資源衛星『メークリウス』の破壊は全世界に大きな衝撃と甚大な被害を与える事となった。
宇宙にバラ撒かれた無数の岩片は各コロニー、月、そして地球にまで及び、その規模は各勢力の軍隊は数日間、岩片の処理で不眠不休の活動を余儀なくされた程。
ただ地球に到達した隕石の大半が大気圏で燃え尽きる程度の大きさだったが、その内の幾つかは甚大な被害をもたらす事が確定的な大きさを保ったまま地球への落下コースを辿っている。
その為、大気圏付近では軍が部隊を展開し、岩片の迎撃に当たっていた。
「一つたりとも通すなよ! すべて地球に落ちる前に撃ち落とすんだ!!」
「「了解!!」」
気合いを入れるように叫ぶ同盟の部隊員の声には疲労の色が見え隠れしていた。
連日の出撃によって休む間もなく除去作業に従事しているのだ。
それも無理はない。
しかしここで地球降下を許せば、『ブレイク・ザ・ワールド』の二の舞になってしまう。
家族も、友人も、恋人も。
あの青い星に居るのだ。
それだけは許す訳にはいかないと、迎撃の為に出撃した部隊全員が気力を振り絞っていた。
「くそ、どんだけあるんだよ」
「ボヤくな! 迎撃する暇があっただけまだマシだ!」
『メークリウス』は外宇宙の門。
それ故地球からもコロニーからも離れた位置にあった。
今回はそれが功を奏し、同盟にて設立された諜報部や現場に居たウリエルからの迅速な伝達を相まって迎撃する時間の猶予を得る事が出来ていた。
さらにユニウスセブンの時のような巨大な岩は艦隊砲撃により、多くが砕かれていた事も幸いだった。
「前方に火力を集中しろ!」
量産された高エネルギー収束ライフルを掲げ、発射された閃光が地球に迫る岩片を次々と破砕していく。
そしてその背後から凄まじい威力の無数の砲撃が一番大きな岩片を撃ち砕いた。
「あれは!?」
「フリーダム! 来てくれたか!!」
地球の方から上がってきたのは蒼い翼を広げた同盟象徴のモビルスーツ『フリーダムガンダム』だった。
そのコックピットに座るのは地球の危機に戦場へ復帰したマユ・アスカ。
修復された初代フリーダムを駆り、破砕作業へと駆け付けてきたのだ。
「全機、大きな破片は私が砕きます。細かいものの排除をお願いします」
「了解した」
用意してきたスレイプニルを装着し、ターゲットをロックすると対艦ミサイルとビーム砲を発射し巨大な岩を一斉に破壊する。
「いけ!」
フリーダムの火力は現在に至っても上位に位置するものであり、その特性からもこういった複数のターゲットを狙うのは得意中の得意である。
ましてやマユにとっては愛機にも等しい機体。
真っすぐ向かってくるだけの岩を撃ち抜くくらいなんて事はない。
絶え間なく続いた攻撃により、目ぼしい岩はすべて砕かれた。
中心となって砲撃を行っていたマユは安堵のため息をついた。
「ふう、まだしばらく気は抜けないけど、これで地上に被害は無くなったでしょう」
とはいえ根本的な脅威が去ったとは言えないのが頭の痛いところだ。
「地上も大丈夫だと良いですが」
青い星を心配そうに見つめる、マユ。
彼女の懸念は現実のものとなっていた。
地上には何故か隕石が無数に落ちてくるという噂が絶え間なく流れていた。
その混乱はかつてない規模となり、各国家では暴動に近い騒ぎとなる。
地球に住まう多くの者達が『ブレイク・ザ・ワールド』の恐怖を忘れていなかったのである。
この結果、『マクベイン・エクスキューター』の脅威から身を守ろうと統合政府への参加を表明する国家が多数出現。
中には今まで統合と距離を置いていた国家も存在しており、同盟やテタルトスは密かに疑念を強くする事になる。
各勢力の緊張感が影で高まっていく中、メークリウス防衛隊の救助活動を行っていたウリエルのブリッジでは陰鬱な空気が流れていた。
多くの被害が出た現場における救出作業だ。
陰鬱な気分になるのも無理はない。
しかし彼らが暗い空気になっているのは別の理由からだった。
「大佐、ミナト中尉が敵に捕まったというのは本当なんだな?」
「ええ。……私がついていながら」
ルシアは血が滲むほど強く拳を握りしめる。
しかしあの時、立ち塞がった敵は腕前も本物だったが―――シグルド・グラーフに搭乗していたパイロットはルシアに格別な敵意を持っていた。
あの二機さえ邪魔しなければ。
