ダンジョンでウホッするのは間違っているだろうか。 作:アルとメリー
ディアブロIIと言うゲームにおいて基本となる遊び方はやはりPvEである。
とにかく敵を倒し、恐ろしい確率と戦い、そして可変値に泣く。
しかし、遂に極まった者達はさらにその先に進む。
自慢の装備を引っさげて、自慢のビルドを構築し、自らを最強だと言う自負とともにやって来る。
それがPvP
己の魂を賭けて育てた分身による戦い。
そんな戦いに負けたものは自分のホームに強制帰還させられる。
死んだ場所へと装備全てを置き忘れ、そして敗北の屈辱を奪われる。
まるでトロフィーのように敗者はその耳をその場へと残すのである。
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廃墟となったソーマファミリアの跡地。
暴虐の限りを受けた生々しい場所で幻想的な光景が生まれていた。
光の粒が集まっていき、やがてそれは人の形を模る。
光が収まる頃、そこには死んだはずのソーマファミリアの面々、主神を含めた全員が存在した。
一様に何が起こったのか解らないと言った顔をしており、そしてそれは自身の神酒、それを作るすべてを失った神も同じであった。
後にソーマの悲劇として語り継がれる、全てが謎に包まれた事件である。
その場には名前とレベルが書かれた耳がなぜか落ちていたと言う。
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リリルカによる執拗な上目遣いによる攻撃を加えられているホーリーではあるが、実質ゼロダメージであった。
「夜も遅いからな。リリは寝ておけ。」
「………ホーリィ様はどうされるんですか?」
一体何が気に食わないのであろうか、リリルカが切り込んだ。
「ん?いや何、ちょっと実験をな?」
「実験?と言う事は何処かに行かれるのですか?」
「そりゃまぁ、ちょっとダンジョンに。」
「リリは放っておくんですか?」
「いや、疲れてるだろうしもう寝る時間だろ?」
「………信じられません。まさかこんなにもわかりやすい据え膳を放置してどこかに行こうなど。はっ!まさか男色!?いえ、先ほどの神ロキとの会話からそれはないはず。だとしたらやはり私の魅力が足りないと言う事なんでしょうか?でも、神ロキの絶壁と比べたら私は豊満といっても差し支えないレベルのはず!まさかそう言う趣味なのでは………。」
ブツブツとまるでこの世のものとは思えない物を見たと言う目でホーリィを見据えて呟くリリ。
大体合ってる。
「じゃ、じゃあな!」
不穏な空気を感じ取ったのか、ホーリィはスタコラサッサと窓から飛び出してダンジョンへと移動していった。
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「ふむ。」
ホーリィは少しだけ考える。
今からダンジョンに行っても帰途につく冒険者ばかりの予感がする。しかし一人で行くとヒャッハーしてしまいそうである。
そんな中、天啓のように閃いた。
そうだ、リリに育成用の装備を渡してみよう。と
ディアブロIIというゲームは特殊な経験値テーブルをしている。具体的に言うと、レベル20まではレベル差10以上あると経験値が入らないのである。
これは間違いなくパワーレベリング防止のためであった。
その為廃人たちは必ずと言っていいほど低レベル育成用の装備を持っている。
男は例に漏れず各種装備をコンプリートしていた。それをリリルカに渡して効率よくレベリングしてもらおうと考えたのである。
男の足元から魔法陣が上へと上がっていき、そこにはなんの変哲も無い黒人男性が立っていた。
その名も、育成用装備倉庫。
まんまである。
各種装備を装備して少しでも物を持たせるために地味にレベル70、そして微妙なセット装備を全身に装備したなんとも言えないキャラである。
何気に初めてのジョブであるパラディンである。
刈り上げた頭髪に屈強な肉体はなかなかに好青年に見えなくもない。
