花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD-   作:白鷺 葵

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地雷原でタップダンスを踊った結果

「ここが、ノーデンス・エンタープライゼス……」

 

 

 那雲シキがノーデンス・エンタープライゼスに到着したのは、帝竜襲撃の翌日。燦々と照り付ける太陽が眩しい昼下がりのことであった。

 何度連絡しても、イノリたちが電話に出る様子はなかった。そのため、シキは当初の予定通り、ノーデンス本社に向かったのである。

 

 周辺での聞き込みの結果、イノリたちはセブンスエンカウントで高スコアを叩きだし、ノーデンス本社へとスカウトされたという。他にも「帝竜が襲撃してきたとき、彼女たちらしき一般人が戦った」という話も耳にした。

 

 その噂を肯定するかのように、ノーデンス周辺にはISDFの人々がうろついている。

 

 

(ノーデンスにスカウトされたなら、そこに行けば何か情報が掴めるかもしれない。上手くいけば、安否確認できるかも……)

 

 

 彼らの姿を横目に見ながら、シキはノーデンスの入り口をくぐった。1階エントランスは一般にも開放されており、小洒落たカフェテリアがある。一般人だけでなく、本社に務める人々の憩いの場になっているらしい。

 早速受付へ向かおうと思ったとき、何やら騒がしい声が聞こえてきた。若芽色の髪の少女が、受付嬢と何やら問答を繰り広げている。近付いてみると、聞き覚えのある名前が耳に入った。

 「13班のみんなに――イノリ、リヒト、ソウセイたちに会わせてほしいんです」と頼み込む少女に対し、受付嬢は困ったように視線を彷徨わせる。居てもたっても居られなくなり、シキは受付へと飛び込んだ。

 

 

「ここに、イノリたちが居るんですね!?」

 

「えっ!? あ、貴女は一体……!?」

 

 

 いきなり飛び出してきたシキに、受付嬢と少女が驚いたように目を瞬かせる。

 

 

「イノリたちの友人です! 暁学園の3年生で、那雲シキです!」

 

 

 シキは手早く自己紹介をした後、本題に入る。『仲の良い友達と連絡が取れなくなった』、『ここにスカウトされたという情報が入った』、『ここに帝竜が襲撃したという話を聞いて、3人の安否が気になった』ことを懇切丁寧に説明すれば、受付嬢は事情を理解してくれたらしい。

 しかし、帰ってきた答えは「3人は現在取り込み中で、会うことはできない」というものだった。仕事が終わる時間は分からないという。それなら、3人の仕事が片付くまで待てばいいだけだ。シキが持久戦の算段を立てていたときだった。

 

 

「那雲……わたしと同じ苗字……」

 

 

 聞こえてきた声に振り返れば、「イノリたちに会いたい」と言っていた少女がシキを見上げていた。

 

 互いが、互いの姿を、呆けたように見つめ合う。どうしてだか、目を離すことができなかった。なんだか懐かしい気配を感じるのは何故だろう。

 シキが首を傾げたとき、少女はハッとしたように目を瞬かせた。彼女は「ジロジロ見てごめんなさい」と言い残し、そそくさとこの場を離れようとする。

 

 

「待って!」

 

「え……?」

 

 

 シキは少女を引き留める。思わず引き留めたのはいいが、言葉が何も出てこない。必死に話題を引っ張り出そうとするが、それらはすべて喉につかえてしまった。

 少女は委縮したように引き腰になる。彼女を困らせるつもりはなかった。シキは素直に謝罪する。少女はおずおずと言ったように「だいじょうぶです」と答えた。

 往来の激しい場所故、この場に留まり続けることはよろしくない。シキは少女を促して、近くのカフェテラスに腰かけた。

 

 少女はこういう場所に来るのが初めてのようで、きょろきょろとスペースを見回している。

 

 

「急にゴメンね。私、那雲シキっていうの。貴女は?」

 

「わたし、那雲ミオっていいます」

 

 

 とりあえず、まずは自己紹介である。シキの名乗りを聞いた少女――那雲ミオは、ぺこりと頭を下げた。礼儀正しい女の子である。

 ミオの申告通り、彼女もシキと同じ那雲姓だ。那雲という苗字はとても珍しいもので、那雲姓の有名人は3人挙げられた。

 

