機動戦士ガンダムSEED eventual   作:kia

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最終話  繋げていくこと

 

 

 

 

 

 

 『第二次統合戦争』及び『マクベインの反乱』と名付けられた戦い。

 

 しかし何故『第二次統合戦争』と名付けられたのか?

 

 それは結局の所、この戦いにおいて最も勢力を拡大させたのが地球圏統合政府だったからだろう。

 

 後の歴史家は『この一連の戦いはすべて統合によって仕組まれていたのではないか?』と考える者すらいるくらいである。

 

 そしてそれは概ね間違っていなかった。

 

 「イスラフィール代表、コレが今回の紛争の総括になります」

 

 執務室にて自らの腹心から手渡された資料に目を通す。

 

 ほぼイスラフィールが事前に予測した通りの結果が出ている。

 

 「今回の件で今まで統合に対し敵対、もしくは険悪な関係だった国家との関係改善が進んでおります。中には統合参加を表明した国々も居ます」

 

 「ああ、これで問題ない」 

 

 『マクベイン・エクスキューター』の決起によって危機感を抱いた国家からの参加を表明していた。

 

 その規模はかつての比ではない。

 

 そして同盟、テタルトスの戦力を削る事にも成功。

 

 彼らの新型に関する戦闘データも入手できた。

 

 十分過ぎる戦果と言える。

 

 「しかし此処まで考えておられたとは、慧眼恐れ入ります」

 

 「そうでもないさ。彼らがいてこそだ。任務、ご苦労だったな」

 

 腹心の背後に控えた部下に労いの言葉を掛ける。

 

 そこに居たのはウォーレンの傍に控えていた副官だった。

 

 実はイスラフィールは諜報員からの報告により『マクベイン・エクスキューター』の決起を知っていた。   

 

 規模も、目的も、そして切り札の存在までも、すべてだ。

 

 これを知ったイスラフィールは統一に利用しようと考えた。

 

 世界に蔓延る不穏分子をあぶり出し、一掃。

 

 危機感を持った国々を併合し、敵対勢力である同盟やテタルトスの戦力を削る。

 

 さらにはテロリストを素早く排除できなかった故の『メークリウス』破壊による権威の失墜。

 

 そしてエスカトロジーの主砲を巨大防衛装置『スヴェル』で防ぎ、地球の危機を救った事による統合の名声の獲得。

 

 すべてが上手くいった。

 

 外宇宙進出も『ヘルメス』が無事であるならば何の支障もない。

 

 「問題があるとすれば」

 

 「商人共ですな」

 

 モニターに映し出されているのは商工連合が所有するコロニーで行われている演説だった。

 

 軍人のような屈強な男が軍服と思われる制服を身に纏い、力一杯声張り上げていた。

 

 《『マクベイン・エクスキューター』などというテロリストを放置し、防備をおろそかにするどの陣営ももはや信用する事は出来ない!》

 

 《連合の時代を振り返ってみるがいい! 利益だけを求めるロゴスなどという連中に踊らされ、国としての本質を見失った愚か者達! 彼らが力無き我々を守ってくれたか?》

 

 《答えは否である! 奴らは我々こそを食い物にして利益を貪っていたのだから! 故に我々に必要なのは自衛する為の力!》

 

 《今日、此処に結成した『商工連合防衛軍』は平和を守り、維持していくための刃である!!》

 

 「防衛隊ではなく防衛軍か」 

 

 これも予測されていた事だ。

 

 商工連合が各勢力の影響が弱まったこの機会を見逃すはずがない。

 

 「国家でもない彼らが独自の軍隊を持つなど」

 

 「しかも彼らはこちらに勝るとも劣らぬ技術力や生産能力を持っている」

 

 そもそも『マクベイン・エクスキューター』の背後にいたのは彼らだ。

 

 彼らが使用していたリグ・シグルドやシグルド・グラーフ。

 

 さらには各エース機に加えて、巨大戦艦『エスカトロジー』

 

 あれだけの物を開発する資金力と技術力、そして人員。

 

 そこらの企業が集まったとしても、易々とは作り出せない。

 

 アレを他の勢力に全く気づかせずに開発出来た経緯も考慮すれば、確実に商工連合が黒幕で間違いない。

 

