通達!!」
「了解」
指示を飛ばしながらイザークは戦域図を見つめた。
すでに伏兵として伏せていた部隊は全滅している。
このまま力押しではアルテミスを落とせる可能性は低い。
「……体勢を立て直すべきか」
そう判断せざる得ない状況に歯噛みしながらイザークは通信機へ手を伸ばす。
そうして発せられたフォルセティからの撤退命令。
最前線にいたムウ達の耳にも届いていた。
「フゥ、フォルセティは無事だったみたいだな」
器用にアカツキのドラグーンを操り、敵部隊を迎撃していたムウは安堵したように息を吐く。
「でもまだ油断できませんよ」
「ええ。結局、伏せていた部隊はやられたみたいだし。フラガ一佐、退きましょう」
「だな。俺達が殿を務める。頼むぞ、お譲ちゃん達!」
「「了解」」
左右についていたアイテルとインパルスが敵先方を斬り伏せると、すかさずアカツキの的確な射撃が敵陣形を崩す。
「仕切り直しか」
黒いアークエンジェル級の姿は確認されたものの、未だクルーゼが出てくる気配はない。
何か嫌な予感がする。
今尚奴は牙を研ぎ、虎視淡々とこちらを狙っているような感じがするのだ。
「いや、今は戦闘に集中するか」
ムウは釈然としないものを感じながら、アルテミスを一瞥すると撤退する味方を援護する為、戦闘に集中する事にした。
◇
レクイエムの砲撃は射線上に配置されたプレイアデス級のゲシュマイディヒパンツァーによって歪曲され、同盟軍艦隊の方へ一直線に進んでいく。
その光を見送ったアストはすぐさま艦隊の安否を確認する為、検索を掛けた。
「フォルセティは……無事だな。だが艦隊の陣形が崩されてしまっている」
すぐにでも援護に向かうべきとイノセントは踵を返す。
しかし周囲から撃ち込まれた無数のビーム砲が行く手を阻んだ。
「私を忘れてもらっては困ります、アスト。それに話の途中だったでしょう?」
「ッ、ヴィクトリア! わざわざ追ってくるか!」
撃ちかけられたドラグーンを器用に躱し、ビームライフルで狙撃する。
数発のビームが飛び回る砲台を叩き落とし、そこに出来た穴から離脱を図った。
「ドラグーンを落とすだけでも厄介ですね。しかし逃がしません」
「ッ!?」
狙い撃つスナイパーライフルの一撃。
正確に狙いを定めた攻撃にアストは即座に機体を下降させた。
頭上を通り過ぎるビームに冷や汗を掻きつつ、連射されたスナイパーライフルを捌いていく。
「チッ!」
今まで戦った誰よりも正確な射撃に舌打ちしながら、こちらもビームライフルを発射した。
「それでは当たりませんよ」
アストの反撃を余裕で捌いたユングヴィは的確な射撃でイノセントをドラグーンの包囲網へ誘導しようとしてくる。
さらに発射された三連装ビーム砲が機体を掠め、アストから余裕を奪っていく。
「囲むつもりか」
レティシアのドラグーン操作と同様にヴィクトリアのソレもまた一級だ。
包囲されれば動きが鈍り、穴を作って離脱を図ればスナイパーライフルの的になる。
「つまりヴィクトリアを何とかしないといけない訳だ」
アストはユングヴィを牽制しながらさらに速度を上げ、ドラグーンの包囲網から抜け出そうと試みる。
「逃げられません」
先ほどと同じだ。
意図的に作った穴から離脱を図るイノセントにスナイパーライフルの一撃が襲い掛かる。
だが、それはアストの狙い通り。
「そう簡単にやれると思うなよ!!」
イノセントが宙返りすると板状の装備であるフリージアが横にスライド、瞬時に光の膜を生みだしビームを弾いた。
それだけに留まらず、背中から伸びたビームソード『ワイバーン』がユングヴィに伸びていく。
「なっ!?」