そしてさっと装備を入れ替える。
そこにはどこか普通の装備をまとった冒険者に見えなくもない男が立っていた。
そこでふと思い出す。
そういえばリリは置いてきたな、と。
どうするべきか、悩みながらホーリィはダンジョンへと向けて歩いていた。
そこに声をかけられる。
「良ければお食事でもどうですか?」
声をかけてきたのは給士服を着たエルフであった。
キリッとした大きな瞳に伸びた背筋が美しいエルフである。
「ん?あー、食事、食事ね。どうするべきか、んー。」
何とも言えない返事をするホーリィに脈ありと感じたのか、店員が更に声をかける。
「その、来てくれると私は助かります。」
そこで改めてホーリィはエルフをしっかりと見た。
緑がかった髪に長く尖った耳。
切れ長の瞳は意志の強さをうかがわせる。
「もしかしてお嬢さんがお酌でもしてくれるのか?」
これからダンジョンに行っても帰ってくる人は居れど出発する人はいないだろうと思い、それもまたいいかと思いだす。
「ではこうしましょう。貴方が私にジャンケンで勝ったならつきっきりで酌をしましょう。ですが、負けたならば素直に食事をしてください。」
エルフの女性の提案は非常にうまい手口であった。
なにしろ、勝とうが負けようがお店に結局入店するのである。
そして、このエルフにジャンケンという名の反射神経勝負に勝てるものはオラリオに数えるほどしかいない。
そしてそのような猛者は顔が知れている。
目の前の色黒の男は特徴的であるにもかかわらずうわさを聞いたこともない。
つまりは雑魚である。
客のキャッチの下手な同僚を見かねたシルが授けた秘策であった。
「お、いいね!そういうの好きだよ。じゃあやっちゃいましょ」
ジャンケンの構えをする男につられて手を出すエルフ。
「それじゃあいくよ?じゃん、けん、ぽん!」
そのとき、世界は限りなく圧縮され、まるで時間が止まったように動いていた。
徐々に振り下ろされるこぶしはお互いにグー。
それが出し終わると思われたとき、エルフの手が一瞬で開きパーへと変わる。
げに恐ろしき動体視力と指を動かす筋肉である。
そのとき、エルフは勝利を確信したであろう。
なにしろ、この方法で今までに何人も仕留めてきたのである。
まさに必勝法。
そして圧縮された時間が動き出したその時。
お互いに出された手は、パーとチョキであった。
「お、俺の勝ち!君みたいな美人さんに酌をしてもらえるなんて今日は良い日だわ。」
そういうと目をぱちくりしているエルフの手を掴むとお店の中へと入っていった。
■ ■ ■
テーブルを挟んで向かい合う男女は先ほど店先でジャンケンをしていた二人、ホーリィとリュー・リオンであった。
テーブルの上には所狭しと料理が並び、ホーリィの手にはリオンにお酌されたと思われるお猪口。
何度もお猪口にお酒を注ぎつつリュー・リオンは先ほどのジャンケンを振り返っていた。
(あれはありえなかった。完全に見切っていたはずだった。しかし、私は負けていた。確かめなければならない。)
「へー、どこかのファミリアのホームで大きな火災があってそれで騒がしいのか。ついでに客も少ないと。」
「はい。ホーリィさんには感謝しています。こんなに沢山頼んでいただいて。今日は閑古鳥が鳴いていましたので。」
「あー、なんというかすまなかったな。」
「なぜ貴方が謝るのですか?」
「なんとなく?まあいいじゃねぇか!もう一杯頼むよ。」
そういうと目の前にお猪口が差し出される。
それを見てリュー・リオンの目がきらりと光る。
「時にホーリィさん。」
「ん?なんだ?」
「どうやらこの徳利は空になってしまった。これ以上お酌を続けられない。」
そういって徳利を逆さにする。
「先ほどのジャンケンは徳利一合まで。もう一度ジャンケンしましょう。もう一度勝てたなら追加でお酒を持ってきましょう。」
「お、いいぞ。それじゃあ行くぞ?じゃーんけーん、ぽん!」
お互いに出した手はグーとパー。
