クリスマスのヘリフォード。任務を終え帰還報告を済ませた源太は自室でスマホを見る。しかしSNSに恋人からのメッセージはない。
「今こっちが昼だから日本は夜だったっけ」
少しマヌケな顔をしながら普段着に着替え、背面からベッドへダイブする。ふとアナスタシアから聞いた身の上話を思い出す。小さい頃、ロシアにいた頃は日本人と指を差され、日本ではロシア人と冷ややかな目で見られていた。それだけでなく、日本語もあまりしゃべれないため幼馴染と呼べる友達がいないことも。源太はその話を聞いた時、優しく抱き寄せ、側にいてあげられなくてごめんと謝ったのだった。
「・・・さてと、彼女のクリスマスプレゼントを取りに行くか」
先日、ジュエリーショップで見つけたシンプルなシルバーのリング。他の宝石のついたリングに比べると決して華やかではないが、飾り気のないそれに目を魅かれ、アナスタシアの名前と自分の名前を彫ったものを予約したのだ。
「でもやっぱなんか寒いし部屋で筋トレでもするか」
途端、無線が入る。シックスからだった。
「こちら源太」
「ゲン、客人だ。基地前のゲートで待ってる」
何事かと思いゲートまで行ってみると、いるはずのない人物が待っていた。銀のショートカットに青い綺麗な瞳の少女、アナスタシアだった。
「いつヘリフォードに!?」
「えっと・・・4日前、リナとリョウとアオイと一緒にお仕事に来たので、会いたくなって来ました!」
「うっそ気づかなかった」
「パパには言いましたよ?」
恥ずかしさのあまり思わず頭を掻いてしまう源太。対する彼女は首を傾げている。
「サプライズってことね。やられちゃったな」
東京より冷え込むこの町を二人並んで歩く。さすがといったところか、凍る道の上でも上手に歩いている。
「俺さ、初めて来たときしょっちゅうコケてたんだよね」
「アーニャも小さいときはそうでしたよ?」
「雪国生まれじゃないから苦戦してたんだよ。まっ今は慣れたけどね」
実を言うとヘリフォードで彼女とデートするのは初めてである。互いに多忙なため源太が時間を作って来日してくるケースばかりだった。そのため今日は新鮮さがあった。
「寒くない?そこのカフェ結構評判だから休んでいく?」
ドアを開け店内に入るとマスターが二人の方を見る。マスターは寡黙で温厚な性格で、まだイギリスに慣れていない源太を精神面でサポートしてくれた、いわば恩人である。源太は初めて店に入って来てから気に入っているカウンター席に座った。
「隣座って」
源太の左隣に座る。正直、あまり落ち着いていないがシックな雰囲気の店内は彼女を落ち着かせるには十分だった。
「今日は、誰もいませんね?」
「結構冷え込んでるからね。クリスマスといえど外に出たくないもんさ」
頼んでもいないのにミルクティーが二人の前に出される。
「それに昼飯時終わってるから基本的に穴場なんだよこの時間」
「・・・」
「何か顔についてる?」
「落ち着いてないですね?」
「そうか?俺はいつだって平静を保ってると思うが」
何故彼女が落ち着いてないと言うのかわからない。外の雪が強風で舞い窓を叩く。一瞬にして一寸先も見えなくなった
「酷くなっちゃったな。帰る頃には止むといいけど」
そうは言ったが吹雪が一向に止む気配がしない。途端、ドアが開き一組の男女が入ってくる。
「ふぃ~、涼ちゃん大丈夫?」
「アタシも子どもじゃないんだからさ、心配しすぎなんだよレイモンドは」
レイモンドと涼だった。任務の時は真面目で熱くなりやすい彼なのだが、彼女と二人きりの時は鼻の下を伸ばしデレデレして公の場では見せられないほどだらしない男になる。もっとも、今回は冬の厳しいヘリフォードを歩くので普段寄りの顔であるが。
「アレ、ゲンさんとアーニャじゃないか?」
「ホントだ。何してんだよお前!」
「二人共どうして!?」
「何って、デート?」
「そうじゃねぇよ。こんな吹雪の中歩くなよって話だ!」
「俺も止めたよ、でも涼ちゃんが歩いてみたいって言ったから折れちゃった」
「・・・まぁいいか。お前がいるってことは他のメンツもどっかにいるのか?」
「ゴローは葵ちゃんのいるホテルに行ってそこでヘリフォードのこと教えてて・・・あ!?」
「今度はなんだ!?」
「里奈嬢が薄着のまま出て行ってヨハンが探してんだよ、俺達の協力拒んでさ」
「こんな視界の悪い日に英語のできない薄着の女の子が街を歩くのは自殺行為だろ」
心配になり捜索に行こうと思った矢先、レイモンドのスマホが鳴る。
「ちょっといいか?・・・朗報だ、無事に確保したらしい。ホテルに近い場所で蹲ってたんだって」
「人騒がせだな全く」
その後、特に何もなく時間が過ぎていく。太陽が沈むころには吹雪が止んでいた。
「アーニャちゃん、実は君と一緒に行きたい場所があるんだ。ちょうど吹雪も止んだしいいかな?」
二人でジュエリーショップへ向かう。黒をメインにした高級感漂う店内にアナスタシアはソワソワする。
「注文した真田です」
「いらっしゃいませ真田様。ご注文のリングでございます」
ケースに収められたリングを左手で取る。
「左手を出してくれる?」
左手を差し出すと、少々慣れない手つきで薬指にリングをはめた。
「高校卒業したら、俺と一緒に居てくれませんか?」
突然の求婚の告白による驚きと喜びがアナスタシアを襲う。無論、どのような返事をすればいいのかわかるが言葉にするのは興奮のあまりできないでいた。
「え・・・え?」
「だからその、なんだ、家族になろうって」
「いえ、その・・・アーニャでよかったら、お受けします・・・」
「ありがとう!」
源太は柄にもなく彼女を強く抱き寄せた。アナスタシアもまた、彼の背中に腕を回す。映画のワンシーンにも似た光景に、従業員及び客達は盛大な拍手で祝福してくれた。だが、シックスからの電話が空気を台無しにする。
「・・・ごめん電話だ。こちら源太」
「今大丈夫か、アムステルダムでテロリストハントを頼めるか?連投で申し訳ないが人員がいないのでな」
「了解、すぐに向かいます」
電話を切り、アナスタシアを見つめる。
「すまない、急な仕事が入った。今後の事は後でもいい?」
「ダー、一緒にゆっくり考えましょう。焦っちゃ、ダメですからね?アーニャは一人で帰れますから、安心してください」
魔法にかけられた時間は終わりを告げ、悪い魔法使いを狩りに行く時間が始まった。この時、彼の顔は一人の戦士の顔になり、ヘリフォード基地へと戻っていく。アナスタシアはホテルへ帰る途中、ヘリが東へ飛んでいくのを見る。飛び去って行くのを見送った後、再び帰路につくのであった。
ヴィジルのうわさ
同じマスクが部屋に複数枚飾ってあるらしい