後の歴史に『第一次統合戦争』と呼ばれるようになる戦いはテタルトス月面連邦国の仲介により、終戦を迎える事になった。
『ヤキン・ドゥーエ戦役』や『ユニウス戦役』
過去におこった大戦に比べ、大量破壊兵器がほぼ使用されなかった為に大規模な被害こそ目につかない。
しかしその犠牲者は過去の大戦に劣らない程の数に上った。
その理由。
後の歴史学者によればかつてない程の広域に渡る戦火拡大。
さらにそれに伴う各勢力圏の混乱こそが原因であるとの説が有力となっている。
そんな戦争が終結したとはいえ、世界の状態は未だに混迷の中にあった。
◇
宇宙を駆ける一隻の艦。
それは撃沈寸前にまで追い込まれながらも見事に蘇った独立部隊『グラオ・イーリス』戦艦ミネルバであった。
「ブリッジ遮蔽、対モビルスーツ戦闘用意!」
艦長席で指揮を執るのは勿論タリア・グラディス艦長。
他のメンバー達も一つの変化を除き、前と変わらず戦闘に備えて淀みなく動いていた。
「アビー、モビルスーツ隊の出撃を」
「は、はい!」
管制席に座る新人アビー・ウィンザーはたどたどしくも、モビルスーツ隊へ連絡を入れる。
何というか動きが固い。
「もっと肩の力を抜きなさい。訓練通りにやればいいわ」
「はい!」
声を掛けたは良いが全然効果が無いようにも思える。
それは新人である以上は仕方のない事だ。
じき慣れるだろう。
「今回の相手は海賊とはいえ油断しないように!」
「了解」
ミネルバに下された任務。
それは航路上に出没する海賊行為する武装勢力の排除だった。
特に今は重要な会談が行われている最中。
帰還の際の事を考えれば、掃除は早めに済ます必要がある。
「モ、モビルスーツ隊、出撃してください」
アビーの指示を受け、解放されたミネルバのハッチから次々とモビルスーツが飛び出す。
先陣を切るのは三機のギアだ。
それぞれが装甲を違う色で染めガナー、スラッシュ、ブレイズと違うウィザードを装着している。
「二人共準備はいいですか?」
「おう」
「問題なく」
二人からのいつも通りの返答に声を掛けた青年は笑みを浮かべる。
ディアッカ・エルスマン。
ニコル・アルマフィ。
そしてエリアス・ビューラー。
彼らは『ザフトの三英雄』と呼ばれたザフト屈指のエースパイロット達である。
『第一次統合戦争』において三人はプラント防衛の為に戦線へ出る事はできなかった。
しかし戦力が不足している現状、彼らも戦線へ復帰する事が許されていた。
「やっぱ書類仕事なんかよりも、モビルスーツに乗ってる方が性に合うな。エリアスだってそうだろ?」
「そうですね。やっぱりパイロットですからね、俺らは」
「そうですか? 僕は別に苦じゃないですけど」
軽口を叩きながらも、機体を操作する動きに淀みはない。
鮮やかさすら感じさせるその操縦は流石英雄というべきだろう。
「無駄話は此処までですよ二人共、敵です」
ニコルのギアがビームアックスを抜き放つと同時に敵の機影も見えてきた。
「ジンにM1、それにダガーか。かつて主力機勢ぞろいですよ、先輩」
「ま。海賊だしな」
機体の統一性の無さは海賊というだけあってバラバラだ。
「さっさと片付けるぞ、ニコル、エリアス!」
「了解っす」
「油断禁物ですよ、二人共」
三機が仕掛けてきた海賊と接敵すると他の機体もそれに続く。
危うげなく進む戦闘をブリッジで鑑賞していたタリアは密かにため息をついた。
「どうしました、艦長?」
それに感づいたのか副長のアーサーが声を掛けてきた。
「いえ、こういった戦闘が増えてきたと思ってね」
「そうですね。やっぱり戦争の影響ですかね?」
「でしょうね。各勢力の力は戦争の影響で低下している。それが治安の悪化に繋がっているのも事実だわ」
だからこそ今行われている会談が無事に済めばいいと思うのだが。
相手が相手だけに気が抜けないのも仕方がないだろう
「あっちは彼女に任せましょう。こちらはこちらの仕事に全力を尽くすのみよ」
「了解です」
二人の会話が終わる頃には海賊の掃討も無事に終わりつつあった。
◇
「戦争は確かに終結した。しかしだから物事が解決したという訳ではない。根本的な事は何一つ変わってはいないのだから」
地球圏統合政府代表クレメンス・イスラフィールは静かな威圧感を発しながら淡々と告げる。
「だから戦争再開も辞さないと?」
