自衛隊の戦力を目の当たりにした帝国議員は続々と講和派に移っていく。
ディアボは無条件降伏を回避するべく政治的成果を挙げようとし、ゾルザルは日本に敵対心を露わにした。
柳田と会話を終えた伊丹は、栗林と黒川の荷物を持って院内へと入っていった。
院内は広く、闇雲に探しては見つからない。彼は受付の女官に三人がどこに行ったのか尋ねた。
伊丹「さっき来た女性の病室を…あれ?看護師さんは?」
受付「ローテーションができて
伊丹「ふーん、だからこんなに静かなんだ…」
受付「あとは四偵が偵察中に修道院で保護した重傷者ですね。敗血症でかなりやばかったらしいです。アルヌス攻防戦の時に攻めてきたどこかの王国の貴族かもしれないです。本人は農民だって言ってますけど…」
そんな他愛もない話をした後、伊丹は教えられた病室へと向かった。
部屋の中には血液検査の為に血を抜かれる紀子と、その様子を見守る黒川と栗林がいた。
伊丹「(おいおいどんだけ血抜くんだよ…)どう?望月さん、具合の方は。」
紀子「はい、だいぶ落ち着きました。」
伊丹「黒川、望月さんの今後の予定は?」
黒川「そうですね…検査が十数項目にカウンセリングもあるので、一週間から二週間ほどですね。」
伊丹「だ、そうだ。ここまで来ればもう帰ってきたも同然だから、ゆっくりしてってよ。」
紀子「はい…あの、家に連絡したいんですが…」
栗林「じゃあ私の使って。」
伊丹「掛けるならこの電話番号に掛けてくれ。」
紀子は栗林の携帯に、伊丹から渡された紙に書かれてある電話番号を入力して電話を掛けた。
しばらくの間コール音が続くがそれもつかの間、コール音が途切れ懐かしい声が携帯の向こうから聞こえてきた。
望月母「はい、もしもし?」
紀子「お母…さん…?」
望月母「…え?もしかして…その声…紀子?」
紀子「うん…私だよ…紀子だよ。」
望月母「の…紀子!!紀子なの!?ほ、本当に!?」
電話越しの再開に涙を流す親子、その光景に思わず他の者も涙ぐんでしまう。特に栗林はこういったものに弱いのか、大号泣している。
親子水入らず会話をしていたが次の検査があるため、会話は一旦終了することになった。
紀子は三人に礼を言った後、次の検査を行うため別室へと向かった。
一日の業務を終えた三偵はパルナを連れて、アルヌス村へと向かった。夕刻を過ぎた頃には村に多くの人が入り乱れている。活気に満ち溢れ、皆様々な方法で英気を養っている。第三偵察隊とパルナは柳田が待つ食堂へと高機を走らせた。
道中で街の人達から伊丹達を歓迎する声が聞こえ、その声に気づいた柳田が顔を向ける。
柳田「なっ!?い、伊丹?これはどういう…」
一同「柳田二尉!本日はごちそうになります!!」
柳田「―っ!聞いてないぞ!?」
伊丹「俺だけ行く、なんて言ってないもん。よっ!二等陸尉殿、太っ腹ですね!」
鷲谷「でも優しい柳田二等陸尉殿ならお支払いして下さいますよね?デリラちゃん!生ビールを大で14、お願いね!」
デリラ「はいよっ!…14?ダンナの部隊って確か13人だったよね?あと1つは誰の分?」
鷲谷「あぁ、それはここで働くことになったパルナっていうヴォ―リアバニーの娘の分だよ。歓迎会をしようと――」
その名前を聞いた瞬間、デリラは手に持っていたビールジョッキを地面に落とした。
ジョッキは粉々に割れ、砕けたガラス破片が辺りに飛び散る。音が周りに響き、その場にいた全員がデリラの方へと顔を向けた。
デリラ「い、今なんて…」
鷲谷「え、えっと…歓迎会を――」
デリラ「その前!!」
鷲谷「パ…パルナ…」
デリラ「ここに…いるの?」
鷲谷「は、はい…いますけど…呼びます?」
デリラは小刻みに顔を縦に振った。鷲谷が呼ぶと、パルナが高機の陰から姿を現す。
初めての場所で緊張していて縮こまっていたが、彼女もまたデリラの顔を見るとすっと背筋を伸ばし、驚愕の表情を浮かべた。
デリラ「パルナ…?」
パルナ「デリラ…?」
デリラ「パ、パルナ!!」
パルナ「デリラ!!」
二人は同じタイミングで駆け出し、大粒の涙をこぼしながらお互いを強く固く抱き合う。
再び感動の再会を目の当たりにした栗林は、また泣いている。
デリラ「もう…一体どこにいたの?てっきり死んじゃったかと思ってた…」
パルナ「それを言うなら私もだよ…あの後、ベッサーラ家の妾になったんだけど、そいつ自分の面子の為にジエイタイに喧嘩売ったんだ。そのおかげで屋敷から逃げ出すハメになって、恨みを抱いている街の連中に殺されたんだ。あの時、ジエイタイの皆さんがいなかったら…今頃あたしも……」
