(未完作品)XenobladeX 焼却のワルキューレ   作:夏葵 涼

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Episode.03 ガール・オブ・メモリロスPART1

『――NLA発足以来初の映画製作会社に期待が高まっています。ライフに収められているデータベースも、今後より多く発見されるといいですね。

 続いては、今朝のニュースです。皆さんご存知の通り、昨日NLA近域で展開された”ダブル・ゲート掃討作戦”は、我々地球人側の圧倒的勝利に終わりました。BLADE側の被害は極めて軽微で、敵軍駆逐は完全に完了され、緊急事態宣言は三時間後に解除されました。現在は交戦地の敵機残骸の撤去が進められています。NLAへの被害は皆無、マ・ノン宇宙船に一時避難した住民の帰還も今日の午前中までには終わる見込みです――』

「よかったですね、リジーさんは。B.B.メンテナンスセンターの設備資料保管物の早期復旧に合わせて、こっちの病棟も昨晩中に帰還整理の優先順に追加されて」

「……ああ、そうなんですか」

「ねえヒメリさん、いい加減そのカレー味分けてくださいって」

 朦朧としていた意識がふと取り戻され、視覚野が再び判然とした風景を認識し始める。

 清潔なベッドの向かい側の壁面に、天井のスマートプロジェクターから広角ホログラムが投射されて、有志が設立した民間報道機関によるニュース番組が順繰りにトピックを辿っていく。手前の広いスペースでスツールに腰かけた三人は、ディップソース付きのクラッカーを食みつつその様子を眺めている。

 何を取り決めた訳でもなく、まだ眠気も醒めぬ曙の刻、唐突にこの客人たちは乗り込んできたのだった。

 住民間の問題解決を生業とするユニオン、コンパニオンで随一の業績を誇るヒメリ・アランジは黙々とクラッカーを食べ進め、等間隔に顔を上げて微笑んではちょっと話題性を孕んだ場を和ますテイストの発言をする、「NLAの聖女」の二つ名に相応しい甲斐甲斐しさを発揮していた。

 対してその左隣で度々ヒメリの肩を突っ突いては、その無反応にムッと頬を膨らませるミーアは、どうやら引き当てた塩水味が至極ご不満のようだった。多くのブレイドが好む正装「ライトスーツ」に身を包んだ彼女は、ちょっと前までは行方不明で偉く酷い目に遭っていたのだという。

 彼らの右端で、寝起きの睡魔の余韻に抗いながら、リジー・ヒューストンは慌ただしく原稿を捲る新人ニュースキャスターに視線を合わせた。

『大量の敵機残骸は今だ戦地に残されており、現在もブレイドの担当班による回収が続けられています』

「実は私、回収班今日担当なんだけど、サボっちゃおうかなー」

「駄目ですよ、確かに報酬は勧めの雀の涙くらいらしいですけど、こんなちょっとした任務でもれっきとした人類への貢献なんですよ」

 両膝に両肘で頬杖を突くミーアに正論を説いて納得させようとするヒメリ。病棟に入院して以来度々来訪してくるようになったこのコンビは、性格が拮抗している割にかなり親密な仲のようだった。

「ヒメリちゃんがカレーディップくれたら行くー」

「そういう問題では……」

 他の手段でミーアを義務的任務に向かわせるよう誘導するよりも、明白で簡潔だけれど自分にちょっとした損失のある方法を取るべきか思案するヒメリは、見て取れるようにかなり自己犠牲的な面がある。他人への気遣いのためなら自らなど省みない彼女だからこそ、相談屋として多くの住民に慕われるのだろう。

 そんなことを考えながら、リジーはクラッカーの最後の一口を嚥下した。

 ――こうやって分泌された唾液と共に咀嚼して、消化器官の経由中に蓄えられた栄養分を搾り取って、その残滓が腸管を下り行く――遥かに遠い過去からずっと、生物に必要不可欠な生理的構造とその機能であった消化というそれは、もう神の創られし肉体とか人知の及ばぬ既製品とかではなく、たとえ模倣に過ぎずとも既に生理学技術はその全容を掌握しているのだった。

