花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD-   作:白鷺 葵

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嚮後の空より“異邦人《浦島太郎》”

 階段の踊り場を占領していた翼竜が、断末魔の悲鳴を残して崩れ落ちる。これで、この先にいるであろう“ソウセイを呼ぶ声の主”の安全は確保された。ドラゴンから手早く資材を回収し、イノリたちは階段を駆け上がった。ソウセイが先陣を切るような形で飛び出す。

 階段の先には、大きな祭壇が広がっていた。その中央には、青く輝く巨大な石が浮かび上がっている。石はソウセイの姿を確認するや否や、淡く光を瞬かせた。まるで、来訪者を歓迎し、ここにたどり着くまでの労をねぎらうかのように。

 

 

「人は、誰もいませんね……」

 

「この石、一体なんだろう」

 

 

 リヒトがきょろきょろと周囲を見回す。イノリは、青く輝く石を見上げて首を傾げた。武器関係の素材に詳しいソウセイは、じっと石を見上げたまま微動だにしない。

 ややあって、ソウセイは何かを聞きとろうとするかのように目を閉じた。リヒトとは違う形で、自分に呼びかける“聲の主”を探しているようだ。

 祭壇には自分たち以外に誰もいない。ソウセイに呼びかけていた相手は一体誰なのだろう。イノリも周囲を確認したが、やはり人の姿はどこにもなかった。

 

 

『この石……まさか、オリハルコンか!?』

 

「――間違いない。俺を呼んでいたのは、この石だ」

 

 

 石の存在に声を上げたのはナガミミだった。それとほぼ同時に、ソウセイがカッと目を見開く。紫苑の瞳は、強い確信で満ちていた。

 

 オリハルコンは竜殺剣の材料となった鉱石である。2021年の竜戦役では、帝竜の心臓3つを使ってオリハルコンを精製した。

 そのオリハルコンで作られた竜殺剣は1回限りの使い捨てだ。竜殺剣はフォーマルハウトとの戦いで効果を発揮し、役目を果たしたと同時に消滅している。

 

 現代技術では再現不可能だと言われていた、御伽噺の金属。2021年の竜戦役では、ATLコードに適応したルシェクローン――マリナだけが作り出せるものだ。

 マリナはソウセイの祖母でもある。ソウセイにもATLコードの適応が見られるらしく、武器開発や装飾品作成で超人的な才能を有するのもそれが起因しているという。

 ATLコードには金属を自在に操るだけでなく、金属の声を聞き分ける力があると耳にしたことはある。だが、実際にその現場を見たのは、今回が初めてだった。

 

 

「このオリハルコンが、海洋帝国アトランティスの文明を支える心臓だ。層に重なり連なった国家の構造を支える要であると同時に、邪なるもの――主に、マモノから民を守る防御機構の力も有している」

 

「でも、首都にはマモノが跋扈してるよ? ……まさか、守りが弱くなってるの?」

 

「その通りだ。このオリハルコンと同程度の大きさと力を有する石を各区画に設置し、支えとして使うことで、アトランティスは発展し、栄華を極めていた。だが、ニアラの襲撃によりオリハルコンは次々と破壊され、今ではここを始めとした数か所しか残されていない。……つい先程も、別の場所にあるオリハルコンが砕け散り、浮島が沈んだそうだ」

 

 

 自分たちが街に足を踏み入れた際に起こった地震は、オリハルコンが破壊されたことが原因で発生した崩落を由来としたものだ――ソウセイが苦しそうな表情をしながら締めくくった。

 イノリは眼前で光を放つ鉱石に視線を向けた。気のせいか、オリハルコンの輝きが弱々しいものになったような気がする。己や、己が守ってきた命が辿る滅びの結末を嘆くかのように。

 

 

「そうか……お前は――」

 

「――無礼者!」

 

 

 ソウセイがオリハルコンに手を伸ばしたとき、背後から鋭い声が響いた。いきなり怒鳴られ、13班の面々は弾かれたように振り返った。階段を上ってきたのは、豪奢な法衣を身に纏った文官風の男だ。先程イノリたちが救助した文官よりも上の地位にいるのだろう。

 

 

「よそ者にとってはただのオリハルコンでも、我らにとっては尊きアトランティスの魂。触れれば、命は無きものと思え」

 

「――そのあんた自身が、“生きたいと願う命を守りたい”と叫ぶ魂の声を無視し、踏みにじろうとしているのにか?」

 

 

 厳かな調子を崩さぬ文官に対し、ソウセイはぎろりと彼を睨みつけた。

 敵意に敵意をぶつければ、敵意が跳ね帰ってくるのは当然の結果である。

 文官の眉間に皺が寄る。ソウセイと文官が派手に睨み合った。

 

 

「貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

「ああ知っているとも。オリハルコン(コイツ)が教えてくれた。“ニアラに対する玉砕作戦に自分が使われる”、“自分はこんなことのために使われたくなかった”、“生きたいと願う命を守りたかった”と」

 

「馬鹿な……! 王族でもない、野蛮な陸の民である貴様が、星晶石の聲を聞けるはずがない! でたらめを言うな!!」

 

「おやめなさい、タリエリ。この者は、嘘偽りを述べてはいません」

 

 

 この場に、凛とした女性の声が響く。文官の後に続いて現れたのは、ルシェ族の女性だった。シンプルであるが上品で煌びやかな衣装を身に纏った彼女は、一般人とは雰囲気が全然違う。

 雰囲気が誰に近いかと問われれば、恐らくリヒトであろう。彼は東雲財閥の御曹司としての教育を受けているためだ。女性からは、高貴な人間としての立ち振る舞いが端々に滲み出ている。

 

 

「ウラニア様……」

 

「星晶石の嘆きと無念に応えられず、運命を受け入れることを選んだのは私たちです。そうして、星晶石に私たち以上の痛みと覚悟を背負わせている……この者の言葉に、返せる言葉などありません」

 

 

 女性――ウラニアの一喝を受けた文官――タリエリは、彼女に恭しく頭を垂れる。どうやら、ウラニアの方がタリエリよりも身分が上らしい。

 

 

「――ばあさん……!?」

 

 

 彼女の姿を視界に入れた途端、ソウセイはぎょっと目を見開いた。彼は感情のままに口走る。ソウセイは目の前の女性から祖母・マリナの面影を見出したらしい。

 言われてみれば――雰囲気は全く別物だが――顔立ちがよく似ていた。マリナはATLコードに適応した際、“アトランティス最後の女王”としての記憶と能力を有したと聞く。

 イノリたちの予想を肯定するかのように、ウラニアとタリエリが自己紹介した。前者がアトランティスの女王、後者がアトランティスの執政官だという。

 

 平時だったら、イノリたちの風貌やソウセイの物言いは詮議/裁判モノらしい。タリエリは地上の民に興味がないようで、早々に立ち去れと言って背中を向けた。

 彼の関心は専ら星晶石の安否に注がれているようだ。この区画の星晶石は、どこかにある大星晶石と連結して、玉砕作戦に使うつもりらしい。

 

 そんな執政の後ろ姿を、女王ウラニアはじっと見つめていた。何か言いたいことがありそうな表情である。

 

 

「よそ者よ、ここを立ち去れ。海は我らルシェの領土だ」

 

「それはできない」

 

 

 タリエリは剣呑な表情を崩さないまま、鋭い声で言い放った。

 彼の言葉に対し、ソウセイはかぶりを振った。そうして、告げる。

 

 

「俺たちはニアラを倒しに来た。この国の滅びを見過ごせない。だから、共にニアラを討とう」

 

「――!!」

 

「!? ……なんと愚かな……。お前も、“あいつら”と同じことを言うのか……」

 

 

 その言葉に、ウラニアが目を見開いた。

 

 タリエリはソウセイを苦々しい眼差しで見下ろす。まるで、見知った誰かの面影を見出したかのようだ。

 彼にとって、その人物は複雑な存在らしい。懐かしさ、怒り、憐れみ、羨望――ごちゃ混ぜの感情が揺れている。

 

 

「まさか、ウィータが言っていたのは……いいや、そんなことはあるまい。確かに地上の民ではあるが、こいつ等はただの愚か者だ……」

 

 

 タリエリはぶつぶつと何かを呟く。イノリは、ウィータという名前に聞き覚えがあった。

 先程救助した文官と兵士が、その名前を口走っていたように思う。

 

 その人物を聞こうとするより先に、タリエリが動く方が早かった。

 

 

「請うて命を捨てる者にかける情けは無いぞ。衛兵――」

 

「待って、タリエリ!」

 

 

 兵士に目配せしたタリエリを引き留めたのは、ウラニアだった。思わずイノリたちは目を丸くする。彼女は、異邦人であるイノリたちと話がしたいと言い出した。

 最後のワガママだと請うその姿は、物言いは控えめだけど、少女が父親に何かを強請る姿とよく似ている。立場は違えど、この2人は親子のような関係らしい。

 タリエリは一瞬たじろいだ後、深々と息を吐いて苦笑する。先王の話題――ウラニアのワガママに弱かったという話題が出るあたり、イノリの祖父とよく似た人物(親馬鹿気質)だったようだ。

 

 ウラニアはソウセイの元へと歩み寄った。そこにいたのはアトランティス最後の女王ではない。異国の旅人に興味津々な、どこにでもいる女の子だ。

 おそらく、こちらが彼女の“地”なのだろう。先程までの凛とした振る舞いは、女王としての責務を果たそうと努力していたのだ。

 

