花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD-   作:白鷺 葵

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終わりの国の“異邦人《アリス》”

「ここの階段、キツくありませんか?」

 

 

 アトランティカの居住区を進む中で、リヒトがそんなことを呟いた。心なしか、彼の額にはうっすらと汗が滲んでおり、呼吸もやや浅いように思える。イノリたちの中で、リヒトが一番体力がなかったことを思い出した。

 リヒトの言葉は間違っていない。アトランティカには急こう配の階段が多く設置されていた。東京ではなかなかお目にかかれない角度と段数である。歩行に難がある人にとっては優しくない。

 

 

「そうだな。だが、この街の構造的に、移動手段が階段だけだとは思えん。……現代技術では計り知れないものが使われているのだろう」

 

 

 そう語るソウセイの声色は、どこか楽しそうである。彼は技術関連には目がない。アトランティス帝国の技術に興味津々のようだ。

 リヒトのゲテモノ調理研究に苦言を呈するソウセイだが、彼もまた、ちゃっかりと、先程の兵士が使っていた武器に関する見解をメモしていた。

 他にも、この街の構造に関して思案を巡らせるあたり、ソウセイもアトランティス帝国の文明を楽しんでいる様子だった。

 

 ソウセイは楽しそうに思案していたが、ふと足を止めた。その表情には、どこか驚きで満ちている。

 

 

「どうしたの? ソウセイくん」

 

「……いや、誰かに呼ばれたような気がしたんだが……気のせいか?」

 

 

 イノリの問いに、ソウセイはしきりに首を傾げながら答えた。確証をつかめていないようで、彼の瞳はゆらゆらと揺れている。

 しかし、それについてはおいおい考えることにしたようだ。前を向いて、彼は周囲の警戒に務める。イノリもそれに倣った。

 

 

「こ、こないで! あ、あっちいけーっ!!」

 

「何だ!?」

「今の声は……」

 

「みんな、行こう!」

 

 

 突如、少女の悲鳴がこの場に響き渡った。イノリたちは慌てて、声が響いた場所へと走る。そこには、今にも襲い掛からんとするマモノと、身を丸めたルシェ族の少女がいた。

 

 

『オイオイ、まさか助けるつもりか? あんなの放っておけよ』

 

「それはできない。私自身が、助けられた人間だもの!」

 

『ッ!? ――あ、コラ! オマエら……っ、だーもう!』

 

 

 ナガミミの言葉を遮るようにして、イノリは駆け出した。ソウセイとリヒトも、イノリに続く。ナガミミは躊躇うように唸ったが、最終的には黙認してくれたらしい。

 少女を守るものは何もない。彼女自身も丸腰だ。非戦闘員がマモノに襲われればひとたまりもない。イノリは迷うことなく躍り出て、マモノを一刀で切り伏せた。

 ソウセイはマモノを銃撃し、リヒトが炎のマモノを召喚して敵を焼き払う。マモノはあっという間に斃れた。マモノから素材を集めるのは後回しにし、振り返る。

 

 ルシェ族の少女は、命に係わる怪我はしていないようだ。膝をすりむいている程度である。イノリは鞄から治療薬を取り出し、少女を手当てした。

 少女は怯えるように身を縮ませていたが、危害を加えられたのではなく治療されたのだということを理解し、嬉しそうに表情を輝かせた。

 

 

「ありがとう! おねえちゃんたち、強いんだね! 格好良かったよっ!」

 

「どういたしまして」

 

 

 惜しみない賛辞を贈られるというのは、ちょっと気恥ずかしいけれど、嬉しいものだ。リヒトもソウセイも、照れたようにはにかむ。

 

 どうやらこの少女は、好奇心旺盛な性格らしい。イノリたちの身体的特徴がルシェと違うと見るや、イノリの顔や耳をぺたぺたと触り始めた。特に、ヒトとルシェの耳の違い、リヒトの眼鏡、ソウセイのマスクに興味があるようだ。

 眼鏡を奪われたリヒトが苦笑し、マスクを奪われる危険性を察知したソウセイが目を剥いた。マスクに興味を示す少女に対し、ソウセイは「取られるのは困る」と滾々と説明する。少女は難しい話は好きじゃないようで、むうと唸った。

 

 

「ミルラ! ミルラーっ!」

 

「あっ、おばあちゃんだ! おばあちゃーん!!」

 

 

