第124話
「まぁー暇つぶしにはなったかなあ」
イスに腰掛けそう呟く、束が人間を憎むようにと襲撃犯に人間を使ったが、もうここまで来たら必要ないので全員殺したのだが……若干後悔している。無論人殺しに後悔しているわけではなく
「勢いに任せすぎたかな」
いい感じで計画が進んでいるのでベリト様に褒めて貰えると思うと、お土産を持って帰って更に喜んで貰おうと思い人間の魂を刈り取ろうと思った。だから周囲の人間を皆殺しにしたのは良いんだけど、むせ返るような血の匂いに顔を顰めていると
「……い、イナリ。早急に……離脱しますよ。この作戦は……失敗です」
茂みを掻き分けてヴォドォンが姿を見せる。だがその姿はボロボロで私は座っていた椅子から立ち上がり
「どうしたのよ!?なにがあったのよ!?」
私達ネクロが人間に負けるわけがない。だけどこうしてボロボロの姿を見ると何かあったのかもしれない
「……守護者が来ています……今の私達の戦力では……勝てない」
「な!?なんであいつがこんな所に来ているのよ!おかしいじゃない!」
ここは中南米の山の中。日本に居るはずの守護者はいる訳がない。だけどヴォドォンの姿を見ると嘘だとは言えない
(いやよ!ここまでやったのに!どうしてあいつ1人のせいで失敗になるの!?)
私がベリト様に任されたのに!なんでこんなときによりによってあいつが出てくるのよ
「戻りましょう。今ならば「嫌よ!私が任されたの!私が完璧に遂行するのよ!ベリト様の為に!」
私はこの世界で生まれたネクロだ。そんな私にこんな大役を任せてくれたベリト様に失敗しました。なんて報告は出来ない
「しかし……私とイナリでは守護者に一矢報いる事も難しいですよ。それこそ捨て身でなければ」
ヴォドォンが顔を顰めながら言う。身体が痛んだいるのだろう……守護者の攻撃はネクロには猛毒と等しいからだ
「そんな事は判ってるわよ!」
守護者の実力は嫌と言うほど知っている。だけど任されたのに何も出来ませんでしたで撤退なんかしたくない
「ギリ」
なら私に出来ることをする。指を噛み切り、着物から取り出した紙に血で文字を描く
「何をするつもりですか?」
怪訝そうな顔をしているヴォドォン。若干回復しているので既に口調は普通だが限界が近いのか顔色が悪い、恐らく交戦した後なのだろう
「デクスを呼び出す、それにディースガルムも」
ベリト様から預かったデクスもディースガルムもまだ数が残っている。狭い通路の中ではデクスとガルムの野生は充分な脅威になる
「いけっ!全てを食い殺せ!」
雄叫びを上げてラボの中に向かっていくデクスとガルム。これで以下に守護者とは言え無事には済まないはずだ、束に人間を憎ませてネクロ化させるのがベストだったけど、この際手段を選んで入られない
「イナリ。ヴォドォン……」
突然背後から聞こえたベリト様の声に振り返ると同時に膝を付く。もしかしたら私の作戦の失敗をお叱りに……
「イナリ。良くやってくれました、守護者が来なければ今回の作戦は完璧だったでしょう」
叱られると思いきやベリト様の言葉は私を褒めてくださる物だった。思わず顔を上げると
「戻りましょう。この場に残りベエルゼ様の居場所を守護者に教えるわけには行きません、早急に戻りますよ」
態々迎えに来てくださったベリト様に深く頭を下げる。だが
「し、しかし束のネクロ化は?」
その為にここに来たのにここで撤退してしまっては束のネクロ化は
「今回は諦めましょう。守護者が来たのですから、恐らく束は無事に連れて行かれるでしょうから」
その言葉に唇を噛み締める、本来の目的を果たせなかった不甲斐なさからだ
「ベリト様。私が残り束の遺体だけでも持ち帰りましょうか」
ヴォドォンがそう進言するがベリト様はいいえと首を振り
「束の知識は充分に得ました。無理にネクロ化する事はありません。戻りましょう……それに少し問題もあるのです。イナリの力を貸してほしい」
繰り返し戻りましょうというベリト様。そして私の力を貸して欲しいと言う言葉に少しだけ暗い気分が払拭されるのを感じながら
「命に従います」
上位レベルの指示は絶対。取り分け私にとってベリト様の指示は絶対だ……逆らおうなんて思えない。私は悔しいのと不甲斐ない気持ちで一杯になりながらベリト様と共にヨツンヘイムの宮殿へと戻るのだった……
(今度は必ず……貴女のご期待に答えて見せますから)
LV3である私に他のLV4がいたのにも関わらず、私に指揮を取らせてくれたベリト様。今回は失敗だったが、今度はこんな無様な真似はしないと心に誓うのだった……
