花咲く世界のクロニクルセブン -じじいと孫のCode:VFD-   作:白鷺 葵

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悪意の花、闇の底にて

 ミカゲが現実に帰還したとき、話し合いは既に終わっていた。ノーデンスとISDFの話し合いは、『ノーデンス側の要求すべてを持ち帰り、司令部との話し合いで検討し、後日その結果を報告する』という方向性で決着がついたらしい。

 

 

「ISDF極東支部の総司令――アクツは、計算高い野心家よ。……それだけじゃない。自分の邪魔になりそうな存在は、どんな手を使ってでも排除する卑劣な男……!!」

 

『トマリくん……?』

 

 

 ジュリエッタは忌々し気に吐き出す。握り締められた拳は小刻みに震えていた。目をかけていた後継者の様子に、ヨツミは思わず彼の名前を呼ぶ。

 ヨツミの心配そうな眼差しに気づいたのか、ジュリエッタは慌てた様子で「なんでもない」と取り繕った。彼はこれ以上追及されたくないようだ。

 

 

(アクツ……?)

 

 

 ジュリエッタが名指しした男の名前に、何となく覚えがあるような気がする。途端に、苛立ちと不快感が湧き上がった。

 

 頭の奥で鈍い痛みが走る。ノイズ交じりの記憶が頭の中に浮かんだ。不敵に笑った男と、彼が指し示した対竜兵器の計画書。しかし、それ以上何も思い出せない。

 “ミカゲが実体化した際、無茶をやらかした代償を支払った”ことはナガミミの話から聞いていた。代償として記憶を持っていかれたことも自覚している。

 代償として持っていかれた記憶の中に、ISDF極東支部総司令――アクツに関連する記憶も含まれていたのだろう。その内容がどんなものだったのかは分からないが。

 

 

「奴らが等価交換に応じるとは思わない。もし、連中がフォーマルハウトの検体を差し出すとしたら……」

 

「そだね。十中八九、ポータルシステムの共有も要求してくるだろうね」

 

「そういうこと。最悪の場合、好き勝手使われるだけじゃ済まないわ。私たちが使う場合にも、監視がつくかもしれない」

 

 

 物々しい面持ちのジュリエッタとは対照的に、アリーは飄々とした笑顔を崩さない。まるで、Code:VFD成就のためなら取るに足らない犠牲だと言わんばかりだ。

 ジュリエッタの場合は、“ポータルシステムがISDFによって徴収、あるいは悪用される”可能性を危惧しているように見える。2人の意識の差に、ミカゲは目を瞬かせた。

 

 

「でも、ユウマさんとヨリトモさんと一緒に戦えるというのは、心強いと思う。特にユウマさんは、一撃で帝竜を倒したし」

 

 

 話題に入ってきたのはイノリだった。ユウマのことを語る彼女は、どことなく熱っぽいように思う。空色の瞳がきらきらと輝いて見えたのは気のせいではない。

 

 いや、それよりも。ミカゲは思わず目を剥いた。

 脳裏に浮かんだのは、穏やかに笑う優男――如月ユウマだ。

 

 

(帝竜を一撃で倒す? ……あの優男が?)

 

 

 帝竜相手にヒイコラ言ってたミカゲにとって、その話はにわかに信じがたい。しかし、目を輝かせてユウマのことを語るイノリの言葉には嘘はなかった。

 ミカゲが亡くなる以前、ISDFでは対竜兵器に関する研究が盛んに行われていた。以後も続けられていたとしたら、そんな兵器が出来上がっていてもおかしくない。

 ISDFを歓迎するような発言に対し、アリーとジュリエッタは乗り気ではないようだ。特にジュリエッタは、ISDFに監視されることに対して嫌悪感を抱いている。

 

 ミカゲは3人の会話に割って入った。

 

 

「イノリ。ユウマはどんな手を使って、帝竜を倒したんだ?」

 

「えっ? ……ええと、右手に力を貯めたあと、普通に殴ってたよ。ただ、そのとき、変なマナが漂ってた」

 

「どんなマナだ?」

 

「うーん……神々しいんだけど、毒々しいって感じかなあ。ゾッとするような……」

 

 

 イノリは目を瞬かせ、何があったかを答える。

 しかし、イノリはもどかしそうに唸った。

 

 