 切羽詰った老母の声が響いたのと、少女――ミルラがリヒトに眼鏡を返したのは同時だった。彼女は無邪気に笑いながら、駆け寄ってきた老婆を迎える。老婆はミルラを抱きしめ、孫の無事を確認した。ミルラは満面の笑みを浮かべて、イノリたちに助けられたのだと説明する。

 老婆は驚いた後、恐る恐るこちらへ視線を寄越した。異邦人に対する怯えの色が見て取れる。アトランティカの住人たちはイノリたちに対して排他的であった。ミルラの祖母も同じ気持ちを抱きながらも、孫を助けてくれた恩人という事実に、ほんの少し態度が和らいだようだ。

 「アトランティカの兵士たちでも手を焼くマモノを倒すなんて……」と、ミルラの祖母は呟く。一般人がマモノに襲われるとひとたまりもないことは、東京でも同じだった。マモノに太刀打ちできるのは、A級以上の能力者だけである。対竜兵装を駆使することで、B級能力者もどうにか戦える程度だ。

 

 『今ここに残っている兵士たちは、良くてB級だろうなァ』と、ナガミミが囁くようにして補足を入れた。

 A級やS級能力者の大半はみな、ニアラとの戦いに赴いて破れ、帰ってこなかったのだろう。

 

 もしかしたら、ミルラの関係者もその中にいたのだろうか。無邪気に微笑む少女の笑顔からは伺えない。

 

 

「あなたがたは、どうしてこの国に?」

 

「真竜ニアラについて調べています。私たちは、奴を討つためにここに来ました」

 

「ニアラを、討つ……!?」

 

「本当!? おねえちゃんが、ニアラをやっつけてくれるの!?」

 

 

 ニアラという名前を聞いた途端、ミルラの祖母は目の色を変えた。代わりに目を輝かせたのはミルラである。

 彼女は水を得た魚のように、たどたどしくも朗々と話し始める。この国が崩壊する原因となった侵略者の話を。

 

 

「ニアラはねー、数か月前に突然やって来たのー。あいつのせいで、アトランティスは殆ど沈んじゃったんだー。王様も、兵士も、みんなやられちゃって――」

 

「――ミルラ。危ないから、家に戻っていなさい」

 

 

 ミルラの祖母は、ミルラの言葉を遮った。彼女の言葉はどこか刺々しく、物々しい。祖母が何を考えているかは分からずとも、有無を言わさぬ気配はミルラに伝わったようだ。ミルラは気圧されるようにして頷くと、ぱたぱたと走っていく。

 

 ミルラの祖母は大きくため気をついた後、イノリたちの方に向き直った。

 彼女はミルラを助けてくれたことに礼を言い、「恩義に報いるために」と重々しく口を開いた。

 

 

「数か月前に襲来したニアラにより、降盛を誇りしアトランティスの12の海洋宮は、ここ――王都以外のすべてが海に沈みました。先王ユトレロと我が軍の精鋭がニアラに挑みましたが……」

 

「敗北、したんですね」

 

「ええ。誰1人として、戻ってきた者はいません。……やがて、大地に咲いた毒花の瘴気で兵士以外の国民も死に絶えました。この国の滅亡は、間近に迫っています」

 

「……だから、玉砕作戦か」

 

 

 険しい顔をしたソウセイの言葉に、ミルラの祖母は頷いた。

 

 

「執政官のタリエリ様が、作戦を決行なされる。邪を払う王都の聖なる守護石――星晶石を破壊し、国土諸共憎きニアラを海に沈める作戦を……!」

 

「っ、待ってくれ! アンタたちは、本当にそれで納得しているのか!?」

 

「この王都の臣民はみな、心静かに最期の(とき)を待っています。どうかこれ以上、神聖なアトランティスを乱しますな」

 

 

 珍しく、ソウセイが語気を荒げる。驚くイノリたちを尻目に、彼はミルラの祖母に問いかけた。

 しかし、ミルラの祖母は首を振った。自分たちは既に覚悟を固めたのだと言いきる。

 老婆の瞳には一切の迷いがない。だが、瞳には光がなく、深淵の底を思わせるような闇で満ちていた。

 

 彼女の覚悟は分かったが、では、ミルラはどうなのだろう。イノリは、無邪気で明るい少女の姿を思い浮かべた。ニアラを倒すと言うイノリたちに、目を輝かせていた女の子。

 

 

「それじゃあ、あの子はどうなるの? ミルラは死ぬ覚悟を固めているようには見えなかったけど……」

 

 

 イノリの言葉に、老婆はびくりと肩をすくませた。ミルラのことはアキレス健だったのだろう。目に見えて、佇まいが揺らいだ。

 