 

「ふふ、不思議な衣装ですね。外界では、獣の皮を鞣して服にすると書物で読みましたが……想像していたものとは違うようです」

 

「あ、ああ……。ま、まあ、世界は広いからな」

 

 

 ウラニアは興味深そうにソウセイの服装を眺める。ソウセイは視線を右往左往させていた。地上の民代表として、どう反応すればいいのか分からないらしい。受け答えがしどろもどろになっていた。

 

 しかし、“衣装”という単語に彼は目を見張る。とっかかりになりそうな話題の糸口を見つけられたらしい。

 そうとなれば、ソウセイは水を得た魚のようにすらすらと言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「他にも色々な服がある。国や風土によって、服のデザインや使用される素材が大きく変わるんだ」

 

 

 ソウセイはウィンドウとキーボードを展開し、画像を指し示す。エージェントの力を目の当たりにしたウラニアやタリエリたちは驚いたようだが、前者が好奇心、後者が猜疑心で迎え撃った。

 その差は大きいようで、ウラニアは興味津々に表示された画像を見つめる。タリエリは顔をしかめたままだ。後者を完全に無視し、ソウセイは大量の画像――衣服に関するものを1つ1つ提示しながら、服の素材や構造について語り始めた。

 煌びやかな異国の服にウラニアは目を輝かせた。女王といっても、彼女も年頃の娘である。そんなウラニアの笑みを見たタリエリは、微笑ましそうな――けれどどこか申し訳なさそうな、寂しい笑みを浮かべた。

 

 父親代わりとしてのタリエリは、とても親馬鹿な性格らしい。

 執政官という仮面が剥がれた先からは、娘を憂える父親の顔があった。

 

 

「外の世界は、こんなにも興味深いもので溢れているのですね。……私は、アトランティスしか知りませんから……」

 

 

 暫し洋服のことを語り合った後で、ウラニアは悲しそうに苦笑する。

 

 彼女はアトランティス最後の女王として、この地で命を終える覚悟を固めていた。勿論、外に広がる世界を知らず、外の世界に存在する命の営みと異なる文化に触れ合う機会すらなく。

 そんな矢先に、ウラニアは異邦人――イノリやソウセイたち13班と出逢ったのだ。何も知らぬまま人生の幕を閉じようとしていた彼女にとって、これ程までに皮肉な仕打ちは無いだろう。

 

 

「それはお互い様だね。私も、東京しか知らないし」

 

「外国に行ったことがあるのは、僕とシキさんくらいでしょうから」

 

「トウキョウ? ガイコク?」

 

「そのような集落の名前など、聞いたこともありませんな」

 

 

 イノリとリヒトの言葉に、ウラニアはこてんと首を傾げた。

 タリエリも、“ソウセイによる洋服の話”で異国に興味を持ち始めたらしい。

 眉間に皺を寄せながらも会話に加わる。背後に居た兵士がざわめいた。

 

 そんなギャラリーの様子など気にもせず、ソウセイはウラニアをまっすぐに見つめて問いかけた。

 

 

「ウラニア女王。貴女はこの国が好きか?」

 

「当然です。私はアトランティスを愛しています。この国と、この国に生きる民を」

 

「……そうか。俺も、自分の故郷が好きだ。貴女に、是非とも俺の故郷を見てもらいたかった」

 

「私も、あなたたちに見せたかった……。壮大で豊かなアトランティスの、本当の姿を」

 

「……ああ。是非とも、この目で見てみたかった。――ばあさんにも、見せてやりたかった」

 

 

 女王の言葉を聞いたソウセイは、静かに目を細めて呟く。後半の言葉は、ウラニアには聞こえなかったようだ。

 ウラニアは悲しそうに微笑みながら言葉を続ける。アトランティスの民たちが辿ってきた、その生き様を。

 

 海に生まれ、海に生き、最期は海へと還る――そうやって紡がれてきた美しき海洋帝国(らくえん)は、もうじき滅びを迎えようとしている。それでも尚、ウラニアは――アトランティスの民は、この地こそが楽園だと信じていた。

 アトランティス最後の女王は、自分たちが辿る運命を甘んじて受け入れている。その瞳には、破滅(おわり)へ向かって突き進む覚悟を固めていた。翡翠の瞳には光はなく、黒い影が揺らめいているように見えた。

 

 

「アトランティカの騎士にも劣らぬ、不思議な輝きを持つ旅人よ。この国が滅んだ後の世界は、あなたのような者が導くのでしょう……」

 

「諦めるにはまだ早いよ! ニアラを倒すために、まだできることが――」

 

「――残された時間は、僅かです。今を逃せば、ニアラはこの国を滅ぼし、外界へと向かうでしょう」

 