意表を突かれたヴィクトリアは反応が遅れ、スナイパーライフルを斬り裂かれてしまった。
「くっ、私からスナイパーライフルを奪うとは……流石」
「まだまだ!」
スナイパーライフルを失ったユングヴィの隙を突き、距離を取りながらバズーカ砲を発射する。
弾けた砲弾が展開されていたドラグーンを吹き飛ばし、同時に構えた高エネルギー収束ライフル『アガートラム』がすべての砲台すべてを薙ぎ払った。
「ドラグーンを!?」
「これでそちらは丸裸だ!」
しかしユングヴィは両手に対艦刀を構え、イノセントを逃がすまいと前に出た。
「本当に流石ですね、アスト。私に剣を抜かせるとは。でも接近戦も苦手じゃないんですよ」
「だろうな」
二刀の対艦刀をシールドで防御、こちらもビームサーベルで斬りつける。
「ヴィクトリア、お前は一体?」
「そればかりですね。……まあ、いいですか」
「何?」
予想外の言葉にアストは少し驚いたように声を上げるとヴィクトリアの楽しげな声が聞こえてきた。
「フフ、昔々月に住まう二つの夫婦が居ました。片方がルティエンス、もう片方をランゲルトと言います」
「ッ!?」
月に住まう彼らは別段特別でもない、普通の家族。
お互い出会ってすぐ職場や家も近い事もあり、彼らは交流を深め、悩んでいた事も打ち明ける程に意気投合するまで時間は掛からなかった。
彼らの悩み、それは子供の事だった。
生まれる子供に遺伝子操作を施すかどうか、つまりはコーディネイターにするか否かである。
当時はすでにコーディネイターに対する差別は横行し、根深い対立の構図は出来上がっていた。
しかし子供の将来を考えるならば――
幸いというか彼らの住んでいたコペルニクスはコーディネイターに対しても寛容だった事もあり、悩んでいた。
そんな時だ。
彼らの前にソイツが現れたのは。
「それがヴェクト・グロンルンドという名前の研究者です」
「ヴェクト・グロンルンド!?」
「ええ。彼が私達を生み出した」
ヴェクトは彼らが務める研究所の関係者で同じ職場に勤務する同僚であるという事が彼らの警戒心を薄めていた。
言葉巧みに誘導され、二つの夫婦は自身の子供をコーディネイターとする事を決めた。
それがヴェクトの目的だったとも知らずに。
「何の為に……目的は何なんだ?」
アストの予想が悪い形で当たった事に歯噛みしながら、憤りを押し殺して続きを促す。
「彼自身の目的は知りませんが、私達が生み出された理由は簡単です。『能力移植』の実験ですよ」
「能力移植?」
「ええ。優れた人物の能力を他者へと移植する研究。それが私達が生まれてきた理由です」
アストは自分の中に浮かび上がってきた考えに戦慄する。
他者の能力を移植する。
言うのは簡単だが、現実は口にする程容易い話ではない筈。
だが、もしもそれが可能なら――
兵士に掛かるコストや時間も削減でき、戦果も得られるなら、軍にとってこれほど美味しい話はない。
そこでアストの脳裏にもう一つ浮かび上がってきたものがあった。
それはイレイズMk-Ⅲのパイロットの事。
あのパイロットは確かにかつて倒した男と瓜二つの技量を持ち合わせていた。
彼もまた――
そして目の前にいるヴィクトリアもまた同様に、レティシアと瓜二つ。
「あのパイロットは……そしてお前もレティシアの能力を移植された――」
「その通りです。レティシア・ルティエンスは『能力移植』の雛型であり、そして私はその試作品の一つです」
確かに彼女達はあまりに似すぎていた。
容姿だけではなく、持ちうる力や戦い方も含めて類似点が多すぎた。
だが、それもレティシアの能力を移植されていたというなら納得できる。
