戦闘を終えウリエルに帰還した黒と白のアドヴァンスアストレイ・アデプト。
ハンガーに設置され、固定された二機に整備班が取りつくとコックピットハッチが開いた。
「フゥ」
「お疲れ、アオイ」
「ありがと」
整備兵から差し出された飲み物を受け取ったアオイは躊躇わずに口に含む。
旨い。
戦闘自体はそれほど大規模ではなかったものの、やっぱり掻いた汗や緊張で水分は失われる。
故に一度の戦闘でも喉がカラカラになる。
「それでどうだったAAA(スリーエー)は?」
AAA(スリーエー)とはアドヴァンスアストレイ・アデプトの略称だ。
アドヴァンスアストレイのAA(ダブルエー)と呼ばれている事の名残らしい。
人によっては単純にアデプトと呼ぶらしいがAAAが基本的な呼ばれ方のようだ。
「良い機体だよ。反応も良いし、力もある。けどそれでもやっぱり俺はイレイズの方が好きだけどさ」
「しょうがないだろ。Mk-Ⅱはもう限界だったんだからさ」
アオイの長年の愛機イレイズガンダムMk-Ⅱはとうとう引退という事になった。
ミュンヘン事変で大破して以降も改修と修復を繰り返し、最近まで奮戦を続けていたのだが突如として動けなくなった。
限界が訪れたのである。
原因はずっと蓄積されていたダメージが表面化したのだろうとの事。
整備班長曰く「これで今まで良く戦ってこれたもんだよ」と呆れながらもどこか誇らしげだったが、とにかくイレイズはもう戦えない。
そこでこの機会に最新型の機体に乗り換えた訳だ。
性能は満足だし不満はない。
しかしどこかしっくりこないのだから贅沢な話である。
「とにかく異常があったら報告しろよ。カル・バヤン大尉とお前の機体は専用にカスタマイズされてんだからさ」
「分かってるよ」
ボトルのストローからドリンクを口に含みカラカラだった喉を潤す。
この瞬間は何度味わっても、ホッとする。
整備の邪魔にならないように雑談を切り上げてコックピットから降りると、丁度、飲み物を受け取ったスウェンと鉢合わせになった。
「お疲れさまです、大尉」
「そちらもな」
「にしても手強かったですね、あの新型」
「ああ」
パワー、スピード、火力。
どれも最新型の機体と比べて遜色ない。
単なるカスタムではあそこまでの性能は引き出せないだろう。
「どこの機体ですかね?」
「分らない。だが相応の技術力が無ければ新型機の開発などできない。……とにかく艦長に報告する」
「了解です。レフティ艦長の心労がまた増えるかもしれませんけどね」
「そうだな」
戦闘中に集めたデータを持ってブリッジに上がると、二人の予想通り頭を抱えたヨハンが出迎えてくれた。
「二人共、お疲れ様。早速で申し訳ないけど報告の方を頼むよ」
「了解です」
データの入ったディスクを渡し、モニターに映し出されたのは撃破された不審船と二種類の新型機だ。
不審船の方はどこにでもいる普通の輸送船だが、やはり新型機はどこの陣営にも該当する機体は存在しない。
「どこでこんな機体を」
「ジャンク屋や普通のテロリストに出来る事とは思えない。……あの不審船はこいつらの輸送を担当していたって事かな」
「どこに運ばれる予定だったんですかね」
「それも不明だね。船の残骸も調査させているけど、有益な情報は望み薄だろう。後は予測を立てるくらいしかない」
ヨハンが手元のキーを操作し、宙域図に今までの目撃情報を提示する。
輸送船の航路上などが主ではあるが、一部軍の防衛圏内でも目撃されているようだ。
「反対側に位置する月周辺や地球近辺には目撃されたという話はない。となると―――」
点と点を繋ぐように不審船が向かおうとしていたポイントを絞り込む。
「近辺にあるものといえば商工連合所属のコロニー群。後は建設中の資源衛星くらいなものだけど」
「となればやはり例の『防衛隊』ですか?」
「そうとはしたくないんだけどね」