「艦長、私に中尉を救出に行かせてください!」
「落ち着け、いつも冷静な君らしくもない」
ルシアは目に見えて焦っている。
それだけ彼女の中でアオイ・ミナトは大きなウェイトを占めているという事だろう。
しかし気持ちは分かるが、今は緊急時である。
冷静になってもらわねば。
「大尉は負傷で動けず、艦の防衛力も低下している。救出活動で助けた者を病院に運ぶ必要だってある。そもそも中尉を捕らえた連中の居場所も分からないんだ、探しようがない」
「それは! いえ……すいません」
「気持ちは分かる。だが手がかりもない状況ではな」
これでは捜索する事すらままならない。
完全に八方塞がりという奴だ。
さらに空気が重くなったブリッジの沈黙を破るように通信音が鳴り響いた。
「艦長、通信が入っているのですが……」
「誰からだ?」
「いえ、それが匿名で……アオイ・ミナトの居場所を知っていると」
ヨハンとルシアは顔を見合わせる。
あからさまに怪しい通信だが、それを無視するには今のウリエルには情報が足りなさすぎる。
ヨハンは罠である事を覚悟して、通信を繋ぐように指示を出した。
《聞こえるか、ウリエル》
聞こえてきた声はどこか掠れたような声で、人物を特定できるような特徴はない。
しかしこの声はエレボスに核が仕掛けられていると伝えてきたものと同じものだった。
「君は誰だ? 何故、ミナト中尉の事を知っている? それにエレボスに核が仕掛けられている事を伝えてきたのも君だな?」
《答えられないが敵ではない。時間がないので手短に伝えるが、アオイ・ミナトを捕縛した『マクベイン・エクスキューター』の戦艦はミラージュ・コロイドで姿を隠しながら移動している。流石に正確な位置までは特定できないがある程度の予想範囲は絞り込めた》
同時にウリエルへとデータが転送されてきた。
映し出された宙域図には敵戦艦の移動経路と思われるものがマッピングされている。
《救出するなら急いだ方が良い。アオイ・ミナトは『マクベイン・エクスキューター』から恨みを買っている。時間を掛ければ処刑される可能性も高くなる》
「どういう事だ?」
《首魁のウォーレン・マクベインはファウスト・ヴェルンシュタインの信奉者だ。そして統合戦争で奴を仕留めたのはアオイ・ミナトだろう? 確実に憎まれている筈だ。捕虜の扱いについても核すら平気で使用するテロリストが条約を守る筈もない》
「なるほど」
《これらの情報を信じるも信じないもそちら次第だ。それからルシア・フラガ、ヴェクト・グロンルンドには近づくな、奴の玩具にされたくなければな》
「それは―――」
ヨハンが問い返す間もなく通信は切れた。
出来ればもう少し話を聞きたかったが、アオイの情報を得られただけでも状況は進展したとは言える。
「艦長、救出した部隊を送り届けた後で構いません。私を行かせてください」
「単独での作戦行動は許可できない、危険すぎる。罠である可能性も否定できない」
「ならば俺が一緒に行こう」
ブリッジに入ってきたのはヴィルフリートだった。
『メークリウス』防衛の為に出撃していた事が幸いし、難を逃れた彼を含めた数名がウリエルに救助されていた。
「詳細は聞こえなかったが、アオイ・ミナトを救出にいくのだろう?」
「勝手にブリッジに上がらないで欲しいな」
「ならば我々に状況報告くらいは寄こしてほしいものだ」
「う」
確かにその通りだ。
あまりの忙しさに保護したヴィルフリート達に状況報告などが後回しになっていた。
「何にしろ、奴らの足取りを追うならば、我々も協力する。本国もNoとは言わない筈だ」
「クアドラード中佐、しかし」
「同盟が動けないというなら、こちらだけ動く。今ある情報を提供してほしい」
「何故、貴方がそこまで?」
「アオイ・ミナトにはエレボスでの借りがある。それに罠であったとしても、奴らの尻尾を掴む機会である。『メークリウス』を砕いた閃光―――おそらく巨大ビーム砲だろうが、その所在も掴みたい」
「確かに」
収集したデータを解析すればある程度の位置は把握できる。
しかしそれは敵も承知の上の筈。
すでにメークリウスを破壊した兵器は別の位置へと移動しているだろう。
「ならば中佐、私も同行させて欲しい」
「大佐に参加していただけるのであれば心強い。今、動ける者は少ないからな」
