(未完作品)XenobladeX 焼却のワルキューレ   作:夏葵 涼

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Chapter.A 戦女神の信託
Episode.01 ブラッディ・マズルズ


 【ワルキューレ(Valkyrie)】(注:架空の人物)北欧神話に登場する半神たちの総称。戦場において死を決定し、勝敗を決する女性的存在である。王侯や勇士たちの選別の末、ヴァルハラへ迎え入れて彼らを歓迎する役割を担っていた。

      →詳細はMANONDB「地球人>文化>創作>伝説>ギリシャ(ギリシア)神話」

        ―――マ・ノン人によるマ・ノン人のための地球百科事典(データベース版)

 

 

 

                ―――――2058 某日

 

『――――こちら司令部より全部隊、敵勢力を捕捉。概算GPSデータを送信する』

『偵察部隊ブラボーリーダーより全部隊に、警戒区域にて対象の熱源反応を感知。防衛隊は警戒体制に移行してください。繰り返します――』

『ヴァンダムだ。総司令官命令を発行する。現在より全部隊全ての武装凍結の解禁を許可する! 誤射だけは絶対に避けろ、それだけだ!』

 ―――ようやく、か。

 彼女は深く長い一息をつくと、それまで深く腰掛けていたリラックスな姿勢を前方に倒した。両腕を伸ばし、それぞれの五指に操縦桿を握る。金属の冷感と重量感を掌の皮膚に感じつつ、左側のそれを奥まで押し込んだ。

 カチャリという、無機質な音。

 同時にコックピット内をブルーライトが照らし、小さな青文字『SLEEP』だけが中央に映っていたスクリーンが、機械音と共に明転した。

『セーフティロック解除確認。スリープ解除。オールシステムスタンバイ。火器管制(FCS)リンク完了。コネクトオールグリーン』

 女性ものの合成音声が流れる。

 青文字が『ACTIVATION』に姿を変え、その下に入力欄とディスプレイタイプキーボードが表示される。右手でそれに指を滑らせて「▲▼▲▼▲▼▲▼(上下互い違いの三角)…」で隠された文字を十八個打ち込めば、省電力状態を保っていた360°オールスクリーンが明瞭になり、周囲の光景が一気に彼女を取り囲む。

『パスコード認証。デバイスオールアクティベート。使用許可を確認、これより装備されている全兵器が使用可能になります、ご注意ください』

「了解ッ、と」

 決して応答されることのない軽い返事をして、彼女はクリアになった前方に視界を向けた。

 ――原初の荒野、イーストゲートの平原。

 昨日の豪雨が嘘みたいに燦燦と日差しが降り注ぐどこか夢想的な蒼空には、雲が一切れも取り残されてはいない。一面を埋め尽くす草むらが微風に揺らめいて、ところどころの水溜りがその水面に揺れる陽を映す。いつもは意識しなくても、緊迫した状況の時はふとどうでもいいことを真剣に考えるものだ。

『司令部より』

 そんな空間に似合わぬ範囲無線が、不意にスピーカーを鳴らした。

『イーストゲート後衛部隊アルファ及びブラボーに告ぐ、前衛が敵勢力と接触した。交戦体勢に入れ。網を抜け出た子狐を焼き払い、防衛ラインを踏ませるな。もう一度言う、即刻交戦段階に移行しろ。以上だ』

『部隊アルファ、チーム・レイズ了解』

『同じくチーム・バルコフ、了解』

「部隊ブラボー、チーム・フィリア、了解」

 端的に返答し、操作パネルを弄る。

 機体と武器、待機状態にあった両者のシステムリンクが起動し、間もなくスクリーンの中央に橙色の照準が表示される。左腰に装備してあった射撃型ドールウェポンMDW-S220ME B-Rifle。画面下部から直線的に伸びる漆黒の銃身を、機体の両の五指がしっかりと掴んでいる。その左の人差し指がトリガーを押さえると同時に、彼女が握る操縦桿レフトレバーの前面にあるスイッチが赤く発光した。