アムステルダム商工連合は世界に多大な影響力を持っている。
正直な話、今の世界情勢で揉めたいと思う者はそうはいない。
しかしどれだけ影響力を持とうとも商工連合はあくまでも民間組織だ。
テロを警戒し民間での兵器所有が禁じられつつある現状、商工連合が過剰な武力を持とうとしているなら見過ごせない。
「性能はどうだった?」
「こちらの最新鋭機にも劣らないものだったかと」
「放置は出来ないか。とはいえ我々の独断で動く訳にはいかない。ウリエルの進路を『ヴィンゴルヴ』に向けてくれ」
「了解」
ウリエルが向かったのは『ヴィンゴルヴ』
同盟が戦場で傷ついた戦艦の修復、補給を行う為に開発された巨大ドック艦の事である。
ザフトのゴンドアナ級を参考に開発されており、彼の戦艦よりも小型化され収容艦も五隻の戦艦までと縮小されているがその分機動力は向上している。
しかしゴンドアナ同様に中継基地、補給基地としての意味合いが強く、その為に戦闘能力は低いのが特徴となっている。
「しかし今回の件、上は良い顔しないんだろうな」
揉め事の種を歓迎する者など居る筈はない。
しかし対処しなくては取り返しのつかない事態へと発展しかねないのも事実なのだ。
だからこそヨハンは憂鬱な気分にならざる得ない。
何故ならば厄介ごとなど他者に押し付けてしまおうと考えるのが世の常なのだから。
それが嫌われ者なら尚の事。
予想が外れれば良いと願いながらも、無理だろうなと理解しているヨハンは深々とため息をつくくらいしかできなかった。
◇
ざわめく格納庫。
予定外の出来事に大慌てで行きかう兵士達を一人の屈強な男が見つめていた。
統合宇宙軍特殊作戦部隊ウォーレン・マクベイン大尉。
月と地球の中間点に存在する統合軍拠点の副司令官である。
「こちらでしたか、大尉!」
「これは何の騒ぎだ?」
「それが偵察隊がテタルトスの巡回部隊と遭遇戦に突入したらしく」
「司令官殿には報告したのか?」
「もちろんです。しかし、その」
歯切れ悪く言葉に詰まる若い兵士の様子にどういう指示が出されたのかウォーレンはすぐに察する。
「またこちらに丸投げか」
「はい」
この拠点の司令官は元々が地球連合に所属していた人物であり、テタルトス出身のウォーレンとは折り合いが悪い。
まあ無能ではないというのが救いではあるものの、根本的な部分で相性が良くなかった。
ウォーレンは元々今は亡きファウスト・ヴェルンシュタインの理想に共感し、統合軍に参加した。
現状を鑑み、統合による世界統一こそ人類の革新に必要な事だと思ったからだ。
しかし司令官はそういった理想的なものは一切持ち合わせていなかった。
所謂野心家という奴だ。
さらに悪い事に上昇志向は強く手柄には固執しながらも、こういった不測の事態についてはこちらに丸投げしてくるのだから始末に負えない。
「……イスラフィール代表も何を考えているのか」
このような俗物を未だに登用しているとは。
ファウストが健在だったならありえない事だ。
しかし彼とて万能ではあるまい。
外宇宙進出に目を向けて、足元がおろそかになっているのかもしれない。
「大尉、テタルトス側はジンⅢが数機確認されています」
「急がなければ不味いな」
ジンⅢは『第一次統合戦争』最終決戦であるアポロン攻防戦に投入されたテタルトス軍の機体である。
その性能は通常の量産機という枠を超えており、すでに登場してから二年が経つ現在においても『最強の量産機』という名を欲しいままにしている。
さらに厄介なのは現状も改修が続いておりジンⅢの性能は向上しているという事だ。
無論、他陣営もまた最新鋭機開発を進めているものの、ジンⅢを上回る量産機は登場していないのが現状である。
「俺はバウで出る! 他の部隊の出撃も急がせろ!」
「了解!」
パイロットスーツを着ている暇はない。
