機動戦士ガンダムSEED eventual   作:kia

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第15話 決着の時へ

 

 

 

 

 宇宙を動く巨大戦艦『エスカトロジー』に集まる『マクベイン・エクスキューター』全軍。

 

 その数は世界最大規模を持つ統合軍でさえ、簡単には駆逐できない規模に達しており、それだけ今の現状に不満を持つ者が多かった事を示していた。 

 

 最終作戦の準備は整いつつある。

 

 後は何の妨害もなく、作戦開始位置まで『エスカトロジー』がたどり着けばこちらの勝ちとなる。

 

 圧巻の光景を母艦の部屋から眺めながら、ルドラは昔の戦術書に目を通していた。

 

 机には分解された機械や積み上げられた書物が散乱している。

 

 部屋に入ってきたシルヴィアはやや呆れた視線を向けながら、ため息をついた。

 

 「ルドラ、少しは片付けたら? 作戦とかには几帳面な癖に自分の事にはズボラなんだから」

 

 これらはすべてルドラの趣味だ。

 

 暇な時は機械を弄りながら、本を読むという器用な事をいつもしている。

 

 「放っておけ。これぐらいで丁度良いんだ」

 

 シルヴィアは苦笑しながら散乱している機械を片づけ始める。

 

 「機械いじりはしないの?」

 

 「時間がないからな。それにこれ以上アスラン・ザラを意識した事をやるのもどうかと思ってな」

 

 「そう。サルワは?」

 

 「重傷だ。だが本人はアオイ・ミナトを殺すと意気揚々と叫んでいるらしい」

 

 アオイに撃墜されたサルワは一命は取り留めたものの、重傷であり今後戦闘に出られるのもかなり先になると医師から診断を受けていた。 

 

 「気に病む必要はない。サルワがああなったのは奴の実力不足だ。まあお前が予想以上に奴に入れ込んでいたのは驚いたがな。それで何故そこまでアオイ・ミナトに入れ込む?」

 

 「それは……似てるのよ、弟にね。何となく雰囲気が」

 

 「なるほど」

 

 だからシルヴィアはその面影をみたアオイ・ミナトの世話を焼いていたらしい。

 

 「そういえば弟が居たんだったな。確か俺達と会う前に―――」

 

 「直接見た訳じゃないけど、生きてはいないでしょう」

 

 シルヴィアの脳裏に忌まわしい過去が蘇る。

 

 

 

 

 シルヴィア・ヒビキ。

 

 研究者にとって知らぬ者は居ない姓を持つ者の家系に生まれた彼女は普通のナチュラルの女の子として人生を生きていた。

 

 世間はコーディネイター、ナチュラルと日々騒がしかったが、シルヴィアにとっては縁遠いもの。

 

 一応親戚の人が研究者でコーディネイターに関する研究をしていると聞いた事はあったが、当時のシルヴィアにとっては関係のないと思っていたのだ。

 

 キナ臭さが日に日に増していく世界情勢など気にならないくらいには無邪気な幼年期を過ごし、そんな生活がずっと続くと錯覚し始めた事、それは一変する。

 

 丁度弟が歩けるようになった頃に突然シルヴィアの住まう家に壮年の男が部下と思われる者達を連れて現れたのだ。

 

 血走った目に手に持った拳銃。

 

 アレこそ狂気に犯された人間。

 

 その名前をアル・ダ・フラガという。

 

 シルヴィアの人生を狂わせた何より憎い男だった。

 

 幼かったシルヴィアにはアルが何を言っていたのか、正確に理解できなかった。

 

 ただ父と母が誰かを匿っていると疑っていた。

 

 そして激しい言い争いと諍いの末、数発の銃声と共に父と母は帰らぬ人となった。  

 

 その光景をシルヴィアは一生忘れる事はないだろう。

 

 ただただ呆然と両親の死を見つめていたシルヴィアと弟はアル達に連行され、彼の下で厳しい尋問を受けされられた。

 

 両親が何かを隠していないか。

 

 誰かを匿っていなかったかと。

 