 接続完了(コネクション)。このボタンを押し込みさえすれば、目一杯込められた200×50の連射弾倉からくり貫かれたドール用徹甲弾(APfD)が次々に直線を描いて飛翔する。

 試射はもう済ませた。円滑な射撃を確認済み――そう整備士に伝えられたのは既に二時間前のことだ。愛用の機銃は絶賛修理中のため、予備倉庫から持ってきた簡易式自動機関銃の初期型ではあるが、正規ブランド品のため破壊力は申し分ないだろう、心配無用だ。

 もっとも、現在一番彼女が気を遣うべきなのは前方で繰り広げられているであろう戦闘なのだが。

 緩やかな丘の向こうから聞こえてくる戦場の調べ。銃撃音と爆発音が大半を占めるその中には、コックピットに封じ込められて叫び声は聞こえない。悲鳴も、鬨の声も彼女には届かない。しかし確かにそこでは、残虐で冷血な死の連鎖が既に始まっている。

 その5000対5000の中から味方の防衛線をぶっちぎって進行してきた敵を()()()葬り去るのが彼女たちの役目だ。

 BLADEが、地球人が総力をかけて臨んでいる会戦だ。そう易々と引き裂かれはしまいだろう。

 そんな潜在的な思考に全身の筋肉が弛緩していた、矢先だった。

『き、緊急連絡! 司令部よりイーストゲート防衛隊チームブラボー!』

 只でさえ訛りのおかしい英語が早口に流れ、ロシア人で非ネイティヴの彼女は聞き返さねばならなかった。

「今何て? すっごい巻き舌!」

『前衛部隊が一部崩壊、防衛線突破! 間もなく特殊機と思われる敵機がそちらに接触します!』

 ――なんと。

 予期しなかったアクシデントだ。一体どういう状況で、同胞たちはそんな失態を犯したというのだろう?

「ハァ……。あなたね、そういうのはさ」

 ため息が冷めた閉鎖空間に流れ込む。

 まあどうでもいいか、と彼女は思った。自分の任務はそのミスのカバー。引っ張り出してきた借り物の銃くらいは、使ってあげないとね。

「もうちょっと詳細な――報告をするべきじゃないかしら、司令官?」

 思い切り両の操縦桿を腕が伸びきるまで押し込んだ。

 ヴァイオレット・カラーの彼女の機体(ドール)が全出力をかけて前進する。

 ストライド(歩幅)の広い助走を、徐々に狭め、代わりに回転数を高めていく。

 ――そんな走法が、”平地からの飛行(F.F.F.)”においては最も優れるとされる。

 背部に取り付けられた機構から左右にウィングが展開。両の肩甲から背面に突出したブレードが、それぞれ浅葱色に発光。

 間もなく流線型の筋を纏って軌跡に尾を引いたそれは、空間を揺るがすほどのエネルギーを撃ち放った。

 蹴りだした両足は地面のわずか三十センチ上で浮遊。速度は先程の何十倍にも膨れ上がって、機体は飛び立つ。

 ここまでわずか十秒足らず。

 全速力で推進を続ける機体は、もうすぐ丘を越える辺りに差し掛かる。

 そしてその時、彼女の戦場慣れした聴覚は確かに、直前から機械の駆動音を感知した。

 ――なるほど、十分”不意打ち”可能な速度のようだ。

「オーケー、予想範囲内」

 独り言を発した口元がわずかに嗜虐的な色をした笑みをたたえる。

 左手一本で支えている機銃は、照準がスクリーンからフェードアウトしている。システムはそれをアラートとして画面右下に表示するが、無視。

 右腕を前から右腰に振り下ろし、すれ違わせ様に固定してあった手榴弾をもぎ取った。

 一発で十分でしょ――と、軽く口笛を鳴らす。

 やがて差し掛かるのは丘の頂点。

 頃合いを見計らって、彼女は()()()の敵影に向けて大きく振りかぶった右腕を、真っ直ぐに振り下ろす。

 投擲された大型機用手榴弾MDK-S330SA Cracker-BMは直線的に飛躍し、直後丘陵の反対側から浮上した敵の中央にクリーンヒットした。

 ――サプライズ・アタック。即ち不意打ち攻撃は、距離的猶予がある場合の、敵軍先頭に対する有効な威嚇手段だ。特に、戦線突破に成功して調子に乗ってかっ飛ばしているような輩は、まさか丘を越えた瞬間に目の前から爆弾が突っ込んでくるなんて予測すらしないだろうから。

