花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD-   作:白鷺 葵

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・暴力表現が出てきます。注意してください。
・残酷な描写が出てきます。注意してください。
・ケダモノキャラの暴走表現があります。ご注意ください。


求望:収拾のつけ方

「所詮はA級能力者(秀才)。絶対的な天才には敵うはずもないか」

 

 

 父の言葉に、異母姉の女性は歯を食いしばって耐える。少年は何かを言おうとして――けれど、姉から向けられた憎悪の眼差しに押し黙った。

 

 

「しかし、惜しいものだ。誓約がなければ、この子が日傘の跡取りになっただろうに」

 

 

 星が望んだ天才――それが、少年の持つ能力の真髄だ。世界を守るために与えられたこの力が、少年の寿命を著しく縮めているというのも皮肉なものである。……最も、その懸念は、日傘一族が代々協力している人物から齎された技術によって、劇的に改善されたが。

 勿論、その協力者は無償(タダ)で技術を提供したわけではない。有事の際、その協力者が持ちうる特別兵装の担い手となることが義務付けられている。勿論、特別兵装を起動する瞬間まで絶対に死んではならないし、その兵器を起動する担い手は高確率で死ぬという。

 何がどうなって死に至るのかは分からないが、“兵器の起動が己の死に直結している”と少年は解釈している。少年は、“自分に与えられた役割”によって生かされていることを理解していた。然るべき(とき)のために生き、然るべき(とき)に死ぬ――生き物の摂理だ。

 

 父は深々とため息をつく。少年の頭を撫でる手つきは優しいが、姉に向ける言葉は鋭かった。

 父が振りかざすそれは、鋭利な刃物となって姉を傷つける。それは、少年の望むことではない。

 

 

「俺は、日傘の跡取りになる気はないよ。一族を率いるリーダーなんて俺の性に合わないし、そういう才能の方は姉さんの方が上だ」

 

 

 少年は滾々と事実を並べる。

 

 姉が主導となって行い、成功してきた研究は沢山あった。寝食の暇すら研究に捧げてきた背中を、指導者としての振る舞い方に悩み続けた背中を、成功のために必死に努力し続ける背中を、少年はずっと見つめてきた。

 その言葉を聞いた父親は少年の頭を撫でながら、姉に視線を向ける。その瞳に宿るのは力ある者の驕りだ。秀才でしかない姉を見下す父は、姉を嘲った。「一族の長なら、それくらいできて当然のことなんだ。できない方がどうかしている」と。

 

 遠くの方で、誰かが父を呼ぶ声がした。父は人のいい笑顔を浮かべて返事をすると、姉の方へと向き直る。

 無言の合図を受け取った姉は、小さく頷いた。姉は少年の方に向き直って、告げた。

 

 

「来なさい。調整を始めるわ」

 

 

 

***

 

 

 

 醜悪に笑った姉が、少年の首を締める。――少年は、一切抵抗しない。

 このまま首を締められ続ければ、自分は確実に死に至るだろう。

 

 あと少しで意識が途切れるかと思ったとき、不意に手を離された。体は酸素を求め、荒い呼吸を繰り返す。

 

 

「どうしてよ」

 

 

 姉は泣いていた。自分が苦しんでいるのだと言わんばかりに、ぼろぼろと涙をこぼしていた。

 それは揺るがぬ事実だ。姉は、咳き込み続ける自分以上に、沢山苦しい思いをしている。

 

 

「あんたさえいなければ! あんたさえ、あんたさえ……!!」

 

 

 殺したいくらいに憎む相手。でも、その相手を殺すことは許されない。積もり積もった憎しみは、法律云々程度の壁で止まるはずもない。

 

 それでも姉が少年に手を下さないのは、少年が“有事の際、人類を救う切り札になる”からだ。

 “今が然るべき(とき)ではない”から。“然るべき(とき)にしか、少年は死なない”から。

 “然るべき(とき)”は、まだ訪れる気配がない。だから、姉はイラついている。

 

 

「チカラが欲しい……! チカラさえ、チカラさえあれば……きっと、私は――」

 

(姉さん)

 

 

 少年の視界がじわりと滲んだ。生理的な涙と、感情的な涙。2つが混じっているのだと、少年は漠然と分析する。

 

