ダンジョンでウホッするのは間違っているだろうか。 作:アルとメリー
たまにあげる
揺らめく焔が辺りを優しく照らす。
そこはヘファイストスの個人的な執務室の一角。ヘファイストスのために用意された鍛冶場であった。
そこで一人の女性が無心で槌を振り下ろす。
それは女性の胸の形に成形された紅の結晶のようであった。
一枚の鱗をどのような技術でその形へと変えたのか。
鱗の質感と美しさ、深い紅を全く損なうことなく造る技術はまさに神代のもの。
滴り落ちる汗をぬぐうこともせずに無心で槌をふるう。
それはいつから続けられているのか。
ただ硬質な音のみが響き渡る。
切り取ればそれは絵画として残したくなるほどの美を感じるその空間。
それは一人の違う女性によって崩されることとなる。
遠くから人の喋る声をヘファイストスの研ぎ澄まされた耳が捉える。
入り口には眷属が待機しているはずであるがどうやら予期せぬ訪問客が来ているようであった。
「せやから、ファイたんに会いに来たんやってー」
「今ヘファイストス様はご多忙です。誰が、どのような用事であろうともお通しするわけにはまいりません。」
「かたいことはいわんとってーな?いつものことやん、おじゃまするで!」
「神ロキ!いくら貴方様と言えども駄目です!ヘファイストス様は今鍛冶を行っています!邪魔をするなど許されません!」
「おー?せやかてせっかく来たのにはいそうですかって帰れるかい。ファイたん鍛冶するとどうせなかなか出てこんのんやからここは逆に息抜きさせたほうがええと思わへん?思うやろ?」
「おーもーいーまーせん!今ものすごく集中されてるんです!邪魔になります!」
「こ、こら!足に抱き付いてはなしんさい。えーい、ファイたーーーん!」
ヘファイストスは皺の寄るこめかみを揉み解すと大きなため息をついた。
この時点でもうすでに集中は切らされてしまっている。
観念したのか立ち上がると、作成途中のものをマネキンへとかける。
「ほんと、誰のために作ってると思ってるのよもう。」
そう愚痴るとドアを開けて原因の女神へと目線を合わせた。
「何か用なのかしら?」
まだ少し米神がぴくぴくしているのはしょうがないだろう。
「あ、ファイたん!ほれみぃ。ファイたんが親友たるうちをほおっておくわけないやろ?」
「いえ、これはどうみても押しかけだと思います!」
「ええい、もうええやろ。てぃ!」
足蹴にされる哀れな眷属。
「それで、何の用なのかしら?」
「そやったファイたん、一緒にお風呂入りにいこ!」
ぴきりと空間に罅が入る音が聞こえた気がした。
「お帰りはあちらよ。」
出口を指さすヘファイストス。
気持ちは痛いほどわかる。
「いや、ちゃうねん!その、いろいろ相談したいこととかあんねん。でもここじゃあれやからやっぱり神同士で話せるといったらお風呂やん?」
「そんなことはないと思うけど、まあいいわ。なんて言うか完全に集中も切れちゃったし、それに汗かいちゃってるから確かにお風呂に入ったほうがいいわ。」
「せやろ?せやろ?ほな善は急げちゅうことやな!」
「あーもう。相変わらずなんだから。」
ロキに手を引かれたヘファイストスはもう一度ため息をついた。
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かぽん
ししおどしが流れる水に耐え切れずに音を鳴らす。
其処は神々のみが入ることを許された聖域。
清浄なる空気が流れる水場。
つまりは浴場である。
流れ落ちる湯から立ち上る煙の中には二人の女神が居た。
すでに長く湯に入っているのか、一人は浴槽の縁に座っている。
もう一人は湯の中に鼻が隠れるほど浸かっている。
「そろそろいいかしら?」
そう言葉を紡いだのは縁に座っている女性、ヘファイストス。
それに応えるように浮き上がったもう一人の女性が隣に座る。ロキであった。
「そのな?ちょっと相談したいんや。うちの眷属の一人なんやけど。」
うん、知ってた。そう心の中で突っ込みを入れつつ平静を保っているヘファイストスは大人である。
「その眷属がどうかしたのかしら?」
「えっとな、なんていうかなんかしてあげたい思うんやけど何したらええか分からんからファイたんに知恵を借りようかと思ったねん。」
ヘファイストスの思っていたよりも大分ましな相談であった。
「ふうん。まあ参考になるかどうかわからないけどそれぐらいならいいわよ。」
「ファイたんありがと!」
「まあいいけど。それで? とりあえず何か考えてることはあるのかしら。」
「プレゼント作戦や!」
「ロキにしてはまともだわ。」
「なんや酷いな!そんでな、今候補を考えとんねん。ファイたんにもアドバイスもらおうと思うてな!」
「そういうことならいいけど、まずはどんな眷属なのかしら?それが分からないとアドバイスのしようもないわよ?」
聞かなくてもわかってはいるのだが話を聞くためにあえて聞くヘファイストス。やはり大人。
「え!それいわへんとダメやろか!?ううう、なんかごっつ恥ずかしいわぁ。」
いやいやと顔を両手で隠してくねくねする。
「きも」
「え?なんて?」
「いえ、ちょっと心の声が出ちゃっただけだから気にしなくていいわよ。それで、どんな人なのかしら?」
「ものごっつ強い男の子供?なんやけどめっちゃ優しいねん。うちと対等に話せるし物怖じせぇへんのとか
■ ■ ■