ウォーレンは軍服のまま長年の愛機であるバウに乗り込むと慣れた手つきでコンソールを操作する。
しかしその思考はこれから始まる戦闘の事ではなく、全く別の事を考えていた。
「……このままではいつまでも先には進まん。ファウスト司令、俺は―――」
最近ずっと悩んでいた事がようやく形となって明確になってくる。
自身の理想は未だ変わらず。
そして世界も同様に。
ならば―――
《大尉、出撃準備が整いました》
「……分かった。ハッチ、開け! ウォーレン・マクベイン出るぞ!」
解放されたハッチから飛び出した藍色のバウが戦場に向けて駆け抜ける。
バウ・アルゴルもまた『第一次統合戦争』において投入された機体の一つである。
その性能はジンⅢにこそ劣るものの、紛れもない高性能機。
操作性も火力も申し分ない。
故にウォーレンは新型の試作機がすでに実戦投入されている現在においてもバウを愛機とし続けていた。
何よりも尊敬するファウスト・ヴェルンシュタインもまたバウを最後の機体としていた事も理由となっている。
まあウォーレンの機体は何度も改修を繰り返し、ファウストの使用していたバウ・バジリスクの予備パーツを使用している。
だから性能だけでなく外見も本来のバウとは似ても似つかない別の機体になっているのだが。
強化されたスラスターを噴射させ、一早く現場に駆け付けたウォーレンは敵に対して一喝する。
「ジンⅢが優れた機体である事は認めよう。しかし、その性能に胡坐をかいている者になど!」
味方機に攻撃を仕掛けてしるジンⅢとの間合いをその推力を持って一気に詰めるとビームサーベルを抜き放つ。
「遅れはとらん!!」
すれ違い様の一撃はジンⅢの腕を捉え、大きく体勢を崩しそこにビーム砲を叩き込む。
防御する間もないまま爆散するジンⅢ。
味方の撃墜が予想外だったのか、テタルトスの部隊は明らかに動揺し動きを鈍らせる。
その隙を見逃さず、ウォーレンは畳みかけるように攻勢に出た。
「統合軍の兵士としての矜持を見せろ! 亡きファウスト・ヴェルンシュタイン司令の顔に泥を塗るな!!」
「おおお!!!」
ウォーレンの檄に刺激された兵士達の士気は上がり、戦況は一気に統合軍側へと傾いていく。
それを見たテタルトス側は不利と悟ったのかあっさりと後退していった。
彼らにしてもこれは遭遇戦に過ぎず、無理する必要はないと判断したのだろう。
「引き際は見事。被害状況はどうか?」
「何機か中破している機体はありますが、パイロットたちは無事です」
「損害は軽微か。『銀獅子』が居なかった事が幸いしたか」
これまで辛酸を舐めさせられた因縁の相手を思い起こす。
もしも此処にテタルトスのエースである『銀獅子』が来ていたなら被害はこんなものでは済まなかっただろう。
「良し、全機速やかに帰還せよ。警戒も怠るな」
「了解」
戦闘を終えたモビルスーツ隊は基地へと帰還を急ぐ。
殿を務める形で撤退する味方を見つめていたウォーレンは再び考え込むように視線を虚空に向ける。
あるのは幾ばくかの迷い。
しかしそれもすぐに振り切るように決意を固める。
「……このままという訳にはいかん」
ウォーレンは迷いを絶つように息を吐き出すと、フットペダルを思い切り踏み込んだ。
その表情にもはや迷いはなく、覚悟を決めた瞳が真っすぐ進むべき道を見つめていた。
◇
ウリエルの試験データを集め、敵との遭遇もなく無事にヴィンゴルヴに到着したヨハンは上官への報告を行う為、艦長室へと足を運んでいた。
「ウリエルの運用試験ご苦労だった、ヨハン・レフティ大佐」
何の感情も込められず賛辞を送られても、微妙な気分にしかならないのだが上官からの言葉に反応しない訳にもいかない。
「恐縮です。試験項目はすべてクリア、気になった点もすべて報告書にまとめて提出してありますのでご確認ください」
「うむ」