 当然そんな事知る筈も無く、恐怖に震える毎日。

 

 それでも弟の為に耐えていたある日、アルも求める答えを得られないと判断したのか、あっさりと放置された。

 

 家族を奪った罪悪感か、それともただの気まぐれだったのか。

 

 今、思えば屋敷で働いていた使用人が哀れに思ったからだろう。

 

 食事が与えられ、屋敷に住む事も許された。

 

 憎む男との先行きの見えない生活ではあったが、弟も居たし自身も幼かったシルヴィアに他に行く場もなかった。

 

 それでもあの頃がシルヴィアにとって最後の穏やかな日々だった事は間違いない。

 

 それを壊したのは当時世界を席巻していたテロリスト『ブルーコスモス』だった。

 

 後に分かった事だったが屋敷をブルーコスモスが襲撃したのはアルの探していたクローンが彼らに密告した事が切っ掛けだったらしい。

 

 曰くアル・ダ・フラガは危険な遺伝子研究に出資していると。

 

 そして最悪な事にそれは事実だった。

 

 アルの屋敷は焼き討ちにあい、優しくしてくれた使用人も殺され、さらに弟すらもその騒ぎで行方不明。

 

 シルヴィアも重傷を負ったものの、治安維持の為に駆け付けた地球連合に保護される事になった。

 

 しかしそこで待っていたのは強化人間を作る為の実験体という過酷な運命だった。

 

 当時の地球連合は能力の高いコーディネイターに対抗する為の研究が盛んに行われていた。 

 

 強化人間もその一つ。

 

 実験体にされるのは大体犯罪者か身寄りのない子供だった。

 

 後腐れの無い人間を使う方が面倒がないという事なのだろう。

 

 兵士としての訓練に加え、日々の人体実験により体はボロボロ。

 

 それはシルヴィアだけではない。

 

 同じく孤児となった子供達がおもちゃのように実験に使われ、時に死んでいく。

 

 いや、人が死なない日の方が少なかったくらいだ。

 

 それを見て下種な笑みを浮かべる地球軍の高官たち。

 

 奴らはまさに人の悪意が形になったかのような典型的な屑共。 

 

 そんな連中の好き勝手にされ出来る事と言えば睨みつける事ぐらい。

 

 絶望しかない中、シルヴィアが生きていられたのは自分をこんな目に遭わせる連合、そしてフラガ家に対する激しい憎しみのおかげだった。

 

 死んだ者の中には自分と同年代の女の子がいた。

 

 こんな地獄でも出来た友人がいた。

 

 必ず生きて此処から逃げようと誓った子もいた。

 

 弟と同じ年齢の少年達もいた。

 

 そんなシルヴィアにとっての大切な人から死んでいった。

 

 「……必ず殺してやる」

 

 誰かが死ぬ度に誓いを立て、その存在を忘れまいと心に刻む。

 

 憎しみを糧に生き抜いたシルヴィアを拾ったのはメンデルを抜け、月に潜伏していたヴェクト・グロンルンド。

 

 コペルニクスで活動を続けながらも、連合にも接触し強化人間の研究にも手を貸していた彼の手でそれこそ全身を弄繰り回された。

 

 当然、奴の『完璧な人間』を生み出す実験にも利用され――― 

 

 本当に自分には運がないと今更ながらに思い知る。

 

 だが同時に忘れられない出会いもあった。

 

 ルドラやサルワ達だ。

 

 同じく人の醜さを嫌という程、知っていた彼らと意気投合した。

 

 その時だ、連合に居るフラガ家の話を聞いたのは。

 

 『エンデュミオンの鷹ムウ・ラ・フラガ』そして『仮面のエースネオ・ロアノーク』

 

 忌まわしきあの家の血脈が戦場で武功を立て活躍していると。

 

 許せない。

 

 許せる筈がない。

 

 自分の幸せを奪っておきながら、称賛されるなどあってはならない。

 

 だがそんな願いを聞き届ける救いの神は訪れず、そしてシルヴィアにとって最悪な出来事が起きる。

 

