ダンジョンでウホッするのは間違っているだろうか。 作:アルとメリー
ダンジョンから帰ったホーリィはロキファミリアの拠点の共用スペースの椅子に座っていた。
相も変わらず睡眠欲というものがないのである。
部屋に帰ってもリリがベッドを占拠しているであろうし、ロキの部屋は今は入りづらい。
その為ソファーへと座っていたのであった。
もうすぐ夜明けと言ってもよい時間ではあるのだが、流石にこんな時間に起きてくるような勤勉なものも少ない。
どうやって時間を潰そうか。
そう考えていたところで部屋の扉が静かに開く。
そこにはきょろきょろと部屋の中を確認するアイズ・ヴァレンシュタインがいた。
手を上げおはようの挨拶をしようとしたホーリィと目が合うと、高速でアイズが近づいてくる。
そして目の前で唇の前に人差し指をあてると首を左右に振った。
しー、というやつであると思われる。
更に周りを見渡すと、ホーリィの腕をとってそのまま外へと歩きだした。
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「ぷはぁ。もうしゃべってもいいよ」
一体どのような縛りプレイをしていたのかはわからないが喋ってもよいようだ。
「どうしたんだ? こんな朝早くから」
当然の疑問であろう。
このような朝早くから、しかも忍び足をしながらまるで抜け出すかのように館を出たのである。
「ダンジョンに行こう? 一人で行くと怒られるけど、二人だと大丈夫」
「よくわからんけどダンジョン行くか」
「……ホーリィはすごく話が分かる」
「そうか? まあいいや。頑張るぞー!」
「お──」
どこか似た者同士なのだろう。
最終的な目的は違えど、そこに至るまでの道のりは共有できるものが多い二人であった。
■ ■ ■
「そういえば、提案があるんだが」
ダンジョンへと入ったアイズへとホーリィが話しかける。
「ん、どうしたの?」
「驚かないで聞いてほしいんだが、俺は魔法で姿を変えられるんだが、その姿によって違う能力を使うことができるのよ。そんでここからが本題なんだけど、一緒に居たらすごく足を速くすることができるんだよね。上層階をちまちま歩くのは面倒だし一気に行かないか?」
ホーリィの提案は実現するのであればこれほどうれしいことはない。
鍛錬中毒者であるアイズにとって、強いモンスターとの戦いほど自己を効率的に高められるものはない。
よって低い階層であっても経験は積めないことはないが微々たるものである。
一人で潜るにも食料などで限界がある。
速やかに行けるに越したことはないのである。
「すごい。ホーリィはなんでそんなに私のしてほしいことをしてくれるんだろ」
「ん? まあ、少し速くなるだけだからそこまで期待されても困るぞ」
「えっと、どれぐらい速くなるの?」
「1.5倍ぐらいだったかな?」
さらっと言われる数値に一瞬止まるアイズ。
それはそうだろう。貴方は1.5倍速で動けます、と言われて誰が信じることができるのか。
「それと、良ければこの靴をあげよう。コレクター魂で持っていたが使ってくれ」
「う、うん」
差し出された靴に足を入れると、まるで自身のために誂えられたかのようなフィット感。
そしてどこまででもかけていけそうなほどに軽くなる体。
それは古の聖人クソンの足跡から作られたといわれるチェインブーツ。
基本的なMODがついているもののそれ以上でもそれ以下でもないという忘れ去られる一品、いわゆる外れアイテム。
可変値最大のものを後生大事に持ってはいたものの結局使い道などありはしないという。
しかしながら30%も足が速くなる効果に、飛び道具に対する小さいながらにも耐性を有している。あとちょっとの体力の増加。
しかしながらホーリィは気が付いていない。
その程度であってもこの世界では聖遺物級のものであるということを。
「どうかな?」
差し出された靴を履いたアイズがスカートの裾を持ち上げながら聞いてくる。
「おう、なかなかいいんじゃないか?」
「そう、かな」
表情はそこまで変わってはいないが、纏う空気がまるで大輪の向日葵が咲いたかのように華やかになる。
「それじゃあさっきまで履いてた靴は一旦こっちで預かっておくわ」
「うん、お願いします」
そういってささっとバックパックへと靴を入れるホーリィ。