「言葉で説明するより、実際に見た方が早いと思うよ」

 

「しかし、映像関連は全部ISDFに持ってかれちまったからな。何も残っちゃいねェ。……ま、ISDFと共同作戦ってコトになりゃあ、嫌でも見れるだろうさ。フヒヒヒヒ……」

 

 

 イノリの言葉に対し、ナガミミは注釈を入れてきた。その現場を見るまでのお楽しみということらしい。自分が亡くなってから8年の間に、ISDFは何やらきな臭い気配を漂わせる組織に変質してしまったようだ。

 

 帝竜を一撃で倒す人間――その言葉に、得体の知れぬ寒さを覚えたのは何故だろう。ミカゲの頭の中で、激しく警笛が鳴り響く。

 自分と同じ警笛を聞き取ったのはヨツミだった。彼は剣呑な表情を浮かべ、顎に手を当てる。その瞳には焦りの色が滲んでいた。

 

 そんな自分たちの様子を尻目に、ナガミミはくるりとイノリたちへ向き直る。ウサギのマスコットは13班への連絡事項をてきぱきと伝えた。ドラゴン資材を投じて行われた改修が完了し、13班専用のレストフロアが完成したという。

 

 

「確か、報告では、あそこのテラスからの展望は絶景らしいわね」

 

「好きな子を誘ってみるのもいいかもよー? アリーも“あのヒト”を誘ってみようかなあ」

 

「えっ!? アリー、アンタいつの間にそんな人ができたの!? ……まさか、ずっと前に言ってた“ヤツ”!?」

 

「んふふー☆ ノーコメントで」

 

「ちょ、気になるじゃないの!! アンタを手ひどく振った“ヤツ”に、リベンジマッチでもするつもり!?」

 

 

 テラス1つでコントを始めた上司2人に、ナガミミはやれやれと言いたげに肩をすくめた。

 振った相手が云々と叫び散らすジュリエッタと、ノーコメントを貫くアリーを尻目に話を纏める。

 今日はもう休むようにと言いかけ、何かを思い出したようにポンと手を叩いた。

 

 

「そういや、13班に客が来てたぞ」

 

「客?」

 

「ああ。2人程な。1人は件のコムスメ、もう1人はコムスメと同じ姓のルシェの女だ。3時間前から、エントランスにあるカフェテラスの一角を占領してるらしいぜ? 確か、那雲シキとか言ってたな」

 

 

 那雲シキ――孫の名前を聞いた瞬間、ヨツミがいきなり駆け出した。一歩遅れてシラユキも走るが、俊敏性Sランクのヨツミに追いつけるはずもない。遠く離れた夫の背中を、妻が追いかける形になった。

 その後ろに、誰かの名前を口走ったリヒトが続く。聞き間違いでなければ「ミオ」と聞こえた。その名前にも、ミカゲは聞き覚えがある。確か、ヨリトモの――そこまで考えて、ミカゲははたと気づく。

 

 自分以外のムラクモ13班員は、実体化が不完全である。半透明の見た目だ。それを目の当たりにした人間は、どんな反応を示すだろう。

 

 

『……これ、何も知らない人が見たら、『幽霊だ』って騒ぐんじゃない?』

 

 

 ジュリエッタを脱がそうとしてヨツミに迎撃され、沈黙していたヒイナが口を開いた。彼女の言葉を聞いた那雲夫婦以外のムラクモ13班員が『あ』と声を上げる。

 他の面々も那雲夫婦やリヒトを追って外に出た。ムラクモ13班員は周囲に配慮して姿を消し、ミカゲやイノリたちの後に続く。

 ――はたして、そこには、予想通りの光景が広がっていた。阿鼻叫喚の人々と、孫と甥の孫に抱き付いてスキンシップを取る那雲夫婦の姿である。

 

 祖母・シラユキから『大きくなったね』と褒められて泣きながら喜ぶ孫・シキと、英雄にして祖父の叔父・ヨツミに構い倒されるミオ。

 後者は嬉しさよりも困惑の方が勝っている様子だった。さりげなくリヒトが割って入るが、ヨツミのマシンガントークに押し出され気味だ。

 

 ひとしきり再会を喜んだシキとシラユキは、周囲の様子を見てハッとする。

 

 

「幽霊だ! ムラクモ13班の幽霊がいるぞ!!」

 