 ヴェクトの研究の一つである『能力移植』によって、憎むべき男アル・ダ・フラガの力を移植されてしまったのだ。 

 

 この時の嫌悪と絶望は今までの比ではない。

 

 最も憎むべき男と同じにされてしまったのである。

 

 出来うる事ならば全身を引き裂いて、奴に汚された体を清めたいと本気で考えた程だ。

 

 本当に最悪だった。

 

 能力の定着具合を確認する為に仲間同士で戦わされた事もある。

 

 それでも検体として生き続けた彼女はヴェクトが月を後にする際の騒ぎに乗じ、仲間と共に脱出。

 

 今の世界を壊す為に『マクベイン・エクスキューター』に参加したのだ。

 

 これまでの復讐の為に。

 

 自分と同じ境遇の人間を増やさない為に。

 

 

◇ 

 

 

 「まあ、連合の屑共の死にざまは愉快だったな」

 

 「ええ。あれで少しは溜飲も下がった」

 

 脱出してまず行ったのは自分をこんな目に遭わせた奴らへの復讐だった。

 

 奴らは何も変わっていなかったどころか、さらに研究を推し進めラナシリーズという量産型エクステンデットなるものまで作り出していた。 

 

 だから全員殺した。

 

 例外はない。

 

 家族も友人も恋人も。

 

 モビルスーツを使い奴らの目の前で塵も残さず消してやった。

 

 その時の連中の顔を思い出すだけで、笑みが零れるというもの。

 

 自分が受けた痛みに比べれば当然の報いである。

 

 「ヴェクト・グロンルンドもこの中の艦に居る筈だ。殺すなら良い機会だぞ」

 

 「今はやめておきましょう。用意周到なあの男の事だもの。自分の逃げ道くらい確保している筈よ。まずはそれを潰してからね」

 

 「そうか。用意された新型機もチェックしておいた方が良い。アレも奴が手を加えたらしいからな。私も格納庫で機体を見てこよう」

 

 「私もサルワの所に……」

 

 「今はやめておけ。お前が顔を出せばそれだけで感情的になるだろう。ほとぼりが冷めるまでは距離をおいた方が良い、少なくとも作戦が終わるまではな」

 

 有無を言わさずシルヴィアを黙らせたルドラは部屋を出た。

 

 「これ以上、暴走されても困る」

 

 最終作戦まで時間がないがサルワは戦える状態ではない。

 

 しかしシルヴィアと会えば必ず自分も出撃しようとするだろう。

 

 シルヴィアをアオイ・ミナトと会わせないために。

 

 暴走され作戦に余計な混乱を招く事は避けたかった。

 

 ルドラがエレベーターに乗ろうとすると丁度、退院してきたクロムと鉢合わせた。

 

 「怪我はもう良いようだな。最終作戦に間に合って何よりだ」

 

 「……嫌味ですか。俺は役目も果たせずアオイ・ミナトにやられて」

  

 「自分でそう思うなら汚名返上できるように努力する事だ。幸いその機会はある、機体も用意されているからな」

 

 「奴らが来ると?」

 

 「必ず来るさ」

 

 グラオ・イーリスにとってこれが最後の機会。

 

 今度『エスカトロジー』の主砲が使われたらその時点で『マクベイン・エクスキューター』の勝利は確定する。

 

 ならばその前に必ず攻めてくる筈だ。 

 

 「お前が『マクベイン・エクスキューター』のエースであるなら、その矜持を見せてみろ」

 

 「……言われるまでもない」

 

 クロムの目に今までにない覚悟の光が宿る。

 

 それを見届けたルドラは密かに笑みを浮かべた。

 

 クロムにはエースに足る技量とSEEDの資質がある。

 

 それが戦果を挙げられず、悉く退けられている要因は経験不足の他に彼自身の精神的な脆さが上げられるだろう。

 

 彼の場合、エースとしての責任感の強さや敵に雪辱を誓う焦りもあったのだろう。

 

 だがもはやそれもない。

 

 クロムからは研ぎ澄まされた覚悟だけが伝わってきた。

 

