第101話
闇よりも深いヨツンヘイムの中に響き渡る。闇その物の粘りつくようなこの雰囲気とは全く似合わない、ヒステリックな女の怒声
「もう最悪!なんでこの時に動けないのよ!」
ヨツンヘイムの中に響く怒声イナリだ。龍也の仕掛けていた魔力爆弾で全身が麻痺して動きたくとも動けない状況に、苛々だけが募りこうして怒鳴り散らしている。壁に背中を預けて目を閉じていた狼の頭部を持つネクロ。アヌビスはうっすらと目を開き
「やかましい。そうやって動いている暇があれば、少しでも魔力を蓄えろ」
守護者の魔力が散布されたことで思うように魔力を集めることが出来ず、身体が麻痺しているのだから。少しでも魔力を蓄えて動けるようになるべきだろうと思いながら言うとイナリは
「うっさい!アヌビス!ってあああ……気持ち悪い」
八つ当たりするかのように我に怒鳴りかかってきて、へたり込むイナリ。全然学習しない奴だ。守護者の魔力が散布されてから2日。毎日毎日同じことを言って飽きないのか?と呆れていると
「イナリ。アヌビスの言うとおりですよ、今は身体を休めなさい」
マントを翻しながら部屋に入ってきたベリト様の言葉にイナリは
「ベリト様……ううーだけどあの兎を早く殺してネクロにしたほうが良いじゃないですか」
我らよりも魔力量の多いベリト様はぎこちないながらも動くことが出来ていた。こうして騒いでいるイナリを鎮めに来てくれたようだ
「それは私も理解しています。守護者達が居ないうちに準備を整えたいですからね、
守護者の魔力反応がこの世界から消えた。動くなら今のうちだが、この身体では思うようには動けない。ISなど万全の状態なら取るに足りんが今の状況では負けはしないが勝ちも出来ない。まずは魔力の回復が最優先だ
「ラクシュミは精神リンクで世界に散らしていた、分身体で動いていますし、ヴォドォンが適当に人間を捕まえてきてくれています。少しずつ魔力を回復させるのです、良いですね」
ベリト様にそう言われたイナリはしぶしぶと言う感じで頷き。目を閉じた、魔力の収束に集中するためだろう
「所でペガサスの奴はどうしたのですか?」
守護者の魔力がヨツンヘイムに散布された時に、ヴォドォン・ペガサス。そしてハーデス様はいなかった。ハーデス様は好き勝手に人間を殺してベエルゼ様の魔力を回復させるために魂狩りをしているのだろう。ヴォドォンはベリト様の命令で我達に与える魂を狩りに行っている。あいつは人間と同じ姿をしているから魂狩りがしやすいからだ。だがそれを言えばペガサスも同じはずなのに、ここ数日姿を見てない。それが気になり尋ねると
「私も見てないので何とも言えないですね。ペガサスは魂狩りには余り積極的ではないのでそうきにすることも無いでしょう。ベルフェが動けるようになれば早く回復できるようになります、それまでは大人しくしていてください」
そう言って出て行くベリト様の背中を見ながら我はは
(なぜ何も言わない)
上位ネクロである。ベリト様からすれば命令を聞かず動き回るペガサスの存在は面白くないはず、なのに何故ペガサスを自由にさせているのか?
(何か理由があるのか?)
