花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD- 作:白鷺 葵
・オリジナルドラゴンが出てきます。注意してください。
天と地、あるいは空と海の間に
その咆哮を例えるなら、パイプオルガンで奏でられる讃美歌だ。雲海を割るようにして急降下する白い体躯は、神々しさを引き立てる。
次の瞬間、この場一帯を取り巻くような業火が発生した。爆ぜた焔がミカゲの肌を舐める。正直言ってうっとおしい。
『うわああ! 痛い、熱いっ! 何これ!? ファイアブレイクしてるのにこの威力!? こんなの絶対おかしいって!!』
『攻撃がなかなか通らない上に、すぐマナがジリ貧状態だ……。おまけに、こっちが受けるダメージは倍かよ……!』
リョウスケとマサハルが情けない悲鳴を上げる。
ミカゲ以外のムラクモ13班員は、全員弱体化していた。理由は一切わからないが、彼らの存在が希薄であることが関係しているのかもしれない。
唯一まともに戦えそうなのはミカゲだけだ。先程から戦い続けていたが、トリスアギオンにダメージを与えられるのはミカゲだけである。
ムラクモ13班が歴戦の勇者/竜を狩る者とはいえど、単身帝竜と戦うというのは至難の業である。ただでさえ自分たちは、帝竜相手に命懸けで戦っていた人間だ。仲間たちと協力して、何とか勝利を勝ち取ってきた。
いくら
勿論、トリスアギオンとタケハヤを比べれば、後者の方が強いのは当然のことである。奴が吐き出す業火も、冷気も、マナの光も、タケハヤが繰り出してきたエグゾーストSKYやサンダーブレスよりも大したことはなかった。
『ミカゲくん、動きが変だよ!』
『マナが蠢いてる……! 気を付けて!』
ユイとシラユキが異変を感じ取り、仲間たちに注意を促す。
次の瞬間、神々しい光がきらきらと舞いあがった。
恵みを与える煌めきは、この場にいる生き物たちのマナを爆発的に引き上げる。トリスアギオンにも、ミカゲたちにも、分け隔てなく降り注いだ。
トリスアギオンは己のマナだけでなく、自分に楯突く者たちのマナまでもを強化する。「神は誰に対しても試練と恩恵を与えるのだ」と言わんばかりに。
ミカゲから言わせてもらうとするならば、トリスアギオンはサドっ気がやや強めなだけで、SにもMにもなれるド変態でしかない。情緒も減ったくれもなかった。
(まるで、“あいつ”みたいだ――……?)
奴の特徴から“何か”の言動を連想したのだが、連想したはずの相手が“何”だったのか出てこない。頭の中に浮かぶ光景は、焼き切れたフィルムのように黒ずんでいた。
“影の世界”に咲いていた葬送花の色は? あの奥地で荘厳に佇んでいた、美麗な真竜はどんな姿だった? 奴の取り巻きは、どんな姿をしていた?