「俺の考えは伝えてあるだろう、カガリ・ユラ・アスハ代表?」
テーブルの対面に座るカガリは憤った表情を隠しもせず、イスラフィールを睨み付ける。
「私は此処に会談に来た筈。宣戦布告を聞きにきた訳ではないのだが」
「邪推はやめてもらいたいものだ。少なくとも同盟とこれ以上揉めるつもりはない」
『今は』が抜けてるだろうと内心突っ込みながら、口に出すのをどうにか堪えた。
昔なら感情的に突っ掛かっていただろうが、すでに彼女も政治家。
そんな迂闊な事はしない。
「テタルトスの外宇宙進出が本格化し始めた今、それを放置はできない」
開戦と終結の一翼を担ったテタルトス月面連邦国。
彼らは統合軍から返還されたバルカナバート基地を除き、地球上の揉め事から手を引いて外宇宙へ目を向けていた。
つまり火星圏及び木星圏まで勢力を伸ばそうという意図である。
しかしそれは統一を目指す地球統合政府とっては見過ごせないもの。
彼らの目が届かない場所での勢力拡大を許す訳にはいかないのだから。
「つまり統合も外宇宙を目指すと?」
「無論。人類がさらに先へ行くのは歓迎すべきことだ。しかしそれも秩序あってこそ」
やはり統合はそう動く。
懸念した通りだ。
テタルトスが宇宙の先を目指す事は自由だ。
しかし彼らもまた世界を支える一大勢力。
世界が疲弊している今、彼らの行動によって勢力バランスが崩れれば再び戦火が燃え広がる可能性も否定できない。
今度の戦場は外宇宙進出を主軸としたものになるかもしれないのだ。
当然、同盟もまた無関係ではいられない。
「資金不足により解散しかけた『D.S.S.D』の支援を行っている同盟とてこの件、無視はできまい。故に争いは必ず起きる」
火星軌道以遠領域の探査、開発を目的に設立された『D.S.S.D』
各勢力が出資し設立されたこの機関は現在同盟の支援の下で活動を行っている。
それはつまり同盟もまた外宇宙への進出は避けられないと考えている証拠だった。
「私達は争うつもりはない」
「その気があろうと無かろうと関係がない。何故ならば『外宇宙に秩序はない』からだ。我々の定めた法や条約はあくまでも地球の枠内での事。そこから外へ出てしまえば、極端な話、『何をしても良い』のだ」
「なるほど。今回の会談、趣旨はそれか」
戦争終結から間もない。
互いにやるべき事は山ほどある。
にも関わらずこうして極秘の会談を設け、呼び出したイスラフィールの意図をようやくカガリは理解した。
「つまりテタルトスに『鎖』を付けたいと?」
「そうだ。何らかの要因で誰かが暴走でもした場合、止めねばなるまい。しかし我々にはいざという時の力が不足しているし、動く際の協定もない。ならば―――」
「秩序がないなら作ればいいか」
戦争によって生み出された傷は統合、同盟共に深い。
戦いが終結に向かった理由も、これ以上の戦争継続は今後に深刻な影響を与えるという懸念もあったからだ。
「だからこそ『鎖』が必要なのだ」
イスラフィールの提案。
それは外宇宙進出についての新たな条約を締結するというものだ。
「分かった。私の一存だけでは決められないが、この案件は確かに重要。本国へ持ち替えらせてもらう」
「十分だ」
手渡された資料を受け取るとカガリは後ろに控えていた護衛役と共に部屋から出ようと立ち上がる。
しかしそれを遮るようにイスラフィールは声を掛けた。
「君達がそっちに付くのが残念だ。ロアノーク大佐、カル・バヤン中尉」
カガリの護衛として背後に控えていた仮面の人物ネオ・ロアノークとスウェン・カル・バヤンはイスラフィールの方を見る。
向けられた視線は鋭く、何よりも力強い。
並みの者なら竦み上がるだろう。
それを物ともせず、ネオは口を開いた。
「私達のような一兵卒を知っていていただけたとは光栄です」
「君の采配とカル・バヤン中尉の前線で奮闘。不利だった地球軍改革派はそのおかげで我々と拮抗していた。知らない筈がないだろう? だからこそ残念だ、君達のような逸材にこそ統合に居てもらいたかったが」
「買いかぶりです。それに貴方には誰がどこに居ようと、どうでも良い事なのでは? 結局、やるべき事は変わらないと邪魔なものすべてを排除して進み続けるのだから」
それはイスラフィールの本質を突く言葉だ。
彼は本心からネオやスウェンの事を残念だと思っているかもしれない。
しかしだからと拘る事はないし、手も緩めず、邪魔なら誰だろうが排除するだけ。