「あ、あわわわわわわわわわ」

 

「心霊現象キタコレ!」

 

「俺は幽霊なんて信じないぞ!」

 

「最近は激務続きだったから、夢を見ているに違いないんだ!!」

 

 

 カメラ片手に連射する人間もいれば、腰を抜かしている人間もいる。受付嬢は泡を吹いて倒れ、研究者は己の目を疑っていた。中には、目の前の光景を夢にしようとする者もいた。

 ノーデンスのエントランスは完全にカオスだ。シラユキは申し訳なさそうに頭を下げ、姿を消す。これで、問題の1つが片付いた。あとはヨツミの方である。

 

 

「ヨツミン」

 

 

 ミカゲはヨツミを呼んだ。

 

 

『ミオくんも大きくなったなあ。その年頃だと、好きな子の1人や2人くらいはいるんじゃないか?』

 

「えっ!?」

 

『顔が赤いな。成程、キミも乙女ということか。……で、相手は? ミキオくんは把握してるのかね?』

 

「把握してたら、泡吹いて倒れちゃいそうな気がする」

 

『……あー……。それは、確かに否定できない事案だ。事実、ミハルくん――キミのお母さんのときも卒倒したし……』

 

 

 ヨツミは聞く耳を持たない。ミオを構い倒している。

 

 

「ヨツミン」

 

 

 ミカゲはもう1度ヨツミを呼んだ。

 

 

『ミキオくんのデートのときは大変だったなあ。『デートに着ていく私服の選び方が分からない』と泣きつかれたよ。私も研究畑一筋だったから、そういうのには疎くてね。結局シラユキ頼みになってしまった』

 

「へえ……! おじいちゃんにそんな一面があるなんて知らなかった。おじいちゃん、おばあちゃんとの馴れ初めの話は聞かせてくれなかったもの」

 

『ちなみに、キミのお母さんからは、私とミキオくん共々戦力外通告を言い渡されてしまってな……』

 

「あっ……」

 

『そう考えると、ミキオくんはキミの服を見繕えるようになったのか。感慨深いものがあるよ』

 

「違うよ。おじいちゃんに選んでもらうと碌なことにならないから、自分で選んでるんだ。おじいちゃん、未だに自分で自分の服を選べないんだよ」

 

『なんと……』

 

 

 ヨツミは聞く耳を持たない。ミオを構い倒している。

 

 

「ヨツミン」

 

 

 ミカゲはヨツミに声をかけ、肩を叩く。ここでようやく、ヨツミはミカゲに気がついた。

 気持ちよく会話していたところに割って入られたため、彼の機嫌が急降下する。

 

 ムッとした様子で振り返ったヨツミに、ミカゲはエントランスの惨状を指し示した。幽霊騒ぎの阿鼻叫喚を目の当たりにしたヨツミは、ゆっくりとミカゲへ視線を戻す。

 

 

「積もる話があるのは分かるが、場所を変えよう。な?」

 

『……その旨を良しとしよう』

 

 

 潔く帰ってきた返事に、ミカゲは安堵した。

 

 

 

***

 

 

 

『成程。ミオくんが想いを寄せているのは、リヒトくんのようだな』

 

『ははっ。世の中、何がどう繋がるか分かったモンじゃないぜ』

 

 

 まさか自分たちが親戚になるかもしれないなんて――と、ヨツミとマサハルの眼差しは語っている。彼らの視線の先には、リヒトの傷に薬を塗りたくるミオの姿があった。

 イノリやソウセイにも治療を施していたミオだったが、リヒトに対しては特に気合を入れたらしい。真剣な表情と、リヒトに対する薬の消費量がすべてを物語っている。

 ミオはペタペタ塗ったつもりだろうが、リヒトの手には白い軟膏がべったりと付着している。肌になじむのが遅いのか、手におしろいを塗ったような状態であった。

 

 

「うう、塗りすぎちゃったかも……。で、でも、これで綺麗に治るはずだよ!」

 

「ありがとうございます。これは確かに効きそうですね」

 

 

 べたべたになった手をすり合わせながら、リヒトはにっこりと微笑んだ。ようやく薬が肌になじんできたらしい。

 白い肌は元の色を取り戻す。ミオの言葉通り、リヒトの手の傷は完全に消えていた。傷跡があったなんて想像できない。

 