思考を別な場所に巡らせたミカゲを引きもどすかのように、荘厳なパイプオルガンの音色が響き渡った。トリスアギオンは案外見栄っ張りらしい。
「っ!?」
奴の瞳は、ミカゲに思案することを許さなかった。自分を見ろと言わんばかりに、奴は鋭い眼光を向けてくる。次の瞬間、ミカゲの体に急激な倦怠感が襲い掛かった。
倦怠感を覚えたのは他の面々も同じらしい。マサハルとヒイナが苦しそうに呻いた。ヨツミは忌々しそうにトリスアギオンを睨みつける。
物理攻撃を主体とする面々にとって、この倦怠感は致命的な弱体だ。やはりこの天使かぶれは、
『殴られるのも殴るのも好きか。――は、とんだ変態だな……!』
『ヒイナとどっこいどっこいじゃねーか』
『マサ兄酷い! 私、あそこまで酷くないよ!!』
ヨツミの発言に触発されたマサハルが悪態をつく。トリスアギオンと同格扱いされたことが不満だったのか、ヒイナがぶうたれた。
どうやら相手方も、ヒイナのような変態(ニンゲン代表)と同格扱いされることはご不満のようで、荘厳な讃美歌を奏でた。今度は雷が飛んで来る。
「このまま、やられっぱなしでいる訳にはいかないんでな……!」
ミカゲは練気手当で傷を癒しつつ、刀を鞘に納める。不動居で力をためることで、次の攻撃に備えた。
シラユキがマナフローターを使い、他の面々がマナを使うことをサポートした。ヨツミはフルムーンヴァンプで相手から命の光をかすめ取り、ヒイナは二丁拳銃を連射する。マサハルはトリスアギオンに何発も蹴りを喰らわせた。
リョウスケはキーボードを具現化して援護する。効果を失ってしまったBデータイレイザーを再びかけ直していた。ユイは癒しのバラードを歌い、仲間たちの傷を癒す。ここが戦場でなければ聞き惚れていたのに。
「いっせーのーで! ――頑張るなって!!」
居合の型で放つ技、払い崩しだ。ほんの一瞬、奴の動きが傾く。
その隙を狙うような形で、ヨツミとシラユキが悪い笑みを浮かべて駆け出した。
2人はありったけのマナを込め、奴に攻撃を叩きこむ。
『キミに贈ろう! ついでにサービスだ、持っていけ!』
『炎氷、大爆破!』
ヨツミのベノムフェティッシュが叩きこまれる。自身の体が汚染された気配を感じ、トリスアギオンが悲鳴を上げた。その隙をつくような形で、ヨツミはベノムアンプリフで毒を重症化させる。
追撃と言わんばかりに攻撃を仕掛けたのはシラユキだ。炎と氷のマナを爆発させることで相手を攻撃する無属性魔法、フロストバーン。翼を凍らされ/焼かれた天使が嘆きを叫ぶ。讃美歌に不協和音が混じった。
払い崩しの恩恵によって、那雲夫婦の搦め手が決まる。毒、火傷、凍傷、麻痺が、無敵だと思われた天使を揺るがせたのだ。
那雲夫婦に続き、ヒイナとマサハルも攻める。銃と拳が派手に唸り、トリスアギオンの体に一撃喰らわせた。
リョウスケのハッキングが成功し、ユイのシャッフルVが高らかに響き渡る。空属性の技は、トリスアギオンに効果的だった。
『差し入れありがとうっ!』
ハッキングリアクトを発動させたリョウスケが、即座にスケイプゴートを発動した。相手からマナを奪い取り、それを仲間たちのマナへ転換する。ハッキングはまだ切れていないようだ。リョウスケは楽しそうにキーボードを叩いた。
『それじゃ、もういっちょ! にぎゅいいいいいいいいいいっ! ――今日、イケてないね~』
次に使ったのはロストパワーだ。ハッキング状態の敵を著しく弱体化させる技である。
自身の体が異変によって蝕まれている――それは、更にトリスアギオンを追いつめたようだ。
このまま攻め込めれば充分勝機はある。ミカゲたちがそれを確信したときだった。
雲海が晴れ、眼前に景色が広がった。青く光る灯りが幻想的な、見知らぬ街。水の都ともいうべき風景は、異国情緒で満たされている。
タケハヤの老老介護を終えた後にエデン観光をしたことがあったが、そのときはこんな街など存在しなかった。