 こうして撫ぜる自らの肌の質感も、備え付けの触覚も、全て人工皮(アーティフィシャル)(・スキン)だと説明されても、元々の自分の身体という()()()()()を感覚的に記憶していないリジーはその差異も違和感も全く釈然としない。ただし唯一この躯体が作り物だと(ジョン・S・バルメトロ曰く「私は私の入ったワタシ」――『文学的視点から叙述する50年代の宇宙進出』より。ただし正確には”入った”というより”操る”である)実感できたのは、ちょっと前に病室に設えられたキッチンで包丁を手の甲に滑らせた時だった。

 予期しなかった光景を目にし唖然とした私はたまたま病室を掃除していた看護婦に応急処置を受け、ついでにこの不可解な現象について、

『我々の義体の内部構造の大半においては疑似素材が構成しているに過ぎず、もし抉ったり切り裂いたりすると噴出するのは鮮血などではなくオイル色の生体循環液です。血液の殆どの作用を分子レベルで再現するだけではなく、外部通信に対応した電気的なアクセスを可能にした最先端の輸液代替品は、その有用さの代償として少々解剖時の見栄えが良くありません。しかし色素の合成よりもずっと重要視されている事柄としては、例えば先ほどの場合でしたらお手元の端末一本ですぐに神経接続カットし痛覚を遮断いただける上に早急に止血していただくことができます』

 というどこいらの医学生がプレゼンするような小難しくて長ったらしいご解説を頂戴した。それに納得した私に押し寄せたのは、その看護婦への憐憫(誰にでもそういう言葉のチョイスで話すのだとしたら貴女友達いないでしょ……)よりも先に、じんわりと薄く滲んだ悲壮感だった。

 ああ。

 ここには誰も、本当の息をしていないんだな。

 ――私自身でさえも。

 隣で談笑する二人を横目に見て、あの後、しばらく誰を見ても、何を見ても付き纏って来た陰惨なイメージがふと蘇る。

 

 ――生気のない表情をしたマネキンが行き交う町。

 気味が悪いまでに病的な肌の色が、人間的ではない骨格の駆動と腱の伸縮が、しかし全ての人間社会らしい摂理を執り行っている。

 日が昇っても暗闇が訪れても雨ざらしになっても攻め込まれても。瞳のない白玉は虚空を見つめて、不協和音で会話が成立する。

 彼らは―――私は――――――――――私たちは。

 私たちのコピーだけが、人間らしく生きている。

 器を失くした私たちは、その無機質でぎこちない風景を、傍から見守っているのだろうか。

 それとももう、この思考でさえ、意識でさえ、自我でさえ、

「私」でさえ、複製なのだろうか。

 

「――あっいけない、リジー、そろそろ行かないと。もう七時だわ」

 ……思い過ごしか。

「はい」

 どうやらカレーディップを譲ってもらったらしいミーアがせっせとそれを食している横で、端末を弄るヒメリにリジーはそう返した。

 まあ、そんな妄想はどうでもいいのだ。

 自嘲気味に悲しく笑って、リジーはおもむろに腰を上げる。

 ――生きる目的さえない私には、何かしらの義務が必要なのだった。

 

 

 

 

 人工生体ブルーブラッド――通称B.B.。

 人体における殆どの生理機能を再現した義体(サイボーグ)は、NLA全ての――いや「白鯨」時代から――人類の、魂の器となっている。

 何故人類は自らを義体化せねばならなかったのか。それを説明するには、まず我々がこの惑星(ほし)にいる理由から話さなくてはならない。

 

 西暦2054年7月、人類は地球を失った。

 地球圏宙域での、突然の異性文明同士の戦闘。未知のテクノロジーによる大規模な破壊の連鎖は、地球全土に完膚なきまでの被害をもたらした。

 それを事前に察知していた統合政府は”地球種汎移民計画”を発動。各主要都市から数多くの恒星間移民船が飛び立つも、その大半は脱出しきれずに撃墜された。

 ――運良く離脱出来た内の一隻、それが「白鯨」だった。

 無残に大破した地球を後にし、当てもなく流浪すること早2年が経過したある日、ついに異文明の追跡部隊に発見され、襲撃を受けてしまう。

 防衛隊が懸命の応戦を試みるも、甚大な被害により主機関が機能停止。航行能力を失った白鯨は、なす術もなく未開の地「惑星ミラ」に不時着した。

 そうして今ここに拓かれているのが、モデルとなった都市の名前を取って――ニュー・ロサンゼルスだ。

 