 ミオとイノリたちは談笑を始める。「Code:VFDの計画に協力し、痛い思いをしても戦い続けるのか」というミオの問いに、イノリたちは迷うことなく頷いた。

 

 誰かを守りたいと思ったから。協力することを選んだのは自分だから。

 3人の答えを聞いたミオは、ハッとしたように目を見張った。

 

 

「……そうだよね。わたしも、わたしに出来ることを……わたしだけにしか出来ないことを、頑張らなきゃ」

 

 

 ミオは決意を固めたように手を握り締める。次の瞬間、彼女は苦しそうに咳込んだ。

 

 

「ミオ、大丈夫ですか?」

 

「コホッ、コホッ……うん。だいじょうぶ」

 

 

 リヒトは躊躇うことなくミオの背中を撫でる。ミオは暫し咳き込んだのち、落ち着いたのだろう。柔らかに笑い返した。

 孫/親戚の様子を目の当たりにしたマサハル/ヨツミは、思わず顔を見合わせた。もう一度リヒトとミオへ視線を戻す。

 

 

『あれ、付き合ってないんだよな?』

 

『そうだな。どこからどう見ても熟年夫婦だな』

 

「この時点でくっついてないとするなら、くっついた後はどうなるんだろう」

 

『…………』

『…………』

 

 

 2人の会話を耳にして、ミカゲはついぽろりと口走っていた。途端にマサハルとヨツミが顔を見合わせて黙り込む。顎に手を当てて、何かを考えている様子だった。

 その脇で、ヒイナはメモ帳片手に何かを書き連ねている。『この純愛は汚せないわあ……』と言いながら、彼女は目を爛々と輝かせていた。閑話休題。

 

 

「そういえば、シキはどうするの?」

 

「勿論、Code:VFDに参加するわ。私だけ仲間外れなんて酷いじゃない」

 

 

 ミオの問いに対し、シキは当然のように答えた。若葉色の瞳には、揺るがぬ闘志が燃えている。彼女の手には、1枚のチケットが握られていた。

 「“セブンスエンカウントで高スコアを出すとスカウトされる”」と言って、シキは不敵に微笑んだ。彼女は実力で13班への加入を勝ち取るつもりだ。

 “拳で語るが淑女の嗜み”――彼女の格言を思い出し、ミカゲは思わず肩を震わせる。ヨツミの血縁者(直系)が語る格言は大体おかしい。

 

 始まりはきっと、“毒ハメは紳士的”というヨツミの格言からだろう。とんでもない系譜だ。

 

 後継者たちは楽しそうに雑談に耽っていたが、外から差し込む夕日から時間経過を悟ったようだ。

 今日はもう遅いということで、ミオは家に戻ることにしたらしい。

 

 

「わたし、もう少しだけ考えてみるよ。それじゃ、またね!」

 

「ええ。また」

 

 

 ミオはそう言い残し、パタパタと去って行った。リヒトやイノリたちは少女の背中を見送る。ミカゲもまた、ミオの背中を見送った。

 

 

『コール、13班!』

『コール、13班!』

 

(……ミロク、ミイナ)

 

 

 脳裏に浮かんだのは、ミカゲの大切な戦友/ムラクモ13班のナビゲーター――ミロクとミイナだ。那雲ミオは、あの双子の系譜を受け継ぐ“Nav.シリーズ最後の生き残り”である。

 イノリ曰く、ミオはナビゲート能力Sランクらしい。マニュアルを丸暗記する記憶力、リトルドラグの異質性を見抜く着眼点と知識はずば抜けていたという。当然と言えば当然だ。

 

 

(こんな形で、お前等の系譜と対峙することになるとは思わなかったよ)

 

 

 もしも、あの少女がノーデンスに協力することを選んだら――。

 

 図らずとも、ミオはミロクやミイナと同じように、“13班のナビゲーター”になるのだろう。

 彼や彼女の系譜を継いだミオならば、最後までナビ役として、リヒトやイノリを導き続けるに違いない。

 あの双子は頑固だったからなあ――なんて、もう戻らない日々を想う。

 

 

「なあ、ユイ」

 

『なあに? ミカゲくん』

 

あの子(ミオ)、注射と苦い薬、どっちが嫌いかな」

 