勿論負けたのはリュー・リオンだった。
(おかしい。先ほど私はあいこ狙いで相手の出方を窺っていた。ホーリィさんは間違いなく手を動かしていなかった。そのままあいこになるはずだった。しかし、結果は負けている。)
「お、また勝った!それじゃあ頼むよ。」
リュー・リオンがお酒を注文するとすぐにやってくる。
徳利を持ったリュー・リオンは素直にお酒を注いだ。
(不思議な人だ。)
そんな二人を眺める影が二人。
閑古鳥が鳴く店内でのんびり給仕をする猫耳、アーニャ・フローメルとクロエ・ロロ。
「みるにゃ。あのリューが普通に喋ってるにゃ。」
「あのリュー・リオンにお酌させてるにゃ。凄いにゃ。」
「というか、誰にゃ?クロエは知ってるにゃ?」
「見たことないにゃ~。というか、リューの客引きの手口は最近ばればれにゃ。みんな知ってるからジャンケンしてくれにゃいにゃ。ニュービーにゃ?」
「装備品は結構よさそうにゃ。それよりも、あのリューがわざと負けるっていうのは初めて見たにゃ。」
「今日はお客さん少なくていいにゃ~。いつもこれぐらいでいいにゃー。」
「あ、また負けたにゃ。すごいにゃ。」
「もうちょっと美少年だったらよかったのににゃ~。」
「クロエはいつもそれにゃ。」
「「まあでも、ひまでいいにゃ~。」」
それを横目で見ていた豊穣の女主人の店主はため息を吐いた。
■ ■ ■
カランコロン
「また来てください。貴方であれば歓迎します。」
「おー、俺も楽しかったからまた来るよ。それじゃまた 」
お店の前で見送られる男に手を振るリュー・リオン。
結局何度ジャンケンをしようと男に勝てなかったのであるが不思議と嫌な感じはしていなかったのである。
そして男はそのまま大通りをすすむ。
向かう方向は勿論バベルである。
少しの寄り道をしてしまったが結局目的地は変わらない。
のんびりと歩き、ついに入口へと到達してしまった。
どうするべきか悩んだ男は予行練習をしてみることにする。
つまり、レベル1のキャラを短時間でレベルアップさせるにはどうすればいいのかという実験である。
男の足元から魔方陣が上がり通り過ぎた。
そこには先ほどと変わらない肌が黒い精悍な男性が一人。
先ほどよりも装備がしょぼくなっているがそれはしょうがないだろう。
何しろ、レベルが1の正真正銘作ったばかりのキャラである。
そこで男は少し考えると更にキャラクターを切り替える。
そして目の前にフレイルを置くと元のレベル1に戻った。
そのままフレイルを拾い上げる。
ディアブロ2というゲームをやりこみ始めると必要になるものがある。
それはルーンである。
極まった装備品を作るのに必要であり、極低確率で上位のものはドロップする。
しかし、そんな上位のルーンを必ず手に入れることができるクエストがあればどうするだろうか?
やるしかないだろう。
しかしそんなうまい話はなく、1キャラクターにつき各難易度1回。つまり、合計3回のみしかできない。
しかも、上位のルーンは最後のHELLしか期待できない。
つまり、極まった廃人はどうするかというと、キャラクターを作ってはクエストをこなし消してを繰り返すのである。最早作業であることは間違いないが、どうしても欲しい装備があるのであればそれは苦行でも何でもない。
ディアブロ2というゲームは一度に8人同時にプレイできるという性質上、一人が引率。残りが養殖用のキャラクターということができる。
しかし、ここでシステムの罠が立ちふさがる。
ゲームディスクに一つ一つ番号がついているのである。
つまり、単純に複数のPCと複数のゲームディスクが必要なのである。
普通の人は頑張っても2つか3つが限界である。
そしてキャラクターを育てるとき、ここでもネックになるのがレベル20制限である。
養殖をするとき、一人はレベル20キャラクターが居なければクエストを進行できなくなるのである。
よって、必ず廃人は育成用装備を持っている。
それが目の前にあるフレイルである。
なんと驚異のレベル制限1!