 

 言い募ろうとしたイノリに対し、ウラニアはハッキリと言いきった。

 

 

「誇り高きアトランティスの民として、それだけは阻止せねばなりません。海の泡として消えた幾万もの同胞のためにも、何としてでもニアラを討つ――それが、残された者が果たすべき責任であり、世界の長たる者としての義務です」

 

 

 外界に思いを馳せる少女であるウラニアは、もういない。イノリたちの目の前にいるのは、アトランティス最後の女王として立つ、凛とした女性だ。

 タリエリに「そろそろ時間だ」と促され、ウラニアは頷く。これで話はお終いだと言わんばかりに、今度はタリエリが口を開いた。

 

 

「ニアラの襲撃からたったの数か月で、ルシェ族の王国は、この麗しき首都アトランティカただひとつとなった。そしてニアラは、今もこの地の最深部で、我らの最も神聖な場所を根城にして、沈みゆく国を嘲笑っているのだ……!!」

 

 

 理知的な装いが崩れる。彼の瞳は、怨敵ニアラに対する怒りで燃えていた。タリエリは命と引き換えにしてでもニアラを倒すと息巻く。

 名君であった先王ユトレロと、彼が率いた精鋭部隊が敗れたことが、ウラニアたちやアトランティスが終焉に向かう決定打になったらしい。

 生まれ育った故郷、戦いで散った人々――「彼らを無視して、自分たちが生き延びることはできない」と、ウラニアは締めくくる。

 

 ――皮肉にも、ウラニアたちが出した結論は、イノリたちと正反対のものだった。

 

 自分たちのために戦って散った祖父が間違っていなかったことを証明したくて、祖父が向けた信頼に応えたくて、生きることを選んだイノリたち。

 自分たちのために戦って散った同胞に報いるため、世界の長としての誇りと責務に殉ずるために、生きることを諦めたウラニアたち。

 

 

(もしかしたら、私たちも、生きることを諦めていたのかもしれない……)

 

 

 昏い瞳を目の当たりにして、イノリは何とも言えぬ気持ちになった。脳裏に浮かぶのは、祖父の葬儀で出会った少年。彼の言葉があったから、イノリは生きることを選んだのだ。

 イノリに『祖父の正しさを証明するためには、泣いている暇などない』と言って励ましてくれた少年は、今、どこで何をしているのだろう――どうしてか、酷く気になった。

 

 死者が願うのは生者の幸せではないのか――その言葉は、喉の奥に痞えたまま出てこない。ウラニアたちが背を向け、祭壇へと向かったためだ。

 その際、こちらに振り返って別れの言葉を述べた女王ウラニアは、有無を言わさぬ威厳を纏っていた。イノリたちはすごすごと祭壇から立ち去る。

 長い階段を下る。上るときとは違い、足取り軽やかにとは行かない。足取り重くすべての階段を下り終えたイノリは、深々と息を吐いた。

 

 

『オイ13班!』

 

 

 ナガミミが通信回路を開いてイノリたちに呼びかける。3人の気配が昏いものを纏っているのを目の当たりにしたマスコットが、ぎょっとしたように声を上げた。

 

 

『……ど、どうしたんだよ。葬式みたいなツラしやがって……』

 

「だって……」

 

『……あのなあ、余計なことは考えるなよ。どっちみち、この国は亡ぶんだ。情をかけたとしてもむ――……いや、もう、どうしようもない』

 

 

 ナガミミは無意味/無駄と言いたかったのだろうが、その言葉がイノリの地雷だと思い出し、慌てて言葉を変えた。

 口は悪いくせに、部下に対する配慮はきちんとしている。このマスコットは意外と気遣いができるようだ。

 

 

『ここが1万2000年以上前の地球だとは説明したよな?』

 

「うん」

 

『1万2000年前の地球に、ルシェ族――男は尖った耳、女は狐のような耳がついてたニンゲンがいたって、テメエらが使ってる教科書に書いてあったか?』

 

 

 その言葉に、イノリはハッとしてノーデンスウォッチのホログラムを見返した。ルシェ族に関する記述は2021年の竜戦役からである。1万2000年前に存在したが、その時期に発生した竜戦役で国ごと滅んだとされていた。

 

 

『それに、当人たちが『生きることを諦めました』って言うんだから、テメエらがどれだけ『助けたい』と願ったところで、手を握り返してくれるとは思わねェよ。だったら、助けを求める他の連中に手を伸ばす方がいい』

 

「……でも、ルシェ族の面々も1枚岩じゃなさそうだったよね」

 

 