仮に昨日までの友人が敵になったとしても、一切手を抜く事無くイスラフィールは始末する。
「そんな者の下に付きたいとは思わないのですよ」
「なるほど。確かにそうだ。くだらない事を言ったな」
「いえ」
「では失礼する、イスラフィール代表」
カガリはそのままネオとスウェンを連れ、会議室を後にした。
「よろしいのですか、あれで?」
イスラフィールの傍に控えていた側近の一人が、眉を顰めたまま進言してきた。
「戦争を行っている余裕がないのは事実だ。昨今の治安悪化、経済の立て直し、軍の再編制。すべてが急務」
「なるほど」
「それに商人共も動いている」
イスラフィールは立ち上がると窓の外に広がる光景を眺める。
立ち並ぶビル群。
整備された道路。
戦艦を何隻でも収容できる港。
これだけのものを作り上げる連中の力を侮る事はできない。
「条約で制定された戦闘禁止区域。世界経済としても無視できない場所だがそれにかこつけて色々とやっている。外宇宙進出の話にも連中が一枚噛んでいるだろう」
「まずはそれを抑えなければならない」
「そうだ」
あくまでも統合軍のコントロール下においてこそ意味がある戦闘禁止区域なのだ。
それを無視し、勝手な事をされてはたまらない。
「まずは同盟よりも重要なのは足場だ」
イスラフィールもまた部屋の外へと歩き出す。
彼もまた変わる事無く、突き進んでいくだろう。
例えそこが地獄に繋がっていようとも。
◇
「ハァ、相変わらずだな、彼は」
会議室を出たカガリは開口一番ため息をついた。
「苦手なのですか?」
「彼を相手に得意という人間はそういないだろう」
「確かに」
相対してこそ分かることもある。
イスラフィールは紛れもない傑物だ。
かつて地球軍を牛耳っていたムルタ・アズラエルやロード・ジブリ―ルのようなタイプとは真逆の存在。
あれとの腹の探り合いなど、精神が削られるような気分になる。
「二人共、話は後で。今は此処を早く離れましょう。一応戦闘禁止区域とはいえ何があるか分かりません。車を呼びます」
「ああ」
先導するスウェンの後をついて建物を出る。
今までカガリ達が居た場所は新造コロニーの一画に建てられたビルの中。
ここはアムステルダム同様、戦闘禁止区域に指定されたコロニー群だった。
ビルの前に来る車を待つ為歩き出す。
その時、カガリ達の前を横切るもの人物がいた。
「ッ!?」
「スウェン!」
「了解」
咄嗟にネオとスウェンがカガリを守ろうと前に出る。
三人の前に居たのは一人の女だった。
カガリを守ろうと動いた二人に過敏に反応したのか、尻もちをついている。
「お、おい」
「待ってください。罠かもしれない。代表は近づかないように離れて」
ネオと共にカガリを後ろに追いやり、スウェンがゆっくりと女に近づく。
女は見る限り、普通ではない。
服は薄汚れ、髪は変色し白い毛が混じっている。
「おい」
「え」
顔を上げた女は驚いた事にかなり若い。
まだ10代だろう。
しかも目が不自由なのか、杖を持っていた。
おそらく戦災孤児か、被災者と言ったところか。
「立てるか?」
「あ、ありがとうございます」
少女の手を握り立ち上がらせたスウェンはすぐ様、視線を上下に滑らせる。
怪しい物は持っておらず、その気配もない。
どうやら杞憂だったようだと、二人に知らせるとゆっくりと近づいてくる。
「……戦争の被害者か」
カガリも少女の様子を見てすぐにその可能性に思い至った。
「怪我とかは無かったか?」
「はい。ありがとうございます。あの、この辺りに避難民受け入れ施設があると聞いてきたのですが?」
「ああ。その施設ならもう少し先にある。もうすぐ車も来るから案内しよう」
「いえ。大丈夫です、人も待っていますから」
少女はそう言うと手渡した杖を掴み、器用に道を歩き出した。
まるで目が見えているかのように淀みがない。
どうやら余計なお世話だったようだ。
「アレなら大丈夫か」
「代表、車が来ました」
走ってきた車がゆっくりと止まりカガリ達の傍に横付けされる。
そして運転席からアオイが心配そうな表情で降りてきた。
「お疲れさまです。どうやら無事に終わったみたいですね」
「ああ。ありがとう、少尉」
ホッと胸を撫でおろしたアオイは杖を片手に去っていく少女の後ろ姿に気が付いた。
「ん、あれは……」
