最終局面へと差し掛かったエスカトロジーでの攻防。
すでに三勢力の攻勢により『マクベイン・エクスキューター』は劣勢に立たされていた。
しかしそんな中、一か所だけ戦況が急変している場所があった。
三勢力のモビルスーツがバラバラに斬り裂かれ、撃沈された戦艦には大きな穴が穿たれていた。
此処でまともに戦える者は一人しかいない。
残骸の傍で佇む黒いモビルスーツのパイロット、クロム・マイルだけ。
そのモビルスーツの名は『カルキ』
月面紛争時にて破壊されたシグリードのデータを基に開発された機体である。
背中のウイングスラスターと肩の大型スラスター、各部に搭載されたバーニアユニットによって非常に高い機動性を確保。
搭載された高火力な武装によって機動力、火力を併せ持つ凶悪な機体に仕上がっている。
『マクベイン・エクスキューター』のエースパイロットでありSEED保有者であるクロム専用のe.s.システムを搭載。
さらにSEED発動時には同盟で導入されたC.S.システムと同様に各装甲内に格納されていたスラスターが全開放され、圧倒的な機動性と放出されるミラージュコロイドによる幻影と防御が可能になる。
「ハァ、ハァ、やれる」
クロムは確かな手応えを感じて拳を握った。
同盟やテタルトスのエースと戦っても引けを取らない。
今まで血の滲む訓練と強敵との戦闘経験、そして完膚なきまでの敗北。
それがクロムの力量をさらに上へと押し上げていた。
「これなら天使のガンダムにも勝てる!」
クロムは獰猛な獣のような鋭い眼で周囲を見渡す。
そこには彼が排除すべき障害がまだまだ存在していた。
傷つきながらもこちらにライフルを向けるストライクノワールとジンⅢ・レーヴェだ。
「強い」
「くっ、こいつは」
「しぶとい。流石は同盟のエースと『銀獅子』だ」
二機はすでにボロボロ。
武装は破壊され、装甲はビームクロウによる斬撃で傷だらけになっている。
「貴様、一体?」
「クロム・マイルと言えば分かるか、『銀獅子』?」
「な、に?」
彼の名前をヴィルフリートは知っていた。
いや、軍に居る人間であれば誰でも知っているだろう。
何故ならば彼が―――彼こそが強化兵のモデルになった人物なのだから。
「強化兵のモデルパイロットか」
「強化兵のモデルだと?」
「ああ」
強化兵。
言わずと知れたテタルトスのパイロット能力向上プランの一環で誕生した兵士の事だ。
薬物と実験型のナノマシンを投与する事で、パイロット能力を格段に向上させる事ができる。
強化の精密な方法はトップシークレットであり、統合軍を設立したファウスト・ヴェルンシュタインでさえ一切情報を持ち出せなかったという。
研究は未だに継続されており、今では相当数の強化兵が前線へと送り出されていた。
そのモデルとなったのがクロムだ。
正確に言うなのらば彼の能力値を目安に強化兵が考案されたというのが正しい。
「俺を覚えていたとはな。当時は飼い殺しにされていたというのに」
「当たり前だろう。貴様の存在こそが今のテタルトスの戦力を強化したと言っても過言じゃない」
「思い出したくもない。モルモットにされた記憶など消し去ってしまいたいくらいだ」
強化兵が考案された当時のテタルトスの最大の懸念が戦力の総数だった。
地球連合、プラント、中立同盟。
質はともかくとして、どの勢力と比べても戦力の総数は明らかに劣っていたのだ。
しかし総数をいきなり増やす事は出来ない。
兵士の訓練期間やモビルスーツの開発にも時間が掛かる。
そこでテタルトス上層部はまず兵士の質を高めようと考えた。
彼らが信奉する『SEED』保有者程ではないにしろ、一機で数機の敵を圧倒できる。