「ハァ、君達だけで話を進めないように」
だが、ヴィルフリートの意見は正論だ。
敵本隊の所在は未だに掴めておらず、『メークリウス』を破壊した兵器の詳細も分からない。
『マクベイン・エクスキューター』の存在が明るみに出てしばらく経つが、目的も含め現在でも不明瞭な点が多すぎる。
それが常に後手に回っている理由になっていた。
「リスクは承知で動くべきか……独断では動けない。司令の判断を仰ごう」
イザークならば手がかりを得る為にも作戦の許可を下す筈。
テタルトスの協力も得られるなら、尚の事だ。
「艦長、ヴィンゴルヴから連絡が入りました」
「分かった。負傷者をヴィンゴルヴに運ぶ準備を。後、ジュール司令へ連絡を入れてくれ」
「了解」
ヴィンゴルヴに連絡を入れたヨハンはブリッジに集まった面々と共にアオイ救出作戦の内容を詰める為に話し合いを始めた。
アオイを必ず助ける。
そんな決意を漲らせ、ルシアは拳を握りしめた。
◇
アオイが初めに感じたものは冷たさだった。
床に直接寝転んでいるらしく、体の節々が痛い。
いや、節々だけではなく体全体から痛みを感じる。
痛みを堪えつつゆっくり目を開けると薄暗い天井が視界に入った。
そのまま視線を左右に向けると、すぐに状況を思い出した。
「捕まったか」
腕には手錠が嵌められ、独房らしき狭い部屋に拘束されていた。
床に耳を当てると機械音が聞こえてくる。
此処はおそらく『マクベイン・エクスキューター』の戦艦なのだろうが―――
しばらく今までの状況を整理していると独房が開く音がした。
明かりの眩しさに目を細め、徐々に慣れてくると一人の男が立っていた。
銀色の仮面を付けた黒髪の男が口元を歪めて、床に倒れているアオイを睥睨している。
間違いない。
コロニーで見た仮面の男。
そして、死闘を繰り広げたリグ・シグルドのパイロットに相違ない。
「随分とくつろいでいるじゃないか」
「ああ。実に快適だったよ、お前が来る前まではな」
「減らず口はその辺にしておけ。此処はお前にとって敵地なのだからな」
睨みつけるアオイを楽しそうに見ていた男は腕を掴み無理やり起こす。
「お前と話がしたいという奴がいる。来い、アオイ・ミナト」
「自分の名も名乗らずに馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶな」
「それは失礼。私の名前はルドラ・アシュラだ。短い付き合いだろうが、好きに呼ぶがいい」
いちいち嫌味ったらしく聞こえるのは捕虜の身だからだろうか。
ルドラと独房を出たアオイは手錠を付けたまま別の場所へと連れられていく。
道中統合軍の軍服を着た『マクベイン・エクスキューター』所属の連中ともすれ違ったが、アオイを見る目は厳しい。
いや、厳しいどころか怒りと憎悪に満ちていた。
確かに敵だったから恨まれる事はあるだろうが、ここまで一斉に敵意を向けられると流石に堪える。
「此処の連中は彼のファウスト・ヴェルンシュタインの熱心な信奉者ばかりだ。ハッキリ言って貴様を殺したくてウズウズしているような連中しかいない。私の後ろから離れたら命の保証はないぞ」
「なるほど。で、そんな信奉者さん達がたくさんいるこの戦艦で俺に会いたい物好きな人物は誰なんだ?」
「ある意味、貴様が最も会いたい人物だよ」
ルドラの言い回しに何となく察しのついたアオイは黙って後ろをついていく。
しばらく歩きたどり着いたのは大きなモニターのある部屋だった。
部屋の中には制服に身を包んだ士官達、そしてルドラと同じ仮面をつけた男と茶髪の女性が待っていた。
仮面の男はルドラよりもやや伸ばされた黒髪が特徴的で、雰囲気も柔らかめな印象を受ける。
隣に立つ女性は肩まで伸びる茶髪と鉄面皮のような無表情が印象に残る。
「向こうは?」
「待ちかねているみたいよ」
茶髪の女性が近くの端末を操作すると、モニターに映像が映し出された。
モニターに映ったその人物。
確かにルドラの言った事に間違いはなく、ある意味アオイが会いたかった男だった。
「……ウォーレン・マクベイン」
『マクベイン・エクスキューター』の首魁であり、この一連の紛争を引き起こした張本人。
アオイが睨みつけると同様に向こうもまた鋭い視線を向けてきた。
《初めましてというべきだろうな、アオイ・ミナト》
「俺を知っているのか?」
