イングは倉持技研の第二研究所にいた。
何故、そこにいるのかと言えば事情がある。
時間は1か月前に遡る。
病院のベッドの上でイングは困惑していた。
(倉持技研? 聞いたことない名前の会社だ……)
そのイングの戸惑いを見透かす様にヒカルノは言い放つ。
「まあ、聞いたことも無いのは当たり前か。“君の世界”ではそんな会社無いようだし」
そう言いながらヒカルノはイングのベッドまで歩いていく。
「君の“機体”、見させてもらった」
その言葉にイングは目つきを鋭くする。
「おっと、そんな怖い顔しない。美形が台無しだぞ? それに“アレ”をどうこう出来る程、この世界の技術は発達していないさ。何せ手足捥がれたあのロボットを解析しようにもこちらのハードもソフトも対応できない。2週間格闘してようやく情報が分かったくらいだからな」
それを見たヒカルノは両手を振ってイングを落ち着かせようとする。
だが、ヒカルノの言葉にイングは驚愕する。
(2週間!? 僕は2週間眠っていたのか?)
「悪いけど今は新西暦191年でも無いし、封印戦争、バルマー戦役、銀河大戦。そんな戦争は無いし、この世は西暦だ」
そう言いながらイングを見据えながら問うた。
「君は違う世界の人間だ。違うかい?」
その問いイングは混乱した。
2週間眠っていた事にも驚きだが、西暦と言う名の100年以上前に終わりを迎えた暦と言うとんでもない内容だった。
(しかも、封印戦争を知らない? いくらなんでもおかしい。あれは地球規模で起こった小規模とはいえ戦争だ。それを知らないはずがない)
そこでイングは自身の疑問をヒカルノに問うていく。
「では、この世界は一体?」
イングの質問は抽象的な質問ではあったがイングにとっては重要な質問であった。
何せ彼は異世界だの多重世界などで戦争を戦い抜いた兵士だ。
現状把握の為に混乱しているとは言えこの世界が何なのかを問うのは自然な流れだった。
片やヒカルノはどう言ったらよいか困り果てた。
何せイングの質問は混乱しているからこそ現状を把握する事に終始している。
楽といえば楽なのだが、何処まで情報を開示してよい物か判断が付かない。
彼の言動は一見紳士的だがどこまでが本心でどこまでが演技なのか。
イーグレット・イングという人間性が分からない。
確かに彼のコックピットから情報でデータは見ている。
天の川銀河と言う我々が所属する銀河系、約8万から10万光年の戦場を所狭しと戦い抜いた強者だ。
しかも、異星人だの仙人だの異世界だの挙句の果てには神様というシステムだの死霊の王だの破滅と言う現象そのものだのこちらとしてはスケールが大きすぎて訳分からない敵との戦闘経験がある人間なのだ。
更にいえばアーカシックレコード、絶対運命にまで喧嘩を売る世界だ。
『アンタの世界、おかしすぎ!!』
データを見終わった彼女の開墾一発がそれである。
この世界の法則が、あり方がチャチで子供のお遊びに思えてくるスケールのデカさである。
それと同時にこうも思えた。
私はあのいけ好かない篠ノ之 束よりもはるか先を知る扉に近いのかもしれない。
そう思えた。
IS、インフィニットストラトスを開発した経緯は人類が宇宙に進出する為だという。
アレが本当かどうか分からないが目の前の少年は宇宙と言う空間が当たり前の生活圏なのだ。しかも、“宙域戦争”だけではない、“星間戦争”を戦ってきただ。
ゾヴォークだのバルマーだの異星人国家軍との戦闘だ。
そんな人間との話し合いだ。
どう話してよいかも検討が付かない。
彼女も彼女で混乱していた。
とりあえず事前に纏めた内容だけを開示することにした。
この世界の事、インフィニットストラトス、通称ISの事、IS開発経緯。
そして、女尊男卑の事も。
イングは聞いた情報を整理していく。
(ここは異世界の地球でほぼ確定。西暦の世界。篠ノ之 束なる科学者がISを開発し、それが戦場を席巻、男尊女卑ならぬ女尊男卑なる考え方が生まれた。と)
しかし、とイングは思う。
「下らない考え方だ」
意図せずして本音が漏れる。
その言葉にヒカルノが質問を投げかけた。
「何がだい?」
「女尊男卑という考え方です。少なくとも僕の世界ではそんなもの入り込む余地が無かった。まあ、至上主義者はいましたが、そんな連中は淘汰された。そんな世界です」
それもそうだ。と、ヒカルノは思った。
(まあ、そうだわね……。異星人から侵略されたり、異世界と戦争するような連中が性別の違いでどうこうなんてチャンチャラ可笑しいわな)
さらにヒカルノはイングを見据えながら思う。
(更に自分達より強いか科学技術が上の連中と渡り合ってきた彼らからすれば尚更か……)
価値観の違い、生まれの違い、生い立ちの違い。言語の違い。
それらは自分からすれば異文化であり異質である。
インターネットや科学技術の発達でそれらは縮まり、壁は無くなったかに錯覚する。
だが、根底の物は変わりようが無い。
人間は自分と違う物と触れた時、選択肢は大きく分けて2つ。
関わるか、関わらないか。
自分は彼と関わる事にした。
彼の乗っていたロボットの為に。
「まあ、君からすればそうだが、覚えておくといい。この世界は君が望むと望まざるとにかかわらずそんなつまらない物の考え方がある事を」