そこは豊穣の女神
3人の男女がテーブルを囲み食事をしていた。
「元気出してくださいアイズ様」
そうリリルカ・アーデは目の前の机に額を未だつける女性、アイズに話しかけた。
「だって、だって。」
「物凄く不届きものですね!あのアイズ・ヴァレンシュタインに助けてもらってしかも膝枕までしてもらったのに逃げるなんて。」
「……二回目。」
「え、その人ある意味すごい運の持ち主です。」
そこへ料理が運ばれてきた。
どうやら注文は済ませていたようである。
テーブルに所狭しと料理が置かれ、最後に酒杯が配られる。
ホーリィの目の前にはお猪口
「ホーリィさん、昨日ぶりですね。」
「ん?おおこんばんは。また世話になるよ。」
ホーリィ達を担当する給仕はどうやらリュー・リオンであるようだった。
リリとアイズの盃にお酒を注いだリューはキラリと目を光らせると片手を突き出した。
「ホーリィさん、またジャンケンしましょう。私に勝てたらお酌します。」
「え?今二人には注いでたよね?なんで俺だけ」
「じゃん、けん、ぽん!」
ホーリィの言葉を遮り始まったジャンケン。
人の意識の間隙を突いたその戦いは完全に仕組まれたもの。
そして差し出されたのはチョキとパーであった。
「また負けました。貴方はやはりすごい人なのかもしれない。」
そういうとお猪口にお酒を注ぎ、ごゆっくりと頭を下げて下がっていった。
どうやらホーリィはお酒を飲むためにはジャンケンで勝たなければならなくなってしまったようであるらしい。
「あの店員、笑うところ初めて見た。」
ロキファミリアとしてよく豊穣の女神に来るアイズをして初めてであるらしい。
「まあよくわからんが食べようぜ?」
「そうですね。それじゃあ、乾杯をしましょう!今日もまた食べれる喜びに、乾杯!」
「「乾杯!」」
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「聞いてくださいアイズ様!ホーリィ様は酷いんですよ。こんないたいけな少女をキラーアントの群れの中に放り込んだんです!鬼畜の所業です!」
「それは確かに効率がいいかも。低レベルの鍛錬場所としては、最適?」
「しかも、助けてくれないのです!乙女の柔肌が何度切り刻まれたか。」
そういって握り拳を作るリリの体にアイズは視線を向けた。
「……でも、傷はないみたいだけど?」
「傷を負ったら何故か一瞬で回復しちゃうんです。体力とか、魔力も溢れてきちゃうんです。」
「なにそれすごい。でも、傷が残らなくてよかったね」
「そうなのですが、帰ってきて気が付いたのです。服がもうそこらじゅう切り刻まれてて。ううー。」
帰った後の姿を鏡で見た時、飛び上がったのは言うまでもない。
「ああー、それは分かる。もしよかったらいい防具屋紹介するよ?」
「それはぜひお願いしたいところです。」
「私も防具新調しようと思ってたところ。良かったら明日にでも行く?」
「そうしましょうそうしましょう!」
「それでいいですよねホーリィ様?」
「何でもいいぞ。あ、いや、そうだな。」
ホーリィが二人に視線を合わせる。
「早朝は、リリの朝練にしよう。それが終わって昼からアイズに付き合ってダンジョンに行く感じでどうだ?明日の買物はリリの朝練が終わってから合流ということで。」
ぽかんとしていた二人であるがリリがいち早く文句を言う。
「初耳です。今日のあれをこれから毎日するんですか!?死んじゃいます!断固労働環境の改善を要求します!」
まるでこの世の終わりのような表情である。
「すごくいい。出来ればもっとしたいけど。」
対照的な表情でアイズがボソッと言う。
「まあ、ポータルを開いてるから次からは道中の時間も短縮されるし進みたい放題だぞ。」
「すごい、ホーリィすごく便利。」
脳筋という言葉がここまで似合う二人もいないだろう。
「まあそういうわけで明日はリリは早朝からダンジョン。明日は早めに切り上げて10時ぐらいにバベルの前でどうだ?」
「ううー。でも強くなってるような気がするから断れない……。」
「ファイト。」
リリはアイズの胸に顔を埋めていた顔を上げると割り切ったのかメラメラとやる気を燃やし始める。
「こうなったらやるだけやってやります!そうと決まればちょっと相談なのですが。」
「ん?どうした。」
「自分の戦闘スタイルについて考えてるんですけど、どうしたらいいと思いますか?以前は皆さんの後ろからボウガンで支援とかをメインにしていたんですが、これからのことを考えるとそれだけというのもまずいかと思いまして。ボウガンの効き目がそろそろなくなってくるころだと思うのです。」
リリルカ・アーデとしての方向性について悩んでいるようだった。
それに間髪入れずにホーリィが言葉を挟む。
「あー、俺が思うにリリは前衛が向いてると思うぞ。」
「え?」
「だって、リリは縁下力持っていうスキル持ってるんだよな?重装備でも動きに制限受けないって事だろ?今日もフレイルぶんぶん振り回せていたし。向いてると思う。」
「えっと。理由とかはすごく納得できるんですけどなんと言いますか。乙女としてどうなんだろうと思うのです。」
「すごく強そう。私は筋力とかが伸びにくいみたいだから少し羨ましいかも。」
「ううー、とりあえず頑張ってみます。」
暫くしたらサイゴン鎧を着せてみよう。そんなことをホーリィ心の中で思っていた。