 イノリはタリエリの言葉を思い返しながら、顎に手を当てて考える。彼はソウセイから「一緒にニアラと戦おう」と持ち掛けられたとき、誰かを思い返すような仕草をしていた。

 彼の物言いや、兵士や文官が零していた“ウィータ”という人物の名前からして、アトランティス側にも「ニアラと戦おう」としている一派が居るらしい。

 しかし、首都アトランティカを散策してみたが、それらしき人物とは会うことができなかった。ここにいないということは、別の場所に潜伏しているのだろうか。

 

 

『ま、オマエが望むような展開が欲しいんだったら、そういう骨のあるヤツらに持ちかけた方が現実的だろうなァ。……少なくとも、この王都にはいないみてぇだが』

 

 

 それも当然か、と、ナガミミは嗤った。王都の人々――その大半は、裕福そうな格好をしていた――は中流層から上流貴族が中心となっている。勿論、執政官のタリエリや女王ウラニアも含んでだ。

 首都アトランティカは女王の判断に従う者が大半である。その中には、表面上従う者も含まれた。声を上げて反対する者の存在を許さない風潮からして、そうした人々は追い出されたのであろう。

 

 ナガミミは『ニアラを狩ることを忘れるな』とイノリたちに釘を刺し、ナビゲートを続行した。“小手調べと戦闘訓練がてら、この周辺に徘徊するドラゴンを狩る”――これが今日の任務である。

 

 マップに、ドラゴンの反応を示すマークが点灯した。先程は見かけなかったのに、いつの間にか、エンシェンタスが悠々と空中を泳ぎまわっている。

 ニアラが“堕ちなかった(ここの)星晶石”の存在に気づいて、尖兵を放ったのだろうか? それを確認する術はない。

 今自分たちができる/すべきことは、我が物顔で泳ぎまわるエンシェンタスを狩り尽すことくらいだ。イノリは得物に手をかけて、エンシェンタスの元へと駆け出した。

 

 

 

***

 

 

 

『よーし、よくやった』

 

 

 イノリたちが集めた資材とドラゴン反応が消えたマップを確認し、ナガミミが満足そうに頷いた。ナビゲーターの様子に、イノリたちも息をつく。

 この調子でいけば、帝竜を倒せるようになるのも近いかもしれない。帝竜を倒せるようになったら、次はいよいよ真竜クラス――ニアラ討伐だ。

 

 全盛期のニアラがどれ程のものか、想像すると気が重くなる。祖父が活躍した2020年に来襲したニアラは、片翼を失った手負いであった。アトランティス帝国との戦いで、竜殺剣の一撃を受けたためだ。

 2020年では手負いのニアラと死闘を繰り広げ、取り逃がしている。後に、祖父たちは全盛期のフォーマルハウトを撃破したけれど、ニアラ戦での怪我が祟って、フォーマルハウト襲撃当初は本来の力を発揮できなかったという。

 この事実から、真竜ニアラの強さが伺えるだろう。手負いの状態でも充分人類を追いつめたのだ。全盛期の状態となると、苦戦は必須。イノリは怨敵に思いを馳せながら、得物の柄を強く握りしめた。

 

 

『……ん? なんだこの反応――ゲエッ!?』

 

「ナガミミ? どうかしましたか?」

 

 

 カエルが潰れたんじゃないかと思うような声を上げたナガミミに、リヒトが問いかける。しかし、彼の問いに答えたのはナガミミではなかった。

 

 

「――もう、すっかり回復したようですね。見事な戦いぶりでしたよ」

 

 

 背後から聞こえてきたのは、以前耳にしたことのある声だ。先日起こった帝竜騒ぎで、イノリたちを助けてくれた青年のものである。

 イノリは弾かれたように振り返った。はたして、そこにいたのは件の青年――ユウマと、彼の上官であるヨリトモだ。

 

 

「やあ。また会えましたね」

 

 

 ユウマはそう言って、柔らかに微笑んだ。彼の様子からして、イノリとの再会を純粋に喜んでいるように見える。

 彼との再会は想定外だったが、再会できてうれしいという気持ちはイノリも同じだ。イノリも微笑み、頷き返す。

 「また会えてうれしいです」と素直に言えば、ユウマはすっと目を細めた。口元が綻び、翡翠の瞳は静かに瞬く。

 

 この世界に自分たちしかいないんじゃないか――そんな錯覚に駆られかけたイノリを引きもどしたのは、ユウマの隣にいたヨリトモの咳ばらいだった。

 なんだかバツが悪くなったような心地に駆られ、イノリはそっと目を逸らす。どうやらユウマも同じようで、彼は口元に手を当てて苦笑した。

 

 

「ええと……」

 

「ああ、自己紹介がまだでしたね。俺はISDF極東本部特殊戦術部隊所属、如月優真(ユウマ)です」

 

「真に優しいと書いて、ユウマさん……ですか。素敵なお名前ですね! ユウマさん、ユウマさんか……」

 

 