 姉の隣には誰もいない。姉を守ってくれる人の姿はない。だから自分がそうなりたかったけれど、姉は少年など望んでいないことは明白だった。

 姉が少年に望むことは1つだけである。しかしながら――残念なことに、少年は姉の望みを叶えてやることができない。それが、酷く哀しかった。

 

 

 

***

 

 

 

「坊主。オマエ、何か“なりたいもの”ってあるか?」

 

 

 紫のバンダナを巻いた偉丈夫は、唐突にそんなことを問いかけてきた。青年は目を瞬かせる。

 

 この話題に至るまで、自分たちはどんな会話をしていたのだろう。

 それら一切を忘れてしまうくらい、偉丈夫の問いは鮮烈なものであった。

 

 

「路肩の石」

 

 

 青年は、迷うことなく答える。途端に、偉丈夫はぎょっとしたように目を剥いた。

 

 

「はぁ!? ……じ、冗談だろ?」

 

「割と本気」

 

 

 若者らしくない、と、偉丈夫は渋い顔をした。そもそも、青年が挙げた対象は人間ですらないし、生きてすらいない。小学生でも絶対に挙げないだろう。

 それでも、青年は路肩の石になりたかった。文字通り“なんでもいい”ならば、そんなものになりたかった。そんな風になりたかった。

 

 

「だって、路肩の石ならば、誰かを傷つけなくて済む」

 

「…………」

 

「誰かを困らせることも、苦しませることも、悲しませることもない。そこに()っても、罪には問われないんだ」

 

 

 青年は屈んで、転がっていた手ごろな石を拾い上げる。角の1つもない、つるつるした石だ。

 

 

「蹴飛ばされても、投げられても、石は文句を言わない。ただ粛々とそこにある。そこに()り続ける。――その事実を、人間は否定することはできない」

 

 

 姉を傷つけることなく、姉を困らせることもなく、姉を悲しませることもなく、そこに()っても姉を追いつめることもなく。

 姉に首を締められても、姉に暴言を吐かれても、ほんの少しでも「苦しい」という素振りを見せることなく、否定されることもない。

 

 青年は、石を地面に置いた。足元に転がっていた石をもう1つ拾い上げて、先程の石の隣に並べる。大きさも形も全然違うけれど、並べると、まるで家族のようだった。

 遠くから聞こえてきた声に顔を上げれば、仲の良いきょうだいが楽しそうに談笑している。青年はじっと、その光景を見つめた。青年がどんなに望んでも手に入らないもの。

 つられてその光景を見ていた偉丈夫が、気遣うようにして青年を見た。年長者として、年下である青年のことを心配してくれているのだろう。青年はへらりと笑った。

 

 

「俺、ワガママ言ったつもりはないんだけどなぁ。……いや、俺が自覚していないだけ、かな」

 

 

 平凡を望む人間には異質を、異質を望む人間には平凡を――そうやって、世界はバランスを取っている。

 

 姉も、自分も、バランスに振り回されるだけのちっぽけな存在でしかないのだ。

 青年には、そう思えてならなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 腹を貫かれた青年は、顔を上げる。眼前には、異形と化した姉の姿があった。

 間髪入れず力が抜けた。体を蝕む痛みに耐えきれず、青年は崩れ落ちる。

 

 背中に巨大な触手を背負った人竜は、憐れみを込めた眼差しで青年を見下していた。

 

 

「さようなら、ミカゲ」

 

 

 その背中は、遠い。闇の中へと消えていく。

 青年――ミカゲは地面を這いながら、必死に手を伸ばした。

 

 

「……姉、さん……」

 

 

 伸ばした手は届かない。倒れ伏した体は動かない。

 

 楽しそうに笑う姉の声が響く。それも、どんどん遠くなってきた。地面を染める血だまりが視界の端に映る。……この調子だと、死因は出血性ショックだろうか。

 暗くなっていく視界と対照的に、明らんできた空がちらついた。意識が朦朧としてきたため自信はないが、足音が近づいてくる。誰かが気づいたのだろうか。

 誰かが何かを言っている。ミカゲくん、という呼称から、誰かはミカゲのことを呼んでいるらしい。暗い視界の中、ぼんやりと浮かんだのは、姉の背中だった。

 

 

「……行かないで……!!」

 

 