 彼らならばコロニー開発という名目で物資や人材の運搬も可能。

 

 その上で開発中のコロニー内に秘密裏に工廠を建設すれば、モビルスーツも建造できる。

 

 彼らにはさらに裏もあるとの事だが、それは今はどうしようもない。

 

 「すでに彼らが展開した戦力コロニーに駐留させていた軍との間で睨みあいが発生しています」

 

 「放っておけば再び開戦となりかねん。それは得策ではない。私が商工連合の代表と話をする。その間、決して手を出すな」

 

 「ハッ」

 

 イスラフィールは優秀でありながらも堅実な男だった。

 

 広い視野を持ち、無理すべき時とそうでない時を見定める能力を有している。

 

 故に決して無理はしない。

 

 そして今は無理をすべき時ではなかった。

 

 併合した国々を纏め、統合の強化を図る。

 

 動くのはその後だ。

 

 「とはいえ商工連合の軍隊を解体する事は出来まいがな」

 

 それだけの力を商工連合は持っている。

 

 ましてやこうして各陣営の影響力が衰えているなら尚の事。

 

 今回の件で力を増した統合でさえ、経済的な理由から彼らに対して強硬に出られないのが現状なのだから。

 

 「いっそ商工連合事、こちら側に取り込んでしまえば良いのでは?」

 

 「焦りは禁物だ。油断によって足元が掬われては意味がない」

 

 イスラフィールは淡々と告げ、思案に暮れた。

 

 進むべき道は茨の道。

 

 それでも彼は進み続ける。

 

 例えその先に夥しい屍が積み上がるのだとしても。

 

 

◇   

 

 

 『メークリウス』を失った事で各陣営の外宇宙進出は遅延を余儀なくされてしまった。

 

 だがテタルトス月面連邦国だけは別である。

 

 どの勢力よりも早く外宇宙への進出に道筋を立てていたテタルトスは独自に動いていた。

 

 だが『第二次統合戦争』の影響が皆無という訳ではない。

 

 一連の戦いの結果、想定した以上に保有していた戦力を損耗してしまった。

 

 特に主力であるジンⅢを多く失ってしまったのは痛い。

 

 そこで現在はさらなる新型機の開発と同盟軍との軍事的協力を前提とした条約を結ぼうと動いている。

 

 これは力を増した統合への牽制も含まれているが、一番の理由は商工連合を警戒しての事。

 

 独自に動き出した彼らの動向は決して無視できるものではないからだ。

 

 とはいえ『第一次統合戦争』では戦争状態にまで陥っている。

 

 それだけに交渉は慎重に行われていた。    

 

 「―――以上だ。次の会談予定は一週間後だ。護衛の方はクアドラード中佐、頼むぞ」

 

 「了解しました」

 

 長い会議を終えたヴィルフリートは会議室を後にすると筋肉を解す為に背筋を伸ばす。

 

 どうも会議の場というのは性に合わない。

 

 元々が現場で動いていた人間故に仕方がないのかもしれないが。

 

 「さて合流するか」

 

 会議が終われば久しぶりの休暇だ。

 

 『第二次統合戦争』の後処理や同盟との交渉で全く休む暇も無かった。

 

 車に乗り込み、家族と待ち合わせた公園に向かう。

 

 戦争は終結し、ようやくコペルニクスにも活気が戻ってきたように感じる。

 

 そのお陰か街全体の雰囲気も明るくなっていた。

 

 反面観光客の出足自体は芳しくない。

 

 未だ戦争の傷跡が癒えていないというのもあるが、商工連合における観光事業の展開が影響している。

 

 先の戦争においても被害はほぼ皆無だった商工連合の方が安心できるという事かもしれないが。

 

 渋滞を避けすいている道を抜けて公園の傍に車を止めると子供達の楽しそうな歓声が聞こえてきた。

 

 「お疲れさまです、クアドラード中佐」

 

 入口では私服のセレネとヴィクトリアが待っていた。

    

 「待たせてしまったか?」

 

 「いえ、私達も今到着した所です。アスラン達は先に到着して居る筈ですよ」 

 

 「そうか。ランゲルトさん、体調の方は?」

 