 恩人の名前を確かめるようにして、イノリはユウマの名を紡いだ。なんだか特別な名前のように思えて、イノリは何度か彼の名前を紡いでみる。そんな反応が返ってくると思わなかったのか、ユウマは何とも言えなさそうに視線を彷徨わせた後で、照れくさそうに苦笑した。

 

 

「何だろう。そんな風に名前を褒められたことも、そんな風に名前を呼ばれたこともないんで、どう反応すればいいのか……」

 

「あ、ごめんなさい。……迷惑でしたか?」

 

「いいえ、そんなことは……!」

 

「……あー……お前たち、もういいか?」

 

「ごめんなさい」

「すみません」

 

 

 イノリとユウマのやり取りに水を差したのは、何とも言い難そうに渋い顔をしたヨリトモだった。げんなりした眼差しに気圧されるような形で、イノリとユウマは頭を下げる。

 ヨリトモはますます渋い顔をした。彼の反応を見たソウセイとリヒトは「あー……」と、要領を得て納得したように頷く。それを見たヨリトモは、深々とため息をついた。

 

 

「特殊戦術部隊隊長、頼友(ヨリトモ)東吾(トウゴ)だ」

 

 

 そっちは、と、鋭い眼差しが問いかける。ヨリトモの瞳は、リヒトを怨敵として狙い定めたような気配を滲ませていた。勿論リヒトも鋭い眼差しで返す。笑っているのは顔だけだ。

 

 

「僕は東雲リヒトといいます。父は東雲財閥の会長でしてね。僕は末息子なんですよ」

 

 

 東雲財閥という名前を聞いた2人の軍人――特に上官の顔色が、目に見えて変わった。東雲財閥の現会長は、80年前の竜戦役で活躍した東雲マサハル氏の息子である。

 現社長の息子ということは、必然的に“リヒトの祖父はマサハルである”、“リヒトの祖父はムラクモ13班に所属していた英雄である”ということを意味していた。

 ユウマの方は興味深そうに目を細め、ヨリトモの眉間には深いしわが刻まれた。どこの馬の骨かと藪をつついたら帝竜が出てきたと言わんばかりに顔がこわばっている。

 

 変な空気に飲まれかけたのを打破するようにして、ソウセイも自己紹介をした。イノリも彼の後に続くことにする。

 

 

「俺は風間ソウセイだ。じいさんのような“戦う技術者”を目指して、日夜勉学に励んでいる」

 

「私は渡来イノリといいます。来春から、ISDF(そちら)の訓練所でお世話になる予定になっています」

 

「渡来……!?」

 

 

 イノリの名字を聞いた途端、ヨリトモの表情に明らかな動揺が浮かんだ。

 彼のような反応をする人間の大半が、決まって“嘗ての祖父の教え子”である。

 

 因みに、祖母の教え子の場合、相手側はぱっと表情を輝かせる。まれに祖父の教え子と同じ反応をする人もいたが、そういう人の場合、“祖父に説教する祖母の現場に居合わせた”ことが原因であった。閑話休題。

 

 

「……もしかして、ヨリトモさんは、おじいちゃんの教え子だった方ですか? 私の祖父は渡来ミカゲですが」

 

「! ――やはりそうか。お前は、先生の……」

 

 

 イノリの補足に、ヨリトモは懐かしそうに目を細める。「あの人が亡くなって、もう8年になるのか」と、ヨリトモは噛みしめるように呟いた。

 時間の流れは早い。あの頃はまだ10歳だったイノリも、今年でもう18である。ヨリトモは祖父の葬儀に参列していたらしいが、当時の記憶は曖昧だ。

 戦列に残っていることはただ2つ。イノリに発破をかけて立ち直らせてくれた少年と、彼に手渡したエーデルワイスの花ぐらいだった。

 

 

「え……!? キミが、あの……」

 

「英雄の孫とは言っても、大したことはしていませんよ。所謂七光りってヤツですから」

 

 

 酷く驚いた様子のユウマを制して、イノリは苦笑した。英雄の孫というだけで、イノリ自信はまだ何も成し得ていない。だから、丁重に扱われるようなことは何もないのだ。

 イノリの反応を見たユウマは何か言いたげにしていたけれど、イノリの意図をくみ取ってくれたらしい。「分かりました」と、先程と同じ柔らかな笑みを浮かべて頷いた。

 

 

「ところで、ユウマさんたちはどうしてここに? そういえば、さっき、ISDFがノーデンスの臨検に来ると聞きましたが、それと関係があるんですか?」

 

「はい。これはその延長線です。キミたちのボス、アリーさんに頼んで見学させてもらっていたんですよ」

 

 