縦長の階層で構成されたそこには、赤い葬送花が至る所で生い茂っている。その一番下に広がるのは、荒れ狂った海だ。
『……ねえ。これ、まずくない?』
ヒイナは顔面蒼白になった。
『このまま戦い続けたら、あたしたち、海に叩き付けられて死んじゃうよね……?』
エデンのハントマンも、時間制限の中で帝竜と戦っていたんだから――。
ヒイナの言葉が、なんだか異国の言葉のように聞こえた。一歩遅れて、彼女の言葉を理解する。視界の端に、神殿造りの荘厳な建物がちらついたような気がした。
彼女の予想は大当たりだ。このまま持久戦を行い続ければ、最後は海面に叩き付けられるだろう。高高度から叩きつけられれば、海面だろうと地面だろうと即死間違いなしだ。
ミカゲはトリスアギオンに意識を向ける。奴はハッキングの影響か、呆けたように天を仰いでいた。しかし、我に返ったのだろう。人間たちの方を向くと、高らかな咆哮を上げた。
次の瞬間、この場に重圧が発生する。気のせいでなければ、眼下に見えていた水の都の建造物がどんどん近づいてきているように思う。落下速度が上がったのだ。
まだ距離があったはずなのに、もう、巨大な神殿のある区画に差し掛かった。建物の周囲には、ルシェ族たちの影がちらつく。誰も彼も、不安そうに天を仰いでいる姿が伺えた。
「おい、あれ!」
「帝竜だ……! 逃げろ!!」
「ウラニア様、こちらへ!」
「待ってください、タリエリ! 誰かが、誰かがあの帝竜と戦っています! ……あの服装は、先程の――」
ルシェ族の人々は、急降下するトリスアギオンの姿を目の当たりにした途端、我先にと建物の中へ転がり込んだ。国が違えど、ドラゴンが恐怖に結び付くという事実はどこも一緒らしい。中には逃げずに帝竜を見ている者もいた。しかし、彼らの姿はあっという間に遠のいていく。
巨大な神殿のある区画を急降下した自分たちの前に広がったのは、入り組んだ天空廊だ。複数の区画が層を作っている。青く輝く浮島を繋ぐのは、美しい装飾が施された長い廊下。
足場になりそうな場所やものが多く広がっている。早めに決着をつけて着地したいムラクモ13班にとって、足場があるということは本当にありがたい。
「リョウスケ、マサハル、ヨツミン」
ミカゲに名指しされた面々――情報処理能力S級能力保持者は、ミカゲが何を言いたいのか分からなさそうに首を傾げる。ミカゲは悪い笑みを浮かべながら、トリスアギオンに視線を向けた。
「――乗り物の運転するみたいに、帝竜の操縦ってできる?」
■■■
帝竜襲撃の翌日。ノーデンス・エンタープライゼスは、元通りの平和な朝を取り戻したようだ。
しかし、広場の周辺には、昨日の爪跡が痛々しく刻み込まれている。竜の存在は身近にあると言わんばかりに。
アリーとジュリエッタは、「気持ちが固まったら3階の会議室に来てくれ」と言い残して去って行く。昨日の時点で既に協力すると言っていたのだが、実際に帝竜と戦った自分たちのことを気遣ってくれたようだ。実践を経て、心変わりした可能性を視野に入れているのだろう。
2人が去った後、会議室へ向かおうとしたイノリだが、ふと足を止めて振り返った。ソウセイも一緒になって振り返る。
最後に立ちあがったリヒトが、医務室の外ではなく隣のベッド――ミオが治療を受けていた場所――に足を向けたためだ。
彼はやや躊躇いがちに、白い布の囲いからひょっこりと顔をのぞかせる。突然のことに、ミオはひっくり返った声を上げた。
「リヒト、だいじょうぶ?」
「ええ、平気です。この通り、ピンピンしてますよ」
心配そうに声をかけてきたミオに対し、リヒトはにっこりと笑ってみせた。彼の言葉通り、イノリたちの傷はすっかり癒えている。ノーデンスの医療スタッフ――医師のホリイ含んだ全員が、イノリたちの回復力に驚いていた。これもまた、狩る者の特徴らしい。
「そっか、よかった」