そんな兵士を生み出そうと考えたのだ。
しかし問題があった。
能力強化の指針とすべきモデルが居なかったのである。
限界を考えず闇雲に強化した所で地球軍の強化人間『ブーステッドマン』や『エクステンデット』と同じ轍を踏む事になる。
そもそも参考にすべき『SEED』の存在自体が稀有であり、潜在的な保有者の特定も難航していた。
覚醒が確認されていたアスランは参考にするにはあまりに隔絶しすぎていた。
同じくSEED保有者であるセレネの能力は参考にするには経験不足な点も多く、さらに前線に立ち続けている関係で実験で使う事は難しい。
そんな中、白羽の矢が立ったのが当時訓練兵であったクロムだった。
実機訓練のデータを確認した際にクロムが『SEED』を無自覚に発現させた事に研究者達が気が付いたのだ。
訓練兵ならば前線にも影響はなく、思う存分研究に使う事が出来る。
そこから彼の役割は兵士から試験体に変更された。
毎日繰り返される過酷な実験。
人間扱いしない冷たい研究者達の視線。
モルモットとしての酷い待遇。
精神は日々削られていき、実験が始まって数か月で指一本動かせない程に追い込まれてしまった。
行われていたのは終わりの見えない拷問のようなものだ。
ある時、実機を使った実験が行われた。
だが予期せぬアクシデントにより実機は消息不明となり、パイロットだったクロムは生死不明となった。
クロムは死亡と判断されたが研究は続けられその後、数年に渡り実験が繰り返された結果、強化兵は完成したのだ。
「まさか生きていたとはな」
「あの実験機の事故は俺を処分する為に研究員共が仕組んだものさ。強化兵の研究に必要なデータは確保していたらしいからな」
要するに非人道的な実験を行っていた証拠の隠滅だ。
それを察知したクロムはどうにか生き延びる為、実験機の事故が起きる前に脱出。
身を隠していたがルドラ達に拾われ、『マクベイン・エクスキューター』に参加したという訳だ。
「身勝手な都合で人体実験を行っておきながら、不要になったら処分する。そんな勝手な理由で殺されてたまるものか!」
「なるほど。復讐という訳か?」
「それもあるさ、こんな腐った世界は一度焼き払われた方が良い! だがそれ以上に俺のような目に合う人間を一人でも減らす為に人類を変革させる、それが目的だ!!」
ウイングスラスターを展開し、持ち前の高機動で動けない二機に肉薄する。
ミサイルやビーム砲による攻撃をすべて躱し、すれ違った瞬間に一撃。
対艦刀の一太刀がジンⅢの腕を破壊する。
「ッ!」
「下がれ!」
前に出たストライクノワールがビームライフルショーティーを撃ち込むがシールドによって弾かれてしまった。
「雑魚の足掻きと侮りはしない! 全力で潰す!」
振るう対艦刀がストライクの足を奪い、放ったチャクラムが胴体を袈裟懸けに斬り裂く。
ブラフマーとの戦闘で傷ついていたストライクノワールに抗う力は殆ど残されていなかった。
「やるな! だがその機体ではどうにもなるまい!」
「ぐっ」
「だが手は抜かない! ましてやブラフマーを落とす手練れにはな!!」
縦横無尽に浴びせられるチャクラムにスウェンはビームシールドを張って防ぐしか手がない。
防御を緩めただけであっと言う間にバラバラにされてしまうだろう。
「やらせはしない!」
対艦刀が突き立てられたストライクとの間にジンⅢが割り込んでくるも、障害にすらなり得ない。
ヴィルフリートもまたバウ・バシリコックとの戦いで消耗しているのだ。
その証拠に牽制目的で放ったビーム砲も避けられず、肩装甲が撃ち砕かれた。
「ぐぅ」