《もちろんだ。ファウスト・ヴェルンシュタイン司令の命を奪い、その尊い理想を撃ち砕いた大罪人の名を知らぬ筈があるまい。お前とヴィルフリート・クアドラードは決して許されぬ存在として記憶しているさ》
なるほど。
ウォーレン・マクベインからすればアオイは心酔していた上官を殺した仇。
そしてヴィルフリートは理想の為に戦う兄を見捨て、テタルトスに鞍替えした裏切り者といった所か。
「それで、その大罪人に一体何の用があるんだ?」
《お前は確かに罪を犯した。しかしなり損ないとはいえ人類の革新に触れた者でもある。だから機会を与えても良いかと思ってな》
「機会だと?」
《ああ、古き世界が砕かれる瞬間を見届ける機会をな。そして新たな時代の幕開けと共に古い時代の象徴として死んでもらう》
アオイは思わずため息をついた。
共感も、理解もできない。
自分達の事しか考えていない。
こいつらは何処までも狂信的な理想に取りつかれたテロリストなのだ。
「……革新とか、古い世界だとか、お前は結局何がしたいんだよ」
《人類の革新の為、次のステージへ上げる。その為の土台を作る為に今の世界を破壊するのだ。その結果、人は新たな世界を手に入れるだろう》
アオイの脳裏に同じ事を言っていた奴の言葉が蘇ってきた。
『統合戦争』の最終決戦。
アポロン要塞でアオイが戦った最後の敵。
彼らが信奉する男が放った言葉だ。
[この世界は不完全に過ぎる! あまりに愚かで無能な連中が多すぎる! だからこそ変える! だからこそ『SEED』が、人類の革新が必要! 統一はその為の土台だ!]
何度思い出しても、勝手な理屈に聞こえるのはアオイが彼らの言うなり損ないだからだろうか。
それでも―――
彼らの言う革新が人類にとって有益なのかもしれなくても―――
「……俺はやっぱりお前のやろうとする事を認められない。お前が生み出してるのは新しい時代なんかじゃない。ただの破壊と混乱だけだ!」
《その果てにこそ人類の革新と新たな秩序はある》
「勝手な理想を押し付けて! お前の勝手な理想の為に今を必死に生きている人達が犠牲になるなんて間違っている!」
《正しさなど後世の歴史家にでも勝手に語らせておけばいい。必要なのは信念を貫く覚悟と実現する為の行動だけだ!》
平行線。
決して交わらない主張が部屋に空しく響く。
そんな二人の睨みあいを止めたのはルドラだった。
「もう十分だろう? この凡人に貴様の言う言葉が通じるとも思えん。それでコレはどうするんだ?」
《先ほど伝えた通りだ。アオイ・ミナトには見届けてもらう、古き世界の終焉をな》
「何をする気なんだ?」
《見ただろう、『メークリウス』が砕けた瞬間を。アレと同じ事をするだけだ》
「どうやって……」
アオイの質問に答えるように画面に表示されたのは大型の砲口。
徐々に縮小、全貌が明らかになるにつれ、驚きを隠せなくなる。
その姿に見覚えがあったからだ。
「……アポカリプス?」
『アポカリプス』とはかつてテタルトスの軍事的象徴として建設された巨大戦艦の事だ。
今現在においてもあれほどの戦艦が建造された例はない程の巨大さと過剰な火力を持っている。
ただユニウス戦役で主砲を含めた艦全体に致命的なダメージを受けた後は徐々に解体するとテタルトスは発表していた。
あの戦艦の存在意義はテタルトスを守る為の畏怖的な象徴としての意味合いが強い。
主砲が破壊された事による戦闘力の低下、さらにはテタルトスの軍事力向上や世界情勢の変化を考えても無理やり存続させる意義は少ないと判断したのだろう。
その戦艦と酷似したものが画面に映っていた。
画面ごし故に正確な所は不明だが、規模はやや縮小されている反面主砲の砲口はかなり大型化されている印象を受けた。
さらにその周辺には多くの戦艦とモビルスーツが展開している。
その数はエレボスに展開していた部隊とは比較にならない。
どうやらあれが『マクベイン・エクスキューター』の本隊らしい。
「あれだけの戦力を……それにアレは」
《『エスカトロジー』、古き世界を終焉に導く為の絶対的な力だ》
「あれでメークリウスを破壊したのか」
《その通りだ。そして新たな秩序と世界を切り開く象徴でもある。テタルトスがかつてそうしたようにな》
前から知っていたが彼らは本気だ。