 1人目と2人目は、80年前の竜戦役で活躍したムラクモ13班に所属していた那雲ヨツミと那雲シラユキ夫婦。シキの祖父母である。前者がルシェクローンを現代に復活させた生命科学研究者で、後者は前者の手によって現代に復活したルシェクローンの1人だ。

 3人目は、那雲(ナグモ)三喜夫(ミキオ)。現代における生命科学の権威で、嘗てISDFに勤めていた人間だ。ヨツミも、甥であり後継者であるナグモ博士に目をかけていたという。現在はISDFを辞め、町医者をやっているという話を耳にしている。

 以前はシキたちとナグモ博士は交流を重ねていたが、祖父が亡くなって以後、交流はぱったりと途切れていた。祖父が通り魔事件に巻き込まれ亡くなった後から、シキの両親はナグモ博士に関する話を聞くと忌々しそうな顔をするようになった。

 

 

「私の祖父母はムラクモ13班に所属していたの。両親は世界救済会の役員をしていて、世界中を飛び回ってる。親戚がいるらしいんだけど、祖父が亡くなって以来、付き合いがぱったり途切れちゃって。……ミオは?」

 

「わたし、物心つく前にお母さんが病気で亡くなっちゃったの。お父さんは家を出たまま戻って来なくて、おじいちゃんと一緒に暮らしてる。親戚の人がいるみたいなんだけど、ある時期から一方的に付き合いを断られたって言ってた」

 

 

 互いのことを説明した後で、シキとミオは顔を見合わせた。暫し黙った後で、お互いに口を揃えて切り出す。

 

 

「私の祖父母の名前、那雲ヨツミと那雲シラユキなの」

 

「わたしのおじいちゃん、那雲(ナグモ)三喜夫(ミキオ)っていう名前なんだ」

 

 

 沈黙が再び落ちてきた。自分たちの間にあるものが、綺麗に繋がってしまったためである。

 

 

 

***

 

 

 

 シキはメニューからカレーとダージリンティーを注文した。ミオにも何かを注文するよう促すと、彼女はオレンジジュースだけを注文する。

 程なくして頼んだメニューがやって来る。「お昼は既に食べてきたのだ」と語ったミオは、オレンジジュースを舐めるように飲み進めた。

 そんな彼女を見つめながら、シキはカレーを食べつつ紅茶を飲む。企業内のカフェテリアだが、悪くない味である。

 

 

「シキは、イノリやリヒトたちの友達なんだよね?」

 

「ええ。そういえば貴女、イノリたちのことを知ってるの?」

 

「うん。リヒトが――3人が、わたしを助けてくれたんだ」

 

 

 ミオは柔らかに笑って、昨日の出来事を話し始めた。

 

 訳有って有明へと訪れたミオは、セブンスエンカウントのプレミアムチケットを持っていたことが原因で、悪質なナンパにあったという。そこへ颯爽と現れたのが、東雲リヒトであった。彼は自分の持っていたチケットを相手に譲り渡すことで、穏便且つ迅速に事態を打破したそうだ。

 しかし、自分のチケットを相手に譲り渡すということは、セブンスエンカウント内に入ることができないことを意味していた。次に困ったのは、施設内で友人と待ち合わせているリヒトである。恩を返すが如く名乗りを上げたのはミオだった。彼女は自分が所持していたプレミアチケットで、リヒトを助けたのである。

 

 

「それだけじゃない。ここにドラゴンが来襲したときも、3人は私を助けてくれた。他のみんなを守ろうとしてた。……帝竜なんて相手したら、死んじゃうかもしれないのに」

 

「ふふっ。実にみんならしいわ」

 

「え?」

 

「理不尽に対して、黙ってそれを受け入れることができない性質(タチ)なんだ。私も、イノリたちも」

 

 

 シキはくすくす微笑んだ。そのまま、残った紅茶を飲み干す。カレーは既に空になっていたが、まだ食べ足りない。

 喫茶店は軽食系のメニューが中心だから、仕方がないのだろう。シキは再びメニューと睨めっこし、追加を頼む。

 

 

「すみませーん。パンケーキプレートと、フルーツサンドイッチと、日替わりケーキと、ダージリンティー追加お願いします」

 

「ええええ!? そ、そんなに食べるの!?」

 

「当たり前。イノリたちが戻ってくるのが何時になるか分からないんだから、今のうちにしっかり食べて、持久戦に備えないと」

 

「…………」

 

 