デリラ「イタミのダンナ、それに皆。パルナを助けてくれて、本当にありがとう。」
伊丹「いいってことよ。それじゃ皆、飲むとするか!」
テーブルの上に酒と料理が並べられ、パルナの歓迎会が始まった。つまみを食い、酒を煽り、愚痴や笑い話をする。
皆がそれぞれ楽し気な話をする中、伊丹と鷲谷は帝都で起きた事を柳田に話した。それを聞いた彼は納得の表情を浮かべた。
柳田「なるほどな、お前が柄にもなくキレるのも無理ないな。」
鷲谷「ていうか、自国民が目の前で暴行されてたら誰だってキレますよ。」
柳田「だろうな。そういえばお前達がいない間に面白い奴が訪ねてきたぞ。」
伊丹「俺に?日本から?」
柳田「いや、特地からだ。ダークエルフの女性なんだけどな、ある依頼をしてきた。」
鷲谷「依頼?どんな?」
柳田「ドラゴン退治だ。」
伊丹「ふ~ん…ドラゴン退治ねぇ…――って!無理言うな!あんな怪物を!」
柳田「無理ってことはないんだがな…まぁ俺の話を聞けよ。」
柳田はそのドラゴン――炎龍退治の依頼内容を二人に話した。
依頼主はダークエルフの女性で、名前はヤオ・ハー・デュッシ。過日、鷲谷とケンカ騒動になりかけたあの女性だ。鷲谷はその名前を聞いて「あぁ…あの女か…」と呟いた。
炎龍の出現場所はエルベ藩王国内のシュワルツの森。報酬は人の頭ほどの大きさのダイヤモンド。
だが知っての通り、自衛隊が行動できるのは帝国領内のみ。エルベ藩王国に炎龍を討伐できるほどの大部隊を送れば、越境攻撃となる。
当然のことながら王国の人間はそれを良しとしないだろうし、野党議員にも攻撃材料を与えることにもなる。
伊丹「かわいそうにな…でも隊としてはダメって事になったんだろ?」
柳田「あぁ…でもその王国の地下に、どうやら石油があるらしい。そこで俺はこう考えた、『資源調査』って事にしたらどうだ?調査してたら炎龍出てきて、退治しちゃいましたー…って。それなら問題ないだろ?」
伊丹「おおありだ!!」
伊丹はテーブルに拳を叩き付け、柳田に怒鳴り散らした。その声に驚き、周りの会話がピタリと止まった。
倉田「隊長、どうしたんスか?」
伊丹「…俺達だけであのドラゴンを退治して来いってよ。」
その言葉に三偵の隊員全員が息を飲んだ。倉田に至っては小さな声で「マジで?」と言葉を漏らすほどだ。
伊丹「柳田ぁ…お前、こいつらに死んで来いって言うのか?上からの命令なら従う。だが選択権が俺にあるなら絶対に行かねぇ。死にたくねぇし、こいつらだって死なせたくねぇ。」
鷲谷「柳田、お前少し勝手が良すぎるんじゃねぇか?お前は
伊丹は普段滅多に見せない怒りの表情を浮かべ、鷲谷は酒の影響もあって濁声になっている。柳田はそんな二人の言葉に臆することなく、逆に憎たらしいほどの笑みを浮かべてながらタバコを吹かした。
柳田「そうか……予言しよう。お前たちは絶対行く、賭けてもいい。その時は一声かけてくれ、形式は整えてやる。今日は俺の奢りだ、謝罪の前渡しだと思ってくれ。」
伊丹「謝罪?」
柳田「金髪エルフの所に行ってみな……」
柳田はレシート片手にその場を後にした。
その頃、帝国元老院とモルト皇帝はゾルザルを次期皇帝として継承することを決めた。その話をピニャから聞いたディアボは近くの柱を殴りつけた。
ディアボ「くそっ!早まった真似を!!」
ピニャ「ですが父上亡き後はディアボ兄が補佐するのでは?」
ディアボ「俺がか!?馬鹿を言うな!!それなら俺が皇帝になってもいいではないか!!……いいか、ピニャ。この世の中に馬鹿は二種類ある。自分が馬鹿だと知っている賢い奴と、自分が賢いと思っている本物の馬鹿だ。そしてゾルザルは後者、奴は俺に誰につくか決めろと言ってきた。何を思ったか、奴は父上と張り合うつもりだ。」
ピニャ「ゾルザル兄らしからぬところですね。これまでの兄様なら増長してただ威張り散らし騒ぎを大きくするだけだったはず…ですが帝位継承は長子相続が習わしです。そうでなくては民草も納得いたしませんし、この国難の中、序列を乱し兄弟が争い合えば我が帝国はどうなりましょう?ディアボ兄はゾルザル兄の背中しか見ておられませんが、ディアボ兄の背中を見ている者も大勢いるのですよ。」
その言葉を聞いたディアボは、ある事に気づいた。ゾルザルは「二ホンはお人好し国家」や「ピニャは二ホンと親しい中」と言っていた。だがそれは逆に利用しやすいということでもある。ゾルザルが暴走し講和派と主戦派で帝国内での対立が起きれば、ピニャは戦争終結を早くさせるために日本と共闘するかもしれない。