「知っているのか?」
「……いえ」
アオイの脳裏に浮かんだのは、短い間一緒に行動した少女の後ろ姿。
「……ミレイア? いや、まさかな」
似てはいるが―――
「少尉?」
「あ、すぐに車を出します」
運転席に乗り込む前にもう一度だけ振り返る。
しかしそこにはすでに少女の姿は無かった。
「気のせいか」
そう結論付けたアオイは車に乗り込み、港方面へ車を走らせた。
「少尉、体の調子はどうだ?」
「俺はもう大丈夫ですよ。他の重傷だった人達に比べれば軽傷でしたからね」
ファウスト・ヴェルンシュタインとの死闘を制したアオイは無事に生還を果たしていた。
乗機であるエクセリオンの損傷も大した事はなく、怪我も軽傷で済んでいた。
「ラクスさん達は未だに入院しているんでしょう?」
「ああ。それでも無事で良かった。……帰ってこなかった奴もいるからな」
トーンを落として呟くカガリに全員が口を閉ざす。
今回の戦争では多くの犠牲者が出てしまった。
レティシア・ルティエンス。
ニーナ・カリエール。
ルナマリア・ホーク。
キラ・ヤマト。
アスト・サガミ。
同盟を支え、戦ってくれた彼らは戦場から帰還せず、MIAと認定された。
カガリ個人としても付き合いがあった彼らの無事を信じたい。
しかし捜索隊からの連絡が未だにないとなると―――
この件でルナマリアの妹であるメイリン・ホークもショックを受けたのか、戦争終結と同時に除隊した。
「だが私達に感傷に浸っている暇はない。命を懸けた彼らの戦いを無駄にしない為にも」
「もちろんです、代表」
車は何事もなく港までたどり着く。
そこでは一隻の戦艦がカガリ達を待っていた。
アークエンジェル。
不沈艦と呼ばれ先の戦争で撃沈寸前にまで追い込まれていた戦艦は此所に見事な復活を成し遂げていた。
「待たせたな、ラミアス艦長、そしてフラガ一佐」
マリューと共にカガリを待っていたのはムウだった。
顔に幾つか消えない傷跡が刻まれているものの、怪我の癒えた本人は至って元気だった。
「では戻りましょうか」
「航路の掃除はミネルバが済ませてくれたらしいですよ」
「そうか。グラディス艦長にも礼を言っておかないとな」
港で到着を待っていたマリュー達と共にカガリはアークエンジェルへと乗り込んでいく。
「……皆の奮戦、無駄にするものか」
誰にも聞こえないように呟いた彼女の目には確かな決意が宿っていた。
◇
カガリ達を乗せた車が去った後。
目の不自由な少女はゆっくりと、確実に目的地に向かって歩みを進めていた。
手元にある杖は殆ど使わず、人を避けながら進んでいく姿は本当に目が不自由なのか疑いたくなる光景だろう。
しかし現実彼女は目が殆ど見えていなかった。
僅かな光を感じ取れるだけで、何も見えてはいない。
にも関わらず歩みを進めていられる理由。
それは彼女の鋭敏な感覚によるものだった。
目は見えないが、何となくそこにあるものを感じとる事ができるのである。
このおかげで彼女は今の状態でもさほど苦労する事はなかった。
「君、もしかしてレアさんかい?」
「え」
名前を呼ばれた少女レアは立ち止まると近づいてくる人の気配を感じ取った。
「あの?」
「君を待っていた施設の者です。連絡は受けているよ。目が不自由なのに大変だったね」
声色からして若い男性だろうか。
気遣う気配から敵意を感じることは無い。
レアと呼ばれた少女はゆっくり頭を下げる。
「遅れてしまい。申しわけありません」
「気にしなくていいさ。本当は迎えにいくつもりだったんだからね」
男性はレアの手を取り建物の中へと案内する。
そこでは賑やかながらも、穏やかな空気が施設内を包んでいた。
「まずは手続きを終わらせて―――あ、ロスハイムさん」
「はい」
若い男性に声を掛けられたロスハイムという人物が近寄ってくる。
声からしてそれなりの年を重ねているようだ。
それにしてもロスハイムという名前には何か感じ入るものがあった。
「彼女が話していた人です。後はお願いできますか?」
「分りました。ではこちらへ」
近くの個室に案内されたレアは椅子に座り、これまでの経緯を話す事になった。
カリカリと書く音も聞こえてきているので、手続きというものなのかもしれない。
「ではレアさんは何も覚えていらっしゃらないのですか?」
「はい。記憶も無く、目もぼんやり光を捉える事しか出来ません。このレアという名前も拾ってくださったジャンク屋の方が名付けてくれたものです」