 彼女は振り返らない。もうニンゲンに未練はないと言わんばかりに、闇の奥底へと駆け出した。

 

 

 

■■■

 

 

 

 瞼の奥から光を感じ取る。早く起きろと言わんばかりに、燦々とした光だ。

 

 ミカゲはゆっくりと目を開けた。薬品の香りが漂う白い部屋――この単語だけで、ここが医務室であると察して体を起こす。傷は完治しており、動くには問題なさそうだ。

 ただ、調子は良いとは言えない。簡潔に言い表すならば、2021年のフォーマルハウト襲撃直前と同じような状態だろう。またリハビリから始めなくてはならないらしい。

 

 患者が起き上がったことに気づいた医師が、慌てて駆け寄ってきた。医療従事者たちはてきぱきとミカゲの怪我を確認する。

 医師のホリイは暫し唸った後、堂々と太鼓判を押した。医療関係者は基本、不用意に「治りました」とは言わないものだ。

 万が一“医者がゴーサインを出して患者に何かが起こった”場合、責任の所在/矛先が医者本人に向かう危険性があるためだ。

 

 

「おじいちゃん!」

 

 

 そのタイミングを待ってましたと言わんばかりに、ミカゲが居る区画に人が雪崩込んでくる。あのときは幼い子どもだった“ミカゲの希望”――イノリ、リヒト、ソウセイだ。3人は瞳に涙を浮かべながらミカゲを取り囲む。

 特にイノリは、ミカゲに思いっきり抱き付いてきた。失ったものが手の中に戻ってきたのだと確認するかのように、強く、強く。ミカゲの視点からではイノリのうなじしか見えないが、耳元からくぐもった嗚咽が聞こえた。

 

 彼女たちを守るためとはいえ、幼い子どもの目の前で身を投げたのだ。トラウマになってもおかしくない。

 

 当時のことを思い出し、その感情が溢れているためだろう。イノリが泣き止む気配はないし、リヒトはぼろぼろ涙をこぼしている。

 ソウセイは鼻を鳴らしながら、目を腕で覆っていた。この場にシキはいないようだが、もし居たら同じように泣いてたであろう。

 3人の様子に影響されたためか、心なしか、ミカゲの視界も滲んできた。口元は自然と緩む。ミカゲはイノリの背に手を回した。

 

 

「おじいちゃん、おじいちゃん……っ! わ、私、私……っ!!」

 

「言うな。……何も言わなくていい。――大きくなったな」

 

「うん……うん……!」

 

 

 イノリが小さい頃してやったように、彼女の背中をぽんぽん叩く。背中に回された手に力が込められた。

 

 

「生きてくれてよかった。お前が無事で、元気にしててくれて、本当に良かった」

 

「……っ……!!」

 

 

 ミカゲの言葉を聞いたイノリは、ぼろぼろと涙をあふれさせる。ミカゲが居なくなった後、イノリに対して心無い言葉が向けられたことは明白だ。

 彼女は、自分に向けられる悪意の言葉に、必死になって立ち向かってきたのだろう。ミカゲに肯定されたことで、ようやく安心することができたのだ。

 

 リヒトとソウセイにも同じ言葉を告げれば、2人とも泣き笑いに近い表情を浮かべた。ミカゲの後継者たちは、総じて泣き虫になる気質があるらしい。

 

 

『ほら、泣かないで。大丈夫だから』

 

 

 希薄だった気配がより鮮明になる。ミカゲに比べれば気配は薄いままだったが、この場にユイの姿が浮かびあがった。彼女は慈しむような手つきでイノリの頭を撫でる。

 新たな人物の出現にイノリは驚いた様子だったが、すぐに「おばあちゃん」と情けない声を上げて泣きだした。ミカゲを死なせてしまったことを謝る孫に、ユイは優しく微笑む。

 リョウスケはソウセイに抱き付いて、派手に泣いていた。祖父が思いっきり泣くものだから、ソウセイが宥める側に回っている。どちらが孫なのか分からなくなりそうだ。

 

 那雲夫婦は優しい眼差しで、祖父母と孫のやり取りを見守っていた。この場にシキがいたら、シラユキやヨツミも同じ反応をしたのだと思う。

 ……しかし、いつもなら男泣きしていそうなマサハルの姿が見当たらない。彼はどこへ行ってしまったのだろう。ミカゲは首を傾げ――

 