その一瞬に少し鼻がピクリとしたのをアイズは見逃さなかった。
「……やっぱり、私が持つ」
「ん? いやいや、戦闘中に余計なものを持っているとポテンシャルが下がるだろ? こういうのは遠慮することはないぞ」
「……わかった」
あからさまにホーリィを疑っている眼をしているが、当の本人は何食わぬ顔で話を進めた。
「それじゃあキャラを変えるけど驚くなよ?」
ホーリィの足元から浮かび上がる魔方陣。
それが通り過ぎるとそこに残ったのは一人の肌の黒い男であった。
手には巨大な身の丈はありそうなハンマーを持ち、スリットの入った兜を被っている。
そして膝までを完全に覆う鎧。
ちょっと異色ではあるが騎士のようであった。
なんと声をかけてよいかわからないアイズに男が笑いかける。
「準備オッケー! さっさといこうぜ!」
「……わかった」
そのまま風のように二人はダンジョンへと入っていった。
■ ■ ■
ディアブロ2というゲームにおいてもやはり雛型の職業というものがある。
偏見も多分に含んでいるだろうが、それはやはりパラディンという職業であろう。
初心者から超上級者、はては魔窟となっている対人戦においても人気がある職業である。
広範囲殲滅に特化したビルドもあれば高速で殴り続ける爽快なビルド、天から降り注ぐ裁きの雷を降らす対人特化までさまざまである。
しかしながらホーリィのビルドはそのどれでもない。
足が速くなる。
これを聞いた瞬間にピンと来る人はいるかもしれない。
そう、漢の中の漢。
一撃に命を燃やす漢。
チャージパラディンである。
わからない人に説明すると、パラディンのスキルにチャージというものがある。
助走をつけて敵に突っ込み只々一撃ぶんなぐる。
まさに漢のスキルである。
攻撃速度など関係ない。防御力? 二の次よ。耐性? 対人戦に必要か? 弐の太刀などいらぬ。やられる前にやれ。
そう、何を隠そうこのパラディン、対人特化である。しかもチャージ。
調子に乗ってる対人プレイヤーを見つけると、そっと遠くから画面の端ぎりぎりでロックオン。
表示バグを用いて敵に気が付かれる前に接近し、一撃で敵を葬る。
表記ダメージ20kを目指せる夢のあるビルドである。
攻撃がミスって通常攻撃になったら死ぬしかない。その時はご愛嬌。
困ったらハロリングに頼るしかない。
そのチャージであるが、シナジーとしてほかのスキルのレベルを上げると威力が上がるのである。
もはやあげなければならないだろう。
それが足の速くなるスキル、ヴィガーである。
なんというか対人戦では他を寄せ付けない速度で走り回れる。フレンジーマックスのバーバリアンとどっこいどっこいの速度を出せるのであるから驚異的であろう。
そんな無駄にすごいビルドであるが、なんとこの場で必要とされているのはそのチャージのおまけのスキル、ヴィガーであった。
何とも世知辛いといえるだろう。
■ ■ ■
まるで周りの景色が置いて行かれるようにして流れていく。
いつもの移動速度よりも体感で2倍速以上でアイズは走っていた。
いくら走っても全く疲れない。
周りの低級なモンスターは走り抜ける彼女の影すら踏めず、ただその後ろ姿を眺めるのみ。
圧倒的な速度はモンスターパレード等のトレインを発生させることすらない。
時に壁を走り、天井を蹴り、モンスターすら足場にして進んでいく。
その後ろからつかず離れずで追随するのは超重量のハンマーと全身鎧を着込んだ騎士。
とてもではないが俊敏に動けそうにない姿ではあるがアイズの速度に追いついている。
というか、むしろ男のほうが速い。
そしてこちらは敵を足場になどしない。
鎧袖一触
途中に存在するモンスターをすべて血煙と変え突き進んでいるのである。
まるで追いかけっこをするかのような二人の行進は特に目的地を決めていなかったため30階へと到達してやっとその正気を取り戻した。
■ ■ ■
「さてと。そろそろやるか?」
「うん。ホーリィは今日はどうするの?」
「俺はやっぱり後ろでサポーターやってるよ。まあ、アイズがきつそうだったら支援するから安心しろよ」
「そんなことにはなりません。けど、やれるだけやってみる」
そういうとアイズは目の前のブラッド・サウルスを見つめた。
臨戦態勢を感じたのか、ホーリィが堀り馬場へとキャラを変える。