 

「……大丈夫。あの子も……ミルラも、分かってくれるはずです」

 

 

 ややあって、彼女は震える声で言葉を紡ぐ。それはイノリたちにではなく、己自身に言い聞かせるかのようだった。

 話は終わったと言わんばかりに、老婆は立ち去る。その背中を見送り、イノリたちは顔を見合わせた。老婆の会話を聞いていたナガミミが意地悪く笑う。

 

 

『玉砕作戦とは考えたモンだぜ。確かに、コイツらの現有戦力でニアラを倒そうとすれば、ソレが最良の戦術(プラン)だろうよ』

 

「そんな……玉砕なんてダメだよ。ルシェたちを助けよう!」

 

『何言ってるんだよ。この国が亡びることは確定してる。それに、お前たちの目的はアトランティスを救うことじゃなく、ドラゴンクロニクルだろ? 人助けならU.E.77年でやれ』

 

 

 食い下がったイノリに対し、ナガミミがため息をついた。ホログラム越しに浮かぶマスコットは面倒くさそうに頭を掻く。

 

 

『滅びゆく国の民を救うことに何の意義がある? 奴らが国ごと亡びることは決定事項だ。ムダなんだよ、ムダ!』

 

 

 ナガミミはこれでもかといわんばかりに声を張り上げる。その様は、聞き分けの悪い生徒を怒鳴りつける教師のようだ。このナビゲーターには、職務――Code:VFDの成就以外眼中にないらしい。

 意義がない、滅びは決定事項、ムダ――その三拍子が、イノリの奥底にある想いを抉った。脳裏に浮かぶのは、イノリたちを守るために命を散らした祖父の背中だ。意義も、価値も、打算さえも度外視して、ミカゲはイノリたちを守り抜いた。

 

 

『あの人が、命を懸けてまで守る価値があったの?』

 

『はっきり言って、無駄死にだったなあ』

 

 

 喪服に身を包んだ客が、イノリたちに聞こえる声色で囁いていた言葉がリフレインする。祖父の在り方と自分の存在を否定されたようで、とても苦しかった。

 “祖父は間違っていなかった”のだと証明したくて、今まで頑張ってきた。夢や目標を実現し、自分にできることを成し遂げることが、それに繋がっていると信じていた。

 

 ――そしていずれは、自分も祖父のように希望を紡ぎ、未来を切り開くのだと。そんな存在になりたくて、その背中に追いつきたくて、今まで歩んできたのだ。

 

 絶望に暮れる瞳は、隣にいたリヒトやソウセイと同じだ。あの頃の自分と同じだ。

 それを見捨てることは、あの日の祖父、および自分たちを否定することと同義になる。

 

 

「……ナガミミの言ってることは」

 

『あ?』

 

「私たちに、『死ね』って言うのと同じなんだよ」

 

 

 イノリは、ホログラムとして浮かび上がるナガミミを睨みつけた。リヒトとソウセイも、沈黙を守っているが、噛みつくような眼差しを向けている。

 部下からそんなことを言われ、睨みつけられるとは思わなかったのだろう。ナガミミがたじろぐ。呆気にとられたのは一瞬のことで、すぐ反論してきた。

 

 

『な、なんでそうなるんだよ!?』

 

「だってそうでしょう! 価値がなければ、意義がなければ、意味がなければムダだって言うなら、それらを度外視して助けられた私たちはどうなるの!? それらを度外視して私たちを救ってくれたおじいちゃんはどうなるの!! ナガミミは、『意義も価値も意味もないから、お前は死ね』って言われたら、何の疑いも反論もなく、納得して、言われた通りに死ねるの!?」

 

『お、オマエ……』

 

「できないでしょう!? それと同じだよ! ……無意味だなんて言わせない。無価値だなんて言わせない。意義がないだなんて、ムダだなんて、絶対絶対言わせない!! 私たちはともかくとして、私たちを信じて未来を託してくれたおじいちゃんを踏みにじるようなことは、絶対絶対言わせない!!」

 

 

 荒い呼吸を繰り返しながら、イノリはハッキリと言いきった。当時の気持ちに戻ってしまったためか、じわりと視界が滲む。

 ナガミミが息を飲む音が聞こえた。イノリは袖で涙を拭う。ふうう、と、唸るような息が耳に響いた。そうして、息を吐くように呟く。

 

 