それを見たミオは、安堵の表情を浮かべた。花が咲いたみたいな、可憐な笑みだ。
大人しく控えめな女の子が表情を綻ばせている。彼女もまた、リヒトに心を寄せているように見えた。
2人は周囲に花弁を散らすような雰囲気で見つめ合っていたが、ややあって、ミオが切り出す。
「ねえ。リヒトは、あの計画に協力するの?」
「協力しようと思います。……正直、戦ってたときは死ぬかと思いましたし、今後もああいう目にあうと考えると、ちょっと怖いですけど」
「そっか。なんだ、怖いのはわたしだけじゃないんだ……ちょっと安心したよ」
リヒトが苦笑した様子を見て、ミオはほっと息を吐く。
「英雄の子孫でも、怖いものはあるんだね」
「人間ですから、恐怖を抱くのは当たり前のことですよ。戦う勇気も必要ですが、時には退く勇気だって必要なんです。特に、退くことは戦うこと以上に覚悟が必要ですから」
戦わないことを選んだ人間だって、非難される謂れは無いのだとリヒトは笑った。逃げることは恥ではない――彼の言葉は、ミオの心に届いたようだ。
だが、その言葉はあまりにも真っ直ぐ過ぎたらしい。その言葉を鵜呑みにして頷ける程、ミオが自己弁護するタイプではなかったのも理由なのだろう。
ミオは悲しそうに微笑んだ。戦うということを選んだリヒトに対して、申し訳がないと思ったのだろう。若草色の瞳は昏く淀んでいる。
次の瞬間、若草の中に揺蕩う闇が溢れだした。昏い眼差しが、リヒトの金色の双瞼を捉える。
「……ねえ。どうしてリヒトは、そんなに頑張れるの?」
「えっ?」
「逃げ出したい……とは、思わないの?」
彼女の問いに、リヒトは目を瞬かせた。
暫く目を瞬かせたのち、リヒトはしっかりと頷き返す。
「思いません。そんなことをしたら、僕のために命を懸けてくれたミカゲさんに対する裏切りになってしまう。僕らを信じ、未来を手渡してくれた彼の想いに応えたい――それが、今の僕を突き動かす、大切なものですから」
リヒトの言葉に、ミオは先日の話を思い出したのだろう。イノリの祖父――渡来ミカゲが、イノリやリヒトたちを守って命を落としたという話を、彼女は聞いている。
祖父はイノリたちのことを“俺の希望”と呼んで、優しい眼差しで見守っていた。来るべき竜災害の再来に備えて、そうしてこれからの未来のために、尽力を惜しまなかった。
勿論、自身の教え子たちのことも大切にしていたし、期待を懸けていたのだと思う。彼らの意志と想いが、よりよい未来を切り開いていくのだと信じていた。
この大地には、祖父の教え子たちが沢山いる。イノリやリヒトたちもその1人だ。今はまだ未熟で何も成せないけれど、いつかは祖父と同じように、未来を切り開く一端を担えるようになりたい。
呆けたようにリヒトを見上げていたミオは、我に返ったように目を瞬かせた。
昏い笑顔は、今にも泣き出してしまいそうな表情へと変わる。
「!! っ、ごめんなさい! わ、わたし……何もわからないくせに、酷いこと……」
ミオはおろおろしたように視線を彷徨わせ、消え入りそうな声で言葉を紡いだ。
「……そうだよね。そうやって、リヒトやイノリたちが助けてくれたから、わたしは生きているんだよね……。こんな言い方、無責任だ……」
「ミオ」
「……私、もう帰るね。さよなら、リヒト。――無茶だけはしないでね」
ミオは悲しそうに笑い、リヒトに背を向けた。リヒトの言葉を遮るかのように、彼女は医務室を飛び出す。
暗い影を纏って俯いたその背中へ、リヒトは手を伸ばす。――けれど、彼の手は宙ぶらりんになったままだった。
「リヒトくん」
「……分かってます。確か、会議室ですよね?」
ミオが立ち去った後を名残惜しく見つめていたリヒトは、イノリを見て苦笑した。今の彼は、誰がどう見ても“喧嘩別れした恋人の片割れ”にしか見えない。