さっさと切り上げたいとばかりにヴィンゴルヴの艦長は事務的に返答してくる。
まあ嫌味を言われるよりはずっと楽ではある。
この艦長も『グラオ・イーリス』の事を良く思ってはいないのだろうが、表に出さないだけまだマシな部類だ。
これを表に出してくるような連中になるとこちらのストレスも相当なものになる。
だからこのまま報告だけ済ませて終えたい所なのだが、この件は言わなくてはならない。
「艦長、こちらに来る前に報告していた件ですが」
「……例の所属不明の新型モビルスーツの事か」
「はい。早急に調査の必要があると思います。その為にも調査部隊の編制を―――」
「その必要はない。この件は独立部隊『グラオ・イーリス』第三部隊所属ウリエルに一任する事になった」
「は?」
寝耳に水とはこの事だ。
そんな話が一体何時決まったというのか。
そもそもウリエルは試験運用が終わったばかりだというに。
正式な配属先すら未定な筈。
「お待ちください。所属不明モビルスーツの調査をウリエルだけで行えというのですか?」
「そうだ。調査だけならそう数は必要あるまい。同盟軍主力は来月に行われる資源衛星『メークリウス』での式典に備えなくてはならない」
「しかし! ……ウリエルの正式な配属も艦長もまだ決定しておりません」
「それもすでに決定しているさ。ウリエルは継続してグラオ・イーリスで運用される。そしてヨハン・レフティ大佐、君が今日付けで正式な艦長に任命された。これが辞令だ」
差し出された辞令には確かにウリエルの所属とヨハンの正式な艦長任命が記載されていた。
半ば予想だけはしていたが、こうして目の前に突き付けられるとため息の一つもつきたくなる。
突き返す事など出来ようはずもなく、ヨハンは「受領いたします」と敬礼することしか出来なかった。
◇
ヴィンゴルヴはドック艦であり、同時に移動型の中継基地としての役割も担っている。
当然の事ながら内部は通常の戦艦よりもかなり広く、娯楽設備もかなり充実していた。
ウリエル所属のクルー達も一時的な休暇を与えられ、それぞれが体を休めている。
そんな中、アオイは一人ヴィンゴルヴに設けられた工房に足を運んでいた。
活気のある工房に圧倒されつつ、中へ進んでいくとそこらに開発中のモビルスーツや武装が鎮座してる。
「相変わらず此処が戦艦の中とは思えないな」
『ヴァルハラ』などに作られた工房に比べれば小規模ではあるものの、その辺の基地にあるものとは設備の充実度が違う。
連合に所属していた頃でも此処までの設備は中々見たことが無かった。
それだけ同盟はこの戦艦を重要な拠点として捉えているのだろう。
「お、アオイの坊主じゃねーか!」
恰幅の良い髭を生やした中年男性が近づいてきた。
「おやっさん、坊主は勘弁してよ。もうそんな年じゃないし」
「俺にとっちゃお前さんは何時まで経っても坊主だよ! 悔しかったら早く嫁でも見つけろ!」
「敵わないなぁ、おやっさんにはさ」
彼は皆から『おやっさん』との愛称で呼ばれる連合時代からアオイ達ファントムペインの機体を整備し続けてくれた昔馴染だ。
豪快な点もあるが職人気質でもあり戦闘で無茶する度に怒鳴り散らされていた。
アオイにとってはもう一人の父親のような人物である。
「おやっさん、『あの機体』を見に来たんだけど……」
「あれか。まだフレーム剥き出しの状態だぞ」
「良いよ、どの程度進んでいるのか気になっただけだし」
「ハハ、自分が乗る機体はやっぱ気になるってか。こっちだ」
先導された先。
工房のさらに奥に進んでいくと開発中らしき一機のモビルスーツがハンガーに設置されていた。
装甲の一部が取り付けられてはいるがフレームは剥き出し、背中には特徴的なスラスターユニットが搭載されている。
「どうやら順調みたいだね」
「おう、後は組み上げて機体やコックピットの調整を行うだけだ。ま、ここからが大変なんだがな」
