~IF~ レティシア・ルティエンス
第一次統合戦争と呼ばれる事になる戦いは終盤へと差し掛かっていた。
主戦場は地上から宇宙へと変わり、最終決戦への口火が何時切られてもおかしくない程に切迫している。
戦闘に備え各員がそれぞれ決戦に向けて調整を行っている中、アスト・サガミは同盟所属の軍事ステーション『ヴァルハラ』にある士官宿舎の一室へと呼び出されていた。
ビクビクしながらアストは上目使いで呼び出した張本人を見つめる。
「あの……どういったご用件でしょうか?」
「何です? その妙にへりくだった態度は」
アストの低姿勢が気に入らなかったのか、レティシア・ルティエンスが冷たい視線を投げかけてくる。
しかしアストからすればそれは無理からぬ事だった。
「いや、こうして呼び出される時は碌な目にあった試しがないし。キラだってご愁傷さまって顔して手を合わせてたし」
苦い記憶が呼び起こされる。
あの時やその前も酷い目に遭わされた。
今回もそういう事だと思っても不思議はないと思う。
だがレティシアとしてはそれが気に入らなかったのか、ますます機嫌が悪くなる。
「それは貴方達にやましい事があるからでしょう」
「え?」
「何か?」
人を殺せるのではと思える程に冷たい視線にアストは即座に降伏する。
しなきゃ殺されてしまう。
「いえ、何でもないです」
正直、言いがかり以外の何物でもない。
自分は無実。
しかしそう反論してはまた大変な目に遭うのも御免だ。
アストは余計な事を言うまいと口を閉じた。
そんな彼をジト目で見つめつつ、レティシアはため息をついた。
「今日呼び出した他でもありません。アスト君に至急伝えておかねばならない事ができました」
緊張感の伴うレティシアの雰囲気にアストもまた息を飲む。
「正直、とても驚くと思います。私もまだ信じられないくらいですので」
「あの、何があったんですか?」
「……最近、私の体調が優れなかった事は知っていると思います、その原因が判明しました」
レティシアはここのところ原因不明の体調不良に襲われていた。
他のメンバーも心配し散々精密検査を受けるように勧めていたのだが、現状の切迫した情勢を見て後回しにしていたのである。
だがここにきてラクスやマユ、セリスと言った面々からの説得にようやく重い腰を上げたらしい。
「なるほど。それで検査結果は?」
言いがかりめいた説教では無かったと安堵しながら、レティシアの言葉を待つ。
しかし紡ぎ出された言葉はアストの予想を超えたものだった。
「――妊娠です」
予想斜め上の回答にアストは思わず固まってしまった。
「は?」
「ですから原因は妊娠したからですよ」
いや、いや。
妊娠って。
言葉の意味は知っているけれども。
まあコーディネイターであるレティシアがそう重い病にかかるとは思っていなかったが、妊娠とか予想外にも程がある。
その言葉と意味を理解するまで数秒を要し、混乱しながら思わず聞き返してしまった。
「あの、妊娠ですか?」
「はい」
「えっと、おめでとうございます」
「何を他人事のように言っているのです。貴方も親になるのですよ、しっかりしてください」
またも投げつけられた爆弾にアストは再び固まってしまう。
親になる?