医師のホリイと看護師のマイマイなんて、昼ドラの現場を目の当たりにしたような顔をしている。どちらも、今後の行方が気になって仕方がなさそうだった。
ここに留まっていると、リヒトが見世物になってしまいそうだ。イノリはリヒトを促し、周りの視線から逃れるようにして医務室を後にした。
***
「ISDFから通達よ。本日中に臨検を寄越すって」
会議室内には、物々しい気配が漂っている。イノリたちは思わず手を止めた。半開きになった扉から、ジュリエッタとアリーの会話が聞こえる。
「あらー☆」
「まあ、こちらにも交渉材料はあるわ。アレを引き換えにすれば――あら!」
そのとき、ジュリエッタが扉の方を向いた。様子を伺うように覗き見ていたイノリたちに気づき、彼は笑顔を浮かべる。
「そんな所で立ち聞きしてないで、遠慮なく入っていらっしゃい!」と、ジュリエッタは手招きする。イノリたちはそれに従った。
アリーに至っては「わーい、来てくれたー!」と諸手を上げて大喜びしている。まるで子どもみたいだ。なんだか微笑ましい。
「この間の返事、受けてくれるんだねー?」
「ちょーっと待った! その前に、例のモノを見てもらいましょう」
協力するか否かの返事についての最終確認をしようとしたアリーを引き留め、ジュリエッタは何かを指示した。アリーの机の上に置いてあるのはカプセルである。そのカプセルは、翡翠色の燐光を放っていた。光を放っているのはカプセルの中に入っている物体である。
アリーとジュリエッタが言うには、このカプセルの中には第1真竜アイオトの検体が補管されているらしい。今より40億年近く前に出現した第1真竜は、この地球に命の種を蒔いた。アイオトが蒔いたその1粒が、現在の人類――すべての有機体の誕生に繋がっているという。
人と竜の因縁は、第1真竜が命を生み出した瞬間から始まっていた。ジュリエッタたちは、本気で6体の真竜検体を集めようとしている。「7番目の真竜を討ち倒すには、すべての真竜検体を入手し、ドラゴンクロニクルを解明しなくてはならない」と語り、ジュリエッタは真剣な面持ちになった。
「我らがノーデンスには、第1真竜アイオトの検体がある」
「そして、国際自衛軍ISDFは、2021年に襲来した第5真竜フォーマルハウトの検体を所持しているんですね」
「その通り! リヒトが言っていたことは噂じゃなくて、ガチだったんだ☆ 証拠もしっかり握ったから、交渉材料に使うつもりだよー」
「やはりか。ISDFはムラクモやSECT11、および“各国の対竜機関”を徴収するような形で誕生したからな」
アリーの話を聞いたリヒトが言葉を引き継ぎ、ソウセイが頷く。ISDF誕生の裏側には派手な修羅場があったと祖父が零していたが、その中には真竜検体の行方もあったのだろうか。
この話から分かるのは、『U.E.77年の時点で人類が有している真竜検体は2つ』ということだ。検体が6つ必要なのだから、あと4つ足りない。
「ということで、“残り4つの検体を集めてきてもらう”のがキミたちに頼みたいミッションだよ☆」
「検体を集めるということは、昨日戦った帝竜よりもはるかに強い真竜を倒すということ……。ハードなんてレベルじゃない、ヘルモードクラスのミッションになるわ」
その点も含めて答えてほしい、と、ジュリエッタは目で訴えてきた。
答えなど、以前から決まっている。
「答えは前と同じだよ。――弊社のCode:VFDに、協力させていただきます!」
「すべてを信頼したわけではありませんが、あなた方の方針には納得し、共感しました。僕も全力を尽くします」
「ドラゴンクロニクルの解明は、人類の勝利に繋がった。……じいさんたちが成し得たことと同じことを語るあんたたちを、俺は信じる」
自分たちの答えを聞いた2人は、ぱっと表情を輝かせる。
アリーは諸手を上げて喜び、ジュリエッタはゆるりと目を細めた。
一緒に戦ってくれるという答えを聞けたことが嬉しいようだ。