 呆気にとられるミオを尻目に、シキは店員に注文を追加する。店員は営業スマイルを張りつけたまま会釈した。程なくして、テーブルの上はシキの追加した料理で埋め尽くされた。

 フルーツサンドイッチを咀嚼しつつ、シキは現在時刻を確認した。13時30分を過ぎたばかりである。これから何時間待つことになるのか――シキは気合を入れるように、二口目をかぶりついた。

 

 

 

■■■

 

 

 

 話し合いの会場は、医務室から会議室へと移動した。全員椅子に腰かける。

 

 イノリの隣にはユウマが座った。互いに軽く会釈をする。それを目にしたミカゲが剣呑な表情を浮かべ、ヨリトモが何とも言い難そうに眉間に皺を寄せた。

 しかし、祖父の不満そうな眼差しは、祖母の静かな眼差しによって遮られた。ユイに咎められ、ミカゲが視線を逸らす。死後の力関係も変わらないらしい。

 

 

「ふふっ」

 

「ユウマさん?」

 

 

 突然笑い出したユウマに、イノリは思わず問いかける。

 

 

「ああ、すみません。……80年前の英雄が現れたとき、内心、『どんな豪傑なんだろう』と身構えていたんです」

 

「予想外でしたか?」

 

「ええ、とても」

 

 

 ユウマは楽しそうに笑った。年齢に見合わぬ、無邪気な笑顔。それにつられるようにして、イノリも口元を緩ませる。

 自分たちの間に和やかな空気が漂いかけたとき、ユウマは何かに気づいたように、ハッと目を見開いた。

 何かを躊躇うように視線を彷徨わせ、ユウマは俯く。先程までの柔らかな笑顔はなりを潜め、暗い影が滲んでいた。

 

 「ユウマさん?」と彼に呼びかけると、ユウマは不安そうにイノリを見つめる。

 どことなく困ったような、申し訳なさそうな眼差しが揺れていた。

 

 

「あの……俺、近いですか?」

 

「へ?」

 

「馴れ馴れしい、ですよね。……迷惑、でしたよね。すみません」

 

 

 そう言って苦笑したユウマだが、今にも泣き出しそうに見えたのは気のせいではない。彼は、医務室で祖父につけられたいちゃもんを、真正面から受け止めていたようだ。

 

 

「……キミと俺は、ノーデンスの前で顔を合わせただけの、赤の他人なのに……」

 

「そんなことないです!」

 

 

 イノリは思わず手を握り締めて声を荒げた。いきなりのことに、ユウマは目を丸くする。

 ユウマはイノリの恩人である。その恩人を悪く言うのは、誰であろうと許すことはできない。

 

 

「ユウマさんは、私を助けてくれたじゃないですか」

 

 

 そう言って、イノリはユウマの手を取る。イノリの手よりも二回り程大きく、温かな掌。――この手がイノリを救ってくれた。

 彼の手を両手で包み込むように握り締めれば、ユウマが惚けたようにイノリを見つめる。イノリはふわりと笑い返した。

 

 

「言うならば、私の恩人です。……だから、“赤の他人”だなんて、悲しいことを言わないでください」

 

「イノリ……」

 

「これからも、こんな風にお話しましょう。……ユウマさんは、私と話すの、嫌ですか?」

 

「いいえ! ……良かった。キミのおじいさんに怒られてしまったから、心配だったんです」

 

 

 イノリの言葉を聞いたユウマが、安心したように微笑んだ。元気になってくれたようで何よりである。イノリもそれにつられて微笑み返す。

 次の瞬間、椅子が倒れる音が響いた。見れば、己の得物を構えて飛び出そうとする祖父と、彼を必死に羽交い絞めにするヨリトモの姿が視界の端に映る。

 脳裏によぎったのは、“イノリと仲の良い異性の姿を見かけると、保護者の元へ乗り込もうとした”ミカゲの背中だった。これ以上面倒事を起こされるのは困る。

 

 イノリは無言のままミカゲを見つめる。口で何かを語るより、眼差しで訴えた方が効果的だ。イノリの非難轟々が届いたようで、ミカゲは得物を鞘に納めて椅子に座り直した。

 

 

「イノリに……イノリに野郎が……彼氏が……彼氏……嫁入り……ああああああああああ…………!!」

 

 

 彼はそのまま顔を抑えて机の上に突っ伏す。肩が戦慄いていた。

 ユイは深々とため息をつき、ヨリトモは複雑な表情を浮かべて視線を逸らす。

 