「そうですか……ッ!」
悔し気に頭を抱える仕草を取ったロスハイムにレアはふと疑問が湧き上がってきた。
「あの、どうしてそこまで? 私のような境遇など今の時代決して珍しいものではないでしょう?」
レアはこのロスハイムという人物が他の誰よりも自分の境遇に憤りを感じている事を雰囲気から察していた。
そんなレアの疑問にロスハイムは苦笑する。
「済まない、変に気を使わせてしまったね。……私にも君と同じ年頃の娘と幼い息子が居てね、この戦争中に行方知れずになってしまったのだよ」
「そうでしたか」
「何度も探したんだがね。結局見つからないままだ。私は娘と話し合いたい事があったというのにね」
気を静めるように息を吐いたロスハイムは「お茶を入れよう」とカップをテーブルに並べた。
「私と妻は昔からこういった仕事をしていてね、碌に娘に構ってやる事ができなかった。妻との仲は良好だが、仕事の方針などでは良くぶつかり合ったもので、そこを見られて気まずい思いをさせてしまった事もある」
入れられた紅茶の良い香りが漂う。
それはレアがどこかで嗅いだ事のある匂いのような気がした。
「さらに私の親友の息子を相談せずに養子した事も娘は反発していてね。浮気して作った子だと話も聞かずになじられてしまったよ。その後、戦闘が激しくなったヨーロッパからアムステルダムへ移住させようとしたのだが……」
「行方不明になってしまった?」
「ああ。君のような年代の少女を見るとどうしても娘を思い出してしまってね。いや、済まない」
話を聞いていたレアだったが、何故かどうしても聞きたい事ができてしまった。
どうしてと聞かれても困るが、気になって仕方がなかったのだ。
「……貴方は娘さんを愛していましたか?」
「勿論だよ! 仕事の事で色々誤解させてしまったが、もしまた会えたら誤解を解いて今度こそ家族で暮らそうと言うつもりだよ。妻もそれを望んでくれている―――ッ!?」
熱く語ったロスハイムは息を飲んだ。
何故かレアの目から涙がこぼれていたからだ。
「どうした、レアさん!?」
「分りません。でも何でか涙が出てきてしまって」
涙を流すレアにロスハイムは自分の迂闊さを恥じた。
記憶も無く、すべてを失っている彼女に話す事ではなかった。
「大丈夫、今日から君も私達の家族だ。何があっても君を助ける」
ロスハイムの勇気づけるその声が何故かレアの涙腺を刺激し、さらに涙を流させる。
しかしそれは悲しみの涙ではない。
どこか暖かさすら覚えるもの。
それに気が付いたレアは涙を流しながらも、ロスハイムに笑みを浮かべる。
その笑みは会えなくなったロスハイムの娘のものによく似ていた気がした。
◇
幾多の戦争で地球は荒廃し、各地では住まう市民たちでさえ限界である。
そう思う程には追い詰められていた。
故に各勢力は宇宙に安住の地を求め、戦力の拡大と拠点の構築に趣を置いていた。
その中で、最も素早く動く事ができたのは月に本拠地を置くテタルトス月面連邦国だった。
統合軍の誕生と戦力吸収。
さらに技術の流出と被害こそ甚大であったものの、軍総司令に復帰したエドガー・ブランデル等高官たちの差配を持って立て直しが図られた。
睨みあう敵が地上に掛かり切りだった事も幸いし、最も早く動き出す事ができていた。
その一つが現在軍事ステーション『イクシオン』に横付けされた移動軍事ステーション『ヴァルナⅡ』である。
この『ヴァルナⅡ』は外宇宙に向かう為に作られた『ヴァルナ』の問題点を洗い出し、さらに洗練されたものになっている
そして現在『イクシオン』にて『ヴァルナⅡ』の就航式が開かれていた。
式場では多くの軍人と政治家が集まり、アルノルト・ヴェルンシュタイン議員の演説に耳を傾けていた。
「―――今日という日は我がテタルトス、いや人類にとっての新たな一歩となります。地球は多くの戦乱により傷つき、すでに限界を迎えようとしている。だからこそ新たな希望が必要なのです!」
アルノルトの演説に耳を傾けつつ、警備任務に就いているレイの下へバルトフェルド、そしてセレネが歩み寄ってきた。
「お疲れさまです」
「ああ。お前さんもな」
「中佐、職務中ですよ」
「悪い、悪い。だが、そろそろ交代だろ?」
悪びれない様子のバルトフェルドにセレネとレイは苦笑する。