 

『そこの麗しきロマンスグレーのドクター! あたしとお医者さんごっこをしよう! さあ、診察の時間ですよ~。お洋服脱ぎましょうね~』

 

「え、ちょ、やめて! 僕、これでも既婚者――」

 

『よいではないか、よいではないか~』

 

「た、助けて! 誰かぁぁぁぁぁ! 誰かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

『やめろ馬鹿ヒイナ!!』

 

 

 見つけた。

 

 マサハルはヒイナを羽交い絞めにしている。ヒイナはミカゲを治療したホリイに襲い掛かろうとしていた真っ最中だ。ヒイナは“お医者さんごっこ”と言っているが、彼女の言う“お医者さんごっこ”は医療行為ではない。年齢規制がついてくる、所謂ダメなやつだ。

 ミカゲは躊躇うことなく、近くに置いてあった消毒用アルコールの瓶を掴んで投擲した。投げつけた瓶は見事にヒイナにヒットする。情けない悲鳴を上げた彼女の隙をつくようにして、マサハルはヒイナを無力化した。半ば引きずるような形で、ミカゲのいる区画へと帰還する。

 

 

『ナイス援護』

 

「おう」

 

 

 互いの健闘を讃えあい、マサハルとミカゲは拳をつき合わせた。マサハルの腕で拘束されたヒイナは不満そうにぶすくれる。

 とりあえず、医務室の平和は守られた。呆気にとられる孫たちに対し、ミカゲは曖昧に微笑む。――察してくれたようだ。

 

 ふと見れば、扉の方にいかつい壮年の男と優男風の青年が立っている。後者には全然覚えがないが、前者には見覚えがあった。

 

 

「……トウゴ?」

 

「!!」

 

「お前、トウゴだな!? 頼友(ヨリトモ)東吾(トウゴ)!」

 

 

 遠い日の面影を頼りにして教え子の名前を呼べば、ヨリトモは目に見えて狼狽した。視線を右往左往させたのち、観念したように苦笑して頷く。見ないうちに、ヨリトモも立派になったようだ。髪の毛は死滅し、代わりに顎髭が立派になってるようだが(勿論口には出さない)。

 隣にいる優男はヨリトモの部下なのだろう。彼は目を瞬かせた。提督と紡がれた呼称から、ヨリトモが風格だけでなく、それなりの地位も得たことを悟る。名実外見共に立派になった――教え子の佇まいに、込み上げてくるものを感じる。

 自分が守り抜いた希望たち、戦う者としての心構えと技術を叩きこんだ教え子。彼女や彼が成長した姿をこの目に拝むことができるとは思わなかった。アイテルによって飛ばされたときは最悪だと思ったが、今は飛ばされてよかったとすら思えた。

 

 ヨリトモは不器用で寡黙な男だけれど、眼差しは雄弁に物を語る。イノリたちと同じ、喜びと驚きが滲んでいた。

 ミカゲは彼が幼い頃から付き合いがあったが、虐められっ子だった少年の姿からは結び付かなかった。

 

 

「そうか。提督、か。――……しっかし、お前も出世したもんだなぁ」

 

「……いえ、先生には及びませんよ。今だって、貴方と手合わせしても勝てる気がしません」

 

「謙遜するなよ。お前等からすれば、俺なんて旧世代のポンコツだぞ? 帝竜相手に辛勝するのがやっとだった人間に、帝竜相手に勝ち星を挙げてる部隊長がそんなんでどうするんだよ」

 

 

 苦笑する教え子の様子は、あの頃と何も変わらない。それが微笑ましくて、懐かしくて、ミカゲは口元を吊り上げた。気を抜くとこっちが泣いてしまいそうになる。師匠/先生という肩書を背負う人間として、矜持はあるのだ。

 

 

『ウホッ、イイ男! きっとイイ体しているに違いない!』

 

「やめろ」

 

 

 『げへへ、おっと涎が』と言って口元を拭うヒイナに、ミカゲは即座に消毒用アルコールの瓶を投擲する。先程投げたものとは別のものだ。

 それは寸分の狂いもなくヒイナの頭に当たった。即座にマサハルが羽交い絞めにして戦線から引きずり戻す。ナイスプレーだ。

 眉間に深い皺を刻んだヨリトモは、今にも泣きそうな気配を漂わせている。本当に申し訳ない。ミカゲも苦笑して頭を下げた。

 