 何故――B.B.を全人類に適用する必要があったのか。

 その由縁は、前記した地球種汎移民計画まで遡る。

 地球から離脱した後、大人数が居住可能な惑星を発見する――人類の叡智を持ってしても叶わなかった奇跡そのもの。それを探し当てるまでに、何十年、何百年かかるかなど予測がつくはずもなかった。

 そういう訳で生身の人体はコールドスリープによって永久保存される運びとなった。”ライフ”そう呼ばれる柩に「白鯨」全搭乗員の生体を、

  ”セントラルライフ”に意識体を。魂を、託して。

 人工感覚器官からの入力はセントラルライフまで送信され、そこに息づく中枢神経系が下した理解感情意思決定が、再びリターンしてB.B.を稼働させる。ラグが一切発生しないこの通信技術は、数年前に解明された自律神経系のメカニズムを応用して構築された。

 ライフには人体組織とそのOS以外にも、膨大なデータベースが収められていた。大量の書籍情報をはじめとした人類の叡智の記録の結集が小分けにされていて――そして、そのもっとも重要かつ大量の組織化記録媒体が保存されている”セントラルライフ”は最重要にして最大のポッドとして、白鯨の中心に、最厳重機関として保管されていた。

 唯一――B.B.再設定が可能なシステムが搭載されていた、施設だった。

 移民船「白鯨」のクルーとして、時の流れに身を委ねながら、小さな希望の光を追い求める。その意思が人類から損なわれないように、統合政府が全世界の研究機関を結集させて完成させた技術の完成形。それがこれら一連のシステムとして人類の常識となっていた。

 そしてその放浪が二年という短期間で済んだ代償として。

 人類は大量のライフを失った。

 グロウスの追撃部隊の威力は圧倒的で、人類は民間人を護ることだけで精一杯だった。

 白鯨内の民間人用居住区域――絶妙な軟度と硬度を生理学的に調整された(ハイパー・)緩衝素材(バッファード・ゲル)に因って唯一無事に不時着した設備、それが現在のNLAとなっている。

 しかしその他の機関は全て破損・離散し、人類が再び宇宙に飛び立つ日は夢のまた夢となってしまった。

 ライフの躯体はライフポッドと呼ばれ、小規模のそれはミラの各地で次々に発見されたものの、まだ大半が未開の地に取り残され――残りは、破壊された。主にグロウスなどの異星人組織、そして原生生物の攻撃対象とされたポッドの多くは守り切れずに、焼却された素材をミラの地に還した。

 その中で最悪の喪失であったセントラルライフは後に発見されたのだけど、その内部$

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能な状態であった。これはまだ限られた人物にしか公開されていない情報で、現状では探索隊の面々にも緘口令が敷かれている。その深刻さを全人類にあけっぴろげにするにはあまりにリスクが高すぎたのだ。

 

 

 ようやく落ち着いた平穏の中にも、過去の喪失は依然として沁み付いている。

 残された希望でさえ儚い、そんな現実が、人類には突きつけられていた。

 

 

 

 

『最後にお約束の広告です。人類唯一の民間軍事組織「BLADE」は随時隊員募集中! マ・ノン人もオルフェ人もザルボッガ人も、NLAも護りたいという意思がおありの方は、ぜひ入隊希望をブレイドタワー1Fサポートデスクまでご提出ください! また、疑問・要望等ございましたら次の番号にコールしてください――――』