「容姿まで似ているのは?」
「単純な話です。私は能力だけでなく、容姿もまた似せて作られただけの事」
淡々と語るヴィクトリアにアストは砕けるのではと思える程に強く歯を噛みしめる。
「……ヴェクト・グロンルンド! やはり奴は」
生かしておけないと冷たい殺気を放つアストと正反対にヴィクトリアは穏やかな笑みを浮かべていた。
「貴方を―――」
ヴィクトリアの言葉の続きが紡がれようとしたその時、警告音が響き渡る。
「レティシアァァァ!!」
「あれは……」
「ッ、リースか!?」
傷ついたベルゼビュートが二機の間に割り込んできた。
狙うは味方である筈のユングヴィ。
二機は飛び退くように距離を取り武装を構えた。
「何時からリースはお前の敵になったんだ?」
「リースではなくエリニスです……ずっと前からですかね。彼らはずっと私やレティシアを狙ってましたからね」
「どういう事だ?」
「さっき話した通りですよ。私達は言わば『能力移植の成功体』、貴重な資料ですからね」
「死ねェェ!!」
ベルゼビュートは握ったサーベルを正眼に構えて突撃する。
「その割に死ねとか言ってるが?」
「ハァ、知りませんね」
「そうかい」
アストが冷たい瞳で向かってくるベルゼビュートを睨みつける。
「……リース、もう何も語る事はない。此処で消えてもらう」
しかしアストが動き出す前に、悪寒のような者が体を走り抜けた。
考える前に動いたアストはイノセントを下がらせる。
すると強力なビーム砲がイノセントの居た空間を焼き尽くしていった。
飛び退くイノセントへ無数のドラグーンが囲むように配置され、ビームの雨を降らす。
その数はユングヴィの比ではない。
「次から次へと!!」
シールドでビームを防御しながら、周囲に向けた視線の先にいたのは伏せていた同盟の部隊を瞬殺した『異形』だった。
そのコックピットに座るは№Ⅰ。
何時も通りの冷静な表情のままイノセントとユングヴィを睨みつける。
「アスト・サガミか。丁度良い、カース様の障害はすべて排除する。エリニス、お前は下がっていろ、ヴィクトリア・ランゲルトの捕獲はこちらでやる」
「うるさい、黙れ! 私は殺すんだ、レティシアを!! 今度こそ、殺す!!」
「やはり……暴走したか、愚か者。お前にその機体を預けた事は間違いだった」
イノセントの方に視線を戻すと彼の機体は未だに健在。
無数のドラグーンから放たれたビームの雨の中を巧みに動いていた。
まるで砲台の動きを把握しているのではと錯覚するような、そんな軌道を取りながら。
「エリニス、貴様の処遇は後だ。今はアスト・サガミの始末を優先する」
№Ⅰがイノセントの相手をし始めたその直ぐ傍でユングヴィとベルゼビュートが睨み合っていた。
「錯乱しましたか、エリニス。しかもそんな満身創痍で!」
「私を舐めるなァァァァァ!!」
作動したI.S.システム。
破損しリミッターが外れた状態となったベルゼビュートはいつも以上の精度と力をエリニスに与えた。
残ったビームクロウが切り離され、四方からユングヴィを狙い撃った。
「確かに速い。しかし飛び回るだけの爪など!」
「舐めるなと言った筈だ!!」
使えない片腕を引き千切り、ユングヴィに向けて投げつける。
投擲された腕がビームキャノンによって狙撃され、爆発と共にユングヴィを吹き飛ばした。
「ぐぅぅぅ!」
「ハアアアアア!!」
そのまま突撃したベルゼビュートはユングヴィを抱き込むように胴体に腕を回した。
「これで逃げられないだろう!」
「くっ」
振り払おうにもベルゼビュートは損傷しているとは思えない力でユングヴィを拘束し、脱出できない。