 

 傍から聞けば、意味の分からない質問だろう。でも、ユイはこの言葉に込められた意味を理解したらしい。大きく目を見開いた後、穏やかに笑いながら答える。

 

 

『分からないね。本人に会ったら、訊いてみたらいいんじゃない?』

 

「塗り薬は大丈夫だってのは分かるけどな」

 

『そりゃあ、苦くも痛くもないもん。あの子たちもそうだったでしょう?』

 

「……だな。塗り薬だったらいいのにって、薬出されるたびに不満そうな顔してた」

 

 

 最後まで、あの2人は13班のナビだった。延命手術を受けて力を失っても、ミカゲたちのサポートをしてくれた。文字通り、生涯現役を貫いたのだ。

 目を閉じる。双子の明るい号令が耳を打った。遠い日の思い出をなぞるように、ミカゲはミロクとミイナの声を思い返す。何度も、何度も。

 

 

あの子(ミオ)の得意料理、クッキーかな」

 

『分からないよ。本人に会ったら、訊けばいいと思うなぁ』

 

「食べたら懐かしい味がするのかもしれん。美味しいだろうな」

 

『懐かしい味がするかどうかは、食べてみなきゃ分からないでしょう。でも、美味しそうってのは確かだね。今度、作ってもらえばいいんじゃない?』

 

「……機会、ありゃあいいなあ」

 

『うん。……あるよ、きっと』

 

 

 ミカゲはソファに身を沈めながら、ゆるりと目を細めた。ユイも微笑み、ミカゲの隣に寄り添う。

 

 眼前では、後継者たちが食事当番をめぐって阿鼻叫喚図になっている。理由は、大量のゲテモノ食材を掲げたリヒトが立候補したためだ。

 彼が抱える食材は、ミカゲたちと出逢った場所――アトランティスの首都・アトランティカで倒したマモノから手に入れたのだと言う。

 

 本来なら「妻にアトランティスの光景を見せてあげたかった」と言うであろうリョウスケは、ソウセイに加勢してリヒトを止めようとしていた。とても感傷に浸れる状態ではない。

 マサハルも同じようにしてリヒトを止めようとしたが、取っ組み合いの最中に偶然スパイラルエキス(未調理)を飲み込んでしまい、ダウンしている。生食用ではなかったのだろう。

 同じようにして戦線離脱したのはヒイナだった。口元を抑えて呻いている。流石のケダモノでも、ゲテモノはまずかったようだ。今度はヨツミが頭から花蜜を被り、悲鳴を上げた。

 

 

「第7真竜、VFD……」

 

 

 この地球に迫る新たな脅威の名を呟きながら、ミカゲは目を閉じる。

 なんてことはない、体のいい現実逃避であった。

 

 

 

***

 

 

 

 アリーとジュリエッタの言っていた通り、テラスの眺望は絶景であった。眼下にはビル群と海が広がっている。風に乗って潮騒の響きが聞こえてきそうだ。

 空には星が瞬いている。静かな場所は、密やかな会話をするのに適していた。イノリたちが寝静まったのを確認し、旧ムラクモ13班はここに集ったのである。

 

 

「よっこらしょ」

 

 

 ミカゲはキーボードとウィンドウを展開する。

 

 いや、展開したのはミカゲだけではない。ヨツミ、マサハル、リョウスケも情報処理Sランクの能力を惜しげもなく発揮していた。

 防壁をすり抜け、あるいは破壊して(勿論、何事もなかったかのように復元もして)、様々なサーバーに侵入する。

 S級ハッカー4人がかりのハッキングを阻むものは何もない。自分たちが欲する情報は、あっという間に集められていく。

 

 

『……以前よりも、組織の闇が深くなっているように思うな。私の死をきっかけに、対竜兵器に関する研究が飛躍的に進んだようだ』

 

『極東支部総司令にアクツって奴が就任して以来、キナ臭さが一気に加速してるっぽい。……対竜研究を推し進める政治家みたいだけど、元は研究者だったらしいよ?』

 

「おまけに、民間団体が武力を有する際の規制がより一層厳しくなった。他にも色々やらかしてるようだが……トウゴくん、大丈夫かねぇ」

 

 