 これで良い。

 

 決戦に並々ならぬ意気込みを持つのはルドラとて同様である。

 

 先の戦闘でカースによって告げられた言葉。

 

 《君らは惨めな『ただの残滓』、そこには自らの意思すら無い。故に何かを成す事もできんだろうよ》

 

 《己も知らぬ絶望を抱えて朽ちていけ》

 

 耳を離れぬカースの言葉を覆して見せる。

 

 自分がどんな生まれであろうとも関係ない。

 

 今の間違った世界を破壊し、正しき世界へ修正する。

 

 その果てにカースを討つ。

 

 それこそが『ただの残滓』などではない事の証明になる筈だ。  

 

 「楽しそうな話をしてるじゃないか」

 

 「アルド・レランダー」

 

 「『マクベイン・エクスキューター』のエース様もやっとやる気になったらしいな。お前とも戦いたくなってきたぜ」

 

 「この戦争狂いめ。そんなに戦いが好きか?」

 

 「大好きだね」

 

 アルドは心底楽しそうに笑みを浮かべる。

 

 その笑みは『狂獣』と呼ばれるに相応しい狂気を秘めていた。

 

 「言っておくが弱い奴に興味はないぜ。強い奴とのギリギリの駆け引き。相手との戦略の読み合い。命を懸けたゾクゾクするあの感覚。他じゃ味わえない」

 

 アルドに信念などはない。

 

 あるのは己の快楽のみ。

 

 彼はザフトに所属している頃からこうだったという。

 

 きっと生まれた瞬間から壊れていたに違いない。

 

 まさに獣。

 

 だが縛られるものはなく、迷いもなく、あるがままに振舞えるというのもある意味幸福。

 

 それは歪んではいても、間違いなく強さだろう。

 

 ルドラはある種の羨望さえ抱いた。

 

 「なるほど。テタルトスでの軟禁生活は貴様にとってよっぽど苦痛だったらしいな」 

 

 「苦痛だったさ。俺はやっぱり戦いの中でこそ生きていると実感できると思い知った」

 

 「なら存分に暴れるがいい。この戦いはお前を存分に満足させてくれるだろう」

 

 「それは楽しみだ」

 

 存分に戦うと決意を新たにする二人のエースパイロット。

 

 その気炎に当てられるようにルドラも自身で気づかない内に拳に握りしめていた。

 

 

 

 

 消毒臭の漂う医務室。

 

 忙しなくドクター達が怪我を負った兵士達の治療を行う中、ベットの上ではサルワが殺意を剥き出しにしながら天井を睨んでいた。

 

 脳裏に浮かぶのはあの天使のごときガンダムとアオイ・ミナトの事。 

 

 「殺してやる」

 

 自分の隠していた素顔を見ただけではなく、シルヴィアを誑かした罪。

 

 そしてこうして自分に重傷を負わせた屈辱。

 

 すべてが炎のように燃え盛り、憎悪となってサルワを突き動かす。

 

 「ずいぶん荒れてるじゃないか」

 

 まるで感情の籠っていない最も聞きたくない男の声。

 

 いつの間にか傍らにヴェクト・グロンルンドが立っていた。

 

 「久しぶり、えっと、サルワだったかな、君の名前?」

 

 「相変わらず不愉快な奴。よくも私の前に顔を出せたものだ」

 

 「そう怒るなよ。それよりずいぶん派手にやられたみたいじゃないか。特に左手と左足は酷い。これじゃ治すより切断した方が早い」

 

 ヴェクトのからかうような口調に激しい怒りが湧き上がってくる。

 

 しかし憎悪すら籠った視線にもヴェクトは涼しい顔だ。

 

 それどころか嫌らしい笑みすら浮かべて、サルワに囁きかけてきた。

 

 「戦いたいか?」

 

 「何?」

 

 「敵が攻めてくるんだろ。でもお前はその状態じゃ戦えない。だから戦えるうようにしてやろうかと聞いてるんだよ」

 

 「誰が貴様の言う事など」

 