つまりレティシアのお腹にいる子供は―――
いや、何となくわかっていたし。
でも、俺のような人間が父親になるなんて。
整理しかけた頭が再び混乱していて考えが纏まらない。
少し落ち着かねば。
「フゥ」
深呼吸し気持ちを落ち着けると改めてレティシアと向き合った。
「まあ何というか、重大な病気とかでなくて安心しました」
コーディネイター故に危険な病気の可能性は低いとは思っていたが、原因が分かって安堵したのも事実。
「……それにしても俺に子供が」
正直、実感がわかない。
家族というものには縁がなく、あってもまあ碌な思い出ではない。
親になるなんて想像すらしたことが無かった。
そんなアストの遠くを見るような目にレティシアは強烈な不安に襲われた。
背筋が凍るような冷たい目。
空虚ささえ感じさせる。
そのままどこか手の届かない場所まで行ってしまいそうな―――
「アストくん!」
咄嗟にアストを抱きしめるレティシア。
力一杯抱きしめる彼女の体は震えていた。
それに気が付いたアストは優しくレティシアの背中を撫でていく。
「どうしたんです?」
「何処へ行く気なんですか?」
「何処って……何処にも行きませんよ」
「……嘘つき」
レティシアには分かっていた。
アストは壊れかけている。
いや、もうとっくに壊れているのかもしれない。
故に心配でたまらないのだ。
いつか何処かへ消えてしまう気がしてならない。
だからこそ半ば強引にアストと肉体関係を結んだ。
彼を繋ぎ止める為に。
「私は此処にいます。貴方の赤ちゃんも此処です。貴方は一人じゃありません。だから」
「そうだな……ありがとう。まさか俺が父親になる日が来るなんて思ってもみなかった。資格もないと思っていたし」
「資格なんて必要ありません。仮に必要なら私があげます」
はっきりと断言するレティシアにアストは思わず苦笑してしまった。
「男らしいな」
「殴られたいんですかね?」
「す、すいません」
「全く。とにかくアスト君はお父さんになるんですから、しっかりしてくださいね」
優しく微笑むレティシアにアストはチクリと胸が痛むのを感じた。
それは過去の痛みだ。
自分にこの人と歩む資格はあるのだろうか?
数多の死と悲劇を生み出してきたというのに。
そんな迷いを見透かしているかのように、レティシアはアストの両手を取った。
「大丈夫です。何があっても私が居ます。二人で乗り越えれば良い」
「レティシアさん」
微笑む彼女の言葉にアストの胸中にあった空虚さが少し和らいだ気がした。
「だから一緒に居てくださいね」
その言葉を聞いた瞬間、アストの目から一筋だけ涙が零れた。
「え、涙?」
何故、急に涙が溢れたのか?
理解できないまま、涙を拭き取る。
「なんで涙なんて出るんだ?」
「アスト君」
レティシアは悲しそうにアストの頬を優しく撫でる。
「多分、目に髪の毛でも入っただけでしょう。何か感じていた訳じゃありませんし、大丈夫です」
「……それが悲しいんじゃないですか」
「は?」
「いえ、何でもありません。そういった貴方の性根を叩き直す事も私の役目という事を再認識しただけですので」
「あの、そんな不穏な事を目の前で言わないでくれません?」
顔を引きつらせつつ、仕切り直す為に息を吐いた。
何であれアストからレティシアに言わなくてはならない事がある。
「レティシアさん」
「はい?」
「俺は……正直誰かを幸せにできるような人間じゃない。この先も戦場に身を置き、確実に人に戦禍を撒き散らす。貴方もそれに巻き込まれるかもしれない。それでも―――」
「一緒に居ます」
愚問とばかりに即答する、レティシア。
やっぱり男前だなと思いつつ、苦笑するとアストも覚悟を決めた。
「では……その、俺と、け、結婚してくれますか?」
やや詰まり気味に発したプロポーズの言葉にレティシアはクスリと笑う。
「ふふ、はい、もちろん」
アストは恥ずかし気に笑みを浮かべるとそのまま二人は互いの体に手を回す。
今更だけど温かい。
それは冷え切った心に僅かでも温もりを感じさせた。
未だ心に巣食う底冷えする暗いものは消える気配はない。
それでも、こうして受け入れてくれる人の為にも、生きて行こう。
アストはそう決意するとより強くレティシアを抱きしめた。
◇
朝の光りがカーテンの隙間から目元に差し込む。
「う、うう」
微睡つつ飛び込んできたまぶしさから逃れる為にアストはシーツを頭まで被る。
再び夢の中へ旅立とうとするとそれを遮る声が聞こえてきた。
「朝ですよー!!」
「起きて」
ドアが派手に開かれるとドタドタと音を立てながら、声の主が部屋に入ってきた。
音からして二人。
けたたましい声に耐え兼ね、よりシーツの中へ潜り込む。
「ねぇ、起きて、起きて!」
「起きないと駄目」
「もう少しだけ寝かせて」
体を揺する二つの手。
それでも抵抗して起きないでいると突然、二人の声が聞こえなくなる。
諦めたのだろうか?