「消えゆく命を助けたいと願うことは、死んでほしくないと願うことは、生きてほしいと願うことは、そんなにもおかしいことかな。『死にたくない』っていう命の叫びに、『生きたい』という命の叫びに、耳を傾けて手を伸ばしたいと思うことは、そんなにもおかしいことなのかな」

 

『……………………』

 

 

 イノリの言葉に、ナガミミは沈黙したままだ。普段の小馬鹿にした態度は鳴りをひそめている。シルクハットを深く被って、マスコットは俯いた。

 

 

『後輩たちの言うとおりだよ、ナガミミ様』

 

 

 ナガミミのホログラムの後ろに、別の人物のホログラムが現れる。イノリたちの先輩パート社員、眞瀬ブンイチだった。

 「ブンイチと連絡がつかない」とジュリエッタが怒鳴り散らしていたが、今まで彼はどこで何をしていたのだろう。

 

 

『オマエ、何してたんだよ!?』

 

『ごめんね。本業が忙しくてさー。まだまだ合流できそうにないから、休暇延長の手続きしに戻ってきたんだ。怒ってるナガミミ様も可愛いけどね』

 

 

 行方知れずだったブンイチの姿を確認するや否や、ナガミミは怒鳴った。しかし、彼は柔らかに微笑みながら、憤怒のマスコットの言葉を遮る。

 その笑い方は、子どもとは思えぬ程成熟していた。イノリたちより年下なはずなのに、どこか達観した老人のように思えたのは何故だろう。

 ブンイチは、呆気にとられるナガミミの頭を優しく撫でる。ふかふかだ、と、幸せそうに目を細めながら、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

『人っていうのはさあ、価値とか意味とか意義とか打算とか好き嫌いとかだけがすべてじゃないんだよね。誰かを助けたいと思う気持ちさえあれば、それだけで立派な理由になるんだよ』

 

「ブンイチくん……」

 

『そうやって、生きたいと叫ぶ命の声を拾い上げようと戦っていた人を、俺は知ってる。価値も意味も意義も打算も好き嫌いも超越して、人命救助に駆け回っていた人の背中を、俺は知ってる。……そうして、その系譜は、次世代にも確かに引き継がれた』

 

 

 ブンイチは嬉しそうに笑って、イノリたちを見つめた。まるで、見知った誰かの面影を見出したかのように。

 

 

『“13班”という名前を背負うってことは、人を助けたい、生きたいと叫ぶ命の声に応えたい、人の命を守りたいという意志を抱いて戦うことだと俺は思う。その意志を力に変えて、竜やマモノを討ち続けてきたのがムラクモ13班だった』

 

「おじいちゃんたちが……」

 

『そう。だから、キミたちは間違ってない。本当にキミたちは、13班の名前を背負うのに相応しいよ。俺だってそうするもん。――特に、ナガミミ様にはね』

 

 

 ブンイチはそう言うなり、ナガミミをぎゅっと抱きしめた。むぎゅ、と、マスコットが呻く。

 普段のやり取りからして、ナガミミはブンイチに抵抗しそうなものだ。だが、今回は大人しくしている。

 

 

『ナガミミ様が俺のことを望まなくても、俺は、ナガミミ様が『助けてほしい』って思ったら、這いつくばってでも助けに行く。ナガミミ様が生きたいと望むなら、たとえ俺の肉体が滅んで魂だけになっても、絶対にナガミミ様の元に駆けつける。そうして、ナガミミ様の願いを叶えてみせるよ』

 

 

 堂々と宣言したブンイチの若紫には、揺るがない意志が宿っている。彼は本気で語っているのだ。ナガミミが願えば/ナガミミが望まなくても、ブンイチはそれを叶えるだろう。マスコットを撫でる手つきは、酷く優しかった。

 

 

『……死に……い、……消えた……、……生きたい……』

 

 

 幾何かの沈黙の後、囁くような声がした。くぐもってよく聞こえなかったが、『生きたい』という言葉だけは鮮明に聞き取れた。

 ナガミミの口調は、自分が歩んできた軌跡を思い返しているようだった。そうして、深々と息を吐く。

 『やれやれ』と言ったその声色は、先程よりも幾分か柔らかな響きを宿していた。

 

 

『人命救助はジュリエッタから禁止されてる。助けようとすれば、文字通り“キリがない”からな。ムラクモ13班のように『目につく命はすべて救え』的な救助活動が容認されていた時代背景とはワケが違う』

 

「…………そう」

 

『……しかし、マァ、応急処置や一時的な避難ぐらいなら、なんとか誤魔化せるかもしれん』

 