 一体こいつはどんな()()機だろ?

 そんな余裕綽々の楽観視に若干ながら好奇心を揺さぶられた彼女は、しかし一瞬しかその姿を観察することはできない。

 腰部に取り付けられたホルダーから外れた瞬間にピンも弾け飛ぶ即時(イミディエイトリー)使用型(・アヴェイラブル)。敵機の表面に触れた瞬間に時限装置が切れる位の計算は、感覚で済ませてある。

 今まで。完成されたこの戦場(いくさば)の勘というヤツを、外したことは一度もない。

 そうしてそれが起爆する頃には、彼女の機体は遥か十メートル上方まで急速浮上しきっていた。

 発光色は白。

 直後爆散する破壊エネルギーが、敵を吹き飛ばして球状に文字通り爆発した。

 ――――――が。

 平行視点では見えなかった、たった今彼女が爆撃した()()()特殊機の背後に隠れるようにして存在した、もう一機が、

 通常機が、射線をもってこちらに機関銃の銃口で狙いを定めていることに、気付いた。

「――――あっ」

 そのタールに浸かり過ぎた甲殻類のような指が。

 まだ回避も防御も挙動準備ができていない彼女の機体に向かって。

 胸郭中央部コックピットの一点を。致命的に装甲が薄くなっている一点を。

 集束した一つの照準に向けて――トリガーが、引き絞られた。

 

 

 

                     ―――4 hours ago

 

 彼らが膨大な数の座席に座するのに足元と天井の誘導灯しか要さなかったのは、規定された定位置がなかったからだ。ぼう、と朧げに瞬く最省電力のブルーライト、その小型が数百に渡って整列している様は、彼女に故郷の映画館を思わせた。

 いや、案外間違ってはいない。ムービーに特化した機能ではないが、前方の超大型スクリーンでそれを流すのは、決して難儀ではないだろう。スピーカーが設置されているかは知らないが。

 開始予定時刻は08:20。

 招集されたのは全てのチーム・リーダー。

 四、五人単位で構成されるチームはそれぞれ、請け負う任務の異なる八つの「ユニオン」いずれかに属しており、それと司令部をして、彼らが所属する民間軍事組織「BLADE(ブレイド)」が成立している。

 しかし明確に職務内容が違うだけで、階級差は殆どないと言っても過言ではないのが、通常の軍事体系にはなかった組織構造だ。”残された”そう多くはない総数の中で、上下関係の付きまとう規律正しい軍隊式の構造は、そう変革はしないであろう現状には不適当だと判断されたのだ。

『まもなく緊急全部隊ブリーフィングを開始します。ご着席を』

 オペレーターの落ち着いた、しかしわずかに堰き止め切れなかった焦燥感が見え隠れするハスキーボイスが響き渡る。

 その言葉に従うように、フィリア・メルクロヴァは中央付近右端の座席に腰を下ろした。長机という言葉に収まりきらないほど伸びたそれにタブレット端末を置き、開いてあったメモ画面を眼下に捉える。

 伸ばした腕を組み、容赦のない冷感を伝道するチタン製の長椅子に背中を預け、三白眼でスクリーンをおもむろに眺めた彼女は、あからさまに面白くないといった表情をした。

『えー、それではこれより緊急ブリーフィングを開始します。総員起立』

 何の前触れもなく流れたその言葉に、一同は殆ど同時に腰を上げる。特に格式ばった作法訓練をしている訳でもなし、全員がそこまで規律準拠の精神を貫いている訳でもなしいやむしろ過剰なまでのフリーダムさが蔓延しているこの組織に、どうしてここまで整った行動ができるのか。自覚症状などある訳がなく、特に新参者であるフィリアは尚更だ。