 ISDF関連の情報を集めていたヨツミの眉間に皺が寄った。リョウスケも難しそうな顔をして唸る。ミカゲもまた、上司に振り回されそうな弟子を憂いた。

 

 ISDFが恐れているのは、力を付けた民間企業が自分たちを脅かす存在になることだ。民間による新勢力出現は、ISDFによる世界統治が崩れてしまうことに繋がりかねない。嘗ての自衛隊とムラクモ機関、あるいは日本政府とムラクモ機関の関係性の再来である。

 2020年の竜戦役では、政府と自衛隊という公権力よりも、ムラクモ機関という秘密結社の方がアドバンテージを持っていた。もしもムラクモ機関が政治関連に手を出したら、あっという間に秘密結社側が政治を握っていたであろう。竜を退治して人類を守っている張本人たちだからだ。

 後に、ムラクモ機関は公権力――自衛隊と協力および戦友関係を築く。共に戦線を駆け抜けた仲間として、強い絆で結ばれた。どれ程かというと、“ムラクモが事を起こせば、自衛隊も一緒に決起する”レベルである。利権を得たい政府役人からすれば、これ程の脅威はない。

 

 他にも、ムラクモ機関の味方となり得る団体や企業は多く存在していた。アメリカのSECT11、渋谷のSKY、世界救済会、親ムラクモ派閥の議員たち――挙げればキリがない。竜戦役後も、協力関係を築いた組織や個人、民間団体は数多くあった。勿論、ISDF発足とムラクモ吸収により、そのコネクションは丸々引き継がれている。

 2020年の利権主義者たちが、ムラクモ>(超えられない壁)>公権力という力関係のせいで、幾度となく煮え湯を飲まされてきたことは周知の事実だ。故に、ISDFの利権主義者どもは同じ轍を踏まぬよう努めた。自分たちの足場を崩しかねない、新たな民間団体(きょうい)の出現を恐れたのだ。

 

 

(ノーデンス・エンタープライゼスがその標的にされなかったのは、上層部がうまい具合に隠し通してきたからなんだろうな)

 

 

 ミカゲの脳裏に浮かんだのは、社長のアリー、技術主任のジュリエッタ、主任のナガミミによるスリートップだ。特に、ISDFに対する隠蔽が得意そうなのはジュリエッタ――本名:渡真利(トマリ)十郎太(ジュウロウタ)である。

 彼は嘗てISDFに所属していた。古巣(ISDF)の人間たちがどこに注目しているかを知っているだろうし、規制の抜け穴を把握していてもおかしくはない。むしろ、それを利用してISDFから隠れていたのだろう。

 

 

「で、ノーデンス側はどうだった?」

 

『こっちもこっちでキナ臭いぞ。アイオトの検体入手のために子会社3つも潰してる。いくらドラゴンクロニクルの解析に力を入れてるとはいえ、普通、ここまでするか?』

 

「その分はセブンスエンカウントで黒字を稼ぎつつ、狩る者を探して待ち続けるってか。この測定システム、ムラクモ機関の能力判別システムがベースとして使われてるな」

 

『企業体質も、限りなく黒に近いグレーゾーンだ。社員やアルバイト、パートタイマー……次々と人が入れ替わってやがる』

 

「無事なのは重役クラスだけか。まあ、労働条件がバカらしいことになってるのはどの役職も一緒みたいだが」

 

 

 ミカゲとマサハルは深々とため息をついた。公権力(ISDF)民間企業(ノーデンス)も、大なり小なり薄暗いところを抱えている。

 嘗てのムラクモも、同じようにして後ろ暗いものを抱えていた。人竜の研究、都庁避難民行方不明事件、ルシェクローンの復活……挙げればキリがない。

 それでもムラクモが支持されたのは、帝竜を着々と退治し、人類の裏切り者を打ち取り、真竜を退け/斃して、文字通り“世界を救った”ためだ。

 

 この実績があったからこそ、ムラクモ機関は――13班は、英雄として語り継がれたのだ。

 ……正直な話、13班は英雄というより、ただの“クセモノどもの集まり”でしかなかったのだが。

 

 

「そういえば、結局、俺らの身柄ってどうなったの?」

 

『どっちが身柄を預かるかでモメにモメていたよ。特に、トマリくんが怒鳴り散らしてたな。『ISDFにヨツミ博士を渡すことは絶対にできない。その理由は、アンタたちが一番知っているはずだ!』って啖呵を切った。……自分の古巣を嫌っている様子だったよ』