ベリト様達がペガサスを自由にさせているのは何か理由があるのか?その理由を考えようとしたが
(ぬっ……限界か)
意識が途絶え掛ける。自身の身体を維持するだけの魔力がなく、睡魔が襲ってくる。人間の眠りと違ってネクロの眠りは長い。魔力がある程度回復するまでは目覚めることはない。我は泥のように深い眠りへと落ちていったのだった……
ペガサスの事を気に掛けていましたか……アヌビスと話をした後。ヨツンヘイムの動力室に向かいながら
(中々頭が切れる)
イナリは外見上は大人の女性と言う感じだが、その実癇癪を起こしやすく子供っぽい性格をしている。アヌビスは生粋の戦闘者のネクロだ。ペガサスを自由にさせている私達に疑問を感じたのだろう
(とは言え御せないのが現実ですからね)
ペガサスは何処かの世界で拾ったネクロだった。人間からネクロに変化した極めて珍しい固体、指示も聞くし戦闘力も高い。だけど完全に心まではネクロになっていない。つまりいつ牙を剥くか判らない存在に必要以上の情報を渡したくないのだ
「あの子達もまた眠りにつきましたか」
自分達のオリジナルからISのパーツを奪ってきた。桜鬼達はまた眠りに落ちている、外見こそ違うがその本質は同じ人間。1つの世界に同じ人間は存在できない、桜鬼達は異物として認識され必要以上に魔力を消耗してしまったのだ。目覚めるのは恐らく1週間前後掛かるはずだ。そんな事を考えながら動力室に向かっていると背後から声を掛けられる
「私にはまだ動くなと言うのか?ベリト」
通路に背中を預けるネクロ。肩幅の黒髪に鋭い光をその目に宿したネクロ。この世界の織斑千冬がネクロ化した存在で
「ウィントヒルデ。ええ、申し訳ないですね。もう少し待っててくれませんか?」
私がそう言うとウィントヒルデは面白くなさそうに眉を顰めて
「私は少しでも早く、一夏を手にするだけの力が必要なんだ」
狂気に満ちた目で私を見るウィントヒルデ。とは言えその一夏が居ないのだから出撃しても意味が無いのに、その苛々を晴らすために人間を殺したいと考えているのは判る。だが
(今ここで下手に暴れられると足が付く)
恐らく守護者はミッドチルダに居てもこちらの情報を集めているだろう。大規模殺戮とかをあれば私達が動いたと気付く。攻め込まれるわけには行かないこの状況で後始末を考えることの出来ない。ウィントヒルデを出すわけには行かない、ヴォドォンもハーデス様もそこのところは理解していて、世界の紛争地に紛れ込み魂狩りをしている
「仕方ありませんね。ついて来てください」
「?まぁいいだろう」
不機嫌そうな顔をしてついてくるウィントヒルデをヨツンヘイムの動力室のラボに案内する
「これは……」
目の前にあるハンガーに下がったISを見てにやりと獰猛な笑みを浮かべる
「気に入ってくれましたか?貴女のISの改修体「サラウンド・ノワール」です」
R・暮桜と守護者の所から奪い去った、ISの改修データを元にネクロコア・デクスコアの2つを搭載して、出力を倍以上に強化した事で従来の装甲よりも重厚な物を搭載し。武装もデバイスの情報を流用し強力な物になっている
「どうかしら?これで改修は6割。完成したら守護者相手でも互角に戦えるし、何より簡単に一夏を捕まえることが出来るわよ」
私がそう言うとウィントヒルデはふんっと鼻を鳴らして、私を睨んで
「狸め。私以外の機体も改修しているくせに」
「それは仕方ないわ。向こうも改修してるもの」
守護者達がクラナガンに帰ったのは恐らく改修の為。となればこっちも改修しなくては勝ち目はない。無論機体の性能だけで勝負が決まるわけじゃないけど、準備できるものは準備して置いた方が良いからだ
「だけど貴女のはあの子達のよりも強力よ。元が違うからね」
外見をコピーしただけの桜鬼達と、最初から改修を前提に作っていたサラウンド・ノワールでは比べるまでもなく。サラウンド・ノワールの方が上だと言うと
「まぁ良い。これが完成する頃には一夏達も戻るだろう。それまでは大人しくしていてやろう」
そう言ってラボを出て行く、ウィントヒルデを見ながら私は
(さてとこっちも作業を始めましょう)
まだ身体の動きは鈍いが動けないわけではない。少しでもヨツンヘイムの改修を進め、更に6機のISを改造する。やる事は山積みだ
(この程度で私の動きを止めれると思わないことですよ。守護者)
確かに普通のネクロではこの状態では動くことも辛いだろう。だがあいにく私は普通のネクロではない、私は魔力操作に特化したネクロだ。身体の中に魔力を通して魔力で身体を動かす事が出来る。
(貴方の思い通りには行きません)
全てはベエルゼ様のために……私はこんな所で立ち止まって入られないのだから……
「ベエルゼ。気分はどうだ」
王座に腰掛けて魔力の回復に集中しているとハーデスに声を掛けられ、閉じていた目を開きながら
「大丈夫だ、問題ない」
私がそう言うとハーデスは不思議そうな顔をして
「これだけ守護者の魔力に満ちているのにか?」
出撃していた面子が戻ってくると同時に起爆した魔力爆弾。そのせいでヨツンヘイムには今守護者の魔力が満ちている
「ああ、それもまたいい刺激だ。あの時敗れた私の未熟さを思いだせる」
私は1度LV3のときに守護者と対峙した。荒んでいて私達を倒す事だけを考えていた時の守護者だ。LV3、6体とLV1・2が15体の中くらいの部隊だった。あの時私は楽に守護者を倒せると思っていた、だが結果は惨敗。ディランスによりネクロ化した守護者にほぼ全員が殺された。私は命からがら逃げることに成功した
(あの時ほど私の能力に感謝したことはない)
空間に関する能力を持つ私は、自身のみをなんとか違う空間に逃げることに成功し守護者からの攻撃から身を護ることができ。こうしてLV4にまで進化する事が出来た。だが
(あの時の敗北の屈辱。未だに忘れることなどできん!)