その様子を見た№Ⅰは千載一遇の機会に再びエリニスに呼びかけた。
「エリニス、良くやった、そのまま動くな。ヴィクトリア・ランゲルトを捕獲したまま撤退する」
「私はこいつを!」
「黙れ! カース様を失望させたいのか!!」
№Ⅰはイノセントからユングヴィに矛先を変えると、鹵獲する為のワイヤーを射出する。
ベルゼビュートごと押さえ込まれたユングヴィは片腕を除き、完全に動けなくなってしまった。
「これで動けまい。カース様の下に来てもらう、ヴィクトリア・ランゲルト。お前にはレティシア・ルティエンスの代わりになってもらわねば。そうでなくてはあの男が煩い」
№Ⅰの言葉にヴィクトリアはやはりという思いを抱く。
「……冗談でしょう。そんな事になるくらいなら死んだ方がマシですね」
ヴィクトリアは動く腕で対艦刀を逆手に構え、そのままユングヴィの胴体目掛けて振り下ろした。
刃はそのまま胴体を貫通し、ベルゼビュートごとユングヴィに致命傷を与えた。
当然、ヴィクトリアの座るコックピットにも。
「貴様、何を!?」
「ぐっうぅ、い、言った、でしょう、死んだ、方が、マシだと」
「おのれェェ、れ、レティ、シアァァァ」
組みついていたベルゼビュートも損傷は負っているようだが、コックピットは外れているようでエリニスの恨みごとが聞こえてくる。
「……ヴィクトリア、自ら命を断つか。なら死体だけでも回収させてもらう」
「ヴィクトリア!!」
「アスト・サガミ!?」
ドラグーンの檻を抜けたイノセントが高エネルギー収束ビームライフルで攻撃してくる。
「なんて強力な砲撃だ」
「まだまだ!」
高エネルギー収束ビームライフルの一撃にたまらず距離を取る№Ⅰ。
そこを狙い背中から放出されたフリージアがワイヤーを引き千切り、同時に異形目掛けて攻撃を開始する。
「ドラグーンだと!? ッ、ベルゼビュートを失う訳にはいかない」
№Ⅰは無防備なベルゼビュートをワイヤーで回収すると、すぐさま戦闘宙域から離脱していった。
「ヴィクトリア!」
アストは対艦刀の突き刺さったユングヴィにイノセントを近付ける。
ユングヴィの装甲からは色が消え、その腹部には深々と刃が突き刺さっていた。
「爆発の心配はないようだが……これでは」
アストはユングヴィのコックピットへ取りつくとハッチを開けようとスイッチを押す。
だが、ハッチは歪み僅かに隙間が開く。
出来た隙間から見えたのは半身を押しつぶされたヴィクトリアの姿だった。
「……あ、ア、スト、ですか?」
致命傷だと瞬時にアストの理性が結論を下す。
しかし、ヴィクトリアの姿がレティシアとダブり、自分でも驚くほど憤りが湧き上がってくる。
「フ、フフ、貴、方が、そこまで、怒ってくれるとは、思いません、でしたよ」
「何で自分から命を捨てるような真似を」
「……あんな、男の、モル、モットなど、ごめんだった、だけです」
血に濡れたヘルメットの下で笑みを浮かべたヴィクトリアは手に持ったディスクを差し出してきた。
「ぶ、無、事だった、のは、運命、なんで、すかね」
「これは……」
「私、は貴方のように、なりた、かった。決めら、れた運命に、抗う、貴方の、ように。男の名前を、名乗っていた、のも」
アストは伸ばされたヴィクトリアの手を握る。
「……貴方に、会えて……看取ら、れるなら……」
「ヴィクトリア!」
「もう……私のような……生まれ、ない……世、界に……」
そこで握っていたヴィクトリアの手から力が抜けた。
自分でも想像以上のショックにアストは拳を握りしめ、ユングヴィの装甲を殴りつけた。
「くそ!」