 

『結局それもノーデンス側の条件ってことになったけど、司令部に報告するか否かの裁量は、先輩の教え子くんに一任されてたよ。教え子くん、『死人(センパイ)がここに居るって聞いたら、都合が悪い人間に心当たりがある』って耳打ちしてきたから、バカ正直に報告はしないんじゃないかな?』

 

 

 ヨツミとリョウスケはそのときのことを思い出したのだろう。どちらも何とも言い難そうに苦笑していた。

 

 

「はは、トウゴらしいや」

 

 

 ミカゲは教え子のことを思い出しながら苦笑する。

 これからの苦労を考えると、いつか貸しを返さねばなるまい。

 

 頼友(ヨリトモ)東吾(トウゴ)は、不愛想で不器用ではあったが、情に篤い男だった。弱いものの痛みを真摯に受け止め、それに応えようとする男だった。部下を率いて指揮するには、非常に優しすぎた男である。

 

 

『――強くなりたい』

 

『もう、こんな思いをする命がなくていいように。俺自身も、こんな思いをしなくていいように』

 

『今度こそ、大切な存在(もの)を守れるように、強くなりたい』

 

 

 傷だらけの虐められっ子が、動かなくなった猫を抱きしめて泣いていた姿が脳裏をよぎる。ヨリトモのルーツは、おそらくこの出来事だ。

 失ったものの痛みを理解できる人間は、上に立つに相応しい。人の痛みに寄り添えるからこそ、その優しさに惹かれて、人が集まってくる。

 自他ともに厳しく、けれど、部下たちのことを何よりも慮るヨリトモの在り方は、ミカゲが思った以上に慕われているようだ。

 

 その結果が、提督という地位なのだろう。叩き上げでのし上がってこれたのも、彼と彼の部下の間に築かれた信頼関係が成せる業だ。

 互いが互いの信頼に応えようとするからこそ、ヨリトモの部隊は華々しい活躍を挙げてきた。

 

 結果、「極東にはマモノはいない。居るのはヨリトモというドラゴンだけだ」なんて言われるようになったのであろう。なんだか嬉しくなってきて、ミカゲは思わず頬を緩ませた。

 

 

『ミカゲくん。そろそろ戻って休んだ方が良さそうだよ』

 

「そうだな。部屋に戻るか」

 

 

 時計を見たユイが声をかけてきた。ミカゲは頷き、ハッキングしていた3人に撤収の合図を駆ける。

 リョウスケ、ヨツミが頷いてウィンドウを消した。マサハルもそれに続こうとして――

 

 

『あれ? この子――』

 

『どうしたヒイナ? ……って、こいつは……』

 

 

 ヒイナがマサハルのウィンドウを覗き込む。マサハルが首を傾げ――その目は大きく見開かれた。ミカゲもそれを覗き込む。

 映し出されていたのは、パートタイム社員の名前だった。名前と写真を見て、ミカゲは生唾を飲んだ。その少年に、見覚えが合ったためだ。

 書類を確認し、彼の“名前の意味”を理解する。ミカゲは思わずヒイナに視線を向けた。彼女はじっと情報を凝視していたが、やがて、静かに微笑む。

 

 

『……貴方たちは、ここで頑張ってるのね』

 

 

 普段のようなケダモノの笑みではない。

 聖母を思わせるような、慈愛に満ちた柔らかな笑みであった。

 

 

 

■■■

 

 

 

「渡来ミカゲ氏の孫娘だと?」

 

 

 ユウマとヨリトモたちの報告を聞いたアクツ総司令は、酷く切羽詰った様子で振り返った。気のせいでなければ、書類を持つ彼の手が震えているように見える。

 アクツの手に握られているのは、真竜の検体集めのために共同戦線を張ることになったノーデンスの13班員たちに関する資料だ。ISDFのデータベースにあったものを纏めた物。

 彼の視線は、ノーデンス13班を率いるリーダー――渡来イノリの資料に向けられている。彼は忌々しいものでも見るかのように眉間に皺を寄せた。

 

 

「アクツ総司令……? 彼女たちのことを知っているのですか?」

 