ただの人間と侮り、片目と腕を切り落とされ……無様に逃げ出したあの屈辱
(守護者を倒すことでしか晴らせん!)
俺が甲冑の下で歯を食いしばっていることに気付いているハーデスは
「そうか。なら俺は少しでもお前の魔力が回復するように人間の魂を狩って来よう」
「すまない。頼むぞ……友よ」
私が歩き去っていくその背中に声を掛けると、ハーデスは腕を上げて返事を返す
(ハーデス。お前とも長い付き合いだな)
共にバラガルとの配下として出会い。共にLV4へと進化し、そして私はバラガルトに能力を疎まれ……お前はその能力の強大さゆえに恐れられ封印された。こうしてまた会えそして同じ目的を持ち進んでいける
(今度は負けない。私が勝つ!)
戦う決意を新たにし目を閉じようとした所で
「やほ?ベエルゼ。呼ばれたから来たよ。何のよう?」
ネルヴィオが王座の間に入ってくる。私は閉じかけた目を開き
「単刀直入に聞かせて欲しい」
ネルヴィオは一応私の配下として人間をネクロと変化させたり、出撃してくれていた。我を通すが有益な部下としていてくれた……だが
「お前は私よりも遥かに高い地位に居るのではないのか?」
私の問い掛けにネルヴィオはにこにこと笑ったまま
「何の事かな?判らないけど」
笑ったままのネルヴィオに私は
「誤魔化さなくていい。LV5から手を引けと言われているのだろう?」
この言葉にネルヴィオは少しだけ顔色を変えて
「いつから知ってた?」
「ふっやはりか」
「鎌をかけたの?中々切れるね」
くっくっくと苦笑するネルヴィオ。前々からそんな気がしていた、私もベリトもベルフェも気にした素振りを見せず、自由気ままに振舞うその姿に
「私の尋ねたいことは1つだけだ。LV5はここに来るのか?」
LV4よりも上の階級。私達とは比べようがないほどの力を持っているのがLV5だ。LV5が動けば、私達の意思など関係なくLV5に従わざるを得ない。だからそれを尋ねるとネルヴィオは
「来ないよ、正直この世界なんてどうでも良いって思ってるよ。だから私にも手を引けって言ってるんだよ」
そうか……やはりか……なんとなくそんな気がしていた。守護者と戦っているのに何の音沙汰もない。その事が気になっていたが、今のネルヴィオの言葉で解決した
「朗報だ。感謝する、私は私の目的の為に戦える」
突然来て言うことを聞けと言われてもはいそうですか、で収まる訳がない。LV5からの口出しがないと判れば好きに戦える。これ以上の朗報はない
「ふーん?私には理解できないよ。まっ、ここに居る間は力を貸してあげるよ。ベエルゼ」
ネルヴィオは興味がなさそうに王座の間から出て行く、私はその背中を見ながら目を閉じ眠りへと落ちていったのだった……少しでも早く戦えるだけの魔力と体力を蓄えるために……
気付かれちゃったか……私は自分の部屋に帰りながらそんな事を考えていた。ベエルゼのハッタリに乗ってしまったのは私だけど、まさか私の言動でその後ろに気付くなんて思ってもなかった。流石はLV4と言った所だろう
(そろそろ引こうかなあ……でもセリナがなぁ……)
私だけならもう撤退しても良いと思う。だけど友達のセリナがユウリが欲しいと言っている。出来るならユウリをネクロにしてから、この世界を去りたいと思うし。前にランドグリーズに聞いたことも気になる
(聖魔王……あいつがリーエの仲間に加わると厄介なんだよね)