 聞き飽きた数字の羅列が聞こえる前に、ラジオのスイッチを落とす。

 ニュースが終わるってことは、もうすぐ午前の七時だ。

「――シェスカ? 休憩しよ」

 ヒルダはヘッドセットの両耳をを手で押さえながら、突出したマイクにそう話しかける。

『いえ――もうちょっと――あと三分一本で――お願いします』

 息切れの混ざった彼女の通信を傍受して、軽いため息をつく。

 工業エリア西部・BLADE認可トレーニング施設「DePth」模擬戦演習室No.109。昨日中にオーダーしておいたサバイバルフィールド035「カーボン・ラビリンス」と人型ドローンのエネミーセットは既に大半を消費しており、ヒルダが陣取る横長のたわんだ指令室はそのフィールドを上から見下ろす形になっていて、その窓側に取り付けられたデスクには幾つものマイクとモニターとコンソールが埋め込まれている。

 シェスカが好むこのフィールドは冠する名のとおり炭素繊維製の高さ1.5メートルの塀が迷路状の地形を演出しており、銃撃戦にはもってこいのカスタムだが、実際にこのような地点で交戦することは少ないとしてあまり人気がないらしい。

 ただ、そのシンプルな構造は設営・撤収時間もコストも抜群で、単純な相性とかの問題ではなくシェスカは自分に気を遣ってくれているのかもしれない――と、ヒルダは何百と並ぶスイッチ類を素早く切り替えながら推察する。あの子ならあり得ないことではない。

「じゃあエネミー搬入口を南に切り替えるよ。エネミーレベルMAXを五体、ゲートが閉じたらカウント開始」

 廉価なAI戦闘ヒューマノイドは想定エネミーレベルの設定ができ、レベルMAXは「ブレイドの数チームが逃げきれずに幾人かの死傷者を出す」と銘打たれた文字通り最高ランクのAIを有している。ただしそれを併記として実戦投入できるレベルの実用性はなく、起動とペイントガンとの接続だけで出力は手一杯、電子的なリンクによってエイミングが調整されているために、AK一つ担ぐことができない。

 そしてそのぺインドガンといえば、30種類のカラーバリエーションに加え、拳銃から重機関銃(HMG)まで何十種類と豊富なカスタム要素が用意されている。被訓練者がB.B.にインストールする被着色彩識別(DCI)システムはそのペイント弾の着弾速度、被弾範囲と位置する身体部位を読み取ってダメージ計測をする。それが死亡判定の閾値に達すると、コンソールに「Trainee Alpha : defeated」と表示され、そうすればヒルダは少しばかりの驚嘆を添えて「珍しいね、撃破されたみたいだよ。訓練終了だ」とシェスカに伝えなくてはならない。

 そしてその当の本人は、フィールドの中央の壁にもたれ掛ったまま、脱水症状を窺わせるレベルに苛烈な発汗をしているようだった。そして彼女のヘッドセットから届く、断続的に反復される感覚の狭い呼吸音が一瞬乱れて、直後継ぎ接ぎの音声を構成する。

『了解、お願いします』

 

 そう応答して、平常に戻りかけている心拍を肌の上から撫で下ろす。

 全身の肌面からの溢れ出すような発汗が、インナーを雨ざらしのように濡らして、しかしまだ熱を宿したまま貼り付いている。気持ちの悪い感覚ではあるが、戦場ではそんなこと言ってられない。インナー類の上には上半身に白のタンクトップ、下半身に膝上のワークパンツだが、汗水はそれをも沁み出す量で、身体の輪郭がかなり際どく浮き出される。こういう時つくづく、チームに男性がいなくてよかったな、という実感が湧いてくる。

 史上最も多くの人命を奪ったと言われるAK-47を模したペイントガンの底部に、ベルトから抜いたインクバレット・カートリッジ(マガジン)を押し込む。

『ゲート開放。エネミー投入。訓練開始まで5――』

まもなく、けたたましいブザーがフィールドに響き渡った。

 銃身に左手を添え、トリガーに人差し指を差し込んで、いつ何時標的が現れても即時射撃できるようにしておく。

『4、3、2、1』

 頭の中を完全に切り替える。

 ”敵になるべく発見されないように敵を撃破する”ことに全身全霊を掛ける。所謂スニーキングというやつであり、シェスカが最も得意とする任務のカテゴリだ。そして想定レベル最高値の模擬敵歩兵は悉く、その隠密行動を見透かしてくる。発見されては潜伏するという連鎖の中で、先に隙を見せた方が受傷する。その究極が撃破による戦闘不能であり、その交錯に賭されるのが「個」としての人間にとって最重要項目である生命であるというスリル性の他は、単純な肉体と兵器同士の駆け引きに過ぎない。