「……いいや。だが、ミカゲ氏や那雲ヨツミ博士には、生前、大変世話になったからな。孫が居るとは聞いていたが、まさかこんな形で関わることになろうとは」

 

 

 様子がおかしい直属の上司にユウマは問いかけた。アクツは“大変”の部分を強調すると、深々とため息をつく。彼の様子からして、いい意味での“世話になった”という表記ではないのだろう。むしろ、強い反感や憎しみが滲んでいるように思う。

 

 これ以上は踏み込ませないと言わんばかりに、アクツは報告を促した。余計な詮索はするなという、言外の命令である。なのに、食い下がろうと口を開きかけたのは何故だろう。ヨリトモが報告を続けなければ、ユウマはアクツを質問攻めにしていたかもしれない。

 彼の反応を見る限り、ヨリトモの判断――“渡来ミカゲを筆頭にしたムラクモ13班が現代に復活した”ことは可能な限り伏せておく――は正しいように思えた。もし、バカ正直に報告していたら、アクツが何をするのか分かったものではない。最低でも、社会的制裁はやってのけるに違いない。

 

 

『ISDFにヨツミ博士を渡すことは絶対にできない。その理由は、アンタたちが一番知っているはずだ!』

 

 

死人(先生)がここに居ると聞いたら、都合が悪い人間に心当たりがある』

 

『……俺の予想が正しければ、この件は伏せておくべきだ』

 

 

 般若のような形相で怒鳴ったドクター・ジュリエッタ、パンドラの箱を開けてしまったかのように鬼気迫った顔のヨリトモの言葉が脳裏によぎる。

 自分が所属する組織に対して、ユウマは絶大的な信頼を置いている。勿論、公権力である自分たちが正義であると信じていた。――けれど。

 アクツの反応は異常だった。ムラクモ13班の系譜を、彼は敵視している。彼が政敵を潰そうとするときに見せる眼差しが、鋭くぎらついていた。

 

 

(イノリ)

 

 

 ユウマは思わず手を握り締める。手袋がざりりと小さく音を立てた。

 

 アクツの眼差しを見て真っ先に思い浮かんだのは、ユウマに笑いかけてくれた渡来イノリの姿だった。

 上司は、“渡来ミカゲの系譜を受け継いでいる”という理由だけで、彼女に強い敵意を抱いている。

 彼が政敵をあの手この手で失脚させたり、再起不能に追い込んでいるという噂は耳にしていた。

 

 もし、アクツの矛先が、イノリに向けられたら――考えただけで、寒気がする。強大な公権力を有するアクツに踏み潰されることは明白だ。それだけは、それだけは――。

 

 

「ご苦労だった。もういいぞ」

 

 

 ユウマの意識を現実に引き戻したのは、アクツの言葉だった。アクツが自分たちに背を向け、ヨリトモが部屋を出る。普段は躊躇いなく彼の背に続くユウマなのだが、今回はほんの一瞬、反応が遅れた。

 彼に遅れて部屋を出る。扉が閉まるか否かのタイミングで、アクツの独り言が零れた。彼の言葉に、ユウマは弾かれたように振り返る。がちゃん、と、扉が閉まる音がした。扉を開けて飛び込みたい衝動に駆られたユウマだが、ヨリトモの声で引きもどされた。

 

 ユウマはアクツの私室に通じる扉を眺めていたが、ややあって、すぐにヨリトモの背中に続いたのだった。

 

 

 

 

 

『――死しても尚、私の計画を阻むというのか……!』

 

 

 アクツ総司令の独り言が、こびりついたかのように頭から離れない。

 纏わりつくような寒気を感じて、ユウマは無意識のうちに身震いしていた。

 

 




【参考・参照】
『花言葉-由来(http://hananokotoba.com/)』より、『ロベリアの花言葉(http://hananokotoba.com/kowai/)

―――
フラグという機雷を次々と設置し、着々と爆発準備を待っているような状態です。
アクツ総司令のゲス度合いにブーストがかかりました。原作以上の屑まっしぐら具合になりそうです。
最終目標は、原作Chapter6における“しっぺ返し”。

あと、ヒイナ・レイブン・ブンイチの絡みも書きたいです。このお話に準拠して裏ダンジョンに乗り込んだ場合、裏ボス戦の難易度がデスマーチレベルに跳ね上がりそうだなあ(遠い目)
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