 むしろ知ったことではないと言うのが、彼女の見解に近い。

『総司令官に敬礼』

 瞬時に言葉通りの動作を完了する。

 やがてスクリーン手前を大股で闊歩してきた筋肉質の男に、全員の無遠慮な視線が集中する。

「敬礼やめッ」

 大量に蓄えた口髭の下から発せられた野太い声が、蚊の音一つしなかった大会議室に響き渡った。勿論全員即座に右腕を太ももに叩き付ける。

「おぅし、これから始める。ケツを下ろせ」

 場の緊張が霧散した。

 先程の規整された動作はどこへやら、それぞれが個人的なタイミングで席につくばかりか、各所から会話さえ聞こえてくる始末だ。どこからはビシバシやって、どこまではユルくやってよいのか、フィリアにはちっとも理解できない。

 恐らくその不規則の要因の幾割かは彼が担っているのだろう――先ほどのマッチョ大男を一瞥してから彼女の視線は下りる。

 ヴァンダム。彼は滅多に名字を明かさない。

 ブレイド総司令官にして事実上の最高責任者ツートップの一人。元は恒星間移民船「白鯨」のベテラン技師。彼がいなければ人類は生き残れなかっただろうと言ってもまあまあ過言ではない存在だが……。だとしても一人の人間に、多少”難”があると言ったらそれは個性に対する贅沢なのだろうか。

 とりあえず無難に腰かけると、再び腕組みをしてタブレットに指を下ろす。右サイドのタスクバーからメッセージアプリを開き、小さなウィンドウに表示させた。

『シェスカ:こっちは本格的にSWP(戦争準備開始)です 整備員以下総動員です』

 部下の簡潔な報告。ということは、一連の状況はかなり深刻ということか。

 それに”整備員以下総動員”、この言葉が示す現状は一つ。

 敵と武器をたがえるまで、もう時間がないということだ。

『フィリア:オーケー。今始まったlol』

 そうカラ元気な返信をした直後、その画面を覆うように朱色の通知が出現する。

『一件のファイルを受信 コマンド(司令部):〈56**12briefing.bouf〉』

 いわゆる会議資料というヤツだ。

 文字をタップすると、リーダーアプリケーションがそのファイルを読み取り、即座に内容を表示する。

 スクリーンはホログラム式の最新型だ。古参式の画面に表示する液晶型とは違い、画面から”空中に”内容を投射する主流な方式で、絶大なるコストパフォーマンスを誇る。

「えー、まずはクソッたれな状況を説明する」

 再びがなる大男ボイス。マイクを使っていないくせに、口の悪さだけはもう一級品だ。

「今回のブリーフィングは迅速な対処が必要だから簡潔に済ませるぞ。細かい部分はあとで隊別ミーティングでかメールでオペレーターに聞け。まず送信したファイルのページ2を開け」

 ”資料”と大きく銘打たれた一ページ目をスワイプしてめくると、一面にマップデータが表示された。地図検索アプリケーションと連動して、リーダー上でも位置情報ファイルが地図として映るようになっている。間もなく正面スクリーンにも同様の画像が表示された。 

「およそ二時間前の06:44、黒鋼の大陸にてグロウスの勢力の進行が確認された。正確な場所は鳥飼虫の孤島の敵軍拠点。詳細の座標は端末に送信した通りだ」

 黒鋼の大陸――冷却されたマグマによって構成された大地。しかし至る所でまだ超高温の溶岩が流れ出し湖さえ形成している有様のそこは、各所に敵勢勢力の拠点が乱立する危険地帯となっている。