「それにしても君は『ヴァルナⅡ』に移乗しなかったんだな?」
「『彼』がいるなら私が乗る必要はないでしょう」
「ま、そうだな」
警備を引き継ぎ、バルトフェルドと雑談を交わすレイを尻目にセレネは「私は行きます」と一声かけてその場を離れた。
会場の外に出て車で向かった先はイクシオン内にある医療セクションだった。
此処は普通の病院とは違い軍関係者や特別な事情を持つものが運び込まれる特別な場所だった。
花束を持ち、目的の場所へ向かっていると見覚えのある人物とすれ違った。
「セレネ・ディノ中尉か」
「お疲れ様です、クアドラード少佐!」
今回の戦闘で多大な戦果を上げ『銀獅子』の異名を名乗るヴィルフリート・クアドラード少佐だ。
ジャスティスガンダムを倒し、デスティニーガンダムと相打った。
それまでに打ち立てた戦果と共に称えられ、『第一次統合戦争』の英雄と言われている。
「今日は?」
「ああ。カーラ達の検査結果が出たので、それを聞きに来た」
新生テンペスタ―ズの三人も無事に生還を果たしていた。
だがジャスティスガンダムとの戦闘で軽傷を負い、念のために検査していたのだ。
「後は捕虜……いや統合軍から保護したパイロットの様子だな」
「彼女は?」
「ああ。治療にはしばらく掛かるらしい」
統合軍から鹵獲した機体に乗っていたパイロットベアトリーゼ・フォルケンマイヤー。
彼女は統合軍で受けた処置の影響を抜けさせる為、治療を受けている最中だ。
しかし経過は良くなく、未だに予断を許さない状況だった。
「時間が掛かるだろうが仕方がないな。君は?」
「あ、はい。彼と彼女の様子を見に来ました」
「そうか。俺も早い回復を祈っている」
「ありがとうございます」
ヴィルフリートと敬礼をかわし、セレネは目的の部屋へと辿りつく。
「失礼します」
入った部屋には腰まである長い金髪を持つ美しい女性がベットに座っていた。
「調子はいかがですか、『ヴィクトリア・ランゲルト』さん」
「……ああ、セレネさん。ええ、私は大丈夫です」
セレネは部屋に入ると持ってきた花束を花瓶に生ける。
彼女『ヴィクトリア・ランゲルト』はセレネが保護した女性だった。
『ヴァルター・ランゲルト』からのメールを受け取っていたセレネはそれを基に調査を行った。
そこには彼女が眠っていた医療ポッドが安置されており、保護したのである。
データによれば彼女はヴァルターの姉らしく、事故に遭って眠っていたとの事。
存在を伏せていた理由も書かれ、某人物から狙われていたと記載されていた。
ただ幾つか気になる事がある。
それは彼女が事故の所為で記憶を失くしている事。
これでは彼女が誰が狙っているのか、そして狙われた理由も分からない。
さらにもう一つ―――それが妊娠していた事だ。
「お腹も大きくなってきましたね。……あの大丈夫ですか?」
「平気です。むしろお腹が大きくなると嬉しい。子供が何時生まれるのか楽しみです」
「そうですか。何かあればすぐに言ってくださいね。ではまた来ます」
「はい」
笑顔のヴィクトリアに手を振り部屋を後にする、セレネ。
そしてもう一箇所行くところがある。
というかこっちが本命だった。
扉を軽くノックし、部屋に入るとベットに横たわる人物がこちらに視線を向けてくる。
「お加減はいかがですか―――アスラン」
ベットに横たわっていたのはアスラン・ザラだった。
体には包帯が何重にも巻きつけられ、シーツを掛けられている片腕と片足にはふくらみが無い。
そう、彼は片腕と片足を失ってしまっていたのだ。
手足は義手や義足で補う事は可能らしいが、体に蓄積されたダメージは深刻でまともに生活するだけでも長い療養が必要になるそうだ。
戦闘など以ての外。
つまり彼は二度とパイロットとして戦う事はできないと宣告されてしまったのである。
「……セレネか。今日はどうした?」
「様子を見に来たんですよ。今日は『ヴァルナⅡ』の就航日でしたしね。貴方と一緒に見たくて」
部屋に設置されているモニターをつけると特集番組が流れていた。
「セレネ」
「なんです?」
「……俺は、負けた。奴に、完膚なきまでに負けた」
ポツポツと語るアスランの頬をセレネは優しく撫でる。
「俺は……奴に勝ちたかった」
「そうですか」
セレネは何も言わない。
ただ彼女の思う事はただ一つだけだ。
「……生きて戻ってくれただけで十分」
