「岩盤の調査に向かったチームが消息を絶ったってよ」
そんな言葉が味のあまりしないアイゼルフォール産の卵を使用した卵焼きを頬張っていた僕の耳に届いた。
今朝採れたばかりの新鮮な物らしいが、陸の上で食べた物に比べれば色味も悪いし味も悪い。
やはりマナ灯の光では植物も動物もよく育たないのだろう。
そんなことをうんうんいいながら思っていると、後ろの席の男2人はさらに話を進める。
「…一週間前にも同じようなことになってなかったか?
深層二階の話だろう?」
「マナケーブルを通したばかりの階だったし、やっぱり性急すぎたのかねぇ」
「議員達が焦ってんのさ、はえーとこ王にいい知らせを届けないと騎士様にますます顔がたたねぇからなぁ」
騎士団
ダリオ建国当初から国を根本から支えてきた組織。
最高責任者である団長は世襲制で、今はドン•シードルという老人が団長を務めている。
組織としてはハト派とタカ派を足して2で割ったような印象でガリオの諸外国外交を一手に担い、時に平和的に、時にごり押しの戦争と器用に政治を行っている。
実質上の国の回し手だ。
規模も大きく、下位の騎士だけでも2万人もの人員を誇り、上位騎士の指揮、武芸ともにその練達ぶりも目をみはるものである。
先の大戦でもダリオはついに諸外国の領土侵攻を許さなかった。
ダリオの騎士といえば他国の騎士の間でも名高く、誇り高き集団として畏怖されている。
「元老院の議員ってのは聞こえはいいが、元老院はまだまだ出来たばっかの組織だからなぁ…早いとこ手柄を立てて、でかい顔をしたいってのはあるだろうなぁ」
元老院
後ろで話している2人の言う通り最近ダリオに創立された組織で、まだまだ政治的発言力と決定力に乏しい議会で意見を述べ、討議し、物事を決めるという思想を持った議員達の組織だ。
ハト派がほとんどを占めており、平和的外交をほとんどの国が心がけている現在、急速にその立場を上昇させてきている。
大元は「人の国」の王都アルゼーンに本拠地を持つアナン教と言われる宗教であり、第三次大陸戦争時に慈善活動と称しての密偵として秘密裏に各地に散らばった教徒たちが立ち上げた教会が元老院のルーツだ。
ダリオのそれは教会としての活動はほとんど行っていないため、民衆の支持は他国と比べて薄いが、諸外国との外交ルートの独占、秘密裏の斡旋が最近目立ってきている。
思想としては人の国のものに染まっており、少し前までは他国に迫害される存在だったが、その後二回続いた大戦での慈善活動で民衆の支援を得て力をつけ、地元商会との繋がりも深くなり、各国の商工ギルドやその元締めはほとんどがアナン教が現在支配している。
その多大な資金力と民衆からの支持はすでに国政を奪われることになった国もあるほどであり、ダリオでも警戒もあってか国政の面では台頭しないよう、騎士たちが圧力をかけている。
「それに付き合わされる俺たちの身にもなって欲しいもんだぜ」
「何言ってんだ、俺たちはまだ下に行かないだけマシさ」
「まぁな、でも商人どもがまた値を釣り上げると思うと」
「危険な道を運んできてやってるんだ、ありがたいだろ…ってのが顔に出てるからな」
「危険な思いをしてるのは騎士様だってんだ」
2人は揃ってため息を吐くと、それぞれの目の前に置かれた食事に手をつける。
「でもまぁ、ここだとどんなに貧乏でも鳥肉が食えるし」
「食いっぱぐれもねぇしな」
アイゼルフォールへの移民政策はダリオ史上最高の良策と呼ばれるほど、市民の就職率、収入、満足度を底上げした。
僕が今食べているこれも、移民政策前の地上ではもっぱら貴族の嗜好品として親しまれていた…まぁ高級品だった。
特に卵、卵は高級中の高級だった。
実験目的でもあったが、小柄で持ち込みやすい鶏卵を生む鶏はアイゼルフォールに持ち込んだ最初の家畜であり、いかに地下の厳しい環境で育てられるかを想定して、アイゼルフォール到達前から改良に改良を重ねたものが持ち込まれることになった。
問題は光だった。
日光は地下約15キロメートルまで届くはずもなく、空気すらも危ぶまれる可能性のある地下。
移民以前に人が住めるのか。
しかし、到達した騎士たちの目の前には驚くべきものが広がっていた。
そこには光に包まれた「地上」と全く変わらない世界が広がっていたのである。
日光と見間違うその光はアイゼルフォールの天蓋、天井から注がれていた。
巨大なマナ鉱石。
価値にして小国家4つ分、岸壁に露出した山一つ程ある大きさのそれは暗闇に染まっていた騎士たちの目を焦がした。
薄くオレンジを含んだ光は暗黒の地下に緑をもたらした。
アイゼルフォールは荒廃を極めた廃都だったが、インフラや河川整備は思った以上に整っていたため、それも相乗効果となり、鶏だけでなく牛や羊もを持ち込まれ、安定した供給をアイゼルフォールだけでなく、地上のダリオにももたらすに至ったのである。
「おやじさん、おあいそ!」
綺麗に皿を重ねて返却口に置く。
「あいよ!
ちょっと待ってくんな!」
店の奥の暖簾から顔を出し、威勢のいい声で答える主人。
「串焼き3本ほど包んでよ」
「鳥でいいかい?」
「牛!」
「まいどぉ!
祝い事かい!?」
目に見えて明るくなる主人。
安定して育つようになったとはいえ、牛はまだまだ高いのだ。
鼻の下を指でこすって笑う。
「まぁね!
今日から僕、「先生」だからさ!」
「おまえさんが!?
…そりゃあめでてぇ話だ!」
主人は植物の繊維で作られた荒い紙に包んだ串焼きを僕に渡す。
「鳥も3本ばかり包んだいたよ!」
「いいの!?」
「いいってことよ!
その代わりこれからもうちを贔屓にしてくんな!」
主人は白い歯を見せてにかっと笑った。
それにつられて僕も笑う。
「もちろん!
ありがとうね!おじちゃん!」
「あいよ、頑張ってな「先生」!」
扉を開き、外に出る時も主人ににかっと笑って見せ、僕は店を後にした。
…
降りてきてまだ一週間。
まだまだマナ鉱の光、通称マンダタイの光を日光の光を間違える時がある。
屋内から外に出ると、少し暖かいその光が目の前に掲げた手をすり抜け、頬に当たっているようで心地がいい。
「…んー」
軽く伸びをすると往来を歩いている女の人に「まぁまぁ…」と笑われてしまった。
頬を赤くして歩き出す。
足元の石畳を軽く見つめ、行き交う人々の足元を見ていると今日は特に人が多いことに気がつく。
「あ、そうか…僕だけじゃないものね」
見上げて前を見ると、親と思われる大人と同年代の少年少女が同じ方向に歩いていた。
そう、今日が特別なのは僕だけではないのである。
なんとなく頬がこそばゆくなってにやけてしまう。
「僕がせんせいかぁ」
ここにきてなんども口にしてしまうその言葉はまだ実感と呼ぶには遠い感覚を僕にもたらしていた。
「緊張するなぁ…ちゃんとやれるかな」
何度もなんども反芻するように考える。
責任ある立場だ、教師というものは。
まだ少し丈の長い袖、大きめのコートを翻しながら石畳を進んでいく。
目指すは学術院主導の高等学校、フォンダスク高等魔導学校!
僕の初めての赴任先だ!