 「だったら敵が来ても此処で寝てるか? せっかくお前用の新型機も格納庫で埃をかぶる事になるけど」

 

 これは悪魔の囁きだ。

 

 これまでこの男がしてきた所業を考えれば、確実にサルワは破滅する。

 

 だが現実問題としてサルワの体は重傷で動けず、動けたとしてもモビルスーツに乗るなど不可能だ。 

 

 「……本当に戦えるようになるのか? 敵が来るまでの短い時間で」

 

 「ああ、約束しよう。お前を確実に戦えるようにしてやるとも。あの屑を殺せるようにしてみせるさ」

 

 一瞬だけサルワの中で迷いが生じる。

 

 しかし、このままではいられない。

 

 あの天使のガンダムを駆ってアオイ・ミナトは此処へ来るだろう。

 

 その時、誰がシルヴィアを守るというのか。

 

 このままでは戦場に自分は立てない。

 

 だが、この悪魔の手を取れば―――

 

 答えは出ている。

 

 迷いが消えたサルワは自ら悪魔の懐へと飛び込んだ。

 

 例えその先が破滅に繋がっていようとも、倒すべき男と相対する為に。

 

 

 

 

 

 

 同盟の宇宙ステーション『ヴァルハラ』に接舷されたウリエル。

 

 弾薬、装備、モビルスーツなどが大量に運び込まれ、ウリエルの後部には長距離高速移動用の大型ブースターユニットが接続されている。

 

 そして同じ港に接舷している複数の戦艦も同じ装備が接続されていた。

 

 これらはすべて『マクベイン・エクスキューター』の戦艦『エスカトロジー』を破壊する為の作戦に参加する為の準備が急ピッチで進められているのである。

 

 「格納庫、物資搬入が少し遅れている! 急がせろ!」

 

 「気密、隔壁チェック! 空気漏れなんて冗談じゃないだろ!」

 

 ウリエルのブリッジでは準備を終えた各セクションからの報告が上がり、普段とは比べ物にならない喧噪に包まれていた。

 

 「現在の進捗状況を報告してくれ」 

 

 「全体で約80%完了しています。それから艦長、ジュール司令から通信です」

 

 「了解した」

 

 手元の端末を操作し、通信を繋ぐと険しい顔のイザークが映し出された。

 

 その表情から見ても良い報告ではないようだ。

 

 「悪い知らせですか、ジュール司令」

 

 《ああ。まず上はこれ以上の増員は認めないそうだ》

 

 「この数で敵巨大戦艦を破壊しろと? ミナト少尉の目撃情報やクアドラード中佐が持ち帰ったデータによれば総数は統合軍の三割を超えるものだったと」

 

 《ふん、上の連中は『エスカトロジー』が囮だと思っているのさ》

 

 「だから本国をがら空きには出来ないと? 『ヘルメス』が砕かれれば自分達はおろか地球は確実に終わるというのに何を呑気な」

 

 先の作戦でヴィルフリート・クアドラード中佐率いる部隊は敵艦へと接触し、データの入手に成功していた。

 

 手に入った情報によれば、敵は『エスカトロジー』の砲撃による資源衛星『ヘルメス』の破壊を計画していた。   

 

 『ヘルメス』とは『メークリウス』同様に開発されている外宇宙用ステーションの事だ。

 

 だがその完成度はまだ半分程度に留まっており、地球周回軌道近くで開発が進められている。

 

 もしも仮にここが砲撃されれば、地球のみならず付近のコロニー群にも致命的な被害が及ぶだろう。

 

 そうなれば少なくとも地球は終わる。

 

 だからこそ絶対に阻止しなくてはならないというのに。

 

 《連中の懸念も理解出来なくはないがな。とにかく同盟としての戦力はヴァルハラで準備が出来ているもののみとなる》

 

 「了解しました」

 

 《それから統合側だが、戦力は送るが同じタイミングでの派兵は難しいらしい》

 

 「どういう事です? 我々やテタルトスとも足並みを揃えるという話ではなかったのですか?」 

 

 《何でも高速移動用ブースターの調整と新型機を各部隊に配備するのに時間が掛かるらしい。何処まで本当か知らないがな》

 