これからもアスランの胸中には無念が残り続けるのかもしれない。
それでもセレネはこのままアスランの傍に寄り添い続けよう。
二人で生きていこう。
それが彼女の願いだった。
◇
暗礁宙域の岩に囲まれた中に佇む施設『アケロン』
世界の誰も知らないこの施設で一人の男がデーブルを挟んだ相手と対話を行っていた。
「今回の件はこれで十分だろう。種は撒かれた。カースが上手くやってくれたよ」
「すべて貴方の筋書き通りという訳ですか……ゲオルク・ヴェルンシュタイン」
椅子に座り笑みを浮かべていたのは死亡したゲオルク・ヴェルンシュタインその人だった。
ベルリンで死んだのは初めから用意していた影武者。
あそこで姿を隠し、裏ですべてを見ていたのである。
統合軍設立の為にファウストの支援を行っていたのもゲオルクだった。
「そうでもない。ファウストがやられ、ヴィルフリートが生き延びたのは計算外だった」
能力的に生き延びるのはファウストだと思っていた。
しかし現実は能力で劣る筈のヴィルフリートが化けた形となった。
「まあ、それならそれで構わないさ」
「貴方の目的に沿うという事で?」
「目的という程大したものではない。私の目的はあくまでも人類の革新だからな」
「フ、革新ですか。その為なら戦争も利用すると?」
言われるまでも無いとゲオルクは笑みを浮かべた。
語った事に偽りは無い。
紛れも無く本心だ。
彼には昔、許嫁がいた。
家同士が勝手に決めたもので自分の意思が通った縁談とは言い難いもの。
しかしゲオルクは彼女に惹かれた。
彼女は常に未来を見ている女性だった。
「人には先がある。今よりもずっと先が!」
笑顔でそんな事を語る彼女の話は新鮮なものでコーディネイター批判などを聞き飽きていたゲオルクはそれに強く惹かれたのだ。
自分もまた彼女のように―――
そう感じた矢先。
彼女は人類の先を信じ続け、そして人類の狂気によって散っていった。
ゲオルクがそれを知ったのはすべてが終わった後。
後悔と憤怒が自身を支配した。
しかし終わった訳ではないのだ。
「生きているとも。その理想、死なせはしない」
そこでコツコツと靴音を鳴らしながら近づいてくる女性がいた。
「№Ⅰか」
「はい。例の博士ですが、放置しておいてよろしいのですか?」
「ヴェクト・グロンルンドか。監視だけしておけばいい。こちらとしても利用価値はある」
マッドサイエンティストで人道的配慮など皆無ではあるが、その頭脳は本物だ。
今回の『能力移植』も問題はあったものの、それなりに成果は上げられた。
「では?」
「ああ。しばらくは様子見だよ。君に倣ってな、傍観者君」
ゲオルクの笑みに応えるように対面に座る男も笑みを浮かべた。
◇
オーブの孤児院近くにある教会。
いつも静寂に包まれているこの場所はいつもとは違う喧噪に包まれていた。
「皆、準備はできましたか?」
「「「はーい!」」
子供達の声にドレスを着こんだラクス・K・ルティエンスは優しげな笑みを浮かべる。
「ラクスさん、まだ体調が良くないんでしょ。子供達の相手は私がします」
「私は大丈夫です、マユ。それに今日はおめでたい日ですから」
皆の手を取るとそのままラクスは歩き出した。
気丈に振舞ってはいるものの、無理をしているのが見て取れる。
MIAとなった二人の安否を今でも気にしているのだ。
気持ちは分かる。
まるで『ヤキン・ドゥーエ戦役』の後で二人が行方不明になった頃のよう。
それでもマユの心中は自分で驚くほど冷静だった。
一瞬壊れてしまったのかと勘違いしたが、良く考えれば簡単な理由だった。
マユは二人が死んだなど信じてはいない。
ただそれだけの事。
誰が何と言おうとも、二人の帰還を信じて待つだけだ。
「マユ、俺これでいいかな?」
そこでスーツに身を包んだ兄シンが声を掛けてきた。
「ええ。大丈夫です。今日は兄さんが主役なんですからしっかりしてくださいね」
「分かってるよ」
今日はシンがセリスと結婚する日なのだ。
鏡を見ながら身支度を整えたシンが心配そうにマユに声を掛けてくる。
「マユは、その、大丈夫なのか? アレンの事。立てられた墓とか行ってないんだろ」
「必要ありません。だって―――」
マユはどこかで確信していた。
彼は必ず―――
だからそれは必要ない事だ。
「私の事よりも兄さんもしっかりしてくださいね。セリスさんを幸せにするんですよ」