 「問題もなく。記憶の方は相変わらずですが」

 

 「デリケートな部分に関する事だ。焦らずにな」

 

 「はい」

 

 三人で連れ添い公園の中に入ると子供と戯れるアスランとベンチに座るヴィルフリートの妻であるカーラの姿が見えた。

 

 セレネとヴィクトリアの二人が近づくとそれに気が付いた子供達が一斉に飛び掛かっていく。

 

 「わ~い!」

 

 「お母さん!」

 

 「皆、お待たせ」

 

 母親に抱かれる子供の姿に穏やかな気分に浸りつつヴィルフリートは座り込んだアスランに近づいて行った。

 

 「義手と義足の調子はどうだ?」

 

 「日常生活に支障がない程度には。過度な運動などは医者から厳禁だと言われたが」

 

 笑みを浮かべるアスランだが、どこか元気がないように見えた。

 

 何というか空虚さのようなもの感じられる。

 

 「……アスラン、軍に戻るつもりは?」

 

 「ない。俺はもう戦えない体だし、現場に出ても足手まといになるだけだ。後方で指揮というのも性に合わない」

 

 「戦争の影響で未だ軍内部は混乱状態だ。お前が戻ってくれれば助かるんだが」

 

 「それも大佐やレイが火星圏から戻れば大丈夫だろう。そういえば昇進の話があったんだって?」

 

 今回の戦争で一番矢面に立って戦っていたのはヴィルフリートである。

 

 エレボス、エスカトロジー進軍の指揮や敵の首魁を倒したという事も評価され、大佐への昇進話が持ち上がっていた。

 

 「それも身に余る話さ。私はまだまだ未熟な身。部下も大勢死なせてしまった……お前が軍に戻らないのもそれが理由か?」

 

 アスランは答えずただ俯いたままだ。

 

 『第一次統合戦』の事を思い出しているのかもしれない。

 

 「すまん、余計な事を言った。忘れてくれ」

 

 「……もう戦う理由が見つからないんだ。目指した未来には確実に進んでいる」

 

 世界は未だに戦いが続いているとはいえ、今回の戦争以降は情勢も少しは安定するだろう。

 

 最も懸念していたコーディネイターとナチュラルの確執は消えつつあり、プラントの改革も進んでいる。

 

 『ヤキン・ドゥーエ戦役』の頃に比べれば、十分に変わったと言えるレベルだ。

 

 そして何よりも―――

 

 「奴は、アスト・サガミはもういない」  

 

 結局一度たりとも勝つ事が出来なかった宿敵は閃光に消え、二度と姿を現さない。

 

 もう奪われる事はない。

 

 壁を超える事は出来なかった。

 

 それでも区切りがついた以上、無理に銃を取る理由はない。

 

 「そうか。だがお前に一つ言っておく。勝ったのはお前だ、アスラン」

 

 「え?」

 

 「誰が何と言おうが死んだら負けだよ。戦場から生きて帰った奴が勝者だ。そして奴は死にお前が生きている、それが結果だ」

 

 ヴィルフリートの言葉にアスランは不思議と肩の力が抜けるのを感じていた。

 

 まだ自身の何処かで納得していなかった部分があったのかもしれない。  

 

 それが今の言葉で軽くなった気がした。

 

 「……そうだな。俺はまだ生きているんだ」 

 

 アスランは立ち上がりヴィクトリアの方を一瞥すると、気が付かれないように軽く頭を下げた。

 

 まるで別れを告げる挨拶のように。

 

 大切な者を奪ってしまった贖罪であるかのように。

 

 「……貴方には関係ない事かもしれないが」

 

 アスランは家族の下へ歩き出す。

 

 その歩みはまだ遅い。

 

 だが彼も歩き始めた。

 

 ゆっくりと確実に。

 

 

 

 

 アスランとヴィルフリートの会話。

 

 その声は子供達の相手をしていたヴィクトリアの耳に届いていた。

 

 とはいえ微かに聞こえただけに過ぎない。

 

 詳しい内容までは聞き取れなかったが、一つだけ気になる事があった。

 

 アスランが口にした名前だ。

 

 「……アスト・サガミ」

 