 祖父が再び立ち直るまで、もう少し時間がかかりそうだった。

 

 

 

***

 

 

 

 幼い頃、祖父が嘗ての仲間(ムラクモ13班)たちと一緒に、どこかへ旅行しに行くことがあった。期間は特に定められておらず、突発的に出かけることもあった。

 イノリもミカゲたちについて行くと言ったのだが、ミカゲは渋い顔をして首を振った。「おじいちゃんは私のことが嫌いなのか」と泣いて駄々をこねたこともある。

 ミカゲの返事が変わったのは、丁度、亡くなる1ヶ月ほど前のことだったように思う。普段はにべもなく断る祖父が、静かに目を細めて、こう答えたのだ。

 

 

『お前が強くなったら、一緒に連れて行くよ。そして、あいつに自慢してやるんだ。“俺の希望”なんだって。――そのときは、リヒト、ソウセイ、シキも一緒に誘っておけ』 

 

 

 結局、ミカゲの死によって、その一件は完全に有耶無耶になってしまったが。

 

 既に亡くなっていた英雄たちが――何がどうなってか知らないが――このU.E.77年に再び現れた。あり得るはずのない事態、あり得るはずのない邂逅。誰もが息を飲み、己の目を疑う光景が広がっている。

 渡来ミカゲ、渡来ユイ、桐野ヒイナ、東雲マサハル、■■リョウスケ、那雲ヨツミ、那雲シラユキが、誰1人欠けることなくイノリたちの目の前にいた。ミカゲ以外存在が希薄だが、それでも確かに“ここに居る”。

 

 

「単刀直入に訊くけど、おじいちゃんは死んだはずだよね?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、どうして今、“ここに居る”の?」

 

 

 イノリの問いに、ミカゲは何とも言い難そうに眉間に皺を寄せた。何から説明すべきか思案するように、ミカゲは唸る。

 ややあって、祖父は顔を上げた。紫水晶の瞳は、揺らぐことなくイノリたちを――後継者たちを映し出す。まるで磨かれた鏡のようだ。

 

 

「お前等、人類戦士タケハヤを知ってるか?」

 

「2020年の竜戦役に置いて、人竜ミヅチの力によって発生した東京タワーの決壊を破壊する役目を担った人物ですね。この戦いで、彼は生死不明になったと、ISDFで管理されている資料にありました」

 

 

 ミカゲの問いに答えたのはユウマだ。当たり前のことを当たり前に諳んじた彼は、確認するようにミカゲに視線を向ける。ミカゲはくつりと笑った。

 

 

「公式見解としての知識は100点満点だよ。公式見解としては、な」

 

「……む。何やら、当事者だけしか知らないことがありそうですね」

 

「その通り。それが、俺たちが“ここに居る”ことに密接に繋がっているんだ」

 

 

 挑発的に笑うミカゲの言葉から違和感を感じ取り、ユウマは眉間に皺を寄せた。

 ミカゲは調子を崩さぬまま、輝かしい英雄譚の裏側に埋もれた真実を語り出す。

 

 

「人類戦士タケハヤは、2020年の戦いの後、時間の流れから切り離された異世界に封印されていた」

 

 

 その言葉を皮切りに、ミカゲは訥々と真実を語る。愛する女を救うため、人竜に至った“正義の味方”が辿った顛末を。

 

 2020年の戦いを終えた人類戦士タケハヤは、未来の礎になるために生かされ続けた。いつの日か、彼の体の中に刻まれた竜の情報集合体――ドラゴンクロニクルが必要になるその瞬間まで。

 タケハヤは強靭な意志で竜細胞の暴走を抑えていたが、到底、それだけでは抑え込めない。いずれは竜の力とタケハヤの意志が逆転し、破壊衝動のまま殺戮を繰り返すだけのバケモノになってしまう。

 それを鎮めるには、“狩る者”の力が必要だった。タケハヤと強くひき合う、規格外の魂を持つ者の力が。――そこで白羽の矢が立ったのは、人類戦士タケハヤが認めた“本物の正義の味方”、ムラクモ13班だったのだ。

 

 

「……もしかして、じいさんたちがちょくちょく出かけてたのって……」

 

『ソウセイの思った通りだよ。アイテル――タケハヤの恋人から『タケハヤが暴走しそうだ』って招集がかかるから、止めるために異界へ行ってたんだ』

 

 