 人の教え子に手出しするなど言語道断。ミカゲはヒイナを睨む。ヒイナはミカゲを睨み返し、忌々しそうに舌打ちした。しかし、彼女はすぐに不敵な笑みを浮かべて宣言する。

 

 

『私は諦めない! この欲望(じょうねつ)がある限り、何度でも甦るさ!』

 

 

 ヒイナの手は、ごく自然な動作で、いつの間にかヨリトモの制服に手をかけていた。ヨリトモを引ん剝く準備は万端である。

 

 

「悪霊退散」

 

『キィエアアアアアアアアアアアア!!!』

 

 

 ミカゲは冷却スプレーをヒイナの顔面に噴射した。催涙スプレーではないので、違法武器の所持には当たらない。道具の用途外としてお叱りを受ける可能性はあるが、『私は諦めない!』と言った時点で、奴はヨリトモに襲い掛かろうとしていた。教え子を守るための防衛行為である。

 顔面を抑えて七転八倒するヒイナの姿に、ヨリトモは一歩遅れで身の危機を察知したようだ。「馬鹿な……接近に気づけなかっただと……!?」と彼は戦く。トリックスターは優れた暗殺能力の持ち主であるが、ヒイナはその使い方を果てしなく間違っていた。良い子のS級は決して真似してはいけない。

 

 

「――彼が、渡来ミカゲ。嘗ての英雄にして、“人類最強”……」

 

 

 当たり前のことを確認するかのように紡がれた言葉には、一切悪意の響きは無い。だが、聞き手であるミカゲにとっては、好ましくないものだった。

 視線を向ければ、優男が静かな面持ちでミカゲを見つめていた。青年は一瞬目を瞬かせると、バツが悪そうに視線を彷徨わせる。

 

 

『ミカゲくん。睨まないの』

 

「そうか? 俺はそんなつもりじゃなかったんだが……」

 

『眉間の皺。凄いことになってるよ』

 

「あ、ホントだ」

 

 

 ユイに指摘され、ミカゲは自分が酷い顔をしていたことを自覚する。ガラスに映った自分の顔も、渋い表情を浮かべていた。

 優男が居心地悪そうにしたのはこれが原因らしい。委縮気味になった青年は、途方に暮れた子どもを思わせる。

 彼の姿から幼い頃の自分を連想したのは何故だろう。ミカゲは内心首を傾げながらも、青年に対して謝罪した。

 

 

「悪いな」

 

「いえ……」

 

 

 なんだこのぎこちない空気。

 

 変な沈黙が広がる。なんだか物凄く居心地が悪い。タケハヤとの言い争いで完敗したときのような、病室から大脱走した後に連れもどされて看護師/ユイから滾々と説教を受けたときのような、そんな類の気まずさがあった。

 

 

「……そういえば、名前は?」

 

「ああ、自己紹介がまだでしたね。俺はISDF極東本部特殊戦術部隊所属、如月優真(ユウマ)で、ヨリトモ提督の直属の部下です」

 

「へえ。真に優しいって書いて、ユウマか。いい名前だな」

 

 

 その言葉を聞いて、ユウマは目を丸くした。鳩が豆鉄砲を食ったようだ。

 どうしたのだろう。ミカゲが訊ねると、ユウマは顎に手を当てて考え込む。

 次の瞬間、ユウマはふっと表情を緩めた。何がおかしいのか、楽しそうに笑う。

 

 

「何? 俺、何か変なこと言った?」

 

「いいえ。……やはり、貴方はイノリの祖父なんだなと思いまして」

 

「は?」

 

「イノリも、同じように、俺の名前を褒めてくれたんです」

 

 

 彼の笑みが、何か違うように思えたのは何故だろう。

 人当たりのいい笑みではなく、血が通った柔らかな笑み。

 

 ――いいや、その前に。ユウマの言葉がひっかかる。

 

 奴は今、何を言った? イノリも同じように名前を褒めてくれたと言わなかったか?