 その名前を口にした途端、胸の奥が温かくなった。

 

 そして見覚えのない光景が少しだけ浮かんできた。

 

 しかしそれはすぐに靄の中へと消えてしまいよく思い出せない。

 

 「……もしかして知っているのかしら」

 

 掴みかけた記憶が思うように浮かんでこないもどかしさにため息が出そうになる。

 

 「お母さん?」

 

 「何でもないですよ」

 

 慌てても仕方がない。

 

 少しずつ思い出せば良い筈だ。

 

 「さあ、行きましょう。セティア、セシリア」

 

 子供達の手を握り、ヴィクトリアもまた歩き出した。

 

 

 

 

 ソレの存在を知る人間は世界にごく僅かしかいない。

 

 『アケロン』と呼ばれる施設内を仮面の男カースが歩いていた。

  

 その後ろには№Ⅰと呼ばれる女性が随伴している。

 

 「カース様、お体の方は?」

 

 「問題ない」

 

 「そうですか。しかしムウ・ラ・フラガとの戦闘による傷が癒えたばかりです。ご自愛ください」

 

 「分っているさ」

 

 自らを気遣う女性に笑みを浮かべ、問題ないと手を振った。

 

 彼女は間違いなく優秀なのだが、やや過保護的な面が目立つ。

 

 『マクベイン・エクスキューター』の戦艦に潜入した時もついて行くと譲らなかった。  

 

 結局は機体回収の為に外で待機してもらったが。

 

 「カース様、今回の件はアレで良かったのですか?」  

 

 「十分だ。下地は出来た」

 

 二度の統合戦争により世界は再び二極化の勢力図に移行しつつある。

 

 勢力拡大を図る統合に対する反発はこの先苛烈になっていくだろう。

 

 そしてそれに対抗する勢力もまた軍事力の増強に舵を切る。

 

 新たなフロンティアである外宇宙への進出もあるのだから対立はより深刻化する。

 

 「そこに商工連合が加われば」

 

 「情勢はさらに混乱の一途を辿るという事ですね」

 

 「そうだ」

 

 カースは奥にある部屋に入ると二人の男がテーブルを挟んで対面に座っていた。

 

 一人は屈強な軍人風の男でもう一人は黒髪の優男だった。

 

 まるで正反対にも見える彼らの前にはチェス盤が置かれている。

 

 どうやらまたチェスをしていたらしい。

 

 「カースか。概ね上手くいったようだな」

 

 屈強な男ゲオルク・ヴェルンシュタインが盤上の駒を動かしながら話しかけてくる。

 

 「ああ、予定通りだ。商工連合も力を得、ヴェクト・グロンルンドも始末出来た。顧客も戦死であるなら納得せざる得ないだろう」

 

 「奴は優秀ではあるが、やり過ぎた。これ以上はマイナスしか生まん」

 

 そこで黙って話を聞いていた黒髪の男が初めて口を開いた。

 

 「顧客の要望で行われていた研究の概要は?」

 

 「くだらんものさ。確か不老不死の研究だったな。何時の時代も権力者たちはそんな夢を追い求めるか」 

 

 「ああ、試作型のナノマシンを使って外見のみならある程度若さを保つ事が可能らしい。個人差はあるようだがな」

 

 「ほう、詳しいじゃないか」

 

 「私や№Ⅰもその研究の試験体として使われたからな。ともかく奴の研究データはすべて引き上げ、すでに引き継ぎも済ませている」

 

 「そうか」

 

 黒髪の男が笑顔を浮かべ、駒を進める。

 

 「となると後は『彼ら』の件と統合……クレメンス・イスラフィール」

 

 「『彼ら』には何も出来んよ。なら今は泳がせておけばいい。だがイスラフィールの件は簡単にはいくまい。奴は油断も慢心もないのだから」

 

 統合は彼らにとっても重要な駒。

 

 だからこそ駒として動かせなければ意味がないのだ。

 

 しかしイスラフィールはそれを良しとはしないだろう。

 

 「それも焦る必要はないさ、精々統合を大きくしてもらおう。そして役割が終わった後に消えて貰えば良い」  

 

 アズラエルは焦り過ぎた故に。

 