「頼むよ、もしかしたらすぐにでも必要になるかもしれないし」
AAAは良い機体だ。
それは確かではあるが、量産機である事も事実。
仮にあの新型以上の性能を持つ機体が今後現れた場合、対処できるかと言われれば疑問だ。
「何かあったのか?」
「まあね。まだはっきりした訳じゃないけど……だからこいつを出来るだけ早く仕上げて欲しい」
「分かった。こっちは任せておけ」
「ありがとう、おやっさん」
話を終えコックピットの様子などを確認したアオイはそのままウリエルに踵を返した。
やるべき事はまだまだある。
AAAの調整。
正体不明機のデータ検証。
それに合わせた訓練。
休んでいる暇はない。
工房を離れ足早に通路を歩いていると、見知った顔が正面から歩いてくる姿が見えた。
「あれ、アスカ大尉?」
「ミナト少尉。いえ失礼しました、今は中尉ですね」
アオイの前に立ち止まったのは『オーブの熾天使』と呼ばれる同盟のエースパイロットマユ・アスカ大尉だった。
その容姿は一目見ても美人であり、今も多くの男性から言い寄られているようだ。
とはいえある理由もあって本人にその気は全くないようであるが。
「お久しぶりです。しかしアスカ大尉、今は後方勤務だと聞いていたのですが」
マユは事情があって現在は前線から身を引いていた。
理由は育児の為だ。
アオイも聞いた時は驚いたのだが、彼女はとある男性との間に子供を作っていたらしい。
その所為で現場に立つ事は出来ないと前線から身を引き地球での後方勤務に異動と聞いた。
「今回は特別です。例の式典に向けて各勢力を訪問する要人の護衛としてきただけです。それももう終わりましたから艦の補給が終わり次第、地球に帰る予定です」
「そうだったんですか。そういえばお子さんはお元気ですか?」
「元気過ぎて困っています。男の子ですからある程度は仕方ないのかもしれませんが。やんちゃの所とか『あの人』そっくりなんですよ」
あの人というのは子供の父親の事だろう。
父親の事はアオイももちろん知っていた。
アスト・サガミ。
同盟で知らない者はいないエースパイロット。
しかし彼は『第一次統合戦争』の最終決戦にて消息不明―――つまりMIAとなっている。
「あの、アスカ大尉はまだ彼が生きていると思っていますか?」
「勿論です。あの人は生きています、絶対に」
大半の人間が彼は死亡したものであると思っているが、マユを含めた少数はそんな事思ってもいないようだ。
気持ちはわかる。
アオイとて何度そういった別れを経験してきているからだ。
だが最近、妙な噂を聞くようになった。
アスト・サガミの姿をとある都市で見たというのだ。
ただそれはあくまでこれは噂話。
証拠も何もない。
死んだ人間が実は生きていたなんていう兵士達から始まった陳腐な噂話に過ぎないと誰もが思っている。
しかし搭乗していたガンダムは未だに発見されず、さらに目撃された証言が複数がある事も事実。
彼の生存を信じる者たちからすれば、それは一縷の希望のようなものであり、わざわざそれを否定する趣味はアオイにはなかった。
「そうですね。彼がそう簡単に死ぬはずはない。俺も一緒に戦った事があるから分かります」
「ええ。そういえばミナト中尉は任務ですか?」
「はい。……また厄介事が起きそうです」
アオイの言葉にマユの表情が変わった。
事情を話すべきか。
いや、此処でアオイが勝手に詳細を語る訳にはいかない。
「詳細は今レフティ艦長が報告を上げてますから。ジュール司令からまたお話があると思います」
「分りました。教えてくれてありがとうございます、中尉。大した事が無ければ良いのですが」
「本当に。では失礼します」
お互いに敬礼しながらすれ違う。
『大したことが無ければ良い』
そんな二人の願いも空しく、世界に巣食う暗い影がもうすぐそこまで迫っていた。