 イザークが不審感を隠しもせず、気に入らないと腕を組む。

 

 その気持ちは良く分かる。

 

 何を考えているのか知らないが『ヘルメス』が砕かれ地球に落ちたら最も被害を受けるのは統合政府である。

 

 だからこそこの派兵にも積極的だったのだが―――

 

 「イスラフィールは何を考えているのか」

 

 《分からん。だが軍を広域に展開しているという情報も入っている。敵からの攻撃に備えてという事らしい》

 

 「とにかくエスカトロジーへの攻撃は我々とテタルトス軍のみで行うと?」

 

 《そのテタルトスもエレボスでの被害もあるから戦力をあまり多くは送れない。いつも苦労をかけるが頼むぞ、レフティ艦長》

 

 「了解しました」

 

 通信が切れるっと同時に漏れそうになるため息をグッと堪える。

 

 またも少数での強行軍。

 

 敵の数に比べてあまりに少ない数で挑むというのはやはり心もとない。

 

 だが作戦前だ。

 

 部下の前で緊張感を切らす訳にはいかない。

 

 仕方なく度重なるストレスに対抗する為、ヨハンは部下に悟られないよう常備していた胃薬をこっそりと口に含んだ。

 

 

 

 

 敵艦から脱出しどうにか帰還を果たしたアオイは医務室で検査を受けていた。

 

 出撃前の最終確認という奴だ。

 

 敵艦では何度も暴行されたから当然だと思う。

 

 「殴打による打撲箇所が多いし、医者としては安静にしておいてもらいたいけど」

 

 「今の状況ではそうも言ってられません」

 

 「ハァ、痛み止めを出しておくから、出撃前に飲んでおく事。少しでも異変を感じたらすぐに帰還する事、いいわね?」

 

 「はい」

 

 曖昧な笑みを返すアオイに女医は呆れたようにため息をついた。

 

 彼女は多分理解している。

 

 例え異常があろうともアオイは戦闘中に帰還などしないだろうと。

 

 「大丈夫ですって。手当のお陰で痛みは殆ど無いし」

 

 「そういえば的確に手当てしてあったわね、自分でしたの?」

 

 「……いえ、その敵艦の医師が」

 

 シルヴィアの事を話すのは気が引けたので、適当に誤魔化すと感心したように女医が頷いた。

 

 「ふ~ん、テロリストにも腕の良い医師がいるのね。検査は終わりよ、さっきも言ったけど無理は厳禁」

 

 「はい、ありがとうございました」

 

 女医に礼を告げ、医務室から出るとルシアが待っていた。 

 

 「どうだった?」

 

 「はい。問題なく」

 

 「そう。ならいいわ、部屋でお茶しましょう」

 

 隣を歩くルシアを横目で見るが、特に気落ちしたようには見えない。

 

 ルシアにはすでにシルヴィアの過去については話してある。

 

 あの独房で聞いた事をルシアは知る必要があると思ったからだ。  

 

 結構、ショックを受けているか気になっていたのだが―――

 

 「大佐、その、シルヴィア・ヒビキの事ですけど」

 

 「ええ、彼女の件は私が決着をつけなくてはならない。でも、まさかそこまでやっていたとはね、あの男は」   

 

 「アル・ダ・フラガ。大佐の父親に当たる人物でしたね」

 

 「思い出したくもないけど。あの男が残すものは厄介ごとばかり、全く」 

 

 話を聞く限り―――何というか、かなり厄介な人物だったようだ。

 

 彼の為に多くの人間が人生を狂わされた事を考えると、不謹慎ながら故人で良かったと思ってしまう。

 

 仮に生きていたならアオイは間違いなく、殴ってしまうだろうから。

 

 だが―――

 

 「でも俺は……大佐達には不本意かもしれませんが、感謝している事もあるんです」

 

 「え?」

 

 「えっと、そのアルって人が色々しなかったら、大佐達には出会えませんでしたからね。俺は大佐達に出会えて嬉しかったですし」

 