 ソウセイの疑問に答えたのはリョウスケだった。『いつ暴走してもおかしくない状態だったから』と呟いたリョウスケは、どこか遠い所へ視線を向けている。

 疲れ切った横顔からして、ドラゴンクロニクルを宿した人類戦士との戦いは苛烈、且つ、過酷なものだったのだろう。嘗ての戦友を殺し続ける――想像するだけで胸が苦しくなる。

 

 

「あんの正義の味方め。『真正面からガチ殴り以外は嫌だ』ってワガママばっかり言うんだよ。そんなドM縛りプレイなんてやってらんないって。シャッフルV連打で楽をしたいと考える俺たちばっかり非難されるんだよ。何なの、何様のつもりなのアイツ。俺たちが何回、真正面から全体確率麻痺ブレス喰らったり、千切り潰し刻み斬られたと思ってんだよ。『さっさと止めないか』って言いながらエグゾースト発動させてSKYぶっぱなしてきやがったり、D細胞活性化させてがんがん回復してきやがって。お前死にたいんじゃなかったの? 殺してほしいんじゃなかったの? 介護士を致死寸前まで追いつめといて偉そうに文句言うんじゃないよ。こちとら命がけなんだよ。一歩間違えればこっちがぽっくり逝っちゃうんだよ。人間様の柔らかさと脆さを舐めるんじゃないよ。5000年間にもわたる老老介護のストレスを舐めるな。……畜生、人類戦士なんて大っ嫌いだ……」

 

 

 ミカゲは相当鬱憤が溜まっていたらしい。紫水晶からは光が失せ、その眼差しは天を仰ぐ。徹夜明けのサラリーマンみたいだ。

 

 人類戦士という単語を聞いたユウマがびくりと肩を揺らした。なんだか居心地悪そうに視線を彷徨わせた後、「別に、貴方に好かれなくても……」と呟く。

 ユウマの視線がイノリとかち合う。次の瞬間、ユウマははたと目を見開いた。自分が思ったことに対し、自分自身が一番驚いていると言わんばかりに目を瞬かせていた。

 

 そんな部下を、ヨリトモは優しい眼差しで見守っている。ユウマの変化に希望を見出したのか、彼は目を細めていた。

 

 

「……オイ。これ、相当アレじゃねえか?」

 

「どこのブラック企業戦士なのよ……」

 

『介護業界は過酷なのだよ、トマリくん。特に、我々の場合は老老介護だったからね』

 

「そんな命懸けの老老介護なんて前代未聞ですよ、ヨツミ博士」

 

 

 ナガミミとジュリエッタはドン引きしている。ヨツミも乾いた笑みを浮かべて頷く。ミカゲの言葉は嘘偽りないのだと言わんばかりに、だ。

 ジュリエッタは本題に入る前、ヨツミに「今はジュリエッタと名乗っている。そちらで呼んでくれ」と頼み込んでいたのだが、結局は諦めたらしい。

 “トマリくん”と連呼されても抵抗――自分の名前を訂正する――しなくなり、普通に応対するあたり、妥協することにした様子だった。

 

 ミカゲの発言を聞いたリヒトが眉をひそめる。

 5000年、という単語に引っかかったのだろう。

 

 

「待ってください! 人間が5000年生きることは不可能ですよ? 実際、みなさんは一度死んでいます。……まさか、魂だけが残っていたと言うんですか!?」

 

『その通りだ。俺たちは、死んだあとは魂だけになって、タケハヤを鎮める役についてたんだよ。……5000年間、ずっと、な』

 

 

 リヒトの言葉を肯定したのはマサハルである。彼は眼鏡のブリッジを押し上げながら言葉を続けた。

 

 

『俺たちの戦友には、何と言ったらいいのか――物々しく言うなら地球外生命体がいてな。彼女たちが協力してくれたおかげで、俺たちは魂になっても存在できたんだ。竜の襲来を予期して地球に降り立ち、竜を倒すための力を授けてくれている姉妹なんだが……』

 

「精神種族、ヒュプノスだね。憎しみを司る巫女エメルと、愛を司る巫女アイテル」

 

『そう、それ! ……って、アンタ、よく知ってるな』

 

「わーい! 嘗ての英雄に褒められちゃったー☆」

 

 

 マサハルの説明に補足を入れたのはアリーである。マサハルから賛辞の眼差しを向けられ、彼女はご満悦なのだろう。

 椅子に座っていなかったら、この場で飛び跳ねてしまいそうだった。子どもみたいな人である。マサハルは話を続けた。

 