「分かっています。でも、大切なのは物事の本質を知る事だと思います。この世界はISと言う“兵器”で回っている。それが良かれ悪しかれ」
ヒカルノはイングの言葉を聞いて納得する。
そう、この世界はIS中心で回っている。
最低でも国の根幹をなす国防がそうなのだ。
それに引っ張られる様に各企業がIS関連の商品を開発、販売する。
詰まる所、“女性”がお得意様になってしまった。
それに煽られて女尊男卑という言葉が生まれた。
企業も軍事産業は儲かるからそれを黙認する。
政府も政治や外交に必要な飴と鞭に置ける鞭の国防を疎かには出来ない。
政治家も選挙があるから是正できない。
自分でさえもその歯車の一つなのだ。
オブラートに競技だ大会だと包んだ所でオブラートが溶けてなくなれば生臭い事この上ない。
だが、大衆はオブラートの謳い文句しか見ない。
人間の性なのだろう。
ギリシャ神話でもそうだ。綺麗に包装されてはいるが中身は誰もが嫌う肉、包装は汚いが誰もが美味しいと思う肉。
神々は包装の華美さに騙され嫌う肉を取り、包装の汚い物は人間に寄越した。
だが、包装を除ければ嫌う肉である。
主神は負け惜しみでこう言ったという「だから人間は寿命が短いのだ」と。
古来よりそうなのだ。
誰も彼も物事の本質を見極めぬまま生きている。
問題はそのIS中心で回っているという本質をIS関係者が見ようとしない。
それがこの世界の闇なのだ。
彼はそれを先ほどの話で理解した。
(成程、彼は馬鹿じゃ無い。頭のいいだけの馬鹿とは違う)
面白い。
ヒカルノは純粋に有意義な会話だと思えた。
と、同時にこうも思った、彼がいれば私のIS開発も捗るのでは?
と。
「現状はこんな所か。次に、君はどうするんだい?」
そのヒカルノの質問にイングは困り果てる。
元の世界に戻れる可能性は限りなくゼロに近い。
大変大きな賭けになるが南極のクロスゲートを掘り起こして念能力で起動させるのも手ではあるが彼の破滅の王が出る可能性が大である。
そもそも、クロスゲートがあるかどうかも疑わしい。
かといってバラルを起動させガンエデンを依代に空間を歪ませる。
却下だ。何が起こるか分からない。
そもそもガンエデンがあるかどうかも分からない。
対策、方法があるにはあるが、大きなリスクが嫌でも付き纏う。
それが、自分だけに跳ね返ってくるならまだしもこの地球に深刻な被害をもたらしかねない。
他人を踏み躙ってまで帰れるほどイングは外道にはなり切れない。
それに、元の世界に帰れる保証はどこにもない。
しかし、彼の番人は一体何を考えてこの世界に自分を落としたのだろう。
そもそも、番人は言ってなかった。
元の世界に返れる見込みは無いと。
なら、この世界で生きていくしかないのだと。
「さて、此方の世界をダラダラ話したのには理由がある。提案だ。私の所で働かないか? 報酬は弾むぞ?」
イングの思考を他所にヒカルノはイングに提案を持ちかける。
「なぜです? まさか、エグゼクスバインを!?」
「いや、あれをどうこうできる様な技術は此方にはない。私の、IS製作の手伝いだよ」
その言葉にイングは困惑しながらも相手の意図が読めなかった。
(彼女は何が目的なんだ?)
おおよその予測はできる。
イングの世界の技術とヒカルノの世界の技術とではそれこそ一光年の開きがある。
エグゼクスバインに使われている一部の技術でも理解できない世界だ。
そもそもEOT、エクストラ・オーバー・テクノロジーが齎される前の人類に似ている。
(もしかすれば、僕がアイドネウス島に衝突したメテオ3ではないか?)
自分がすべき事は何なのか。
確かにこの世界で生き抜く為には彼女の元に転がり込む方がいいだろう。
他にアテは無い。
だが、自身の持つ知識はこの世界に危険な知識だ。もしかしたら技術的特異点が崩壊し、この世界の技術的な発展が滅茶苦茶になる可能性すらある。
どれぐらい危険かと言えば現行の戦闘機を江戸時代に持ち込むくらい危険な事だ。
誰かが言ったか、『行き過ぎた科学技術は魔法と変わらない』と。
まあ、そうだろう。
彼の番人が駆る機体は悪霊だの死霊だのがエネルギーのオカルト染みた機体なのだ。
イングからしてもオカルト染みているのにアレが科学の結晶と言われても納得できない。
と言うか、魔方陣からニュプリと出てきて咆哮したのだ。
何とも見た目に比例して悪魔染みている。
そう言えば、イングもイングで念能力者、サイコドライバーである。
イングの世界では珍しいとは言え念能力者だの仙人だの高位次元生命体だのがいる世界だ。
ヒカルノの世界からしたらオカルトに違いはない。
もっと言えばヒカルノが体験した事でさえオカルトの範囲なのだ。
イング達は突然、異空間に行ったり来たりした経験や見た事はある。
科学的にも証明されている。
だが、ヒカルノからすれば、突然空間に穴が開いてロボットが落ちてきた。
まさにオカルトである。
「どうかな?」
ヒカルノの問い掛けにイングは今の考えを振りほどく。
行く当ても戻る手段も無い上に壊れているとはいえ封印戦争から戦い抜いた愛機が向こうの手元では選択肢は1つしかない。
「分かりまし。しばらく御厄介になります」
その言葉にヒカルノはニンマリと笑顔を作りながらこう宣言した。
「決まりね。先ずはリハビリからだ。その後、私の研究室だね」
かくして、イングは倉持技研の社員になる道を選んだ。