「……ああ。もちろんだ」
頼もしい笑顔で頷くシンをマユは笑顔で送り出す。
皆に囲まれ結婚した二人は幸せそうに笑っていた。
「おめでとう!」
「幸せにな!!」
それは紛れも無く、希望に満ちた光景だった。
「それ!」
セリスの投げたブーケが宙を舞う。
花弁が周囲を舞い、そして―――
こうして人は繋がっていく。
これからも絶望はあるだろう。
どうしようもなくなくなってしまう時が来るかもしれない。
それでもこうして人が繋がっていくのなら。
希望が繋がり続けるなら。
命を掛けて戦った意味もあるだろうと、マユは希望の光を見つめていた。
機動戦士ガンダムSEED eventual END
世界は絶望に満ちている。
それをかつて世界を周り、歌を歌い続けた女性は良く知っていた。
ティア・クライン。
希望の歌姫と呼ばれ、皆に勇気を与え続けた歌姫だ。
しかし彼女はもう歌う事を止め、プラントの片隅で一人で質素な生活していた。
理由はいくつかある。
その一つがプラントの人々が自分という存在に依存しないようにする為だ。
自分はあくまで勇気を与えるだけであり、皆の指針になるべきものではない。
かつてデュランダルがラクス・クラインの存在を利用したように、今後自分を政治利用しようとする者も現れる可能性もある。
もうプラントの人々はラクス・クラインから―――ティア・クラインから卒業すべきだと思ったのだ。
そして何よりも大きな理由。
それが彼女自身歌う意味を見いだせなくなってしまったから。
大切な人は二度と自分の下へ戻ってきてはくれないから。
「さあ。今日はどうしましょう」
今日の献立を考えながら、台所へ立つ。
最初は戸惑った家事も数カ月もすれば嫌でも慣れる。
手際良く調理を進めすべての食器の並べ終えた所で、玄関の呼び鈴が鳴った。
「こんな時間に?」
ティアに客人など滅多に来ない。
プラントの人々には居場所は伏せているし、知っているのはプラント上層部のごく一部だけ。
若干警戒しながら、扉を開ける。
「え」
そこには―――
ティアの瞳に涙が浮かぶ。
そのまま家を後に、彼女は二度とこの場所へは戻らなかった。
世界は絶望に満ちている。
世界は悲哀に包まれている。
それでも―――
希望はあった。
諦めない限り。
人が繋がり続ける限り。
希望もまた紡がれていくのだ。
C.E.93
世界は幾度もの大戦を経験しながら、その在り様もまた変化していた。
活動範囲も火星圏まで広がり、人類は確実に宇宙へと広がり始めている。
しかしそれでも火種は消えず、未だに争いは続いていた。
「アユム、起きなさい! アユム!!」
「うぇ、い、今何時?」
いつも通り母の怒声。
それを聞いて飛び起きた少年は時計の時間を見て飛び上がった。
「嘘! もうこんな時間かよ!」
バタバタと部屋を駆け回り、上着と鞄を引っ掴むと慌てて階段を駆け降りた。
「何で起こしてくれなかったのさ!」
「私は何度も起こしたわよ。アンタが夜更かししてるからでしょ」
「しょうがないだろ。シンおじさんがくれたディスクが面白かったんだからさ」
「全く! 兄さんにも困ったものね」
リビングで先に食事をしていた母親に文句をつけながら、テーブルに用意してあったパンを無理やり口にねじ込み、ミネラルウォーターで流し込んだ。
「ちゃんと座って食べて。それにミルクも飲みなさい。じゃないとお父さんみたいに身長で悩む事になるわよ」
「背なんて気にしてたんだ、父さんって。パイロットだったんだろ?」
「ええ、聞きたいの?」
「あ、やば」
余計な事を言ったと内心後悔する。
母の父に対する惚気は聞いていて胸やけするのだ。
「父さんの話はまた今度ね。じゃ、俺行くから」
「アユム、車に気をつけなさい」
「分かってる。行ってきます、マユ母さん」
「いってらっしゃい」
家を駆けだしていくアユムを見送るマユ。
「遅いわよ、馬鹿アユム」
「また寝坊か」
「うるせ!」
友人と合流したアユムは歩いていく。
紡いだ希望は芽吹いた。
次なる時代の希望という名の種を撒くのは―――
絶望もあるだろう。
だがそれでも。
希望もまたあるのだと。
彼らがそれに気が付くことを信じて。
次なる希望はすでに歩み出していた。
これで完結です。後で手を加えるかもしれません。
今まで読んで下さり、ありがとうございました。