 

『彼女たちは、外見は人間とほぼ同じだ。ただし、精神種族ということで、通常の人間にはできないこと――例えば、テレポートによる転移や多少の時間跳躍ができるし、外見年齢も変化しない。……まあ、相当無茶をした場合は別だが』

 

『ああ、エメルの合法ロリの件? 数万年はロリのままだってヤツ?』

 

『お前はどうしてそういう話題に食いつくんだよ』

 

 

 涎を垂らして食いついてきたヒイナの様子に辟易したのか、マサハルはしかめっ面をした。合法ロリが何たるかを語り出しそうな妹の頭に、兄は軽く手刀を入れて黙らせる。

 ヒュプノスの巫女姉妹――エメルとアイテルもまた、竜戦役の功労者だ。前者は各国の対竜研究の指揮を取り、後者は日本の狩る者たちに使命を語って聞かせ、導いたという。

 狩る者に竜を倒すための力を授けた彼女たちであったが、2021年の竜戦役でエメルが死亡――実体を保っていられなくなったらしい――してから、姉妹は姿を見せていない。

 

 その話を聞いて反応した人物がいた。シルクハットを被ったウサギのマスコット、ナガミミである。

 ナガミミは唐突に立ち上がり、飛び跳ねるようにしてマサハルの前に躍り出た。どうやら、何かモノ申したいらしい。

 

 

「精神種族ってモンは、良くも悪くも不安定だ。無茶をやらかせばその反動で外見が変わったり、実体を保つことが困難になったり、下手すりゃあそのまま消滅なんてことも有り得る」

 

 

 ナガミミは、精神種族についてすらすらと意見を述べる。その口ぶりは、見知った誰かのことを説明しているかのようにはっきりとしていた。――いや、ほぼ断言していると言っていい。

 

 

「まあ、ムチャのカタチにも色々あってな。魂の質に合わず長く存在しようとしたり、人に見えない状態――所謂霊体だな。そこから無理矢理実体化しようとしたりするってのもある。どこにどんな反応が出るかは人それぞれだ。記憶の一部が吹き飛んだり、外見年齢が幼くなったり、痴呆の婆さんよろしく徘徊し回ったり……挙げるとキリがない」

 

「詳しい説明ありがとう。ナガミミ、よく知ってるね」

 

「……フン」

 

 

 イノリの賛辞の言葉に対し、ナガミミはそっぽを向いて鼻を鳴らした。

 何を思ったのか、マスコットはくるりと向きを変える。視線の先には、渡来ミカゲ。

 

 

「……ところで、80年前の英雄さんよ。オマエら、“5000年間ずっと生き続けた”って言ったな?」

 

「ああ」

 

「ニンゲンごときが5000年なんて時間を生きるってのは、かなりの無茶をやらかした証拠だ。オマエら、この時点で既に“記憶が定かじゃなくなる”症状が出てたハズだぞ。ド忘れ程度だから、症状としての自覚は薄かっただろうがなァ」

 

 

 ナガミミの言葉に、ミカゲたちはハッと目を見開いた。自分の類推が正解したことを察し、ナガミミは「フヒヒヒヒヒ……」と不気味に笑う。

 

 

「おまけにその様子からして、魂のまま時間跳躍した挙句、無理に実体化しようとしたんじゃねえか? あるいは、第3者によって無理矢理実体化を促されたか。……まあ、どちらにしても、魂の質に分相応なことをやらかしたんだ。その代償はしっかり持っていかれたハズだぜ? 一時的か、恒久的かは、オレ様の知ったこっちゃあねえがな」

 

 

 ナガミミはそう言うなり、自分が元いた場所へと戻った。机を蹴って跳躍する様子は、どこからどう見てもウサギにしか見えない。しかし、マスコットが言い放った言葉は重要なことだった。

 ミカゲ以外のムラクモ13班たちの存在が希薄なのは、そこに原因があるのだろう。無理な時間跳躍と実体化、長い時間存在し続けたこと――それらが密接に関わった結果、ミカゲたちがここに降り立った際に影響が出たのだ。

 

 “自分たちの存在が霊体と実体の狭間にある”こと以外に覚えがあるようで、嘗ての英雄たちは困惑した様子で顔を見合わせる。

 

 