 それはシェスカにとっては至極シンプルだ。作戦行動の機軸を総て己の本能のみに委ねている彼女は、作戦行動におけるあらゆる一挙一動が、ある種自明な選択だ。感情。気分。そういったエモーショナルな干渉を完全に排した動物的な状態に適応するのは難しいことではない。思考を捨てなくてはならないのではなく、思考する必要がないということ。ただ、高卒の脳のキャパシティに、ロジカルシンギングを並行させられるだけの余裕がないということなのかもしれないが。

 ――やがて、無感覚が全身を支配する。疲労や痛覚などの不利益な受容のみを鈍らにできるほど器用ではない。ただ極端な例で言えば、腿が裂けても関節の限界まで開脚ができるとか、そういうことだ。

『戦闘開始』

 刹那、飛来した銃弾が――真鍮の外皮を纏った鉛の塊が――仰け反って躱したシェスカの頭上を掠め、非殺傷性兵器(ノンリーサルウェポン)運用に対応した耐久度を練り込まれていた壁面に、小口径の、けれど容赦のない威力の確かな証左となる、口径7.62mmの弾痕を穿った。

 

 

 

「どうも。私がフィリアだ。フィリア・アレクセーエヴナ・メルクロヴァ。よろしくね」

 そう告げてにこやかに右手を差し出す女は、大して上背があるでもなく、軍閥出身という肩書に似つかわしくない細身であるというのに、パリパリの軍服に身を包みプログラミングされたヒューマノイドじみた秀逸なグースステップを披露する(この至極身勝手なイメージは、デバイスのライブラリに保存されていた幾つかの前世紀のミリタリームービーに起因する)ような、並の軍人にも劣らぬ威容を醸し出していた。とはいえデフォルトであれば怜悧さがうかがえたであろう精緻な顔立ちに浮かぶ笑みはどこかうきうきとしていて、口角の吊り上がり方が猫を連想させる。五指をいっぱいに開いた手はぴんと伸ばされて、反対の腕は腰に当てているが、手首から先がぴくんと外側にはねているのは愛らしい仕草ではある。

「――リジー。リジー・マスクグレイズ」

 名を告げて、流麗な締まりを帯びた白肌の掌を握り返す。その体温の低さに、少しぞっとする。

「……よろしくお願いします」

「うん。今日から君はわがチーム・フィリアの一員だ。申し訳ないが残りの二人のメンバーはトレーニング中でね――新人歓迎のためにちょっとくらい時間を割いてあげる甲斐性がないものだから」

「いえ、わざわざ私のために足を運んでいただくのも忍びないですから」

「そ」とリジーの儀礼的な返しはかなりあっさりと受け取られ、「まあ、NLAを案内しつつBLADEのイロハをざっくばらんに教えるだけだから。そのあとは練兵場で――ああ、この言い方は古いな――訓練施設で君の実力を測らせてもらう。戦闘経験は?」

「ええ、と―――――わからない、です」

「…………?」

 嬉々とした微笑みのまま小首を傾げる彼女に、リジーは何とかして上手く説明しようと思案する。

「――記憶喪失、なんですよ。リジーさんは。B.B.メンテナンスセンターの病室で目を醒ますまでの、ね。名前だって、偶然記録のあったライフポッドが回収されていたから判明したんですから」

 隣で見守っていたヒメリがそうフォローを入れ、哀愁に細められた目で私の顔を気遣うように覗き込む。それにおずおずと首肯するリジーは、自分が必要以上に憐憫を買っていることに複雑な心境を抱いた。記憶障害の当人にとっては、自らの過去の喪失という事実にそれほど明確な感情は湧かない。失くした物の価値が実感できず、またその欠陥はリジーの現状に殆ど支障をきたしてはいないが故、事の重大性を理解するのはなかなかどうして難儀に近いのだった。