 

 ナガミミの言葉に、イノリたちは思わず顔を上げた。

 ブンイチに抱えられたナガミミのホログラムが映し出されている。

 

 マスコットのウサギはバツが悪そうにシルクハットをずらす。自分の顔を見られたくないのだろう。外見がぬいぐるみのため顔色など分からないのだが、本人にとっては重要なことらしい。

 

 

「本当!?」

 

『何も、仏心や慈善事業で言ってるわけじゃねえぞ。脂の乗った、美味そうなヤツが居るかもしれんからな。フヒヒヒヒ……』

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

『…………本気にすんなよ。傷つくぞ』

 

 

 ブンイチに抱えられていたナガミミの耳がぺたんと下がった。頭を垂れ、昏い影を滲ませているあたり、結構落ち込んでいるようだ。

 そんな想い人(人?)の様子も魅力的なのだろう。『そんなナガミミ様も好きです、結婚してください』『やめろ仕事中だ』と、普段通りのやり取りが広がる。

 直属上司と先輩社員の微笑ましいやり取りを見守りつつ、イノリたちはアトランティカの探索へと戻る。天高くから、讃美歌の音色が聞こえた気がした。

 

 

 

***

 

 

 

 今回アトランティカに時空跳躍した目的は、ノーデンス13班の肩慣らしと資材集め――普通のドラゴンを狩るためだ。

 

 しかし、リヒトの珍味集めとアトランティカの人々の人命救助を優先して行っているため、ナガミミのため息が絶えず聞こえてくる。

 なんやかんや言いながらも、イノリたちの行動を止めないあたり、柔軟で融通の利く上司と言えよう。

 

 

「見てください! スパイラルキャノンとスクリューシャークが、新しい食材を落としましたよ!」

 

「……おい。何だこの毒々しい色の肉とエキスは」

 

「このフカヒレ、すっごくすり減ってる……食べる部位あるのかなぁ」

 

 

 嬉々として拾った食材――スパイラルミート、スパイラルエキス、すり減ったフカヒレを鞄にしまうリヒトの瞳は、キラキラと輝いているように思う。

 無事に任務を終えたら、彼は調理台を占領して開発に勤しむことだろう。材料を後から言うスタイルで、リヒトは阿鼻叫喚図を作り上げるに違いない。

 

 楽しそうなリヒトの様子に苦笑したイノリは、ふと視線を向ける。マモノがうろつく回廊に、ルシェ族の女性が身を潜めているのを発見した。

 

 

「みんな、あれ!」

 

「急ぐぞ!」

「行きましょう!」

 

 

 リヒトとソウセイもそれに気づいたようで、即座にマモノに挑みかかった。苦戦することなくマモノを屠り、イノリたちは女性へ手を差し伸べる。

 突如現れた異邦人に、女性は目を丸くした。まさか救助が来るとは思わなかったのだろう。昏く淀んだ女性の瞳に、かすかながら希望の光が浮かんだ。

 

 

「私、生きられるんですか? 助かるんですか?」

 

「はい! もう大丈夫ですよ! ここは危険ですから、安全な場所に避難しましょう」

 

「よかった……! 申し訳ありません、先王ユトレロ。そしてタリエリ様。裏切りをお許しください。本当は、死にたくなんてなかったのです……!」

 

 

 女性はそう叫ぶなり、わっと顔を覆った。

 

 玉砕作戦がアトランティス帝国の総意だったとしても、国民全員が1枚岩だとは限らない。この女性と同じように、“表面上は玉砕作戦に異を唱えていないけれど、本当は死にたくないと思っている”民だっているはずだ。

 女性を宥めて落ち着かせた後、ホログラムに映るナガミミに声をかける。ウサギのマスコットは頷き、準備ができたことを告げた。「安全な場所に到着したら、ナガミミの指示に従うように」と説明し、イノリは女性に脱出キットを使う。

 淡い光が弾けたと思った途端、ナガミミの背後に先程の女性が現れた。女性は見たこともない景色に驚いて腰を抜かす。ナガミミは相変わらずぶっきらぼうな口調で、彼女にてきぱきと指示を出していた。

 

 さあ、先へ進もう――そう思ったときだった。

 目の前は行き止まりになっている。道らしき道はない。

 

 

「あれ? 道がここで途切れてますが……」

 

『ああ、その先に行きたいんですか? その床に転送用の術式が刻まれているので、それを起動させれば進めますよ』

 

 