 彼はイノリの問いに答えた後、興味深そうに周囲を見回した。アトランティスの文明に触れて、浪漫を抱いているのだろう。

 ユウマの関心事は、アトランティス文明への感動から時空転移装置を開発したジュリエッタとノーデンスの称賛へと移行した。

 ISDFの2人は視察をそこそこに、アトランティカの探索へ向かうつもりのようだ。この場所にはまだ複数の竜反応があるらしい。

 

 

『……ん?』

 

「どうかしたの? ナガミミ」

 

 

 久しく沈黙していたナガミミが、こてんと首を傾げた。

 次の瞬間、荘厳な讃美歌が響き渡る。その調べは衝撃波となって、この場を震撼させた。

 

 イノリたちは思わずしゃがんで衝撃波をやり過ごす。振動が収まった後、体を起こした。

 

 ユウマとヨリトモは衝撃波にもひるむことなく、戦闘態勢を整えている。流石は対竜専門の戦闘部隊だ。涼しげな横顔は、踏み越えてきた場数を裏打ちしている。

 やや遅れて、ナガミミの悲鳴。『上空に帝竜反応だと!?』――切羽詰った声色は、この状況がどれだけ不利かを鮮明に示していた。

 

 

「帝竜……!?」

 

『イノリ! 迎え撃とうなんて馬鹿なことは考えるな! 今のオマエらじゃ勝ち目がない!!』

 

「俺も、キミのナビゲーターと同意見です。下がってください」

 

 

 本能的に得物へと手を伸ばしたイノリを制し、ユウマが前へと躍り出る。刹那、上空に大きな影が見えた。

 

 白い体躯は天使を思わせるような神聖さを帯び、6枚羽を有した竜。威風堂々とした佇まいは、さしずめ天使階級上級第一位階――熾天使(セラフ)と呼ぶに相応しい。

 だが、大天使の讃美歌には、明確な不協和音が混じっていた。よく見ると、あの帝竜は手負いである。イノリたちがスペクタスに与えたような傷よりも、遥かに深かった。

 奴はかなりの勢いで降下していく。イノリたちが居る天空廊より高い位置に浮かぶ浮島の群れへ向かって、だ。まるで、“帝竜がそこへ降り立とう”としているかのように。

 

 しかし、帝竜は激しく首を振り乱して咆哮した。己の意志ではないのだと叫ぶかのように、不協和音を響かせる。

 だが、次の瞬間、帝竜の体がびくんと震えた。青い燐光が迸る。ほんの一瞬の間だったが、電子情報らしき文字の羅列が浮かび上がった。

 

 

「ハッキングだと……!?」

 

『ちょっと待て! この反応……誰かが、“落下しながら”帝竜と戦ってやがるぞ!!』

 

 

 自身の得意分野故に、ソウセイはいち早くそれに気づいたようだ。同時に、ナガミミがとんでもないことを口にした。

 “落下しながら帝竜と戦う”――何て無茶をしているのだろう。スペクタスに挑みかかったイノリたちより無謀ではないか。

 

 帝竜の巨体が浮島の真上に差し掛かったとき、淡い燐光を放つ人影が飛び降りた。頼りない光を纏う6つの人影は、転がるようにして浮島へ着地する。帝竜が咆哮した直後、奴にかかっていたハッキングが切れた。

 

 自由になった帝竜はその場に制止し、もがくようにして羽ばたいた。何かを振り落とそうとしているのだろう。よく見れば、そこにははっきりとした人影が見えた。

 帝竜は、自分に掴っている人影を振り払いたい様子だった。次の瞬間、膨大なマナが湧き上がる。帝竜の上に居る“誰か”がエグゾーストを発動させたのだろう。

 

 

「――そんじゃーまぁ、っとォ!」

 

 

 聞き覚えのある声が、イノリの耳を打った。

 二度と聞くことが叶わないはずの声だった。

 イノリは弾かれたように、声の主へと視線を向ける。

 

 誰かが帝竜に一閃を叩きこんだのは、イノリが誰かへ視線を向けたのとほぼ同時。間髪入れず、誰かはその一閃を皮切りに、次々と斬撃を叩きこんでいく。

 

 

「適当サイズにぶった切る!」

 

 

 浮島を足場にして飛び回り、何回も、何回も、白い大天使の体躯を切り裂いていく。血の代わりとでもいうかのように、桜の花弁が美しく舞い散った。

 常人では認識できぬ速さで、誰か――銀髪の青年は斬撃を叩きこんだ。――そうして、浮島の大地を蹴って飛びあがる。青年の背後に、美しい満月が見えた気がした。

 

 空中で一回転した青年は刀を持ち帰る。彼はそのまま、帝竜の頭目がけて落下した。帝竜が逃れる間もなく、青年の刃は寸分狂わず帝竜の頭に突き立てられる。帝竜の悲鳴がこの場一帯に響き渡った。

 