「そうだったのか。それは災難だったな……私は君の外見的特徴――つまりピクチャだが――に加え君の姓名以外は何も事前情報を与えられていなかったから、知らなかったのだ。すまない」

 悪戯っぽい微笑だというのに、これほどまでに発言に合わせて同情を表現できるものなのか、と軽い驚愕に包まれる。場合によってはこちらが何が可笑しいのかと激情に駆られそうな表情はしかし、摩訶不思議とリジーに包容力のある優しさを感じさせていた。

「それって……いくらなんでもほんの一握りじゃないですか。本件の担当ってエルマさんですよね」

 訝しげな表情を浮かべたヒメリは言い、意見を窺うようにフィリアに向き直る。

「ああ。急な通知で、追及のコールも受信しなかった。確かにらしくないといえばらしくないな」

「普段のエルマさんは正反対ですよね。仔細な情報量を意識されていたと」

「そういう不自然な事柄は≪機密によるもの≫って決めつけちゃうのが一番手っ取り早いんだがな。どうやらその可能性は十分に残されている出自であるようだし」

 そこで初めて、フィリアが自分に向ける視線に品定めするような妖光が伴っていることに気付く。

「まあ、納得はできますが……それってつまり、上層部は彼女について、何か公にできないような秘匿事項を保持してる、ってことですか――――あっ」

 発言してから、酷く後ろめたそうにこちらに目をやるヒメリ。なるほど、この小動物的な愛らしさは異性どころか、同性にまで軽く衝撃を与えるに違いなく、かなりの人数に偶像視される閾値に達しているのは明白だ。

「……ごめんなさい、当の本人を差し置いて、喋ってしまって」

「いえ、全く」

「まあリジー、案ずるな。うちのお上は決してブラックな構成じゃない。むしろ人類存続の功労者トップ数十名をそのまま持ってきた形だからな。隠してるとしても、根拠はあるだろう。それも」

 次の句が吐き出される直前、フィリアのタイトスカートの右ポケットから徐に古風なジャズ・ブルースの一節が流れだした。

「――ちゃんとした理由がな」

 言いながら取り出したのは携帯端末(モブ)で、恐らくワンタッチで通話ボタンを選択した彼女は、反対の手で五指をピンと伸ばして私に向けて謝罪のジェスチャーをすると、その筐体を眼前に持ってくる。

「私だ。どうした」

『緊急事態だ。観光案内中かもしらんがすぐ来てほしい。そこにいるのならごめんね、新人(ニューフェイス)

 てっきり指向性だと思っていた通話音声は、5フィートほど離れたリジーたちでも明瞭に聞き取れる。ただしそれは平静な応答ではなく、単語間が頻繁に区切れ、その度継がれる荒々しい息遣いは、咽頭が訴える悲痛な軋みをたたえていた。

 彼女の通信から滲み出る焦燥感は、言語化されていない状況報告だ。

「……は、はい」

 反射的に返答するが、マイクの集音性能が広域か狭域か不明なことに後から気づく。

「状況は」

 淡々と、緩んだ表情を正さないままフィリアがそう訊く。

『地点はいつもの訓練施設。現在火器交戦中。フィールドにシェスカが取り残されてて、私はモニタールームから援護してるが――窮地に立たされてる。何が起きたのか全く分からないんだが、訓練ヒューマノイドが』

 直後ガラスらしき破砕音が次の句を遮り、ノイズ・キャンセリング機能が一時無効となった相手側のマイクが、戦闘区域の銃声と破壊音の連鎖を拾って音量制御を施さないまま辺りにそれを撒き散らす。思わず両耳を塞ぐリジーとヒメリだが、部下の苦境を静かに推察したフィリアは、おもむろに――そう、まさしくおもむろに――玄関口の自動ドアへと踵を返す。