「そうと決まれば、アンタのチーム名が必要よね。どうする?」
「あ、でも、その前に――」
「13班がいいよ!」
興奮冷めやらぬと言わんばかりに話を発展させるジュリエッタは、何故かチームの名前を考え始めた。その前に質問したいことがあったのだが、イノリの言葉をかき消すようにしてアリーがチーム名を提案する。
13班――その名前は、イノリたちにとって親しみがあるものだった。2020年代に発生した竜戦役で戦い抜き、人類を勝利に導いた英雄たちの総称。祖父が背負い、戦い抜いたチームの名前だ。人類の、希望の名前。
「英雄の系譜を受け継ぐイノリたちには、ぴったりな名前だと思うなー」
「おじいちゃんたちと同じ、チーム名……」
ニコニコ笑うアリーに対して、イノリたちは思わず顔を見合わせる。13班のネームバリューがどれ程のものか、イノリたちは知っているためだ。
嘗ての英雄たちと同じ名を背負う――何と甘美な響きを宿しているのだろう。しかし、それ以上に重い重圧がのしかかっていることも気づいている。
瞼の裏に、揺るがなかった背中が浮かんだ。凛と佇む祖父の背中。最期に見たその姿に、その信頼に、その在り方に、イノリは応えたい。
リヒトもソウセイも同じ気持ちのようで、力強く微笑んで頷いた。金色の双瞼も、紫苑の双瞼も、揺らぐことなくイノリを見つめている。
「分かりました。チーム名は13班でお願いします」
「わーい、決まりだね☆」
「……ただ、1つ質問があるんだけど、いいかな?」
「構わないわよ?」
イノリの問いに頷いたのはジュリエッタだった。
続けてくれと促され、イノリは言葉を紡いだ。
「ジュリエッタたちには『第7真竜が目覚める前に、“残り4体の真竜がどこにいるのかを察知し、その襲来に居合わせる方法”』にアテがあるの?」
真竜検体を集めるというのは、その手段があるから言えるのではないか――イノリの眼差しを真正面から受けたジュリエッタは、驚いたように目を丸くした。
真竜が地球に降り立つ周期は分かっていない。おそらく、「真竜の気まぐれ」が答えだ。ニアラは1万年以上昔に来襲した後は2020年まで来なかったし、フォーマルハウトに至っては、“ニアラが地球を狙って失敗したから”悔い残しを味わうためにやって来た。
他の真竜に関しての目撃情報はゼロである。真竜検体を入手するためには、“該当する真竜が地球に来襲している”必要があった。しかし、現時点ではその情報は一切ない。あったとしても、真竜の気分次第では、“VFDが目覚めるほうが早い”なんてことになりかねない。
イノリの疑問点を聞いたジュリエッタは目を瞬かせる。彼は顎に手を当てて、不敵に微笑んだ。その質問を待っていたと言わんばかりに、「ふっふっふ……」とわざとらしい笑い声をこぼす。
勿体ぶるジュリエッタに対し、ソウセイが冷徹な眼差しを向けた。言いたいことがあるなら言えと訴えている。終いには、アリーからも「モッタイぶらないで話しなよ」と笑顔で注意されていた。
まさか、ノリのいいアリーにまで「さっさと本題に入れ(意訳)」と言われるとは予測していなかったのだろう。ジュリエッタはムッとしたように眉間に皺を寄せたが、すぐに自慢げな笑みを浮かべた。
「――勿論。そのための秘密兵器は、既に用意されてるわ」
***
「その秘密兵器がタイムマシンとは、恐れ入った」
まさか、過去の時代に行って真竜を狩るとは――ソウセイは感心しながら、周囲を見渡した。
目の前に広がる景観を言い表すとしたら、『水の都』という言葉が相応しい。見上げれば、浮島となった回廊が層になり、幾重にも積み重なっているのが伺える。
上部からは美しい水が降り注ぎ、屋根を伝って落ちていく。水飛沫が舞い、周囲に漂っている青い燐光に照らされ、キラキラと輝いていた。何とも幻想的な光景だった。
しかし、美しい街並みには、所々竜災害の爪跡が刻まれている。回廊が寸断されていたり、瓦礫の山が積み上げられていたり等、戦闘の形跡が色濃く残っていた。