 力を失ったのか、ぐらりと帝竜の体が傾く。断末魔の叫びと共に、文字通り、大天使は地上へ向かって墜ちていった。

 用は済んだと言わんばかりに、青年はドラゴンの頭から得物を引き抜き、天使の体躯を蹴って跳躍する。

 青年が飛んだ先は――丁度、イノリたちが身構えていた浮島にある回廊だった。

 

 

「あとは煮るなり、喰らうなり――」

 

 

 青年はそう言い残し、転がるようにして地面に着地する。イノリたちは慌てて、彼の元へと駆け出した。

 

 

「だ、大丈夫!?」

 

「……こんな労働、二度と御免だぞ! ただでさえ、人類戦士の老老介護でヒイコラ言ったってのに……!!」

 

 

 青年は天を仰ぎながら不満を叫んだ。誰に向けた叫びかは分からないが、彼の言葉は理不尽への怒りを含んでいるように思う。

 彼はそのまま、柱に背を預け、ずるずると崩れ落ちる。よく見ると、体中が傷だらけで、頭からは血を流していた。荒い呼吸が響く。

 

 刃を思わせるような銀色の髪、揺らぐことのない紫水晶の双瞼、ふてぶてしく弧を描いた口元――その姿には、見覚えがあった。あの頃と寸分変わらぬその姿に、イノリはひゅっと息を飲む。

 リヒトも、ソウセイも、そうしてヨリトモも、驚愕の表情を浮かべている。この4人に共通している人間が――8年前に亡くなったはずの人間が、亡くなる前の姿で“自分たちの目の前(ここ)”に居るのだから。

 後から駆けつけたユウマが目を見張り、彼の肩書を口にする。ナガミミが、過去のデータにある生体反応と青年の生体反応を照合させていた。ややあって、『ウソだろ……こんなのウソだろ……!?』と戦慄く。

 

 

「……おじいちゃん?」

 

 

 イノリは震える声で青年――渡来ミカゲを呼ぶ。盛大に愚痴をこぼしていた男はぴたりと言葉を止めて、ゆっくりと首を動かした。

 

 紫水晶の瞳にイノリの姿が映し出される。ミカゲは誰かの面影を探すようにして、じっとイノリを見つめていた。

 彼はぼんやりと目を瞬かせる。幾何かの間の後で、ミカゲは大きく目を見開いた。ゆっくり、口元が動く。

 

 

「……イノリ――……?」

 

 

 目の前に立つ少女と、彼の記憶の中にいた幼子の姿が重なったのだろう。ミカゲはへにゃりと笑い――そのまま瞳を閉じてしまった。

 

 

「お、おじいちゃん!? おじいちゃん!」

 

 

 イノリは思わず祖父の肩を掴んで揺らした。

 8年前、彼が死ぬのを見ていることしかできなかったことが、余計に恐怖を湧き立てた。

 また、イノリは大切な家族を失ってしまうのか――

 

 

「いだだだだだだ! 痛い、痛いから! やめろ、傷に障る!」

 

 

 派手に揺られながら、ミカゲが悲鳴を上げた。彼の瞳には、爛々と生気の光が宿っている。到底、死にそうな人間には見えない。

 

 

「へ……!?」

 

「……あーもう、こちとらか弱いんだってェ……! 正義の味方の老老介護、ニートと奴の可哀想な部下たちと戯れ、トリスアギオンと紐なしバンジー……度重なる重労働……! 流石の俺も、もう……ムリ…………」

 

 

 それだけ言い残し、ミカゲは深々と息を吐いて目を閉じた。今度こそ完全に沈黙する。

 イノリは恐る恐る彼に耳を傾ける。はっきりと呼吸音が響いた。――眠っているだけらしい。

 

 変な沈黙が広がる中、最初に現実へ帰還したのはナガミミだった。マスコットはげんなりした様子で、けれども的確な指示を出した。

 

 

『……13班、帰投しろ。ソイツを――80年前の英雄を、ノーデンス(ウチ)の医務室へ運び込め』

 

 




【おまけ】

ヨリトモ「部下と一般人が仲睦まじく会話の花を咲かせていた。けれど、このままでは、より一層話題が脱線すると思ったので本題に戻したら、幸せな恋人同士に無粋な横槍を入れてしまったような罪悪感に駆られた。……これは俺が悪いのか?」
リヒト・ソウセイ「ドンマイ」

イノリ・ユウマ「(*´∀`)(´∀`*)」
ヨリトモ(ユウマに春の気配を察知)
ミカゲ「出オチだな、っと!」
ヨリトモ(恩師が得物片手にISDFへ討ち入りに来る気配を察知)

―――
前半はソウセイのターン、後半はじじいと孫の合流回。
前回のお話が影響して、ナガミミ様の物言いが優しくなっています。
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