どんどん仲間と力を身につけて世界を流離っているリーエ。今までは取るに足らないと思い見逃して来ていたが、そろそろ鬱陶しくなってきた……お父様の周りに居る邪魔者を殺すか、リーエ達を殺すか?頭の中でシュミレートしてみる
(どうするかな。クラナガンに行こうかな)
癪だけどランドグリーズに言えば、LV4も手駒に出来る。それなら十分クラナガンに仕掛けるだけの戦力を得ることが出来るが……
(うーんそれもめんどくさいよね)
今居る世界は私が本来居る時間から考えれば、過去になる。過去で行動を起こすのもめんどくさい、リーエを追いかけるのはアークがやっているし……私が態々動くまでもない
(お父様が居るから来たけど思うように行かないなあ)
通路を歩きながらこれから如何するかを考えながら自分の部屋に戻ると
「おかえり。ネル」
ぬいぐるみを抱えて歩いてくるモモメノを抱き抱えて、頭を撫でながら
「セリナは?」
一緒にいたはずのセリナの姿が見えずそう尋ねると、モモメノはポッドのある部屋を指差して
「寝てるよ?疲れてるみたい」
セリナは前の出撃でユウリにあって少し不安定になっている上に、お父様の魔力がヨツンヘイムに散布されたことで更に不安定になってしまったので眠っている。モモメノはユニゾンデバイスだから影響は無いし、私は丁度その時にヨツンヘイムを離れていたから影響がない。
(まぁ居たとしても大した影響はないんだけどね)
私にはお父様の魔力は毒所か薬だ。魔力が逆に回復する、ベルフェとベリトがうるさいから大人しくしているけど本当ならベエルゼの言うとおり、あの2人なんて敵じゃないけど……今はこうして大人しくしているほうが都合がいい。私にもお父様の魔力は有毒なんだと思わせたほうが色々と動きやすいからだ
「お菓子でも食べようか?」
とりあえず、今は大人しくしていようと決めて。モモメノにそう尋ねると
「うん♪食べる」
にぱっと笑うモモメノをイスの上に座らせて、私はお菓子とお茶の準備をするのだった……
(ああ。早くお父様に会いたい)
自分でこうしてお茶を淹れるのも、お菓子を作るのもいいけど……やはりお父様のお菓子とお茶が欲しい。その為には
(早く邪魔者を全部殺さないとね……)
私はお父様を縛る者を許さない。だから全部壊してやる……そうすればお父様は私のところに来てくれる。そしたらずっと一緒に入れる
(ああ、その時が楽しみだなぁ……)
早く言葉をかわしたい……触れ合いたい……私はずっとそれだけを考えて生きてきた……この気持ちだけが私が私だと言える証明だ
(まずははやてあいつから壊してやる)
はやての存在がもっともお父様の存在を損ねている。何をしてもあいつから壊す……きっとそうすれば心が晴れやかになるんだろうなあ……私はボロボロになったはやての姿を想像して笑みを零しながら、お茶の準備を終えて
「はい。出来たよモモメノ」
「うん!ありがとう」
私は束の間の平和な時間を楽しむことにしたのだった……動くのはお父様が帰ってきた後からで十分なのだから……それにこの世界にいるベエルゼとかが死のうが何の痛手もないみたいだしね。私はそんな事を考えながら、モモメノの前にホットケーキを置くのだった
第102話に続く
ネクロの陣営も色々と動いております。暗躍こそがネクロの専売特許ですからね、今回出なかったネクロは次回で出てきますので楽しみにしていてください。104話くらいで束とかの話を入れて行きたいですね。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします