本名:ジャラール・エル・ファッシ
モロッコGIGR出身オペレーターで司令官の異名を持つ老将
厳しい口調だが、若手であろうと話に耳を傾ける柔軟な対応力のある性格
天井に貼り付けて電流を流すガジェット、RTILAエレクトロクロウをもって電子機器依存の恐ろしさをサッチャーと一緒に教えてくれる
日本・北海道。ユーリは1ヶ月ぶりに自宅へ帰ってきた。任務や訓練はもちろん、日本に住む学生達にテロの恐ろしさを伝える講師として飛び回っており中々自宅へ帰られない。スーツを脱ぎ普段着へ着替えると妻の待つリビングへ向かう。
「ママただいま」
「おかえりなさい。どうでしたか?」
「新兵達の教育は仲間達に任せられるが、公開授業だけは自分でやらなきゃいかんから、ちょっと疲れちゃって」
「あらあら。向こうでもパパなのね?」
娘をそのまま歳を取らせた雰囲気の女性が少しからかいながら笑う。
「よしてくれ、あんなに筋骨な息子達はいないぞ」
「ふふ・・・あ、そうそう、明日高校の参観日でした。パパも来るかしら?」
「え?参観日?・・・そうか、あの子の・・・よし3人で行こうじゃないか」
「3人?真田君も誘うの?」
「あぁ。将来家族になるんだ、あの子のことを知っておくチャンスだと思うぞ」
日本・東京。参観日当日、フォーマルな服装のケブンスキー夫妻と源太はアナスタシアの通う高校へ赴き、彼女が普通の高校生として頑張る姿を見る。苦手な国語だからだろうか、普段よりも消極的な姿勢が目立つ。母と源太は優しく微笑みながら見守っているがユーリは身を震わせて我慢しているのがわかる。二人はその理由がわかったが、他の保護者の目が彼に集中しているので源太はユーリを連れて廊下に出る。
「だめだ、あの子が困ってるから助けてあげたい!」
「落ち着いてください。ここで出たら、彼女のためになりません」
「しかし・・・」
「俺も気持ちわかります。ですがこれはあの子の戦い、俺達が手を出すのはご法度です」
「うぅ、わかった。なんとかしよう」
ユーリが暴走することなく無事授業は終わった。しかし、ユーリが暴走するのは三者懇談ならぬ五者懇談の時だった。去年とは違う教員で、どちらかと言えば高圧的な態度で話すような人間だった。
「お嬢さんは女子高時代、つまり一年生の頃から理系は優秀です。ですが、国語の伸びがいまいちですね。このままでは志望校はおろか滑り止めも危ういでしょう」
「あの子のまわりでは日本語を教えてくれる子達がいますし、今ではそこにいる家庭教師の真田君がいます。ですから大丈夫で」
「甘い!一般の子は塾に通いながら頑張ってんですよ?だいたいアイドルなんて遊びはんぶ!?」
鬼も黙らせる顔をしたユーリが担任の口を右手で塞ぎ、そのまま握力を入れていく。アナスタシアと母は彼の突然の行動に驚くが、源太が静止させる。
「それ以上ふざけたこと言うならこのまま貴様の顎を砕き麻酔無しで歯を抜き、鼻と耳を潰す。娘は真剣にやってるんだ、頑張りを嘲笑うのはクソの証拠だ、恥を知れ!」
解放したかと思えば、今度は左腕で胸倉を掴み持ち上げる。
「わかったら口を慎め。二度とふざけたことを言うな」
乱暴に肩に担ぎ上げ教室を出ようとする。
「私は校長と話をする。3人は先に帰っておくれ。なに、さっさと終わらせるさ」
校長と話をつけた後日、騒ぎを聞いたシックスから1週間の謹慎を言い渡された。本来彼が行くはずだったSITとの合同訓練にはモロッコのGIGR出身オペレーター、ジャラール・エル・ファッシことカイドが派遣されることになった。
白髪の似合う体格の良い還暦の男、カイドは合同で訓練しているSIT隊員達の顔を見て、ただでさえ険しい顔が一段と険しくなる。
「お前達、SATから4人レインボーに選出されて悔しくないか!闘争心も見えない、ましてや対抗心も見せないその面構えに加え、動きが鈍いときた。東京が安全な時代は終わったんだ、気を引き締めろ!」
これには理由があった。3階建て民家を模した施設で防衛側として戦っていた際、ホワイトマスクよろしく大きな足音をしながら多人数で動き、そのうえ狭い入り口からの多人数による突入で渋滞を起こし源太の模擬グレネード弾の餌食になって訓練にすらならなかったためだ。
「狭い場所では少人数ずつで攻めるんだ、多すぎるとさっきの渋滞になるうえに無駄に屍が増えるぞ。それと今回のシチュエーション覚えてるか、答えろゲン!」
「人質救出です」
「それなのにどうして足音立てて走るんだ!下手したら人質殺されるぞ!」
何も言えず項垂れるSIT達。このままだと朝まで座学コースになると判断した源太はカイドの前に出る。
「要点を抑えようか。まず、狭い場所での突入は多くて5人ぐらいまで、足音に気をつけて無暗に走らない。攻撃ポイントは予め絞っておく。そして神経を研ぎ澄ませる。以上だ」
憤怒するカイドを落ち着かせるため、一度休憩室に戻る。
「なぁゲン、お前本当に日本人なのか?」
先ほどの怒りが嘘のように冷めきっていた。
「え?」
「ストイックで電子機器にあまり頼らない戦い方、明らかに敵を倒すためにあるガジェット。日本人独特の媚びがない。俺の評価はこうだ」
「俺は昔から自力で問題解決してきました。無論、他の方の力も借りての解決もありましたが基本的に一人の力だけでした。今思えば粋がってた寂しい奴だったのではないかと」
「お前ならそう答えると思った。でも俺としては筋を通して生きる若者が多く居てもいいと考えてんだ、そうだろ?」
「手本を示せば、山でも動く。あなたの言葉でしたね、SITに突入のいろはを見せに行きます」
「それがお前の良さだ。だが、まだ若い連中に負ける気はないんでな」
訓練を再開し、活き活きと動く二人に感化されたのか、SIT隊員達の動きが先ほどとは打って変わって思考を巡らせたメリハリのある動きになった。これにより両陣営にとって有意義な訓練になったのは言うまでもない。
訓練から数日後、日本に来たついでに今後の方針を話し合うため、ユーリに遭いに行くことにするカイド。その途中、向こうから走ってくる黒い服を着たおかっぱ頭の少女が彼にぶつかった。少女は尻もちをつきカバンの中身を派手に散らす。
「すまん大丈夫か?」
「あ・・・その・・・ごめんなさい」
「この様子じゃ大丈夫みたいだな、中身拾うの手伝おうか」
カバンの中身を全て拾い、そのままセーフハウスへ行こうとする。すると、空に暗雲が立ち込めてきた。
「どうしましょう、お傘を忘れてきました・・・」
「この肌寒い時期に雨か。君、俺と一緒に来い。知り合いに傘を借りる」
「でも・・・おじ様の迷惑に」
「年頃の子供が冷たい雨に濡れることほどつらいものはない。安心しろ、信頼できる人間だ」
そのままカイドの後ろをついていく少女。彼の判断のおかげか、幸いセーフハウスに着くころに雨が降り出し惨事は免れた。
「ジャラール、この子はどうした?」
「すまないが彼女に傘を貸してくれないか、雨降りなのに持ってないんだ」
「それなら私の車に乗って目的地まで送ろうか?心配するな、ちゃんと送り届ける」
ユーリが運転する車に乗り、カイドは少女に質問する。
「君は何に怯えている。もっと胸を張って歩かないと先ほどみたいにぶつかるぞ?」
「・・・おじ様達は不幸が怖くないのですか?私がいると不幸が襲ってくるのではと」
「不幸?どうしてまた」
「道を歩いていると鉢植えが頭上から降ってきたり、スリに財布盗まれたり、テロに遭遇したり・・・」
ユーリとカイドは年端のいかない少女が想像以上に苦労しているのだと確信する。
「これまた・・・でもこうやって生きてるのだからもっと自信もっていけ、人間は前を向いて歩いて行くしかない。例え砂漠の真ん中に放り込まれても、だ」
カイドはさらに続ける。
「もしだ、君を陥れようとする不逞な輩が誘惑してきたら、迷わず逃げるか隠れるかして安全を確保し、コッソリと助けを呼べ。信頼できる大人か友人達が助けに来てくれるだろう」
「その人達が不幸にあったら・・・」
「例え不幸が降り掛かろうとも、大事な仲間を守るためなら命を投げ出すものさ。それに、変な心配はかえって迷惑になる」
自慢の髭を触る。カイドはいつものクセで説教臭くなっていることに気がつく。
「すまんな、老いぼれの説教は嫌だろう」
「・・・いえ、とても勇気をもらえました・・・ありがとうございますおじ様達」
「私は何も話してないが、目を見る限りだと心優しい感じがわかるよ。・・・おっと、目的地はここだったね、着いたよ」
乗る前と違っていい笑顔で降りていく。少女を見送ると、ユーリは思い出したかのように呟いた。
「歳を取ったな。昔だったら怒鳴ってるのに」
「ユーリ、お前は短気すぎるんだ。あのぐらいがいいんだよ、一般人にはな」
「フッ、確かに。あれをカルロスやエラにしても腹抱えて笑うだろう」
「それはそうとだな。仕事の話をしたい、場所を移さないか?」
そのあと、新兵達向けの訓練についてを夜まで話し合うことになった二人。纏まった案をシックスに提出し通ったのは別の話。
カベイラの噂
フェイスペイントを落とすと誰かわからなくなるため、素顔で諜報活動をすることが多いらしい