「そこをどけ!」
立て続けに振るわれる斬艦刀も避ける術はなく、ジンⅢの腹を深々と斬り裂いた。
真っ二つに両断されなかったのはヴィルフリートの技量だ。
しかし致命傷には違いない。
少なくとも戦闘継続は不可能だった。
「終わりだ、『銀獅子』!!」
「どうかな!」
ヴィルフリートは残ったミサイルを投棄。
カルキの前で起爆すると目も眩む閃光と爆発が二機の間に迸った。
「ッ!」
この隙に攻撃を受けるかもしれないという危機感がクロムを咄嗟に後退させる。
しかし攻撃は来ず、晴れた視界には無数の残骸だけが残されていた。
「逃げたか。だがあれほどの損傷では奴らの戦線復帰はもうないだろう」
カルキの損傷はない。
先の爆発の影響で装甲が剥げた部分はあるものの、機体に異常は見られなかった。
一瞬、追撃が脳裏を過る。
あの損傷であれば遠くには逃げられまい。
「奴らは放っておけばいい」
優先すべきは戦えない敵ではなく、未だ進軍を続ける敵をいかに押し止めるかである。
視線を向けた先では次々とエスカトロジーへ向けて敵が進軍している。
正面の防衛隊は見る影もない。
連係も取れずガタガタ。
あれでは敵の進撃を押しとどめる事も難しいだろう。
よほどエスカトロジーの主砲が防がれた事がショックだったらしい。
「所詮は烏合の衆。初めから期待などしていない」
次の目標を定めたクロムはウイングスラスターを噴射し、敵軍を追撃する。
伝説のモビルスーツ『フリーダムガンダム』すらも上回る速度で統合軍へ追いついたクロムは複列位相砲を撃ち込んだ。
先頭を走っていた機体は消し飛び、続けざまにビームチャクラムを発射。
予想外の奇襲に浮足立つ統合軍の部隊をバラバラに斬り裂いた。
「うわあああ!」
「撃て、撃てェェ!! あの黒い機体を叩き落とせ!!」
恐慌に駆られた敵艦は闇雲に砲撃を繰り返すもカルキには傷一つ付けられない。
余裕すら感じさせる動きで砲撃を回避したクロムはドラグーンを射出。
砲台をすべて撃ち落とし、ブリッジをチャクラムで斬り潰した。
残るは数機のモビルスーツのみ。
「化け物!」
サーベルで近接戦を仕掛けてきたバウの腕を掴み、力任せに引き千切る。
右手を失い懐を大きく開けた敵のコックピットに腕にマウントしたビームクロウを突き刺した。
コックピットから血のようにオイルが流れ出し、カルキを濡らす。
ビームクロウを引き抜き、残骸を残りの敵に向けて投げつけると複列位相砲で爆破した。
爆発の閃光でメインカメラが焼かれ動きが鈍る敵をドラグーンで叩き落とす。
高速移動を行いながらの斬撃。
ドラグーンを併用した複列位相砲による砲撃。
進軍していた統合軍に成す術はなくあっさり宇宙の藻屑へと変えられてしまう。
「天使のガンダムはどこだ?」
敵を容赦なく屠りながら突き進むカルキの前に激闘を繰り広げる二機のモビルスーツが見えた。
間違いない。
エクセリオンとアヴァターラだ。
攻防を繰り返しながらエスカトロジー内部に侵入していく。
「居たかガンダム!!」
探し求めた宿敵がそこにいる。
滾る戦意をさらに高揚させながらクロムは未だ蔓延る敵の排除に向かった。
誰にも邪魔されずに宿敵との決着をつける為に。
◇
エスカトロジー内部に存在するモビルスーツ用の通路。
本来はメンテナンスの為に存在するその場所で二機のモビルスーツが激しい斬り合いを行っていた。
サーベルを片手に盾を掲げるエレンシアガンダム・ソフィアと両手にビームカッターを構えたヴィカラーラだ。
三つの軌跡が空間を斬り、互いの機体が器用に間合いを取りながら絶妙の攻防が繰り広げられている。
「流石に上手い!」