 鳥飼虫の孤島は、その南部に位置する離島だ。断崖絶壁がそびえ、凶暴な原生生物が多いこの場所だが、以前から上空でのグロウス兵の巡回が確認されていたとはいえ――

「だがここはこれまでほとんど戦略拠点としての動きが見られなかった場所だ。それが唐突にクッソ狭い断崖絶壁の上にひしめき合って集結した。しかも大型兵器は一つもなし、ドール級の陸戦兵器が全てを占めていやがる。あんまり敵さんのおつむがマトモじゃねえみてえだが、とりあえず現状は、そこから出立した敵勢力が一直線にこっちへ一斉に進行してきているという事実だ。お前たちには、それを迎え撃ってもらうわけだ」

 ははあん。やっぱり。

 全面戦争(A-O.W)――いわゆるオールアウト・ウォーな訳か。

 さほど難くない予測が的中して、けれど気分の乗らないフィリアは色白の額で眉根を寄せた。

「付近のBC(ベース・キャンプ)で撮影された敵影画像は四ページを開け。通常のクムーバ()()が概算一万体、特殊型の存在は不明。奴らは海上で部隊を二分割し、それぞれ東西からここ、ニューロサンゼルスを挟み撃ちにするつもりだ」

 まるでゴキ●リの大群のように漆黒の滑面を纏った異形の兵器が、何列にも連なって連帯飛行している様子が鮮明に浮かび上がる。

 殆どのブレイドが緊張感に表情を引き締める中、フィリアはその身勝手なイメージに露骨に「オエッ」という顔をした。

 ”クムーバ”とは、一般にグロウス機飛行型と呼称される。両腕に銃器の埋め込まれた鋼鉄の鋏を武装し、特殊合金と抗弾コーティングの施された外殻にコックピットを包まれた全長二十メートルのヒト型ロボット兵器だ。一体ならば決して斃すのは難儀ではないにしろ、目を欺き死角から銃撃してくる集団戦法を用いるばかりか、幾機かに一機の確率で固有の武器を武装した特殊機が紛れているので、うかつな戦い方をすると案外簡単にやられてしまうものだと、BLADE訓練施設の教官は再三口にするらしい。

「俺たちは総力をもって我らが人類に仇名す敵性勢力による攻撃を阻止し、波及しうる危険を排除しなければならない。

 よって只今より、特別軍事的措置Aを発行する!」

 その言葉が持つ威圧感に、誰もが背筋を奮い立たせただろう。

 ブレイドのツートップさえも司令部チーフ全員との綿密な会議のうえ決めねばならない、ある意味危険な策、それが特別軍事措置A。

 ――”ありとあらゆる武力を総動員し、民間人の防衛を最優先として、人類の存続が危ぶまれる脅威を撃破せよ”。

 つまりはこの瞬間、普段は民間軍事組織の一員である彼らを、”兵士”として戦地に送り込むこと。

 そう、戦争の開始が公式に宣言されたのである。

「イーストゲート・ウエストゲート両所に第二級防衛戦闘配置を設置。区分けは偵察部隊・前衛部隊・本隊・後衛部隊・最終ライン防衛隊・対空警戒待機部隊とする。」

「フン。どうせ後衛だっ」

 そのフィリアの呟きを耳にした隣のブレイドが、驚きのあまりこちらを振り返った。

 むしろ兵士は誰もが戦死(KIA)率の高い前線に立つことを忌避するはずだというのに――

 恐らくは彼もそんな平凡な思考を持つ一人なのだろう。

「ではこれから詳細の説明に入る。六ページを開け――」

 そうしてかれこれ15分間で、細かい戦況報告及び各チームの部隊配当などのミーティングは終了。

 解散の号令で一気にガヤガヤとけたたましくなった大会議室には、戦の前だというのにどこかデイリーな雰囲気が立ち込めていた。

 

 

「おーい、聞こえてるかい」

 ブリーフィングを後にし、帰途の廊下で剥き出しの金属の壁にもたれ掛りながら、フィリアはタブレットにたった今表示された顔に話しかけた。

 音声通話などもう古流中の古流。どんな些細な事柄でもホログラムを用いたビデオ通話で伝達するのが、数年前からのアースリング(地球人)・カルチャーのトレンドなのである。

