とある騎士の手記より
そこは死の匂いに満ちている。
足元に転がるのはかつて栄華を極めたのであろう人々の骸と、コウモリ達の不気味な落とし子。
あぁ、気が変になりそうだ。
…
『第1坑道、目標震度までおよそ20分。
加速域に突入するため、搭乗者はベルトの装着を急いでください』
感情をわざと押し殺したような女性オペレーターのアナウンスが地底走行車の中に響き渡る。
超硬度の鋼鉄で覆われた中に、申し訳程度に開けられた超硬度のガラスの窓。
そこからはまるで墓標のように乱立したマナ灯が、凄まじい速度で通り過ぎて行き線になるのが見える。
使い回しのガスマスクの汚れたガラスレンズ越しの風景は、まるで藻だらけの水槽で暮らす魚のような気分にさせるものであり、何より常時鼻をつんざく悪臭は吐き気を催させるものであった。
走行車の中はまたまた申し訳程度の豆電球が一つ、天井に埋め込まれており、それが生み出す視界には自分と同じような境遇の人々が映る。
30人乗りの走行車に40人の搭乗者。
今にも脱輪しそうな音を響かせながら走行している。
まるで悪魔が弦楽器を弾いているようと表現した先人たちの表現力には脱帽する。
『加速域に突入。
乗組員は衝撃に備えてください』
アナウンスの数秒後、凄まじい重圧が体を背もたれに押し付ける。
頭の部分のない背もたれ、首が後ろに飛びそうになりながらも視界だけはまどの外を注視する。
ゴン、ゴンと軽音かつ鈍い衝撃を伝えながら走る走行車。
窓には緑色の液体が横向きに伝っていき、時期に緑の液体で覆われていく。
「損傷…軽微…!
か、加速域の離脱を確認!」
『離脱を確認しました。
通常運行に速度を変更します』
走行車の運転席に当たる席に座った男、運転手に当たる者が報告を終えると速度は緩やかに遅くなり、重圧から解放された者たちは皆溜息と共に体を軽く動かした。
『第1坑道、前方の車両の進路変更のため、速度を一時的に低速にします。
低速域ではガスマスクを着用してください』
アナウンスがガスマスクの着用を促すが、それには及ばない、全員着用済みだからだ。
防護服の手袋との連結部分に穴がないか確認し、腰の拳銃のスライドを引き、初弾を装填する。
周りの人間も同じように、それぞれの拳銃を抜き傍に置く。
儀式のようなものだ。
もしもの時のためだ、もしも…入られた時に苦しまないように。
バン!
ボールをぶつけたような音が響く。
何人かがその音に身を震わせたが、何のことはない。
この速度で奴らを「轢き殺す」とこういう音がなる。
この音なら平気だ。
だが、もしもガス漏れのような音がしたならば。
『低速域に入ります。
機関士はギアを下げてください』
「了解、ギア…ダウン!」
機関士が覚悟を決めたようにストッパー付きのレバを奥に動かす。
悪魔の弦楽器の音が優しいものになり、更に重圧が軽くなり、体の負担が減っていく。
だが、全員筋肉だけは強張ったまま、窓を食いつくように見ていた。
窓の外は走行車の排気熱を冷ます冷却水の蒸気で白濁の世界だ。
だが、突如として世界はオレンジ色に染まる。
火炎だ、火炎が視界を焼いていく。
走行車上階の連中が火炎放射器で周囲を焼いているのだ。
「ギァ…」
超硬度のガラスの向こうで鳴き声が上がったのを聞き逃さなかった。
火炎で開けた視界の向こう、まるで蓮が種を落とした後のような穴まみれの壁に、それが戻っていくのも。
大丈夫、大丈夫だと己にいいきかせながら…ただただこの長い時間が終わることを願って、窓の外を瞬きも忘れて見続けた。
この恐怖も、未だになれない足の強張りも…仕方がないんだ。
ここが、俺たちの職場なのだから。