八神龍也は周囲のネクロを片っ端から手にした剣で引き裂いていく、私があれだけ苦労したのに見る見る間に数が減っていくネクロを見ると思わず舌打ちの1つもしたくなる。なにせ私が命懸けで漸く4対を倒すのがやっとだったのだから……
(これが魔導師の力なのか)
私が苦労して作り出したAMF弾なんかよりも遥かに強力だ。これが魔法使いの……そしてその中で最高峰と言われる八神龍也の実力……正直言って私の想像をはるかに超えていた。自分とは違うと判っていても納得できない、その理不尽なまでの力の差に……嘆けばいいのか、嫉妬すればいいのか?わけの判らない感情が私を支配する
「ISを解除しろ、手当てをする」
私の隣にしゃがみ込んでいる女。圧倒的な力を前に思わず目を奪われるのは当然のことと言える……力はそれだけで圧倒的な存在感を持つのだから、取り分けあの男の持つ力は強大すぎた。思わず目を奪われるほどに……
「あ、ああ……今解除する」
普段なら自分の身体に触れられるのは嫌だが、今はそんな事を言っている場合ではない、言われた通りISを解除すると
「これはまた随分とひどいな。大丈夫か?」
ウエストポーチから薬品を取り出しながら尋ねて来るので私は
「そう見えるならお前の目は節穴だ」
さきほどナイフで抉り取った肩の肉を見てそう呟く女にそう切り返す。少し混乱していたが既に冷静になったのでいつもの口調になっている。女は怒る素振りも見せず、それだけの事が言えるなら平気だなと呟き私の傷の手当を始めたのだが……私の肩の傷跡を見て
「もう腐ってきているぞ?なにか「触れるな!フレイア!」
八神龍也がそう怒鳴るとフレイアと呼ばれた女は驚いたようで振り返りながら
「急に大声を出すな。驚くだろう」
その一喝は確かに驚くほどの大きな声だった。八神龍也は最後のネクロを両断し私の肩の傷を見て
「ヴォドォン相手にISで勝負か?正気の沙汰じゃないな」
呆れた口調で言われ、私は少しだけカチンと来た。私だってヴォドォンの危険性は理解していた、だが襲われた以上逃げる事も出来ないので攻撃するかしかなかったのだから
「お前が遅かったせいだな」
「そりゃ悪かったとでも言うかね?」
ん?と人のいい笑みを浮かべているが、それはとてもではないが、良い人間と言えない笑みだった。全てを見通すようなあの蒼い目も苦手だ。
「まぁその侘びだ。傷は治す」
そう笑い私の傷に触れた八神龍也が一言呟くと傷は瞬く間に塞がる。それを見ていたフレイアと言う女が
「何度見ても理解できんな」
それは私も同意する。魔法と言うのは理解できる物ではないと思っていたが、こうして近くで見てもその感想しか思い浮かばない
「口で説明するのも難しいし、魔法使いと言うのはみんなそんな物だ。使えるが、どういう原理化は詳しくは知らない。ただこういう効果があると知っているだけだ」
それはなんともいえないな。だが完全に痛みが消えているので効果はあるらしい
「さてではアズマ。束はどこだ?あの馬鹿者を連れて帰って欲しいと言うのが箒の頼みごとなのだが?」
そう尋ねて来る八神龍也。束が馬鹿と言うのは納得できず黙っていると
「ネクロにISの情報を渡した馬鹿を馬鹿といわず何と言えばいい?知っているなら教えてくれ」
この嫌味っぽい言葉に腹が立つが事実なのでむうっと呻く。それを見ていたフレイアが
「助けに来たのだよな?喧嘩しに来たんじゃないのよな?」
「向こうの出方次第だ。聞き分けのない子供に根気良く話すほど気が長くないのだな。駄々をこねるなら殴ってでも連れて帰る」
「それはいい、ぜひそうしてくれ」
束は人の話を聞かない。それにネルヴィオに色々話をされているので間違いなく八神龍也の話は聞かないだろうから、それがベストだとおもう
「話が早くて助かる。時間もないから急ごうか」
そう言って歩き出す八神龍也に私は周囲の消滅しているネクロを見て
「もうネクロはいないのでは?」
「監視していた上位レベルの魔力の気配が消えて、代わりに大量のネクロの気配が近づいている。それに生き残りの人間もネクロの終われる形でこっちに来ている。時間はそれほどないぞ?」
そう言われてラボのカメラと直結しているブラッドバニーを起動すると、確かに複数の人間の気配とネクロが近づいてきているのが判る。
「こっちだ着いてきてくれ……うっ」
一瞬視界が揺らぎ倒れかける。束が作ってくれたウサギの耳のリミッターを外しているので、その反動が出てきている
(まだ、まだ大丈夫だ)
まだ意識を失い程ではない、まだ進める。まだ私の命の灯火は残っている……
「こっちだ」