それだけではない。この街には、至る所に赤い葬送花――フロワロが咲き乱れている。美しき水の都が、ドラゴンの根城になっているという事実を証明していた。
1万2000年前に、太平洋の真ん中に海を割いて築かれたとされる海洋帝国アトランティス。その首都・アトランティカは、竜災害による滅びを待つだけの状態になっている。
「“真竜が現代に居なければ、居る時代に飛べばいいじゃない”……ですか。いやはや、嘗てない理論ですね」
「本当に、私たち、過去の時代に居るんだね」
苦笑するリヒトに続いて、イノリも噛みしめるように呟く。そのとき、空気を震わすような調べが響き渡った。
例えるならそれは、パイプオルガンの音色。例えるならそれは、讃美歌のメロディ。かすかな音だったが、やけに耳に残る。
「何の音だろう……?」
「分からんな。だが、注意するに越したことはない」
「だね。さっきも凄い振動があったし」
ソウセイの言葉に頷き、イノリたちは探索を続ける。ここにいるルシェたちの瞳はみな、絶望と怯えに満ちていた。
史実では、アトランティス帝国はニアラに対して玉砕作戦を展開しており、国と住民の命を道連れにしてニアラを退けている。
街の状況や人々の様子からして、その玉砕作戦は、行われる秒読み段階に入っているのだろう。
公園のような広場を抜け、先の回廊へ進もうとしていたときだった。
「そこの者、止まれい! その風貌、我らの同胞ではないな!」
「よそ者が、この閉ざされた地に何の用がある?」
イノリたちを呼び止めたのは、アトランティスの男たちだ。甲冑に身を包み、槍を片手に持っている。
おそらく、ここを守っている衛兵なのだろう。彼らはイノリたちに対して好意的ではない。彼らの態度が雄弁にそれを伝えてきた。
諍いを起こすつもりはないので、13班の面々は立ち止まった。何の用かと尋ねられたので、素直に己の目的を答える。
「ニアラを狩りに来ました。私たちは、貴方たちと敵対するつもりはありません。道を開けてください」
「ニアラを狩るだと? ――はっはっは、理解不能だな!」
兵士たちは何がおかしいのか、鼻で笑った。イノリたちの発言を冗談だと思っているのだろう。
ぱっと出てきたよそ者が、「自国を脅かす脅威を倒す」と宣言すれば、あしらわれるのは当然かもしれない。
彼らは既に、玉砕作戦を行う覚悟を固めている様子だった。ルシェ族は誇りを重んじる傾向がある、と、聞いたことがある。
兵士たちからこれ以上の情報は手に入らないだろう。
道をふさぐ兵士を迂回して先へ進もうと、視線を巡らせたときだった。
「その不遜な態度は看破できん。貴様らまとめて、フカのエサにしてくれる!」
兵士たちはそう言うなり、槍を構えてイノリたちに襲い掛かってきた。彼らの攻撃をひらりとかわし、イノリは腰から双剣を引き抜いた。視界の端で、ソウセイが拳銃を構える。
「風のように!」
「油断が命取りだぞ」
イノリの影無しとソウセイのニーブレイクを喰らい、兵士たちが怯む。
その隙を逃さず、リヒトが大地を蹴った。彼の手には、雷が描かれたカード。
「雷注意ですよ!」
彼がそのカードを兵士たちに投げつけた途端、雷のフィールドが展開した。紫電が兵士たちに降り注ぐ。雷を喰らった兵士たちは、悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。そちら側から襲い掛かってきた割には、随分と呆気ない幕切れである。
半ば拍子抜けしながら、イノリは得物を鞘に収めた。兵士たちが呻きながらこちらを見上げる。イノリは仲間たちと顔を見合わせたのち、深々とため息をついた。鞄から道具類を取り出し、兵士たちの治療に当たる。
まさか手当てされるとは思っていなかったのだろう。彼らは唖然とした様子でイノリたちを見ていた。瞳には驚愕と困惑の色が揺れている。治療の終わりを告げれば、2人の兵士たちはバツが悪そうに視線を逸らした。
