日本・東京にある346プロ女子寮。イ草の匂いがしそうな和室にいたのは、背筋をまっすぐに正座する黒髪の女性。名は水野翠といい、弓道をこよなく愛する礼儀正しい性格をしている。
「聞きたいことがあるのであなたを呼びました」
「え?っちょっとさ、かたっ苦しくない?」
「仁美さん、こっちは真剣なのです」
彼女に呼ばれ、正座で足が痺れて震えている仁美を前に熱い眼差しを向ける。
「今川ユミコ、ご存知ですよね?」
「ユミコ・・・あぁ、ユミコさんのこと?」
「あの方に一度でもいい、お会いしてみたいのです!愛知の弓道女子の中ではヒロイン的存在なのです!」
「そ、そうだったの!?」
仁美が知っているのは、今川精肉店を営む夫妻の爽やかな一人娘で今は海外で暮らしていることと、帰って来ても店の手伝いで休めていないことだけだった。それ以外は知らないと答えると、今度は肩を持って揺さぶってくる。
「アポの取り方を知りたいので教えてください!」
「痛い痛い、痛いから落ち着いて!」
後日。詳しいアポ方法を知るため、シンデレラプロジェクトのプロデューサー・武内に話をする。仁美の話の中に彼の名前があったからだ。
「なんのご用件ですか水野さん?」
「今川ユミコさんに直接お会いしたいのです。よろしければ」
「教えることはできません」
普段通りの落ち着いた口調で拒否した。
「何故ですか!?」
「あなたが想像しているより多忙だからです」
「・・・」
「これから撮影なので失礼します」
食い下がれなかった。弓道では感じたことのない、冷たく固い意志に負けたからだ。
(なんだろうアレ、まるで眠れる獅子を起こしたような・・・)
背中に氷が当たる感覚に襲われた翠は、レッスンを思い出しスタジオへ走る。柄にもなく焦っていたためか、前を歩く通行人にぶつかり尻もちをついてしまう。
「ちょっとアンタ大丈夫?ほら立ちなよ」
程よく肌の焼けた日本人女性が手を差し伸べる。その手に掴まり立ち上がった。
「すいません、私からぶつかったにもかかわらず」
「いいんだけどさ、急がなくていいの?」
「!?し、失礼します!」
走り去る翠を見届けると、スマホを取り出し電話を掛ける。
「もしもし仁美ちゃん。全額払うから今からカラオケ行かない?・・・レッスンあるからダメってさ、そんなに真面目だったっけ?あぁゴメンってば、わかってるよわかってる。だったら夕方からじゃダメ?・・・よっし、あやめちゃん達も誘って盛り上がろっか。じゃね」
通話を終えたと思ったら、今度は別の人間から電話が掛かってきた。
「今休暇なんだけど何?・・・私に会いたい子がいたのホントに?・・・弓道アイドル水野翠って子がねぇ。まぁ条件付きで会ってあげてもいいかな、しばらくコッチにいるからさ。アポちゃんと取ってね、タケちゃん」
通行人の女性こと、今川ユミコは何事もなかったかのように何処かへ行ってしまった。
数日後。翠は地元愛知でロケの仕事をしていた。しかも、訪問先に今川精肉店があり、普段より俄然やる気が出ていた。
(もしかしたら会えるかもしれない。今後のため、いろいろ話を聞かせていただきます)
だが、精肉店で待っていたのはユミコではなく、ユミコ母による2時間ドラマ級の惚気話だった。もはや放送事故どころかお蔵入りしてもおかしくない事態になりそうなったその時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「お母さん。このままだと番組放送されないよ?メディアに出る時はその話禁止って言ったよね?」
「いいじゃないのよ~、尺をうまくカットできれば」
「レポーターの子、困ってんのわからない?綺麗な顔が台無しになるくらいゲッソリしてるじゃん」
裏方から出てきたのは、翠がぶつかった、あの女性だった。
「ごめんなさい。喋ったら止まんないところがあって」
「い、いいんです。それより」
「?」
「あなたが今川ユミコさんですね!私水野翠と申しまして、あなたを目指して弓道やってきました。ご教授のほど、お願いしたいのですがよろしいでしょうか!?」
先ほどまで気力が尽きそうだった翠が復活し、今度はユミコを困らせる。撮影陣はもちろん、ユミコ母もドン引きしていた。
「ちょっちょっと待って、教えるなんて無理よ。だってもう教えることないぐらい腕がいいって見たらわかるもの」
「そ、そんなぁ・・・」
「あーでも、ひとつだけ、言っておきたいことがある。天然って言われたことない?」
「よく言われます、なんででしょう?」
「たぶんその単純なところが成長してるからだと思う。でもそれがあなたの良いところだから、忘れないでほしいわね」
無事にロケを終え、普段の彼女と憧れの人に出会った彼女のギャップが話題を呼び、視聴率が大幅に上がったらしい。
放送から数日後、ヘリフォードに戻り、自分用の武器庫に掛けられた和弓を手に取り、矢をつがえず引いてみる。数分後、弦が握られた右手を放すと寂しくコダマした。
「矢があったら俺射抜かれてたぜ」
「・・・サッチャー」
気がつくと格子越しにサッチャーが立っていた。顔は何故か笑っていた。
「イギリスのアーチェリーと違うな。無駄が省かれててシンプルだ」
「何が言いたいの?」
「お前、もしかして嬉しいことでもあったか?」
「えぇそうよ。悪いかしら」
「いや全く。単純だから顔に出てるぞって話だ」
以前言った翠に対しての一言が、まさか自分に返ってくるとは思いもしなかった。
「プライベートで何があったのか聞かんが、集中と呆然は違うぞ。今日は誤射が多かった。相手がカルロスだから良かったが、俺だったら怒ってた」
そう言うとそのまま去って行った。ヒバナも弓を元の位置に戻すと武器庫を後にした。
(弓道女子って似てんのかな)
リージョンのうわさ
ギャンブル運は悪くないらしいが、スモークには負け越しらしい