 ミカゲはユウマに視線を向ける。ユウマはこてんと首を傾げた。外見と似合わない幼さが滲む。

 

 その疑問を問いかける前に、医療室の扉が開いた。入ってきたのは、シルクハットを被ったウサギのマスコットと、小洒落た格好で顎髭を生やした長髪の男と、眼鏡をかけた女性である。

 

 

『トマリくん! トマリくんじゃないか!』

 

「うわああああああ!? よ、ヨツミ博士ェェ!?」

 

 

 小洒落た格好の男を視界にとらえたとき、ヨツミが弾丸の如く飛び出した。トマリと呼ばれた男性は悲鳴を上げてのけぞる。

 そういえば、彼の甥の教え子に渡真利(トマリ)という名の研究者が居たような気がした。顔を合わせたことは一度もなかった。

 大パニックに陥ったトマリに対し、ヨツミは次々と質問を投げつけた。トマリのレスポンスなど待っていない。

 

 

『キミ、その恰好からしてISDFは辞めたのか?』

 

「へっ!? あ、はい」

 

『そうか……。ドラゴンクロニクルに関する研究から、キミは手を引いたのか……』

 

「いや、研究自体は続けてて……」

 

『なんと! ……そうだな。ISDFから離れようとも、研究そのものはどこだろうと続けられるな。私としたことが、大事なことを忘れていたよ。長らく戦場に身を置いていたせいか、研究者として鈍らになってしまったらしい』

 

「博士。アタシは、その」

 

『やはりキミは素晴らしい研究者だよ、トマリくん。私の目に狂いはなかった! キミは希望だ。技術者の希望だよ!!』

 

「あ、ありがとう、ございます……?」

 

 

 ノリにノったヨツミは今日も通常運転である。対して、トマリは完全に挙動不審になっていた。目が泳いでいる。

 彼は何かを言いたげに口を開くのだが、ヨツミの機関銃トークに圧倒されてしまい、何も言えなくなっていた。

 シルクハットを被ったウサギは一方的なやり取りを眺めている。表情に変化がないため、どんな状態なのかわからない。

 

 

「いやー、ビックリだよー。80年前の英雄が、時を超えてアリーたちの目の前にいるんだもん☆ 運命だねっ!!」

 

 

 ミカゲの目を惹いたのは、眼鏡をかけた女性だった。鮮やかなローズピンクの髪に、ゆったりとしたニットセーターを着て、フリルがついたマーメイドラインのスカートを穿いている。細目ではあるが、人懐っこさそうな笑みを浮かべていた。

 頭の奥でノイズが走る。脳裏に浮かんだのは焼き切れた記憶だ。楽園に出現した“影の世界”に咲いていた葬送花の色は? あの奥地で荘厳に佇んでいた、美麗な真竜はどんな姿だった? 奴の取り巻きは、どんな姿をしていた? ――それに突き動かされ、ミカゲはつい口走る。

 

 

「なあ」

 

「んー?」

 

「アンタ、どこかで俺たちと会ったことない?」

 

 

 ミカゲの問いに対して、女性はにっかりと微笑む。

 

 

「――“アリーは”キミと会ったの、初めてだよ!」

 

「…………そりゃあそうさな」

 

 

 女性――アリー・ノーデンスは、当たり前の答えを返す。

 ミカゲはどうしてか、煙に巻かれたような気持ちになった。

 

 

 

***

 

 

 

「しっかし、こんな奴らが80年前の英雄とはなァ。生体反応が一致してなきゃ、あまりのそっくりさん具合にしょっ引かれてもおかしくないレベルだぞ」

 

 

 ウサギのマスコット――ナガミミがミカゲの方を向いた。胡散臭そうな眼差しを向けられている気配を感じる。ミカゲには、ナガミミの方が充分胡散臭い。このウサギ、ノーデンスでの肩書は主任だという。

 ヨリトモとユウマは、ナガミミが“何者”かで議論していたが、ナガミミ本人から一喝されて追及を諦めたらしい。「エンタメ企業だから何でもあり」という最終判断は、やや無理があったのではないだろうか。

 

 

「しょっ引いて何するの。教え子による本人確認? ……ネタはあるけど、人がこんなにいる状態では、ちょっとなあ……」

 

 

 ミカゲはそっとヨリトモに視線を向けた。ヨリトモはぎくりと身を竦ませる。ミカゲが持っているヨリトモ関連のネタは、人に聞かせるには恥ずかしい話ばかりだ。

 