相変わらず涙は出ない。
しかし脳裏にレティシアの面影が脳裏をよぎる度に拳に力が籠る。
彼女の姉妹とも言える存在を失った事にアストの胸中には言いようのない憤りが燻っていた。
◇
アルテミス攻撃隊である同盟艦隊が一時撤退し再攻撃の機会を窺っていた頃、アポロン要塞でも戦闘が開始されていた。
前面に出ているのは高機動兵装『スレイプニル』を装着したユニバースフリーダム、ジャスティス、デスティニーである。
持ちうる高火力を用いてアポロンの戦力を薙ぎ払い、戦局を有利に進めようという判断だった。
しかし、状況はそう簡単ではなかった。
「くそ、アイツら!」
「落ちついてください、シンさん。ここで火力を減らせば向こうが一気に攻勢に出てきます」
「くっ」
同盟軍はアポロンに攻め入る事が出来ず、スレイプニルの砲撃で敵部隊を押し留めている状態であった。
その理由が横一列に並ぶように配置されたモビルアーマー『ザムザザー』の存在である。
こちらの遠距離砲撃をザムザザーの陽電子リフレクターによって防御されてしまっていた。
「接近すればあんな連中どうにでもなるのに!」
「それはニーナとアオイに任せるんだ。僕達は此処で敵を釘付けにする!」
「はい!」
スレイプニルの砲撃が戦場を埋め尽くし、ザムザザーの陽電子リフレクターがそれを防ぐ。
その火線に紛れ敵陣へ二機のモビルスーツが斬り込んでいた。
ユニオン・エクセリオンとリベルテ・ストライクである。
「ハアア!」
接近したニーナが迎撃のモビルスーツを斬艦刀で斬り伏せ、ビームライフルで敵陣形を崩す。
「ミナト少尉!」
「了解!」
ウイングスラスターを吹かし、敵の攻撃を潜り抜けると高エネルギー収束ビーム砲『アンヘル』を両手に構えて発射した。
「どけ!」
アンヘルの射線上にいた敵機は抵抗する事も出来ず、ビームに呑み込まれ消滅する。
その間にビームサーベルを構えたエクセリオンはザムザザーの懐へ飛び込んでいく。
地球軍に所属していただけあってアオイはザムザザーを良く知っている。
当然、その弱点もだ。
「ここまで接近すれば!!」
ビーム砲をバレルロールで回避、そのままビームサーベルを一閃。
陽電子リフレクター発生装置が破壊され、バランスを崩したザムザザーに至近距離からアンヘルを叩き込み、撃破した。
「これで四機!」
「まだまだ居ますよ」
「分かってます。俺達がザムザザーを排除しなきゃ、敵にダメージが与えられないんだ」
「そうですね、行きましょう!」
アオイは落ちつけるように呼吸を整えると次のザムザザーに向けてニーナと共に攻撃を仕掛ける。
しかしそれでも状況は膠着状態。
いや、このままではいずれ同盟側が劣勢に立たされる事は誰の目にも明白。
それは停戦派議員を連れて突入の機会をうかがっていたセレネの眼から見ても同じだった。
「このままでは不味いな」
「しかし、我々に出来る事は無い。彼らを信じる他は……」
シャトルのコックピットでレイとアルノルトの会話を聞きながら、セレネは自身の端末を見た。
そこにはある人物から送られてきたデータが表示されている。
何故、これが自分に送られてきたか不可解ではあるが――
いや、それは後だ。
まずは此処をどうにかする方が先。
セレネは注意深く戦場の状況を確認する。
「行きましょう」
「中尉!?」
「同盟の戦闘目的は私達が月に辿りつくまで、統合軍を引きつける事です。時間が経てば経つほど同盟が不利になる」
「しかし、無理やりに進めばルートから外れる事も」
「私に考えがあります……賭けですが」
セレネはシャトルの後部に目を向けた。
この状況を打開する為に。