ルシアは限定空間であるにも関わらず、一切障害物に阻害される事無く刃を振るうシルヴィアの腕前に舌を巻く。
「限定空間ならば、ドラグーンは使えない! 此処で決着をつける!!」
横薙ぎに払う二刀の斬撃。
ルシアは剣閃ギリギリの位置で攻撃を回避、サーベルを下段から斬り上げる。
しかしそれも空を斬り、続け様の一撃もヴィカラーラを捉えることは無い。
ある種の拮抗状態。
奇しくも二人の特性は似通っているが故に決定打を与えられないでいた。
この状況を崩すにはどちらかが先に動くしかない。
だがそれは敵に隙を突かれ、カウンターをもらうリスクが高くなる事を意味する。
先手を取るか。
機を窺うか。
一瞬の間の後で先手を取る事を選択したのはシルヴィアだった。
自分の性格的に待つのは性に合わない。
さらにはサルワを失った事に加え、聞こえてきたルドラの演説。
アレにはルドラの焦り、いや、自暴自棄とも思える性急さを感じた。
彼は元々慎重に策を練るタイプの人間。
予想外の出来事が起きれば、再び機が熟すまで機会を伺う。
そんな慎重な人物だ。
にも関わらず先ほどの演説。
あまりにルドラらしからぬ行動である。
一刻も早くルドラの下へ行かねばならない。
「だから!!」
スラスターの噴射と合わせ、数発のミサイルを発射する。
いかに誘導が可能とはいえこの狭い限定空間におけるミサイル発射はあまりに無謀だった。
案の定、壁に突き刺さったミサイルの衝撃と爆発が二機のバランスを大きく崩す。
「ハアアアア!!」
「ッ、小細工を!」
ルシアは振るわれた右腕の刃を紙一重で回避しようとする。
しかし直前でカッター伸び、エレンシアの装甲に逆袈裟の一撃が走った。
そしてもう一刀。
右とは長さの違う左腕のビームカッターが左足を奪い去った。
「本当の狙いは刃の長さを誤認させる事!?」
直前に撃ち込んだミサイルはエレンシアの体勢を崩す為のものではなく、視界を悪くし伸縮自在のビームカッターの目測を誤らせる事が目的だったのだ。
「止め!」
「負けない!!」
コックピットに突き出されるビームカッター。
体勢を崩しながらも突き出したシールドで受け流すが強力な刃を防ぎきれずに貫通。
肩をビームカッターが貫いた。
ルシアはすぐに腕が動くか確認する。
「まだ、動く。なら!」
ビームカッターを貫通したままシールドを手放し、お返しとばかりにサーベルを盾の裏から突き刺した。
虚を突いた一撃がヴィカラーラの腕を斬り飛ばす。
「ッッ、呪われた女が!!」
「何よりも拘っている貴方こそ呪いそのもの!」
勢いに任せて前に出たエレンシアとヴィカラーラが正面から激突する。
「貴方のその呪いは新たな痛みと憎しみを生む!」
「フラガ家の女が言う事か!」
エレンシアの一太刀がヴィカラーラを袈裟懸けに斬り裂く。
そしてヴィカラーラの一撃がエレンシアの胸部を抉り斬った。
「貴方もフラガの力に身を浸しているでしょう!」
「望んだものではない!」
すれ違い様に一撃を入れ、立ち位置を入れ替えた二機は決着をつけるべく最後の攻勢に出た。
「忌々しいフラガ家の血筋は私が消し去る!」
「私も負ける訳にはいかない!!」
距離を詰めたエレンシアとヴィカラーラは互いに持った一刀を相手に向けて叩きつける。
「私が勝つ!!」
「そんな事!!」
光刃が煌めき、互いの機体に吸い込まれる。
ヴィカラーラの上段からの一撃がエレンシアの腕を奪い、そしてエレンシアの横薙ぎの一太刀がヴィカラーラの腹を斬り裂いた。
腕を斬られたエレンシアはバランスを失い、地面に倒れ込む。
「くぅうう、き、機体は……」
エレンシアは深いダメージを受けているものの、戦闘不能という訳ではないようだ。