 その1位に堂々ランクインするのは、“ヨリトモが学生だった頃、持ち物検査で、彼の鞄からどエライ本が出てきた”話である。ヨリトモの名誉のために主張させてもらうが、彼の鞄の中から出てきたブツは、彼の持ち物ではない。他人の本が紛れ込んだのだ。

 何が紛れ込んだのか。答えは、ヒイナ秘蔵のどエロイ本である。口にするのも憚られるレベルの年齢指定鬼畜本で、表紙が出た時点で進路指導室行きだ。ミカゲの記憶力は、エロ本の表題と、人生が終わったような顔をしたヨリトモが涙ぐむ姿を鮮明に思い出す。

 だめだ。それは絶対に言っちゃあいけない。提督と呼ばれる程の地位に上り詰めたヨリトモの名誉は、一瞬で瓦解するだろう。彼はコネ云々で出世したタイプではない。ミカゲたちと同じ、叩き上げの人間だ。ヨリトモの努力を壊すような真似はしたくなかった。

 

 含みを持った視線の応酬に気づいたのか、ユウマがヨリトモを見上げる。

 翡翠の瞳には、純粋な興味が浮かんでいた。悪意のない目は、時に悪意以上の凶器となる。

 

 

「提督。ミカゲさんの言う本人確認のネタとは、一体何を指しているんですか?」

 

「…………極秘事項だ。以後、決して追求しないように」

 

「え? ですが――」

 

「極秘事項だ、ユウマ」

 

 

 ぶわ、と、ヨリトモのこめかみから汗が噴き出した。言い訳に使う言葉が、無駄に重々しい。

 別に軍の機密でも何でもないのだが、ヨリトモにとっては機密事項であることは確かだ。

 部下のユウマは目を点にした後、「了解」と返事をして敬礼した。できた部下である。

 

 だが。

 

 

『――ねえ。それって、ウチの学園でやった持ち物検査の件? あたしがまだ学長やってた頃で、大体今から30数年前のヤツ』

 

 

 冷却スプレーを顔面に喰らって七転八倒していたヒイナががばりと顔を上げた。ミカゲとヨリトモはびくりと肩をすくませる。

 その反応を見たヒイナは、改めてヨリトモの顔をまじまじと確認する。幾何かの間を置いて、彼女はぱんと手を叩いた。

 

 

『ああそうか! キミ、ヨリトモくんっていったけど、ウチの学園――暁学園の卒業生でしょ? 思い出したよ! ミカゲが目をかけてた生徒だった!!』

 

 

 『こんなにイイ体つきになっちゃったのねー』と言いながら、ヒイナは自然な動作でヨリトモの服に手をかけた。ミカゲは躊躇いなく冷却スプレーを構える。間髪入れず、奴はエスケイプスタンスで離脱した。才能の無駄遣いである。

 またしても己の危機に気づけなかったヨリトモが愕然としていた。後ろの方ではユウマが表情をこわばらせている。どうやら、部下も上司の危機に気づくのが遅れたらしい。気のせいか、ユウマの瞳には、何やら強い焦りの色が見えたような気がした。

 

 ユウマは自分を落ち着けるように手を握り締めた後で、ヒイナに問いかける。

 

 

「ヒイナさんは、そのネタについてご存知なんですか?」

 

『知ってるよ。あたしもその件の関係者だし』

 

「何が入っていたんです?」

 

『あたし秘蔵のエ――』

 

 

 ヒイナが言葉を紡ぐ前に、ミカゲはメガホンを具現化してスピーカーをいじった。この場一帯に耳障りな音が響き渡る。それはうまい具合にヒイナの発言を打ち消した。

 尚も発言しようとするヒイナに対し、ミカゲはメガホンのスピーカーから不快な高周波を発生させる。数回ほど攻防戦を繰り広げた末に、ようやくヒイナは諦めたようだ。

 その代わりにユウマが納得いかない顔をしたが、ヨリトモの鬼気迫る表情を見て押し黙ってくれた。ヨリトモは本当にいい部下を持ったようだ。

 

 イノリたちは何もわからないようで、こてんと首を傾げている。

 流石にこんなこと、知られてはいけない。教え子の名誉のためにもだ。

 

 ミカゲはちらりと視線を向ける。ヨリトモも視線で頷き返した。彼が暁学園に入学する以前からの付き合いは伊達ではない。

 