『なんですかリーダー』

 鮮明に投影されている勝気そうな彼女はシェスカ・アッシュフィールド。茶髪をポニーテールに束ね、吊り目というか猫目をぱっちり見開いていてもうホントに猫の一族なんじゃないかとフィリアは考えている。

「リーダーとか格式ばった呼び方はナンセーンス。ヒルダは近くにいるかい」

『ヒルダさんはゲームしてます』

 おい。

「そ、そうか、ところで私は近くにいるかいと聞いたんだが」

 苦笑いしながら、もう一度同じ質問を繰り返す。全く、どうしてうちのチームにはこうも扱いにくい人材しか来ないのだッ。

『ヒルダさんの場所ですか? 私の真ん前です』

「オッケー手間が省けた。ヒルダに顔を出すよう言ってくれ」

『了解です。ヒルダさん、リーダーがお呼びですよ』

 フィリアから目線を外したシェスカが再びそれを戻すと同時に、彼女の肩越しに不満げに覗きこむ女性の顔が映っていた。

「ヒルダぁ、出撃前だぞ、ゲームなんてしている暇あるのか」

 そういう彼女の口調でさえも戦闘を控えた緊張は微塵も感じられないが。

『パッドでドールのシミュレーターしてただけだって。試射場は満杯だったから』

 反省なんて露知らず、切り揃えたショートカットの黒髪を弄って明後日の方向を見やる彼女はヒルデガルト・エリオス・シラサギ。常に無感情なクールフェイスは、地球時代からの親友であるフィリアにとっては見飽きたと表現してもいいレベルだ。

「へえ、私も後で行こうと考えてたのに残念だなーとは思うがそれだって一応はゲームだかんな。理解して」

『承知しました、リーダー』

「ヒルダまでやめてよその呼び名。あと言い方かしこまり過ぎ」

 "I see"とか"OK"でいいところを"That would be fine"なのはいかがなものか。

「補充要員がまだ配属されないので、今回もこの三人で任務に就くことになるから」

『えーっ』

『えーっ』

「口を揃えんでいい!」

 いつも通りの説明にいつも通りの反応。フィリアとて好きでメンバー集めを怠っているわけではないのである。

「もういい、詳しいことは隊別ミーティングを終えて合流したら話すから! とりあえず私たちはね、イーストゲート付近にて後衛部隊だ! 戦線のど真ん中だぞ、一時間後に戦闘配置につかなきゃならない」

『具体的な座標は』

「この後貰ってくるから。私が到着するまで、試射場の待機列にでも並んでおいてくれ!

 つまりだ、私が戻ってくるまで、みーんな交戦に向けた入念な準備以外にやることがないということだ! オーケー? 分かったね?」

『んー、了解ですリーダー』

『了解。ところでフィリア、君のドール用自動機関銃、壊れてなかった? レンタルシステムがいま混み合ってるから、早めに申請しといた方がいいと思うけど?』

「おっと、いけない。それ忘れてたよ。じゃあお願いできる?」

『ラジャー』

「よっし、じゃあ解散! 各自戦に備えよ!」

 適当な決め台詞を言って通話をぶっちぎり、ハァ、というため息とともにフィリアは天井を仰いだ。

 ほんっと、扱いにくい奴らめ。

 まあでも、どこかしら会話に齟齬は禁じ得ないものの、悪い奴らではないのは確かだし、先ほどのように気が利く時もあるし、特に戦場では頼りになる面子だ。

 接近戦に長けたシェスカ。混戦では負けなしのヒルダ。

 多分これまで一緒に任務をこなしてきた奴らの中で、最も背中を預けても安心以上の成果を上げてくれる、ベストメンバーだ。

「フフッ」

 だから、たとえ死が連鎖する呪われた戦場でも。

 戦慣れしたこの腕が的を外し、敵にずだずだにされて爆炎の中でこの一生の終焉を迎えることなどあり得るはずがなかった。死への恐怖心がないとは言わない。しかしそれは明確に定義できるほどさえ至らない、リスクへの気配り程度に過ぎない。そうしたメンタル的問題はほんの少しも顧みる必要はない。