 ネオ、すなわちラルス・フラガ。

 

 そしてもう一人のネオであるルシア・フラガ。

 

 仮に二人が生まれていなかったら、アオイはユニウス戦役を生き延びる事は出来なかっただろう。

 

 二人が居たからアオイやスウェンも生きていられたし、ステラも助かったのだ。

 

 アル・ダ・フラガという人が許されない事をしたのだとしても二人を誕生させてくれた。

 

 アオイはそれだけは感謝したいと思う。

 

 「大佐?」

 

 ルシアからの反応がない。

 

 もしかすると配慮の欠けた事を言ってしまったかもしれないとルシアの方を見る。

 

 すると能面のように表情が抜け落ちた顔でアオイを見つめていた。

 

 やっぱりぶしつけだったか。

 

 謝罪しようとしたアオイの言葉は突然重ねられた唇で塞がれてしまった。

 

 どれだけの時間が経ったのか。

 

 数秒か、あるいは数分か。

 

 はっきり分かるのは暖かい唇の感触だけ。

 

 呆然と受け入れていたアオイとルシアの唇が離れる。

 

 「色々と辛い事はあったけど感謝しているのは、その、私も一緒だから」    

 

 顔は赤面し恥ずかしそうにしては居るがルシアははっきりと告げた。

 

 「貴方を愛してる、アオイ」

 

 「た、大佐?」  

 

 「さ、先に部屋に戻ってお茶の準備をしおくわ」

 

 アオイが話す前にルシアは走って行ってしまった。

 

 追いかけて返事を―――でもなんて答える?

 

 勿論、アオイもルシアの事は好きだが、そういう風に考えた事はなく―――

 

 頭の中がごちゃごちゃして考えが纏まらない。

 

 一回頭を冷やそうと近くの展望室へ入るとスウェンが外を見ていた。

 

 「大尉?」

 

 「中尉か。怪我の具合はどうだった?」

 

 「問題ありません。戦闘には参加できます。それで大尉は何をしているんです?」

 

 「……星を見ていた」

 

 スウェンはどこか懐かしいものを見るように宇宙に浮かぶ光る星を眺めていた。  

 

 「子供の頃は星が好きで夜空をよく見ていた。それが今は宇宙で星を見ているんだから不思議な気分だ」

 

 「もう星を見ないんですか?」 

 

 「戦いばかりで忘れていたし、あまりに多くの血を流し過ぎた。子供の頃の夢を追う資格もないだろう」

 

 「そんな事ないですよ! 今からだって遅くありません。俺、星とかよく知らなくて、戦争が終わったら教えてくれませんか?」

 

 アオイからの提案が意外だったのか、僅かに驚いたような顔をしていたスウェンが僅かに笑みをこぼす。

 

 「俺も忘れているからな。その時までに勉強しておこう……夢の続きを追うのも悪くないかもな」

 

 「はい!」

 

 「そういえば中尉は戦争が終わったらどうするんだ?」

 

 「え、そりゃ軍に残るでしょうけど……」

 

 さっきのルシアの件や地球で入院しているステラの事、そして育った孤児院もあるから多分死ぬまで軍人で居続けるとは思う。

 

 でも、それとは別に何か新しい事を始めてみるのも良いかもしれない。 

  

 「奪ってばかりだったものな」

 

 あの屑野郎ヴェクト・グロンルンドのように、自分が奪って当たり前なんていう風にはなりたくなかった。 

  

 償いという訳ではないけれど。

 

 「それもこの戦いが終わってからですよね」

 

 「そうだな。俺の機体の準備も終わった。奴らとの決着をつけるぞ」

 

 「了解です」

 

 視線を宇宙に戻すとキラキラと無数の星が輝いていた。

 

 その中に倒すべき敵と戦艦が居る。

 

 これまでの戦いと同じ、いや、それ以上の激戦となるだろう。

 

 アオイは拳を握り、来るべき戦いへ決意を固めていく。

 

 

 『第二次統合戦争』という名で歴史に刻まれる戦いは最終局面を迎えようとしていた。

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