モルト皇帝はゾルザルを生贄に日本を帝国の同盟国にするつもりのようだ。そうなれば帝国は圧倒的軍事力で勝る日本の後ろ盾で安泰するだろうし、モルト皇帝も皇位継承問題から解放される。
その時一番玉座に近いのはピニャだ。それではやはりディアボは帝位にはつけない。そこでディアボは二ホンと対抗できるほどの戦力を持つ第四の勢力を見つけようと模索するが…
ピニャ「……あの兄様?悪い癖が出ていますよ?ゾルザル兄は考えなしで困りますが、ディアボ兄は考えに過ぎます。」
彼が何を考えているかは分からなくとも、何かを考えている事はピニャには丸わかりだった。
時を同じくしてゾルザルの館の三畳ほどの狭い部屋ではテューレがベッドで横たわっていた。しかも部屋の半分をベッドが埋め尽くしている。これではもはや監獄と何ら変わらない。もしかしたら監獄の方が広いのではないだろうか。
特にやる事の無いテューレは天井をしばらく眺めていたが、ベッドの下から声が聞こえてきたため、意識をそちらへと切り替えた。
声の主はボウロ。異種族間に生まれた混血児、通称『ハリョ』を自称しており、その見た目の酷さから『豚犬』とも呼ばれている。
現在はテューレの良き
テューレ「…何?」
ボウロ「アルヌスの者より報告でございます。」
テューレ「その辺に置いといて、後で読むから。」
ボウロ「かしこまりました。それにしても、ゾルザルが皇太子となればいよいよ帝国もお終いですな…ヒヒヒッ…」
テューレはボウロに褒美として右足を差し出した。彼はその足の汚れを美味そうに舐めとる。傍から見ると気持ち悪い事この上ない。
テューレ「簡単に言わないで…あの馬鹿をおだてあげ増長させるのに苦労したのよ。今の奴は世界の中心が自分だと思っている大馬鹿者。私の手のひらで踊らされているなんて、微塵も思っていないでしょうね。なんとしても二ホンとの講和を潰し、戦争を続けさせる。私の復讐はまだ始まったばかりよ…」
ボウロ「それでしたら残りの二ホン人奴隷も殺してまいりましょう。たかが民一人二人の為に怒り狂って攻めてくるような単調な連中ですから……あの巨人共の力ならば、帝国なぞたった数時間で滅びましょう…」
テューレ「(たかが一人二人…私の時は誰も助けてくれなかったのに…助けようとこの身を捧げたのに同胞から命を狙われるなんて…同じ亜人なのに二ホンと帝国ではこれほどまでに扱いが違う…あの巨人共は優遇されているのに……何故?何故私だけこんな仕打ちを受けなければならない!!誰も私を愛してくれない…それだけは絶対に許せない!!)ボウロ…」
ボウロ「はい…なんでございましょう…」
テューレ「確かに連中は単調よ。帝国もすぐに滅びましょう…でもそれだけでは足りないわ…」
ボウロ「では誰を殺しましょう?」
テューレ「……ノリコが良いわ。」
ボウロ「誰に殺させましょう?」
テューレ「ピニャよ。二ホンと親しい彼女が殺したことにすれば講和はもちろん決裂。二ホンは大軍で帝国に攻め込む。戦火は広がり、大陸を巻き込み、果てしなく続く。ヒト種同士が憎しみ合い、殺し合い、破壊し合う。このフォルマートの地はヒトの骸で覆い尽くされ、帝国も何もかも滅び去る……私の家族と一族と故郷を奪い去ったゾルザルも…それが私にとっての大いなる喜び。それで私の復讐は完了する。そうすれば、ボウロ…お前の望みを叶えましょう。」
ボウロ「かしこまりました、テューレ様。そのお約束、なにとぞお忘れなく……」
彼女の中で、戦火の火種が激しく…そして小さく燃えていた…
どうも、Macklemore & Ryan Lewis の "Can't Hold Us" を聴きながら執筆しているメガネラビットです。
皆様はこの夏をどう過ごされましたか?私?もちろんコミケと小説執筆でしたよ?
え?彼女?海?花火デート?……私の脳内ログにはそのような記述はございません。
解説コーナー
《望月家&デリラとパルナ再開》
言ったろ?俺は女に優しいんだって。
《日本と対抗できる戦力を持った第四勢力》
今の所、まともに日本と戦えそうなのってアメリカとロシアぐらいですね。
《テューレの復讐計画、始動》
安心しろテューレ、お前を愛してくれる奴は大勢いる。あと少しで料理人がそっちに行くから。
《巨人優遇》
彼女から見たら優遇されているように見えたんでしょうね。
やったー!前回言った通り二話投稿出来た!!
皆さん、夏バテや熱中症、脱水症状に気をつけて下さいね。
では皆様、また次回お会いしましょう
それでは( `ー´)ノシ