 ジブリールは愚劣過ぎた故に。

 

 そしてイスラフィールは有能過ぎたが故に消える事になるのである。

 

 黒髪の男は笑みを浮かべて駒を進める。

 

 「チェッククメイト」

 

 「お見事」

 

 盤上のゲームを推し進めたように彼らは陰で蠢き続けていくだろう。

 

 

◇ 

 

 

 世界の在り様の変化。

 

 地球圏統合政府との併合を望む国家の増加。

 

 アムステルダム商工連合の防衛軍結成。

 

 外宇宙進出の為の準備。

 

 脅威に備えた軍備拡張。 

 

 調和条約同盟内部の問題も片付いていないのに、その道行は明るいとはお世辞にも言い難い。

 

 それでも今回の『第二次統合戦争』における被害は最小限度に止められた事は幸いだった。

 

 さらにはテタルトス月面連邦国との関係改善も進み、ゆっくりとだが安定への道筋も見え始めている。

 

 「今回の件はご苦労だったな、レフティ大佐、良くやってくれた」

 

 グラオ・イーリス司令官であるイザークに呼び出されていたヨハンは賛辞の言葉に頭を掻いた。

 

 「いえ、私は何もしていませんよ。エスカトロジー攻略に成功したのはモビルスーツ隊の奮戦とテタルトスの協力があればこそです」

 

 実際ウリエルがやっていたのはモビルスーツの補給と回収と負傷者の収容くらいだ。

 

 奇襲を行った三機のガンダムのパイロット達こそ本当の功労者だろう。

 

 「相手の大半が正規軍でなく、素人揃いだった事も幸いしたがな。だからこそ疑問も残る訳だが」

 

 「エスカトロジー及びモビルスーツの開発、製造をどこで行っていたのか、ですね」

 

 「そうだ。これからも調査は継続する。だが当面大きな武力衝突はないだろう。これからは政治的な駆け引きが増えていくだろうからな」

 

 「それは助かります。此処の所碌に休暇も取れませんでしたからね」

 

 「ああ、ゆっくり休め。ただしそれが終わればまた働いてもらうがな」

 

 イザークの言葉に笑みを浮かべたヨハンは敬礼して部屋を退出する。

 

 それを見届けたイザークは手元の端末を操作した。

 

 「このデータ」

 

 端末に表示されていたのは商工連合のコロニーで回収したものだ。

 

 欠損していた部分もあったが中身は確認できた。

 

 正直、見たくもない身の毛もよだつ人体実験の記録や検証結果などが記載されている。

 

 その中にある名前を見つけたのだ。

 

 『sagami』『hawke』『clyne』

 

 『yamato』『carriere』 

 

 記載されたこれらの名は皆、イザークの知己のもの。

 

 だが彼らは『第一次統合戦争』にてMIAとなっている。

 

 その内の一人は戦闘に参加した訳ではないが戦争終結後にプラントから姿を消し行方不明だ。 

 

 「……生きて連中に捕まっていた?」

 

 それならば未だに連絡がない事もある程度は納得できる。

 

 しかしもしそうだとするなら彼らは今何処にいるのだろうか?

 

 ヴェクト・グロンルンドの研究施設の探索は行われているが、世界各地に点在しているらしく多くは発見には至っていないのが現状である。

 

 その内のどれかに捕まっているのか、あるいはもう―――

 

 「いや、まだ断定するには早すぎる」

 

 これはあくまでも予測に過ぎない。

 

 現に此処には入力されたデータは無く、あくまでも名前が記載されているだけ。

 

 名前の記載は予定を記したものに過ぎず、戦争終結後に彼らを捕らえるつもりだったのかもしれない。

 

 「後は『αとβ』……それに幾つかの研究体。実験で生み出された子供達か」     

    

 イザークにも子供は居る。

 

 だからこそこの実験自体に虫唾が走るし、生み出された子供達の事が不憫でならない。

  

 しかしその子供達の行方すら不明。

 

 それにヴェクト・グロンルンドの研究が持ち出された形跡もあるという。

 

 「誰が持ち出したのか。しばらくは油断できんな」

 

 戦争とは違う別の戦いが始まる事をイザークは予感しながら、端末を操作していった。

 