 リヒトの問いに答えたのは、先程救助された女性だった。ホログラムで映る女性は、イノリたちが映し出されたモニターを見て発言したのだろう。

 

 長い回廊と浮島で形成された首都アトランティカの移動手段は、回廊と転送用の魔法陣である。ナガミミ曰く、『後者はジュリエッタが開発したタイムマシンと似た技術が使われている』という。場所さえ指定すれば寸分狂わずそこに転送されるらしい。

 1万2000年前の高度文明に、ソウセイは興味深そうに魔法陣を眺めていた。技術者としての好奇心が疼くのだろう。しかし、今回はその好奇心を満たす余裕はない。ソウセイは名残惜しそうに魔法陣を眺めていたが、振り切るようにして頷いた。

 女性のルシェに礼を言えば、彼女は嬉しそうに微笑む。ナガミミの指示に従った彼女は、ホログラムから姿を消した。イノリたちは術式を作動させる。視界が白み、色を取り戻したとき、先程とは別の景色が広がった。

 

 

「……声が、近づいてきている……」

 

「声? もしかして、『さっきから呼ばれてる』っていう……」

 

 

 新しい区画に足を踏み入れたソウセイが、耳をそばだてた。

 

 

「ああ。先程よりも鮮明に響いてきている。イノリには聞こえないか?」

 

「ううん、何も」

 

「リヒトは?」

 

「僕にも聞こえません」

 

 

 ソウセイの問いに、イノリは首を横に振った。ソウセイは隣にいたリヒトに問いかける。

 リヒトも聞こえないようで、リヒトも首を横に振る。その答えを聞いたソウセイは、眉間に皺を寄せた。

 

 彼は顎に手を当てる。「“王家の血を継ぐ遥けき者”……? 何を言ってるんだ……?」と呟いて、彼は天を仰いだ。その眼差しは、一番高い区画へと向けられていた。

 気のせいか、彼の視線の先――一番高い場所にある区画から、青い光が発せられているように見えた。ソウセイの横顔は、どこか困惑している。

 また、天から讃美歌が響いてきた。この調べも、上層へと向かえば向かう程、鮮明に響いてくる。ソウセイにだけ聞こえる“聲”と関係があるのだろうか。

 

 イノリたちが考えていたとき、今度は別の場所から悲鳴が響いた。逃げ惑っていたのは、ルシェ族の青年たちである。片方は王国の兵士、もう片方――ゆったりとしたローブを羽織っている方は、おそらく文官だ。傷だらけの2人の背後には、空中を泳ぐ巨大魚が猛スピードで迫っている。

 

 

『気を付けろ、13班。奴はエンシェンタス。空泳ぐ魚のようなナリだが、アレもドラゴンだ。氷属性の攻撃を行ってくる。炎属性で攻めてやれ!』

 

「分かった!」

 

 

 ナガミミのナビに従い、イノリたちはドラゴンの前に飛び出した。文官と兵士を庇うようにして、3人はエンシェンタスの眼前に躍り出る。庇われた青年2人は、呆気にとられたようにこちらを見上げた。

 獲物を喰らう邪魔をされたエンシェンタスは、矛先をイノリたちへ変更したようだ。太古の巨大魚は咆哮し、こちらへと襲い掛かってくる。イノリたちはそれぞれ得物を引き抜いて応戦した。

 

 

「炎属性なら、これはどうだ?」

 

 

 ソウセイは不敵に笑いながら、データボックスを展開した。青い光の箱がエンシェンタスに投げつけられる。次の瞬間、炎のマナが渦巻いた。

 エージェントのスキル、ファイアTOROYだ。リヒトのトラップカードと同じ、罠を仕掛けるものである。しかし、デュエリストの罠スキルとは勝手が違う。

 ソウセイが仕掛けた罠は、敵に対して仕掛けるタイプである。特定の属性攻撃に反応する仕組みだ。今回仕掛けた罠は、エンシェンタスにとっての弱点属性――炎属性。

 

 

「よし、私も!」

 

「それじゃあ、僕も続きますよ!」

 

 

 ソウセイに続いて、イノリとリヒトが駆け出した。イノリは双剣を振るい、裂きモミジを撃ち放つ。

 鮮やかな炎が舞い、エンシェンタスの体を切り裂く。弱点攻撃を喰らった古代魚の悲鳴が響いた。

 

 次の瞬間、エンシェンタスに仕掛けられていた炎のTOROYが爆発した。思わぬ追撃を喰らい、エンシェンタスが苦悶の声を上げる。

 