半ば足を引きずりながら歩いていると八神龍也が小さな声で
(お前のあり方は好ましい。こんな出会いでなければ……そして……いや、言うまい。最後まで自分の足で進め)
私を治した時に私の状態も知ったのか、そんな事を呟く。私は小さく笑い言われるまでもない、と小さく呟く。私もこの男も同類だから判る、己の命の散り場所はとうの昔に決めている……だから言われるまでもないのだ。もはや燃え尽きる寸前のこの命。最後まで私が護ろうと誓った只一人のために使うと……そう誓ったのだから……
目の前で呆然としているユウリ。私の知っているユウリよりも大人になっているけど、こう言う所は変らない。自分の予測できない事を前にすると混乱してしまう所は
「な。何を言っているのか判っているのか?」
震えた声で尋ね返してくるユウリ。その問い掛けに私は逆にユウリに
「ユウリこそ判っている?今の私の状態を?」
そう尋ね返した。首を傾げているユウリに今の私状態を説明する。私はこの場所に充満している魔力と守護者の魔力で辛うじて自意識を保つことが出来ている状況だ。ほんの少しのバランスの崩れで私の意識は消えて、ネクロとしての私が表に出てくる
「……それは判った。だが……」
口を開いたり閉じたりして言葉に詰まっているユウリ。私はユウリを見て
「死者は死者。生者の元には戻れない……判るでしょう?」
私は既に死んでいる。こうして話が出来ただけも奇跡なのだ……徐々に私を塗りつぶしていく黒い物を感じながら
「ユウリは生きて自分の思ったとおりにすればいいよ。更識さんだっけ?」
肩を竦めるユウリ。私もまさかあんなに自分に似ている人間がいるなんて思ったなかった。思わず笑みを零すが、ユウリは眉を顰め
「ワタシは……刀奈にお前を見ている。嫌逆かもしれない……ワタシは……」
自分を蔑むような口調のユウリ。だけど私はそうは思わなかった
「私は、もしかしたら私が生まれ変わる事が出来たのかもしれないって思う」
歳も会わないし。そんな話ありえないと言えばそれまでだが、ここまで私と似ている楯無さんとユウリが出会ったのは偶然ではないと思う
「生まれ変わり?歳が合わないだろう」
そう呟くユウリ。混乱してても冷静なのはユウリらしいと思い苦笑する。だけどそろそろ時間もない……頭の中がぼんやりして考えがまとまらなくなっているからだ……
「それでもそうだと信じたいの……それにもう……むりっぽい」
徐々に呂律が回らなくなり、ネクロとしての自分が出てくるのを感じて立ち上がると同時にネルヴィオから預かっていた転移キーを虚空に投げ、ゲートを作り出す
「もう行くのか?」
私だって出来ればもう少し話をしたいとおもう。これが多分最後になるだろうから、だけどそれは叶わない望み
「うん……もうげんかいだから……」
自分の中に聞こえるユウリを壊せという声が聞こえる。これに呑まれれば私はユウリを襲ってしまう。そんなのは嫌だ、最後まで私のままでさよならをしたい
「つぎはきっと殺し合いになる……だから約束は守ってね?」
私に最後を与えるのはユウリがいい、これは私の望みであり、そしてユウリを縛る鎖からユウリを解放するための手段でもある。ユウリは悲しそうに頷き
「約束する。お前を殺すのはワタシだ」
悲しみをその目に映してもしっかりとそう答えてくれたユウリ。これでいい、これで良いんだ……私はもう死んでいるんだから、こうしてもう1度話が出来ただけでも良かったんだ
「ありがとう、ユウリ。じゃあね」
私は手を振り返し転移ゲートに飛び込みその場を後にした。離れるに連れて自分が自分でなくなる気配を感じつつも、どこか穏やかな気持ちになるのだった……
「セリナ……ワタシは……」
残されたユウリは複雑そうな顔をしていた。それは当然とも言える、自分の妹になるセリナとそのセリナと瓜二つの容姿をした「楯無」、そして彼女に惹かれていることを自覚しているユウリ。これほど複雑な事もないだろう。そのまま座り込んだまま考え事をしているユウリの耳に飛び込んでくる爆発音。
「こんな事をしている場合ではないか」
ユウリは迷いを抱えたままくらい通路を走り出した。あと1ブロック進めば龍也達と合流できる。それに考え込むのは終わってからでいいと判断したからだ、だがその胸中が複雑な物であったのは言うまでもないだろう……
第125話に続く
次回で束編は終わりになります。ちょっと悲しい終わりになりそうですね、ユウリと楯無とセリナの関係も重要になってきます
このままクライマックスに向けて頑張っていこうと思いますので、どうかよろしくお願いします