 

 

 

 『第二次統合戦争』終結からしばらくの時が流れた。

 

 水面下においては各勢力の緊張は続き、小さな諍いは絶えない。

 

 だが政治的な衝突と交渉を繰り返しながら、それでも世界は緩やかに閑静な時代を迎えつつあった。

 

 「よし、これでいいな」

 

 着替えを済ませたアオイは時間を気にしながら足早に部屋を出る。

 

 時間にはまだま余裕があるが、今日は用事がある。

 

 出来るだけ余裕を持って動きたい。

 

 「おはよう」

 

 リビングの扉を開けると、テーブルで食事を取るルシアとステラの姿があった。

 

 「おはよう、アオイ」

 

 「もう出るのかしら」

 

 「うん、待ち合わせしてるから、余裕を持って行きたい」

 

 アオイは今、二人とオーブで暮らしている。

 

 ステラの体は完全にとはいかないものの、ようやく普通の生活が送れるようになっていた。

 

 もちろん病院に通う必要はあるが、以前に比べても格段に状態が改善されている。

 

 これはテタルトスの技術協力によるものだった。

 

 元々彼らは高い医療技術を持ち、昔とはいえヴェクトの研究にも関与。

 

 そして現在運用している強化兵のデータを持っている。

 

 故に同盟よりは高いレベルでステラの治療が可能であると前々から言われていたのだ。

 

 『第一次統合戦争』からの軋轢がある為に現実的なものではないと思われていたが、今回の戦争である程度関係が改善された。

 

 今ならば可能かもしれないとステラの治療依頼をカガリが掛け合ってくれたのだ。

 

 「じゃあ行ってきます」

 

 「アオイ」

 

 ステラが無邪気に抱き着いてくる。

 

 「行ってらっしゃい」

 

 「うん」

 

 柔らかいものが当たっていて色々不味い。 

 

 それに笑顔を浮かべていた筈のルシアの視線が険しいものに変わっている。

 

 機嫌が急速に悪くなっているのが手に取るように分かった。

 

 「……ヤバい」

 

 「ゴホン! ステラ、アオイから離れましょうね」

 

 「えぇ~」

 

 一見穏やかに見えるところが一層怖い。

 

 不満そうな声を上げるステラを宥めて引き離すと急いで玄関に向かう。

 

 「車に気を付けて」

 

 顔を寄せ素早くアオイの頬にキスをしたルシアは笑顔で手を振った。

 

 それを見ていたステラと揉めていたようだが、聞こえないふりをして家から飛び出した。

 

 「時間はまだ大丈夫だよな」

 

 しかし待ち合わせの相手は時間より早く来ているだろう。

 

 必要以上に待たせる訳にはいかない。

 

 待ち合わせ場所に急いで走っていると案の定、相手がすでに来てるのが見えた。

 

 「お持たせしました、大尉」

 

 待っていたのはスウェンだった。

 

 私服に身を包み、大きな旅行鞄を手にしている。

 

 「いや。中尉こそ早かったな」

 

 「大尉が待っているだろうと思っていましたからね」

 

 「そうか。大佐やステラには見送りは良いといっていたんだが」

 

 「そういう訳にはいきませんよ、大尉がせっかく夢の一歩に踏み出すっていうのに」

 

 「夢の一歩と言っても、軍から出向するだけだがな」

 

 スウェンは上からの命令で『D.S.S.D』へと出向する事になっていた。

 

 外宇宙用の機体のテストパイロットを務めるらしい。

 

 「そういえば中尉もやりたい事があると聞いたが、確か教師だったか」

 

 「そんな大層なものじゃありませんよ、軍はやめられませんしね。ただ自分に出来る事は何かないかって考えて。やれる事があるとすれば自分の体験を伝えていく事ぐらいかなって」

 

 ずっと考えてきた。

 

 奪ってばかりだった自分でも出来る事はないかと。

 

 だから出来るのは伝える事。

 

 この先の時代を歩む者に繋いでいく事だ。

 

 痛みも、苦しみも。

 

 この時代に起こった出来事を後の子供達に伝えていきたい。

 

 そうすればこの先に起こるかもしれない悲劇を少しでも食い止める事が出来るかもしれない。

 