 

「流星を召喚!」

 

 

 リヒトが五芒星を描いて、炎属性のカードを宙へと放り投げる。炎属性の特殊全体攻撃魔法、Xバーンだ。

 

 追撃が来ると思っていたエンシェンタスは思わず身を縮ませたが、何も起こらないことを察すると、大口を開けてリヒトに襲い掛かった。直撃は免れたが、肩にじわりと赤が滲む。

 痛みに顔をしかめたリヒトだが、彼の闘志は折れていない。エンシェンタスは大きく口を開け、何かを吐き出した。氷の息である。吐き出された冷気が、イノリたちの肌を焼いた。

 火傷は皮膚や体が高温に触れたために発生するものだが、冷気による火傷も存在する。正式名称は凍傷だ。火傷も凍傷も、厄介な状態異常の1つである。

 

 後ろにいた兵士と文官が悲鳴を上げた。イノリたちの乱入によって薄れていた“自分が死ぬかもしれない”という恐怖がぶりかえしたためだろう。

 次の瞬間、兵士と文官は目を見張る。――それもそうか。不利な状況でも、自分たちは不敵な笑みを崩していない。

 

 

「逃げられませんよ!」

 

 

 リヒトの宣言同様、上空から隕石が降り注いだ。炎属性攻撃を喰らったエンシェンタスは悲鳴を上げる。勿論、ソウセイの設置したTOROYももれなく発動した。

 弱点攻撃を何発も喰らっても、エンシェンタスはまだ倒れない。家畜など喰らってやると言わんばかりに、奴は派手に咆哮した。

 

 イノリの腕が痛む。エンシェンタスのブレス攻撃で、凍傷を負っていたためだ。

 

 

「これくらい……!」

 

 

 イノリは練気手当を使い、傷と凍傷を治療する。その脇で、ソウセイが敵にニーブレイクを叩きこんだ。空を泳ぐエンシェンタスには、空中戦用の技も効果的らしい。

 

 

「熱くしましょう!」

 

 

 銃撃したソウセイの背後から飛び出したリヒトは、火山が描かれたカードを放り投げた。次の瞬間、炎のフィールドが出現してエンシェンタスに牙を向く。

 リヒトのフィールド魔法は、敵の属性防御を下げる効果を有している。炎属性を弱点とするエンシェンタスにとって、炎属性耐性を下げられるということは不利だ。

 炎属性攻撃に反応したTOROYが爆発した。エンシェンタスが目に見えて揺らぎ始める。己を鼓舞するように吼えた古代魚は、傷を癒していたイノリへと牙を向いた。

 

 鋭利な牙が肌を掠める。血が滲んだが、深手ではない。

 エンシェンタスが空中を泳いで距離を取り直す。

 

 

「更に火の力を加えます。逃がしません!」

 

 

 再び、リヒトのXバーンが効果を発動させた。先程よりも激しく燃える流星が、エンシェンタスを焼き焦がす。

 Xバーンは発動が遅いが、一度使うと暫くの間、全自動で発動する。その前に炎属性カードを使えば、威力が増す効果があった。

 

 

「この弾で終いだ!」

 

 

 ソウセイはエンシェンタスに銃口を向け、引き金を引いた。エイミングショットを叩きこまれたエンシェンタスは、断末魔の叫びを残して崩れ落ちた。

 

 フロワロの花弁が弾け、ドラゴンは二度と起き上らない。イノリたちは周囲の安全を確認したのち、兵士と文官に向き直った。

 鞄から薬を取り出して彼らを治療する。応急処置だ。2人の青年は呆気にとられたようにイノリたちを見つめていた。

 ――まるで、イノリたちの存在に心当たりがあるかのように、驚愕の眼差しを外さない。

 

 

「これで一安心かな。もう大丈夫です! ここは危険だから、安全な場所に避難しましょう」

 

 

 イノリは躊躇うことなく手を差し伸べた。2人の青年はイノリたちの格好を凝視する。

 彼らは顔を見合わせて、ひそひそと何かを話し始めた。そうして、信じられないものを見るようにこちらを見上げた。

 

 

「……あんたたちは、一体何者なんだ?」

 

「真竜ニアラについて調べています。私たちは、奴を討つためにここに来ました」

 

 

 イノリの返事を聞いた文官と兵士は大きく目を見開いた。しかし、今まで見てきた驚きの反応とは方向性が違う。今まで出会ったルシェたちは、ニアラを倒すと言うイノリたちの言葉を本気にしていない様子だった。荒唐無稽な夢物語を語っているとして、まともに取り合う者は殆どいない。