『そういえば……トリスアギオンと戦ってたとき、あたしたちの攻撃は、思った以上にダメージが通らなかった……』

 

『マナを異常に消費するようになったのも、敵の攻撃から思った以上にダメージを受けたのも、それが影響しているのかな……?』

 

『私が死んだとき、私は真正面から犯人の顔を見ていたんだ。その人物が近しい間柄の人間だったことは覚えているんだが、顔と名前が出てこなくて……』

 

「俺も、死ぬ直前、ISDFの対竜兵器について調べてたんだが、殆ど思い出せないんだよなぁ。責任者の顔も名前も出てこない。絶対忘れないって自信があったのに」

 

 

 シラユキが、ユイが、ヨツミが、ミカゲが、眉間に皺を刻みながら顎に手を当てた。やはり、誰もが何かしら“代償”を持っていかれたらしい。

 ヨツミの言葉を聞いたジュリエッタは沈痛な面持ちで目を伏せ、ミカゲの言葉を聞いたヨリトモは何かを察したのか、師と部下を見比べて息を飲んだ。

 ミカゲはがしがしと頭を掻く。代償として持っていかれた“記憶”の中に、一番重要なものがあったと言わんばかりの形相だ。

 

 

「あーもう! よりにもよって、“影の世界”で出会った真竜のことが思い出せないなんて……!」

 

「真竜!? アナタたち、どこでその真竜と会ったの!?」

 

「5000年後の地球。但し、本人曰く『本体ではない』上に、取り巻きを2体も付き従えてたがな。しかも、ご丁寧に襲来予告まで残してったよ」

 

 

 ミカゲの言葉にジュリエッタが食いつく。ミカゲは深々とため息をついた。

 

 

「いつ!? いつ来るって言ってたの!?」

 

「何も。本体で来るのを心待ちにしてろって」

 

「なにそれ!? そいつふざけてんじゃないの!?」

 

『まあ、ドSでどMだったし……』

 

 

 ミカゲとジュリエッタが頭を抱えて憤る。ヒイナは覚えている範囲で記憶を引っ張り出し、『超弩級のヤンデレ……』とだけ呟いて遠い目をした。

 気のせいか、アリーの表情が一瞬こわばったように見える。お茶くみに来たチカとリッカがハラハラした様子で上司の顔色を伺っていた。

 次の瞬間、アリーがゆっくりと薄目を開けた。ぞくり、と、イノリは身を震わせる。何かの片鱗を取り出したように思えたのは何故だろうか。

 

 

「“今までの話”は、これで済んだよね? ――それじゃあ、ここからは“これからの話”をしようか」

 

 

 その疑問を口に出すよりも先に、アリーは有無を言わさず話を進めたのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 真竜検体の引き渡し、ポータルの利用、技術の独占云々。

 

 

「――ぎゃあぎゃあやかましいんだよ。こんなときに内ゲバなんて、お前等どんだけ暇なの?」

 

 

 ノーデンス側とISDF側の言い争いに一石を投じたのは、嘗てのムラクモ13班――渡来ミカゲだった。

 …………しかし、よく見ると、紫水晶の双瞼には一切の光がない。遠い昔の方向へ視線を向けている。

 

 

「人類の危機だってのに、暢気なもんだなぁ。国もクソもない状態だってのに、自分の利権しか見えてないんですか? その利権を得るために、前線で必死こいて戦う連中を背後から狙い撃ちですか? 寄ってたかってムラクモ13班リンチですか? ――やることが一々回りくどい上に面倒くさいんだよコノヤロー」

 

 

 ぎゃあぎゃあやかましいというのは事実だ。民間と国家権力の醜い利権および主導権争いで、世界を救うためのプロジェクトが頓挫しそうになっているというのも事実だ。人類同士の内ゲバと言ってしまえばその通りである。

 しかし、ミカゲの頭の中は違う時間軸にトリップしている。当時は決して口に出せなかった感情が、時空を超えて発露していた。彼が口にしたのは、2021年に行われたムラクモ13班への証人尋問のことだろう。

 

 帝竜オケアノスによる強酸の雨が降り注ぐ中行われた証人尋問。ムラクモ13班が指名され、代表者として矢面に立ったのはミカゲだった。彼は様々な質問をぶつけてくる議員に対し、滾々と反論し論破していった。

 