 悲劇が起こったとしても、どうすればいいのか考える切っ掛けになるかもしれない。

 

 そうなれば自分の歩んできた道も決して無駄ではなかったのだと胸を張れると思うのだ。

 

 「そうか。上手く言えないのだが、きっとそれは大切な事だと思う」

 

 そこに時間通りにバスが走ってきた。

 

 「時間のようだ。中尉、今まで世話になった」

 

 「大げさですよ、世話になったのは俺の方です。何かあれば連絡ください。すぐに駆けつけますから」

 

 「そうだな。その時は頼む」   

 

 「はい!」

 

 差し出された手を握り、バスに乗り込んだスウェンを見送った。

 

 スウェンはこれから自分で選んだ道を歩んでいく。

 

 そしてアオイも同じだ。

 

 今日も子供達が待っている。

 

 彼らは戦争で親を亡くした子供達だ。

 

 中には敵を恨み、憎んでいる子もいるだろう。

 

 かつてアオイがシンを憎んだように。

 

 でも、それではあまりにも救われない。

 

 「救いたいなんて思ってないけどな」

 

 それは傲慢というものだ。

 

 アオイがステラの言葉で踏みとどまれたように、自分の言葉で変わる切っ掛けになってくれるならそれで十分。

 

 「さて行こうか」

 

 時間はまだまだある。

 

 焦らず行こう。

 

 明るい日差しが照らす道をアオイはゆっくり歩き始めた。

 

    

 

 

 

 

 

 

 episode Exelion C.E.79 END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い宇宙の闇の中を一隻の船が航行していた。

 

 操縦席に座るのはエレボス内部に突入した二人の男性だった。

 

 二人は手に入れたデータを読み取りながら、険しい表情で唸っていた。

 

 「エスカトロジー攻防戦でヴェクト・グロンルンドは死亡したらしい」

 

 「でも、彼は研究を引き継がれているだろう」

 

 「ああ、それに奴の事だ。もしもの場合の保険は用意していただろうしな」

 

 二人はヴェクト・グロンルンドの用意周到さをよく知っていた。

 

 流石にエスカトロジーに乗船したと知った時は驚いたが、奴なりに問題ないと判断していたのだろう。

 

 もしくは危険だと察知できない程に冷静さを失っていたか。

 

 どちらにせよ本人が死亡したとはいえ、事態はまだまだ終息しないだろう。

 

 「奴の遺産はすべて破壊しなければならないが……『連中』の本拠地もまだ判明していないしな」

 

 「うん。繋がっているのは間違いなく商工連合だろうけどね」

 

 「そこから虱潰しにしていくしかないか。勿論、今まで以上に慎重にな」

 

 二人が結論を出したその時、操縦席に女性陣が入ってきた。

 

 「お疲れさまです」

 

 「食事持ってきましたよ」

 

 ピンクの髪の女性と赤い髪の女性が食事を手渡してくる。

 

 「ありがとう」

 

 「次の目的地は?」

 

 「一度コロニーに戻る。しばらくは情報収集を優先だ。子供達をいつまでもシャトルに置いておくのは気が引けるしな」

 

 「そうですか」

 

 「子供達も喜びます」

 

 笑顔を浮かべた女性陣が皆に知らせに戻っていく。

 

 「……出来れば安全な場所で静かに暮らさせてあげたいけど」

 

 「今は無理だ」

 

 「うん」

 

 彼らの戦いは続く。

 

 それは最初の大戦を乗り越えた時から二人共覚悟していた事だった。

 

 「今が踏ん張り時だぞ、覚悟は出来てるだろう?」

 

 「勿論だよ」

 

 二人の表情に迷いはない。

 

 昔も、今も、これからも戦う理由は同じだ。

 

 「俺達も行くか、キラ」

 

 「ああ、行こう、アスト」

 

 次に向かって歩き出す。

 

 進む先は昔と変わらず暗闇だ。

 

 それでも決意は変わらない。

 

 大切なものを胸に抱き、二人は前に向かって歩いていく。

 

 これからもずっと。 




これで終わりとなります。
今まで読んでいただいた皆様、ありがとうございました。

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