 

『そういえば、一時期ミカゲが愚痴ってたことがあったわ。『ヨリトモの憧れの女性がユイなんだ』って』

 

『ええっ!?』

 

『しかも、ユイが“ヨリトモくんの初恋の人”らしいわよー。ミカゲったら、そんなことをネチネチ気にしててねー。男の嫉妬って見苦しいわー』

 

 

 ヒイナは観念していなかった。今度は別件の爆弾を落とす。しかも、ユイの目の前でだ。

 ミカゲとヨリトモは盛大に噴き出す。ささやかな黒歴史を暴露されるとは思わなかった。

 

 

『……トウゴくん、そうなの?』

 

「あ、いや、その……」

 

『……ミカゲくん。嫉妬したって、何? どういうこと?』

 

「……えー、いや、あの……」

 

 

 なんだこれ。

 いや、本当になんだこれ。

 非常に居たたまれなくなってきた。

 

 

「初恋……提督の、ですか?」

 

「おばあちゃんが、ヨリトモさんの憧れの女性(ひと)……?」

 

 

 悲劇は1つでは終わらないようだ。連鎖反応として、ユウマとイノリが目を瞬かせる。

 空色も、翡翠色も、真ん丸になって自分たちを見つめていた。眼差しが痛い。

 

 そうして、当たり前のように、ユウマとイノリが並んでいるのが――なんだか納得いかないのだ。

 

 

「……ところでユウマくん」

 

「何でしょうか?」

 

「なんかさ、近くないか?」

 

「何がですか?」

 

「距離」

 

「何のですか?」

 

「イノリとの距離!」

 

 

 ミカゲはびしりと指を刺す。指を刺されたユウマが、こてんと首傾ける。

 何も知らない子どもみたいな顔をしているのが、余計に腹立たしさを助長した。

 

 

「恋人でも彼氏でもなんでもないくせに、その距離はおかしいと思います! もうちょっと離れなさい!!」

 

 

 ミカゲの指摘を受けたユウマは、目に見えて狼狽した。予想外の事態にパニックに陥った子どもみたいだ。親の言葉に従わなければいけないが、己の感情はそれを絶対に否定したいと考えているときのような、揺れる瞳。

 

 

「えっ……!? そ、そうなんですか……!?」

 

「何だその反応。お前何なの? イノリの何なの? 恋人でも彼氏でも友達ですらもないんだろ? 赤の他人なんだろ?」

 

「あ……っ」

 

 

 狼狽度合いが一層酷くなった。反論する術を失い、導すらも失くし、崖っぷちぎりぎりまで追い込まれてしまったかのように、ユウマは口元を戦慄かせる。

 赤の他人、と、彼は呟いた。その言葉はがらんどうに響く。翡翠の瞳は怯えるように彷徨っている。その反応が異常なことにミカゲが気づいたとき――

 

 

「おじいちゃん、ユウマさんを虐めないで」

 

『ミカゲくん、意見の押し付けはダメでしょ? 距離感なんて、当人が納得すればそれでいいんだから』

 

「アッハイ」

 

 

 絶対零度の眼差しを向けた嫁と孫が、容赦なくミカゲを射抜く。

 堪らず、ミカゲは視線を逸らして押し黙った。

 悲しいがな、渡来家の男は(婿入り・直系問わず)女性に勝てない宿命にあるのだ。

 

 

 




本題に入る前の休息回。ヒイナさんは今日も絶好調です。
ミカゲとヨリトモ師弟の話は、別の機会に掘り下げるつもりです。

この小説の設定では、ヨリトモ提督は40代半ば~後半程度のイメージ。
ガトウさんに関連するネタも放り込みたいですね。

話は変わりますが、『ChRoNiCIESeVeN』のFullを聞く機会がありました。あの歌詞は反則だと思います。
ラストの歌詞、裏ダンジョンをクリアしていると「ああ、舞台は次の“セカイ”に巡るんだな」と感慨深い気持ちになるのです。
因果は断ち切られても、彼らの手の届かないどこかで、“次の物語”は紡がれていくんですよね……。素敵な歌詞だったなあ。
『終撃のイグニト』や『Re:Vanishment』のラストも凄かったです。ナナドラシリーズの歌はどれも素晴らしいと思います。
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