 13班に回された食料が多すぎると指摘してきた議員には、“前線で戦う人々が1日どれ程のカロリーを消費するか”や“食べる量を減らした際に起きる身体能力の低下と因果関係”等を示し、ついでに、“その議員が資材や素材を不正に着服していた”という揺るがぬ証拠を指し示して、逆に尋問する側へと転じた。

 ドラゴンと対話して和平に持ち込めないのかと主張した議員には、“2020年に現れたニアラの発言”や“フォーマルハウトの行動/言動パターン”から“ドラゴンは人間を家畜とみなしており、対話は不可能”と結論付けた。ついでに、“その議員の伴侶が浮気している”証拠を指し示し、そちらを対話で解決するよう促した。

 相手を論破しつつ、痛いところを突き崩すことで議員からの攻撃を躱してきたミカゲにも、アキレス腱は存在していた。異母姉ナツメとの癒着疑惑を追及してきた議員から、「お前はあの女の暴挙を知っていて、わざと黙認したのだろう。だから被害が拡大したんだ」と責められたのだ。苦肉の策としてミカゲは沈黙したが、議員は群がるように糾弾したという。

 

 

『俺があの人を止められなかったから、沢山の人が死んだんだ。――そうして、あの人自身も』

 

 

 罪悪感を滲ませた背中を、イノリはよく覚えている。黄昏の空を眺めるその背中が、酷く痛々しかったことも。

 仲の良い良識派の議員が答弁を中断させたことで事なきを得たが、それ以来、政治権力者に対して強い苦手意識を持つに至ったらしい。

 

 

『あっ、大変。ミカゲがフラバ発症した』

 

『人類同士で内ゲバなんかするから……』

 

 

 あーあ、言わんこっちゃない――東雲兄妹(ヒイナとマサハル)はそう言いたげな表情を浮かべて肩をすくめる。

 

 ミカゲは虚ろな笑みを浮かべながら、当時の心境をつらつらと語り出す。余程鬱憤をため込んでいたのだろう。滾々と語り続ける様子からして、暫く止まりそうにない。

 言い争いをしていたノーデンスの重役たちとISDFの面々がミカゲに視線を向けた。視線の集中砲火を喰らっても尚、ミカゲは語るのを止めない。むしろヒートアップした。

 

 

「ねえちょっと! 坊主の読経みたいになっちゃったんだけど!? アレ大丈夫なの!?」

 

『ダメだな。暫くあのままにしておくしかない』

 

「ヨツミ博士が、諦めの悪いヨツミ博士が匙を投げた……!!」

 

 

 乾いた笑みを浮かべたヨツミの姿を見て、ジュリエッタが戦慄した。

 彼の記憶の中にいるヨツミは、明朗快活で諦めの悪い熱血紳士だったのだろう。

 ヨツミが匙を投げるなんて光景、予想していなかったに違いない。

 

 

「提督。……あの人、何とかなりませんか?」

 

「…………」

 

「提督……」

 

「……すまん。俺には無理だ」

 

 

 ユウマから話題を振られたヨリトモに至っては、黙って首を振るレベルだ。上司が匙を投げたとなれば――ユウマは、助けを求めるようにしてイノリの方を向いた。

 

 

「……イノリ……」

 

「…………とりあえず、『提示された条件を上司に提案してみます』って言って話し合いを終わらせれば、何とかなると思いますよ?」

 

『ごめんね、トウゴくん。ユウマくんも。ミカゲくんのことは、私が責任持って何とかするから』

 

「……お願いします、奥様」

 

 

 イノリとユイはため息をつく。

 

 何とかする方法を提示され、何とかしておくと言われたことに安心したのだろう。ヨリトモはユイの方を向き、深々と頭を下げた。

 それは、ヨリトモの部下であるユウマも同じ気持ちだったらしい。彼もまた、イノリの方を向いて頭を下げる。

 

 結局、話し合いの行方は、『ノーデンス側の要求を持ち帰ったISDF極東本部特殊戦術部隊が、上官と相談する』という結論を迎えたのであった。

 

 




圧倒的なフラグ回であると同時に、フラグ持ちの面々に次々と流れ弾被害が発生しています。
親戚同士の付き合いが絶たれたくだりとか、ユウマ以外の描写が希薄なシーンとか、精神種族の説明とか、ジュリエッタの言葉に反応したアリーとか。
ノーデンスとISDFの言い争いを見て、2020シリーズの議員関連胸糞クエストを連想した人はいらっしゃいませんか? ……私だけですか。
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