何とかまだ戦う事は出来る。
残った腕で収束ライフルをヴィカラーラに向けた。
「ん、あれは」
モニターに映ったのは機体から出て行くパイロットスーツ。
「機体を捨てた?」
見ればヴィカラーラは下半身と胴体が別れていた。
コックピットを外れているだけ運が良かったとも言えるが、あの損傷ではシルヴィア自身も無傷では済まなかった筈だ。
「一体どこへ」
ルシアは少しだけ迷った後、拳銃を持って外へ出た。
◇
「ハァ、ハァ」
シルヴィアは傷ついた体を引きずりながら、怒りに身を浸していた。
相手に対する憤り。
自分自身の不甲斐なさ。
流石はフラガ家の力を最も強く引き継いだ女だ。
ああまで不利な条件の中であるにも関わらず、真っ向勝負でヴィカラーラを完全に大破させるとは。
やはり格が違うという事だろう。
口惜しいが負けを認める以外にない。
この体も何時までもつか。
致命傷ではないし、応急処置も済んでいる。
体に極力負担を掛けずに進むことが出来る無重力であったのは幸運だったと言える。
これならばあの男を殺し、脱出するくらいの体力は残るだろう。
「あの男だけは殺しておかなければ」
ルシアに向けるものとはまた別の憎悪を滾らせ、進んでいく先にはヴェクト・グロンルンドの為に割り当てられた研究室があった。
シルヴィアは銃を構え躊躇いなく研究室に踏み込むと部屋の中央で笑みを浮かべたヴェクトが待っていた。
「ようこそ、シルヴィア。でもこんな所に来ている暇はあるのかなぁ? 外では戦闘が未だに続いているみたいだけど?」
「黙れ。貴様には何の関係もない事だ」
「そうかな? 戦況を見る限り『マクベイン・エクスキューター』の負けじゃないかい? 本当に勝つ気があるなら今後の事など考えず初めから地球を撃つべきだったんだよ」
『マクベイン・エクスキューター』の目的はあくまでも世界の変革であり、破壊ではない。
だからウォーレン・マクベインは地球を直接狙う事はせず、現勢力の権力失墜と混乱を狙っていた。
しかし単純に勝つという事であるならば、問答無用で主砲を地球に撃ち込んでおけば良かったのだ。
被害は間違いなく甚大となり混乱も今まで以上のものとなる。
その上で『メークリウス』や『ヘルメス』を砕けば地球は間違いなく終わっていただろう。
少なくとも現行勢力と世界経済は立ち行かなくなっていた筈だ。
それをしなかったのはウォーレンが今後の事を考えていたからに他ならなかった。
「勝たなきゃ意味ないってのに、全く。サルワにしても強化してやったというのに情けない」
「サルワに何を? 強化した?」
「ああ、強化したんだ。でもそれだけじゃつまらないだろ。だから動かない腕と足を切り落として機体と直接接続できる義手と義足に変えたのさ。これにもまだ課題が残るけど、良いデータは取れたよ」
罪悪感すら持った様子もないヴェクトにシルヴィアの殺意はさらに高まっていく。
「おいおい、睨まれても困る。まるで私が悪いみたいな感じじゃないか」
「サルワは元々重傷だった。それにも関わらず戦場へ引っ張り出しておいて」
「それは違うな。私は彼の熱意に応えただけだよ。君を守りたいという熱意にね、シルヴィア」
怒りで銃を持つ手が震える。
最早問答無用。
シルヴィアが銃の引き金を引こうとした瞬間、明らかに動揺した表情に変わる。
ヴェクトは心底楽しそうに笑みを浮かべた。
その顔が見たかったと言わんばかりに。
「シルヴィア、君にも紹介しておくよ。『ギメル』だ」
ヴェクトの後ろから現れたのは少年。
15、6と言った所だろうか。
だがシルヴィアにとっての問題はその顔だ。