ゲーム内でも屈指の攻撃速度!
ライフとマナを敵から6%も奪える!
ついでにライトニングダメージ!
なんというか、序盤でイライラする要素をすべて解決してくれる装備品である。
しかし、イベント装備なのでなんとAct3クリアと同時に消えてしまう運命にある。
だが、クリアさせずに保持し続ければこれほど強力なレベリング武器もない。
それを取り出したのだった。
「やはりレベリングと言えばこれだな。」
謎の言葉を呟くと男はダンジョンへと入っていった。
■ ■ ■
男は1階層でゴブリンと遭遇していた。
男の腕が動くのに一瞬遅れてやってきた鉄球がゴブリンの脳天を一撃で破壊する。
その体は電撃で設けたのかのようにびくびくとしていたがすぐに分解されて消え失せる。
「ふむ、もう少し進むか。」
■ ■ ■
男から振り下ろされる鉄球が地面を這いつくばる蟻の頭部を破壊する。
一撃であった。
そこは薄暗い洞窟内。現在7階層であった。
何とも言えない表情の男ではあるがそれも当然の結果であった。
そもそも、ステータス的にホーリィはもっと下の階層で活動をするべき段階にあった。
【ステイタス】
Lv.1
力:D598 耐久:E490 器用:C606 敏捷:S981 魔力:B721 強欲:A801
明らかに10階層前後のステータスである。
しかも武器が強いという。
ちょっと強そうな特殊個体だろうとぼこぼこであった。
そんなホーリィであったが、とうとうキャラクターレベルが6に上昇してしまっていた。(ダンまちのレベルではなくディアブロのレベル)
そう、レベル6である。
なじみの深い人にはもうお分かりかもしれないが、レベル6ということはあれが装備できるのである。
サイゴンの鋼セットである。
育成用装備品としてみんなに愛されるサイゴン様である。
男の足元から浮かび上がる魔方陣。
倉庫から出されるサイゴンセット。
ついでにStrRC。
これさえあればもうレベル20まで怖くない。
よし、Act2の遺跡を漁りつくそう。そんな幻聴が聞こえてきそうである。
サイゴン装備は真っ白な全身鎧に大きなタワーシールド。そして手には超速攻撃速度のフレイル。
正に完璧である。
しかし攻撃力は大したことがないので雑魚専用ではあるのだが。
そこで男は禁断の行動に出る。
「確か、この蟻は仲間を呼び寄せるんだったっけ?」
そういいながら蟻の胴体部分を潰すホーリィ。
暫くして、ギチギチとダンジョン内に蟻の叫び声がこだまする。
一瞬の静寂の後、迷宮の各所から顔をのぞかせる赤い瞳。
それを見たホーリィは呟いた。
「なんてすばらしい無限湧き。めっちゃレベリングイージーじゃん。」
血と贓物が巻き散らかされ、地面には魔石とドロップアイテムがつみあがっていく。
それはホーリィのキャラクターがレベル12になるまで続けられた。
■ ■ ■
幾ばくかすっきりした表情のホーリィは地上へと向かって歩いていた。
そして今回判明した事柄をまとめる。
キャラクターレベルは一応上がるようである。
装備品のレベル制限は達していなくても扱えるが、十全に扱うことができないようである。
レベル制限60の装備を10レベルで使ってもその武器の性能の1割も発揮できなかったのである。
特殊なオーラやチャージされた魔法を除き、レベル制限は守ったほうがよいということだった。
そして当初の予定通りレベリング予行をしたわけであるが、確かな手ごたえを掴んでいた。
これならあっという間にリリでも即戦力である。
そんなことを思いながらロキファミリアの拠点へと帰るのであった。