 しかし、この2人は“「ニアラを倒すと語る異邦人」が、実際に目の前にいる”事実(こと)に対して驚いている。“居るはずのないものが目の前に現れた”――兵士と文官の眼差しは、言葉以上に雄弁に語っていた。2人はひそひそと話し始める。信じられないと言わんばかりに、だ。

 

 

「その服装に、その物言い……」

 

「まさか、ウィータ様が仰っていた“ニアラを討つ者”――“遥かなる嚮後(きょうご)からの来訪者”……?」

 

「じゃあ、彼女の予言は本当だった……? それじゃあ、アトランティスは――」

 

「……いいや、実際そうと決まったわけじゃない」

 

「だが、あれを見ただろう? お前や私の同僚を嬲り殺しにしたあのドラゴンを、彼女たちは斃した。……もしかしたらとは思わないか?」

 

「だとしても、ウィータ様はもう、王宮には――」

 

 

 文官と兵士の物言いを遮るように、今度は別の方角から竜の咆哮が響いた。声の出どころは、少し離れた先にある階段の向こう側――アトランティカの最上部だ。文官と兵士はびくりと肩をすくませたのち、ハッとしたように声を上げた。

 

 

「そうだ、星晶石! ――ぐうっ!?」

 

「ニアラ打倒の要だ。あれを失うわけにはいかん! ――って、痛っ!!」

 

「2人とも、その怪我で無茶しないでください!」

 

 

 慌てた様子で立ち上がろうとした兵士と文官は、その場に蹲った。いくら応急処置を施したとはいえ、彼らはもう戦えない。

 先程響いた咆哮はドラゴンのものだ。この2人がドラゴンの眼前に立ったところで、文字通り一掃されるのがオチだろう。

 次の瞬間、ソウセイが弾かれたように顔を上げて、ドラゴンの咆哮が聞こえた先へと視線を向けた。瞳に浮かぶのは、焦燥。

 

 

「行かなくては……!」

 

「ソウセイくん!?」

 

「俺を呼んでいる声は、この先に居る!」

 

「ええっ!?」

 

「この先にドラゴンがいるなら、急がなければ! ――この声の主が、ドラゴンの手にかかる前に!!」

 

 

 迷うことなく、ソウセイは階段へと駆け出した。彼を呼びかける正体が、この階段の先にいる――しかも、ソウセイの反応からして、かなり切羽詰った状態らしい。

 イノリとリヒトは顔を見合わせ頷く。兵士と文官に傷を治すよう懇ろに言い聞かせ、ナガミミの元へと2人を転送する。ナガミミは医療セクションに連絡していた。

 

 イノリとリヒトは、ソウセイより遅れて階段を駆け上がった。階段の上の方から銃撃音が聞こえてくる。ソウセイは既に戦闘態勢に入っているようだ。

 

 長い階段の中腹にある踊り場――そこが、ソウセイとドラゴンの戦場だった。

 普段よりも一層真剣な表情で、彼は黒い翼竜と対峙している。

 

 

「風のように!」

 

 

 イノリは階段を駆け上がり、その勢いのまま影無しを放った。ドラゴンの体勢が崩れる。追撃と言わんばかりに、リヒトがカードを示す。

 

 

「電光のマモノよ!」

 

 

 雷のカードに描かれていたのは、クラゲを模したようなマジュウだった。クラゲは触手を翼竜へと突き刺し、そこから放電する。紫電が爆ぜ、翼竜が呻き声を上げた。

 イノリたちが合流したのを察したソウセイは満足げに頷くと、黒い翼竜へ向き直る。イノリたちもそれに続いて、黒い翼竜と対峙した。

 

 

 




圧倒的なフラグ回。
2020シリーズの胸糞系関連クエストを思い返すと、自分たちを背後から狙い撃ちしてきたり、(当人にその気がなくても)明らかにこちらの足を引っ張ろうとしてきたりする人を助けてきたムラクモ13班って偉大なんだよなと思うのです。
意味も価値も損得勘定も好き嫌いも、そんなものなど全部超越して、“(ニンゲン)を助ける”――そんな彼らの背中を見つめてきた後継者たちが、その想いを受け継いでいる。
ゲーム本編では、主人公のお人よし(本編における選択肢の内容)具合に関する理由は一切語られませんが、拙作ではこんなバックボーンがあるんだと伝われば幸いです。
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