それなら助かったとばかりに再び惰眠を貪ろうとする。
しかし、すぐさま何かがベットの上に上がってくる気配に気が付いた。
「ま、まさか、ちょ、二人共、待って!」
急いで飛び起きようとしたが時既に遅し。
次の瞬間、腹の上に衝撃が襲い掛かってきた。
「寝坊助さんにはお仕置きだ! どーん!!」
「お仕置き」
「ぐえぇぇぇ」
二人分の重みが加わり、悲鳴を上げながらシーツが勢いよくはぐられた。
「うっ」
光の眩しさに耐えながら、ゆっくり目を開いていく。
そこでは二人の笑顔が待っていた。
「おはよーお父さん!」
「おはよう」
「おはよう、、セティア、セシリア」
セティアとセシリア。
この二人はアストとレティシアの間に生まれた双子の姉妹だ。
二人の愛娘の頭を優しく撫でながら、体を起こす。
「えへへ」
「ううう」
セティアは嬉しそうに笑い、セシリアは恥ずかしそうに俯いた。
不思議なもので二人は双子の姉妹であるにも関わらず、その性格はまるで正反対。
セティアは明るく快活な性格。
外で遊んだりするのが大好きで良く友達と一緒に外を飛び回っている。
反面セシリアは大人しく優しい性格をしており、外で遊ぶよりも部屋で本を読んだりする方が好きである。
性格が全く違う二人だが姉妹仲も良く、喧嘩も殆どしない。
正反対故に仲が良いという典型なのかもしれない。
「ねえねえ、お父さん良いの?」
「何がだい?」
無邪気な笑顔を浮かべたセティアは朝からとんでもない爆弾を投げつけてきた。
「えっとね、お母さんがお料理してるの」
「なっ」
アストは凍り付いたように動きを止め、部屋の外の方へ視線を向ける。
「二人共、ごめんな!」
上着を掴み急いで部屋を飛び出すとキッチンへ一直線に走り出した。
廊下にすでに何かしらの臭いが漂っている。
不味い。
流石に不味い。
少しの寝坊のツケがこんな所で回ってくるなんて誰も思わないだろう?
アストは飛び込むように扉を開け放つ。
そこには予想通りの光景が広がっていた。
「あら、おはよう、アスト。貴方が寝坊なんて珍しいですね。でももう少し休んでいても良いのですよ。もうすぐ朝食が出来ますから」
アストの眼前には妻であるレティシアが白衣を纏い、調理という名の科学実験を行っていた。
テーブルにはフラスコやら試験管など機材が所狭しと並べられている。
これのどこをどう見たら調理をしていると思えるだろうか?
「レティシア、料理は何時も俺が作ると言っておいた筈だけど?」
「昨日も軍の仕事が遅くまであったようですし、休ませてあげようと思いまして。それにいつもアストに作ってもらってばかりでは妻の名折れ。娘たちにもたまには手料理を振舞いたいですし」
「……気持ちは凄く嬉しいんだけど」
やはりこれは看過できまい。
アストが無言で機材を片づけ出すとレティシアが抗議の声を上げる。
「あー! 何をしてるんですか! 料理の途中ですよ!」
「こんなものは料理とは言わない。ただの『実験』だから。それに今何を作ろうとしてたんだ?」
「ただのスープですが?」
「ただのスープ」
散乱している材料を見てアストは思わず顔を顰める。
単純な野菜スープを作ろうとしたようだが、何故傍に変な調味料が無数に置かれているのだろう?