ホーリィの手にはお馴染みのバフ発生装置であるビーストが握られる。
そしてアイズは走り出すと力強く呟いた。
「……エアリアル!」
まるで風のようにブラッド・サウルスへと近づくと圧倒的な機動力でその身を切り刻む。
最後に斬られた首への斬撃が致命傷へとなったのか、その身を地面へと横たわらせる。
「すごい、これならもっといける」
「うほっ!」
ホーリィからもらったチェインブーツの感触を確かめつつ着地する。
その後ろではホーリィがブラッド・サウルスを掘っていた。
アイズが倒したブラッドサウルス。
それは普通通り魔石を残した。
それに更にホーリィがファインドアイテムを使う。
すると魔石とドロップアイテムが落ちる。
「こいつは牙か。ちょっと小ぶりだから大きな装備には向いていないな」
頑張ればショートソードぐらいの長さにはなりそうではあるがだめらしい。
そんなことをしていると周りの木々の中からぞろぞろとブラッド・サウルスが顔を出す。
入れ食いである。
しかしそんな中に明らかに体の色の違う個体が混じっている。
恐らくはユニーク個体。
それを見たアイズの口元が少し笑う。
「私は、もっともっと強くなれる!」
それは自分に向けて言ったのか、それとも後ろで見守る男に向けて言ったのか。
その時男は、パンツ隠すのうまくなったな。と、どうでもいいことを考えていた。
■ ■ ■
アイズとブラッド・サウルスのユニーク個体の戦いは熾烈なものであった。
通常個体と比べて明らかに違う表皮。
何かしらの鉱石を身にまとっているかのようなその表皮は見た目に違わず堅固であった。
破壊不能の剣をもってしても表面に傷をつける程度。
堅固な外殻に無理をして攻撃をした結果、少なくない反撃にもあっている。
初見殺しの尻尾による薙ぎ払いなど、間に剣を挟まなければ重傷を負っていてもおかしくない。
しかし、いくらダメージを受けようとアイズは立ち上がった。
何故かダメージを受けても瞬時に回復するのである。
まさかホーリィは回復すらできるのだろうかという邪念が生まれるがそれを振り払い、目の前のブラッド・サウルスへと躍りかかる。
それは先ほどの焼き増しのようであった。
硬い外殻に阻まれて効果のないアイズの攻撃に対し、全ての攻撃が一撃必殺たるブラッド・サウルス。
ブラッド・サウルスから放たれた尻尾の薙ぎ払いが放たれたとき、先ほどの焼き直しとなるかと思われた。
その尻尾による薙ぎ払いが終わった姿勢。
顔を前に向け、体を180度ひねったその姿勢。
その時、アイズは顔の目の前に居た。
わずかな兆候を見つけ、自らの選択にすべてをかける。
外せば空中で無防備な状態をさらすであろう。
しかしそうはならなかった。
デュランダルを極限まで引き絞りとった体勢は、突き。
「はあああああっ!」
その、ブラッド・サウルスの一際堅固であろうと思われる額のど真ん中。
眉間へとアイズの突きが捻じ込まれる。
それは正に乾坤一擲。
極限まで力をため込んだ一撃。
それは少しの抵抗ののち、その脳髄まで貫通した。
「エアリアル!!」
そしてブラッド・サウルスの頭の中で吹き荒れる暴風が完膚なきまでに蹂躙する。
それが完全な致命傷となったのか、ユニーク個体のブラッド・サウルスは魔石とドロップアイテムを残して魔素へと還元された。
「ふううううぅっ」
破壊不能の剣を持っているからこその芸当。
自分の技だけではなく、装備にも助けられていると感謝の念を武器に送りながら鞘にしまう。
振り返ると周りにあった死体をすべて掘り返しているムキムキの親父の変なポーズが見えたのだった。
■ ■ ■
「おお、結晶なのか?金属っぽい。アイズこれで装備作ってもらったりする?」
そういって差し出された手には暗い青色をした金属っぽい物体。
先ほどの特殊個体のドロップと思われるものであった。
「……くれるんだったらもらうけど、いいの? 」
「全然いいよ。というか、ダブってるから今は急ぎで必要というわけじゃないしな」
なにか聞き捨てならない発言が聞こえてきた。
ダブってるということは、ホーリィはもうすでに持っているということである。
つまり先ほどのモンスターを余裕で倒したということである。
「どんどんいこう」
その瞳にはメラメラとやる気の炎が灯っていた。
もう打ち止め