『メークリウス』破壊の混乱で地球やコロニー、月は大混乱となっている筈。
この機を逃さずあの『エスカトロジー』と全戦力をもちいれば彼らが勝つ事はないにしろ、その被害は甚大なものになる。
かつて起こった大戦を上回る被害が出るだろう。
何としても阻止しなければ。
「迂闊な事はしない方が身の為だ。お前に出来る事はない大人しくしておけ」
「何―――グハァ」
ルドラの膝が腹部にめり込み、そのまま床へと蹴り倒されてしまう。
《約束の日まで精々自分の無力さを嘆くがいい。それがお前に下された罰だ》
「ち、くしょう」
遠くなっていく意識の中、アオイは笑みを浮かべるウォーレンを睨みつける事しか出来なかった。
◇
「おらぁ!」
「この屑が!」
ウォーレンの宣誓とも取れる話を聞いたアオイに待っていたのは独房の中での一方的な暴力だった。
幾度も殴られ、蹴られ、もはや全身がボロボロだ。
殴られた顔面や腕足は痛々しく腫れ上がっているだろう。
それでも兵士の暴力は止まらない。
「何人もの仲間を殺した悪魔が! いい気味だぜ!」
「何とか言ったらどうだ!」
もはやそんな余裕はないと思っての挑発。
しかしアオイは不敵な笑みを浮かべると、逆に挑発してやった。
「は、はは、条約、すら、平気で、無視する、奴らに、何を言っても無駄、だろ」
「何が条約だ! それこそ我々が打ち壊したい古き世界の象徴!」
「元々俺達はジャンク屋だった。でもあんな条約が出来た所為で商売は出来なくなり、家族共々露頭に迷った、それを救ってくれたのがファウスト様だ!」
「俺達を救ってくれた恩人だったんだ! それをお前のような屑野郎が!」
「ガハァ」
再び拳が腹に入り、アオイは激痛に呻く。
それでもアオイは笑みを浮かべるのを止めない。
「だから俺達が―――」
「この期に、及んで、ソレか。じゃ、お前らの、やった事でどれ、だけの家族が、路頭に迷った、んだよ? それは、許され、るのか?」
「貴様風情が偉そうに!!」
「知った風な事を言ってんじゃねぇ! 碌な苦労もした事がない、エリートが!!」
「今にそんな口も叩けなくしてやる!」
「殺さなきゃいいんだからな!」
襟元を掴まれ、振り上げられた拳が目に入る。
また襲い来る痛みを覚悟したその時、横から伸びた腕が拳を捕らえた。
「その辺にしておきなさい」
「あ、貴方は」
拳を止めたのはあの部屋にいた茶髪の女性だった。
「このような暴行は許可されていなかった筈ですが?」
「し、しかし」
「今日は見なかった事にしましょう。早く持ち場に戻りなさい」
男達は気まずそうにしながらも、アオイを睨みつけると独房を後にした。
アオイは痛みに呻きながら、近寄ってきた茶髪の女性を見上げる。
こんな状況だというのにその表情は何も読み取れない無表情。
そして女性が口にした言葉にアオイはさらに混乱してしまう。
「少し待っていなさい。手当をします」
「は?」
正直何を言われたのか理解できなかった。
恨み言の一つでも言われると思ったからだ。
そんなアオイの困惑を無視するように女性は医療ボックスを持ってくると、素早く手当を始める。
「な、んで?」
「話さない方がいい。傷に障る」
「少し染みるわ」と一声掛けると手早く消毒液を吹きかけてきた。
「痛ッ!」
「染みると言ったでしょう。男でしょ、これぐらいで騒がない」
何か子供扱いされているようで癪だったが、確かにいい歳して騒ぐのもみっともない。
そっぽを向いて染みるのを我慢していると、初めて女性の表情が和らいだ。
「子供みたいね、貴方」
「俺は、大人だ」
「そう、ならこれぐらい平気でしょ」
軽くパチンと叩かれ、体全体に電気が走ったように痛みが伝たわった。
悶絶するアオイを楽しそうに見つめた女性は「食事を持ってくる」と背を向ける。
「何でこんな事を?」
「そうね、一言で言うならお礼かしら」
「礼? 何の?」
恨まれる事はあっても礼を言われる筋合いはない。
「あの男を殴ってくれた事よ、アオイ・ミナト」
最近殴った相手と言えば奴しかいない。
思いだしたくもない相手だが、もしかしてこの人は奴を知っているのだろうか。
「奴と貴方は―――」
そういえば名前も知らなかった。
そんなこちらの戸惑いを感じ取ったのか女性は振り返り、薄い笑みを浮かべた。
「シルヴィア―――シルヴィア・ヒビキよ。よろしくアオイ・ミナト君」