普通に作れば良いものを、何で変なアレンジを加えようとするのか。
「とにかくレティシアはキッチンに入るのは禁止だ」
「横暴ですよ!」
「ダメダメ。朝食は俺が作り直しますので」
レティシアの抗議を無視しながら、慣れた手つきで調理を開始する。
結婚してから料理はすっかりアストの役割となっていた。
レティシアにやる気はあるのだが、問題がありすぎて料理をさせられないと判断したのだ。
それからはアネットの下で料理を習い、こうして家族に振舞うのが日課となっていた。
素早く調理を行い、簡単な軽食を作ると家族四人がテーブルに着き、手を合わせた。
「「「「いただきます」」」」
セティアとセシリアがスクランブルエッグを一口食べると顔を綻ばせた。
「おいしー!」
「うん。お父さんの料理好き」
「ありがとうな。二人共」
だが一人面白くなさそうにしているのはレティシアだ。
「今日こそ私の本当の実力を見せようと思ったのに」
「お母さんの料理よりお父さんの方が良い」
「な!?」
「うん、時々変な味がするし」
「そ、そんな……そんな事はありません! セティア、セシリア、お母さんが本気を出せばお父さんなど敵ではないのです!」
「……そんな本気は出さなくて良い」
聞こえないように小声でつぶやく。
今日はアストもレティシアも休日だ。
戦争も終結し、最近では大規模な武力衝突も行われていない。
世界中で平和とまではいかないものの、開戦前と比べれば遥かに安定した情勢と言えるだろう。
だからこそこうしてオーブに居を構える事もできたのだ。
アストはそんな取り留めのない事を考えながら、今日の予定をどうしようかと朝から騒がしい家族を見つめる。
「どうしました?」
「いや、今日はいい天気だから、お弁当作ってどこか行こうか?」
「お弁当!!」
「みんなでお出かけ?」
「ああ」
「やったー!」
「ほらほら、先にご飯を食べてしまいましょう」
「「はーい!」」
はしゃぐ子供たちと窘めるレティシアを見ながらアストは優しく微笑んだ。
朝食を終え、レティシアの料理(?)を片づけると、手早くお弁当を作っていく。
毎日やっていればこの程度慣れたもの。
恨めしそうな視線を送ってくるレティシアをあえて無視し、準備を整えると全員で家を出た。
「今日もいい天気」
「ああ」
家族と一緒に歩きながら雲一つない青空を見上げる。
出向いてきた公園は家族連れで賑わい、誰もが笑顔を浮かべていた。
本当に平和だ。
しかし未だにふと思う事がある。
――自分は此処に居ても良いのだろうかと。
「お父さん、こっち!」
「一緒に行こう」
そんな事を考えていたアストの手をセティアとセシリアが楽しそうに掴む。
「二人共、今日は一段と楽しそうだな」
「うん!」
「楽しい。だって―――」
「「お父さんとお母さんと一緒だから!!」」
その言葉を聞いた瞬間、何故かアストの眼から涙が流れた。
明るくて、眩しい。
こんな温かい場所に自分がいる事にやっぱり現実感が感じられない。
駄目だと分かっていても、やはり思ってしまうのだ。
此処に居てはいけないと。
お前に似合いの場所は血なまぐさい戦場だと。
でも―――
「どうしたの、お父さん?」
「どこか痛いの?」
「何でもない。何でもないんだ。痛いんじゃなくて、お父さんも嬉しいんだよ。みんなが一緒で」
未だ胸中を燻る暗いものが消える気配はない。
ふとした瞬間にそれを思い出す。
その所為で苦しむ事も多い。
きっと死ぬまでこの思いが消える事はないのだ。
でも。
それでも。
アストは此処に居て良かったと素直に思えた。
「アスト」
レティシアがアストに手を差し伸べる。
前ならきっと迷っていた。
しかし今は迷わず手を取る事が出来る。
「いきましょう、皆で一緒に」
「えへへ、私も」
「じゃあ私はこっち」
セティアとセシリアがアストとレティシアの手を取る。
大切な人の手を握りながら、アストは溢れてくる思いを堪えながら微笑んだ。
「ああ、行こう」
アストは大切な家族と共に歩き出す。
その先にある温かな未来へ向けて。
いくつか要望のあった外伝になります。
でも、こんなので良かったのかな?
コンセプト的には本編でレティシアが無事だったらというifになります。
なので細かい部分は無視してください。
例えばアスランとはどうなったのかとか、マユはどうしたのとかね。