「施設備品の暴走で、非殺傷性兵装のみ持ち込み可能なトレーニングルームで実弾銃による交戦に巻き込まれているということか――応答を。ヒルダ、ヒルデガルト。応答を」

 だが言葉はおろか呼吸音でさえも届かない。

 スタッフや入院患者が仰天して皆立ち竦んでいる合間を縫って、澄む靴音を残しながら彼女は外へと向かう。

「ヒルダ」

 唱えるようにそう名を呟く。追いかけようと咄嗟に腰を上げたリジーは、それが呼びかけだと気付くのが遅れる。

「フィリアさ――」

「ヒルダ返事」

 鈍く外界との遮断を開放し始める扉の隙間を抜け、またも朗読のような抑揚のない発声をする。

「わ、私も行きます」

 そう半ば叫ぶように告げて彼女に追いついたリジーは、背面からその表情と手元を覗き見て、脊椎の神髄から震撼した。

 眉を憤怒にゆがめて宙を睨むでもなし。逆に、今までと変わらぬ不敵な笑みを絶えず浮かべているでもなし。

 批難がましく半分塞がれた瞼の下で昏い光を発する死んだ瞳の先で、官製デバイスが流血も厭わず五指をめり込ませて握り潰されていた。レアメタルリサイクル施設の中途半端な作業過程のように筐体をひしゃげさせてもなお緩められない握力で、精巧な人形じみた二の腕が不穏な震えを発している。

「ヒルダ」

 もう一度、彼女は繰り言を力なく空気に拡散させる。

 

 

 

 限界が近づいているのは自明だった。

 頭蓋にどうにか深い穿孔を抉りとって機能停止に追い込んだ一体のヒューマノイドの残骸に身を隠して、奪い取ったAKの装填弾数を確かめながら、シェスカは肩で圧迫したカナル型ヘッドセットに囁く。

「ヒルダ――どうしたの? 援護射撃をお願い。南東に引き寄せて」

 適する応答を返すには十分に過ぎる時間の空白が経ち、背筋を意地悪な悪寒が襲う。

 昨今の通信機器は話者の発声だけを明瞭に拾い取り、周囲の無関係な雑音はほとんど完全に除去することができるテクノロジーを大抵備えている。音声通話に画期的な利便性をもたらした2040年代を代表する技術革新の一つだが、この状況ではそれが仇となって、シェスカの不安を悪化させる。相手側の環境音から状況を推測することが不可能だからだ。機器の不具合、妨害電波の干渉。考慮し得る通信途絶の要因は幾らでもあるが、判断材料はノイズが走らないことぐらいだ。

 先ほど私がこちらに誘き寄せた暴走――軍備系においてこの語は本来の意味に限らず、本来の使用意図に反した危険性を発現した状態を指す――ヒューマノイドたちが、カーボンウォールを薙ぎ倒す音が響く。幸いサーモセンサーを搭載していない訓練用カスタムでも、この残骸からわずかでも身をはみ出した刹那、探知した排除対象に叩き込まれるのはふざけたカラフルな絵の具の塊ではない、人肉をミンチにするための鉛玉だ。水鉄砲のお遊びは本来の目的を取り戻したというわけだ。過失か、あるいは誰かの謀略によって。

 そのため、シェスカは同僚がいるはずの反対側を目視で確認できない。「プライベート・ライアン」でミラー大尉が銃剣にガムで鏡を接着したお手軽ハンドミラーのような便利器具も生憎持ち合わせていない。繰り返すが通信でも安否は判別できない。敵数の報告がない以上、無闇な手は打つことができない。身体を任せていた本能でさえ混乱している。思考が柔軟性を完全に失う。

 どうしたらいい。

 どうすればいいの。

 選択を迫られる。このまま座視して状況の好転を待ちあぐねるべきなのか。それとも無茶苦茶でもいいから飛び出して応戦したらこの窮地から脱することができるだろうか。

 まあまあ落ち着けシェスカきみはまず心拍数を抑えよう。焦燥に気圧される呼吸を調整しよう。

 冷静に状況を判断しろ、できるだけの楽観視をもって、目前の価値を過大評価しないこと。そうだな、先ほどの二択を失敗した場合、当然の帰結としてシェスカはママの台所でダニー坊やが悪戯心で調理前の生肉をアイスピックでぼこぼこにしたような様相を呈するだろう。シェスカ・アッシュフィールドはあえなく骸となり、加減を知らないAI電脳は無際限にこの肢体にグロテスクな穿孔を掘り続ける。彼らの人工知能は不特定多数の撃破を旨とする実戦用ではなく、単純に相手を叩き潰すことに特化した対戦用に過ぎない。敵兵がシェスカ一人だと通告されている彼らは()()()殺害を試み続ける。対象の死亡を確認する機能を持たないからだ。