「あ、貴方は」
『ギメル』と呼ばれた少年は何も答えない。
無表情のままヴェクトの前に立ちシルヴィアを見つめている。
「どうした、嬉しくないのか? 『弟』との再会だろう?」
「お、弟はもう死んで」
「ああ、確かに。お前が自分で殺したもんなぁ」
「え?」
動揺したシルヴィアにヴェクトは立て続けに真実を告げる。
「前に復讐の為に連合の関係者を皆殺しにしたよなぁ。実はあの関係者の中にお前の弟と婚約者がいたんだよ。お前と生き別れた弟はずっと連合のお偉いさんに保護されていたのさ」
「う、嘘だ」
「嘘じゃない。お前が殺していたんだよ、たった一人の家族を」
「あ、あ、ああ」
「そしてこの『ギメル』はお前の弟のクローンさ」
予想外の事にシルヴィアは混乱し、握った銃も狙いが定まっていない。
瞬間、一発の銃声が鳴り響いた。
ギメルが素早く抜いた銃でシルヴィアの脇腹を撃ったのだ。
「死ねよ、弟に殺されるなら本望だろ。何時までも付きまとって目障りな」
シルヴィアが倒れ込んだと同時にルシアが部屋に駆け込んできた。
「おやおや。これは良いタイミングで来てくれたよ、ルシア・フラガ。今、長年邪魔だったゴミをようやく片付けた所だったんだ」
「ヴェクト・グロンルンド!?」
「君とゆっくり話がしたかったんだ。前はあの屑に邪魔されたからね」
ルシアはヴェクトの言葉を聞き流し、周囲の様子を確認する。
何があったのか詳細は不明だがシルヴィアを撃ったのはヴェクトを守るように立つあの少年だろう。
他にも敵がいるかもしれない。
警戒するルシアにヴェクトは不敵な笑みを浮かべたまま話を続けていた。
「では前の続きだ。研究に協力してもらいたい。実に有意義だと思うよ、人を超越したものを創り出す研究なんだからね」
「お断りです。私は好きな人の赤ちゃんを産みます」
「それ、まさかあの屑の事じゃないよなぁ? せっかくの貴重な母体をあんな屑の為に消費するなんてあり得ないぞ。君は聡明な人物だ、もう一度聞く。私と来い」
答えとして銃を突きつけた。
それを見たヴェクトから笑みが消え、表情が変わった。
何処までも誰かを見下す呆れた表情に。
「チッ、所詮はお前も凡人か。優秀な人間なら自発的にこっちに来ると思ったけど。しょうがない、『カード』を切るか。こういうやり方は嫌いなんだけど」
「何を言って」
「確かあの強化人間―――ステラだったか? アレを治療してやる。だから代わりに実験に参加しろ」
「な!?」
「あの強化人間は元々の強化に加え、ザフトでの調整、度重なる戦闘によって心身共にボロボロ。アレはもう限界だ。万に一つ生きられたとしても、生涯治療を続けていかねばならないだろう。生命維持の為には最低限の自由すらも保証できない」
的確に言い当てられたステラの病状にルシアの銃が震える。
「だが私なら治せる。強化人間なんて嫌という程弄り回してきたからな。治療する事など造作もないさ」
ヴェクトの人格を考えれば信用できる筈がない。
しかし同時に彼らならば治せる可能性も皆無とは思えなかった。
心の揺れ動きを的確に感じ取ったヴェクトは再び嫌らしい笑みを浮かべ手を伸ばす。
「さあ」
銃口を突き付けたまま手を伸ばすか迷う、ルシア。
心の天秤が傾こうとした直前、立っていられない程凄まじい振動と共に何かが近づいてきた。
「何だ?」
次の瞬間、研究室の壁を吹き飛ばし二機のモビルスーツが倒れ込んできた。
アヴァターラとエクセリオンである。
ルシアはその場に伏せ、ヴェクトもまたギメルに庇われるように倒れ込む。
宿敵との再びの邂逅。
エスカトロジーを巡る攻防は最後の戦いに移行しようとしていた。