一応、イノリたちが諍いを起こすつもりはないということは信じてもらえたようだ。彼らはそそくさと道を開け、逃げるように持ち場に戻った。
いつの間にか、この騒ぎを目にして近寄ってきた野次馬が居たらしい。人々からは畏怖の眼差しが突き刺さってくる。あまり居心地よくない。
『フヒヒヒヒ……テメェはここじゃあ異端者だ。行動には気を付けろよ?』
「そうみたいだね。王に仕える兵士がこの調子じゃあ、まともな戦力も、戦おうとする人々も、もう……」
『だな。オマエの言うとおり、骨のある奴らは残っちゃいねえ。ビビる必要は皆無だ。ナビを続けるぞ』
ナガミミはからかうような声色でナビを続ける。それに従い、イノリたちは滅びを待つ首都の街中を突き進んだ。
長い階段を上っては下り、下っては上りを繰り返し、先へ進む。奥へ行けば行くほど、散乱する瓦礫や破壊された街並みが目につくようになってきた。
破壊が目立たなかった区画がどれ程神秘的な街並みだったかを知っているため、元の美しさはどうだったのかと考え、心が痛む。
辺りからはマモノの気配が漂う。次の瞬間、見たこともないマモノたちが飛び出してきた。奴らはイノリたちを敵と認定したようで、襲い掛かってくる。
『アトランティスに生息するマモノだな。ヘルムキャンサーにブロッサムか』
「……ナガミミ。ちょっと質問なんですけど」
マモノの姿を凝視しながら、リヒトは真面目な顔で問いかけた。
「あのマモノ、食べれそうな部位はありますか?」
『……は?』
「珍味になりそうな部位があるなら、是非とも食べてみたいんですが」
『…………ハア!?』
「これが終わったらじっくり調べればいいだろう。来るぞ!」
ソウセイから指摘されたリヒトは頷き、即座に戦闘態勢を整える。リヒトの癖と趣味趣向を思い出し、イノリは思わず苦笑した。
東雲リヒトは珍味が好きである。マモノの肉や卵、挙句の果てには花粉まで、「食べられるならば」自分の手で調理法を研究して食べようとするレベルだ。珍味集めにつき合わされ、東京中のマモノを狩りに行った今年の春休みは記憶に新しい。
課題でレイジーベアーを倒すことになった際、終始「熊狩りだぁぁぁぁ!」とテンションが高かった。レイジーベアーの肉は上等で、熊肉と同じ調理法で料理すると美味しいらしい。実際、リヒトがレイジーベアーの肉で作ったワイン煮込みは絶品だった。
時空を超えるということは、東京には生息しないマモノと対峙することを意味する。珍味を食べたい一心で東京中のマモノを知りつくしたリヒトが、その時代にしか生息していないマモノを見つけたら、食べたいと思うのは当然であろう。
勿論、食欲に物を言わせたリヒトがマモノを一網打尽にし、鼻歌を歌いながら漁り始める。結果、リヒトのお眼鏡に叶った食材が見つかった。
甘い芳香を漂わせるブロッサムの蜜――桃色の花蜜だ。彼はそれを鞄にしまう。後で調理法を研究するつもりなのだ。
「調理法を見つけたら、ナガミミにもおすそ分けしますよ」
『いや、いらねえよ!!』
『ケダモノの次はゲテモノ喰らいか!』と嘆きを叫ぶナガミミの声をBGMに、イノリとリヒトは顔を見合わせ苦笑した。
リヒトの眼中になかったヘルムキャンサーの中腸腺を回収し、先を急ぐ。
――気のせいか、先程よりも鮮明に、天空から讃美歌が響いてきたような気がした。
じじいと孫、別ルートでアトランティスにIn。
合流までのカウントダウンが始まります。
ななどらシリーズの食べ物系素材、意外と豊富ですよね。クエスト用以外にも、興味深いのは沢山あります。
東京(2020年代/U.E.77年)も、アトランティスも、エデンも、食材の宝庫なんだよなぁ。
リヒトの設定は、ゲテモノ系食材絡みで発揮される予定。そして、本人には一切の悪意がないという(笑)