(私は受け入れられない)

 唐突に私の内に沸き起こるその思いは切実だ。

 こんないつも通りの辛くもない訓練にちょっとしたトラブルが起こっただけで絶命すると? たかが人の形に似せられた機械ごときに実戦の前に肉塊に仕上げられると? そう、たかが訓練で死ぬだなんて、そんな痴態とても曝せない。

 曝せ()()ない。

(私が巻き込んでしまった先輩に――)

 選択は決定される。

 恐慌状態から復帰した思考が覚悟を抱き始める。無意識下で演算(シミュレート)されたプロトコルが整然なパターンとして脳髄に染み込んでゆく。

 半世紀前の虐殺兵器のレプリカを両手で構え、悠然と、シェスカは険しい顔を上げる。

 

 

 

「背面だ」

 言い放ったフィリアが、通りかかったブレイドに借り受けた短機関銃(SMG)を投げて寄越すのを、リジーは両腕で抱えて受け止める。

「君は私の背後を警戒しておいてくれ。万一のためだ、敵は全部私が殺るが、もしもの時は自衛しろ。撃鉄は下りてるから、トリガーを優しく引くだけで連射される。運用には気を付けろ」

 漆黒の塗料が陽光を反射し、厳然とした殺傷力の塊としての畏怖を私に押し付ける。腕にかかる重量にはいくらか、そうした視覚情報によって勝手に演算されたイメージが含まれているだろう。

「それはそうと、これは後々言おうと思ってたことなんだが――正確には初任務前のつもりだった」

 フィリアはセンター前に駐車してあったオフロードバイクに近づくと、デバイスを掲げてロックを解除する。バイクの胴部の左側に引っ掛けられているアタッシュケースを確認すると頷いて、滑らかなレザーのサーフェスが高級感を醸し出す座面に跨った。

「私たちは端的にいうところの精鋭班だ。最少人数で編成されている。女性しかいないのはただの偶然だ」

 差し出される手を取って、車高と自らの脚長の差を跳ね飛んで乗り越えると、指示通りにフィリアの腰に両手でしがみ付く。

「私たちは所属兵科に起因する優遇制度を受けている。金にも困らないし、上層部にも対等に張り合えるほどの発言権を有している。戦線は私たちを取り囲むように組まれ、後方の切り札として残される。有用性に見合った待遇を享受する対価として、私たちは十分な働きをしなくてはならない。わかる?」

「は、はい」

「インターセプター所属フィリア班」

 エンジンが掛かり鈍重なキックバックがバイクを揺らす。

「だがそれは名ばかりだ。私たちは実質的にはそのヒエラルキーには組み込まれてさえいない。BLADEの構成そのものである8ユニオン制と、形式上以外では何の接点も持たない。エルマが何を思ったのかは知らないが、君は大変な部署に配属されたことになるぞ――恨みを買い、常に相手の裏を窺わねばならず、時には集中的に命を狙われる場合だってある。技術は後でいくらでも追いつける。今君に必要なのは、覚悟だ」

 フィリアの発言が指すところを捉えかねて怪訝な顔をしているリジーに、振り向いた彼女の視線が宛がわれる。

「私たちは内部監視局(CIB)。――人呼んで”プロヴィデンスの眼”」

 そしてフィリアは、薄く微笑みを色味のない唇で形取った。

 それは適した感情の付随していない、どこか儚げな悲しさをたたえた、愛想に過ぎなかった。

 

「歓迎しよう、リジー。ようこそ、裏切り者たちの公益事業へ」

 

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