 フィリア・アレクセーエヴナ・メルクロヴァは敵と武器を交えるのを臆しない。

 第一に確信。来たるべき成功と生存と勝利へのそれは、慣れ始めの愚か者の油断などとは一線を画す論理的な結論だ。全要素に対する信頼から来る心理的な猶予に他ならない、絶対的自信の最上級。

 第二に使命感。自らが死ねば、斃すはずだった敵が生き永らえて味方に脅威を及ぼす。その連鎖はやがて戦争における窮地を引き起こす。そうなれば何人も何人も死ぬのだから死ぬ訳にはいかない。生きて殺し殺し殺し殺し殺せば、仲間たちはその分生き残る。

 彼女にとって戦勝の定義は、同胞の犠牲の抑制による人類への貢献だった。

 ――そうした心理が無意識下に定着している彼女の自我は、しかし唯一感情的に抱くモノが脳の片隅に駐留していた。戦場における、あらゆる判断の思考プロセスが経由するレベルで重要視されているそれは、

 決して紛うことなき仲間の――戦友の――同胞の存在に他ならなかった。

 それはリーダーとしての務め以上の信託に因るモノで、結局のところ彼女が戦場に立つ際に思いを馳せるのは、傍らで自分の命を懸けて共闘してくれる、脳幹の心髄から信頼のおける部下たちだけだった。

 

 

 

                       ……killingfield...⏎...re:

 ――――そう。私には、仲間がいるのだから。

「ヒルダッ」

 ――只し、自分の身は自分で守る。

 既に撃ち放たれた敵弾。

 この時点で、大抵こちらの被害は彼女の推測の中で確定する。

 けど、それは逆に、その銃弾がこちらに着弾するまでに、わずかながらも時間があるということ。

 撃てる。一秒未満でも時間があるなら。けれど、狙いを定める余裕はない。

 そしてそんなものは、全くもって必要ない。

 フィリアは左手の機関銃を豪速で振り下ろす。

 その振り下ろし様に、刹那的に、軽微な握力がトリガーを引いた。

 乾いた弾薬の弾ける音は、操縦席までは届かない。

 一発目は一発目に―――最接近している敵弾の弾頭に正面衝突させる。

 二発目も二発目に―――一弾目からわずかに下方にずれた敵二発目にこれもまたぶつけ、破壊する。

 三発目は、破砕した一、二弾目に後続する次弾の連鎖を潜り抜け、そして、敵のかき鳴らしている機銃の下部に引っ掛けられた人差し指に――

 トリガーもろともぶち壊す。

 あとは単純だ。敵の初弾と次弾をハジいた訳だから、三弾目が着弾するまでに作った時間の猶予をフル活用し、急浮上を続けて残りの連弾を全回避する。それだけ。

 一定距離を確保。回避完了。そしてここからが、連携という最重要手段の出番だ。

 フィリアが敵の持つ機関銃の引き金を破壊した刹那、彼女の機体のすぐ下を硝煙が尾を引いた。

 それは放物線を描いて落下し、途中で引っ掛けた銃弾もろとも、二機に着弾。

 MDB-XS3333BA SimpleMissile試作型、簡易輸送ミサイル新型の炸薬はその瞬間に破裂する。

 破壊的なエネルギーの炸裂。手榴弾とは比べ物にならないほどに振動する空間と、着弾点で沸き起こる大規模なエクスプロージョン。例えるなら獄炎だ――と、自分の顔に映りこんだ火の色彩をどこか退廃した詩的に解釈するフィリア。

 噴煙はまだ収まらないので確認できないが、そうするまでもなく確実に二機は跡形もなく破壊されているだろう。もう特殊機への観察願望などどうでもいい。

「――ナイス、ヒルダ!」

 再現したら親指が筋断裂を起すレベルのグッジョブを心の中でしながら、そう伝える。

『いつも言ってるだろ、油断大敵。全く、超兵器を無駄にしちゃった』

 その通信と共に、フィリアの右隣に浮上してきた機体は、肩に担いだミサイル発射砲を背中のアタッチメントに固定した。

「なーによ、ミサイルの本数の方が大親友の命より大事って言いたい訳?」

 冷静で無感情な彼女の反応に、少しだけムッとする。

『何が言いたいのかっていうと、真正面からの不意打ち攻撃なんてハイリスクなこと、調子に乗ってやるもんじゃない、ってこと』

「はんっ! そうですかぁ、おめでたいことで」

『ヒルダさんは凄くリーダーが心配なんですけど、上手く気持ちを伝えられないからそういうクールな言い方になっちゃうんですよねー』

 無線に割り込んできた冷やかすような声はシェスカのもの。気が付けば、彼女の機体も左隣まで移動してきている。当人と似て細身な軽量型。

『別にそんなことはない』

 相変わらずの起伏のない音声め、嘘がバレバレだ。長年付き合ってるんだからそのちょっとした違い位分かるんだよ、へーんだ。

「へえー、そうなんだヒルダぁ、私嬉しいなぁぁ~」

 オーバーな感情表現で、一気に立場が逆転したイジられ役に向かってそう告げる。

『そんなことはないと言っている』

『ヒルダさん照れちゃって』

『照れる要素なんてどこにもないからな』

「そういうのも全部照れ隠しのくせにー」

『そうですよ』

『わかった。そういうことでいいから、まず君らは状況把握を怠っているのを今すぐにやめるべきだ』

 それまで流れかけていた穏やかな雰囲気を消し止める一言。

 フィリアは速やかに視線を丘陵の向こう側へと移す。

「……敵集団捕捉。通常機七体のみ」

『楽勝ですね』

 どこか不満げなシェスカ。

『先手でいこう、フィリア』

 機体の両腰に固定された二丁拳銃を鮮やかに抜き払うヒルダ。

「オーケー。ゴメンね、次はもうあんなギリギリなことはしない。ヒルダ、」

 操縦桿を操作、機関銃を腰のアタッチメントに引っ提げて、ウェポンリンクを一時カット。火器管制をSR表示に切り替える。

 フィリアは背中に機械で構成された右腕を伸ばし、右肩から腰部にかけて伸びている武器を取り外す。左手で銃身を支えて安定、右手で銃把を握り、トリガーに指をかける。

「私がスナイプで先攻する。シェスカが接近戦で確実に撃破、ヒルダはシェスカの左右から援護」

『了解、リーダー!』

『了解。フィリア、今度こそ周囲索敵は完璧に』

「承知ッ!」

 型番MDW-S750SA Sniper――――文字通りの、スナイパーライフル。

 遠距離狙撃。彼女の専門戦法であり、他のどの技術よりも扱い慣れた本領発揮だ。

『シェスカ、行くよ』

『はい!』

 両脇から二人が発進し、敵団との距離を詰めるのを確認して、フィリアは満足げな笑みを浮かべた。

 やっぱり――信頼に足る部下たちだ。

 彼女たちがいなければ、自分もここまでやって来れたか、生きて来れたかすら分からない。

「カウントスタート。5―――4――」

 真っ直ぐ、敵の先頭の機体中心目がけて、照準を引き絞る。

「3――2――」

 眼光を突き刺せ。そう、スナイプの恩師に言われたことがある。

 この長距離でも、僅かに狙いを合わせる時間さえあれば、非常に正確な位置に着弾させることができる。敵の動きはまだ二人を捕捉していないためか明らかに鈍い。

 欠伸をするより簡単だ。人差し指の形をしたマニピュレーターを操作――

「1」

 スイッチ。

 ファイア。

 鮮血の色をしたレーザーが、一直線に飛翔した。

 

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